2008年12月31日水曜日

年一度のゼータク

 朝から猛烈な雨と風。道路は春先のようにグズグズのぬかるみで、全く忙しい天気である。定まらぬ経済や政治を象徴するような年の暮れ、といったところか。
 妻は明け方4時から起き、一年で最大の書き入れ時であるスーパーの勤務へと暗いうちから出かけた。大晦日の買い出しは私の担当と決まっているので、雨の少し収まった15時過ぎに歩いて出かける。


 不景気を反映してか、店はあまり混んでいない。メモを元に売り場を回り、目的の食材を見繕う。
 直前の調査で元日の祝い箸が足りないことが分かり、こちらをまず調達。ロゼワインの手頃な小瓶を見つけ、元日の乾杯用にこちらも買う。そのほか、この時期に定番の酒のツマミやら菓子類、そして生寿司3人前パックを購入。

 家に戻ると、例年帰りが19時近くになるはずの妻がなぜか家にいた。いつになく仕事が早めに片づき、同僚の車で送ってもらったそうで、時計はまだ16時半。白いニゴリ酒とアワビが、妻から私への「お年玉」として用意されていた。持つべきものは古女房でアル。
 びしょぬれになったズボンとジャンパーをボイラの上で乾かし、買ってきた食材をまとめてカゴの中にセットする。左のカゴが菓子類で、右がツマミ類。これに入りきらない分もあるが、いずれも普段はまず食べない我が家にとってのゼータク品。
 このカゴから好きな物を好きな時間に取り出し、食べて飲む。これだからいくつになっても正月は楽しみなのだ。


 大晦日の夕食は生寿司とソバ、そして息子からのカニと、このところ決まっている。すべての準備は終えた。年に一度の大イベント(我が家にとっての)が、いよいよ始まり始まり。

2008年12月29日月曜日

生活の垢

 丸3日続いた雪嵐はようやく峠を越え、我が家の「TOMダス」によれば、本日の最高気温はプラス1度。最低気温もマイナス5度あたりで、ほぼ平年値に戻った模様。

 昨日のブログで気象庁にゲキを飛ばしたせいでもなかろうが、近隣の石狩市アメダスが、ようやく今日午後1時から復旧した。積雪は予想より多く、40センチ近くに達していた。
 我が家の玄関回りの積雪はたいしたことはなく、ほんの10分も雪かきすればいいほどだが、よく考えてみたら、今年の夏に早めに処置しておいた車庫北側の壁補修工事が、思っていたよりも効果的のようだ。


 雪かきを軽くしたあと、大掃除の残りをやる。昨日やり残した無垢材の床掃除が主で、人の歩く部分が集中的に汚れている。専用洗剤なども市販されているが、過去の経験から、雑巾を固く絞り、台所用のクレンザーを汚れた部分にまいて強くこするのが最も効果的。力仕事なので非常に疲れるが、これぞ男の仕事、といった感触はある。
 まるで湯垢のような汚れがボロボロ落ちてくるが、人間の日々の営みとは元来このように、垢にまみれたものなのでしょうネ。

 ついでに同じく無垢材で作ってある階段の手すりの汚れも落としたが、こちらは床よりもっと汚れがひどかった。おかげで床や壁の隙間に落ちた垢汚れを、もう一度掃除機で吸い取る必要に迫られた。いわゆる「二度手間」というヤツで、手順を間違えるとこうなる。
 掃除で思い出したが、午前中に見知らぬ電話があり、「大掃除を3,000円で請け負いますけど、いかがです?」と言う。リフォーム&クリーニングの専門会社らしいが、「ウチはもう全部終わってますよ」と告げると、「台所の換気扇はまだでしょう」としつこい。
 台所の換気扇は妻の担当で、先週すでに終わっている。「つまりは用なしですね」「そういうことです」と電話を切ったが、この不況でリフォームの仕事が減り、大して金にもならない家庭の大掃除にまで営業範囲を広げたということか。

 悪い時期にジタバタあがいてもほとんど効果はないのだが、仕事が長く切れると、じっとしていられないのだろう。気持ちは分かりますけど。

2008年12月28日日曜日

真冬日は続く

 3日続きの暴風雪。近隣のアメダスは壊れたまま。どうなっとるの?気象庁。
「TOMアメダス」の非公式計測値によれば、本日の最高気温はマイナス5度、最低気温はマイナス7度あたりか。どこまで続くのか?真冬日。
 積雪量は30センチ前後だが、相変わらず風が強い。年に数回ある長く厳しい寒波到来で、年末と重なってしまったので、あちこちに支障が出ている。
 大掃除の続きをマジメに実施。今日は1階のスス払いを重点的にやり、新しいカレンダーの掛けかえや玄関ホールの正月飾り、鏡餅の飾り付けなどを同時進行でやった。
 昨日書いた「大掃除3種の神器」によるやり方は、高いところだけでなく、棚のスミや床のスミなどでもそのまま使えることが判明。夕方までに、ほとんどの作業を終えた。


 鏡餅は一番小さいのをかなり前に1個88円で買ってあり、1階居間と2階仕事場にそれぞれ飾った。この価格だと上に載せる飾りミカンはついてこない。プラスチック製のまがい物だが、あるとないとでは大違い。
 実は去年買ったセットにはちゃんとついていて、可愛らしいので捨てずにとってあった。ちゃっかりそれをまた再利用。この種の縁起物を何度も使うことを、「ゲンが悪い」と極度に嫌うむきもあるが、私らはチットモ気にしません。
 今日が今年最後の休みで家にいた妻は、掃除には一切手をかさず、ノンキに「冬のソナタ」のDVDを観たり、パソコンをいじったりしている。「この時期にはやっぱし冬ソナよね」なんて言ってる。年々オセチ料理を作る情熱も薄くなってきているようで、来客の少ない今年のような年末はなおさら。これはあまりよい傾向ではない。
 弱ったな~と思っていたら、暗くなってからゴソゴソ冷蔵庫を開き、何か刻み始めた。見れば大根で、正月用のナマスを作るという。夫に煽られる形で、遅まきながらようやくエンジン始動ということです。

2008年12月27日土曜日

酒なし忘年会

 2日続きの暴風雪。近隣の石狩市のアメダスがこの嵐で壊れてしまったらしく、昨夜9時からすべての数値がゼロ表示で、いまだに回復していない。こんなことは前代未聞だ。
 しかたなく、次に近い場所にある江別市の数値を参照しているが、最低気温がマイナス10度以下になったのは確実。当然ながら最高気温もマイナスで、おそらく3日続きの真冬日となるであろう。ブルブル。
 この嵐をついて、物好きに妻と「忘年会」と洒落た。場所は4キロほど離れた回転寿しの店だ。13時に勤めの終わった妻とスーパーで待ち合わせ、そのまま店にむかう。
 悪天候の時は出かけたくないものだが、多くの人がそう考えるので、店や行楽地は空いている。「人とあえて逆をする」というのも、偏屈な夫婦らしい生き方なのである。

