2011年12月31日土曜日

タラバな年越し

 例年通り、末息子が買ってきてくれたタラバガニをメインデッシュに、勝手気ままに年越しの宴。これも息子が独り身でいるいまのうちの恩恵であろうと思いつつ、美味しくいただく。

 妻の仕事も早めの15時で終わり、ゆっくりした時間を過ごせた。アワビは食卓になくとも、充分満足できる。分をわきまえたほどほどの年越しでよろしい。


 今年は食卓の横にあるノートパソコンを起動しつつ、酒を飲み、カニを食べ、紅白を観て、その感想を逐次ツイートするという、いつもとは違う形で年を越した。
 思いつくままに書いたツイートが、過去最高のリツイート数をカウントするというおまけもあったりした。おかげでいつもは退屈して途中で寝てしまう紅白も、最後まで見届けることができた。新しい年越しのスタイルになる予感もする。
 年が切り替わる零時ちょうどのツイートは、フォロワーの2人が成功した模様。私の場合、完全に日時が切り替わってからノンビリとツイートしたので、2012年初ツイートは0時2分なり。その後アクセスが集中し、ツイッターそのものがつながらない状態に陥った。1時間経ってもその状態は改善されない。
 いずれにしてもこうしたリアルタイムの過ごし方は、なかなか面白いものであると悟った。ウタカタかもしれないが、奇妙な一体感を感じる。

2011年12月30日金曜日

年越しのスタイル

 共に年を越すパートナーのいない末息子が帰省。去年は上の息子と4人での年越しだったが、今年は3人。その時期その時期で年越しのスタイルも変わる。だが、独りでも二人でも家族でも、年越しであることに変わりはない。
人間は元来孤独な存在である。確固たる自らの宇宙があれば、声高に絆を叫ぶ必要もない気がする。年末にあたってそんなことを考える。
 などと言いつつ、先日の札幌駅地下歩行空間で歌い、通りすがりの見知らぬ複数の方から声をかけていただいたオリジナル曲の「独り」をYouTubeにアップした。
 作詞は知人の女性で、音源は2年前のもの。歌い方も当時とはかなり変わっているが、作品の持つ強いテーマ性は少しも色あせていない。いまの時代にこそ必要な個々の精神の在り様を、強く示唆している気がする。見ず知らずの方の心に止まった理由は、おそらくそのあたりにあるのだと思う。


 年末の雑事がすっかり片づいてしまったので、妻の食料品買い出しにつきあったり、夕食作りを手伝ったり、ぼんやりテレビを観たりて気ままに過ごす。こんなに余裕のある年末は結婚以来、記憶にない。

 スーパーデリカ部勤務の妻は、年末が書き入れ時。連日のハード勤務なので、一昨日の夕食は回転寿司で外食にし、昨日はカレーライスを私が作った。そして今夜はカレーの残りを使ってインド料理のサモサを再び私が作る。
 私の料理は時間はかかるが、ていねいにやるので味は抜群である。妻からも合格点をもらった。もう少しレパートリーを増やすのが課題といえば課題か。


 年末年始には生アワビを買って刺身や酒蒸しにして食すのがこの数十年の習慣だった。しかし、今年はそれを自らの意思で辞退した。1個1,000円近い高級食材を一人で2個も食べるほどの稼ぎがないという単純な理由からで、代りにみんなで食べられる貝の和え物を498円で買った。
 時の流れと共に、年末の有り様も変わる。変わることをためらってはいけない。我がタマシイはここにあり。C'est la vie それが人生である。

2011年12月29日木曜日

室内用フリースズボン

 先日、傷みの進んだギター備品のいくつかを更新したが、その一環としていつも移動時に機材を収納する段ボール箱を新しくした。紙製なので傷みはさらに激しく、およそ3年おきに取り替える。
 ホームセンターではさまざまな大きさの段ボール箱が入手可能なので、手持ち機材の大きさから逆算し、必要最低限のサイズを選ぶ。運搬時には古いカバンから取り外してリング状にしたベルトでしばる。

 底には補強として1枚余分の段ボール板を敷く。蓋になる部分は最も傷みやすいので、布製ガムテープで入念に補強。プラスチック製の箱も多数売っているが、安くてかさばらず、つぶしの効く段ボール箱をずっと使っている。


 段ボール箱に機材を入れるのはPAにローランドCM-30を使う場合だが、札幌駅地下歩行空間でのライブなど、軽量の乾電池駆動のローランドMOBILE CUBEを使うときは、機材一式を小さめのショルダーバックに入れて運ぶ。
 これまでは使うマイクをその都度移し替えていたが、それが先日の訪問ライブでの「マイクを忘れた」という失態につながった。今後札幌駅地下歩行空間でのライブが増えそうな予感がするので、マイクはそれぞれに単独で入れて専用で使うよう改めようと思う。
 例年になく厳しい冬で、夜9時を過ぎてから2階で夕食後のネット作業に励む際、室温が19度前後まで下がる。1階は2度ほど高いので問題なく過ごせるが、さすがに19度で長時間の作業はきびしい。
 妻は10時過ぎに2階で寝てしまうので、ボイラの設定温度を上げると暑くて寝苦しいという。省エネや節約面でも、無闇に温度は上げたくない。


 対策として上に何か羽織ったり、足元に巻いたりしてみたが、先日ふと思いつてスキー用のオーバーズボンを重ねてはいてみた。屋根の雪下ろしをする際に使っていたが、かなり暖かい。上に羽織るよりも活動的だが、アウター用なので柔軟性には欠ける。

 昨日の買物で、フリース製の室内専用ズボンが1,000円で売っているのを見つけた。フリースなので暖かくて柔らかい。重ね着にはもってこいだ。さっそく買った。昼間は必要ないが、夜半の室内専用着として今後重宝しそう。脱ぎ着によって温度調節が簡単にできるのが何よりである。

