2015年9月29日火曜日

友帰る

 5泊6日の滞在を終えて、妻の友人K子さんが東京へと帰った。
 我が子の帰省や外国人のホームスティ以外で、これほど長く滞在した方はたぶん初めて。K子さん自身も、これほど長くよそ様の家にいたのは、初めてだったとか。

 後半の天気はいまひとつだったが、目的の大雪山紅葉見物は好天に恵まれ、翌日に案内したモエレ沼公園も、まずまずの天候だった。
 私の主な担当は車の運転で、食事関連では家庭菜園の枝豆を採ってゆで、何度かごちそうしたし、3日目の夕食には自らカレーライスを作ってふるまった。


 後半は近くに住む別の友人宅を訪問したり、カフェに行ったりし、私は留守番役。気心の知れた間柄だが、やはり家族とは違うので、それなりに気は遣う。
 留守時には運転疲れもあって、居間のベンチでついウトウトした。車で空港まで送り届けた今日も、帰路になんどもアクビが出てしまった。

 互いに60歳を大きく越えているので、話題の多くは以前に勤めていた会社の思い出やら、職場の人々の近況。そして、最後は介護やら死ぬことに行き着く。
 この年になると、今後の夢に関する話題などは登場しない。私に限れば、多少は弾き語りやデザイン系の業務でやりたいこともあるのだが、それを言い出す雰囲気にはならない。まあ、そんなことはじっと自分の胸に秘めておくことだ。
 出発当日の朝になって、なぜか妻とK子さんが血圧計を引っ張りだして測っている。K子さんが165-80ほどで、「いつもより30以上も高い!」と驚いている。続けて妻が測ったらもっと高くて、175-100という危険値。
 非日常の連続で、お互いかなりの興奮状態にあるせいよ、などと慰めあっていたが、私が測ってみると120-80で、いつもより下が少し高い程度。普段ライブで鍛えられているせいで、少々のことには動じないのだ、と悦に入っていた。

 東京到着後にK子さんからメールがあり、自宅で再度血圧を測ったら、130-65の平常値に戻っていたという。ならばと妻も測ってみたら、こちらも135-85まで下がっていた。どうやら2人ともつつがなく日常に戻ったらしい。

2015年9月28日月曜日

量から質への変貌

 敬老月間の反動もあって、例年10月はライブが少ないが、今年は動きが少し違う。
 下旬に実施の自主企画型ライブ「叙情歌サロン」は別にしても、介護施設や地区センター、住民組織等からの依頼型ライブ予約がポツポツと五月雨式に入り、ふと気づくと5本の予定が決まってる。

 10月中旬から路上系ライブの第9期チカチカパフォーマンスが再開されるが、可能なら2本は演りたい。しかし、無理ないスケジュールを組めるかどうかが問題だ。悩ましい。


 今年のライブ依頼の傾向として、3回以上のリピート依頼に加えて、新規の依頼が例年よりも多い。
 リピート依頼は飽きられない工夫と誠実な対応によって、ある程度は期待できるが、新規の依頼が増えた背景は、ネット登録しているボランティア系NPOの経歴書情報を今年4月に大幅更新したせいかもしれない。
 これまでのごく簡単な内容から、過去5年分の代表的な公的ライブの出演実績や、テレビ・ラジオ等への出演歴を詳しく記載した。それが依頼する側にとっての信頼度増につながったように思える。
 社会全体の高齢化に伴って、ボランティア志望者も従来より増える傾向にあるのは間違いない。ボランティア演奏も量から質へ、そして選ばれる側へと変化してゆくだろう。
「高齢者の前で懐メロや童謡を歌ってさえいればよし」という時代は終わりつつある。変化に合わせた工夫と技術の向上が欠かせない。

2015年9月25日金曜日

大雪山紅葉狩

 東京に住む妻の友人がやってきて、昨日からホームスティ中。40年来の長い付き合いで、かっては妻や私と共に同じ職場に勤めていた。
 退職後も交流が途切れることはなく、還暦祝いにも駆けつけてくれたし、妻や娘が上京した折には、よく泊めてもらったりもしていた。

 我が家への滞在は5年ぶりなので、北海道の名産品を囲みつつ、遅くまで旧交を温めあった。


 今回の訪問は「大雪山の紅葉をぜひ観たい」という、K子さんの希望から。当初はツアーに参加するはずだったが、北海道に長く住んでいながら、日本一早いという大雪山の紅葉は一度も観たことがない。ならばいっそ車に乗って3人で観に行こう、ということになる。
 日程を慎重に検討した結果、連休終了後の平日に決定。幸いに天候にも恵まれたので、この日を逃してはならじと、朝8時に家を出発。
 砂川まで275号を走り、比布から無料高速道路を一部使って、およそ4時間後に大雪山赤岳の麓にある銀泉台に着いた。

銀泉台駐車場からの展望

 当初の調べでは終点の駐車場近くに展望台があるはずだったが、何とさらに20分ほど山道を歩く必要があるという。やむなく昇ってみたが、かなり険しい山道に苦しんだ。
 たどり着いた第一花園では、すでに赤系の紅葉が終わりかけていて、黄系の紅葉が目立つ状態。近くにいたツアーガイドの話によると、赤系紅葉の見頃は連休中だったらしい。写真で見た鮮やかな赤を期待していただけに、ちょっと残念。