 途中、長い渋滞。最初は雪のせいかと思ったが、どうもおかしい。なんと、店の近くの交差点の信号機が根元からポッキリ折れていて、オマワリさんが手で信号機の代わりをしている。渋滞はそのせいだった。激しい吹雪で前方が見えなくなり、車が突っ込んでしまったのだろう。


 寿司店は夏にも息子と来たので、味は保証つき。安い割には、ネタもシャリも上等で美味い。思惑通り店は昼過ぎだというのにガラガラだった。車なのでアルコールは当然なく、お茶で乾杯して今年一年の労を互いにねぎらう。

 宮仕えを辞めて27年が過ぎたが、関連業界の横組織にも一切加入していないので、この時期の宴会とはずっと無縁。学生時代までは宴会大好き人間だったが、新入社員の折に宴会で手ひどい失敗をやらかして以来、大の宴会嫌いに変貌した。
 大勢で飲むのは、親戚相手か自宅ライブの打ち上げくらい。飲み放題の居酒屋定例ライブでも一切飲まず、ウーロン茶かホットカルピス。酒なしでいくらでも歌えるし、話せる、楽しくなれる。慣れでしょ。

 好きなだけ食べて勘定をしてもらったら、2,012円。安い。仕事のない私に比べ、はるかにカセギのいい妻の全額おごりである。

2008年12月26日金曜日

暴風雪

 昨夜未明から急速に天候が崩れ、冬だというのに稲妻と雷鳴が轟く。夏にカミナリでアンテナやらモデム、電話機などを破壊されたばかりなので、すぐにパソコンとモデムの電源を切り、電話回線も遮断して大人しく録画してあった映画を観て夜を過ごした。

 朝起きると昨日までの「枯れたクリスマス」がウソのような冬景色。札幌都心では一夜にして積雪が35センチで、終日氷点下の厳しい真冬日となった。
 窓や壁には一面に叩き付けた雪がへばりつき、昼でも家の中は薄暗い。窓の雪は解けずにそのまま夜になった。
 写真を撮りに行く途中、凍てついたツルツルの道でモロに転んでしまい、したたかに腰を打った。幸いケガはなかったが、一瞬息ができないほどの痛みだった。


 雪にも寒さにもめげす、予定通り暮れの大掃除をまず2階から始める。我が家は家中が風通しのよい「つつぬけ」状態なので、上から下へ順にすす払いをやっていかないと、二度手間になってしまうのだ。
 脚立に昇り、むきだしの梁の上や窓枠に積もったホコリをまず落とす。電球をすべて外し、ていねいにホコリや汚れを拭き取る。スタンドまで含めると、家中の電球はざっと30個。これだけで結構な時間を費やした。
 15時ころに頼んでおいた灯油のタンクローリー車がやってくる。この冬2度目だが、あまり使っていないので、価格が安くなる境界値である200L入るかどうかヒヤヒヤだったが、何とか239L入った。それでも例年よりかなり少ない。
 価格も去年同時期より30円近く下がって、62円/Lだった。今後の寒さにもよるが、年間灯油消費量が1000L以下になるのは、ほぼ確実な情勢。このところ仕事がないので助かります。

 掛け時計やパソコンまできれいにしたところで本日の作業は終了。あまり張り切ってやると、持病の腰痛が再発する。そうでなくても、今日は雪かきでかなり腰を使った。
 夕方、買い忘れた牛乳を買いに近くのスーパーまで歩いて行ったが、あまりに寒くて風が強く、泣きそうになった。どうやら平年より21日遅れて、昨日からいよいよ根雪になりそう。

2008年12月24日水曜日

ダブル川上

 スーパー勤務でクリスマスは書き入れ時の妻は長時間家にいず、年末恒例の古い青色申告関連の資料整理に一人励む。
 作業は数時間で終わり、その後コーヒーを飲みつつ、今日が返却日の綿矢りさの「蹴りたい背中」を読む。100枚くらいの短編で、あっと言う間に読み終えた。
 その率直な読後感、「前作よりツマラン!」

 前作(デビュー作)は映画を観たあとに読んだから、という理由だけではない。何か突き抜けるものが足りない印象がする。期待していたその分、かなり失望した。つい最近第3作目も出たらしいが、読む気が失せた。
 芥川賞受賞作品はかなり読んでいるが、過去にはもっと面白くて上手い人がたくさんいた。この作家は2作で100万部近く売れたそうで、印税がざっと1億。20歳そこそこですごい数字だが、創作に不可欠(と私が勝手に思っている)喪失感覚を今後キープしてゆくのには、相当の覚悟が必要のような気がする。
 といいつつも、夕方地域図書館に本を返しに行ったついでに、また2冊借りてきた。川上弘美と川上未映子の「ダブル川上」で、川上弘美はデビュー作の「神様」以来、ずっと読んでいる好きな作家。
 インターネットが始まる前に出入りしていたパソコン通信の会議室(掲示板のようなもの)で、川上弘美さんが一度だけメッセージの書き込みをしてくれたことがある。
 当時からかなりのファンだったので、「光栄です!」などと、すっかり舞い上がった反応をした記憶がある。

 川上未映子はまたしても新進気鋭の芥川賞作家で、借りたのは受賞作の「乳と卵」。出たばかりの新しい本が、ぽっかりと本棚でまるで「借りてくれ」と言わんばかりに光っている。思わず手にとった。
 彼女は分筆活動以外に、音楽や演技でも活躍するマルチタレント。男ならばさしずめ辻仁成といったところで、かなり期待できそう。

2008年12月23日火曜日

遠い友若い友

 喪中ハガキはとっくに出してしまったが、いろいろ調べると、事業用の年賀状だけは喪中とは別物らしい。そこで事業でも個人的要素の強い方々(過去に住宅の設計をさせていただいた方々など)には喪中ハガキを出し、他の会社レベルの取引先にはこれまで通り、普通に年賀状を出すことにした。
 デザインはすでに決めてあり、昨日から今日にかけて一挙に作業。数は多くないので、すぐに終わった。

 ついでに20年以上もクリスマスカードの交換が続いているカナダのバンクバーに住む一家あてのカードを作る。去年のブログでもふれたが、子供の通う小学校の国際交流で、我が家に二人のカナダの子がホームステイしたのがそもそもの縁。
 市販のカードではなく、写真や画像、ロゴをレイアウトしてまとめて印刷するリーフレットのような形式に去年から変えたが、これがなかなか好評。今年の先方からのカードには、「去年いただいたカードはとても素敵でしたよ」と、わざわざ添え書きがあったほどだ。


 気をよくして今年も同様に作ったが、近況を簡単に記す英語の文章を書くのに、1時間近くもかかってしまった。使っていないと英語もサビる。ネットにある「翻訳サービス」なるものを補助的に使ったが、これが結構いい加減で、あまり信用できない。
 何とか格好をつけたが、目玉は事業用年賀状にも使った「今年を象徴するオリジナル写真」、そして「それに相応しいオリジナル俳句」である。俳句には英訳もつけ、ある程度は外国人にも分かる仕組み。

 いずれも以前にこのブログで発表済みだが、俳句と英訳を再掲載。
(英訳はヤッツケなので、参考程度に)

 風深く 赤き枯野に 月浮かぶ
 The wind has calmed down, there is a white moon above a red plain.