2011年12月28日水曜日

大掃除と忘年会

 雪は峠を越した感じだが、今朝も除雪車が残していった玄関前の雪をスコップでどかす。その後、大掃除の残りを精力的に継続。連日の雪かきと大掃除で右手首が腱鞘炎ぎみだが、湿布を貼って凌ぐ。

 14時過ぎに妻が勤めから戻るまでに、ほぼやり終えた。ついでに鏡餅も飾ってしまえば?と妻がけしかけるので、その気になって一気にやってしまった。玄関ゲタ箱上の正月飾りも終わらせた。
 今年は例年よりもかなり早いペースだが、本業の仕事が閑古鳥状態であれば、こんなものである。根が掃除好き、片づけ好きなので、少しも苦にならない。得な性分だと我ながら思う。


 昨日からやっていたカナダの友人宛の年賀状のレイアウトが完成し、印刷してみたらいつも使っている手製の洋式封筒になぜか入らない。不思議に思ってよくよく調べてみたら、いつもは画像や文章をA5サイズの紙にプリントアウトしているのを、今年に限ってA4サイズに印刷していた。
 あわててA5サイズに印刷しなおしたが、どうみても大きなサイズのほうが読みやすく、写真も見映えがする。そこで今年からこの大きさで送ることに決めた。

 これまでの封筒では入らないので、手頃な紙で大きい封筒を作りなおすことにする。宛名はずっと封筒と一体で印刷していたが、今回のやり方だと大きすぎて不可能。宛名部分だけを切り取って糊で貼りつけることにした。
 郵送料を調べてみたら、定形外なので190円だったのが260円に増える。しかし、これくらいの違いはやむを得ないだろう。きっと喜んでもらえる。


 夕方、妻と共に外出。まず出来あがった年賀状を出したあと、近隣のイトーヨーカ堂に行き、あれこれと見繕う。妻が正月用の長袖シャツとフリース製ロングワンピース、そして毛糸の手袋を購入。私は室内用のフリース製スボンを買った。
 隣のホームセンターに行き、ワインと年末年始用のシクラメンを買う。その後近くの回転寿司に回り、ささやかな年末の打ち上げをする。つまりは毎年恒例の夫婦の忘年会だ。

 エビづくしやら貝づくしやら、それぞれの好物を思いつくままに食す。といっても、273円以下の安い皿ばかりだが。
 たらふく食べて、会計3,600円は妻のおごり。当初は折半という打合せだったが、大掃除でピカピカになった我が家を見た妻が「ご苦労様の気持ちで」ということだった。ありがたくごちそうになる。
 楽しき暮れが過ぎてゆく。

2011年12月26日月曜日

クリスマスMJ

 昨夜の出来事。たまに顔をだす居酒屋ライブハウス「歌酔倶楽部ありがとう」の定例イベント「MJ」に参加するべく、夕方に家を出た。毎月最終日曜に実施されるイベントだが、7年前に始まって以来、12月に参加するのは今回が初。

 最近コンサート関連で知り合ったKさんとTさんが大のフォークファンであることを知り、ライブで歌われる楽曲の多くがフォークであるこのお店のイベントの話をしたら、次回のライブの折にぜひ連れていって欲しいという。
 他にも用事があったので、私が運転手役となって案内した。
 いつもは事前に歌う順番が貼り出されているが、この夜はなぜかそれがない。開始前にママさんがやってきて、「今夜の歌う順はクジ引きで決めますよ」と、クジの入った箱を差し出した。
 1番だけがこの夜初ステージのママさん指定ということだったが、引いてみると私は2番。どのライブでも出番は早いほうが好きである。うまい番号を引き当てた。


 年末なので、選曲もそれに相応しいものを考えた。1曲目にまずオリジナルで「雲や風と共に」を歌った。7月に実施の「ALIVEミュージックフェスティバル」のエントリー曲である。東日本大震災被災地支援をイメージして作ったもので、震災後の生き方を世に問うている。
 2曲目は70年代フォークの「通りゃんせ」。歌詞の中に「師走」「雪化粧」が登場するのが選択の決め手である。
 発売当時はよくラジオから流れたものだが、随分軟弱な曲だな、というイメージが先行し、あまり人前で歌ったことはなかった。しかし、最近になってこの曲の持つ叙情的な世界観が理解できるようになった。年を経て曲に対する自分のイメージも変わる。そういうものだろう。

 2曲とも大きなミスなく、無難にこなす。この夜はPAの調子も抜群で、非常に歌いやすかった。あまり期待せずに歌った「通りゃんせ」の反応が思いのほかよくて驚いた。
 2曲ともすでにYouTubeにアップ済み。興味のある方はぜひお聴きください。
 この夜は参加者各自が選曲やMCで工夫をこらし、1年の総括に相応しい内容のイベントだった。自分の帽子がある人以外は、お店が準備したサンタの帽子をかぶって歌うという面白い取決めもあった。
 オープニングを務めたママさんの初ステージは小椋佳の「さらば青春」。最後まで歌いきり、立派だった。この日の楽しい気分を引っ張る大きなポイントだった気がする。

 この夜で今年32回目のライブが無事終了。弾き語りに関しては大変充実した1年だったが、それを締めくくるに相応しい印象的なライブだった。

2011年12月24日土曜日

ふぁみりあXmas会

 近隣のグループホームでのクリスマス会余興に出演。施設訪問系ライブとしては今年最後のライブである。
 今回の施設では2年前にも歌わせてもらっている。2年も月日が経つと普通はそのまま忘れられてしまう。たとえボランティアとはいえ、あくまで選ぶのは施設側の都合で、そこがお金を払って歌うライブハウスとは少し違うところ。

