2019年6月30日日曜日

トイレの完全自立

 7月の子守りシフト表が長男からメールで送られてきたが、計6度と過去最高の多さとなった。
 内訳は仕事がらみの子守りが4度で、平日の13時半から18時まで。日曜のサッカー子守りが2度で、こちらは終日だったり午前中だけだったり、試合スケジュールによって異なる。

 親の仕事の都合で保育園はやめ、いまは月に一度のお試し幼稚園だけとなっている。来年から本格通園となり、平日の子守り依頼は基本的になくなるはず。
 今年は車庫建替えが重なり、母への対応もあって非常に多忙だが、やれるうちが華だろう。
 子守りプランはいろいろ検討しているが、オムツが突然取れたので、トイレの準備をしなくてはならない。子供用の補助便座は、昨年8月にすでに買ってトイレ内に置いてある。前回の子守りで役立ってくれたが、問題は便座が高すぎて一人では載れないこと。
 その都度大人が載せているが、専用の台を作り、補助便座のセットから載るまでを一人でやらせたい。トイレの完全自立はオトナへの自立に直結していると私は思う。


 車庫建替え作業で日々忙しいが、時間をやりくりして孫娘専用のトイレ台を作った。
 サイズは子供椅子と便器の採寸から試行錯誤し、幅400×高さ250×奥行き200とした。ありあわせの端材を見繕ったので、見てくれはあまりよくないが、丈夫さと安全には気を配った。縦にしてトイレ引戸の横に置き、準備万端。

 孫娘の成長に合わせ、家の中や家具などを改良したり新たに作ったりしているが、「子供の体格や思考に合わせる」という点で、これまでのDIYとは質が異なって新鮮である。


 孫娘は工具類に関心が強く、前回来たときにドライバーセットを引き出しに見つけ、そこらのネジにあてがって、延々と遊んでいた。将来はリケジョ?と親は期待している。

 コンセント類をいじられると危険なので目は離せないが、思いついて木材に細いボルトナットを埋め込んだオモチャを作ってみた。
 ドライバーでネジを回して自由に組み立てるだけだが、果たしてこれが2歳児のオモチャと言えるのか?答えは今週中に出るだろう。

2019年6月29日土曜日

痛恨の遅刻

 先月下旬に初めて訪問した遠方の老健施設から連絡があり、利用者からの強い要望があって、また歌って欲しいという。確かな手応えがあったので、(もしや…)と思っていたが、うれしいリピート依頼だった。
 問題はわずか1ヶ月後という短い間隔であること。どのような場でも短期間に同じ歌い手が続くと、どうしても飽きられる。多くても年2回くらいが程よいペースで、10年を超える長いお付き合いのある施設は、おしなべてこのペースを守ってくれている。
 その旨を施設側に説明したが、「では前回と全て違う曲を歌うということで」と、新たな提案。どうやら歌わざるを得ない雰囲気で、代案として前回歌った際、後半に自然発生で飛び出したリクエストを、今回は積極的に取り入れることを逆提案した。
 利用者の選んだ曲であれば、短い間隔でも受け入れられるのでは?との考え。さっそくリクエスト方式ライブで使っている330曲の曲一覧を先方にFAX送信する。


 開始時間は前回と同じ11時。車で軽く1時間近くはかかるので、10時前には家を出なくてはならない。そのはずだった。
 ところがなぜか開始時間を12時と勘違いし、気づいたときには10時を回っている。あわてて機材を積んで出発し、時計は10時20分。
 前回帰路に選んだ空いているコースを選んだが、どう急いでも11時には間に合わない。15分ほど走ったあとで施設に電話し、正直に理由を告げて遅れる旨を伝えた。

 到着は50分後の11時10分。施設側がゲームで場をつないでくれていて、急いで機材をセット。11時15分から歌い始めた。
 利用者から募った13曲分のリクエストが印刷してあり、ほぼそれに沿った構成で進める。遅刻のせいで予定より5分短い40分で11曲を歌う。
(1曲目以外は全てリクエスト)

「憧れのハワイ航路」「サボテンの花」「いい日旅立ち」「ルビーの指輪」「上を向いて歩こう」「知床旅情」「サン・トワ・マミー」「北国の春」「カントリー・ロード」「君恋し」「また逢う日まで」


