2012年9月29日土曜日

ライブ機材の再構築

 一昨日のストリートライブは、久しぶりに青空の下でのものだった。自分で企画したものなら、雨模様だったり風が強すぎる場合は中止か順延とするが、めったにない設けられた場でのストリートライブなので、余程のことがない限り、歌わなくてはならない。
 室内では問題なく使えた電子譜面台の新ホルダーだったが、いざ外で使おうとしたら、風であおられてブームスタンドのパイプにしっかり固定できない。想定外の出来事に一瞬あわてたが、中間にある縦パイプホルダーまで固定位置を下げることにより、何とか1時間耐えてくれた。

 しかし、完全なる屋外で使うと問題のあることが判明したので、さっそく修正を試みた。屋外のストリートで歌う機会が今後絶対ないとは言い切れず、対策はすぐにしておかなくてはならない。


 問題は絶対だと思っていた目玉クリップの締結力にある。挟んで止める方式は単純で優れているが、ネジで締める手法に比べると締結力は当然劣る。代替手段に関してずっと考えていたが、固定にネジを使うマイクスタンドのブームパイプ用部品が使えるかもしれない、と考えた。
 酷使によって使用不能になったマイクスタンドが1セットあり、捨てずにそのまま保存してある。分解して必要な部品を取り出してみると、真ん中に電子譜面台ホルダー用の木片が挟めそうな隙間があるではないか。

 隙間にぴったり収まる端材を探し出し、これまでのホルダーをいったんバラす。支持用の木片や目玉クリップは取り外し、新しい木片を加工して再度固定した。
 全体を貫通して固定するボルトと蝶ナットは、手持ちで適当な部品が見つかった。写真のように今度は横から押しても縦方向から押しても、びくともしない。
 重量に大きな変化はないが、欠点は移動時にボルトと蝶ナットいったん外す必要があること。今後の課題だが、締結力に限れば解決。抜群のアイデアと自負していた目玉クリップは短期間でお役御免となったが、改良作業とは得てしてこんなものだ。
 完成後、いったん分解して折りたたみ、全機材の収納がうまくいくかどうか試す。実は一昨日のライブ直前に部品がうまく梱包できず、出掛けにちょっと慌てた。
 分解して袋やカバンに収納し、運んでまた組立て、そして歌う。何らかの機材を新しくした場合、単にうまく使えるかだけでなく、こうした一連の動作が問題なくやれるかまで実際に試してみないと、思わぬトラブルに見舞われるものだと今回改めて学んだ。

2012年9月28日金曜日

小樽十三夜

 宮崎から帰省旅行でやってきた長男夫婦を連れて、午前中から妻と4人で小樽観光。なんでも航空券の還元ポイントが溜まっているが、期限が9月末までなんだとか。飛行機など数年に一度しか乗らないので、そもそも航空券の還元ポイントなるものの仕組みがよく分かっていない。

 ともかくも、事前に名所をネットで充分に調べ、食事やお茶の場所もおおまかに決めて準備した。だいたい予定通りに運び、当初の予報では雨だった空模様も、不思議にまずまず晴れた。私と長男の二人の晴れ男の力、絶大である。


 まずは旧青山別邸という鰊御殿を見物。小樽駅から車で10分ほどで、築後100年近くの歴史がある豪邸。2年前に国の文化財にも指定された。
 20年ほど前に隣地に新館が増築された際、一部の設計に関わった。調査のため数回現地を訪れたので、場所はよく知っている。その時以来だったが、周辺の様子はあまり変わっていなかった。
 旧邸をまずゆっくり見物したあと、新館にあるレストランで食事。美味しい鰊蕎麦を食べた。


 その後、小樽運河近くに車を停め、運河から各種ガラス館、オルゴール館などを散策。歩きすぎて疲れ果て、途中のカフェでお茶を飲む。
 小樽運河を訪れるのも実に10数年ぶりだったが、以前ここを基点にギターインストの路上ライブをやっている青年をネットで知り、路上ライブの情報を多数得ていた。偶然だが出身大学が末の息子と同じで、親しみを持った。

(もしかして今日もいるかも…)と運河沿いの遊歩道を進むと、かなり奥で一人の青年がギターを爪弾いている。彼だ!と直感し、そばに寄ってじっと耳を傾ける。手持ちのコインを投げ銭箱に入れると、軽く会釈しつつ演奏を進めた。
 曲は「第三の男」。初めて聴いたが、卒業後安定した一般企業ではなく、厳しいプロの道を選んだだけあって、演奏は実に巧みである。
 終了後、言葉を交わす。以前からネットで知っていて、会いに来たことを告げると、とても喜んでくれた。チカチカパフォーマンスやヘブンアーティストの路上系パフォーマンスに関し、しばしの情報交換。
 向こうから名刺を差し出され、恐縮しつつ交換する。「今度ぜひご一緒しましょう」と言われ、ぜひとも、と応じた。何らかの形で実現すればうれしい。