 事情はよく分からないが、ともかくも2度目の依頼はあった。よくぞ覚えていてくれたものである。依頼が集中する12月だったが、先方が希望するクリスマスイブの予定が奇跡的にぽっかり空いていた。何かしらの巡り合わせを感じずにはいられない。
 今回は先方のリクエスト曲が事前にFAXで送られてきて、そのリストにそって入居者のみなさんと一緒に歌うという趣向。歌詞カードも全員に配るという。いわば歌声喫茶懐メロふうといった感じで、構成に頭を悩ませる必要もなく、ある種気楽な気持ちで臨んだ。
 車で5分ほどのよく知っている場所だったが、事前にリクエスト曲の何番まで歌うかを打合せる必要があり、昼食と自宅リハを終え、はやめに出発。機材をセットしていざマイクテストの段になって、マイクが見当たらないことに気づいた。

 数日前のチカチカパフォーマンスの際、移動用に使ったショルダーバッグにマイクを移したまま、元の段ボール箱に戻すのを忘れていたのだ。「構成が楽」「場所が近い」「2度目の依頼」という部分で、気持ちに緩みがあったツケである。
 ノーマイクで歌おうか一瞬迷ったが、事情を話すと少し遅れて始めても構わないという。その言葉に甘え、急いで自宅にマイクを取りに帰った。


 とんぼ返りで戻ると、ヘルパーさんが「練習」と称し、今日の予定曲を無伴奏で歌ってくれている。恐縮しつつ、15分遅れの13時15分から始めた。
 まずはリクエストで以下の8曲を歌う。

「月がとっても青いから」「カチューシャの唄」「銀座カンカン娘」「故郷」「丘を越えて」「青い山脈」「ここに幸あり」「上を向いて歩こう」

 引き続き、アンコールで3曲を歌った。
「お富さん」「おかあさん」(森昌子)「浜辺の歌」
 マイクを忘れるという過去7年間で前例のない失態をやらかした割に喉は絶好調で、いくらでも歌える感じがした。写真のように吹抜けの傾斜天井が広がった伸びやかな空間なので、音響効果は抜群である。歌っていてナチュラルリバーブが心地よく、気分がいいのだ。

 リクエスト曲のうち、「カチューシャの唄」「銀座カンカン娘」は初披露で、「月がとっても青いから」は7年ぶりに歌う曲。いずれも今回のために集中して練習に励んだ。
 全体的に高齢者が歌いやすいよう、ゆっくりペースで進め、歌詞もクセをつけずに聞き取りやすく歌うよう努めた。曲の出だしには軽く「ハイ」と掛け声をかけ、間奏もその都度告知した。


 前回に引き続き、ライブは聴き手にも好評。自由参加だったが、歌声を聞きつけて数名の方が自室の扉を開け、聴きにきてくださった。熱心に拍手をしてくれていた2名の入居者の方が、帰り際に玄関口まで見送ってくださった。

 儀礼的かもしれないが、職員の方に次回もまたぜひに、と声をかけていただく。以前にもふれたが、2回目と3回目の依頼の間には高い壁がそびえているのが常。その壁を乗り越えたのはこの7年間の活動のなかで、わずか3施設のみ。その中でいまでも依頼が続くのは2施設のみという厳しい現実である。
 果たして4施設目の例となるのか否か、神のみぞ知る領域の話なのである。

2011年12月23日金曜日

X'masフォークコンサート

 フォーク歌手の及川恒平さんとブルースハーブの千葉智寿さんとのX'masフォークコンサートが近くの地区センターであるというので、午後から車で出かけた。
 チケットはかなり前から購入してあったが、これが何と500円といういまどき信じられない安さ。チケットやフライヤーはパソコンで手作りし、場所は広い公的施設を使ってコストダウンにつなげた感じである。

 場所は地下鉄東豊線沿いの東区民センターホール。広くて明るく、立派なPAが完備している。音は抜群によい。ホール内は外靴のまま入ることが可能で、先日別の地区センターでやったX'masコンサートとはかなり趣が違っていた。


 13時半開場、14時開演だったが、300席あるという会場はほぼ満席だった。客の大多数は同年代のいわゆるフォーク世代で、フォークの根強い人気がうかがえる。公的施設だが、フォークというややマニアックな音楽ジャンルに特化しても、充分にコンサートとして成り立つということだ。

 館長の挨拶のあと、14時5分からコンサート開始。7年前に時計台コンサートを主催して以来、たくさんの及川恒平さんのコンサートに立ち会っているが、今回は聴き手が多く、クリスマスというイベントの一環ということもあって、ふだんとはかなり違う恒平さんの姿を見ることができた。
 前半45分のセットは以下の通り。

及川恒平さんソロ
「雨が空から降れば」
~トーク&ソング
「冬のロボット」
「ゆきのこねこ」
「大雪の日」

恒平さん→千葉さん
「ホワイトクリスマス」

千葉智寿さんソロ
「冬のベンチ」
「トレインタイム」
「アメイジング・グレイス」
 昨日から今日にかけ、かなりの雪が降ったこともあり、お二人とも冬や雪の季節感あふれる曲を中心に構成していた。ライブに季節感は大事で、真冬に夏や秋の曲を歌うのは、気の抜けたサイダーを飲むようなものだ。
 特筆すべきは、恒平さんのトーク&ソング。ギターをポロポロ奏でながら、世間話のようなMCをしつつ、予告なしに不意に歌に入る。終わり方がまたさり気なく、いつの間にかMCに戻っているという趣向だ。

 こんな感じで冬の曲を3曲、10数分で歌ったが、聴き手は巧みなその手法に引きこまれ、拍手もせずにじっと聴きいっていた。私がソロライブでときどき仕掛ける「歌謡劇」に似ているが、私のは完全なる創作。これをフィクションではなく、ごく普通のMCの中に混ぜてやる手法は初めて見た。非常に面白い。
「ホワイトクリスマス」で1番を恒平さんがまず歌い、2番を舞台袖から登場した千葉さんが吹く。恒平さんは曲の途中で静かに消えるという演出。受け渡しはごく自然で違和感なく収まった。