 それでも帰りがけに駐車場から見上げた山の展望は、写真のような美しさ。このスポットに限れば、まさにいまが見頃である。
 ベンチで簡単な昼食を食べつつ、さて帰路はどこに寄ろうかと相談したが、当初の候補だった銀河流星の滝はパスし、もうひとつの紅葉スポットである黒岳ロープウェイに乗ることになる。
 時計は13時15分あたり。そこから未舗装の砂利道を慎重に戻って、45分ほどで層雲峡温泉街の一角にある黒岳ロープウェイ乗り場に着いた。

黒岳ロープウェイからの展望

 ロープウェイ料金は1,950円。およそ7分で標高1300mの5合目に着く。ピーク時にはこちらも一面に黄系の紅葉が広がっているはずだったが、写真のようにまだ一部が赤く染まっている程度。こちらの見頃は、逆に1週間後あたりか。
 つまりは、赤岳周辺はやや見頃を過ぎていて、黒岳周辺は見頃には早過ぎるという、期待外れの結果になってしまった。

 その後、頂上駅内にあるレストランで、舞茸がたっぷり入った名物「黒岳ラーメン」を850円で食べる。舞茸はこの地域の名産品。ダシの効いたスープは中高年むきの薄味で、お勧め。
 帰路は寄り道せずにまっすぐ戻ったが、夕方の渋滞に巻き込まれ、帰宅は19時15分。走行距離440kmの強行軍で、一部に未舗装の山道や軽登山まであったりし、かなり疲れたが、何とか事故なく乗り切れた。

 自分の目で確かめて分かったが、山の頂上から降りてくるタイプの紅葉は期間が短いと同時に、平地に比べて紅葉面積も狭い。「日本一早い」という売りは確かにあるが、紅葉そのものをダイナミックに堪能したいなら、より広い範囲に紅葉が降りてきてからで充分だということ。
 桜や紅葉を観るタイミングの見極め、実に難しいものだ。

2015年9月22日火曜日

気の向くままに歌う

 ライブにかまけている間に、庭のオシロイバナがすっかり満開状態である。例年この時期、庭の彩りが少なくなるのが常だったので、よいアクセントだ。種を採取して、来年もまた咲かせよう。


 同じ菜園にある枝豆も、連日採れ頃。先週は雨と3連続ライブですっかり採り忘れ、一部が大豆状態になってしまった。そのまま採らずに育て、来年の種にすることにした。

 数回に分けて種を蒔いているので、一度に食べごろになることはない。だいたい一日おきに採っているが、茹で方も昨年までのコツを思い出し、美味しく食べている。
 先週始めに長男夫婦が食事に来た際にもごちそうして喜ばれた。今週は東京から友人が大雪山の紅葉見物にやってくるが、たぶん食べてもらえる。


 差し迫るライブがしばらくなく、久しぶりにゆっくり過ごしたが、1ヶ月後に迫る地区センターでの「叙情歌サロン」の準備をかね、しばらく歌ってなかったフォークやら昭和歌謡を、気の向くままに延々歌ったが、いい気分転換になった。

 いまのところ叙情歌サロンのリクエスト予定曲は311曲。前回が260曲、前々回が193曲だったので、数としては充分。今回はこのあたりで止めておきたい。
 以前に「年間ライブ数の上限を50」と記したが、その後じわじわ増えて、現段階で終了したライブが48本。年内で確定しているライブが5本あり、さらに増えることは確実なので、キープはすでに困難な状況だ。
 体調自体は悪くなく、春から悩まされてきた肋間神経痛はストレッチの効果でほぼ完治。持病の不整脈もビタミンBが効いたのか、このところ全く症状がない。目下の課題は体重増とγ-GTP値くらいで、どちらもストレスとは無関係だ。

 ストレスさえ回避できるなら、上限50にはそうこだわる必要がないのでは…、と最近は考え始めている。

2015年9月21日月曜日

パッとしない最後

 敬老ライブ月間のラストとなるライブを、近隣のデイサービス敬老会で締めくくった。9月上旬から始まって、途中3連続と2連続をはさみ、この日で9本目全107曲、よくぞ歌った。
 今回の施設は一昨年から毎年9月の敬老会に招かれていて、今年で3度目。いわゆる「高くて険しい3度目の壁」を越えた施設だったが、残念ながら「終わりよければ全てよし」とはならず、いろいろと悔いの残る結果となった。

 先方の希望する13時の10分前には着いたが、会場となる食堂ではまだ昼食のテーブル配置がそのままで、ライブの態勢が整っていない。
 入口付近で機材を組立てつつ、設営が終わるのを待ったが、始められたのは13時10分あたり。およそ35分で12曲を歌った。
「高原列車は行く」「二輪草」「花笠音頭」「バラが咲いた」「幸せなら手をたたこう」「高校三年生」「浜辺の歌」「三百六十五歩のマーチ」「星影のワルツ」「ミネソタの卵売り」「旅姿三人男(リクエスト&初披露)」「青い山脈」


 過去2回の記録によれば、この施設では男性の比率が非常に高い、とあった。そのつもりで男性むきの曲を多めに準備していたが、いざ会場に入ると聴き手の多くは女性。全体数も15名ほどで例年より少なく、どうやら1年のうちに何かしらの変化があったらしい。
 急きょ予定曲を差替えて進めざるを得なかったが、数少ない男性を含めて反応が非常に弱く、難しいライブ進行となった。職員さんも他の仕事に忙しそうで、ライブに参加する余裕があまりない。

