2016年12月31日土曜日

無事に年越し

 この前正月を迎えたと思っていたら、もう大晦日。年とともに月日の流れは早くなるという説と、反対にとてつもなく長く感じるという両方の説があるが、私の場合は若い頃とあまり変わらず、あっという間の一年である。

 午後から妻の買物につきあって、近隣のスーパーまで車を出し、主にナマモノ(刺身)を中心に年末年始の食材を調達。
 家に戻って玄関に掲げた業務用表札の画像がすっかり色あせていることに気づき、数年ぶりに交換することを思い立つ。
 防水仕様に改造したハガキ大の額縁に、プリンタで印刷した画像をはめこむだけだが、今年は事務所屋号の下に添えていた「生活&空間デザイン」の文字を削除し、あらたにステージ名を本名の横に添えた。
 デザイン系の仕事が激減し、反対にステージ名での郵便物が時折舞い込むようになったので、実情に応じた対応である。時に応じて表札も変わってゆく。


 夕方から年越しをする長男夫婦のための宿泊スペース作りをする。スタジオスペースをのれん風カーテンで臨時に仕切り、プライベート空間を作るのはすでにテスト済みで、ここにお嫁さんと孫娘が寝る。
 枕元のスタンドや布団類をはやめにセット。昨日から帰省中の次男と長男は、以前からある予備ベットに寝る。
 17時半に車で長男のマンションに一家を迎えに行き、19時過ぎから大晦日の宴を開始。大人5人が交代で孫娘をなだめたりすかしたりしつつ、いつものように飲んだり食べたりして賑やかに過ごす。
 今年も次男が手配してくれたカニが食卓を賑わしたが、なんとタラバガニ、ズワイガニ、毛ガニの3種類のカニが一度に並ぶゴーカ版である。

 6日前のクリスマスではご機嫌ななめだった孫娘も、この日は環境が変わったせいか、あまりむずかる様子もなく、時折愛想をふりまいていた。


 思いついて普段は居間の隅に置いてあるお昼寝用の大型ベンチを、中央のテーブル横に移動してみた。小さい子を寝かすには充分なスペースで、空いた場所に大人が楽に2人は座れる。赤ちゃんも大人の宴に仲間入りした気分になれるのか、とても大人しい。
 この臨時の配置変更は、今後の家族形態の変化にも柔軟に対応可能である。

2016年12月30日金曜日

ダジャレ文化

 大掃除も終わったので、正月飾りを出すことにする。飾る時期に関しては諸説あって、手持ちのカレンダーには28日に「門松飾り」との指定がある。
 しかしネット上には「29日は二重苦だからダメ」とか、「31日は一日飾りだからダメ」などの雑多な記載が点在する。中には「30日も晦日だからダメ」との説もあり、そうなると時期的には28日以前しかないことになり、さすがにそれでは準備が間に合わないのではないか。
「二重苦だからダメ」というのは日本人の大好きなダジャレ文化の最たるものだが、縁起など無視すれば、実は29日あたりが大掃除も一段落し、一番飾りやすい時期でもある。
 とはいいつつも、無理に29日をねらって飾る勇気もない小心者なので、例年大人しく30日に飾ることにしている。
(「晦日だからダメ」は少数意見と思えるので、さすがに無視)


 門松や〆飾りは新婚時代から飾らない主義なので、飾るものといえば鏡餅2個と玄関にあるゲタ箱上の飾りつけくらい。以前はここに正月らしい花を活けたが、仕事量の減少に伴い、いつしかやらなくなった。
 代わりに小さな造花とその年の干支の置物を飾る。今年は可愛らしいニワトリの置物をヨーカドーで500円ほどで入手。これは正月が終わっても、1年間ずっと同じ場所に置いておく。

 家の中に5ヶ所あるカレンダーも全て新しいものに交換して、新年を迎える準備は整った。妻は一昨日あたりからオセチ料理を少しずつ作り始めている。


 午後から1.5Lジュース4本を持って母の施設に面会に行く。例によってマスクをしたままだと私を認識しないが、外すと分かる。以前に比べて表情は落ち着き、今日は車椅子ではなく、食堂にある普通の椅子に座っていた。
 いろいろな人が行き交う食堂は、母の好きな空間である。

 職員の方に確かめたら、定期的に誘導すると、トイレも普通に行けているそうだ。10日前に続けて起きた居室内での転倒は、いまのところ再発していない。
 あくまで推測だが、トイレに自分で行こうとしてベットから下り、歩行が不安定になって転倒するのではないか、とのこと。昼も夜もオムツはしていないので、昼は2時間おき、夜は4時間おきくらいのトイレ声かけが必須のようだ。

 いろいろ不安はあるが、微熱も下がって、食事の量も少しずつ増えつつあるらしい。どうにか無事に年は越せそうな様子だ。

2016年12月29日木曜日

カナダへの賀状

 子供たちが小学生のときにサケ交歓学習が縁で我が家に1週間ホームスティし、以来30年に及ぶ交流が続いているバンクーバー在住の友人一家から、今年もクリスマスカードが届いた。
 郵便事情のせいか到着が3日遅れたが、今年も変わらない様子が何枚かの写真で見て取れる。

