2013年11月30日土曜日

真冬にジンギスカン

 宮崎から帰省中の息子夫婦は、昨日は都心のホテルに宿泊。ホテル代が旅行パックの中に含まれていて、今日の予定である旭山動物園に向けて早朝に出発するにも好都合の場所にある。

 今日の夕食は我が家でとる手はずになっていた。家の掃除や食材の買い出しなどの準備をするうち、あっという間に夕方。19時ころに家に着くというメールが入っていたが、なかなか現れない。
 19時半近くにようやく現れて、すぐに宴が始まった。


 まずは私の得意料理である納豆チヂミから。普段はほとんど飲まないエビスの琥珀を奮発。アルコールの苦手な妻とお嫁さんには、友人夫婦から先日いただいたブランデー仕込みのラズベリー酒の薄いソーダ割りを作る。
 ラズベリー酒は初めて飲んだが、すっきり上品な口当たりで、お嫁さんにも好評だった。元になるラズベリーは私が株分けしてあげたものだが、ちょっと真似したくなる味だ。
 その後、本日のメインであるジンギスカン鍋を食べる。息子のリクエストによるものだが、真冬に家の中でジンギスカンをやるのは、この家に越してきてから初めてのこと。始める前は独特の臭いと換気による寒さが心配だったが、換気量と熱源のキャンプ用バーナーの発する熱とが程よいバランスで、いい感じに肉は焼けた。

 息子夫婦にも大好評で、1キロあったラム肉は、あっという間に胃袋の中へと消える。ホステス役の妻はサービスに追われ、ちょっと食べ足りない様子だったが、たまに骨休みに帰省する子供たちに対する、せめてもの親の務めであろう。

2013年11月29日金曜日

カルルス家族旅行

 昨日から今日にかけ、宮崎在住の息子夫婦が来道。観光の時期からは外れているが、「冬の北海道をぜひ体験したい」という、お嫁さんのたっての希望である。
 あいにく妻は勤めがあったが、同僚の計らいで普段より早めの13時前には帰宅。昼食もそこそこに車で出発した。16時少し前に空港近くのショッピングモールで合流し、ただちに高速で登別方面に向かった。

 目的地は登別温泉からさらに8キロほど奥に入ったカルルス温泉。40年前の学生時代に訪れたことがあるが、ひなびた秘境の雰囲気と、独特のトロリとしたお湯の肌触りが忘れられず、一度は家族を案内したいとかねてから考えていた。


 前夜からの雪が枯れ木に白く花を咲かせ、絵のような光景があちこちに広がっている。南国で生まれ育ったお嫁さんは大喜び。
 雪は交通障害を起こすほどひどくはなく、車は順調に走ったが、登別温泉を過ぎてからは街灯もない暗い山道で、雪も次第に深くなった。慎重に車を走らせ、予定よりやや遅れて17時15分に宿となる「森の湯・山静館」に無事到着した。

 18時から夕食なので、お茶も飲まずに風呂へと直行。大きくはないが、露天を含めた清潔な3種類の風呂が楽しめた。お勧めはちょっと熱いが、源泉100%かけ流しの浴槽。40年前と変わらぬ肌触りで、妻は「肌がツルツルして若返った」と、大喜びしていた。


 ちょっと遅れて、18時10分から夕食。名物の「地鶏のたたき鍋」は、特にスープが絶品。追加料理で「アワビの踊り焼き」「毛ガニ』も頼んだが、食べきれないほどの量だった。
「アワビの踊り焼き」は「アワビは固いもの」というイメージを覆す柔らかさ。なぜだろう?と不思議だったが、焼く容器に陶板を使っているせいだとか。「地鶏のたたき鍋」と並んでお勧めである。

 ついお酒がすすんでしまい、終了時刻を15分もオーバーしてしまう。料理のユーザー評価が高く、それが旅館を決めた理由だったが、期待は裏切られなかった。旅館の部屋や廊下、ロビーなど、どこも整理と清掃が行き届いている。もう一度行きたくなる宿である。
 雑談に花を咲かせたあと、その夜は10時に寝て翌日は6時起床。ゆっくり朝風呂を堪能し、これまた食べきれないほどの朝食をいただく。9時にチェックアウトして、帰路途中にある登別温泉クマ牧場へと向かった。
 ロープウェイを使ってあちこち見て歩き、さあ帰ろうかと時計を見ると、すでに2時間が経過している。帰りは高速を使わずに国道経由で苫小牧から支笏湖へと抜けた。


 ネットで予め調べてあった支笏湖畔唯一のカフェ「美里」に12時40分ころ到着。ここまで時折雪はぱらつくが、晴れ間も見えたりで、予定を順調にこなす走りだった。
 この店の名物がオムライスで、いくつかあるパターンから、それぞれが思い思いのオムライスを注文。写真は息子夫婦が食べた「大人のお子様ランチ」だが、いままで食べたこともないようなフワフワ&ジューシーの美味いオムライスだった。
 高い傾斜天井と無垢材を多用した内装も料理とよくマッチしている。支笏湖はよく行く観光地だが、いい店を見つけた。
 湖畔から東岸を走って北に抜け、札幌へと向かう。途中にある霊園によって、雪の中の墓参り。時刻は15時半の日没前で充分明るい。雪は手袋とタオルでぬぐえば落とせる程度で、無事に墓参もやり終えた。