 14時45分から15分の休憩となる。ホールでは100円で本格珈琲を販売している。一緒に行ったKさんTさんからごちそうになったが、これがなかなかの味。同じホールで先日チカチカパフォーマンスを見にきてくださったNさんにも出会う。
 あれこれ話しているうち、通りかかった女性がNさんと挨拶を交わしている。どこかで見た顔だな…、と思っていたら、これが恒平さんの最新作「地下書店」を作詞した詩人、そして歌人の糸田ともよさんなのだった。
 Nさんとは顔見知りらしく、その場で紹介されていろいろとお話しさせていただいた。貴重な機会だった。
 15時から後半開始。後半は恒平さんと千葉さんのとのジョイントである。セットは以下の通り。

「きよしこの夜」
「赤鼻のトナカイ」
「星の世界」
「ジェルソミーナ」
「黄昏のビギン」
「引き潮」
「ガラスの言葉」
「出発の歌」
~アンコール
「面影橋から」

 クリスマスソングあり、昭和歌謡あり、定番曲ありの盛りだくさんの内容である。注目すべきは中盤で歌った「引き潮」。恒平さんが突然舞台を降り、客席を順に回って、ノーマイクで歩きながら歌うという珍しい趣向だった。
 著名なプロ歌手が手の届くような位置で歌ってくれるので、聴き手は大喜び。場の雰囲気はピークに達した。前半のトーク&ソングもそうだが、構成にメリハリがあって、場を創るのが非常に巧みだと感心させられた。

 クリスマスソングや「出発の歌」では会場と一緒に歌う趣向もあり、「ガラスの言葉」では会場の手拍子を誘って一部無伴奏で歌うという試みもあった。全体として300人の聴き手と一体化した、クリスマスにふさわしい楽しい内容だった。これで500円は安い。
 プロのライブでも時に損をしたような気分になることもたまにあるが、今回は非常に得をした気分である。

2011年12月22日木曜日

過ぎゆく暮れ

 先日の札幌駅地下歩行空間でのチカチカパフォーマンスで、路上系ライブとしては初めてとなる30人近い聴き手に取り囲まれ、かなり戸惑った。
 単に数だけなら数百人の聴き手の前で歌ったことも過去にあるが、椅子も全くない明るい空間で、立ったままの聴衆(大半が見ず知らず)に間近でじっと見つめられて歌うのは、何とも難しいものだと思い知った。

「会場が暗い」「ステージにはスポットライト」「聴き手は大半が座っている」「ステージの位置は聴き手よりもさらに高い」
 こうした条件は地区センターのステージなどでもごく普通だが、歌い手にとっては実に歌いやすい条件なのである。
 たたまた先日歌わせていただいた地区センターから、ていねいな礼状が郵送されてきた。その中で目を引いたのが、「当日はおよそ200名の方に足を運んでいただきました」との一文。
 目分量でざっと150名ほどかと思っていたが、予想を越える集客数だったらしい。(地区センターにしては珍しく有料コンサートだったので、数字は正確である)

 しかし、そんな客の前でも、先に書いたような条件下であれば、そう意識することなく歌える。一般の路上ライブでは同じような難しい条件でみな歌っているのだろう。慣れの問題かもしれないが、すごいものだと感心する。次回は台でも持って行くべきか。


 くすんできた居間の座布団カバーを交換して欲しい、と妻がいうので、ありあわせの端切れを使い、最も傷みの激しい1枚だけ新しくした。
 過去にもふれているが、ミシンは私のほうが得意。最近は調子が悪くなると修理する技術も会得した。本当はもう1枚換えたい座布団がある。しかし、手頃な端切れが見つからない。やむなく、普段は使っていない予備の座布団と交換した。ひとまずこれで正月は迎えられそう。

2011年12月20日火曜日

チカチカ過去最高の集客

 札幌駅地下歩行空間での4回目となるチカチカパフォーマンスを無事に終えた。喉の調子は悪くなかったが、自宅でのリハは数曲にとどめ、パワーを温存して臨む。加齢と共に体力は確実に衰えているので、最近は当日になっての必要以上の練習は控えることにしている。
 1週間近くも続く真冬日だったが、渋滞もなく、順調に都心に着く。いつもの段取りで妻に荷物番を頼み、会場となる地下へと潜る。
 この日の会場はこれまでの北3条広場ではなく、やや北にあって駅出入口に近い北4条広場。広場全体のスケジュール調整でこうなったが、ここで歌うのは実は初めてだった。
 案内アナウンスがなく、音の環境としては恵まれているが、椅子が一切ないのが難点だった。地下鉄駅改札口に近く、雰囲気がやや落ち着かないのでは?という懸念もあった。
 しかし、いろいろな場で歌えばまた違った風景が見えてくる可能性もある。まずは一度歌ってみることだ。


 これまでになく早く着いたので、開始5分前には準備が整った。14時ジャストにパフォーマンス開始。第1ステージは世界の叙情歌を中心に、40分で以下の13曲を歌った。

「サン・トワ・マミー」「冬よ来い」(オリジナル)「雪が降る」「雪の降る街を」「菩提樹」「ラ・ノビア」「恋心」「きよしこの夜」「独り」(オリジナル)「シューベルトの子守唄」「シューベルトのセレナーデ」「鱒」「恋はやさし野辺の花よ」
 場所も初めてだったが、この日は他にもいくつか冒険を試みた。初披露の「ラ・ノビア」「恋はやさし野辺の花よ」、クラシック系を5曲、そしてシャンソン系オリジナルを2曲歌った。
 実際に歌ってみると、音の反響は非常によい。天井が低めで、2方向が壁に囲まれたコーナー部に立ったせいだろう。アナウンスが一切ないので、叙情的な歌も気兼ねなく歌える。少なくとも歌い手にとっては快適な空間だった。
(あとで妻からも音はよかったと聞かされた)


 1曲目からどんどん人が集まってきて、「雪が降る」では30人近い人であふれた。すぐ近くで古書市をやっていて、本を選んでいた人や買い終えた人が歌を聞きつけて集まってきたらしい。
 ある意味でラッキーだったといえる。ともかく、路上系ライブでは過去最高の集客を記録したのは間違いない。

