2015年11月30日月曜日

メラミンスポンジの威力

「メラミンスポンジ」という耳慣れない商品の存在を新聞で知った。洗剤を一切使わず、軽く水で濡らしてこするだけで、頑固な水アカ、湯アカ、カビ、油汚れ等が落とせるという。
 年末が迫って、大掃除の季節到来。話がうますぎる感じがして半信半疑だったが、これまでクレンザーや住まいの洗剤、クエン酸等を駆使した掃除法でも、どうしても落とせない汚れがいくつかある。試しに1個だけ買って見る気になった。


 ホームセンターに行ってみたが、一般的な台所用スポンジの大きさで、1個140円ほどもする。汎用品と比べて5倍以上もして、二の足を踏んだ。
 別の日に100均ダイソーを調べると、汎用品の山に紛れて、4個入り108円の商品を発見。その名も「メラミンスポンジ・落ち落ちキングV」とあり、いかにも効果がありそうだった。
 他に小さくカットした商品もあったが、切って使うつもりで、最も大きいサイズを調達。
 まず1個を半分にして使ってみる。真っ先に試したのは、ユニットバスの床に発生した黒かびの除去。これまでどんな方法を使ってもダメだったが、まるで魔法のようにスイスイとれた。うたい文句に偽りなし。あまりの効果に、ちょっと拍子抜けしたほど。

使用前の黒カビ(上)と、使用後の床(下)

 予想以上の効果があることが分かり、他の場所もいろいろ試してみたが、これまでどうしても落とせなかった汚れに対し、劇的な効果があった。
 まとめると、以下の通り。

《よく落ちる》
・ユニットバス床の黒カビ ・ユニットバスドアの波板ガラス ・バスタブ ・湯おけ ・ハードボード壁のカビ ・無垢材(机天板や階段手すり)の手垢 ・台所キッチンパネル ・食器内部の茶渋 ・コーヒーポット内の汚れ

《まずまず落ちる》→強い力と繰り返しが必要
・ユニットバス壁 ・IHヒーターの天板

《あまり落ちない》
・トイレの手洗器 ・フライパン裏の油汚れ

「なんでも落ちる」という万能選手ではないが、やっかいな汚れが洗剤なしで簡単に落とせるのが最大の魅力。
 基本的に「表面のツルツルしたもの」に対しては強い印象がしたが、なぜかトイレ手洗い器の石灰質系の水アカには効果がなかった。素材を傷めてしまう可能性もあるそうで、まずは目立たない場所で試すことをお勧めしたい。
 広い部分は水に濡らして円を描くようにこすると効率がよい。軽微な汚れならスポンジを洗いながら使うと長持ちするが、感覚的には消しゴムに近く、こする過程で汚れと共にカスがポロポロとこぼれてくる。汚れのひどい部分は、予め小さく切って使い、そのまま捨ててしまうのがいいようだ。
 調子に乗ってどんどん作業し、2日間でユニットバスや台所、机の天板や階段、カビの発生した壁の全てを清掃し終えた。ガラス窓の掃除は窓結露防止材を先日交換した際に終えているので、今年の大掃除は終わったも同然。

メラミンスポンジは決して万能ではなく、使用にあたって注意が必要のようです。詳しくは下記にて。
これによると、浴槽やトイレの樹脂素材には、細かいキズがつく場合もあるそうです。
このほか、食器関係に使った場合は、必ず水洗いしてから使うようメーカー取説にあります。

NAVERまとめ「やってはいけない!メラミンスポンジの使い方

2015年11月28日土曜日

連続ライブへの対応

 1ヶ月前にネット経由で初めて依頼されたデイサービスで再び歌った。前日から2日続きのライブだったが、最近は連続ライブにもじょじょに慣れてきて、以前ほど大きな負担ではなくなりつつある。
およそ以下のような対応を目下とっている。