 途中にある長女と長男の母校にも立ち寄り、周囲を車で一周して懐かしさにふける。時間が少し余ったので六花亭真駒内店に寄って、お茶とケーキをいただく。
 大きなトラブルもなく、楽しい家族の思い出が、またひとつ記憶に刻まれた。

2013年11月27日水曜日

カンガルー式

 寒いが、スカッと晴れ渡る好天。外仕事には絶好の日和だが、ミシンがけの裁縫系DIYがいくつか溜まっていたので、午前中からやり始めた。

 実は昨日のライブでキャリーカートに機材一式を積んで会場まで運んだ際、マイクスタンドケースをまた傷めてしまった。妻のスカートをリメイクした布製なので、多少はやむを得ないが、あまりにも傷みが多すぎる。
 原因はいつも同じで、キャリーカートの隙間から落ちたマイクスタンドケースが、地面にこすれてしまうこと。その都度修理してきたが、今回は修理直後だったので、さすがにメゲた。


 原因はキャリーカートの構造にある。わずか千円弱のざっくりした構造なので、細長いものは底部から下にズリ落ちてしまう。薄いベニヤ板の補強板を底部に敷くことで対処してきたが、もはや限界である。
 対策をじっくり考えたすえ、安全確実な「カンガルー式」でいこうと思った。つまりは布製のポケット状の袋を作り、それをヒモでキャリーカート中断のパイプから吊り下げる。袋の丈は底部から少し上がった位置にとどめておけば、底から抜け落ちる心配はなく、運搬時にカートを傾けたとしても、地面にこすれる恐れもない。
 端布の収納箱を漁ると、古いズボンの切れ端を発見。サイズもぴったりで、短時間でイメージ通りに完成した。カートの内側に積むことにこだわってきたが、発想を転換して、外側に吊り下げる方式にしたのが大きなポイント。

 さっそくフル装備の機材を積んで確認してみた。マイクスタンドケースが最も重くなるのは、マイクスタンドとPA用スタンドの2本を同時に運ぶときだ。写真のようにうまく収まって、家の中で試した限りでは安定している。袋をつけたままで普通に畳めるのも便利。あとは実戦で試すのみだ。


 続けて穴のあいたマイクスタンドケースも補修。その勢いで、先日ネットオークションで買った中古のMacBookケースの作成にとりかかった。

 使っていないオーバーズボンをリメイクし、多少の衝撃にも耐えられる造りにしようと思ったが、元になるキルティング生地の扱いが難しく、なかなかイメージ通りに進まない。
 ケースの入口はファスナーにする予定でいたが、長さが足りずに断念。ヒモで閉じる方式も試みたが、こちらもうまく収まらない。結局は蓋なしの単純な袋を作るだけで終わってしまった。
 これでもないよりマシだが、悪あがきはやめて、大人しく市販品を買ってしまうべきかもしれない。

2013年11月26日火曜日

パトス・街づくりイベント

 札幌地下鉄東西線・琴似駅地下にある公的空間「パトス」で実施された街づくり系イベント「心の愉し」に出演。ときどき参加するロビーコンサートではなく、立派な設備の整ったホールが会場だが、入場無料で出入り自由という好条件である。
 主催は以前から交流のあるボランティア仲間のTさんで、1年前にも同じ場所で同じような企画があり、やはり参加している。
 今回は私とTさん以外の出演メンバーが変わった。すべてTさんを軸とする交友関係だが、開演の1時間半前に会場に入り、椅子席の設営を手伝いつつ、互いに挨拶を交わす。

 椅子はひとまず42席分を並べた。「そんなに来ないと思う。これで充分だよ」というTさんだったが、温暖な天気で、交通の便もよい。万が一足りなくなることを想定し、私の助言で予備の10席分を会場の隅に置く。
(結果的に大半の予備椅子を使った)


 開演5分前の13時55分に出演者が入場。Tさんが開演宣言し、出演者を順に紹介した。ただちに1番手の三田ファミリーによるアフリカ太鼓から開始。定刻より2分早いが、席はすでに8割方埋まっていたので、許される範囲だろう。
 家族4人でアフリカ太鼓を叩きつつ、リズム楽器のみでアフリカ民謡を歌うという、非常に変わったスタイル。ボーカル担当の女の子は、まだ3歳くらいの年頃だったが、臆せずにスワヒリ語(?)で堂々と歌いきり、会場を湧かせていた。

 さらに驚くべきことに、ベースドラム担当の奥様の背中には、生まれたばかりの赤ちゃんが。廃校に住みながら農業をやりつつ、日々音楽を続けているそうで、大地に根ざした確かな音楽の原点をそこに見た気がした。
 2番手は影絵の福地さん。演目はアイヌ民話を元にした「エタシップカムイ」。色がついていて、3D的な動きもある、これまた不思議な世界が展開されていた。
 影絵のオペレーターは娘さんだそうで、こちらも母子によるパフォーマンスである。さすがに朗読とオペレーションの息はピッタリ合っていた。