 先方のクリスマスカード到着に対し、返信を年賀状として送るのがこのところの習慣になった。年末の定例行事のひとつだが、今年は大掃除が1日早く終わったので、返信は丸一日使ってじっくり書いた。
 葉書2枚分に相当するA5サイズを見開きにし、左半分には日本の年賀状で使った写真をそのまま配置。右半分には近況を記すのが最近のパターン。今年は初孫誕生のビッグニュースがあり、右半分にもお食い初めの家族集合写真等を追加で配置した。


 英文はグーグル翻訳を使ってスペルや文体をチェックする。新年の挨拶はある程度パターン化されているが、ときどき違う言い回しを使う。
 全てプリンタ印刷では味気ないので、余白に先方の名とこちらの名を自筆で入れて完成。
 封筒は以前は既製品を使っていたが、最近はA4サイズの用紙に洋封筒の展開図を作図し、先方とこちらの住所氏名郵便番号を予めテキストで入れてしまい、印刷後にカッターで不要分を切って糊付けして作る。
 つまりは完全なるDIY封筒&DIYカードで、封筒の仕上がり寸法は110×160の定形封筒。これに前述のA5サイズカードが二つ折りでぴったり入る。

 用紙はすべて0.21ミリ厚のマット紙を使う。他に何も入れなければ25g以内に収まり、料金は航空便で110円。カードとしては非常にシンプルだが、手作りにしかない独特の味と温かみがあり、先方にはとても喜ばれている。

2016年12月28日水曜日

イヤイヤ大掃除

 朝起きて2階の温度計を見ると、17度を切っている。今冬初めてのことで、近隣のアメダス値を調べてみると、朝6時過ぎにマイナス13.1度を記録している。これは寒いはずだ。
 暖房ボイラを交換してから、0〜7時までは暖房を完全オフにしている。点火してから1時間余が経過していたが、特に2階は温度の上昇が遅い。ただちに温度設定を最大の80度に上げた。

 室温が上がり始めた11時くらいから、昨日から始めた大掃除の続きをやった。吹き抜けがあって小屋梁上のすす払いが面倒な2階は昨日終わらせたので、今日は1階を集中的にやる。
 午前にユーテリティ関連と玄関は終わらせたが、昼食をとったあと、急に睡魔に襲われた。昨日の無理な姿勢でのすす払いと、連続ライブの疲れとが重なっているようで、身体は休息を求めているのか。そのまま1時間ほどウトウトする。
 ぎりぎりまでライブに追われていた昨年に比べ、25日で歌い納めた今年は心身に余裕があるつもりでいたが、その余裕がイマイチやる気のなさにつながっているようだ。


 それでも気を奮い立たせ、14時から作業続行。今年はずっとしまってあった掃除機のパーツを再チェックし、直管部を長く付け足した。
 100均で買った延長ノズルと合わせると、合計で2メートル近くにもなり、本体を床に置いたままで天井に先端が届く。これは楽だ。
 イヤイヤながらも、15時少し前に全作業が終了。正月飾りは後回しにし、妻を伴って暮れの用足しに出かけることにする。
 まずは地区センターに寄って借りていた本を返却。いつも混んでいる駐車場がガラガラ。職員は大掃除に励んでいて、やはり暮れである。

 その後、ディスカウントショップに行って母の施設に届ける1.5Lジュース4本を調達。妻の買物が長引きそうなので、私だけそこから歩いて郵便局に行った。
 年末年始用と来月分の食費をATMでおろし、隣りのスーパー内にあるベーカリーでドーナツを買う。再び歩いてディスカウントショップに戻ったが、あまりの寒さに凍えそうになった。

 あとで知ったが、この日の最高気温がマイナス6.1度。(最低気温ではない)つまりは、ガチガチの真冬日である。
 当然ながら暖房は点けっぱなしで外出したので、家に戻るとまるで天国のような暖かさ。大掃除の終えた爽快感のなか、美味しくドーナツと珈琲をいただいた。

2016年12月27日火曜日

新たな場を求めて

 11月7日に新規移転オープンした札幌白石区役所地下2階に、「まちづくりイベント広場」という名の市民広場ができた。街づくりに関わるいろいろな活動に利用できて、事前審査が通れば無料で借りられる。
 調べてみると区民以外でも利用可能で、対象は団体だけでなく、個人でもOKとのこと。音楽系のイベントも開催可能だった。

 実は白石区には10代後半に6年、30〜40代に17年住んだ。合計では23年間にも及び、延べ19年住んでいる現在の北区よりも、居住歴自体は長い。
 中学校も高校も白石区で、実家は新規移転した区役所から、徒歩わずか10分。いろいろな意味で縁の深い地区なのだ。
 さっそく電話で問合せ、現時点での自分の街づくり活動内容と実績を説明。ひとまず借りられそうな感じで、1月下旬の平日午後枠を第一希望に、仮申込みだけはした。