 前回は30席ほどの会議室が会場だったが、今回はなぜか食堂ホールで歌って欲しいという。聴き手は軽く100名を超えていて、吹抜けの大空間が広がっている。PAが1台では不安があったが、突然のことで準備がない。
 理由ははっきりしないが、自由参加だった前回ライブの評判がよく、急きょ全員参加のイベントに「格上げ」になった可能性がある。
 遅刻による動揺と広すぎる会場への戸惑いがあって、ライブの出来はいまひとつだった。歌に興味がある方だけが集まってきた前回と異なり、聴き手の集中度もいまひとつ。
 前回は1曲目から自然に湧いた間奏の拍手や手拍子も、今回は皆無。会場が広すぎて聴き手とのコミュニケーションもとりずらく、打開策を見いだせないまま、ズルズルと負のスパイラルにはまりこんだ。


 やってみて気づいたが、介護施設での完全リクエスト方式は早すぎたかもしれない。曲の傾向が隔たってしまい、違う曲調で場の転換を図ることが難しいからだ。結果論だが、前半を自分の構成で進め、場が乗ってきた後半に様子をみてリクエストを募るという従来の方式が、やはり無難である。
 事前にもらったリクエスト曲のうち、時間切れで歌えなかった曲は「なごり雪」「夜霧よ今夜も有難う」「柳ヶ瀬ブルース」の3曲。13曲中5曲が前回歌った曲で、(あの曲をもう一度聴きたい…)という聴き手の思いが明確に表れていた気がする。

 自分のミスによる遅刻から始まったトラブルだったが、多忙の中でも出発時間を逆算から確認し、携帯のアラーム設定で間違いを減らすという習慣を怠ってはいけないと痛感した。
 反省ばかりの痛いライブだったが、帰り際に食事の手を休め、「いい歌をありがとう」と声をかけてくれた女性が一人いたのが救い。

2019年6月28日金曜日

仮筋交い取れた

 日々の車庫建替え記録になりつつあるブログだが、生涯最大規模のDIYといった位置づけなので、工程は詳細に残したい。
 今日は外周部に設置する8本の方杖のうち、残った6本を設置した。コーナー毎にまとめて2本ずつ施工。午前中から始めて2本で1時間かけ、珈琲タイムまでの計3時間で設置を終えた。

 計6本あった仮筋交いは全て外したが、まだ外周部だけの軸組なので、脚立に上って上端を押すと、わずかに揺れる。今後中間部の柱2本と方杖6本を追加し、梁を6本入れて上端をOSB構造パネルで覆うと、揺れはほとんどなくなるはず。


 今回使った方杖は800長で、この規模の車庫なら妥当な寸法だろう。(同機能の母屋火打は1000長)
 デザイン的には少し野暮ったいが、吹きさらし構造の建物なら必須の補強材だ。

 玄関ドア真上の方杖はそのままだとドアがぶつかるので、現物合わせで100短い700長とした。上端がうまい具合にドアストッパーの役目を果たしている。



 まだ先は長いが、重要な四隅の柱と外周部の挟み梁4組が完全に立ち上がったので、一山越えた感じはする。

2019年6月27日木曜日

方杖の取付を開始

 延々と続く車庫建替え作業、今日は道路側正面の梁2本と方杖の一部を取り付けた。
 妻が買物に行っている間に工事の準備をしていたら、ヨドバシカメラのネット通販で頼んでおいた作業用革手袋と使い捨てカイロが届く。

 先月末に買い替えた作業用革手袋がゴツ過ぎて、デリケートなDIY作業には向いていない。そこで同じヨドバシカメラで、少し薄手の作業手袋を探して注文した。


 ポイント還元を含めて実質342円と、相変わらず安い。腰の温湿布用使い捨てカイロも併せ買いし、手袋はさっそくこの日の作業から使った。
 本革だが微妙に薄くて柔らかく、甲の部分はメリヤス生地で通気がよい。だいたいのDIY作業はやれそうだ。レンガや砂利の扱い、剪定などには、ゴツいほうの革手袋を使う。
 妻が戻ったあと、材料運搬と脚立支えをまた頼んで、作業にとりかかる。昼食前にボルト固定まで終了。これにより、外周部分の4本の柱と8本の梁を完全に組み終えた。


 午後からは軸組を補強する方杖の設置にとりかかる。北側の壁際から始めたが、垂直と水平の端部位置が現物合わせではうまく決められず、いったん家に戻って1/10の原寸図を描いて寸法を出した。

 1/12勾配登り梁の水上と水下、単純な水平梁と3種類の補強部があり、それぞれ寸法も微妙に異なる。手作業で切った45度の接続部と、初めて使う方杖&火打専用の楽座金の扱いに戸惑いつつも、1時間近くかけて最初の方杖を設置した。


 今回の方杖、上端部は2本の挟み梁の間に差し入れ、単純に通しボルト固定している。強度的には大差なく、材料の加工や施工は逆に簡単になる。
 方杖の下端と上端位置には、木片を事前に仮止めして作業。方杖と柱が同寸なので、挟み梁の間に簡単に入らず、大型ハンマーを使って上から少しずつ叩き込んだ。