 3番手が私。多忙で事前のPAの打合せに参加できず、やむなく手持ちのPAと100Vバッテリを持参した。いつでもどこでも自分のペースで音を出せるのが強みだが、ホールの天井が思っていたより高く、ややパワー不足であったかもしれない。
 影絵が予定より早く終わったので、予め壁際にセットしてあったPA一式をすばやく移動。14時49分から歌い始める。この日はいつもと少し趣向を変え、洋楽系の曲を中心に6曲をまず歌った。

「アメイジング・グレイス」「ろくでなし」「ケ・セ・ラ・セラ」「知りたくないの(初披露)」「熱き心に」「雪が降る」
 持ち時間よりやや短い26分ほどで終えたが、実は開演前に主催のTさんから、「菊地さん、今日はぜひ島倉千代子を歌って欲しいな」と、突然の要請があった。寝耳に水だったが、幸いに2日前に覚えたての「人生いろいろ」を歌ったばかり。電子譜面の準備もある。歌うことに支障はなかった。
 問題は全体の構成の中で、どう配置するかだった。出だしで演って欲しいとTさんは言うが、洋楽中心の1曲目に、演歌色の強い曲は馴染まない。協議のすえ、「セルフアンコール」の形で最後に歌うことで決着した。

 そんな顛末も率直に会場に説明してから歌った。この日は終始静謐な雰囲気が場を支配していた。1番手のファミリーバンドが賑やかな気分を作っていたので、その反動もあったかもしれない。しかし、各自さまざまな色があってよいのだ。


 私のあとの4番手が主催のTさんによる一人朗読劇。演目は以前にスーパーの市民広場でご一緒した際に初めて見た民話紙芝居「うずら」。今回はこれを紙芝居なしの朗読のみでやろうという新趣向だ。
 切り口が講談や落語にやや近く、これまた不思議な気分を演出していた。
 15時45分に全パフォーマンスが終了。最後に私のリードで会場全員で「故郷」「青い山脈」をシングアウトした。歌詞カードの準備はなかったが、どちらも今年になって別の場で「歌詞指導つき歌唱」という形で歌ったことのある曲。アフリカ太鼓の三田さんもアドリブで参加してくれて、無難にこなした。


 予定より10分早い15時50分で終了。この日は私の知人も4人足を運んでくださったが、初めて私の歌を聴いた同年代の男性から、「とても感動しました」と、ありがたい感想をいただく。
 4組のパフォーマンスが程よくバラけていて、個性あふれる空間を作っていたと思う。楽しい時間だった。出演者を巧みにコーディネートしたTさんに感謝したい。

2013年11月25日月曜日

お得な燃えないゴミ

 南壁張替えで発生した残材を一部切断。ひとまず20L指定袋ひとつ分を処理したが、まだまだかかりそうだ。冬を越す覚悟で、ゆるゆるとやる。
 さらには、先端が傷んで使い物にならなくなった掃除機の隙間ノズルの改良を試みる。調べてみたら、先端は斜めにカットせずとも、まっすぐ切って角を丸く加工してやれば充分機能するらしい。ネット画像を参照し、手持ちのサンダーで削りとった。


 雨がぱらついてきたので、屋内退避。不要になったCDコンポを片づけるべく、念のため前回PC一式を処分した「じゅんかんコンビニ」に確認すると、CDコンポも処分対象だが、レコードプレーヤーとカセットテープデッキは受け入れられないので、外して搬入してほしいという。
 レコードプレーヤーはもともと別ユニットだが、カセットテープデッキは構造上分解不可能。サイトに掲載のリストで調べてみたら、確かにラジカセやレコードプレーヤーは含まれていない。札幌市の燃えないゴミか大型ゴミとして処分するしかなさそうだ。
 ちょっとアテが外れたが、調べてみたら大型ゴミの場合、幅の合計が80センチ以内のCDコンポの処分費用が一式500円。対して、市指定のゴミ袋を使った場合、80円の40L指定袋が2つ3つあれば、確実に処分可能。
 来月中旬まで待たねばならないが、燃えないゴミとして出すほうが、どうみても得策である。ライン業務から外れていて、手間暇の費用が加算されているに違いない大型ゴミの利用は、極力避けるのが節約につながる。

2013年11月24日日曜日

至福の時間

 有料老人ホームの誕生会イベントに出演。依頼は1ヶ月以上も前にあったが、依頼してきたヘルパーさんが以前に勤務していた系列の別施設で、私の歌を推薦してくれた方がいたそうで、そのつながりが発端である。
 仕事でもそうだが、誠意をこめてやっていれば、それはどこかでつながっているもの。思わぬ形で花を開いたりする。仕事でもボランティアでも、ひとつひとつの行為に決して手を抜いてはならないということだ。

 実は施設自体では5年前にも一度歌ったことがある。その際にちょっとした行き違いがあり、つながりの糸は途切れたままだった。全国展開の施設なので、当時とは職員もかなり入れ替わっているに違いなかったが、過去のライブレポを参考に、慎重に選曲して準備した。
 開始は14時半からだったが、施設側のイベントが15分ほどあり、進行のAさんが「では本日のボランティアの菊地さんを皆さんでお呼びしましょう。菊地さ~ん」と声をかけ、「は~い、こんにちは」とステージ横から私が登場するという演出。過去に例のない変わった趣向だが、直前の打合せで聞かされていたので、意向に合わせた。