 担当部署が多忙のようで、その後10日近く待って、ようやく申込書類一式がメールで届く。
 使用条件は厳格で、営業的な活動は一切不可。投銭はもちろん、関連するオリジナルCDの販売もできない。条件としては地区センターで過去に3度やったロビーコンサートに近い。
 騒音規制値は通路で80dBと、これはチカチカパフォーマンスと同じ数値だった。


 反面、40脚までの椅子やPAを無料で借りられる。イベント使用者は5時間まで付帯駐車場が無料というのも、大きな魅力だった。
 各種条件を受諾する申込書類のほか、過去の関連活動資料数枚も添付。正式な申込書類(エクセル形式)をメールで送信した。これが2週間ほど前の話し。

 今日、ようやく使用許可証がメールで送られてきた。何とか審査が通り、めでたく新しい広場で歌えるらしい。
《チカっと 叙情歌サロン》
・日 時:2017年1月23日(月)13:15〜14:45(途中休憩あり)
・場 所:白石区役所地下2階イベント広場(地下鉄東西線白石駅直結)
・出 演:菊地トムノ
・入場無料、出入り自由、予約不要。20脚程度の椅子あり。
・内外の叙情系の曲を、ジャンルの垣根を越えてギターで弾き語ります。
 約300曲のリストによるリクエスト受付や、一緒に歌う趣向もあります。
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 実は審査が通るという前提で、先日のライブ帰りに会場の下調査は済ませてきた。思っていたよりも天井が高く、音の響きがどうなるかは、実際に歌ってみないと分からない。
 現在活動中のチカホとの大きな違いは、照明が明るいこと。照明装置の貸出しもあるようだが、いまのところ必要なさそうだ。騒音規制の問題もあり、PAは借りずに小型の電池式を持参する。

 まだ市民への周知度が低いせいもあってか、人通りはチカホと比べてかなり少ない。ちえりあロビーコンサートのような大規模な告知はされないようで、当面は口コミと通りすがりが集客のベースとなろうか。
 まずは一度演ってみないと何とも言えないが、今後新しい活動の場として定着する可能性はある。

2016年12月25日日曜日

家族Xmas会

(1日遅れの記載)
 今年最後のライブを無事に終え、探し当てた迂回ルートを再び戻って、長男一家の暮らすマンションへと移動する。日曜なので埋まっていると思っていた2台分の来客用駐車スペースのうち、1ヶ所が奇跡的に空いていた。ラッキーだ。

 Xmasプレゼントの入っている袋を抱えて部屋に入ると、お嫁さんは手料理の真っ最中で忙しく、息子は我が子の子守りにかかりきり。2時間前に訪れていた妻は持参のサラダのセッティングも終え、のんびりテレビでサッカーなど観戦中だった。
 まずは持参のLEDイルミネーションを飾りつけ、午前中に作った紙製のサンタ帽子を、お気に入りのうさこちゃん人形にかぶせる。壁にはお嫁さんの飾ったXmasオーナメントもあり、雰囲気はバッチリだ。


 孫娘は私の顔を見ると一瞬キョトンとしていたが、やがてグズグズと泣き始める。このところ続けて起きている人見知り現象で、私以外でも年配の大人だとたいていは泣く。妻ももちろん例外ではなく、血のつながりがあろうがなかろうが、一切おかまいなしだ。
 母親がそばにいて、一緒に遊んでやるとやがて愛想をふりまき始めるが、この日のように母親が忙しく動いていると、なかなかご機嫌は直らない。

 4〜5ヶ月くらいから始まる現象だそうで、基本的には成長の過程で表れるものだが、子供によってバラつきがあるとか。
 無理に抱き上げると一層抵抗が激しくなり、身内としてはちょっと悲しいが、めげずに顔を出していれば、いずれ慣れてくると信じよう。


 18時くらいに準備整って、宴を始めた。初めて食べたが、食パンに野菜や卵を詰めて焼いた「キッシュ」というフランス料理が、とても美味しかった。
 そのほか、クリスマス定番の鶏料理やホタテの刺身、そしてポテトベースのサラダなど、歓談しつつ2時間ほどかけて楽しく食べる。

 孫娘へのプレゼントは、松谷みよ子のロングセラー「いないいないばあ」の絵本と、大きな赤いキルティング製のくまのプーさんソックス。中にはお菓子が詰まっているが、今年に限っては食べるのは大人である。
 孫娘の入浴があるので、早めの20時に帰ることにする。食べそびれたルタオのクリスマスケーキは、半分をお土産にもらって、家に戻ってからゆっくりいただいた。
 ツリーやリースはいまでも忘れずに飾るが、夫婦2人だとパーティなどせず、もちろんケーキも食べない。前回がいつだったか思い出せないほど久しぶりのXmasパーティだったが、なかなか楽しいものだった。

無事に歌い納め

 市内の有料老人ホームXmas会余興で歌った。8年前に最初の依頼があり、その後しばし連絡が途切れたが、3年前から再び招かれるようになった。
 昨年からは年2回ペースとなり、今年も4ヶ月前の誕生会で歌ったばかり。都合6度目の依頼が今日だった。