 他施設では大好評で、一番の盛り上げどころとなる「幸せなら手をたたこう」「高校三年生」でも大きな手応えはなく、かといって叙情系の歌に感極まって涙を流すという、他施設では多くみられた現象も、ここでは皆無。まさに「何を歌っても手応えナシ」の八方ふさがり状態である。
 構成自体に他施設との大きな違いはなく、同じ曲を同じ歌い手が同じ時期に歌って、こうも反応が違うのはどうしたことか。
 カンフル剤としての何か、たとえば強い曲を連発する「力技」を使ってでも、自分のペースに持ち込むべきだったかもしれないが、延々続くライブの最後ということもあり、もはやそんな気力体力は残ってなかった。
 消化不良のまま、ライブを終える。当然ながら、アンコールの声や気配などない。担当のYさんからも、「今日はどこか元気がないですね」と鋭く指摘される。
 気力体力の減退と、聴き手の反応の弱さとの悪循環がそうさせた。まだまだ未熟ということだが、言い訳が許されるなら、過去例のない「月9本のライブ」をこなした大きなツケが、ここで出たのではないか。

 義理や人情に縛られるのもほどほどにしておけ、というのが数少ないこの日の収穫である。

2015年9月20日日曜日

まだまだ工夫の余地

 市内遠方にあるデイサービス秋祭りで歌った。怒涛の敬老月間ライブの8本目となるが、今回の施設では先月も歌ったばかり。一昨年に最初の依頼があってから定期的な依頼が続いていて、今回が実に7回目。
 年内の依頼はもうないはずだったが、1週間前に突然の電話があり、予定していた秋祭りのボランティアにキャンセルが出たので、何とか歌っていただけないか、との打診。厳しいスケジュールだったが、該当日は予定が空いている。
 いわゆる義理人情の世界に近づくが、長いおつき合いがある担当者の顔を立てる思いもあって、お受けすることにした。

 先月とは曜日が異なるので、利用者の顔ぶれも変わる。しかし、秋祭りということで、先方はノリのいい曲と、長めの演奏時間を求めていた。短い準備時間のなかで工夫を重ね、新しい試みをいくつか加えて臨んだ。


 夏でも50分はかかる距離だが、今日は空いてそうな別ルートを初めて通った結果、40分強で到着。前の出演者が少し伸びた関係で、15時5分から開始。アンコールを含めて55分で15曲を一気に歌った。(※はリクエスト)(◎は初披露)

「高原列車は行く」「二輪草」「炭坑節」「バラが咲いた」「幸せなら手をたたこう」「高校三年生」「抱きしめて(オリジナル)」「埴生の宿」「まつり※」「星影のワルツ」「ラブユー東京」「時の流れに身をまかせ」「ミネソタの卵売り◎」「東京ラプソディ」〜「小樽のひとよ※(アンコール)」
 2ヶ月連続ということもあって、このところ使っている構成に、いくつかの修正を加えた。

・2曲目定番曲「おかあさん」を介護施設では初めて歌う「二輪草」に差替え
・民謡枠「花笠音頭」を「炭坑節」に差替え
・中盤にノリのいいオリジナル「抱きしめて」を歌う
・唱歌枠「浜辺の歌」を「埴生の宿」に差替え
・後半に介護施設ではあまり歌わない「ラブユー東京」「時の流れに身をまかせ」を
・ラスト前の定番曲「月がとっても青いから」を初披露の「ミネソタの卵売り」に差替え
・時間調整のため、反応のいい数曲をフルコーラス歌う

 いずれもマンネリを避けつつ、ライブ時間を長くする意図だったが、40名ほどいた聴き手で途中で席を外す方は皆無に近く、ライブはほぼ当初の思惑通りに運んだ。


 介護施設系ライブの構成で、最も気を配るのは曲順とその曲調。たとえば1曲目なら、ノリがよくて明るい曲調で場をつかむ。「北国の春」「憧れのハワイ航路」「高原列車は行く」などを季節に応じて歌い分けている。

 2曲目には森昌子の「おかあさん」を多く歌ってきたが、代替曲が見当たらなかった。明るくて手拍子も打てて、季節感が薄い。色恋エキスが少なく、歌詞にホロリとくるそんな曲。持ち歌を再検討してみると、「二輪草」が何だかいけそうな気がした。
 過去にほとんど歌ってないが、これは当たった。自然発生的に緩やかな拍手も飛び出す。2曲目として充分使える。
 同じ事情で、ラスト前には「月がとっても青いから」を長く歌ってきたが、毎回だとさすがに飽きられてしまう。ツイッターで悩みを書いたら、とあるフォロワーさんからすぐにメッセージが入った。「ミネソタの卵売り」はいかがですか?と。
 ラスト前の曲には、フィニッシュになだれこむ勢いが必要だ。しかし、ラストとはひと味違うテイストが欲しい。曲が長すぎてもいけない。レパートリーにはなかったが、「ミネソタ…」は条件に合う印象がした。

 さっそく歌詞等を調べたが、コードがどうしても見つからない。やむなくYouTubeから音を拾って、自分でコードを当てた。
 数回歌ってみると、いけそうだった。少なくともお祭り向きのニギヤカな曲調であることは確かで、思い切って本番で歌ってみることに決める。