 私のライブ開始は14時47分あたりから。およそ35分で、以下の12曲を歌った。

「サン・トワ・マミー」「知床旅情」「お富さん」「バラが咲いた」「幸せなら手をたたこう」「高校三年生」「とうだいもり」「おかあさん」「人生いろいろ(初披露)」「ここに幸あり」「浪花節だよ人生は」「月がとっても青いから」
 聴き手は職員を含めて70名ほど。事前に予想した通り、5年以上の時を減ると入居者も職員もすっかり顔ぶれが変わっていたが、場の反応自体は前回同様悪くなく、いきなりの手拍子や一緒に歌ってくれる方が続出した。
 暖房による湿度低下で前日まで喉の調子がいまひとつだったが、前夜飲んだユズ茶が利いたのか、一夜明けたら劇的に回復していた。いい感じでライブは進み、「高校三年生」から「おかあさん」あたりで会場の熱気はピークに達する。会場からは「いい声だ」「ブラボー!」のかけ声が飛び出した。
 聴き手のノリは歌い手を強く後押しする。いつもは(ミスをしないように…)という守りの気持ちが心のどこかで働いているが、この日は珍しく自らが楽しみつつ歌い進めた感じだった。

 私を推挙してくれた司会役のAさん、娘か孫のような年代で、進行もどこかぎこちなかったが、曲間にマイクをとり、「あ、この歌、私も知ってますよ。つい一緒に歌っちゃいました」とか、「私にも皆さんにも高校3年生の時代がありましたよね~」「フォークダンスって経験ないんですが、皆さんはやりました?」などと、アドリブで話しかけてくる。
 これまたかって経験のない手法だったが、「フォークダンス、私は学校祭でやりましたよ。女の子の手を公然と握れる、最高の機会だったです」などと、私もアドリブで応酬。打合せには全くないキャッチボール的進行だったが、場を和ませるには充分効果的だった。
 予定曲を終えても、場の熱はなかなか治まらず、「アンコール!」の嵐。実はアンコールには「丘を越えて」をちゃんと準備していたが、ここでもAさんがついと近寄ってきて、「突然ですが、職員のM主任と何か1曲歌っていただけませんか?」と小声でささやく。
 出だしの施設側イベントで「もしかするとM主任の歌がまた聴けるかもしれませんよ」との声を耳にしていた。ときどきイベントで歌を披露している方のようだった。
 とはいえ、事前に何も打合せしていない。しかし、何かやれるだろうと思って承諾。Aさんと二人で「M主任~、お願いしま~す」と事務室に座っているMさんに呼びかけた。

 やってきたMさん、さて何を歌おうかと電子譜面を繰るが、なかなか決まらない。私が選んだ「青い山脈」「丘を越えて」「きよしのズンドコ節」「宗谷岬」等々、全て知らないか自信がないという。
 ここで時間をかけると、会場の熱が冷める。唯一知っているという「幸せなら手をたたこう」をもう一度歌うことに即断。私はギター伴奏に専念し、Mさんにマイクを渡して存分に歌ってもらうことに。
 職員さんが参加すると、文句なく場は盛り上がる。うまく収まってお開きとなった。

 終了後には何人もの入居者の方が近寄ってきて、「素晴らしい歌をありがとうございます」「いい声ですね」「またぜひ歌いに来てくださいね」などと労っていただく。歌い手冥利につきる、至福の時間だった。

2013年11月23日土曜日

いつでも聴ける環境

 2階仕事部屋、南角の整備に終日勤しむ。まずは天板を取り外し、傷んだ塗料をサンドペーパーで均し、自然系塗料で再塗装する。次に壁のコーナー部で2枚の天板を支えている袖台を補強した。外壁の張替えで発生した残材が、ここでも活きた。
 袖台の横に14年間置いてあったCDコンポはもはや無用の長物なので、すっぱり撤去。袖台の上の段に、ベンチ上にずっと置いてあったMDコンポを移動した。本来はレコードプレーヤーを置くはずだったスペースがガラ空きなので、半割レンガ2個で、間に合わせのCDラックを作って置く。


 夕方までにだいたい終わって、さっそくFM放送を聴こうとスイッチを入れたが、雑音ばかりで全く聞こえない。CDやMD、カセットテープは問題なく聴ける。アンテナもちゃんとつないだので何が悪いのか分からない。
 取説を探して調べてみたら、つないだのはAM放送用のアンテナで、FM放送用のアンテナは別にあるらしい。今度はそのFMアンテナを探すが、どこにも見当たらない。思い立って古いケーブル類をしまってある段ボール箱を漁ってみたら、ようやく見つかった。
 FM放送が復活し、リモコンで聴けるチャンネルをオート設定。久しぶりに部屋で聴くFM放送は、どこか新鮮な印象がする。
 こうしてCD、MD、カセットテープ、FMがいつでも高音質で聴ける条件が整ったが、気になるのは電源のこと。MDコンポは9年前に買ったもので、決して新しい製品ではない。従って待機電力が0.9Wもある。3年前に買った小型液晶テレビの待機電力がわずか0.1Wなので、数字としてはかなり大きい方だ。