 このところの大雪で航空機やJR、そして道路も大混乱していて、幹線道路では普段の何倍もの時間がかかっていると新聞ではふれている。
 夏なら30分強で着く場所だが、この日はライブ終了後に長男夫婦のマンションに集まり、家族Xmas会をやることになっていた。まず妻をマンションに送り届け、その足で私だけが施設へと向かうことになり、距離的には都心を抜けるルートが最短だった。
 しかし、大雪による渋滞の程度が全く読めない。ネット情報をかき集め、リアルタイムで札幌市内の渋滞状況が分かるサイトを見つけた。これに従い、慎重にルートを検討する。最短ルートはひどい渋滞であることが分かり、一度も通ったことのない迂回ルートが比較的空いていることを知った。
 ライブ開始は15時だったが、リスクを避けて2時間前に家を出た。選んだ道は情報通りまずまずの流れで、途中で妻を置きに寄り道したにも関わらず、14時10分には施設に着いた。
 さすがに早すぎるので、近くのイオンで時間をつぶす。14時40分に施設に入ると、プレゼント交換の真っ最中。スタートは多少早めでも構わないとのことで、14時55分から始めることになった。


 普段の誕生会では30〜40分は歌うが、この日は20分に収めるよう依頼されていた。結果として23分で以下の9曲を歌う。
(※は二択リクエストで、カッコ内は選ばれなかった対決曲)

「北国の春」「宗谷岬」「※矢切の渡し(津軽海峡冬景色)」「サンタが町にやってくる(Xmas企画)」「故郷」「※時の流れに身をまかせ(夜霧よ今夜も有難う)」「高校三年生」「月がとっても青いから」「青い山脈」
 聴き手は60名ほどいたが、非常に大人しいのがこの施設の特徴。いわゆる「傾聴型」の場である。
 従って、聴き手参加型の曲や手拍子系の曲は原則として歌わない。しかし、拍手で選ぶ二択リクエストなら少しは反応があるのでは?と期待し、3曲目と6曲目に入れてみた。
 結果は他の施設よりもやはり反応は弱く、拍手に応じてくれる方はごくわずか。他では強い二択リクエストだが、決して万能ではないことを知る。


 6曲目を終えた時点で持ち時間が迫り、担当の方に「時間が迫ってきましたが、あと1〜2曲でよろしいですか?」と確認をとる。早めに始めたが、終了時間は予定通りなのではないか?と思ったからだ。
 すると、案の定指を3本出す。つまりは、あと3曲歌って欲しい、とのサインだった。確かめてよかった。

 プログラム中で最も反応がよかったのは、中盤に歌った「故郷」である。前回も「赤とんぼ」の反応がよかった。唱歌はデイサービス系ではあまり人気がないが、この施設では必ず入れるべきだ。
 強い手応えはなかったが、大きなミスもなく、先方の希望に沿って無難にこなせたと思う。歌い手は受けることばかり期待しがちだが、実はこれが一番大事なことかもしれない。
 断続的に12本続いた12月のライブも、この日で歌い納め。喉を傷めることもなく、異常気象の悪条件下で時間に遅れることもなく、無事に乗り切った。

 今年の総ライブ数は68本。内訳は介護施設系33、イベント系6、そして路上ライブ系が29である。昨年が70本だったので、ほぼ同じペースといえる。
 来年のことは分からないが、感触としては介護施設系がさらに増え、相対的に路上ライブ系が減ることになりそう。水が流れるごとく、求められる方向に我が歌は流れてゆく。

2016年12月24日土曜日

賀状が生き方を反映

 昨日から準備し始めた年賀状、妻の事前チェックも無事に通過したので、一気に印刷にとりかかった。
 用紙設定を「インクジェット郵便はがき」にすると印刷は早いが、仕上がりは微妙に劣る。「フォトマット紙」「きれい」で印刷すると速度は遅くなるが、仕上がりは最も美しい。そこで今回は画質重視で、じっくり時間をかけてこの設定でやることにした。
 エプソンプリンタだけの問題かもしれないが、30分も続けて印刷すると、速度が極端に低下してしまう。なんでも高温による内部損傷への保護回路が働くそうで、これを避けるには途中でプリンタをオン状態のまま、30分ほど休ませてやればいいらしい。
 いろいろ試して、だいたい8〜10枚印刷して20分休憩を繰り返すと、普通に印刷できることが判明。一気にやれないのはタルいが、結局はこの手法がトータルでは早い。


 調べてみたら、今年は出す枚数がかなり減ることが分かった。理由はさまざまだが、通常の喪中のほか、当人の死去、取引先の廃業、何らかの理由で返信が途切れた、等々。来年からは買う枚数を少し減らす必要がありそうだ。