 珈琲タイムまでに2本の方杖を設置し、この日の作業は終了。方杖の設置で不要になった仮筋交い2本は取り外した。
 その後夕方まで伸び放題の庭木を脚立に上って剪定する。週末に介護施設でのライブ予定があり、弾き語りの練習もやった。何かと忙しい。

2019年6月26日水曜日

市の集団健診

 午前中、少し離れた地区センターで実施される市の集団健診に行く。いつもは徒歩10分の地区センターで受けるが、例年の実施日が8月第一日曜の午前で、母が暮らす施設の夏祭りイベントとぶつかる。
 昨年は午前に健診、午後から夏祭り立会いと続けてこなしたが、暑さと多忙で体力を消耗し、ひどい目にあった。

 市から配布の資料で他の施設を探すと、車で15分ほどの地区センターで平日に実施している。市内ならどこで受けても同じとあるので、車庫建替えで忙しくはあったが、いい骨休みと考え直して受けてしまうことに。
 各種検査があるため、朝から水を一杯飲んだだけで、他の飲食は不可。健診で体力を消耗する大きな要因だ。


 混雑を避けて開始1時間後の10時35分に並んだが、それでも受付まで20分待った。その後会計窓口でさらに25分待つ。結局最初の尿検査を受けるまで、45分かかった。

 その後、身長体重腹囲測定、血圧測定、医師の診断、血液採取。肺レントゲン撮影と進み、終わったのが12時5分。どこでも受けても待ち時間や所要時間に大きな違いはないようだが、ともかく終わった。
 遅れて出る血液検査以外に大きな問題はなく、血圧は117〜72という20代のような数値。昨年は上が引っかかって再測定でようやくクリアしたが、今年は連日の車庫建替え作業がプラスに働いているようだ。


 帰宅後、昼食を食べてから録画しておいた女子サッカーの試合を眺めつつ、車庫建替え作業を継続。夕方までに、残っていた東西方向の梁2本(写真左側)を組立て終えた。
 材料運搬のあと、梁を柱の上端まで載せる過程で、仮載せ台となる脚立の支えを妻に頼んだ。自分一人だと脚立が安定せず、保持するのに余分な体力を使うが、サポート役がいると断然楽だ。

 この日も時間には余裕があったが、計2時間ほどで作業は早めに切り上げた。腰痛や暑さを含めた体力面を考えると、無理せずこれくらいに留めておくのが得策と思われる。

2019年6月25日火曜日

固定金物を発注ミス

 昨日から始めた車庫建替え作業を継続。今日は10本の登り梁を支える東西方向の梁のうち、北側の2本をまず組立てた。
 資材置場から車庫までの材料運搬は、今日も妻の助けを借りる。その後の組立ては一人でやり、昼食前までに終了。仮設受材は昨夕に設置済みで、手順はすでに覚えているので、昨日よりは要領よくやれた。


 午前中の車庫は日射をモロに受けるので暑く、かなりバテた。午後からは日陰になって、幾分すごしやすい。珈琲タイムまでに南東角の柱1本を立てる。手順は昨日とほぼ同じだ。

1)南北方向の長い仮筋交いを使い、正確な鉛直は無視して柱を立てる。
2)柱下端の束基礎羽子板を1本だけスクリューボルトで固定。
3)水平器とスケールで鉛直を出しつつ、東西方向の仮筋交いを柱に仮固定。
4)鉛直を出しつつ、南北方向の仮筋交いを微調整。
5)柱下端の束基礎羽子板スクリューボルトの2本目を固定。


 昨日は3)の工程で妻の助けを借りたが、今日は一人でやれた。仮筋交いの下端は、すべてコンクリート束基礎にかぶせた仮枠にビス止めしているので、微調整は容易。

 珈琲タイムまでに柱の固定は完全に終え、まだ時間的には余裕があったが、この日は腰にやや違和感を感じたので、明日に備えて梁の仮設受材を南側の柱2本に設置して作業を終えた。


 その後、組立てに使う重要な金物であるZマークのボルトナット&角座金をチェックしていたら、方杖の上端固定に使う14組分の発注を忘れていたことに気づく。あれほど入念に数えたはずが、なんとしたことか。
 負担の大きい四隅の方杖8組は、中央の柱に使う分をひとまず転用するが、不足分は送料と時間のかかる通販でなく、ジョイフルで直接買い足すことにした。