1)ギター以外の機材は2階に運び上げず、玄関ホールに置いたままにする。
2)電子譜面搭載のタブレットとリバーブのバッテリー残量を前日に必ずチェック。
3)セットリストの調整も前日に済ませておく。
4)練習はPAなしの生歌で、出発直前に軽く15分程度。
 介護施設での2ヶ月続きのライブは普通やらないが、施設側からの強い要望である。曜日が変わって利用者が大幅に入れ替わること、秋から冬への季節の変わり目で、前回の秋メニューから冬メニューへと切り替える時期でもあった。
 連続ライブでも場に飽きられる要素が少ないと判断し、お受けすることに。


 定刻よりやや遅れて、14時4分くらいからライブ開始。およそ40分で14曲を歌った。

「三百六十五歩のマーチ」「二輪草」「ソーラン節」「バラが咲いた」「二人は若い」「365日の紙飛行機(初披露)」「高校三年生」「灯台守」「お座敷小唄」「雪國」「さざんかの宿」「月がとっても青いから」「森の記憶(オリジナル・リクエスト)」「東京ラプソディ」
 前回との重複曲は「バラが咲いた」「高校三年生」「月がとっても青いから」の3曲のみ。曜日は変わっても、全体的に大人しい場の雰囲気は変わらず、手拍子やかけ声等の反応はごく少ない。
 前回熱心に声をかけてくださった利用者のIさんとOさんが、今回も利用曜日を変更して聴きにきてくださって、いろいろと声をかけてくれた。
 ライブはこのお二人を中心に会話のキャッチボールをしながら進める形になり、進行としてはやりやすかった。


 この日が初披露の「365日の紙飛行機」は、AKB48が歌うNHK朝ドラのテーマ曲。覚えたてだったが、新しすぎて介護施設で歌うには、やや不安があった。
 そこで事前に歌うべきか否かを場に問う、という手法をとった。反応がなけば飛ばすつもりでいたが、先のIさんとOさんから「ぜひ聴きたい」との声。強い反応のなかった他の利用者にも配慮し、2番を省略して短めに歌った。

 前回同様に、ラスト前にリクエストを募る。チカチカパフォーマンスや叙情歌サロンのようにリクエスト一覧は配らず、「お応えできる範囲で」と前置きして、場からの自由な声を期待するのがいつもの手法だ。
 すると、ただちにOさんから「森の記憶」をぜひに、との声。一瞬耳を疑った。「森の記憶」は10年ほど前に作ったオリジナルで、「輪廻転生」をテーマにした難解な世界観の曲。介護施設系ではもちろん歌った例がなく、自宅系ライブで数回歌っただけだった。
 実はIさんとOさんは前回のライブで私の歌を気に入っていただき、直後のチカチカパフォーマンスにも来てくださった。YouTubeも一通り聴いたそうで、アップしてある「森の記憶」が最もいい、と意見が一致したらしい。
 難解ではあるが内容的には高齢者むきで、場に相応しいと言えなくもない。長らく歌ってなかったが、結局ご希望に沿うことに。

 自分の歌なので、さすがに忘れてはいない。あとからのOさんのメールで知ったが、聴いていて涙が自然に流れたという。確かに通じるものはあった。
 終了後にIさんからも「今日は《森の記憶》が生で聴けてよかった」との声。利用者全体から見ての評価がどうだったのか判断は難しいが、この一点だけでも歌い手としては充分に満足できる。

2011.11.6 カエルヤ珈琲店ライブ版

2015年11月27日金曜日

終活NPOでBGM的に歌う

 1ヶ月ぶりに人前で歌った。11月は例年ライブが少ない。日々の練習は欠かさなかったが、人前で長く歌ってないとステージ感のようなものが鈍り、歌に勢いと広がりがなくなる。単に練習を重ねるだけでは、どうしても補えないものが確かにある。歌唱を向上させるには、定期的に人前で歌うことが自分には必要だった。

 今回の依頼先は終活関連のNPO法人。1ヶ月前のチカチカパフォーマンスで歌を気に入ってくれた女性のご主人が、たまたまNPOに携わっていて紹介された。NPOのセミナー(総会)で歌って欲しいという。
 電話では何度も打ち合わせていて、YouTubeやHP等も見ていただいたが、実際にお会いしてはいない。あくまで奥様の「強い推薦」からつながった縁である。