 仕事をバリバリやっていた時期は、仕事関係だけでかなりの数があった。年賀状をDM代わりに使って仕事に結びつけたこともあり、大事な営業手段のひとつだった。
 仕事をじょじょに減らし、代りに増えたのが趣味の音楽関係のつき合い。こちらはいまでもかなりの比重を占める。
 サッカーや物書き、パソコン同人活動を盛んにやっていた時期は、そっちの人脈が増え、関連する賀状も相対的に増えた。賀状はその時期その時期の自分の活動を反映させたものだと、つくづく思う。
 日々の生き方はブログで日々発信し、挨拶やら連絡も気軽にメールで済んでしまう昨今。賀状を出す意味があるとすれば、この種の情報交換をあまりしない間柄での、年に一度の安否確認となろうか。

 どちらからといえば、受け取るよりも発信するほうに喜びを見出すタイプなので、我が好奇心が続く限り、賀状作りをやめることは、おそらくないだろう。

2016年12月23日金曜日

再びのドカ雪

 昨日は妻の歯科診察日で、午前中から車で二往復の送迎をやったが、昼近くになった帰路で雪がチラつきだした。大雪になるとの予報が出ていたが、遠方のライブはすべてやり終え、12月の怒涛ライブはすでに山を超えていた。
 うまい具合に、母の整形外科への通院送迎も終えたばかり。妻の歯科送迎は、来月上旬までない。仮にドカ雪がまたやってきても、大きなダメージはなかった。

 雪は次第に勢いを増し、やむ気配がない。風はほとんどないが、絶え間なく天空から落ちてくる雪で、つまりは「積もる雪」だ。


 一夜明けて外を見ると、玄関前とウッドデッキが完全に雪で埋まっている。自宅周囲の木々にも厚い雪の花。アメダスによると、都心では一日で57センチも積もり、積雪深は96センチに達して、90年ぶりの記録だそうな。
 札幌北部の我が家周辺でも42センチ降って、積雪深は60センチに到達。例によって雪は南方面に流れたようだが、それでも12月としては相当な量だ。
 急ぎの用事はないので、昼食前に今季3度目となる電動除雪機を出動させた。ところが雪が多い上に重く湿っていて、そのままでは除雪機が効かない。こんなことも珍しい。
 仕方なく、固まった雪を手作業で地道にどかす。いつもより長い30分ほどかけて、ようやく除雪車が置いていった玄関前の雪塊を除雪し終える。


 ヤレヤレと家に入って昼食のラーメンなどすすっていたら、BS放送が観れないと妻が言う。確かに全チャンネルが「電波に異常あり」のメッセージと共に、視聴不可能だった。
 あわててBSのアンテナを確認すると、湿った雪がBSアンテナを完全に覆っていて、雪ダルマ状態。これでは電波が届かないはずだ。

 入居当初にも一度だけ同じ現象が起こり、その際は窓ガラス掃除用の長いスクレイパーで雪を落として回復させた。2階仕事部屋の机に載り、窓から身を乗り出して同じように作業し、何とか雪の塊を除去する。BS放送はめでたく復帰した。
 おそらく17年ぶりに起きた珍現象で、今年の異常気象を象徴している。あまり考えたくないが、昨年は一度もやらずに済んだ車庫&物置の雪下ろしを、今年は12月中にやる羽目になるかもしれない。

2016年12月22日木曜日

爪甲剥離症が治った?

 7月下旬に突如発症し、その後病院にもかからずに、延々と独自の治療を施していた爪甲剥離症が、5ヶ月を経てようやく終息の気配だ。
 発症直後の爪の状態は以下の通りで、左手中指の爪が3ミリほども白く剥離している。

2016年7月、発症直後の状態

 しばらく様子をみても爪は延びては剥がれを繰り返し、一向に回復しない。とぼしいネット情報をかき集め、信頼できると思われる対症療法を手探りですすめた。
 以下、その概要である。

1)一般の皮膚病の薬は一切つけず、病院にも行かない。
(当初、水虫の薬をつけたが、すぐに中止)
2)水仕事は極力避け、やむを得ない場合は台所用のゴム手袋を使用。毎日の食器洗いと夜の歯磨きには、必ずゴム手袋を使った。
3)爪を傷めやすいDIY作業や畑仕事、観葉植物の手入れなどには、薄手のゴム軍手を着用。
4)乾燥がよくないとの情報を得て、爪の先端部にハンドクリームを日に4〜5回ほど塗った。
5)入浴前にはハンドクリームを念入りに塗り、爪をお湯に浸けないよう努めた。
 これらの対策により、3ヶ月後の10月下旬には白い剥離部分はほぼ消え、完治したかに見えた。その後に行った日帰り温泉でハンドクリームを持参するのを忘れたが、もう治ったはずと油断し、湯船に左手を浸けてしまった。
 直後に白い剥離が再発。温泉の成分がよくなかったか、ハンドクリームをつけずにお湯に浸したのがよくなかったか…。

2016年12月の状態

 その後2ヶ月経って、剥離部分は消えたと思えばまた別の場所に発生と、なかなか完治しない。現在はこのような状態で、剥離部分はわずかに残っているが、ほとんど気にならないレベルにまで改善。最近はギターも全く意識せずに弾けている。
 しかし、まだ油断は禁物で、水仕事にはゴム手袋着用、ハンドクリームも日に2度は塗っている。完治は近いと信じたいが。


