2007年5月29日火曜日

カッコウの初鳴き

 今年はカッコウがなかなか鳴かず、枝豆の種をまく時期を決めかねていた。もしかしたら、今年はこの地にカッコウはやってこないのでは?とまで考え、待ち切れずに昨日夕方、枝豆の種をまいてしまった。
 すると、遠くから微かにカッコウの鳴き声。まるで合わせたかのようだ。宅地化がかなり進んだとはいえ、まだ忘れてなかったようでホッとする。


 今回まいた枝豆は第1弾、芽を出して山鳩にねらわれなくなったらカバーを外し、第2弾をまく。カバーはペットボトルの再利用。水抜きの穴を開けてある。
 まく時期をずらすのは、なるべく長く枝豆を食べるためだ。一度に全部植えるといっせいに食べごろになり、とても食べ切れない。時には3回に分けることもある。

 豆は毎年1枝だけ食べずに残しておいたものを順に使う。これを延々と繰り返せば、元手はほとんどかけずに、おいしい枝豆にありつける。
 家の雑事をほぼ片づけたと思ったら、今日続けざまに仕事が入った。先月から予約済みのマンション改修工事2案、先週納めたマンション間取り図の部屋別イラスト追加プレゼン、そして予告なしの住宅外観図7棟だ。
 一日にこれほどまとめて仕事が入るのは、近頃では記憶にない。昨年後半からの地道な努力が、少しずつ形になってきた手応えを最近感じる。人生、まだまだ捨てたものじゃない。
 納期の厳しい順に粛々と片づけているが、またしばらく休みのない日々が続きそうだ。やりますよ。

2007年5月28日月曜日

うっかりぽっかり

 朝起きたら、いつもズボンの後ろポケットに入れてあるカギの束が見当たらない。寝室に戻ってみたが、そこにもない。思いついて車庫の車を見たら、案の定、キーがドアに差しっぱなしだった。
 昨日夕方、車で買物にでかけたあと、家に戻って忘れ物に気づき、車のドアを再度開けたときに抜き忘れたらしい。丸一晩、外にカギが置きっぱなしだったことになる。何事もなくてよかったが、確か以前にもこんなことがあった。


 数年前だが、ATMでお金を降ろして家に戻った直後、通帳が見当たらない。どうしても見つからないので、もう一度ATMまで戻って探したことがある。この時は何のことはない。2階に至る階段の上に通帳が載っていた。自分で無意識にやる習性だったが、ぽっかりと記憶が抜け落ちたらしい。

 この種のことがたびたびあると、早くもボケの前兆か?と思ったりもするが、30代に2度ほどキーを車内にロックしてしまった前科が私にはある。同じ時期、免許証も2度落とした。
 これらの理由は前述の例と大差なく、単なる思い込みや、うっかりのたぐい。あまり気にすることもないかもしれないが、この年になると「老いること」への不安が心の底にはある。いまは死ぬことよりも、ボケることのほうが遥かに怖い。
 そういえば、妻も一昨日、職場でガスの火を短時間だが消し忘れてしまったそうで、かなり落ち込んでいた。こちらも大事には至らなかったらしいが、同類愛哀れむ心境。
 写真は我が家の庭でほころび始めたライラックの花。この地は同じ札幌でも気温が低いので、開花はかなり遅れる。昨年バッサリと枝を剪定したので、今年はいくらか花が大きいか。
 毎年忘れずに咲いてくれる花を見ると、気持ちが励まされる。

2007年5月27日日曜日

草を刈る男

 長い雨があがり、薄日がさしてきたので、隣地に伸び放題の雑草を刈った。草刈りには絶好の日和だったが、1時間近くも作業をすると、帽子から汗がしたたった。
 今日主に刈ったのは、北側の空地に生えるヨモギやフキである。まだ伸び始めたばかりだが、この時期にバッサリやっつけておくと、あとがかなり楽なのだ。