 しかし、この偶然からくる出会いには何らかの意味があることが多いので、大切にしなくてはいけない。開始は夕方だったが、スケジュール表は真っ白に空いていたので、ありがたくお受けした。


 会場は都心のススキノ南端にある札幌エクセルホテル東急内レストラン。ホテルで歌う機会はあまりなく、一度も行ったことがない。3日前に降った記録的な大雪による交通渋滞が不安だったが、幹線道路はきれいに除雪されていて、流れはスムーズだった。
 集合時間の18時ちょうどにホテル到着。さっそく担当のSさんと面会し、名刺を交わす。ただちに機材のセットにとりかかる。ホテル側のマイクとアンプが用意されていたが、使い慣れた持参の機材を使うことにした。

 三々五々と集まってくる参加者の方々と、順次名刺を交換。同時に、経歴書とリクエスト一覧を手渡す。すべてSさんからの配慮で、これを機会に多方面の方々に「営業活動」させていただけるいう。
 交換した名刺が計15枚。遠く美唄や旭川から来た方、葬送関係はもとより、仏具販売業、弁護士、行政書士、社会福祉士、不動産業、WEB代行など、他ジャンルの方がいらした。人の死には、あらゆる業種の方々がからんでいるということなのだろう。


 ライブ開始は18時半の予定だったが、やや集まりが悪く、少し遅れそうだった。名刺を交わした方の中に中島みゆきのファンの方がいて、「糸」が大好きだという。予定にはなかったが、せっかくの機会なので、マイクテストをかねて歌うことにした。
 場の「つなぎ」という意味もあったが、長いブランクと慣れない場、初めて会う人ばかりという悪条件で、やや緊張している自分があった。本番前に少しでも歌い、気を慣らしておく必要がある。
 会場の音響は非常によかった。調整のかいあって、喉の状態も悪くない。リクエストしてくれた方には大変喜んでもらえた。
 開始にはまだ時間があり、続けて叙情系の「灯台守」を歌う。静ひつな気分にぴったりの歌で、開始前のBGMのような位置づけだった。


 10分ほど遅れて会が始まる。Sさんの挨拶と乾杯の音頭のあと、ただちに私の歌という手はずだった。「セミナー」といっても、この日は特に話合いや講習等はなく、忘年会をかねた総会、といった印象である。
 開始は18時43分あたり。打合せ通り、ぴったり30分で8曲を歌った。

「大空と大地の中で」「バラが咲いた」「酔歌」「エーデルワイス」「ブルーライト・ヨコハマ」「吾亦紅」「熱き心に」「高校三年生」

 Sさんから出ていたリクエストは「吾亦紅」のみ。ラストで全員で歌う曲が欲しいとの要望があり、相談のすえに「高校三年生」に決まる。歌詞は事前に印刷して種類に添付した。
 他の構成はお任せいただいたが、「就活のNPO」ということで、全体的に叙情性の強い構成に落ち着いた。おおむね場の気分には合っていたと思えるが、もう少し賑やかな曲、たとえば「まつり」などがあってもよかったかもしれない。
 歌謡曲系が多めだったが、結果としてマイクテストで歌った「糸」「灯台守」で全体のバランスをとった格好。こうした場ではマイクテストも単なる飾りではなく、ライブの一部である。
 参加者は15名ほどで、全員が男性。年代的には私と同年代か、やや若いといったところ。すでに乾杯も終わっているので、苦手ないわゆる「酒席」だったが、全くお酒を飲まない方もけっこういて、町内会の宴会のような気分では全くない。
 無駄なMCは極力減らし、飲食をさまたげないよう、場のBGMになりきるように歌ってみたが、初めてに近いこの試みは、ある程度成功したと思う。手拍子とかけ声で盛り上がるばかりが酒席ではないということで、1曲歌い終えるごとに普通のライブと変わらぬ温かい拍手をいただいた。