《2018.1.10 追記》
 その後1年を経て、患部は完全に症状が消えた。ハンドクリームはもちろん、水仕事時のゴム手袋、入浴時に湯船に患部を浸さない、などの対策はこの1ヶ月ほど全くやっていない。
 万人に有効かどうかは分からないが、困っている方の参考になるかもしれない。

2018年1月、完治した状態

2016年12月21日水曜日

歌う曲を拍手で決定

(前半からの続き)
 介護施設では初めて本格的に仕掛けた二択リクエストライブが予想以上にうまく運び、いいイメージで次なる施設へと移動する。
 建物は徒歩1分の隣りにあるので、車は駐車場にそのままにし、機材は手で運んだ。

 こちらの施設では開始予定時間が15時半と遅い関係で、別のイベント始まっていた。会場に入ると整然と並んだ椅子には、すでに30名ほどの入居者が座っていて、拍手で迎えてくれる。
 それぞれの施設で方針が異なるが、準備万端整えてスタンバイしたのちに聴き手が三々五々と集まってくるケースと、会場に聴き手がすでに並んで待ち構えているケースとに対応が別れる。私の場合、ライブがスムーズに運ぶのは、おおむね後者である。


 素早く機材をセットし、準備は短時間で整った。15分前に歌い終えたばかりだったが、予定を前倒しして15時20分から始めることになった。
 アンコールを含め、およそ45分で14曲を歌う。
(※は二択リクエストで、カッコ内は選ばれなかった対決曲)

「北国の春」「※瀬戸の花嫁(おかあさん)」「※お富さん」「※お座敷小唄」「※バラが咲いた(ここに幸あり)」「幸せなら手をたたこう」「サンタが町にやってくる(Xmas企画)」「※上を向いて歩こう(高校三年生)「※故郷(さくらさくら)」「※津軽海峡冬景色(矢切の渡し)」「※知床旅情(星影のワルツ)」「※夜霧よ今夜も有難う(時の流れに身をまかせ)」「青い山脈」「月がとっても青いから(アンコール)」
 利用者の介護度は全体的に低く、一昨日の施設に準ずるもの。その分嗜好も幅広いことが予想された。場としては難しい部類で、2曲目から早々と二択リクエストを仕掛けた。
 以降、歌った14曲のうち、2/3に相当する9曲が二択リクエストによるもの。(「お富さん」と「お座敷小唄」は両者拮抗で引分け判定)
 自分のペースで普通に歌ったのは1曲目と、中ほどにアクセントとしてはさんだ聴き手参加型「幸せなら手をたたこう」とXmas企画、そしてラストとアンコールの5曲のみである。


 結果は直前に歌った施設をさらに上回るもので、目を輝かせて聴いてくれる方が多数いて、歌いやすかった。アンコールは職員さん主導だったが、打合せにはない自然発生的なもの。場の気分に充分沿うものだった。
 終了後に責任者の方からも、「素晴らしいライブでした。ありがとうございます」と感謝の言葉をいただく。
 二択方式にするとそのたびに場が湧くので、進行がやりやすい。施設によって全く反対の結果が出たりし、人の好みは実にさまざまだと興味深い。
 逆に「故郷」のように、圧倒的に強い曲も確かにある。組み合わせる曲を時に応じて変えてやれば、また別の結果が出るかもしれない。

 まだ始めたばかりだが、初めての場、マンネリに陥りそうな場、つかみが難しい場などでは、今後かなりの威力を発揮しそうだ。
 年末を目前にし、苦境をバネに新境地を開拓できた気がする。

二択リクエストに活路

 一昨日歌ったばかりの札幌南東にある近郊都市で、また歌ってきた。初めて訪問するサ高住のXmas会余興で、実は前回担当のKさんから紹介された施設だった。
 経営者が同じ系列の施設で、場所は前回よりさらに4キロ遠く、自宅からおよそ40キロある。

 11月中旬の穏やかな陽気で道路状況は改善され、遠方だが交通渋滞の不安はない。問題は一昨日の施設で起こった「歌えど踊らず」の手応えのなさだった。
 施設は別でも経営母体は同じで、施設の歴史が浅く、入居者や職員がまだ充分馴染んでいない、という条件も同じ。初めての施設で同じ構成で臨めば、同じような失敗に見舞われる可能性は高かった。
 中一日の休息で、何をどう修正すべきか、対策を一心に考えた。前回唯一「受けた」と感じたのは、後半に設けた「二択リクエスト」の仕掛け。
「次の2曲のうち、聴きたい曲をみなさんの拍手で選んでいただきます」という趣向で、ライブにゲーム的要素が加わることで、聴き手が入ってきやすくなるという利点がある。

 どの2曲を組み合わせるか?という難しさはあるが、過去には3曲から選んでもらう「三択」も仕掛けたことがあり、いずれも好評だった。
 そこで今回は、この「二択リクエスト」を要所で複数回仕掛けてみようと考えた。