 短時間の練習にも関わらず、結果としてこちらも当たった。担当のTさんが、「知らない曲ですけど、みなさんすごく乗ってますね!」と驚いていた。
 60数年前の曲だが、教えてくれたのは私の娘のような世代の方だ。とあるライブで一度お会いしただけだが、貴重な情報に感謝したい。
 長い演奏時間だったが、この2曲に限らず、外れのほとんどない手応え充分のライブだった。もうネタは出尽くしたと思っていたが、まだまだ改良の余地は残っている。
 今後の目標は、中盤の盛り上げに欠かせない「高校三年生」に匹敵する代替曲を探すこと。明るくて手拍子も打てて、色恋エキスが少なく、懐かしく昔を振り返る曲。きっと見つかる。

2015年9月18日金曜日

何を歌っても受けた

 自宅から北へ65kmほど離れた新十津川町のデイサービス敬老会に招かれて歌ってきた。担当のMさんとは、4年前に参加した「ALIVEミュージックフェスティバル」という音楽イベントを介して知り合った。
 客席で観ていたMさんが私の歌に関心を持ち、ネット検索でメルアドを突き止め、突然連絡してきたという珍しい経緯である。当時のMさんは同じく遠方の介護施設に勤務していて、依頼に応じてはるばる歌いに行った。

 4年後の今年、そのMさんから突然のメールがあり、勤務先が変わったが、ぜひまた歌っていただけないか、との打診。札幌北端にある我が家からは、前回訪問した施設よりやや近い。よくぞ忘れずにいてくれたものと、ありがたくお受けした。
 延々続く敬老ライブ月間の都合7本目で、一昨日からの3連続ライブである。心身の疲労は溜まっていたが、待っていてくれる方々が確かにいる。それを励みに、今日も歌いに向かった。
 先日キャンプで通ったばかりの勝手知ったる道。11時45分に出発して、途中で10分の昼ごはん休憩。渋滞もなくスイスイ進んで、開始20分前の13時10分には先方に着いた。

 地方だが、介護施設としての体裁や位置づけは、大都市と少しも変わらない。隣接する老人ホームからも続々と利用者が集まってきて、開始までに聴き手は40名を軽く超えた。


 定刻の13時半にライブ開始。初訪問の施設なので最近のセットリストで使っている定番ソングを中心に、40分で13曲を歌う。
(このほか、事前のマイクテストで「北国の春」を歌った)

「高原列車は行く」「おかあさん(森昌子)」「花笠音頭」「バラが咲いた」「幸せなら手をたたこう」「高校三年生」「サクラ咲く(オリジナル)」「三百六十五歩のマーチ」「星影のワルツ」「瀬戸の花嫁」「月がとっても青いから」「浪花節だよ人生は」「青い山脈」
 マイクテストの段階から、会場は拍手喝采。確かめてないが、地方という事情もあって、ボランティア演奏自体が珍しいのかもしれない。
 ライブの進行と共に場は次第に熱を帯び、1曲毎に歓声と声援が飛んだ。疲れているはずだったが、聴き手に押される感じで喉の調子も尻上がりによくなった。


「花笠音頭」では、特にお願いしていないのに、「チョイチョイ〜♪」の合いの手が聴き手から複数入る。いろいろな場で歌っているが、こんなことは稀。
 出だしから全ての曲に手拍子が入ったが、叙情系の曲の「バラが咲いた」にも緩いペースの手拍子が入った。何を歌っても受ける、まさに「入れ食い」状態である。
 事前の打合せに従って中盤で歌ったオリジナル「サクラ咲く」では、一転して場が静まり返った。歌いながら気が一点に集中するような独特の空気が漂う。曲に込めた思いが確かに通じたと思う。

 このところ続けている終盤の「二択方式」の趣向は、「星影のワルツ」と「瀬戸の花嫁」が今回は互角。結局どちらも歌うことに。
 この時点で、時間は当初予定の30分をすでに過ぎていた。時間になりましたので、次の曲で終わりにしましょうか?とMさんに問うと、聴き手からすかさず「どんどんやって〜」との声。スケジュールに問題なければ、あと3曲歌って終わりにしましょうか?と、こちらからMさんに申し出る。
 ラスト3曲は実質的にアンコールの位置づけで、「青い山脈」以外は予定外の曲だった。
 終了後、MさんからオリジナルCDの案内がある。「オリジナルCDがあるなら、ぜひ持ってきてください」と、事前に言われていたので3枚だけ持参したが、施設に1枚、利用者に2枚が期せずして売れた。
 以前にもデイサービスでCDが売れたことがあるので、最近は最低1枚は持参するよう心がけている。チカチカパフォーマンスでの売上げが頭打ち傾向の反面、介護施設でのCD販売は増加傾向にある。
 いまのところ先方から要望があった場合のみの限定だが、今後の進むべき方向性を示唆している気がする。

 家に戻ったら、さっそくMさんから礼状が届いてた。涙を流して喜んでいた方が多数いたとのこと。その気配は歌いながら察していた。もしかすると、都会の施設よりも歌に対する思いは強いのかもしれない。
 移動と経費の問題はあるが、「地方の施設に向けたボランティア活動」もまた、今後の方向性のひとつかもしれない。