2019年6月24日月曜日

ようやく作業再開

 朝起きて腰の調子に大きな変化はなく、天気もよいので、10日ぶりに車庫建替え作業を再開することにした。
 10日前の状態は以下の通りで、壁側の柱を2本立てただけ。その後強風の日が何度かあり、軸組のズレが生じた可能性があったので、水平器やスケールで柱の状態を確認。わずかな歪みをまず修正した。


 11時半くらいから作業開始。万一に備え、腰には冷湿布を貼ってコルセットを巻き、頭にはヘルメットをかぶる。
 次の工程で必要な材料は壁際の梁2本と北東の柱1本で、腰が万全なら一人で運べるが、この日は無理せず妻の助けを借りた。
 工夫した仮設受材が効いて、梁を柱の上端に載せる作業は一人でやれた。ところが最初のボルト止め作業でいきなりつまずいた。

 この日のために買った径12×270長のロングビットをドリルに装着し、2本のツーバイ材と105角の柱を貫通する穴を、一気に開けようとした。しかし、柱の中央あたりでドリルが止まってしまい、押しても引いても動かない。
 そうするうち、ドリル本体から煙が出始めた。無理をすれば過負荷でモーターが焼けてしまう。ドリルを挿したままで作業をいったん中止し、対策を考えた。

水勾配1/12の登り梁

 材料に対してドリルが非力過ぎたようで、まずは現状のドリルビットをいったん抜かねばならない。
 ドリルに逆回転機能はなく、ビットを残したままドリル本体を外してしまい、スパナでビットの頭をはさんで手作業で逆回転させることを思いつく。どうにかビットは外れたが、これ以上同じドリルで作業するのは困難だった。

 ふと、電動ドライバーに逆回転機能とドリル機能があったことを思い出す。回転数はドリルの1/4以下だが、トルクはまずまず。正回転と逆回転を交互に使えば、なんとかやれるのではないか…?
 さっそく試してみると、時間はかかるが、ともかく貫通穴は開く。以降、地道に作業して14時くらいまでに4本のボルト(M12×210長)を固定し終えた。まずは第1段階クリアだ。


 この日は母の暮らす施設へ不足する備品を届ける用事があり、いったん作業を休んで出かけた。母は元気だが、相変わらず私を認識しない。
 ちょうどオヤツの時間で、忙しそうなヘルパーさんに代わって、プリンをスプーンで食べさせた。
 帰宅後、珈琲タイムをはさんで作業を続ける。次なる工程は、完全自立する北東角の柱を立てること。母屋の壁を利用できないので、作業難易度は非常に高い。

 この位置の束基礎羽子板が9ミリ内側にずれているので、まず柱の彫り込みをノミでやる。その後3900長の仮筋交いを南北側に作って上端を柱に仮固定し、そのままの状態で立てることにした。
 鉛直はまだ正確に出てないが、ともかく柱は立った。次に東西方向の仮筋交い2700長を仮固定する。仮筋交いはぴったりの長さが手元になく、それぞれヌキ板をビス2本で止めて延長した。


 東西方向の位置を基礎部分で正確に測り、束基礎の羽子板をスクリューボルトで固定する。次に南北方向の鉛直を水平器で出し、こちらは束基礎部分をビス固定。
 最後に東西方向の寸法を柱上端で測って仮筋交い位置を修正しようとしたが、どうしても一人ではできず、柱の支えだけ妻の助けを借りた。

南北方向の仮筋交いが3900と長い

 18時近くまで作業し、明日に備えて東西方向の梁を保持する仮設受材を止めて、この日の作業予定を全て終えた。
 腰の疲労感はあるが、不安だった腰痛の再発はなく、ボルト止め作業のコツもつかんだので、明日以降の作業は捗りそうだ。

2019年6月23日日曜日

雨あがりの午後

 ここ数日続いていた梅雨のような鬱陶しい雨がようやく降り止み、午後からは青空も見えてきた。低気圧が去ったせいか、腰の調子もいつになくよい。車庫建替え作業再開への慣らし作業として、雨続きですっかり元気がよくなった予備駐車場の草取りをしてみた。

 まだおっかなびっくりだが、いつものように鍬をつかった丸ごと掘り返しで、雨で柔らかくなった地面は作業しやすい。
 ギクリとした腰の痛みは発生せず、そのまま小一時間作業を続け、2ヶ所の駐車スペースはすっかりきれいになった。


 午後からは長男の求めに応じ、今月2度目のサッカー子守り。約束時刻より少し早めに出て、トライアルで定番食料やオヤツをまず買った。
 15時少し前に前回遊んだ東雁来公園で合流。隣りにあるサッカー場より、最初から公園で待ち合わせるのが移動の手間が省ける。