 思いがけない事態に多少当惑しつつ歌い進んだが、喉の調子は非常によかった。受けがよかったのはシャンソン系の曲だったが、あいにくこの日はクリスマス間近ということもあって、クラシック系を多めに構成した。プログラムが進むと共に人手がやや減っていったのは、曲調が難しすぎたせいかもしれない。
 前半を終えると、初老の紳士が近寄ってきて、「心にしみる素晴らしい歌声をありがとうございます」という。特にオリジナルの「独り」が非常によかったと言ってくれた。
(この日はあまりの人の多さに、随所で簡単なMCを入れた)
 この「独り」は来てくれた別の知人からも「いい曲だ」と言われた。カバー曲だけでなく、時にはオリジナルもこうした場で充分通用することが今回分かった。大きな収穫である。

 10分休んで第2ステージ開始。日本の叙情歌を中心に、40分で以下の13曲を歌った。

「ここに幸あり」「この道」「ゆりかごの歌」「待ちぼうけ」「白い想い出」「冬の星座」「とうだいもり」「ペチカ」「冬景色」「浜辺の歌」「砂山」「赤い花白い花」「埴生の宿」

 理由ははっきりしないが、前半よりも人出は減った。日によっては洋楽系の歌にはまるで手応えがなく、逆に日本唱歌が受ける日もある。何がどうなるかは、いざ歌ってみるまで分からない。
 歌は気分の占める比重が高い。この日はシャンソン系が馴染む場であった、ということだろうか。


 途中、見知らぬ中年婦人から飲物の差し入れがあったりし、同じ地下空間でもこれまでとは異なる空気感に戸惑いつつも、早めの15時半に終了。8月のオーディション応募時の条件のひとつだった、期間中最低4度以上のパフォーマンスを今回で無事にやり遂げた。つまりはノルマ達成である。
 この日は前回に続いて知人のNさんのほか、地区センターライブで知り合ったKさんもわざわざ聴きにきてくださった。集客の激しい波はともかくも、歌自体の出来はよかったので、その部分での面目は保てたと思う。

 帰路、今回も快く休暇をとってつきあってくれた妻に感謝しつつ、イオンのドトールで軽食をふるまう。怒涛の年末ライブの大きな山をどうにか乗り越えた。

2011年12月19日月曜日

窓にプチプチ

 自宅北西側の空地に最近家が建ち、今日が引越しの日だった。その東側、つまりは自宅真北の敷地にも近々家が建つらしく、先日業者が地盤調査をやっていた。北側隣地といってもすぐ隣ではなく、1区画あいた隣だが、近いことに変わりはなく、家が建つことによる我が家の今後の備えは不可欠だった。
 秋口に北側隣地に枝を伸ばしている庭木の大規模な剪定を実施し、灯油タンクを保護してある屋根の雪が隣地に落下しないよう、雪止めも取り付けた。残るは自宅北側に設けた窓のプライバシー(目隠し)問題だ。

 隣地境界に近い北側の壁には、新築当時から必要最低限の窓しかつけなかった。2階の窓はゼロで、1階にはごく小さい窓が台所とユーティリティ(乾燥脱衣室)にそれぞれ1ヶ所のみ。
 ガラスを新築当時から不透明にすればプライバシー問題は発生しなかったが、閉鎖的な印象がイヤで、透明ガラスを選択した。(プライバシーは隣地に家が建ったときに考えよう…)と腹を決めてのことだったが、入居後12年を経て、その家がいよいよ建った。プライバシー対策を講ずる時期到来である。


 ガラスを不透明タイプに交換するのが手っ取り早かったが、それなりの経費がかかる。木製のスリット格子を内側か外側にDIYで設置する方法があったが、すべり出し式の窓の開閉に支障がある。安価な妙案はなかなか見つからなかったが、ガラスの内側にシートを貼る方法を最近になって思いついた。
 マンションに住んでいた頃、窓ガラスの結露対策としてガラスに市販の断熱シートを貼りつけたことがあり、貼るとガラスが程よく半透明になり、外からの目隠しにもなった。

 同じことをやれば同じ効果が得られるはずで、ホームセンターで窓用の断熱シートを調達しようかと思ったが、ふと梱包用の緩衝材(プチプチ)を思い出す。最近は通販であれこれ買うことが多く、荷物の中に入っていた緩衝材は余るほどストックがあった。
 プチプチ緩衝材を窓ガラスより少しだけ大きく切り取り、セロテープを丸めて両面テープ状にし、内側に貼りつけた。
 本来は梱包用なのでさほどの効果は期待してなかったが、写真のように程よい透け具合で外もそれなりに見え、プライバシー確保も問題ない。何より、外が氷点下の際に窓ガラス下部に決まって発生していた結露が、これによってピタリと止まった。
 断熱面でも効果があるのは間違いなく、まさに「目隠し&結露防止&断熱」の三拍子がそろっている。汚れたり破れたりしたときの将来的な交換もごく簡単で、思わぬ拾い物をした気持ちだ。

2011年12月18日日曜日

のどかXmas会

 近隣のグループホームでのクリスマス会イベントを無事に終えた。昨夜から断続的に降り続いていた雪が、朝になっても止む気配を見せない。窓から外を見ると、自宅前の道路は雪に埋まっていて、早朝に新聞を配達に来た車のわだちがうっすらと残っている程度。このままでは車を出すことは困難だった。
 いつも決まってする出発前の自宅リハをどうすべきか、かなり迷った。1週間前にひいた軽い風邪が完全には抜けきらず、リハを充分にしたいのは山々だったが、問題は目の前の雪である。
 ひとまずマイク前で声を出してみると、思っていたよりも出る。最高音がややきつい感じはしたが、無闇に練習を重ねるより、軽めに済ませてここは雪かきに専念すべきと考えた。
 急きょ床下から取り出した電動除雪機で玄関前から道路、そして北へ通ずる道を延々と除雪。隣家のご主人も熱心に除雪中で、どうにか隣家までの20数メートルを30分ほどで除雪し終えた。
 まだ雪が残っている箇所はあったが、これ以上続けると集合時間に遅れる。あとは運を天にまかせ、機材を積んでただちに出発。除雪した箇所でスピードをつけ、雪の深い部分はギアをセコンドのままで一気に突っ切った。