 今日はそのほか、忙しさにかまけてずっと延ばし延ばしにしてあった某同人誌への投稿をようやく終わらせた。
 相手は以前に6号だけ出したFD形式デジタルマガジンの一愛読者だったSさんで、実に16年の時を経ても、いまだに自分の主宰する同人雑誌を定期的に無料で送ってくださる。読者として何かしらの投稿をするのは、その好意に対するささやかなお返しの意味もあった。
 今回は手紙ではなく、初めてメールで投稿してみたが、「いつもブログ読んでますよ」と、すぐに返信メールが届いた。

 このデジタルマガジン、少し前のブログでもちょっとふれた「TomtomBox」という代物で、私のメインサイトのルーツとなったものだ。当時の読者には、延々と交流が続いている方がSさん以外にもいるが、みなさん私の娘や息子と同年代。
 最近の音楽関連のつながりもそうだが、どういうわけか若い年代の友人(あえて「友人」と呼ばせていただく)が多数いる。
「人生をより楽しく」という意味で、交友の幅が広いということは、きっと悪いことじゃない。

2008年12月22日月曜日

あっという間

 あっという間の年末である。昨夜から雪が振り出し、少しは冬らしい景色になってきたが、少雪である事実に変わりはなく、市内のスキー場はまだ満足に開けない状況らしい。気温は平年並みに低く、今日も終日氷点下の真冬日。しかし、雪の少ない冬はやっぱり楽。
 午後から実家に行き、来年の家計簿を母に渡し、底をついていた灯油を手配し、いただき物の果物を仏壇に供えて暮れのお参りを済ませる。いろいろとあったが、どうにか今年も年を越せる。

 母は物忘れが進んではいるが、病気知らず病院知らずの健康優良高齢者。自分の年を80代後半であることは分かっているが、正確に何歳であるかは把握していない様子。
 とかいいつつ、もうすぐ還暦の我々夫婦も、時に自分がいくつであったか分からなくなるくらいだから、ある年齢を過ぎれば年なんぞいくつであっても、たいした問題ではない。


 父が生きていたころ、「これまでの人生は長かったかい?」と聞いてみたことがある。確か80歳を過ぎたあたりで、父は即座に「いや、あっと言う間の80年だった気がするな。この調子だと90、100もあっという間だろう。生きていればの話だが…」と応えた。
 実際に父はその後「あっという間」の13年を生き、今年の春に世を去った。

 同じような話を母からも聞いた。やはり母が80歳を過ぎた頃で、「ボヤボヤしている間に、私しゃもう80だよ」と、少し不安気な表情で訴えられた。その母が60歳を過ぎた今の私くらいの頃には、「死ぬのは少しも怖くはない」と事あるごとに言っていた記憶がある。しかし、最近ではこの言葉は一切口にしなくなった。
 あくまで私の両親の場合だが、80歳を過ぎたあたりから自分の命の行く末について、具体的に考えるようになったらしい。そして共通しているのが、「あっという間の人生」という実感である。
 この感覚は59歳を過ぎた「人生まだまだ青二才」の私も同様であり、これまでの人生は充実してはいたが、あっという間だった気がする。独立開業した32歳から50歳までは事業の構築に忙しく、それなりの時間の積み重ねを感じたが、子育てが終わって暮しの先行きも少しは見えてきた50歳を過ぎてからが、特に早い。
 父の言い分ではないが、この調子だと、70、80歳もおそらくあっという間。もちろん、「生きていれば」の前提である。

「この前生まれたと思っていたら、もう還暦だよ。人生、あっという間さ」とたまに妻に軽口をたたくと、妻は決まってムキになってこう反論する。
「私の人生、決して『あっという間』じゃなかったわ」

 妻がこう言い切るには訳があるのだが、その子細はふれない。多くをオブラートにくるんで実態を分かりにくく見せているブログやサイトが巷には溢れているが、私は全くその正反対の道を歩んでいる。本名も年齢も顔も住処も、すべてがガラス張りのアケスケ。
 しかし、何もかも書いているように見えて、実は決してそうではない。それが公共性の強いブログというもの。ヒンシュク承知で書くなら、これが「書き手の仕掛けたワナ」というヤツである。
 で、「あっという間」の続き。実はこの問答、以前に娘にもふっかけてみたことがある。20歳過ぎたばかりの娘に、これまでの人生の長さを問うこと自体がナンセンスかもしれないが、その議論はさておこう。すると娘はこう応えた。

あっという間だったけど、その時間はとても濃くて、充実していた気がする。だから、きっとそれはいいことだったのよ」と…。
 やっぱりね。

2008年12月21日日曜日

アドリブ

 来月実施予定のライブ「かぐやな宵」に備え、一部の曲をリードギターとして補佐してくれることになっているNさんが、午後から音合わせにやってきた。仕事の都合でライブ当日も満足に音合わせができない可能性があるとかで、年末を控えた時間の隙間をぬい、この日の練習となった。
 私にとっては先月に続いての自宅スタジオ・ギターセッションで、いったん片づけたPAを再度組み立て直して準備した。
 音源は事前にネットで送ってあり、ある程度の練習はしてもらっていたが、やはり生の音で実際に合わせてみるのとは違う。お互いに意見をあれこれ出し合い、微調整をくりかえす。

 候補にあった1曲はこの過程でOKとなったが、思いつきで予定にない別の曲も試しにアドリブでリード伴奏をつけてもらった。Nさんがほとんど知らない曲だったというが、こちらも数回の音合わせでほぼOK。音楽の大きな魅力のひとつは、やはりアドリブである。センスのある方は違います。
 あとは本番の日まで、日々個人レベルでの練習に励むのみ。例年1月にライブはほとんどないが、年初めからいい目標ができた。


 地域ミニコミ紙に連載中のエッセイ「風街だより」に複数の反響があったらしく、担当の編集者の方が本紙と共に、アンケートのコピー数枚をわざわざ届けてくださった。「毎回読むのが楽しみです」など、書き手としては泣ける内容がそこに書かれている。
 連載を開始して今月分ではや6回。ある程度の結果が出るには、これくらいの積み重ねが必要のようで、何よりの励みになる。