 長男はそのままサッカー場へ。試合が終わるまでの2時間余りを孫娘と過ごしたが、公園での子守りにもすっかり慣れて、この日は気持ちや体力に余裕があった。
 1時間ほど遊具で遊んだあと、公園内の東屋で持参のオヤツをみんなで食べる。その後、近くのビッグまで歩いてアイスを買いに行き、公園に戻って食べた。よく遊んでよく食べる子である。
 食べ終わったころ、ちょうど試合が終わる時間で、戻ってきた長男と合流して別れた。夏場の週末はサッカー子守り、平日は完全子守りが月に数回当分ありそうで、今後どんなふうに過ごそうか、いろいろアイデアを練っている。
 オムツがとれてから一段としっかりしてきた孫娘とのふれあいは、祖父母にとっても刺激的で楽しい時間になっている。

 帰宅後の歩数計は6千歩近くを示していたが、いまのところ腰痛のぶり返しはない。明朝までまだ予断を許さないが、延々と保留状態だった車庫建替え作業、もしかすると明日から再開できるかもしれない。

2019年6月21日金曜日

常時留守電設定

 NHKの「ためしてガッテン」で、特殊詐欺防止対策として常時留守電設定が有効と語っていた。以前から漠然とした知識はあったが、より具体的に解説されていて、なるほどと納得。さっそく我が家でも設定することにした。
「知っている相手からの電話だと、留守電状態は失礼」など、弊害もゼロではないが、このところ固定電話にかかってくる電話は、迷惑セールス電話か世論調査など、受ける必然性のないものが大半。個人からの電話の多くは、それぞれの携帯にかかってくる。

 そもそも、友人知人からの電話は大半が鳴り分け設定してあり、鳴った時点で相手が判断できる。留守電に切り替わるまで5回コールされ、その間に受話器をとるのは、さほど難しいことではない。
 まだ一度も経験はないが、何より特殊詐欺の潜在的な不安を大幅に回避できるのが大きい。大半の詐欺電話は留守電設定で諦めるらしいが、しつこく録音された詐欺電話でも、聞き直して冷静に対応できるというもの。


 仕事関連の電話はすでに鳴らず、固定電話にかかってくる大事な電話は、母の暮らす施設からと、ライブ依頼の電話くらい。そのどちらにも携帯電話番号を併記してあるので、緊急性の高い場合は携帯にかかってくる。これを機に、ライブ依頼は携帯電話限定に告知を変えた。
「定年以降にやるべき家庭内リストラ」というネット記事を最近読んだ。「住宅ローンは完済しておけ」とか「必要以上に稼ぐな」など、すでに多くは実行済みだったが、「固定電話は解約せよ」は未対策だった。
 我が家の場合、通話としての役割はすでに固定電話になく、月額通話料1,000円まで無料の携帯電話2台で事足りている。

 仮に固定電話を解約した場合、「FAXが使えない」「ドアホンが使えない」「インターネットが使えない」という、通話とは全く別の大きな問題が発生する。それぞれ解決策はありそうだが、簡単な手続きでは済まないので、これに関する検討は次の機会にでも。

2019年6月19日水曜日

熱湯で雑草撃退

 腰の調子は相変わらずスッキリせず、疼痛はないが、ちょっとした動作で違和感が走る状態。天気がよくて風もなく、絶好のDIY日和だが、無理は禁物なので車庫建替え作業は自重して終日過ごす。
 発症して約2週間が経過し、そろそろ治ってもよい時期だが、途中にライブや子守りなどの不可避スケジュールがあり、やがて古希を迎える年齢的な事情もあって、長引いている。あせっても仕方がなく、こうなれば持久戦覚悟である。


 春先に鍬で掘り起こして除去した予備駐車場の雑草がまた目立ってきたが、腰への負担が多く、まだ鍬での作業はやれない。そこで、熱湯を使った処理を試験的にやってみた。

 実は6月上旬に木材置場のアリの巣を熱湯で除去した際、予備駐車場脇のアリの巣も同時に処理した。たまたま同じ位置に茂っていたスギナにも熱湯がかかり、数日後に見ると完全に枯れていて、2週間経っても再び生える気配がない。
(もしや…)と思って調べてみると、雑草の撃退に熱湯が有効、との記事を複数見つけた。除草剤と同じように、根を完全に枯らしてしまうという。
 今日はヤカンに2杯分の熱湯を沸かし、スギナの根をめがけ、集中的に熱湯をかけた。除草剤に比べて環境への悪影響がなく、燃料代がかかるだけだが、広い範囲には向いていない。また、地中の微生物も死んでしまうので、除草後に花や野菜を植える場所には使えない。
 車庫完成後には除草シートを敷設する予定なので、当面のつなぎ処理。効果を見極めたい。