2015年9月17日木曜日

情に流れて歌うことも

 新築開設してまだ間もないというデイサービスから、急なライブを依頼された。それが何と1週間前のこと。多忙な9月敬老月間のスケジュールは大半が埋まっていたが、希望日はポッカリと空いている。
「連続となるライブは原則受けない」を最近の活動方針にしていて、こちらの事情もお話ししたが、先方はなかなか諦めない。
 利用者がまだ数名しかいないこと、それに伴って運営予算が少ないこと等の事情で、あちこち当たったボランティアに、ことごとく断られたらしい。
 偶然だが、施設の場所は実家近くで、そう遠くない。これまた偶然だが、よく歌う全国展開デイサービスの系列施設である。いろいろとやり取りのあと、入社まもないという担当者の熱心な口調に気持ちが動き、「30分間限定」のお試しライブとしてお受けすることになる。
 当日の利用者は2〜3名しかいないということだったが、別の曜日の利用者にも声をかけ、出来るだけ多くの聴き手を集める、という方向性だった。


 開始20分前に施設に着くと、確かに職員以外の聴き手は3名だけだったが、機材をセットするうち、ポツポツと人が増えてくる。開始の14時には引率の家族も含めて、10名近くに達した。
 定刻から始まって、アンコールを含めておよそ32分で11曲を歌う。
(このほか、事前のマイクテストで「三百六十五歩のマーチ」を歌った)

「高原列車は行く」「おかあさん(森昌子)」「花笠音頭」「バラが咲いた」「幸せなら手をたたこう」「高校三年生」「浜辺の歌」「月がとっても青いから」「瀬戸の花嫁」「青い山脈」〜「星影のワルツ(アンコール)」
 延々続く敬老ライブ月間の6本目で、昨日からの連続ライブである。睡眠は充分にとったはずが、午前中に倦怠感を感じる。疲れが溜まっていることは間違いない。
 初訪問ということもあって冒険は避け、このところ歌っている手慣れた定番曲を並べた。大事をとって事前の練習も最低限にとどめた。

 聴き手が少なく、声の伸びもいまひとつだったにも関わらず、場の反応はそれなり。途中から参加する聴き手もいて、終わる頃には職員を含めて16名に達する。
 職員の熱心なサポートもあって、1曲ごとに拍手歓声が湧いた。開設後わずか2週間の介護施設としては、これ以上ない盛り上がりだったといえよう。

 9曲目は趣向として「星影のワルツ」との二択方式とし、場の拍手で決めてもらったが、「瀬戸の花嫁」の支持が高かった。4日前のデイサービスでは、「夜霧よ今夜も…」との二択で勝利した「星影…」だったが、曲の組合せ次第で結果はこうも変わる。
 ところが終了後の職員さん主導のアンコールで、唯一の男性利用者から「星影のワルツが聴きたい」との強い要望。結局は歌うことなった。この2曲は両方歌うのが正解かもしれない。


 終了後、担当のKさんからは非常に喜ばれた。新人研修を経て、最初に配属された職場の最初の担当業務だったようだが、予想を超える盛況で、「こんなに集まってくれるとは」と、大感激。
 今回のライブの様子を近隣に配布するチラシや案内状に写真つきで紹介させて欲しい旨を依頼され、快諾した。人数をたくさん集めますので、ぜひまたお願いしますと、初々しく語ってくれた。

 運営や進行等に全く慣れていない様子なので、事前の出演確認の取り方や、ライブ前と終了後の施設側挨拶の心得など、具体的に教えてあげたが、「いろいろとご指導、ありがとうございます」と、感謝された。
 歌以外の分野でも若い世代を育て、模範となるよう心がけることはできる。世の中、損得だけで動いているわけではない。

2015年9月16日水曜日

涙が出ます

 昨夏の夏祭りイベントに初めて依頼され、2日続けて歌わせてもらった近隣のデイサービスから再び招かれた。
 今回の依頼は敬老会イベントだが、実は1年前の敬老会にも招かれていた。しかし術後まもなくてライブをセーブしたかったことと、間隔があまりに近すぎるという2つの理由から、慎んでお断りした経緯がある。
 このまま縁が切れてしまう例も少なくないが、思い出してくれたことに感謝したい。

 責任者の方とは当初からメールのやり取りで打合せを進めており、今回もそうだった。「言った言わない」のトラブルが起きにくく、履歴も明確に残るので、依頼を受けた側としてはとてもやりやすい。
 今回は前2回と曜日が異なり、利用者がガラリ入れ替わると事前に聞いていた。しかし、季節が前回と異なるとあって、曲の重複は極力避けて臨んだ。


 予定ぴったりの午前11時からライブ開始。およそ40分で13曲を歌う。
(※はリクエスト、◎は歌詞配布で全員で斉唱)

「憧れのハワイ航路※◎」「アロハ・オエ」「おかあさん(森昌子)」「花笠音頭」「バラが咲いた◎」「幸せなら手をたたこう」「高校三年生◎」「浜辺の歌」「三百六十五歩のマーチ」「夜霧よ今夜も有難う」「高原列車は行く」「青い山脈◎」〜「東京ラプソディ※(アンコール)」
 この日の利用者は全体的に大人しいです、と事前に聞いていたが、1曲目からこの施設がテーマソングとしている曲を全員で歌ったこともあってか、場の乗りは決して悪くなかった。