 試算してみると、1ヶ月の消費電力量は約0.65Kwh。1Kwh=25円とすると16円強で、費用としてはごくわずか。これまでは節電のために、使うときのみ電源ケーブルをつないでいたが、「いつでもリモコンで瞬時に音楽を」という環境を保持するためには、常時接続が望ましい。悩ましい選択だ。

2013年11月22日金曜日

レコード復活大作戦頓挫

 南角の机上を有効利用するべく、1988年に買った古いレコードプレーヤーを新しいMDコンポに直結可能なように改造を試みた。

 現状のレコードプレーヤーは、CDコンポ経由でないと電源がとれない構造になっている。CDコンポはかなり前にCDプレーヤー部が壊れてしまい、以来たまに聴くレコード以外には使い道がない。
 調べてみると、プレーヤー部は12V0.5Wあれば独立して動く。つまりは、12V42mA以上のACアダプターをつないでやればいいはずだ。
 手持ちのACアダプターに11V2Aのものを発見。アンペア数が多い分には問題なく、電圧が1V低いが、試してみる価値はあった。
 蓋をあけて配線を調査。内部でコードをつなぐより、外でロータリースイッチ経由でつなぐほうが、何かと対処しやすい。電源コードの接続処理は割と簡単に終わり、続けてステレオ音声をMDコンポにつなぐための改造をやろうと思った。
 音声は汎用性の低い5ピンのDINコードが使われていて、これをMDコンポのステレオピン端子に変換する必要がある。しかし、いまやそんな変換アダプターなど、どこにも存在しない。


 蓋をあけてみておよその配線要領はつかんだので、一気にピンケーブルにつなぎかえようと思ったが、その前に電源部が正しく機能するか、確かめる必要がある。
 CDコンポとプレーヤー部の電源を別々につなぎ、音声だけを既存のDINケーブルで接続。レコードをセットしてスイッチを押してみたが、電源の入る気配はするが、ターンテーブルは回らない。
 やはりやはり電圧が低いのかと、ターンテーブルを外してみたら、何とゴムベルトが劣化で切れていた。買ってから25年、この間一度もベルトは交換していない。もはや寿命だろう。

 ゴムベルトの代替え品を探そうかとも一瞬思ったが、何だか急にヤル気が失せた。DINケーブルのつなぎ変えをする意欲もなくなり、針だけを外して保存し、他はスピーカーも含めて処分してしまうことにした。
 レコードプレーヤー復活大作戦はあえなく頓挫してしまったが、PCに直結可能な新品が6,000円弱で入手可能。手持ちの古いLPレコードが30枚近くあり、懐かしく聴き直す考えも悪くないが、それが果たしていまの自分の生き方に沿うものなのか、ちょっと判断に苦しむ。

2013年11月21日木曜日

忘れた頃にCAD

 午後から母の新しい施設に行く。昨日そろえた分厚い書類一式を手渡し、家賃2ヶ月分の敷金を支払う。一昨日持参したカーテンが40センチほど長いので、いったん撤収。そのまま家に戻ってミシンを引っ張りだし、丈を詰めた。
 もう一度施設に行き、カーテンを取り付ける。場所が近くなったので、行ったり来たりがそれほど苦にならない。

 母は部屋にいず、前の施設のように1階の食堂で日がな過ごしていた。一人で部屋にこもっているのが嫌いなたちで、たとえ職員でも、人の気配がする場所が元来好きなのだ。
 変わったばかりの施設にうまく馴染めるかどうか心配していたが、他の入居者の方と談笑していて、安心した。前施設では食堂で一日を過ごす人はごく少なかったが、今度の施設では20人を越える人たちが食堂にいた。いつもこんな感じらしい。母に合った環境のように思える。


 PC断捨離計画によって空いた南角のスペースを有効利用するべく、いろいろ案を練っているが、まずは真上の火打梁からペンダント・ライトを吊るしてみた。シェードは手製だが、いい雰囲気を作っている。
 今後の計画として、現在はライブコーナーのベンチ上に置いてあるMDコンポをこの一角に移動し、同時に古いCDコンポを処分。レコードプレーヤーだけを残し、このMDコンポにつないで音を出そうと画策中である。

 レコードプレーヤーの電源と音は、汎用性のないケーブルでCDコンポにつながっている。これを独立して使えるように改造するのが当面の目標だ。必要なパーツはそろっているので、具体的な作業は明日以降となる。

2013年11月20日水曜日

契約書類整備に忙殺

 車で45分はかかる都心の施設から、車で10数分で行ける自宅近くの施設に昨日移った母の契約関係の書類をそろえるのに、丸一日を費やした。これまでとは経営形態が異なり、土地と建物を所有する会社と、実際に施設を運営する会社とが分かれているため、複数の契約書類が必要だが、これが非常に煩雑。
 母は書類に記入捺印することが難しく、代理人として私が代行する関係で、記入箇所は倍にふくれあがる。
 夕方までにざっと書き終えたが、私と母の印鑑証明や住民票が必要なため、16時でいったん作業を中断し、最寄りの市役所出張所へと向かった。