 空地でもちゃんと地主がいるので、本来ならその地主がやるべき作業だ。だが、越してきて8年目にもなるのに、その地主の顔を見たことはただの一度もない。市役所に苦情を持込めば、地主に連絡をとってくれると聞いたことがあるが、手続きが面倒そうなのでいつも自分で刈ってしまう。
 我が家は三方を空地に囲まれている。だから、刈り取る雑草の範囲も半端ではない。家庭菜園の周辺を放っておくと害虫の巣になるし、北側の窓近くを放っておくと、空き巣の絶好の隠れ家となる。住んでいる側としては、死活問題なのである。
 道具は100円ショップで買った安物の鎌一本。もう8年目だが、砥石でマメに研いでいるので、よく切れる。あまりにも太くなった雑草には、時に剪定ハサミも併用する。こちらは安物では持ちそうにないので、珍しく1000円も出して買った。
 エンジンや電気で動く草刈機を買おうと何度も思ったが、環境と家計に優しいのはやはり手作業につきる。運動不足解消にももってこいだ。
 かくして今年も草を刈る男は、定期的に出没することになる。

2007年5月23日水曜日

マグロの一本釣り

 遅まきながら、家庭菜園に野菜の苗を5株植えた。縄文の暮しに関しては、日々ノートに要点を記しているが、記録を調べてみると、菜園を始めて8年目にして最も遅い。
 理由は連休明けに急な仕事がバタバタとまとめて入ったせいである。およそ1ケ月分の仕事を、この1週間でこなした。
 仕事が忙しいと家計は潤うが、縄文の暮しからは遠ざかる。引いては、エコロジーからも遠ざかる。私の場合、仕事が忙しいということは、すべての面で地球に優しくないことにつながる。

 ともあれ、必死の思いで今年も苗を植えた。連休中に下準備だけはしてあったので、苗を植えて周囲に竹の支柱を立て、そこに風と寒さ対策のビニールカバーをかぶせる。
 このビニールカバーもちゃんと店で売っているが、いつも買物袋で間に合わせる。破れて使えなくなったら、洗ってリサイクルゴミとして出す。
 嵐のような1週間が過ぎ去り、仕事の山も一気に片づいた。気持ちのハリが切れたせいか、昨夜から体調が悪い。バブル景気の頃は、こんな時期がしばしば1ケ月も続いた。家族をも巻込んだ修羅場が延々と続き、多忙が家庭内不和の遠因ともなった。
 最近はそれほどの忙しさからは遠ざかったが、忙し過ぎることが心身の健康面でよろしくないことは、昔もいまも変わらない。

 私の場合、体調の悪化は、いつも決まったシグナルで現れる。「不整脈」「空腹時の胃痛」「肩凝り」「胸の痛み」「腰痛」等々である。これらの症状は多忙時ばかりではなく、極端に仕事がない時にも稀に現れる実にやっかいな代物である。上手につき合うしかない。
 多忙であれば家計は潤おうので、その面では安心できる。妻によく指摘されるが、私の仕事はマグロの一本釣りのようなものであるらしい。小型の船にたった一人で乗り込み、ひたすら獲物をねらう。釣れないときはまるで釣れないが、間違って大物を一匹釣り上げると、およそ数カ月は食うに困らない。そんなところが似ているというのだ。

 マグロ一匹に匹敵するほどの大きな仕事は最近の私にはないが、まとめてバタバタ入ってくると、それなりの金額にはなる。「釣れないときはまるでダメ」「しょせんは相手次第」という部分でも、確かに似た要素はある。
 一番似ているのは、このようなバクチ的事業形態を自ら好んで選択していることか。どうやら一生抜けだせそうにないが。

2007年5月22日火曜日

幸せのタネ

 かなり暖かくなってきたので、家庭菜園の苗を今年も買った。いつもこの時期に近所の空地に開店する店が、今年は閉店してしまって跡形もない。
 やむなく別のホームセンターに行ったら、ぱっとしないトマトの苗が198円もする。いつも野菜の苗は100円前後で買っていた。倍近い値段である。しばし考え、結局買うのをやめた。

 近所のスーパーに行ってみたら、店鋪前に出店が出ていて、元気のいい苗がわずか88円で売っている。店番は農家のおばちゃんらしき好人物。しばしの雑談を交し、5つの苗をそこで買った。
 写真の奥にある3個がトマトで、米寿2つと桃太郎1つ。手前左がミニトマトで、その右が大葉(青ジソ)だ。ミニトマトは妻の強いリクエストに応え、今年初めて植える。過去にはいろいろ試したが、毎年必ず苗を買って植えるのは、このトマトと大葉だけだ。夫婦二人で食べるには、これで充分。苗は明日植えます。