 聴き手は職員を含めておよそ50名ほど。1年前よりも増えていて、ステージ前にはあまり余裕がなく、前回歌よりもはるかに盛り上がった「曲に合わせた即興ダンス」は今回はスペース的にやれない状況。
 しかし、その分歌に集中する環境が整っていたともいえる。


 1〜2曲目は施設名称がハワイに縁があるため、必ず歌っている曲。全体的に拍手の出やすい曲を中心に歌ったが、要所に配置した聴き手参加型の曲がいいメリハリとなり、場を盛り上げるのに効果的だった。
 拍手等で参加する「幸せなら手をたたこう」から、全員で歌う「高校三年生」にかけて、場の気分は最高潮に。大人しいはずだった場から、「いいぞ〜!」と歓声が湧いたほど。

 唯一外したのが叙情系演歌の「夜霧よ今夜も有難う」で、終了後に一部のヘルパーさんから、もっと元気のよい曲を…、と注文が出てしまった。咄嗟の判断で、次に予定していた「瀬戸の花嫁」をやめ、「高原列車は行く」に差し替える。
 盛り返してラストになだれ込んだが、打合せになかったアンコールが職員さんから飛び出した。「真のアンコール」からはやや外れるが、場の気分にはマッチしていた。

「何を歌いましょうか?」「去年ラストで盛り上がったあの曲をぜひに…」
「東京ラプソディ」である。1年以上も前の構成を、よくぞ覚えていてくれたもの。セルフレポを入念に読み返し、もしやと思って準備していたので、ただちに応じた。
 この日はまたしても苦手な午前中ライブ。2日前にうまく声が出なかったのでネットで再度情報収集し、「ライブ開始3時間前に起床」「ボイトレは直前までやらず、軽く10分ほどに留める」の2点を厳守したので、喉は絶好調に近かった。
 終了後、数人の利用者が近寄ってきて、「とてもよい歌でした」「聴いているだけで涙が出ました」と労われる。

 会場が吹抜け天井になっていて、音響効果が抜群だったことにも救われた。しばらくぶりの場だったこともあって、久々に会心のライブである。

2015年9月15日火曜日

遮光ネットお役御免

 延々続くライブ月間の谷間の日。愚図ついた空がカラリと晴れ上がったので、もはや用なしと化した南窓の遮光ネットと西側ウッドデッキ上の遮光シートをまとめて外すことにした。
 記録によれば、初めて設置した昨年もこの時期に取り外している。太陽を「遮る」から、積極的に室内へと「取り込む」端境期となるのが、まさにこの時期。

 まずは西側ウッドデッキ上の遮光シートを外す。基本的にはビスにヒモでしばってあるだけなので、着脱は容易。来年に備え、ビス類は取り外さすに、そのまま止めておいた。
 野鳥の通り道に当たるので、シートには鳥の糞の跡が多数。バケツに汲んできた水で、ていねいに汚れを落とす。そのまま夕方までウッドデッキで乾かした。
 テント端布を縫い合わせて作った間に合わせだが、強風による傷みは皆無。来年もそのまま使える。


 南窓の遮光ネットも単純にヒモを緩めるだけで外れる仕組みだが、下端部をスカート状に広げる保持材は風にあおられたせいか、かなりのぐらつきがあった。こちらは来年そのまま使えそうになく、いったん取り外す。
 来年は木材ではなく、長めの木用ビスに金属パイプをかぶせて支持材を作ろうかと思っている。

 2年目となる遮光ネットは、一部に強風による破れが発生していた。厚手の布で補修すれば、たぶん来年もぎりぎり使えると思う。
 買った100均ダイソーでは同じ製品を今年も販売していたが、432円で3年持てば、まずまず合格だろう。
 昨年の経験をふまえ、取付けに工夫をこらした今年は一度も強風で外れることなく、真夏の強い陽射しを確実に遮断してくれた。
 おかげで、(暑くてたまらない…)という記憶は全くない。当分は安上がりなこの手法で夏を乗り切る。

2015年9月14日月曜日

場の空気で予定変更

 都心の大通公園近くにあるデイサービス敬老会で歌った。依頼は今回もネット経由。ときどき行くカフェの近くにあり、場所はよく知っていたので、事前の調査は特にしなかった。
 会場が小さめで聴き手も20名弱と聞いていたので、持参したPAも1台のみ。2日前に初めて訪問したデイサービスと似たオーソドックスな構成で臨んだ。

 先方の都合で、この日は苦手な午前中ライブ。開始は11時半で、早めに起きて備えた。
 11時25分にはスタンバイしたが、午後からの利用者が予定を早めて聴きにくるので、開始を少し遅らせて欲しいという。すでに会場には午前中利用者の方が開始をじっと待っている。
 間があいてしまったので、音響テストをかねて「誰か故郷を想わざる」「ここに幸あり」の2曲を場つなぎとして歌う。
 少し遅れて11時34分からライブ開始。およそ30分で11曲を歌った。

「高原列車は行く」「おかあさん(森昌子)」「花笠音頭」「バラが咲いた」「幸せなら手をたたこう」「高校三年生」「浜辺の歌」「月がとっても青いから」「星影のワルツ」「瀬戸の花嫁」「青い山脈」