 母の印鑑証明は簡単にとれたが、住民票で引っ掛かった。本人以外の場合、本人自筆の委任状が必要だとか。事情を話し、持参した私の運転免許証、戸籍謄本、施設との契約書原本を提示し、最終的には所長判断をあおいで、何とか発行していただく。

 その後、近くの郵便局で敷金を下ろし、諸連絡に必要な切手も購入。帰路にスーパーに立ち寄り、後期高齢者保険証のコピーをとる。
 自宅に戻って残った書類に記入し、母専用の現金出納帳にお金の出し入れを記帳し、ようやく全ての準備が整った。
 学生時代からこの種の書類整備は苦にしないたちで、複数の奨学金手続きや授業料免除等の書類は、全て自分で準備した。社会人になってから数多くの役所直轄工事の現場を割り当てられたが、細かい請求書等の書類を手早くまとめるのがけっこう得意で、会社からは重宝がられたもの。

 生きている限り、人生には何かしらの書類整備が常につきまとう。かっては仕事としてやっていた建築確認申請業務などは、この種の書類整備が大きな要素をしめる。書類を素早く確実にまとめるセンスは、PC操作と並んで、現代人の必須要素であるかもしれない。

2013年11月19日火曜日

無人リサイクルショップ

 昨日に引き続き、PC断捨離計画を続行。残るはWindowsパソコンの処理だが、こちらもMac同様にソフト上でのハードディスク初期化を試みるが、どうもうまくいかない。
「Cipher」というWindows標準装備のコマンドはあるが、あくまで外付けハードディスクが対象で、インストールDiskから起動して初期化する手段は、どうやらWindowsにはない模様。

 フリーソフトをダウンロードし、専用の初期化CDを作る方法があるようだったが、いかにも面倒でパス。結局のところ、以前にやった手段同様マシン本体を分解し、対象ハードディスクを取り出すことに落ち着く。


 昨日からの作業分とまとめてみたら、廃棄PC関連品が段ボール箱いっぱいになった。内訳はiMac本体とケーブル、Windows本体と液晶モニタ、付属ケーブルにキーボード類、さらにはスキャナである。
 本当はWidowsのノートパソコンがもう1台眠っているが、薄くて邪魔にならず、唯一フロッピーDiskが使えるマシンなので、もうしばらく残すことにした。
_専用の持込みリサイクル施設が近くにあるので、車に積み込んで出発。この日は母が自宅近くの施設に移動することになっていたので、まずはその立ち会いと手続きにむかった。
 到着は15時で、幸いに雪もなく、温暖な日和。前施設から付き添ってきた長姉と共に、部屋の整理と契約手続きを併行して済ませる。新しい部屋は眺めのいい3階。窓からの手稲山の展望が見事だ。

 16時半ころにようやく終わり、姉を最寄りの地下鉄駅まで送り届けたあと、「じゅんかんコンビニ24」と呼ばれるリサイクル店に立ち寄る。


 市の施設では30×30センチ以下の小型家電しか持ち込めないが、ここでは大きさの制限がない。施設は無人で24時間営業。不法投棄監視用のカメラも24時間回っている。
 受付はATMのような機械にむかって磁気カードを使ってやる。品目によってシールが発行され、それを貼って所定の位置に品物を投入するという、非常に新しい仕組みだ。
 持込み品目は多岐にわたり、パソコンや小型家電はもちろん、古新聞やアルミ缶、金属類や自転車まで多種多様。持込み品によってポイントが合算され、クオカードなどの景品と交換できる。

 スピーカー付きの軽トラックなどで巡回したり、荒れ地の一角に廃品を野積みにして営業するリサイクル業者のイメージを覆す、画期的なシステムである。夜でも切れ目なく利用者が現れ、熱く支持されているようだ。時代の流れを強く感じる。

2013年11月18日月曜日

新旧Mac交代

 クロスロードライブを無事に乗り切って、やや力が抜けた感じだが、気を取り直して進行中の「PC断捨離計画」を進めることにする。
 MacBookのセットアップはようやく終わったので、今日は1階居間にある液晶の壊れたiMac-G5の廃棄作業にとりかかった。

 まずは内蔵ハードディスクの初期化である。多くの個人情報が含まれているので、廃棄前にゼロクリアしたい。以前に処分したWindows機のように、ハードディスクそのものを取り出してしまう手段もあったが、iMacは構造が複雑なので、非常に面倒。
 そこで、これまた以前にeMacを処分した際にやった、インストールDiskからの消去で対処することにした。


 160GBのハードディスクだが、1回やるのに、およそ40分かかる。ネット情報によると1回では不安があるそうで、推奨は2回以上。今回は3回やることにした。合計時間、およそ120分である。
 無事に終わって、ようやくお役御免となったが、調べてみたら中古で買ったのが3年少し前のこと。仕事用の予備PC、そして妻用として、なかなかよく働いてくれた。
_他の不要になったPCパーツ類と共に、大きめの段ボール箱に収納。空いたスペースをよく掃除し、MacBookを置いたが、あまりに薄くて小さく、空間的に収まりがつかない印象だ。
 5年前の製品だが、PCとしては優秀で、サクサク動く。不満を挙げるとするなら、解像度が1,280×800しかなく、メインPCと比べると貧弱であること。液晶の視野角もやや狭い。しかし、我慢できる範囲だ。