 吹雪が一瞬途切れた道をひた走り、開始時間に何とか間に合う。12時過ぎから食事で、12時30分から余興タイムとなる。昨年は出演3組中の3番だったが、今年は3組中のトップだった。

 食事を伴う場の歌は非常に難しい。以前にも何度かふれたが、人間基本的に歌よりも食い気であり、歌や楽器が飛び出すのは充分に満ち足りた後と相場が決まっている。
 出番が早いので食事はほとんどとらずに備えたが、歌が始まってもまだ会場では食事が続いていて、食べる合間に聴いていただく、という難しいシチュエーションのなかでライブは始まった。
 この日歌ったのは以下の11曲。こんな状況もあろうかと、前半は手拍子無用の静かな曲を多めにし、後半にニギヤカ系の曲を並べた。

「銀色の道」「白い想い出」「この道」「モーツアルトの子守唄」
「ウインター・ワンダーランド」「この広い野原いっぱい」
「マル・マル・モリ・モリ」「男はつらいよ」「おかあさん」
「We wish you a Merry Christmas」「のどか小唄」(オリジナル)


 聴き手は施設利用者とその家族、職員に地域ボランティア等、バラエティに富んだ老若男女がざっと60~70名ほど。曲によってまちまちだったが、聴いてくれる人は実感として場の半数ほどだったろうか。
 お祭り系のイベントにも似た傾向があるが、ともかく食べたり飲んだりしている人々を対象に歌うのは以前から苦手で、要するに力量が足りないということだろう。
 とはいいつつ、この日も初披露の曲はあった。「この広い野原いっぱい」「We wish you a Merry Christmas」の2曲で、妻が強く推した「We wish you a Merry Christmas」は、後半に日本語訳歌詞を混ぜた関係もあってか、思いのほか受けた。
 実はこの曲、先日カフェであったX'masギターコンサートでラストに演奏されたもの。聴いてみていい歌だなと思い、さっそく取り入れた。いい判断だった。

 食事がだいたい終わって聴く余裕の出てきた後半のほうが受けたのは、当然といえば当然か。あとで職員の方が録ってくれた動画で「この道」の音源を聴いたが、出来自体は決して悪くない。聴いてくれようがくれまいが、歌うべきときには歌うという凛とした姿勢を、客観的な視点から自分に感じた。


 30分で自分の割当て分を終了。その後、女性一人によるかっぽれ踊り、フォークユニットの男女、施設関係者のカラオケ、ビンゴと続く。合計2時間の盛りだくさんの内容で、帰り際には花やお菓子など、たくさんのお土産をいただく。

 雪のちらつくなかを家に戻り、もう一度雪かき。珈琲を飲んだあと、明後日の街角ライブに備え、候補曲を15曲ほどおさらいした。喉の調子は昼間よりもさらに復活していた。怒涛のX'masライブ月間は、いよいよ佳境に差し掛かる。

2011年12月17日土曜日

タロットの示す混沌

 前回占ってから1ヶ月が過ぎたので、再びタロットによる占いを試みた。いつものように22枚の大アルカナによる手法で、以下その結果である。
(占い結果は《きつねのタロット占い館》を参考)

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過去の状況/The Magician:魔術師~正位置
 新しいものへの積極的な意欲や期待、優れた応用力により、状況が開けてくる。

現在の状況/The Devil:悪魔~正位置
 混沌とした状況が続き、悲観的な気持ちが強くなっていく。不安や焦りから平静さを失い、事態はより見えなくなる。

未来の状況/Judgement:審判~逆位置
 思い通りに状況が進まず、予定や約束に陰りが差す。過去の思い出や経験を引きずり、新しい状況を迎えられない。
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 驚きべきことだが、「過去の状況」は前回と全く同じカードが出た。過去の運気はご覧の通りで、それほどまでに強い影響力があったということか。
 問題の「現在の状況」「未来の状況」は前回占いと同様の、いやむしろ悪い結果が出ている。はっきり記憶にはないが、「The Devil:悪魔」のカードが出たこと自体が、タロットを始めてから初めてのような気がする。

 要約すると、現在の混沌状況にさしたる変化はなく、しばらくは出口の見えない状況が続くらしいということ。当分はひっそり密やかに生きてゆくしか道はなさそうだ。
 実は西洋占星術(星占い)によると、てんびん座の運気はこの12月から急上昇、とある。弾き語り活動の活発さに限定すれば当たっているのかもしれないが、「来年以降の自分の生き方をどうすべきか?」という難しい命題に限定すると、混沌状況であることに変わりはなく、その一点では指針が12種類に限定される大雑把な西洋占星術より、個別にカードが指し示すタロットのほうが、占いとしての信頼性は高いように思える。

2011年12月15日木曜日

自然療法の限界

 ライブ関連の疲れが心身に溜まっていたのか、久しぶりに風邪らしきものをひいた。といっても熱はなく、悪寒もしない。症状は喉の痛みと軽い咳、声のかすれぐらい。
 異常を感じたのは地域センターでのライブを終えた夜のこと。室温の低い2階でブログを書いていて軽い喉の痛みを覚えたが、ショウガ湯と大根蜂蜜シロップの自然療法で対処した。

 翌日になって快方にむかったように思えたので、氷点下の道を30分近く歩いて銀行回りなどをやった。これがいけなかった。その夜に鼻水がひどくなり始め、自然療法ではいけないと、数年ぶりに手持ちの風邪薬を飲んだ。
 1年前に期限の切れた代物だったが、けっこう効いた。3日目の昨日はブログも記さず、早めに寝てひたすら安静に努めた。
 4日目の今日、手持ちの風邪薬が切れた。近くのドラッグストアだったが、用心して車で風邪薬を調達に行った。それを飲んで数時間後、一気に症状が改善する兆候を感じた。
 夕方、歌の練習をしたが、あまり問題なく声が出た。鼻水も止まった。どうやら大きな山は越えたようだ。自然療法は予防には効果的だが、いざウィルスが活動をし始めたときは、やはり薬か注射に限る。