 これといったミスもなく、無難に歌い終える。緊張する場だったが、ここから新たな縁が生まれる予感がしないでもない。そうなるとよいが。

2015年11月26日木曜日

重いサイト

 定期的に訪問するブログで、ときどき異様に「重〜い」サイト、つまりは、画像表示に時間がかかって、長く待たされるサイトに遭遇する。
 ざっとその理由を調べてみると、およそ以下のような事情のようだ。

1)画像の数が多い(1ページで30枚以上とか)
2)画像1枚の容量が大きい(1枚で200K以上とか)
3)表示されるブログ記事が多い(1ページで10日分とか)
 書いている方はおそらく高速の光回線利用で、自分の環境では何ら問題なく表示されているのだろう。しかし、我が家のネット環境は未だにレトロなADSL12M回線。いずれ廃止の声もささやかれているが、仕事ではCG系の1M以上ある大きな画像を何枚も普通に送れてているし、動画系のネット閲覧にも、そう不自由はしていない。
 最近のデータによると、ADSL回線利用者は全体の10%以下まで減っているそうで、もはや風前の灯か。しかし、安くて大きな支障もなく使えているので、ギリギリまで利用させてもらう。


 ビンボー人のひがみと捉えていただいてけっこうだが、そんなレトロ回線利用者でもスムーズにサイト閲覧できるよう、上記の3要素のうち、特に3)の設定を調整して欲しいと願う。

 画像をより美しく見せようとすれば、容量は自然に増えてしまうだろう。同じ作り手としてそこは理解できる。同じ理由で、枚数も多くしたいだろう。しかし、表示する記事はせいぜい5回分(1日1記事なら、5日分)で充分ではないだろうか。
 本当に見たいサイトなら、未読の箇所はさかのぼって閲覧するもの。1回の表示件数は少なくても、大きな支障にはならないはず。
(美しい画像を掲載しつつも、快適なサイトに遭遇するが、いずれも表示件数が少ない)
 自分の場合、時に画像枚数は増えるが、たいていは1記事2枚程度。1枚の画像容量は50K以下に抑えるよう努めているし、表示記事は10回分。平均では2枚×50K×10回=1000Kで、これならADSLでも表示は一瞬だ。
 グーグル検索では重いサイトの表示順位が低くなる、というのが定説とか。回線の環境如何によらず、軽いサイトは弱者にもやさしく、ネット環境全体に対する負荷の軽減にもつながっている。

2015年11月25日水曜日

「立って作業」の功罪

 主に健康上の理由から「立ってパソコン」を決意し、実際にやり始めてから1週間余が過ぎた。現時点での功罪を検証したい。
 まず、「座り位置」から「立ち位置」への転換は、使用機材に工夫を重ねたこともあって、ごく短時間で済んでいる。これが面倒だと、挫折の要因になりかねない。「機材は軽く、シンプルに、安上がりに」が第一のポイントか。


 座り位置の場合、液晶モニタの台座手前に木片をはさんで3センチほど高くしていたが、この位置調整作業がけっこう手間取ることが分かった。
 立ち位置の場合、壁に立てかける関係で液晶画面の角度を垂直に保つ必要があり、やむなくとった措置だったが、思案のすえにFAX紙の芯(紙製)を短く切り、台座の裏にボンドで2本止めることを思いついた。
 軽くて木片のように位置を調整する必要がない。転換時間のいっそうの短縮が可能になった。

 そのほか、立ち位置用の棚には、下部にヘッドホンやストップウォッチをかけるように細工。空いている棚端部には、よく使うSDカードの変換アダプターも載せてある。少しずつ使いやすい環境が整っている。


 立って作業する時間帯は、いまのところ昼食から珈琲ブレイクまでの13〜15時、そして夕食後の21〜23時くらい。おおむね1日3〜4時間といったところ。座る時間は食事とテレビ、そして珈琲ブレイクから夕食までのPC作業で、およそ6〜7時間といったところか。
(残りの起きている4〜5時間は、歩いたりDIYをしたりしていて、座ってはいない)