 実現できるかどうか分からないが、この「風街だより」やブログの連載を何らかのとっかかりとして、もっと大きな創作に昇華できないか?と意識のスミで模索している。
 コメント欄一切なしの一方通行だが、黙々と日々書き連ねている背景には、こんな下心も実はあるのだった。

2008年12月20日土曜日

想定外ライブ

 近隣のグループホームでのクリスマスライブが終了。街の積雪はゼロのままで、いまいちムードにかけるクリスマスである。

 今回はいろいろと想定外のことが起き、かなり難しいライブとなった。まず人数が過去最高であったこと。入居者定員は7名だが、職員、家族、ゲストなどを含め、総勢40名はいただろうか?いつもは家族的なこじんまりしたライブを想定して構成するので、かなり戸惑った。
 一般住宅を改造したグループホームなので、これだけ集まると、とにかく場所が狭い。歌う場所は入口付近のドア前通路で、実はそこしか場所が空いてなかった。ライブが始まってからも職員や遅れてきた人などが忙しくドアを出入りし、歌の途中でギターネックに人がぶつかったりもした。
 やむなくこの日はギターを縦におこし気味にして歌ったが、厳しい体勢であった。


 いろいろあった出し物のうち、私はトップバッターだったが、食事がちょうど始まったばかりで、聴き手はいまひとつ歌に集中できない状況。ざわざわした落ち着かない雰囲気の中でライブは進んだが、まあこんな時もある。これくらいでメゲていては、訪問ライブなど務まらない。

 アルペジオのしっとり系の歌は、この日に限っては「捨て歌」で、いっそ全部をニギヤカ手拍子系の歌にしてしまえば、場はすんなり収まったかもしれない。
 しかし、手拍子無用のしっとり系の歌では、聴き手は食べ物飲物に集中していたから、「ライブ中の一休み」という面では、これでよかったのかもしれない。
 職員といっしょに歌う予定だった「ポニョ」に関しても、施設側の都合からか、入居者の一人(男性)とそれを補助する職員3人という予期せぬ組み合わせ。リハーサルは全くなしだったので、咄嗟に予定を変更し、テンポを原曲の倍くらいにゆるめ、曲の途中で「ハイ、ここから」とか、「間奏はいります」などの声をかけながら進行した。
 結局全員での斉唱のような形になったが、歌の出来不出来はさておき、「みんなで楽しく歌う」という一点では、これまたこれでよかったのだろう。

 帰りに手作りのクッキーやら手編みのマフラーなど、たくさんのクリスマスプレゼントをいただく。マフラーは妻の分まであり、手作りのカードも添えられていて、いつもながら感心し、そして恐縮した。

2008年12月19日金曜日

怖い顔

 年末を控え、終日さまざまな書類作りと、その発送手配に励む。構造偽造に端を発した建築士法の改正により、設計事務所を管理する建築士には、3年に一度の講習を受けることが義務づけられた。その第一回が来年あるらしく、申込み書類作りがやたら面倒である。
 たった一人のシガナイ設計事務所でも、社会的責任のある立場であることには変わりなく、煩雑な作業と丸1日をつぶしての講習、そして15,750円の講習費用はやむを得ない出費である。

 申込書には過去6ヶ月以内に撮影した写真を3枚添付する必要があり、あいにく手持ち分がない。デジカメのセルフタイマーを使って急きょ何枚か写したが、そのどれもがパッとしない。妻にも見てもらったが、「どうしていつもそんな怖い顔するの?」と言われた。
 しかし、管理建築士の講習なのだから、ニヤケた顔で写るより怖い顔のほうがマシだろうと自分で自分を慰め、比較的まともな1枚を選んでプリントした。


 仕事柄、証明写真の類いは定期的に必要になり、過去のストックを調べてみたら、デジカメ対応になった分だけでも3枚あった。上の写真の左から古い順で、免許証のバケモノ顔ほどではないが、確かにどれもなぜかコワ~イ顔。ほとんど指名手配写真である。

 一番左の写真は数年前に地域のミニコミ紙で取材されたときにも使ったが、近所に住む知人から、「記事はいいけど、あの写真だけはイタダケない」と不評だった。表情が硬過ぎるとのことで、つまりは、「コワ~イ」ってこと。
 性格なのか、笑った写真自体があまりない。ましてや証明写真である。笑ってなどいられようか。
 サッカーが好きなのでJリーグチームの選手写真をよくネットで見るが、どういうわけだか、一様にみなニヤケ顔で写っているのはなぜだ?
 おそらくは経営陣の要求から、サポーターむけの柔らかい表情を作っているつもりなのだろうが、サッカーは闘うスポーツなのだから、無理矢理こびる必要はないのだ。自然体でいい。

 この4年間の証明写真を3枚並べてみたが、月日の流れの割には、あんまり変わっていない。怖い顔はさておき、そこだけはちょっと安心した。
 以前、写真加工で薄くなってきた髪の毛を少し足してみたり、広くなった額の位置を下げてみたりしたが、まるで自分らしくないマヌケ顔。すぐにやめた。良くも悪くも、「いまの自分の姿」を潔く認めねばならぬ。

2008年12月18日木曜日

かぐやな宵

 明後日に迫った今年最後の訪問クリスマスライブに備え、昨日から自宅スタジオのPAを外部用簡易PAに戻した。いつもは自宅コンサートが終わると直ちに戻していたが、今年に限ってはその後のいろいろな突発ライブが重なり、そのままになっていた。
 思いつきで4つまで増やした大型スピーカーが一挙に小型1個になったので、音が極端に貧弱になってしまった。普段の訪問ライブには何ら支障なく使っていたはずなのに、慣れとは恐ろしいもの。マイクの使い方はもちろん、発声法そのものまで変える必要に迫られた。

 勘を取り戻すのに時間を要したが、この2日間じっくり歌ったかいあって、かなり戻った。
 PAに全く依存しない路上ライブからもしばし遠ざかっている。声そのものが持つ力を復活させ、通りすがりの縁もゆかりもな人々を振り向かせ、自分の歌を確認するには、路上が一番。今年より身辺が落ち着くであろう来年は、ぜひまた再開しなくては。


「かぐやな宵」のフライヤー(ポスター)のチェックが終わり、いよいよ印刷してお店に展示してもらう手はずになった。
 ライブ概要を簡単に記しておきたい。
(出演者の「TOMすけ」は、私のハンドルネームです)
《かぐやな宵》
かぐや姫、風、南こうせつを心ゆくまで歌い、奏でる夢の宵


出演:かぐやな仲間たち
   若りん/乙次郎/Y2/TOMすけ


日 時:2009.1.17(土)17:30 開場 18:00 開演
場 所:札幌市白石区東札幌2条6丁目4-11 二康ビル2階
    「歌酔倶楽部ありがとう」/TEL 011-824-3939
    (地下鉄白石駅1番出口より、都心方向へ1分)
料 金:通常料金(チャージ1,400円 +ドリンク代、予約不要)