 実はこの日は2ヶ所の施設で続けてライブをやることになっていた。同じ系列の施設が2棟隣接しているが、会場の関係で入居者を一箇所に集めることができず、時間をずらして2回連続で演って欲しい、という要望。
 今年はこの種の依頼が多く、体力的にはかなり厳しい。しかし、遠方なので何度も通うより、むしろ一日で済んでしまうほうが楽かもしれない、と前向きに考えた。
 最初の施設は14時半開始。15分前には会場に着いて14時35分から始め、およそ30分で11曲を歌った。
(※は二択リクエストで、カッコ内は選ばれなかった対決曲)

「北国の春」「おかあさん」「※お座敷小唄(お富さん)」「※ここに幸あり(バラが咲いた)」「矢切の渡し(リクエスト)」「幸せなら手をたたこう」「サンタが町にやってくる(Xmas企画)」「※故郷(さくらさくら)」「※時の流れに身をまかせ」「※夜霧よ今夜も有難う」「青い山脈」

 聴き手はおよそ20名ほど。車椅子の方が数人いて、介護度は他2施設よりやや高いとの情報を得ていた。それが関わっていたかどうかは分からないが、1曲目の反応は決して悪くなく、間奏の時点で拍手が湧く。
 明らかに系列の前施設とは違う反応で、(このまま普通に歌ってしまおうか…)という考えが一瞬よぎる。しかし、まてまてと考え直し、場がこなれてきた3曲目から、準備してきた二択リクエストを予定通り仕掛けた。


 結果は予想を超えるもので、聴き手の反応は上々。二択の組み合わせには「手拍子対決」「唱歌対決」「叙情歌対決」「演歌対決」等々、共通するテーマを設けて選びやすくした。
 聴き手の嗜好を尊重する、という姿勢がよかったのか、ライブ途中で突然リクエストが飛び出す、というハプニング発生。職員さんの許可を得て、これにも冷静に対応できた。

 結果として4セット5曲の二択リクエストをこなす。(「時の流れに身をまかせ」と「夜霧よ今夜も有難う」は両者拮抗のため、両方を歌う)純粋なリクエストを含め、全体の半分以上に聴き手の要望を反映させたことになる。
 介護施設でこれほど多くのリクエストを受けたのは初めてのこと。思いがけない手応えに勇気を得て、ただちに機材をまとめて次なる施設へと移動した。
(後半に続く)

2016年12月20日火曜日

ギブスは外れたが…

 延々と続く怒涛のライブ月間で、ぽっかりスケジュールが抜けたエアポケットのような休息日だった。しかし、こんな日に限って、母が整形外科に通院する指定日である。
 実は診察日は1ヶ月前に決まっていて、その日を避けてクリスマス関連のライブスケジュールを前後に詰め込んだ、というのが正確なところ。

 距離が少し近くなったとはいえ、早起きして施設へ迎えに行き、母を説得して車椅子に載せ、非力な軽自動車を操って病院を往復する煩雑さに変わりはない。
 大雪は降りはしないか、寒さはどうか、我が身の腰痛は大丈夫か…等々、あれこれ考えだすとキリがなく、ライブ予定をこなすほうが、むしろストレスは少ないかもしれない。
 ともかくも9時少し前に施設へ迎えに行き、9時5分には車で出発した。母は案外素直に従ってくれたが、一瞬だけ外に出たとき、「お〜、寒い!」と大騒ぎ。若い頃から寒さにも暑さにも弱く、意外にこらえ性がないタチである。
 気温はマイナス6度ほどと、確かに健常者でも寒い。持参の厚手のコートを着せ、手袋とひざ掛けを使い、ヒーターを最大にセットする。

 30分ほどで病院に到着。はめて3ヶ月が経過した左肘のギブスは、この日外すことになっていた。レントゲン撮影の前に診察台で作業開始。工具の音がうるさいので、私は待合室に移動してはいかが?と言われたが、どんな作業か興味津々だったので、立ち会うことに。
 取り出したのは、金属を磨いたり切ったりする「ディスクグラインダー」という大工道具そのものである。看護師さんが器用にそれを操り、石膏で固めたギブスを切断してゆく。
 片側は簡単に切れたが、ギブスはまだ外れない。反対側も切る必要ありとのことで、腕を押さえる役の看護師さんがもう一人加わり、ようやく外れた。


 レントゲン撮影の結果、患部は周辺に新しい骨が盛り上がってきつつあるが、まだ切断部の隙間が埋まってなく、完全接着とは言えないという。
 ボルト3本で固定した大腿骨も似た状態だが、肘よりは隙間が埋まりつつあり、状態はこちらの方がいいようだ。
 かくしてギブスはようやく外れたが、今後も経過観察として、月に一度は通院するように言われた。今日こそ最後の通院と期待していただけに、正直ガッカリした。こうなれば長期戦を覚悟せざるを得ない。