 週末のグループホームライブは、どうにか乗り切れそう。発症がライブとぶつからなくて本当によかった。歩くことは健康維持に大切だと分かっているが、時期によってはほどほどにしておかないと、痛い目にあう。

2011年12月12日月曜日

大根蜂蜜シロップ

 昨夜ブログを書いていたら、喉の奥が急にシクシク痛みだした。上旬にも同じような症状に見舞われたが、ショウガ湯で養生するうちに痛みは消えていた。
 この時期、2階は夜に特に温度が下がり、たいていは20度を切る。このところのライブ続きで体力を消耗したせいもあるのかもしれない。ブログはほどほどに切り上げ、階下に降りていつもより濃い目のショウガ湯を飲み、早めに床に着いた。

 明け方、ひどい喉の痛みで目が覚めた。右側だけだった痛みが、全体に広がっている。熱はないが、ウィルスが喉のあたりで闘っている気配。風邪の初期症状らしく、起きてうがいをし、暖かくして昼近くまでじっと寝ていた。


 痛みが和らいだので普通に起き、普通に食事をとる。仕事を終えた妻から友人との昼食会のお誘いがあったが、慎んで辞退。市販の風邪薬を飲もうか迷ったが、ふとツイッターで作家の辻仁成さんから伝授された大根蜂蜜シロップのことを思い出す。確か喉の痛みには効果がある、と聞いていた。
 ネットでレシピを調べると、そう難しくない。材料もそろっていたので、すぐに調理した。

 2時間後、できあがったシロップを熱湯で割ってさっそく飲む。その効果か、これを書いている22時過ぎ時点で、ひどい痛みはない。はたして前夜のショウガ湯が効いたか、はたまた大根蜂蜜の効果か?
 調べると、どちらもプロの歌手が喉の調整に使っている。辻仁成さんも時にはロック歌手として活動しているが、その際の常備薬らしい。どちらも自然素材であり、安くて手軽。今後は状況に応じて使いわけるとしよう。

2011年12月11日日曜日

広がるネットワーク

 怒涛の年末ライブシリーズ第1弾となる近隣の篠路コミュニティセンターでのX'masコンサートを無事に終えた。本番は16時からだったが、13時から出演5組のリハーサルがある。私のリハーサルは13時45分からで、いつもより多い機材を車に積みこんで13時過ぎに家を出た。

 小型のアンプ付スピーカー2台による音がどうなるのか不安だったが、セットして歌を聴いてもらうと、音が少し割れるという。会場となる体育室は6月に会場となったエントランスホールと比べて空間が大きく、やはり30W+6W程度のスピーカーでは非力であった。
 いろいろ調整したが、あまりボリュームを上げずにやろうということになり、いちおうの妥協点をどうにか見つけた。


 15時半に開場。受付ではサンタとトナカイに扮した職員が客を出迎えるという凝った趣向。ホールにも会場にも手作りのクリスマスデコレーションが踊っている。洗練されてはいないが、手作りの温かみにあふれる雰囲気だった。

 16時ちょうどに開演。1番目は木管アンサンブルの女性5人グループ。初ステージのトップということで、ガチガチに上がっている。思わず出番前に「大丈夫だよ、がんばってね」と声をかけた。
 前半は固かったが、じょじょに慣れて持ち直した印象。こうして場を重ねて向上していくのだろうと、ちょっと昔の自分を思い出す。


 2番目が私。どのような場でも1番は難しいもので、まず聴き手が場になじんでいない。遅れてくる人もいたりして、落ち着かない。その点で場がこなれてくる5組中2番という順序は、非常に恵まれていた。
「子供から大人まで楽しめる」「クリスマス気分を味わえる」という2つの基本路線が事前に提示されていたので、考えたすえに以下の7曲を選んだ。

「ウィンター・ワンダーランド」「星の世界」「見上げてごらん夜の星を」「冬の星座」「月の沙漠」「マルマル・モリモリ」「ケ・セラ・セラ」
 他のグループとの重複が怖く、クリスマスずばりの曲はあえて外し、「冬」「星」「月」などのキーワードを散りばめて全体を構成した。
 事前の調整で重複はないはずだったが、当日のプログラムを見るとなぜか「見上げてごらん夜の星を」が重なっている。事務局の見落としらしい。予備曲に変更しようかと迷ったが、他が楽器だけの演奏だったこともあり、予定通り歌うことになった。


 180席用意された会場は8割方埋まっている。思っていたよりも盛況だった。演奏中は会場が暗く、人の顔はほとんど見えない。そのせいで歌には集中できた。

 特に上がることもなく、淡々と歌い継ぐ。入替え時間にあまり余裕がなく、無用なMCはなし。まるで札幌駅地下歩行空間での街角ライブのようだった。ミスらしいミスもなく、予定より2分早く23分で歌い終える。
 全体的に場の反応は確かなものだったが、特に「月の沙漠」あたりから聴き手が集中してくる気配を強く感じた。会場にいた妻にあとで確かめたら、多少の音割れはあったが、曲に気持ちが強く入っていた、歌詞をていねいになぞっていたとの好評価。
 地区センター担当のIさんにも「歌詞を非常に分かりやすく歌っていましたね」と、同じ趣旨のことを言われた。この日の大きな収穫だったかもしれない。


 出番終了後、他のグループの演奏をゆっくり堪能。サックス四重奏、アカペラ、混成バンドと続いたが、バラエティに富んでいて技術面で見るべきものも多くあった。特にサックス四重奏で目と身振りだけでスタートをピタリ合わせる技術には、目を見張った。音楽を突き詰めると、言葉はもはや無用である。
 私の出番が終わったら早めに帰ると言っていた妻も、予想外のレベルの高さに驚き、結局は最後まで見届けることに。