2008年12月17日水曜日

ささやかなクリスマス

 かぐや姫のアマチュア・イベントライブ「かぐやな宵」のフライヤー(ポスター)案がひとまず完成し、関係先に配布した。あまり時間もないのでヒラメキだけでやった作業だが、評判はいい。
「移り変わる四季」「かぐや姫に思い入れのある4人のシンガー」「かぐや姫が織りなす歌の色」そんな雑多なイメージを具体的な形にした。グループ名そのままのアデヤカな色彩である。まだ微調整の要素があり、発表は後日。

 ライブはまだ1ヶ月も先の話だが、構成その他に工夫をこらしているせいなのか、すでにかなりの「予約」が入っている模様。総勢20名…、いやいやもっと増える可能性もなくはない。
 楽しみはいよいよこれからでアル。


 クリスマスまで1週間ほどになったが、街の雪解けがまた進み、アメダスによると、再び積雪ゼロを記録。これで平年値から2週間ほども根雪が遅れたことになる。
 雪がないと気分はいまいち盛り上がらないが、今年も例年通り、ささやかなクリスマスグッズを家の中に飾った。

 まずは妻が10年以上も前に作った籐製のツリー。これはいつも玄関の一番目立つ位置に置く。古くなって捨ててしまったツリーについていたアイテムを適当に飾っているが、なかなか愛らしい。
 季節によって絵を替えている額縁には、クリスマスに相応しいイラストを入れた。写真にはないが、手作りのクリスマス・リースも居間と玄関ホールにそれぞれ飾っている。どちらも妻の妹からのプレゼントで、こちらも毎年欠かさず飾る。
 子供たちが小さかったころは、3人分のサンタ帽子と大きな長靴を私が色画用紙で作り、長靴にはお菓子をびっしり詰めて毎年プレゼントしていた。
 子供たちは帽子をかぶり、長女の主導で思い思いの「芸」を披露して応えてくれたもの。楽しいクリスマスの思い出だが、夫婦二人の生活になったいまは、この種のイベントはさすがにやらない。
 しかし、飾り付けだけは私が率先して必ずやる。60になっても、70になっても、たぶん生きてる限りは、ずっとやり続けるに違いない。何となくそんな気がする。

2008年12月15日月曜日

2段階転調

 夕方、妻に頼まれていた職場の友人にリンゴを届ける。自宅コンサートにいつも来てくれて、何かと世話になっている方々。妻はいないが、私とは旧知の仲なので何ら問題なし。2カ所回るとかなりの距離で、今日は車を使った。

 家に戻ってしばらくすると、職場の別の友人が「ピンポ~ン」と我が家にやってきた。これまた顔見知りのKさんである。
「妻は旅行ですけど…」と告げると、独り留守をする私のために、いただき物の帯広名物スイートポテトをわざわざ届けに来てくれたそう。あまりのことに、ただただ恐縮した。ふと思いつき、冷蔵庫に保管してあった分のリンゴを包んで手渡した。
 妻が旅行で不在でも、職場のチームワークは夫が仲立ちしてちゃんと保たれているという不思議。「チーム・デリカ」のパワー恐るべし。
土曜日のクリスマス訪問ライブで「ポニョ」を歌うべく、グループホームに電話を入れた。何組かの出し物があるので、まず歌の重複がないかどうかを確かめたかった。あいにくホーム長さんは非番で不在。しかし、顔見知りの職員の方が電話にでて、いろいろ相談に乗ってくださった。
 結論として重複はなく、「ぜひとも歌ってください」。女性職員と一部臨時ユニットを組んで歌う件もほぼOKが出た。

 電話を切ったあと、不意に新レパートリーを増やす気になった。これまで何度もチャレンジして断念していた「ウィンターワンダーランド」で、クリスマスそのものを歌ってはいないが、クリスマス定番曲として定着している。
 これまで歌えなかったのは、完全な歌詞が入手できなかったこと、さらにギターのコードがうまくつけられなかったからだ。
 今回、ネットで歌詞を再度検索してみたが、適切なものがやはり見つからない。英語訳は豊富にあるが、私が欲しいのは日本語訳で、しかもサビの部分が「粉雪が舞うけれど、身体は暖かい~♪」と歌っている歌詞だ。
 小さい頃にNHKの児童むけ番組で確かに聞いた覚えがあるのだが、どうしても分からない。やむなく、それに近い歌詞にサビの部分だけ記憶を頼りに替えて歌うことにした。
 さて、次はギターのコードである。Aメロには何とかコードをつけたが、問題はサビの部分で、ネットで見つけた音源を何度も繰り返し聴きつつ、ギターで音を探る。
 AメロはなぜかD#という半端なキーで、つまりは3カポのCである。最初の転調はEであることが判明。私もしばしばオリジナル曲で用いる転調の定番のようなものだが、サビの2フレーズ目がどうしてもうまく合わない。
 あてずっぽうであれこれ弾くうち、ようやくGに再転調していることに気づいた。通して弾いてみると、原曲にピッタリ合う。やった!

 それにしても、C→E→Gの2段階転調とは恐れ入った。サビの終わりには、ちゃんと無理なくCに戻している。
 この曲は後世に残る名曲だと思うが、シンプルで親しみがあり、覚えやすいAメロに加え、この粋で大胆な2段階転調のワサビがピリリと利いている。これが大衆に広く長く受け入れられている大きな秘密であろう。

2008年12月14日日曜日

読んで観る

「タウンページに関するアンケート」というものを某所から依頼され、非常に煩雑な作業だったが、暇だったので協力した。無作為抽選だとはいうが、この種のアンケートにはなぜか縁があって、これまで何度当たったことだろう。
「この半年でどんなものを買ったか」とか、「車でどこからどこまで何の目的で移動したか」だとか、「選挙でどこの誰に入れるつもりか」だとか、内容はさまざま。苦労して記入する割には、謝礼はスズメの涙である。
(多くは金券で1,000円程度)

 あまりに頻繁なので、去年は市政に関する調査アンケートだとかをひとつお断りした。(事前に受けるか否かの打診がある)
 最近話題の「裁判員制度」も、実はこの奇妙に強いクジ運で、もしかすると当たるのでは…と、期待半分、不安半分で待ち構えていたが、今回はひとまず縁がなかった模様。
 妻のいない2日目、散歩をかねて週末だけ開く2キロ離れたスーパーに行く。陽射しのせいで家の中は暖房無用の暖かさだったが、外は終日氷点下の真冬日。毛糸の帽子と冬用防寒長靴の重装備で出て正解である。
 今日は納豆チヂミと寿司をメインにし、明日はエビカツと野菜のおひたしをメインにするべく、必要な食材を調達。