 今回のMacBook、旅行などで持ち運ぶ可能性があるので、重さは重要な要素だったが、実際に量ってみた結果は、以下の通り。

・本体(バッテリ装着)2,260g
・本体(バッテリなし)1,860g
・電源アダプタ&コード 240g

 電源を常に使う前提で、バッテリを外して電源アダプタ&コードと共に持ち歩いた場合、合計で2,100gである。全部を持ち歩いたとしても、合計2,500g。これまた許せる範囲である。
 実際に旅行中に仕事の打診や対応が必要となるケースが、果たしてあるのかないのか?結局のところ、過去の旅行のように、メールチェックとブログ更新程度にしか使わないことも充分に考えられるが、それでも「どこでも仕事に対応できる」という安心感は捨てがたい。つまりは、心理的保険のようなものであろう。

2013年11月17日日曜日

悲願のクロスロードライブ


「さっぽろアートステージ・クロスロードライブ」に出演。先のブログでもふれたように、3年越しの願いがついに叶った形だが、ここで気負うと、よい結果には結びつかないのが世の常。「出られたことで充分」とハヤる自分に言い聞かせ、自然体で臨もうと考えた。

 自宅で簡単にリハを済ませ、休暇をとってもらった妻と共に、11時過ぎに家を出る。12時少し前に会場に着いたが、まさに開演の直前。1番で歌うU18部門のスミレさんは、他のカフェコンサートで知り合った仲。スタンバイ中だったが、軽く挨拶を交わす。
 スミレさんのステージを見届けたあと、係員と時間やマイクに関して打合せ。その後楽屋に入って、しばし時間をつぶす。トイレに行ったり軽い食事をしたり、ハンチングをバンダナに取り替えたり、ギターのチューニングをしたりするうち、あっという間に出番がやってきた。


 私の前の出演者がクラシック系のインスト5人グループ。素晴らしいパフォーマンスで会場を湧かせていた。その直後で、かなりやりにくい雰囲気だったが、ここで自分のペースを乱しては負けだ。賑やかな気分のあとは一転して静謐な大人の気分で迫り、その対比をうまく活かせばいい。
 時間ぴったりの13時20分に開始。持ち時間いっぱいの28分で以下の6曲を歌った。(注釈のない曲は全てオリジナル)

「アメイジング・グレイス(オリジナル訳詞)」「雨ニモマケズ(オリジナル作曲)」「サクラ咲く」「独り(作詞:まりりん)」「抱きしめて」「サ・ヨ・ウ・ナ・ラ」
 会場には100席分の椅子が準備されていたが、7~8割の入り。立ち見の方が10人ほどいて、顔見知りの姿もチラホラ見えて心強い。
 普段歌っているチカチカパフォーマンスと同じ会場だが、マルチビジョンの音はなく、画面には私の名が大書き。立派なPAと司会があって、完全に用意された場である。そこが私には微妙に難しい感じだった。


 事前にイメージしていたMCを少し長めにはさみつつ進めたが、途中で席を立つ人が全くいない代りに、音を聞きつけて集まってくる人もあまりいない。まさに静まり返った雰囲気の中でステージは進んだが、場の反応自体は決して悪くなく、かなり気分が乗った3曲目の「サクラ咲く」では、長い拍手がなかなか途切れず、思わず「ありがとうございます」を重ねたほど。
 ラストの「サ・ヨ・ウ・ナ・ラ」では、歌詞の内容に合わせてボーカルとギターで強弱を作り、聴き手とのキャッチボールを試みたが、何人かの方が目と身体で反応してくれて、ちょっと嬉しかった。
 自分の子供や孫のような他の出演者の中で、突出した高齢者なので、そんな自分の立場をわきまえ、「若い人と張り合う」というキモチは一切捨てて、淡々と歌い綴った。
 ギターのセーハする部分で多少怪しい箇所もあったが、大きなミスなく乗り切った。後半になって空いていた席も少しずつ埋まりだし、まずまずの集客で歌い終える。


 会場の一隅に設けられたCD販売コーナーには、6曲目から妻が販売員として張りついたが、500円のCDが4枚売れて、こちらもまずまずの結果。
 買ってくれた中に、以前に通りで私の歌を聞いたという方がいて、「今日は前回よりもさらに素晴らしかったです」と喜んでくれた。「できれば《誰も知らない夜》も聞きたかったですけど…」と重ねるので、なぜ知っているのか尋ねると、実は前回もCDを買い、何度も聴いて一番気に入ったのだという。

「誰も知らない夜」は1曲目で歌おうかどうか、かなり迷った曲。終了後に妻が「会場のリバーブが弱いので、アメイジング・グレイスは厳しかったかも…」と話しており、他の知人からも、「独自の世界を作っていて引き込まれたが、全体として寂しい曲が多かった」とも聞かされた。
 たぶん1曲目が選曲ミスだったと思う。それにしても、「誰も知らない夜」が中高年にも支持されることを、最近になって知った。この日は過去に評価の高かった曲で全てまとめた気でいたが、人の好みは実にさまざまである。