2019年6月18日火曜日

子守りピクニック

 長男夫婦から孫娘の子守りを頼まれた。仕事のシフトのやり繰りがどうしてもつかず、朝から夕方まで終日面倒をみて欲しいとの希望。
 過去にも病気やら仕事などで同様の子守りを引き受けている。お嫁さんの実家が九州で、頼れる身内は私たち夫婦しかいない。腰痛がぶり返していたが、車庫建替えは無理でも、子守りくらいならやれるだろう。

 幸いに天気予報は晴れで、先方に出向く子守りではなく、車で孫娘を引き取り、我が家近くの大型公園で一日過ごすことにした。
 8時45分に迎えに行き、9時半には我が家に着く。妻は家で弁当作り。孫娘には「じいちゃんばあちゃんと3人でピクニックに行くよ」と言い含めてある。


 ちょっとだけ家で遊んで、11時くらいに近くの百合が原公園に行く。平日はさすがに空いていて、シャクヤクやバラがちょうど見頃。
 まずは東端にある遊具広場で遊ぶ。遊具大好きの孫娘は大喜び。来月3歳になるが、大きい子むけの遊具にも果敢に挑戦していた。ちょっとした拍子に腰がピリピリ痛むが、万一に備えてつきっきりで見守る。

 お腹が空いたので、12時少し前にベンチでお弁当を広げる。オニギリ、のり巻き、ホットドッグ、卵焼き、コロッケ、サラダなどいろいろ並んだが、みんなでペロリと平らげた。


 昼食後もしばし遊具で遊び、その後バラ園の近くで持参のシャボン玉をする。公園遊びの、ほぼ定番コースだ。
 時折近くをリリートレインが通るので、GWに乗ったばかりだが、また乗ることにした。平日の運行は30分に1本。それでも空いている。ありがたいことに、高齢者と未就学児は無料。
 13時半くらいに緑のセンターに行き、自動販売機でアイスを買って食べる。これまたGWと同じコースで、センター内に備え付けの絵本も読む。

 妻が朝からの弁当作りや子守りで疲れたというので、家に戻ることにしたが、孫娘は「もう1回お滑りがしたい」と、まだまだ元気。「ばあちゃん疲れたって」と説明したら、案外素直に納得してくれた。


 家に戻って3人で2階寝室で横になったら、いつの間にか全員寝てしまった。最も長く寝ていたのは孫娘で、1時間半ほど熟睡。
 先に起きた大人が階下で珈琲を飲んでいると、一人で起きて一人で階段を降り、「おはよう」と言って泣きもしない。随分と成長したものだ。

 成長といえば、10日前に突如オムツが取れ、我が家でも失敗ゼロ。我が子に比べてかなり遅かったが、祖父母が相手でもちゃんと教えてくれた。
 オトナへの階段をまたひとつ上り、心なしか表情が急にしっかりしてきた気がする。
 16時半くらいに遅めのオヤツを食べ、ドライバーやネジで遊んだり、YouTube動画を観たりするうちに18時になる。久しぶりの完全子守りで心配なのか、両親からはひっきりなしに様子確認のメールが飛び込むが、全く問題なしの良い子だった。
 18時40分くらいにマンションまで送り届けたら、両親が道路まで出迎えにきていた。

 腰の状態が不安だったが、なぜか夕方には随分楽になっている。適度な運動が慢性腰痛には、逆によかったらしい。

2019年6月17日月曜日

父の日を秋に祝おう

 車庫建替えDIYや連続ライブで記載が遅れたが、今年も3人の子どもたちから父の日プレゼントが届いた。
 花と信州そばのセット、珈琲とクッキーの詰め合わせ、花とマットのセットなど、それぞれの想いと工夫がこもっている。

 母の日と父の日が2ヶ月続き、子どもたちも何かと大変だろうなと、いつもこの時期に思う。調べてみたら、6月以外の月に父の日を祝う国もかなりある。
 日本なら、他に大きな行事がない10月あたりはどうか。母の日から5ヶ月後で時期的に程よく、花は秋空に映える青いリンドウあたり。変えるのはいまからでも遅くない。


 平年より気温が7度も低い肌寒い陽気で、6月としては20年ぶりの寒い記録なんだとか。ぶり返した腰痛も、この寒さに一因がありそうだ。
 あまりの寒さに、午後から2時間ほど暖房を点けた。6月に暖房を点けることは珍しくないが、今年は避けられるかも…、と思った矢先のこと。もうトシなので、やせ我慢はしない。