 最初の3〜4日は立ち過ぎで足の裏が痛んだが、すでに慣れた。散歩並みかそれ以上の運動効果があるようだが、ダイエット過多による体重減少はいまのところみられない。
「立って作業すると効率が上がる」とふれているサイトもあるが、はっきりしない。弾き語り関連のPC作業は、立った状態でギターを弾けるので声がでやすく、実際のライブに近い感覚でやれている。
 座り過ぎによる臀部(尻のほっぺ部)の痛みに、断続的に悩まされてきたが、このところ解放された。腰痛に対する効果は、まだ不明。いまのところギックリ腰の再発はない。今後も立って作業するペースを維持しつつ、経過を観察したい。

2015年11月24日火曜日

雪の花

 明け方にトイレに起きたら、道路にうっすらと雪が積もっている。降る量はそれほどでもなかったが、もうひと眠りして起きてみると、降りがどんどん激しくなってきた。
 午後1時ころがピークで、その後もなかなか降り止まない。テラスは見る間に雪に埋もれ、庭の木々には雪の花が美しく咲いた。
 アメダスで調べたら、札幌の積雪深は20センチに達していた。この時期にしてはかなり多い。


 冬への備えは万全のつもりだったが、まだ床下収納に入れたままだった冬物ブーツを取り出し、夏用長靴とさっそく入れ替えた。冬用の帽子や手袋も準備。車には雪落とし用ブラシを入れる。
 まだ除雪車はやってこず、玄関前の道路にかなりの雪が積もったので、今冬初めて除雪を敢行。まだ電動除雪機を使うほどではないが、今年も雪かきの季節到来だ。
 まるで今日の大雪を予知していたようだが、実は昨夕になって妻が急に「大根を今日漬けてしまう!」と宣言。あわててウッドデッキから干し上がった大根を全て取り込み、シートやロープを片づけたばかり。
 大根も無事に漬け終わって、物置にしまった直後のことだった。タイミングとしては絶妙。あとは漬け上がるのを待つだけだ。今日やれることは、やはり今日やっておくべきですな。

2015年11月23日月曜日

人生の終わり方

 大相撲の北の湖理事長の突然の死に関し、いろいろ考えさせられた。

 まず、病気が私と同じ大腸系のガンであったこと。部位は私のS字結腸より下側の直腸だが、大腸にもポリープがあって、内視鏡手術を繰り返していたという。
 発症は2011年3月だったそうで、4年半ほどの余命だったということに結果としてなる。発見時のステージがどの程度だったのか、はっきりしない。

 そして、死の前日にあたる11月19日に、旅行で壮瞥町の「横綱北の湖記念館」のすぐ横を車で走っていたこと。
「ああ、ここに北の湖の記念館があるよ」と、家族と言葉を交わしたものだ。スケジュールの都合で立ち寄ることは叶わなかったが、不思議な縁を感じてしまう。


 いずれにしても、死の前日までごく普通の社会生活を営んでいたことが脅威である。おそらくは自分のイノチの期限を悟ったうえでの行動ではないだろうか。その強い精神力と体力に、ただただ敬服する。
 先日、胆管ガンで亡くなられた女優の川島なお美さんもそうだったが、死の直前まで命の火を輝かし続け、ふっとこの世から消えてゆく。そんな人生の終わり方に、潔さと同時に、ある種の憧れさえ感じてしまう。

 こちらもつい先日亡くなったばかりの阿藤快さんの場合は、大動脈瘤破裂が死因だったそうで、眠ったまま亡くなったという。もしかすると本人は死の自覚すらなかったのかもしれない。
「苦しまず、長患いせず、ふっとこの世から消える」という点では、同じようにある種の憧れを感じてしまうが、ガンと違って死に対する心の準備が具体的にできなかった部分が、残された家族にとっては心残りだったかもしれない。
 大腸ガンが再発する場合、その95%が術後5年以内におこるという。自分の場合、やがて丸2年が過ぎようとしているが、あと3年を果たして無事に乗りきれるのだろうか?