 昨夜納めた仕事の修正連絡がくるのでは?と気になり、朝7時頃から布団の中でウツラウツラしていた。いっそ起きてしまえば良さそうなものだが、前日も深夜1時半まで別の仕事をしていた。身体は休息を要求している。
 10時過ぎても電話は鳴らない。3度目の修正版で問題がなければ、A3サイズに印刷して先方に届ける手筈になっている。業を煮やして、こちらから電話を入れた。
 担当者は不在だったが、携帯で連絡がとれ、昨日の最終画像でOKとのこと。すぐに印刷にとりかかる。インクジェットプリンタなので、印刷してから2時間くらいは乾燥させないと発色が悪い。コンペの締切が夕方だから、届けるのを15時としても、そう余裕はない。
 準備を整え、14時に家を出たが、この日はとても暑かった。あとでニュースを見たら、26.5度の真夏日。ついこの前までは寒さに打ち震えていたのに、この変わりよう。とても身体がついていけない。こんな日はクーラーのないボロ車が、我ながらうらめしく思える。
 行き帰りに、たまっていた日常雑事を一気に片付ける。ほとんどが買物だが、こんなときは買い忘れがないよう、メモ用紙にしっかり書いておく。

 家に戻ると17時。1週間の厳しい仕事のスケジュールと暑さとが重なり、ヘトヘトに疲れた。
 早めに風呂に入り、珍しく発泡酒を2缶も飲む。「たまには自分にゴホウビもいいでしょ?」の妻の言葉に、そうだなと素直に甘えた。
(ちなみに、この「自分にゴホウビ」という甘ったるい言葉が、私は大嫌いだ。妻はそのことをちゃんと心得たうえで、一種の軽口としてあえて使っている)
 たかが350mlの発泡酒だが、五臓六腑に染みた。生きていて良かったと実感できるささやかな瞬間である。幸せのタネは、そこら中にいくらでも転がっているものさ。

2007年5月16日水曜日

追いこして追いかけて

 連休でしばし眠っていた人々が一斉に活動し始めたせいか、突然忙しくなった。月曜にマンションの外観パースの予約が入ったと思ったら、翌日の午後に急ぎの住宅パースの仕事が立続けに入った。
 住宅の仕事は予告なしに、図面がいきなりFAX送信されてきた。木曜中に2棟を納品できないかとの打診で、中1日しかない。しかし、うまい具合にマンションの図面が確定するのが木曜の夕方。まるで狙ったようにぽっかりと空いている隙間だ。工程的にはかなりキツイが、仕事のあるうちが華。即刻請けた。
 実は連休明けの1週間、体調が優れなかった。充分に睡眠をとったはずでも、何となく眠り足りなく、身体に力が入らないのだ。はっきりいって休みボケである。軽いウツ状態だったかもしれない。
 打診や予約だけあって、現実的な仕事が入ってこないというのも精神的にはよろしくない。そこへ降って湧いたような仕事の山。さっそく取りかかったわけだが、昨日は気持ちと身体がアンバランスで、いまひとつ能率は上がらなかった。

 明けて今日、いつもより睡眠時間は少ないはずが、なぜかスッキリとした目ざめ。仕事もドンドンはかどって、午前中には1棟分を終らせ、いまは2棟目にとりかかっている。樹木や花などの添景の貼りこみ作業は残っているが、明日夕方の納期には間に合う。
 仕事の到来に合わせるように、またまた新曲が空から降ってきた。先週水曜に妻と行ったモエレ沼公園でのちょっとした出来事が、そのまま歌になった。久々に昼間の時間帯を背景にした曲で、そのせいか曲調は極めて明るい。
 広い意味でのラブソングだが、年代を選ばない珍しいタイプの曲だ。もしかすると10~80代まで通用するかもしれない。タイトルは「追いこして追いかけて」。まさにできたてだが、細かい推敲作業を兼ねて仕事の合間にずっと歌っている。サビの部分のリフレインがなかなか心地よい。

 これで今月に入って2曲目のオリジナルだが、出来る時はこんなもの。程よい忙しさが、感性を程よく刺激してくれる。それにしてもモエレ沼公園には、まるで歌の神様が眠っているようだ。
「オリジナル曲に行き詰まったら、モエレ沼公園に行け」が、いよいよ現実的な合言葉となりつつある。

2007年5月13日日曜日

道端のフキ

 今年も自宅周辺の空地や道端のフキが食べごろになった。太めのものは普通に茹でてアクを抜き、煮物にする。ごく細いものは葉っぱと共に酒と醤油で煮詰め、佃煮にして食べたりもする。
 一番おいしいのは、芽を出した直後のこの時期。大地からのエキスをたっぷり吸ったほろ苦さは、食べると寿命が一日延びるような気持ちになる。