 腰痛対策としての冷湿布はやめ、昨日から慢性腰痛に効果のあるという温湿布(使い捨てカイロ)に替えた。
 この日は一切のDIYを自重。腰の違和感が解消されるまで、しばらく作業は休むつもり。

2019年6月16日日曜日

最悪体調でも好反応

 市内南端にある有料老人ホーム誕生会で歌った。依頼はネット経由であったが、実はこの施設では8年前にも2度歌っている。当時の担当者はすでに退職していて、引き継ぎによるリピート依頼ではなく、まっさらな状態からの依頼だった。
 とはいえ、施設の建物や経営形態は同じで、入居者の多くは8年前から変わっていないという。当時の記録を参考に進行や構成を打合せたが、洋楽を多めに歌うという希望は変わってなく、中ほどで歌詞カードを配って全員で歌うという趣向が新たに加わった。

「サン・トワ・マミー」「ケ・セラ・セラ」の要望が施設側からまずあり、ラストは「また逢う日まで」で締めくくることが最初の電話で決まる。
 実施2週間前までに、30分10曲の構成を先方にFAXして最終了解を得た。
 当日は雨の予報だったが、うまい具合に降られずに済む。前日夕方にイベントライブで歌ったばかりで、帰宅は20時過ぎ。ライブ開始は12時で、施設までは1時間近くかかる。10時45分に家を出て、先日の墓参りで開拓した新ルートを通って向かった。
 いったん終息したはずの腰痛が昨日のライブ後にぶり返し、腰にはコルセットを巻いた。過酷なスケジュールで身体は悲鳴をあげているが、この日を乗り切れば一息つける。

疲労感がにじむ終了後のスナップ

 どのルートよりも早く、50分で先方に到着。新担当者と挨拶を交わし、まず会場の下見をする。前回とは食卓の配置が大きく変わっていて、ステージ位置は中央壁際に設定されていた。
 予定通り12時ちょうどに開始。11時半から始まった昼食は、食べ終わってお茶を飲んでいる時間帯で、歌と食事が重なる問題はない。およそ35分で11曲を歌う。

「サン・トワ・マミー」「ここに幸あり」「恋の町札幌」「恋はやさし野辺の花よ」「バラが咲いた(歌詞カード)」「上を向いて歩こう(歌詞カード)」「ケ・セラ・セラ」「君恋し」「エーデルワイス」「また逢う日まで」「月がとっても青いから(アンコール)」
 最初の数曲は反応がやや硬かった。8年も経つと歌い手も聴き手も互いに記憶が薄れ、ほとんど初訪問に近い。過去2回の記憶を頼りに、ていねいに歌い進める。
 典型的な傾聴型の場で、ニギヤカ手拍子系の曲は皆無だったが、1曲ごとの拍手は熱く、手応え自体は悪くなかった。

 中ほどの歌詞カード配布曲では、共に歌う声がかなり耳に届き、以降の後半はじわじわと反応がよくなった。
 ラストの「また逢う日まで」では、期せずして会場から小さな手拍子が湧く。過去2回にはなかったことで、これは驚きだ。そのまま締めくくると、奥に座っていた男性利用者から「アンコール!」の声。会場の拍手がそれに続く。
 全く打合せになく、もちろんこの施設では初めてのこと。気遣った担当者が「アンコール、大丈夫ですか?」と確かめにきたが、もちろん問題なかった。
 終了後も「よかった」「最高だった」の声が多数耳に届き、ステージまで近寄ってきて、ていねいに労いの声をかけてくれる方も複数いた。
 体調が最悪に近い状態での連続ライブで、無事にやれるか不安だらけだったが、想像以上の手応えで正直ホッとした。

 反省として、歌いながら聴き手と目で語りすぎて、「ケ・セラ・セラ」の2番歌詞を一瞬見失ったこと。他施設ではあまり歌わない曲が多く、歌詞から目を離し過ぎるのは禁物だった。
 そのほか、アンコールの「月がとっても青いから」のロングトーンで、一部声が切れた。体調が悪いときに起こる現象で、大きなキズではなかったが、欲を出さずに半音下げて歌うべきだったかもしれない。

2019年6月15日土曜日

古希の節目ライブ

 北海道神宮祭の関連イベント「北海道神宮フォークうたごえまつり」に、4年ぶりに出演した。今年で17回目の伝統あるイベントで、私は2005年に初めて出演。その後2年続けて出て、4年後の2011年と、さらに4年後の2015年にも出た。
 今回が6度目の出演で、だいたい1/3は出ていることになる。
 主催は地域FMの三角山放送局。当初はイベントとしての知名度が低く、2005年の出演者は7組だった。最初の数回は1組2曲歌えたが、2007年から応募者の急増で枠が12組に増え、曲は1組1曲限定となった。
 2005年まではコンテスト形式で優勝と優秀賞2組を選んでいたが、2006年からそれも廃止され、単なる音楽イベントとして定着した。