 考えられる生活改善はすすめつつも、「人生のゴールラインがぼんやり見えてきた」という状況に、大きな変わりがあるわけではない。だからこそ、残された限りある時間を悔いなく楽しく、そして慎ましくとも輝きながら生きゆく。
「死」がいつ何時おとずれても慌てないように。

2015年11月18日水曜日

晩秋の洞爺湖へ

 長男夫婦が誕生祝いを洞爺湖温泉でやってくれるというので、家族で出かけた。妻と私は生年月日がほとんど同じ。誕生祝いも一度にやってしまうが、夫婦二人での食事が例年のパターン。一泊旅行は長女が銀婚式プレゼントをかねて横浜に招待してくれて以来である。

 長男夫婦は二人とも勤務がシフト制で不規則な反面、平日でも休みが取りやすい。毎日が日曜日状態の私たち夫婦も同じ立場で、平日のほうがホテルも取りやすく、観光地や道路も空いている。この利点を活かさない手はない。
 洞爺湖温泉へは自宅から120キロ弱で、午後出発で充分間に合う。ずっと雨の予報だったが、直前になって変わり、好天に恵まれた。
 長男夫婦は最近古い車を処分したばかりで、今回も運転担当は私。13時ちょうどに家を出て、途中で長男夫婦を拾い、中山峠経由で国道230号を走る。春に夫婦で巡ったカルルス温泉とちょうど逆のコースだ。ほぼ予定通り、16時30分に宿泊地の洞爺サンパレスに着いた。


 1978年開業のホテルだが、1階ロビー周辺は改装したばかりで新しい。10畳に広縁とバストイレつきの部屋も掃除と手入れが行き届いていて、古さは感じなかった。
 温泉好きの妻とお嫁さんは、ただちに大浴場へと直行。息子もそれに続いた。普段からカラスの行水の私は、部屋で一人お留守番。
 1週間前に納めたばかりの仕事に修正が出る可能性があり、今回は仕事をこなせるノートパソコンを持参した。常用のPCからファイル一式を転送し、ソフトの更新もして備える。事前の調べで、全室でWi-Fiが使えると分かっていたので、そのテストをやってみた。
 バッテリが劣化して使えず、電源は持参のケーブルでコンセントからとる。特に設定もなく、簡単にネットにつながった。メールをまずチェックしたが、取引先に臨時休業の連絡をしておいたせいか、仕事のメールは入っていない。


 お嫁さんが戻ってきたので、留守番役を交代して地下1階の大浴場にむかう。温水プールもあるが、カナヅチの私には用がない。大浴場は清潔で広く、温度も程よい。ジャグジーや露天風呂を含めて、大小7つほどの浴槽があった。
 全て湖に面しているが、すでに日は暮れていて、チラホラと対岸の灯りが見える程度。夏場は連日の打ち上げ花火が見られるが、それも終了して静かな湖面だ。


 夕食はレストランで18〜20時までのバイキング方式。少し遅れて18時半から食べ始める。
 和洋中華なんでもありで、何を食べても美味しい。味付けや素材は予想をはるかに超えていた。夕食のバイキングは初めてだったが、好きなものを好きなだけ食べられるので、決められたパターンよりは自分に向いている気がする。

 これまたよりどりみどりのデザートも存分にいただき、20時ぎりぎりまで食事を堪能。その後、ロビーで無料公開されるタヒチアンダンスを観た。


 ショーは30分強だったが、男女11人が交代で間合いなしのダンスが続く。進行役の一人だけが日本人だったが、他はすべて現地人による本格ダンス。激しいリズムに終始圧倒された。
 ロビーは見物客でいっぱいで、その数200〜300人ほど。客の多くは外国人(おそらく台湾)で、日本人の姿はごく少ない。

 夏のキャンプで楽しく遊んだトランプを部屋でやるつもりでいたが、なぜか忘れた。0時くらいまでテレビやネットでめいめい過ごす。ほとんど物音のしない静けさのなかで、眠りについた。
 ふと目覚めたら、時計はすでに6時近く。朝風呂は5時から入れるが、昨夜は0時近くまで起きていたせいか、家族全員寝入ったままだ。
 誰かの目覚ましが6時に鳴って、ようやく起き始める。一人二人と朝風呂に消え、例によって私は留守番役。
 真っ先に行った妻が戻ってきて、留守番を代わるから風呂に入ってくれば?と言う。暑くて熟睡できず、風呂はパスする気でいたが、思い直して入ってきた。