 戻ったあと、先日地域図書館で借りた綿矢りさの「インストール」を読んだ。上戸彩主演の映画を先に観たので、シーンが頭の中でかなり重なってしまったが、映画も小説もなかなかよく出来ている。
 映画で使われているパソコンはWindowsではなく、かなり旧式のマックなのだが、これは小説でもそのままだった。「マック」という言葉はどこにもないが、マックユーザーならピンとくるキーワードが随所にあり、すぐに分かる仕組み。
 小説としては大変読みやすく、コムズカシイ言葉の羅列で実態を分かりにくくしている文体より、はるかに好感がもてた。分かりにくい文章は小説であれ、エッセイであれ、ブログであれ、まるで読む気が失せる。文章=本人そのものであり、本人が分かりにくい証であろう。
 欠点はラストがいかにも仕組まれた感じがすることか。行き当たりばったりや主人公の自由な独り歩きではなく、計算しつくされた結末に突き進むような形で書いていったのかもしれないが、大昔の時代劇の大団円みたいな都合の良さを少し感じた。人生の1シーンにおける結末の多くは、もっと不条理なものではないか。
 不思議なことに、映画ではその不都合を感じない。監督の腕かな。川上弘美の「センセイの鞄」も本と映画の両方を読み、そして観たが、全く正反対の印象だった。(つまり、小説のほうが良かった)興味のある方は、両方を読んで観ることをお勧めする。

 さて、次は芥川賞受賞作の「蹴りたい背中」を読んでみます。

2008年12月13日土曜日

妻の財布

 3泊4日で関東に旅行に出かける妻を乗せ、午後一番で札幌駅まで車を走らせた。今回の旅行の目的はよく聞いていないが、ヨン様系のナントヤラのイベントが、ドコヤラであるらしく、首都圏に住む親戚に誘われたらしい。
 職場の休暇もちゃんとやり繰りし、旅費はすべて自分の稼ぎの中から捻出するので、夫としては特に言うこともない。そもそも夫である私も、趣味だ道楽だと言いつつ、弾き語りライブでの朝帰りの連発。互いの趣味の世界には関知せず、独り残されても粛々と家事をこなすのみである。

 宿泊は引っ越したばかりの首都圏に住む娘の家が中心で、転居祝いの掛け時計のほかに、娘の強い希望で北海道でしか手に入らないラム肉を冷凍させ、フリーザーケースに入れて持って行った。
 実はこの件で、不思議なことが起きた。今週の始め、娘が都内で息子(娘にすれば弟)とバッタリであったというのだ。たまたま仕事で息子の働く会社近くに行ったとはいうが、特に待ち合わせたわけでもないのに、姉と弟が大都会のど真ん中で偶然出くわすことなど、普通は考えられない。何かが導きましたかな。
 今回の妻の旅行の件は息子には伝えてなかったが、そのときに知った息子も集まるそうで、今夜は東京で家族がプチ・宴会を繰り広げていることだろう。独りでとっとと夕食を作ってすませてしまったので、ちょっとだけイイナ~と思った。


 この種の妻の旅行には、すべて妻が自分で稼いだパートの資金を使っていて、いわば「妻の財布」からお金が出ていることになる。
 この「妻の財布」に関し、ある人から「我が家では財布に名前はありません。ウラヤマシイです」と言われたことがある。家計に余裕がなく、夫と妻の収入がすべて合算され、家計収入として扱われているとか。
 子育てが終わればいずれ余裕が出てきますよ、もうひとがんばりですよ、と慰めたが、つい最近の地元紙に、「妻が家計を助けるのは誇るべきことである」というコラムが偶然載っていた。
 肝心なのは家族の幸せで、夫が稼ごうが妻が稼ごうが、そんなことはどうでもいいのだ、といった主旨で、かっては妻に食費を大きく依存していた時期もあった私には、身につまされる話題であった。

私の母も含め、身の回りにはこの「妻の財布」を持つ女性が大半で、私自身はそれをあまり好ましくは思っていない。しかし、そうした主張をうまくさばくのもまた夫の裁量であろう。
 妻のいない夕方、来週に迫った今年最後の訪問ライブの構成と練習、そして来年1月に実施予定の「かぐや姫・ライブイベント」の練習を併行してやる。どちらも選曲はほぼ終わり、あとは本番までの集中力を高めてゆくだけだ。
 聴き手のいない練習だが、構わず1時間近くも歌った「一人上手」です。

 ふと思いつき、ずっと使っていない古いステレオのスピーカーを現状のPAにダブルでつなぎ、歌ってみた。すると、両方から程よく音が出て歪みも特になく、迫力満点。全部でスピーカーが4個になるので、メインアンプの出力を最大にあげることができる。
 古いステレオはレコードプレーヤーが使えるので、捨てずにとってあったが、すでに20年以上も経過したポンコツ。いつ捨てようかと時期をうかがっていたが、スピーカーに限ればまだまだ使える。

2008年12月12日金曜日

バンダナを買う

 昨日、歯科の帰りに100円ショップに寄り、年末年始のライブ用に新しいバンダナを買った。バンダナの新調はおよそ1年ぶりか。以前は100円ショップにバンダナなど売られてなく、やむなく女性用スカーフを代替したり、端切布を買ってミシン加工したりしていた。
 ところが売り場にはさまざまなバンダナが山積み。スカーフまで含めると、まさに目移りするほどだ。
 冬なのでニットの耳当てをバンダナとして転用する考えもあったが、こちらには手頃な品がない。結局写真のような紅色のバンダナに落ち着いた。
 年に20回前後のライブをこなし、必ずバンダナを締めて歌うので、消耗は結構激しい。数本あるうちをいろいろ使い分ければよいのだが、気に入ったものに偏りがち。年が年なので、赤系を最近は多く使う。
 今回もまたまたその赤系になってしまったが、ギターと同じ色であるところがミソ。来年は還暦だしね。4年前から使っていて傷みが激しいレンガ色のバンダナは、いよいよお役御免となりそうだ。


_未明のホームページ移行作業は、無事に終了。昨夜はまだ切換え前の時間に多くの方々が新アドレスにアクセスし、そして登録変更をやっていただいたようで、ありがたいことである。

 明けて今日は終日新しいアドレスの動作チェックを実施。全ファイルにアクセスし、細かいリンクミスの類いを修正した。相互リンクしていただいているサイトにも、可能な限り案内を出す。
 13年も同じアドレスを使い続けていると変更手続きも非常に煩雑で、連絡なしでリンクしていただいている多くのサイトには、旧ホームページでの告知に頼るしかないのが実情。しかし、いろいろな意味での「心機一転」「事業リストラ」には間違いなくなった。
 目下迷っているのが、今回の新サイトでも扉ページに貼ったメイン画像のこと。ずっと使い続けている「顔」のようなもので、「GIFアニメ」というレトロだがシンプルな手段を使っている。
 かなり派手な画像だが、HP開設のさらに3年前、1993年に6号だけ出した「MSX」というディスクマガジンのメインタイトル画像がそもそものルーツ。16年の歴史があり、非常に愛着がある。

 今回、試しに削除したページも作ってみたが、まるでしまらない。ひとまずは残すことにした。何か代わりになる画像が思いつけば替えるにはヤブサカではないが、果たしてそれが見つかるだろうか?