 いつもこの時期になると、わざわざ遠くから「フキ刈ツアー」にやってくる見知らぬ人々が結構いて驚かされる。居間から外のウッドテラスに出たとたん、目の前の空地でそんな人々がフキ採りに勤しんでいたりして、お互いにバツが悪い。

 先日、近くのスーパーで採れたてのフキを茹でた物が3本198円で売られていて、これまた驚いた。写真上のフキの煮物はおよそ10本分で、600円相当ということになる。これでは「フキ刈ツアー」がはるばるやってくる筈だ。

2007年5月11日金曜日

続・電球型蛍光灯

 暇にまかせ、前回ふれた「電球型蛍光灯」により、この7年半で節約できた電気料金を試算してみた。

・電気料金:27円/1Kwh(最近の北海道電力の伝票から設定)
・(60-13)W×6.5h×365×7.5×27÷1000=22,580円

 この計算はあくまで1個あたりの数字だから、7個だともっと増える。予想外に大きな額で、自分でもびっくりした。


 居間に使っている照明は、13Wタイプが4個のペンダント型で、合計52W。日本の家庭で多く使われている天井付蛍光灯照明の場合、10-12畳だと100W程度の蛍光管を使う。光源の高さを低くしたペンダント型電球型蛍光灯の方がより経済的だ。
 人様の家を設計する場合、照明器具の選択まで関わることは少なくないが、「地球に優しいからお勧めしますよ」という説明では、多くの場合徒労に終る。しかし、「電気代がこんなに節約出来るんです」と説明すると、割と容易に受け入れられる。

 私もそうだが、自分が消えたあとの地球の未来まで見通し、日々の生活を組み立てる意識を持つことは、そう簡単なことではない。人間本来の自己保存欲が働いて、どうしても目先の利害に捕われる。
 すべてが「地球と家計の両方に優しい」ということなら事は簡単だが、自分の生活に不利益なことも時には受け入れなくてはならない場合がある。それがエコロジーの本質であると私は思うし、その意識なくして人類に未来はない。

2007年5月10日木曜日

電球型蛍光灯

 居間のメイン照明にずっと使っている電球型蛍光灯が切れた。およそ7年半で、3度目の交換になる。
 計算してみると、一日平均6時間半使ったとして、1個約5931時間の寿命。メーカーがうたっている「定格寿命6000時間」とピタリ一致する。

 最初の2回は21Wタイプ(白熱灯100W相当)を使っていたが、最近は13Wタイプ(白熱灯60W相当)に換えた。明るさはこれで充分である。8年前は1個2,000円近くもしたが、今日ホームセンターで買ってきたのは、わずか480円。普及してきたせいか、かなり安くなった。


 白熱灯に比べ寿命は約6倍で、価格は約5倍。交換の手間まで考えると、消費者にとってこれだけでも充分採算に合うが、最も重要なのは、電気代が白熱灯の約1/4で済むことだ。最近アメリカ等で注目されている理由がこれで、二酸化炭素排出削減に大きく貢献する。
 家計にとっても、電気代の大幅な節約になるだろう。地球と家計の両方に優しい、私の大好きなアイテムなのである。

 我が家では新築当初から、合計7個の電球型蛍光灯を使っている。トイレのように入り切りの頻繁な箇所には向いてないが、15分以上続けて点灯する場所にはお勧めである。

2007年5月6日日曜日

菜園便り

 連休中に家庭菜園の準備をした。まず全体を掘り起こし、石灰と鶏ふんをまいてしばらくなじませる。(写真左下の部分)種をまいたり苗を植えるのはもう少し先。札幌では、「カッコウの初鳴きを聞いてから」と言われている。
 化成肥料や農薬は一切使わずに8年目に入ったので、立派な「有機栽培」といっていいと思う。最初は石のように固かった畑も、長年の手入れのおかげで、いまではサクサクと簡単に掘り起こせるようになった。


 少しずつ植えた花々も、ぼつぼつ咲き始めた。レンギョウ、ムスカリ、チューリップが満開。芝桜が5分咲きくらい。
 花にそう凝るほうではなく、安くて丈夫なものをただ植えているだけだが、咲けばそれなりに目を楽しませてくれる。