 聴き手の9割は女性で、歌い始めるとニギヤカ手拍子系の曲よりも、叙情系の曲への反応が明らかによい。4曲目は「知床旅情」も選べるように電子譜面を調整しておいたが、その場の判断で「バラが咲いた」を選択した。

 9曲目は「夜霧よ今夜も有難う」も選べたが、自分では判断がつかず、趣向として聴き手のみなさんの多数決で決めてもらった。
(男性は全員が、女性の6割が「星影のワルツ」を選択)
 同じく10曲目は当初の「浪花節だよ人生は」から、急きょ「瀬戸の花嫁」に差し替える。この後半2曲の判断は正解で、終了後に「千昌夫、大好き〜」「《瀬戸の花嫁》で泣けた」という方が複数いた。

 最近は構成を完全に固定せず、時には候補曲を複数並べておいて、その場の空気で自在に選べるようにしてある。初めての施設には有効な手法だ。
 午前中ということで、声のツヤや伸びはいまひとつ。絶好調とは言い難かったが、みなさんには喜んでいただいた。
 終了後、施設側から「お昼ごはんをぜひ一緒に」と思いがけないお誘い。11時半開始というライブも稀だが、その後お昼ごはんまでいただくことは、過去に例がない。しかし、せっかくのご厚意なので、ありがたくお受けすることに。


 このお昼ごはんが職員さんの手作りで、とても美味しい。デザートもついていて、量が少なめなのも胃の小さい私向き。同じテーブルの利用者の方々と、歌の感想やら普段の生活のことなど、食べながらあれこれと話が弾む。

「過去最高のボランティアでした」と、嬉しい言葉もかけていただく。介護施設のごはんを初めて食べたが、麺類で簡単に済ませる我が家よりもはるかに豪華で、栄養のバランスもいいように感じた。
 写真を見せると、妻も同意見。我が家の昼食を見直すいい機会だったかもしれない。

2015年9月12日土曜日

アンコール・カット

 ネット経由で初めて依頼された近隣のデイサービス敬老会で歌った。開設して6年ということだが、自宅から車で10分という近距離にも関わらず、依頼されるまでその存在を知らなかった。
 事前に「14時20分開始、正味30分で」という厳密な依頼条件があり、入念に時間調整して臨んだ。

 14時に会場入りしたが、ライブ後のスケジュールが詰まっているので、可能であれば早く始めて欲しいという。
 会場は間口に対して奥行きが長く、音響的に難しい場だった。高さ30センチほどのステージが準備されていたが、前後の長さがやや窮屈で、設営に少し手間取った。
 14時18分くらいから開始。先方の要望通り、ぴったり30分で11曲を歌った。
(※は施設側からの事前リクエスト)

「高原列車は行く」「おかあさん(森昌子)」「花笠音頭」「知床旅情」「幸せなら手をたたこう」「高校三年生※」「浜辺の歌」「月がとっても青いから」「星影のワルツ」「浪花節だよ人生は」「青い山脈※」


 聴き手はざっと60名ほどか。初めての場なので冒険は避け、無難な定番曲を並べた。11曲中、アルペジオで弾いた叙情系の曲は3曲のみ。他はこの種の場で人気の高い、ノリのいい曲である。

 最前列に座った方は、出だしから手拍子や声援で応えてくれたが、ステージから遠い聴き手の反応はいまひとつ。3曲目くらいから、職員の方の先導で何人かの方が最前列まで椅子を移動してきて、このあたりから場の反応はじょじょによくなった。
「幸せなら手をたたこう」では、過去に例がないほどの熱い手応え。先方から事前にリクエストのあった「高校三年生」を6曲目に歌ったが、ここで場の盛り上がりは最高潮に。
 以降、ラストまでその勢いでなだれ込んだが、終了の挨拶を終えても場に余韻が残り、会場のあちこちから、「すごくよかった」「素晴らしくて涙が出る」「アンコール聴きたい…」などの声が耳に届く。
 だが、施設側の進行スケジュールに余裕がないらしく、進行の方から「残念ですが、時間の都合でアンコールはなしということで、お願いいたします」との声。つまりは極めて稀な「アンコール・カット」である。

 施設側との事前打合せで用意する「お約束アンコール」ではなく、明らかに聴き手から自然発生した「真のアンコール」だったが、こればかりは歌い手が勝手に進めるわけにはいかない。
 これに関して、帰り際に担当のKさんから陳謝の言葉があった。今回は利用者の長寿表彰など、イベントが多数入っていたらしく、次回はもっとゆったりした場でぜひに、とのこと。
「次回」が実現するかどうかは別にして、歌い手として充分満足すべき結果であったことは間違いない。

2015年9月11日金曜日

名札ケースでピック

 自作ピックの素材として数ヶ月前に買った0.4ミリ厚の模型用塩ビ板が、ピックとしては全く使えないことが分かった。弾いているときのしなやかさは優れているが、問題は強度。激しい曲調だと、わずか10曲程度で割れてしまう。
 以前に梱包用プラケースを利用した自作ピックの耐用強度を試算したことがあったが、1枚で300曲くらいは使えた。元来が模型用なので繰り返し使用による強度は想定していないらしい。