 昨夜は真っ暗だったが、見事に晴れ上がった湖面が大浴場のガラス窓から全面に広がっている。雲ひとつない快晴で、遠くには薄っすら雪化粧した羊蹄山が。洞爺湖には何度も来ているが、これほどきれいに晴れた展望は記憶にない。


 朝食は昨夜と同じレストランでのバイキング。7時から始まっていたが、45分ほど出遅れた。さすがにメニューは重複するだろうと思っていたら、ガラリ変わっていた。
 和洋食そろっていて、長男夫婦は洋食を、妻と私は和食を選択。相変わらず何を食べても美味い。珍しくご飯をお代わりしたら、妻が驚いていた。

 前夜同様に、制限時間の9時ぎりぎりまでデザートやコーヒーでくつろぐ。これまでどこか軽くみていたふしがあったが、バイキングの楽しみ方を今回会得した気がする。


 部屋に戻ってチェックアウトの10時近くまで仮眠。さすがに睡眠時間が足りないらしい。少しでも休んで、運転に備える必要があった。

 事前の希望で、この日は近隣の有珠山ロープウェイに乗る予定だった。ホテルを出て湖の周遊道路を東に向かったら、途中で広いパーキングエリアを発見。「洞爺湖八景」と看板にあり、眺めが抜群なので、車を停めて写真を何枚か撮った。
 その後、昭和新山の麓にあるロープウェイ乗場へと向かう。出発前にネットで調べて印刷しておいたクーポン券を使い、10%引きの1,350円で乗車。乗場までの経路がちょっと分かりにくいが、15分おきに出ているので、待たされることはない。


 山頂駅には10分ほどで到着。とにかく天気がよく、眼下に洞爺湖と昭和新山の大パノラマが広がっていて、まさに絶景。
 春や夏の緑でなく、秋の紅葉もすでに終わっていて、冬景色には早い。葉を落とした木々の褐色と、湖の群青、そして溶岩の赤褐色との対比が何ともいえないジオラマのような効果を創りだしていた。

 山頂駅からさらに遊歩道があり、有珠山火口原展望台まで行けるが、かなり傾斜が厳しい。せっかくの機会なので長男夫婦がぜひ行きたいという。腰痛も回復した私も昇る気でいたが、膝に不安のある妻は駅で待っているという。やむなく3人だけで昇った。


 途中、お嫁さんがちょっとバテたが、長男の後押しで何とか頂上に到達。広い展望台があり、反対側に噴火湾(太平洋)が広がっている。この日は視界も抜群で、遠くの駒ケ岳まで見通せた。
 振り返ると洞爺湖の湖面。洞爺湖と噴火湾の両方が同時に望める、珍しいポイントだ。

 そこから有珠山の外輪山を巡る遊歩道もあったが、かなり険しいのでさすがにパス。ロープウェイで麓まで降りて、南側のオロフレ峠経由で太平洋側に抜ける。
 有珠山出発は11時40分で、オロフレ峠を洞爺湖側から走るのは初。狭い峠道にやや不安があったが車が極端に少なく、道は完全に乾いていて、快適に走り抜けた。
 およそ1時間で登別に到着。休憩なしで東に走り、13時40分に昼食の目的地である苫小牧のカフェ「おむかふぇ日和」に着いた。


 実はこの店、2年前の同じ時期に、やはり長男夫婦とカルルス温泉に一泊した折、帰りに寄った店。当時は支笏湖畔にあり、オムライスが絶品で家族にも大好評だった。
 今年5月の妻との旅行時にも立ち寄ったが、数日前に移転していたことを知る。その後移転先をネットで調べ、この日の再訪となった。2年前と少しも変わらない特別なオムライスの味を堪能。これを食べるために帰路はわざわざ遠回りしたが、そのかいがあった。
 1時間ほどくつろいで出発。36号線経由ではなく、北へ向かって支笏湖経由で帰ることにする。日没が迫って次第に雲が広がり始めたが、支笏湖周遊道路を走っていると、雲の隙間から一筋の光が湖面に差し込む。旅の締めくくりに相応しい印象的なシーンだった。