 コンサート中も終了後にも、見知らぬ方を含めていろいろな方が声をかけてくれて、非常にうれしかった。地道に活動を続けていると、知らず知らずネットワークは広がってゆく。

2011年12月10日土曜日

時には聴き手として

 勤めから戻った妻の求めに従い、昼食は少し離れたイトーヨーカ堂内の軽食コーナーで食事。ここではいつも野菜タンメンを食べるが、今日は「冬季限定、冬野菜満載のタンメン」とただし書きがある。
 食べてみたらキャベツの代りに白菜が、いつも入っている豚肉の代りにエビと柚子の輪切りが入っていた。この柚子が絶妙で、いつもは残す汁まで完食。昨晩飲み過ぎて優れなかった体調が、一気に戻った。

 その後、妻の冬ブーツと私のフリースジャケットを購入。妻のブーツは予定通りだったが、私のジャケットは予定になかったもの。つまりは衝動買いだったが、妻から「エッセイの入選で2万円もらったじゃない」とケシかけられ、それもそうだなとフラフラ買ってしまった。


 戻って一休みすると、すぐにまた外出。たまに行く近所のカフェで、17時からX'masギターコンサートがある。ノーチャージ、ワンオーダーのみというお得な話だったので、興味半分で出かけた。
 9月に続いて2度目のコンサートだが、私は今回が初めてだった。若い女性と年配男性のいっぷう変わったクラシックギターユニットで、BGMふうのスタイルで1時間で13曲を披露してくれた。

 20席ある店内はほぼ満席で、開始前には手作りのプログラムが、終了直前にはシングアウト用の歌詞付お菓子が配られるという気配りよう。プログラムは私も配るが、お土産はさすがに一度も配ったことがない。恐れいった。
 2~3曲ごとに別の女性が司会役として簡単に曲紹介をするという進行で、基本的にMCはない。短時間で多くの曲を演奏できる所以である。昨日のカフェライブと同様、PAは一切ない。
 この「MCなし、PAなし」という素っ気なさが、静ひつなカフェ空間には不思議にマッチしていた。若い女性に多少の演奏ミスはあったが、雰囲気を壊すようなものではなく、妙に謝ったりせずに淡々と演奏を続ける姿勢に、むしろ好感をもった。

 選曲には「アルハンブラの思い出」などのギター定番曲のほか、アニメソングやJ-POPS、X'masソングなどもうまく散りばめられていて、構成へのこだわりと配慮を感じる。
 昨日のカフェライブでも感じたが、時には単なる聴き手として客席でじっと耳を傾けるのも、非常に大切なことであると再認識した。歌い手としては見えなかったものが見えてくる。歌っているばかりでは駄目なのだ。

2011年12月9日金曜日

皮肉な逆転現象

 今年の総括をする時期となったが、仕事の量は開業の年を別にすれば、開業以来29年で過去最低の受注量である。反対に、弾き語り活動の数は再開して7年となる過去最高の32回(予定を含む)で、こちらは過去最高記録。
 特に後半期は日々ほとんど遊んでいるような状態だったが、それでも何とか食べてゆけるのは、29年の自由業歴で学んだ「いいときには備蓄に努める」という必殺ノウハウを活かしたことと、60歳から細々と支給され始めた厚生年金の一部(報酬比例分)の恩恵だろう。

 どっちにしても、こうした仕事と道楽(趣味)の皮肉な逆転現象は、来年からどう生きてゆけばよいのかを、強く示唆するものだと考えている。


 夕方、昨日完成したカエルオブジェを車に積み込み、凍結した道を慎重に運転して展示会場となるカエルヤ珈琲店に届ける。事前にメールで全体写真を送ってはあったが、現物を見て店主のU子さんは「力作ですね!」と、たいそう喜んでいた。
 来年1/10から実施の「豆だらけ展」というイベントで初披露となる模様。案内状にも画像を入れてくれるらしい。展示後にまた告知します。
 その後、某ウクレレ&ギターライブにも参加。以前から気になっていた奏者とボーカリストだったが、場当たり的なトークがなかなか面白かった。狭い会場だったのでボーカルマイクなしでやったことも新鮮。ただ、声の太い人はともかく、細い人にノーマイクは聴き手としてやっぱりキツい。
 2時間近くやった割には曲数が13曲と少なめだったが、90分で20曲近くは軽く歌う私が逆に多すぎるのだろうか?と考えてしまった。「無用なMCはいらないから、曲を多めに」という妻が一緒でなくてよかった。

2011年12月8日木曜日

「カエルの森」完成

 ずっと打ち込んでいいたカエルのオブジェ「カエルの森」がようやく完成した。カフェの展示用だが、横56cm×縦38cmのガリ版の箱を開き、そこに小宇宙を創り上げるというのが基本コンセプト。
 依頼先がカエル狂のためのカフェであり、交代制で展示するというデザインワークのトップバッターを仰せつかった。ネタは何でもよかったが、最初はやはりカエルだろうと、手近な素材をかき集めてカエル作りに勤しんだ。

 当初のイメージに沿って作り続ける途中、店主のアドバイスや新材料の提供などがあり、新しいアイデアの展開なども重なって、ようやく完成に至った。


 素材には晩秋の剪定で発生した自宅の庭木を主に使い、一部に空き瓶の蓋や捨てた衣類から取り外して保存してあったボタンも使った。ベースとなる背景下地には端布を敷き、地面のイメージとなる床面には森の収穫としての豆や木の実を撒いた。
 結果として買った材料はゼロ。この種のデザインワークには金を注ぎ込むケースも少なくないが、私は使わない方針。それが自分の生き方であり、デザインといえども、あくまでその延長線上にある。

 写真は工房での作業中のもので、かなり散らかっている。完成した姿はどうぞお店にてご覧ください。(近日中に公開予定)