 生活は通常に戻してよいが、くれぐれも再転倒はしないように、とのこと。実は昨夜と今朝の2度に渡り、新しい施設の居室で母がまた転んだらしい。
 職員の目が届かない時間帯にベットを抜け出し、車椅子なしで床に下りて歩いたことによるもの。前施設で今年になって3度転倒した経緯と全く同じで、腰と肘の痛みが回復して動けるようになったことと関連がありそうだ。
 深夜や明け方にベットを抜け出して、いったいどこに行こうというのか?どうやら母にとって、いまの施設も安住の居場所ではないらしい。

 今回は大事に至ってないが、次に大きな転倒をすると寝たきりになりかねない、という危機意識が、母にはまるで欠落している。
 認知症が相当進んでいる証しで、こちらはすでに回復不能。どのような施設でも四六時中見守る介護など不可能で、いよいよ最悪の事態も覚悟しなくてはいけないか。

2016年12月19日月曜日

歌えど踊らず

 ネット経由で依頼のあった札幌南東の近郊都市にあるサ高住Xmas会余興で歌った。千歳空港近くに位置し、片道で40キロ弱。市内で歌うことが大半なので、私の活動範囲としては最も遠い部類にはいる。
 近くに学生時代の友人夫婦が住んでいて、数年前に訪れた。10数年前には住宅設計の依頼で半年間、毎日のように現場監理に通った街だった。土地勘は充分にあるが、施設自体は初めての訪問になる。
 積雪による交通渋滞が怖く、14時開始だったが、12時10分に家を出た。

 折からの暖気で道はすっかり乾いていて、大きな渋滞もない。夏と変わらぬ順調な走行で、1時間10分で先方に着いてしまう。積雪時における市内遠方施設への所要時間と大差ない。
 コンビニで少しだけ時間をつぶし、13時半に施設内に入る。完成後1年半という施設で、全てが新しい。


 担当のKさんとは電話やFAXを通じ、かなり早くから数回に及ぶ打合せを重ねてきた。施設が新しく、イベント企画の歴史も浅い。運営手法に不安があるらしく、時間内への具体的な収め方まで相談された。
 遠方とあって下調べはしなかったので、開始までの時間を使ってライブの具体的な進行方法やアンコールに関し、細かい打合せをする。
 イベントは自由参加で、40人弱の定員と聞いたが、食堂に集まったのは20人ほどだった。予定より10分遅れの14時10分から開始。先方の希望通り、およそ45分で15曲を順に歌う。

「北国の春」「おかあさん(森昌子)」「お座敷小唄」「バラが咲いた」「幸せなら手をたたこう」「サンタが町にやってくる(Xmas企画)」「お正月(年末企画)」「高校三年生」「さくらさくら」「まつり」「憧れのハワイ航路」「夜霧よ今夜も有難う(二択企画)」「時の流れに身をまかせ(二択企画)」「月がとっても青いから」「青い山脈」


 聴き手に車椅子の方は皆無で、介護度は低く、元気のいい方が多い。男性の比率が4割ほどで、他に比べて突出していた。
 そうした特徴が影響していたのかは定かではないが、出だしから反応は非常に弱かった。高齢者が中心の施設では圧倒的に人気のある「北国の春」に、歓声や手拍子が全く起きない。歌いながら席を順に見回しても、目を輝かせて応えてくれる人はいなかった。
(これは厳しい…)そんな苦戦の展開を覚悟した。
 沈滞したムードはその後も変わらず、他施設では無条件に手拍子が起きる「お座敷小唄」でも、事前のMCで手拍子を促したにも関わらず、反応はまばら。ライブそっちのけで個人的な会話に勤しむテーブルもあり、ある意味では自由気ままなサロンふう、またある意味では無秩序なおしゃべり広場といった様相だった。

 あくまで依頼されて歌っている立場なので、運営に関してとやかくは言えない。聴き手参加型の歌を入れたり、Xmas企画を途中に挟んだり、時には力技を使ったりなど、可能な限りの工夫をこらして粛々とライブは進めた。


 少しだけ手応えを感じたのが、ラスト間近に仕掛けた二択リクエスト。女性は圧倒的に「時の流れに身をまかせ」を支持し、男性は「夜霧よ今夜も有難う」を推した。
 両者拮抗で判定に困っていたら、担当のKさんから、「両方歌っていただくというのは…」というナイス助け舟。「ではそうしましょう」と応じて、場が湧いた。

 アンコールは場の空気次第で、と事前に打合せていたが、聴き手からの自然発生的アンコールは当然ない。終了後にKさんに目配せし、「終わりです」と小さく告げる。あうんの呼吸でKさんが場を締めてくれた。
 初めての施設で歌う難しさをまたまた痛感したが、毎回アタリのライブなどあるはずもなく、奢りの気持ちを戒める意味では、よいクスリになったと自分で思う。
 何が足りなかったのか、帰路の長い道のりをずっと考えていたが、もしかすると入居者の意識が若すぎて、一般の高齢者施設向けの受身的な構成では、飽き足らなかったのかもしれない。
 介護施設では一度も試みてないが、地区センターなどで好評の「全曲リクエスト方式」をやってみる価値はありそうだ。もし次回があれば、の話だが…。