2008年12月11日木曜日

HP移転のお知らせ

 午後から歯科に行く。歯石の除去に伴う歯ミガキの指導で、かれこれ1ヶ月近くも通っている。歯ミガキ方法を改善し、その効果を見極めてからはじめて歯石の除去をやってくれるという順序で、なかなか厳しいやり方である。
 指導された通りに歯ミガキをやると軽く10分はかかるが、これで入れ歯や虫歯の恐怖が少しでも遠のくと思えば、そう辛くはない。週一回ペースで通う毎に改善されつつあったが、今日の汚れ検査では、ほぼカンペキに近い結果が出た。

「菊地さん、なかなかがんばってますね」と、先生からもお墨つき。言われればやりますとも、根がマジメですから。
 ということで、治療と指導は今日で終わり。同じ歯ミガキを続け、1ヶ月後に歯肉の再検査をする。正しい歯ミガキ励行だけで歯肉まで改善されるとは信じがたいが、やることだけはやりましょうぞ。
_ホームページの修正と完全合体、移行作業が大詰め。テキストファイル(HTMLファイル)の修正はすべて終え、あとはメインサイトに全ファイルを移すだけとなった。
 2つのサイトにあるファイルには、名前の重複がかなりあり、これらを比較しながらリネームしなくてはならない。サウンドファイルの移行はすでに終わっていて、今日は画像ファイルの移行をまず終わらせたが、これだけで500近くになった。

 問題はホームページをコントロールするHTMLファイルの移行で、たとえるなら、右側通行の車を、一気に左側通行に変えるようなもの。米軍統治下の沖縄が日本に返還された際、実際にあったと聞くが、下手なタイミングでやると混乱を招くだけだ。
 無難なのは冬の札幌における幹線道路の排雪作業(道端の雪を撤去搬出する)のように、交通量の減る真夜中にやること。というわけで、サイト訪問者数が激減する明日未明に完全移行を実施します。

「今後のアドレスはど~なるの?」という問合せがありましたが、来年3月末までは旧アドレスからでも自動ジャンプするようにしておきます。必要な方はそれまでにブックマーク(お気に入り)等の変更をお願いいたします。
(「TOM工房」のサイトから閲覧されている方は、アドレスの変更はありません)

2008年12月10日水曜日

まだまだ現役

 落雷による停電時に、炊事に使おうと思って結局使わず、ずっとそのまま居間の片隅に置いてあったアウトドア用石油ストーブを、久しぶりに点火してみた。
 マンションに住んでいたころは、室内でジンギスカンをやるときには、もっぱらこれを使っていた。しかし、新居に越してウッドテラスに常設外いろりを作ってからは、一度も使っていない。万が一、石油がもれてはいけないので、玄関土間の上で着火した。
 かなり間隔が開いていたので不安だったが、あっさり点火した。さすがはスベアだ。


 この石油ストーブを買ったのは、19歳のころ。自転車で野宿の日本一周をするための装備として、バイトでコツコツためた金で買った。確か7,000円前後はしたと思う。スウェーデン製スベア社の高級品で、実際に日本一周に携行し、大半の炊事にこれを使った。
 結婚してからもキャンプや登山を中心に使い続けてきたが、酷使がたたり、石油注入口から石油が漏れるようになった。

 捨てるに忍びなく、買った店(札幌・秀岳荘)にもちこんだら、タダに近い料金で修理してくれ、傷んだ部品もすべて交換してくれた。保証書も領収書もなく、ただ「この店で買ったんです」という私の言葉だけで、アフターサービス扱いをしてくれた。いまどきこんな良心的な店もある。
 その後、漏れは直って40年経ったいまも現役。もっと機能的な新製品もとっくに発売されているが、まだまだ使える。
 非常時に備え、電気に依存せずにいつでも外いろりで煮炊きができるよう、床下には炭10Kgを備蓄してあるが、屋外での調理が難しい冬に万一の災害が起きたら、やはりこの石油ストープが頼りになる。(石油は常時灯油タンクに備蓄がある)
 圧力式なので火力は非常に強く、米でも焼き肉でもOK。明日は何が起きるか分からない昨今、今日の試験点火成功により、精神の落ち着き場所がまたひとつできた。

2008年12月9日火曜日

500年後の暮し

 街から雪がまた消えた。根雪の開始日が再びゼロクリアされたわけで、まるで初秋のような暖かな日和である。
「地球温暖化の影響である」「二酸化炭素のせいだ!」とまた誰かが大騒ぎしそうだが、地球の古い歴史をひもとけば、温暖化と寒冷化を繰り返しているのは確固たる事実なわけで、暖かい時期には海面が現在よりもはるかに上昇していた証拠に、山の頂上からいまでも貝の化石が出てきたりする。
 反対に、極端な寒冷期に繁殖していたマンモスの化石もまた、シベリアの大地からゴロゴロ出てくる。

 地球温暖化と二酸化炭素排出増加は関係があるかもしれないが、ほとんど無関係という説も根強い。はっきりしているのは、化石原料はいずれ枯渇することで、500年後に人類がまだ存在しているとして、化石原料に依存しない手段なり、暮し方なりはよく考えておき、子孫に伝えておくべきでしょうネ。


 ということで、今日も歩いてあちこち用足しに行った。ヤマト運輸~地域図書館~銀行2カ所など。合計5キロ歩いたが、このところ運動不足気味だったので、結構くたびれた。
 ヤマト運輸でチケットとポスターを送り、地域図書館で綿矢りさの本を2冊借り、銀行で通帳の更新と残高記帳。雑事には果てがない。

綿矢りさの本は先日映画を観て、ちょっと興味を持ったから。話題になった時期は予約が数ヶ月も詰まっていたが、今日検索で調べてみたら、ガラガラ。ゆっくり読ませてもらい、若い才気を感じとってみたい。
 家に帰ったら、今日3つ目のお歳暮が届いていた。つましい暮らしだが、それなりに人付き合いはあるので、それなりにお歳暮もいただく。
 写真は午前中に届いた「ル・レクチェ」という、新潟特産の珍しい洋梨。6年前に住宅を設計させていただいたお施主さんから、毎年この時期にいただく。本当に義理堅いことで、妻のルーツが新潟ということもあり、なおさらありがたく感じる。

 まるでゼリーのように上品な舌にとろける味で、明治時代にフランスから密かに持ちこまれたとか。ごくわずかしか生産されない貴重な品だ。各地には隠れた名産品があるものです。

2008年12月7日日曜日

生きてきた証

 馴染みのフォーク居酒屋からクリスマスパーティ用のポスターとチケット作成を依頼され、今日は終日その作業に没頭した。本業とは異なるが、広い意味でのデザイナーとしての、レッキとした仕事である。