 最近の出演枠は15組だが、例年その倍は申込数があるという。応募者多数の場合は抽選で決定、と募集要項にあるが、実際には全体のバランスをとりつつ、事務局による予備審査で最終決定されるのではないか。


 今回久しぶりにエントリーする気になったのは、4年ごとの節目にあたるほか、10月に古希を迎えることが大きな理由だった。
 62歳で出演した地区センター夏祭りイベントで、「今後の目標は?」と進行の方に突然問われ、「そうですね…、では70歳まで歌い続けることにしましょうか」と咄嗟に答えたもの。
 当初は単なる思いつきのつもりが、年を重ねるにつれ、次第にそれが現実の目標へと変貌していった。たとえささやかでも、人生にはやはり目標が必要なのだと思う。

 2年前に咳喘息を発症し、喉を致命的に傷めて活動の継続が怪しくなったが、病院での治療と食事や日々の節制、練習法の改善などで懸命の対策を試み、その後じょじょに回復。誕生日まであと4ヶ月あるが、密かな目標は達成できたと自己評価したい。

スタンバイの様子

 当日は空模様が怪しく、予報よりも早い15時過ぎから雨がぱらつき始めた。会場は北海道神宮境内にある土俵の上。屋外だが屋根があって歌うには支障がなく、雨天決行が原則である。

 妻を伴って車で出発。17時5分前に最寄りの駐車場に着き、そこから境内まで傘をさしてテクテク歩く。控室入りは17時15分で、進行の方と簡単な打合せをし、静かに出番を待つ。
 私の出演順は5番目。たまには1番をやってみたいが、今回も外れた。


 雨は本降りにはならず、帽子があれば凌げる程度。しかし、雨の影響でいつもより観客は少なく、開始の18時時点で50〜60名ほどだった。
 18時13分からライブは始まったが、出番2つ前にはステージ裏のテントにいなくてはならず、18時20分には控室から自主的に移動した。
 トントン進んで、あっという間に出番。今年は初参加が多いそうで、古株として自分が選ばれた理由もなるほどと納得できる。

 リハの類いは一切なく、音響も一発勝負である。譜面台は用意してくれるが、シールドケーブルは各自が持参。直前の演奏者がインタビューを受けているわずかな時間にスタンバイする。
 客はじょじょに増えて100名弱。ステージに立つと、最前列に座る客から声をかけられた。以前によく通っていたフォーク居酒屋の常連客で、ママさんの顔も見える。他の出演者がらみで、応援にやってきたようだ。歌う前のわずかな時間に「しばらくです」と挨拶を交わす。


 タイムスケジュール通り、18時37分から歌い始めた。今回の選曲は、ふきのとうの「風来坊」。特に路上ライブでは抜群の集客効果があるノリのいい曲で、いきなり会場から手拍子が飛び出してびっくりした。

 以降、その会場のノリに合わせる感じで歌い進める。歌詞は4番まであって、1〜2番の間には間奏がなく、2〜3番の間には短い間奏がある。しかし、曲が長引いてせっかくの手拍子が細くなってはいけないと思い、咄嗟の判断でこの間奏は飛ばした。
 冗漫を避ける意味で3〜4番の間奏はさすがに省かず、ラストも譜面通り。最後まで手拍子が途切れることはなく、これといったミスもなく歌い終える。「坂は続く、続く〜♪」というラストのフレーズが、いまの自分の心境にピタリはまっている気がした。


 終了後のインタビューで活動歴や年齢のことなど聞かれたが、隠さずそのまま披露。70歳はあくまで自分の内なる目標であって、ことさら強調して客におもねる気はないが、同年代の方にとっては何かしらの励みになるかもしれない。

 終わって引き上げる途中、最前列で盛んに声援を送ってくれたSさんがやってきて、硬い握手と言葉を交わす。ガンを患って以来、店からはしばし遠ざかっているが、音楽仲間はいいものだな…、と思った。


 他の出演者を10組くらいまで見届けたあと、翌日も午前中から遠方でライブがあるので、早めに会場を出た。事務局から幕の内弁当、缶ビール、ギフト券などいただき、帰宅後に遅めの夕食をとる。
 節目の今回が最後と思っていたが、もし歌い続けられていたら、そのうちまたエントリーするかもしれない。いざ終わってみると、そんな欲が出てきた。