 強度に優れている梱包用プラケースは市販されていないので、過去の経験から最もそれに近い強度だった名札ケースを再び使ってみることにした。


 10年以上前に買ったときと同じホームセンターを探したら、大半がソフトタイプの名札ケースに入れ替わっている。必要なのは硬質プラスチックを使ったハードタイプだったが、棚の隅にわずかに在庫があった。
 10年経って品質が変わっている可能性も捨てきれず、試しに1枚だけ買ってきた。
 前回はサイズが大型の70×110だったが、在庫があったのは名刺サイズの56×90。前回は12枚作れたが、今回は半分の6枚が精一杯。しかし厚さは同じ0.4ミリ程度。問題は強度だ。
 昨日から練習に使っているが、1日10曲程度弾いて2日経ったが、いまのところ摩耗やひび割れの兆候はなく、前回なみの強度が期待できそう。

 価格は1個60円で、調べてみたらアマゾンでも同等品が似た価格で買える。透明なので目印としてカラーシートを貼る煩わしさはあるが、1枚10円でしなやかさと強度が保障されるなら、多少の手間はガマンしなくては。

2015年9月10日木曜日

ヒポエステスの切り戻し

 100均ダイソーで6月に買った、ヒポエステスという観葉植物の生長が思わしくない。多数あった葉が次々と枯れてしまい、ヒョロヒョロと茎だけが上に伸びるばかり。このままでは先が見えているので、思い切って茎の途中で切ってしまうことにした。
 いわゆる「切戻し」という荒療治で、先端に葉が残っている茎の上半分は水を張ったコップに挿し、葉が全くない下半分はそのまま鉢に残して、水だけやっていた。


 10日ほど経って、茎の途中から小さな葉が育ち始めたのを発見。場所はかって葉がついていた場所。荒療治だったが、しぶとく生き残ってくれたようだ。

 その後葉はどんどん育って、写真のような状況。先端の生長部分を切ったことで、栄養が他に回ったようだ。
 コップに挿した上半分を調べると、こちらは下端の葉がついていた場所から根が出始めている。何ともたくましいことだ。そのうち同じ鉢に同居させるかもしれない。

2015年9月9日水曜日

木材にコーヒーを塗る

 昨日に引き続き、平面コラージュ作品の額装作業をやる。タイトボンドは固まったが、万一を想定して、裏側からU字釘(ステップル)で四隅を固定した。
 本来はケーブルを止めるためのものだが、木材の突き合せ部の補強にも転用できる。波釘がないときの代用品。


 その後、紙ヤスリで表面を調整し、塗装作業にかかった。作品の色バランスから考え、無垢材の地色では薄すぎて引き立たない。イメージとしては濃い目のチーク系か、薄い飴色。
 枠の裏面(上の写真)は透明ニスを塗ってから飴色に変化しているが、この色になるまでには相当の年数が必要だ。とても展示には間に合わない。
 そこで何らかの手段でそれに近い色を出すことにした。新たな塗料を買うのでは芸がなく、別の素材を物色。木酢液、紅茶、コーヒー、玉ねぎ等々が候補に上がったが、ネットで情報収集するなどした結果、コーヒーを使うことに決める。
 カフェでの展示なので、塗装にコーヒーを使うのも何かの縁だ。


 インスタントコーヒーとお湯を1:1くらいの割合で濃い目に溶かし、食品用の刷毛で塗った。ムラができるので、完全に乾く前に布で拭き取る。いったん乾かしたあと、もう一度塗った。
 ほぼイメージに近い飴色が出せた。水に濡れると流れてしまうようなので、完全に乾いたあと、保護用の透明塗料を上に塗るかもしれない。

2015年9月8日火曜日

自力で額装

 完成したカフェ展示用平面コラージュ「夢見るフルサト」の額装にとりかかった。コラージュ本体の表示部分が、横49.5センチ×縦16.5センチという極端な横長変形。市販の額縁に合うものはなく、特注するか自作するかしかない。
 作品自体が糸や布、紙などを使ったものなので、額縁も手持ちの無垢材を加工して自作しようと、早くから決めていた。

 材料を見繕うと、18ミリ厚のヌキ板を縦に裂いた幅50ミリの廃材が何本か見つかった。枠幅は大きめのほうが雰囲気に合う。長さも手頃なので、これを加工することに決める。
 以前はコーヒーテーブルの枠に使っていたので、あちこちにビス穴が空いている。同じ木材を削って埋め、擦り傷は水に浸して目立たなくする。


 その後加工に入ったが、端部を完全な45度に切断しつつ、内側を作品の表示部分より1ミリほど小さい長方形に仕上げなくてはならず、非常に難しい作業になった。

 45度を正確に切る専用工具は持ってなく、三角定規を使った墨出し線だけが頼り。最初は大きめに切断し、その後現物に合わせて電動ノコと紙ヤスリで微調整しつつ進めた。
 かなりの時間をかけて、ようやく満足できる部材に到達。珈琲で一服してから、組立て作業へと進んだ。
 直角と内側寸法をチェックしながら、部材の表側からガムテープで仮固定。そのままそっと裏返して、端部の接触部に木工用のタイトボンドを薄く流しこむ。ギター補修用に買ったボンドなので、接着力は強力だ。


 一晩おいたあと、裏面から補強のU字釘を打ち、紙ヤスリで補修してから塗装作業に進む。作品本体は額縁の止め代分として1センチ大きい台紙を使っているので、仕上がった額縁に裏側から細い釘で固定すればよい。
 完成までにはもう少しかかるが、一番デリケートな部分は終わったので、先は見えた。