 店内で使うだけの物だが、いざやるとなるとそれなりに凝る。今年はかなりの数のライブ用フライヤー(ポスター)を作ったので、パソコンソフトの使い方にも慣れてきた。デザインという面ではホームページ作成とやや似ているが、印刷の仕上がりを考慮するので、ちょっと違う。
 何度かのテストプリントを重ね、ほぼイメージ通りのデザインに仕上がった。チェック段階なので、まだ変わるかもしれない。


 先日、親戚の若い女性から長いメールが届いた。娘と同年代だが、欠かさず私のブログを読んでくれているとか。
「いくつになっても行動することを怠らない姿勢を、深く尊敬します」とあり、うれしくて読んでいて胸が熱くなった。

 口幅ったいが、「自分の生きてきた証」ということについて、最近よく考える。善悪の両面で、歴史に残るような足跡など残せはしないが、60年近く生きた市井の一社会人として、(こう生きれば人生、きっと楽しいよ)といったヒントくらいは、自分より若い世代に伝えられるのではないか。そんなことを真面目に思っている。
 そのために、ホームページやブログはとても有効な媒体だ。まずは家族から、そして知人や友人、次には見知らぬどこかの誰かにむけて。だから今日も書く。明日もきっと…。

2008年12月6日土曜日

捨てる神拾う神

 朝から宅配便の配達で起こされた。玄関横の窓からヤマト運輸の車を確かめてからドアを開ける。しがない自営業者など誰も狙いやしないだろうが、用心にこしたことはない。
 荷物はかなり前に出したキリンビールの「日本のうまい物プレゼント」の景品だった。すっかり忘れていたが、合計8口出したうちのどれかが当たったらしい。
 景品は指定した「愛媛名産鯛しゃぶ」で、47都道府県のうまい物が選べたが、妻とじっくり相談し、8口全部にこの景品を指定した。オマケとしてビール6缶もついていた。ありがタイ。

 キリンビールのキャンペーンには、過去にも何度か当たっていて、Tシャツやビヤジョッキなど、使えるものが多い。2個当たったビヤジョッキなどは、いまだに晩酌で毎日使う。


 夕食に鯛を妻と二人でおいしくいただいた。とれたて真空パックのクール便なので、鮮度は抜群。試しにサシミでも食べてみたが、こちらもいける。
 なんでも「最高級の養殖マダイ、丸ごと2匹分」とかで、ネットで調べてみたら、かなり高価な品。5人分入っていたうちの2パックを食べたが、残りは暮れか正月に息子たちと食べることにし、冷凍保存した。よい年越しになる。

 メガネを壊してちょっと落ちこんでいたが、捨てる神あれば拾う神ありである。

2008年12月5日金曜日

赤い12月

 昨日職場で妻がメガネを落とし、片方のレンズが割れた。職場での事故だが、保険の対象にはならず、自己責任。休暇だった今日は、朝早くから近隣のメガネ屋さんに自転車ででかけた。予備メガネは持っているが、どうも相性が悪いとかで、10年以上もかけ続けているメガネがいいらしい。
 3日後に修理は終わる。薄型レンズなので、交換費用8,000円。毎日使えば、普通は10年ももたない。本当なら丸ごと買い換えるべきだと思うが、枠に愛着があるんだとか。難しい。
 雨も止み、午後から妻と二人で大手スーパーに事業用のお歳暮を買いに行く。仕事がたくさんあった時期は何カ所にも配ったが、最近ではごく少数。それでも夏のお中元とあわせ、欠かさない。
 事業用のお中元とお歳暮は、ずっとビールと決めている。法人でも個人でも、ビールは何かと重宝するもので、私がもらってもうれしいからだ。26年もビールを贈り続ければ、たとえわずかでも、それなりにアテにされているかもしれない。そんな狙いも少しある。


 スーパーの隣にあるDIYセンターで、シクラメンを見る。越冬させたつもりの去年シクラメンは、1ヶ月経っても結局芽がでず、以前に買ったことのある198円のミニ・シクラメンを今年は買う気でいた。
 同等の品はあるにはあったが、色がやや暗い。迷っているうち、398円出すと大きめで花の色も鮮やかな鉢がある。予算を上げて、こちらを買った。

 家に帰ってさっそく玄関のゲタ箱の上に飾る。まだクリスマスには早いが、この時期は玄関全体を赤く飾ることにしている。シクラメンはその代表格なのだ。中旬過ぎたら、ミニ・クリスマスツリーやリースも飾る予定。楽しい季節がやってきますな。
 夕食後、外物置にしまったミカンを取りに行き、扉を閉じようとした拍子にメガネがずれ、ブロック床の上に落ちた。あわてて拾ったが、レンズは割れていない。
 ヤレヤレと家に入って明るい場所で再確認したら、レンズの下端が2カ所、微妙に欠けている。妻と違って使うには何も支障がなく、見た目にも全く分からない。しかし、2日続けて夫婦でメガネを落として割るかね。
 事故になど遭わないよう、しばらく用心しよう。

2008年12月3日水曜日

髪を切る

 久しぶりに妻の髪を切ってあげた。私は結婚以来34年、妻はいまの家に引っ越してから10年近く、一度も理容室や美容室に行っていない。

 単純にお金が惜しいこともあるが、メンドウくさいとか、理容室や美容室のカットは趣味に合わないだとかの理由もある。妻の髪は私が、私の髪は自分が切る。(つまり、すべて私が切る)結果的に、これまで軽自動車1台分くらいの金を節約したことになる。

 慣れるまではトラ刈りもどきもあったが、いまでは誰も素人が切っているとは思わないとか。ちなみに道具は専用ハサミ1本で、クシは使わずに指で髪を少しずつつまんで丁寧に切る。
 自分の髪はかなり少なくなってきたこともあって、手探りで簡単に切れる。
「髪を切る行為」というのは、実は男女のコミュニケーションとしてかなり有効である。なぜなら髪は皮膚の一部だからで、電車の中で赤の他人の女性の髪に意図的にふれると、立派な痴漢としての犯罪になることでもそれは立証できる。
 ときどき冗談半分で妻の友人から、「私の髪も切って」と頼まれることがあるが、こうした理由から、固くお断りしている。納豆チヂミなら作ってあげますが。

 そういえば「夕映えの髪」というオリジナル曲をかなり以前に作ったが、自宅コンサートでたった一度歌ったきり。ずばり、私が妻の髪を切る歌である。
 5分を超える長い歌だし、究極のラブソングでもあるので、そう滅多には歌えない。ただ、歌の底に潜む世界を敏感にキャッチし、高く評価してくれた方がごく少数いたので、いつかまた歌う機会をうかがっている。
 来年の「還暦・自宅コンサート」でなら歌えるかな。

♪「髪を切ってよ」と君が言う…