 2日間の走行距離が315キロほど。腰痛の再発もなく、天候にも恵まれて、記憶に残る楽しい誕生祝いとなった。

2015年11月16日月曜日

立ってパソコン

 先日のNHK「クローズアップ現代」で、「日本人の座りすぎが病を生む」というコワ〜イ特集をやっていた。座る時間が1日4時間を超すと、心疾患や糖尿病、一部のガンに対するリスクが一段と高まるという。

 独立後の34年間、好むと好まざるとに関わらず、ずっと机にしがみつく勤務体勢を強いられてきた。その結果、腎臓結石やら高血圧症、不整脈や糖尿病、果てはギックリ腰やガンに至るまで、多くの病に侵され続けてきた。
 その全てが「座りすぎ」が原因とは断言できないが、医者からはその可能性をしばしば指摘されていた。確かに心当たりがある。
 放送では視点を180度転換し、「立ってデスクワークをする」という画期的な提案があった。パソコンを始めとする作業を、天板を高くした机の前で立ったままでやるというもの。すでに取り入れている大手企業があり、健康面はもちろん、作業効率でもよい効果が出始めているとか。
 作業が詰まってくると散歩を中心とした運動も滞りがち。作業の大半を占めるパソコンを立ってやるだけで健康リスクが軽減されるなら、ぜひ取り入れたいと思った。


 電動で簡単に天板の位置を上下できる専用机がすでに市販されていたが、10万を軽く超す。全作業を終日立ってやるつもりはなく、1日の数時間だけ立って作業する予定だったが、お金をかけずに素早く位置転換が可能な仕組みを、何とかDIYでやろうと考えた。

 端材を見繕い、既存の机の上に載せる作業台をまず作る。キーボードとマウスが載ればいいので、小さくてよい。いろいろ試して、W610×D300×H310にサイズを決める。材料は軽い12ミリ桐集成材を使い、背面にはグラつき防止として3ミリのベニヤ材を打ち付けた。


 液晶モニタの位置には悩んだ。最初は10センチほどの台に置いて壁に斜めに傾けたが、明らかに低すぎる。そこで天板と同じ高さの台に換えたが、今度は高すぎた。
(作業台と一体型にする手法は位置転換に時間がかかるので、最初から考えていない)
 一晩寝たら、いいアイデアが浮かんだ。背面の壁に棚を作り、その上に液晶モニタを置いてはどうか?さっそくやってみると、なかなかいい感じだ。結果としてW470×D105のヌキ板で棚を作り、既存の天板から250の高さで固定した。
 下地の柱と胴縁を探って強固に固定。棚の中央にはグラつき防止の補強板と、液晶の台座下端を引っ掛けるための薄板を固定した。液晶の上端は壁にくっついているので、安定している。


 この状態でしばらく立って作業してみた。液晶はむしろ座っているときより見やすい。
 天板の位置は床から103センチで、市販品のスタンディング机と偶然同じだった。私の身長が171センチなので、その差68センチ。マウス作業はこれで問題ないが、キーボードはもう数センチ高くてもいい気がした。

 長時間作業しても尻が全く痛くならず、腰への負担も少ない。調子に乗って合計3〜4時間も立って作業していたら、翌朝になって左足の裏が少し痛くなった。
 長い距離を歩いたときと同じ現象で、まだ慣れていないので、足には相当の負担がかかっているらしい。
(左足だけが痛んだのは、体重を左にかけて立つ癖があるためと思われる)


 座った状態からの転換時間は、およそ30秒。その逆はもっと早い。作業台は脇の予備机の下に置いてあり、取り出しは瞬時。軽い材料を選んで正解だった。

 今後の見込みとして、まずは1日の半分を立って作業することを目指したい。ずっと立ってやるとダイエットにもなるらしいが、もっと太りたい私には無用のハナシ。足への負担にも配慮しつつ、しばらくは気分転換を中心に据えてやってみる。