 いろいろあったが、得難い経験をさせてもらった。

2013年11月16日土曜日

PC断捨離計画進行中

 風もないウララカな好天で、つい外に出て残材の処理などしたくなる気持ちをぐっとこらえ、終日家にいて昨日届いた中古のMacBookのセットアップ作業に励む。
 工具を使った作業は簡単なものでも、つい手を滑らせて思わぬ怪我をしたりする。軽いものなら数日あれば回復するが、なにせ明日は大事なライブの日だ。

 ネットーオークションで落札したMacBookは、思っていたより汚れてなかった。いったんハードディスクを完全にゼロクリアし、まっさらな状態から新しいOSをインストールした。
 ここまでは過去に何度かやっている作業なので、特に問題なく進んだ。ところが、今回初めて使ってみた、既存のメインPC環境をそっくり移す「移行アシスタント」なるものでつまづいた。途中で転送エラーが出て、進まない。
 あきらめて手作業による転送に切り替えたが、2台のPCの規格が異なるため、FireWireターゲットモードでの迅速な転送ができない。やむなく普通のEthernet転送でやったが、これが遅いのなんの。


 緊急性の少ないソフトやデータは後回しにし、重要なソフトの設定を先に進めた。常用するブラウザはGoogle Chromeにしたおかげで、設定は一発で同期。辞書ツールはまだ同期が不可能で、こちらは手作業でやった。
 その後、仕事用の重要ファイルを転送し、バーチャルWindowsの環境を整えたところで、日が暮れた。残りは時間をみつけて少しずつ片づけるが、メインPCと同能力の予備PC、そして旅行等に持ち運べる移動用PCとして、充分に機能するメドがついた。
_セットアップ作業には1時間以上の待ち時間はザラなので、その合間を利用して、仕事部屋の周辺環境を大幅に整備。
 まずはずっと使っていない古いWindowsパソコンと液晶モニタを撤去。空いたスペースに、古いiMac-G5を置いた。OSは古いが液晶が大型で美しく、「見やすい」と妻が気に入っている。ハードディスクも250GBあり、ファイルのバックアップ用としても重宝する。一連のPC断捨離計画で、唯一処分せずに残す予定のPCだ。

 iMac-G5のあった南角のスペースには、当面何も置く予定がない。両面にガラス窓があるので開放感は抜群。気の利いた植栽でも並べようか。
 MacBookはまだセットアップ中なので、メインのMac-miniの横に置いてあるが、いずれは1階居間のベンチ上に移動する。現在そこにある2台目のiMac-G5は、液晶に10本近いスジが入っていて、日毎に増える傾向。すっぱり処分する。
 あちこち片づけているうち、全く使っていない古いスキャナーも出てきた。邪魔にはなってないが、古いWindowsノートパソコンもある。知らぬ間にPC関連のアカが溜まっていた。行動するときだ。

2013年11月15日金曜日

さっぽろアートステージに出演

さっぽろアートステージ~クロスロードライブ」という音楽イベントに出演することになった。音楽・美術・舞台芸術など、札幌の街をアート一色で染めようという総合企画イベントで、11/9~12/8にかけて札幌の街のあちこちで実施される。
 2005年から始まって、今年が9回目。かなり前に知人が音楽部門に出演し、応援に行ったことがある。音源審査があって、エントリーはオリジナル曲限定。さらにはオリジナルCDを出していることが条件という、高いハードルがある。

 実は一昨年から2年続けてエントリーしていたが、全て落ちていた。出演者の顔ぶれをみると、若手が中心。しかもプロ指向のメンバーが大半のようで、要するに自分には縁遠い場なのかと、少し卑屈になっていた。
 しかし、どうしても諦めきれない。今年が最後と思って、1曲限定のエントリー曲に、チカチカパフォーマンスで最も評価の高い「抱きしめて」を選んだ。あまり期待はしてなかったが、突然の合格通知が届いた。執念がようやく実った。


 延べ3週にわたって実施される全6回の週末ステージのうち、私は2回目の3組目として登場します。関心のある方、ぜひおいでください。

《さっぽろアートステージ~クロスロードライブ》
・2013年11月17日(日)13:20~13:50
・札幌駅前通地下歩行空間、北3条広場
・無料(100席分の椅子あり)(入退出自由)
・予定曲:オリジナル曲中心
・他に5組の出演者あり。

 当日はステージ横にオリジナルCD販売コーナーも設置されるので、チカチカパフォーマンス用の販売スタンドを一部改良し、テーブル上に自立させて販売可能なようにした。
 併行して、オリジナルCDも増刷。売れるかどうかは分からないが、売れる前提で備えようと思う。
 CD販売員と写真撮影係として、妻には休暇をとってもらった。毎年この時期にやる自主企画ライブは、今年に限っては中止。大腸ポリープ除去手術もどうにか回避し、ぎりぎり歌える状況が整った。
 セットリストは事前に提出済みで、いまの自分に相応しい6曲を選んだ。いつも歌っている場所なので、ある意味ではホームグラウンドのようなもの。気負わずにやれると思う。