 夕暮れが迫ってきたので、小樽駅近くの三角市場で土産物を買い、その後小樽商大の脇から山道に入り、旭展望台に行く。10年近く前、末の息子が大学卒業を控えていた際に、記念に妻と3人で登った道だ。
 偶然、空に浮かぶ月が満月間近の十三夜。月明かりが海と空を赤く照らし、山を黒く浮かび上がらせている。その直下には小樽の夜景が広がり、絵のような美しさである。昨年見た函館の夜景とはまた趣きが異なっていて、家族4人でしばし見とれた。
 その後、直前に電話で予約してあった祝津の寿司屋に行く。繁華街からは外れている小さな店で、客は誰もいなかった。50貫5,250円の寿司をまず頼み、他にイカと鳥のかき揚げも頼む。
 まな板の上に載った寿司が、頼んで数分で10貫ずつ順に運ばれてきた。信じられないほど早く、安く、そして美味い。ネット検索で知ったが、絶好の穴場を探し当てた。1時間ちょっとそこにいて、全員満足して帰路につく。強行スケジュールでちょっと疲れたが、家族で楽しい時間を共有できた。

 親の面倒を見るのと同時に、子供やら孫やらの面倒も見るのが我らが世代の宿命。(孫はまだいないが)さらには、自分や自分たち夫婦の在り方を模索したりもせねばならぬ。実に忙しい世代なのだが、元気でいるうちはせいぜいお接待に励むことにしよう。

2012年9月27日木曜日

本来のストリートライブ

「札幌駅前通地区を活性化しよう」という実証試験の一環で、「HANA CAFE」というイベントが実施された。北海道庁東側の1ブロックを完全に交通遮断し、そこをオープンカフェとして市民に開放しようというもの。
 空きスペースで音楽や大道芸を披露したいという意向があり、チカチカパフォーマーに出演の要請がきた。普段は地下歩行空間限定で歌っているが、ホコ天やオープンカフェで歌う絶好の機会なので、好奇心のおもむくまま、協力することにした。


 4日間に渡って10時から19時まで開催されるロングイベントの初日。私の割当ては14-16時で、同じチカチカパフォーマーであるジャグリング弥勒さんとの共演である。
 20分前に会場に着くと、一足早く弥勒さんがパフォーマンス中。しかし、曇天で肌寒いせいか、係員の呼び込みにも関わらず、オープンカフェに座る客はまばら。ジャグリング演技の一部に協力してもらう市民を探すにも一苦労している様子だった。
 機材をセットして準備したが、風が強いせいで電子譜面台の収まりが安定せず、液晶もかなり見にくい。真っ白な曇天の空がモロに画面に入ってしまうせいだった。
 電子譜面を断念し、予備に持参した紙の譜面を使おうといったんはセットしたが、こちらも強い風でめくれてしまい、安定しない。迷ったが、液晶の明るさを最大に設定し、位置を下端にまで下げてみたら何とか歌えそうだった。


 出だしで手間取ったせいで、14時5分からライブ開始。この日は勤めが休みの妻が付き合ってくれ、広報誌の取材で来ていた顔見知りのAさんも同席。ほぼ関係者のみ、という厳しい条件のなかでライブは始まった。
 およそ30分で以下の11曲を歌う。第1ステージの切り口は「1960年以前の懐メロ限定」で、かなりの冒険を試みた。(※は初披露)

「東京ドドンパ娘」「星影の小径」「月がとっても青いから」「有楽町で逢いましょう」「黄昏のビギン」「ここに幸あり」「ブンガワン・ソロ」「星の流れに※」「東京ラプソディ※」「蘇州夜曲」「りんごの木の下で」
 2枚つなぎの譜面隠しは風であおられないよう、頑丈に2ヶ所をヒモで結んだが、歌い始めると風で全体がぐらぐら揺れた。やむなく、右足でスタンド脚の一部を押さえながら歌うことに。

 歩道をゆく人は皆無ではないが、とにかく誰も近寄ってこない。地下よりもさらに難しい状況である。それでも半分くらい歌ったあたりで、数人の中高年の方が椅子に座り、じっと聴いてくださった。
「東京ラプソディ」では手拍子まで飛び出したので、厳しい条件のなかではよしとすべきだろう。


 終了後、ただちに弥勒さんの第2ステージ開始。相変わらず人は集まってこない。業を煮やした弥勒さん、遠くで立ち止まった数人の客を呼び込みつつ進めていた。
 15時15分から再び私の出番。第2ステージの切り口は「1960年以降の昭和歌謡」で、街角のライブに相応しい選曲を意識した。およそ35分で以下の12曲を歌う。(※は初披露)

「草原の輝き」「花の首飾り」「ブルーライト・ヨコハマ」「恋の季節」「バス・ストップ※」「ジョニィへの伝言」「時の過ぎゆくままに」「時の流れに身をまかせ」「どうにもとまらない※」「ウナセラディ東京」「ラブ・イズ・オーヴァー」「また逢う日まで(アンコール)」
 出だしは相変わらず閑散としていたが、第1ステージ同様、5曲を歌った頃から少しずつ人が集まりだす。ストリートライブの極意は、とにかくひたすら歌い続けることだ。
 すると、「時の流れに身をまかせ」から状況が激変した。中高年を中心に人が増え始め、みなさん椅子に座って熱心に聴いてくれる。恐る恐る歌ってみた「どうにもとまらない」ではさらに人が増えた。一部カットするつもりが、思わずフルコーラス歌ってしまう。

 ふと気づくと、周辺の椅子には関係者を除いても10名前後の人々。「これで終わりです」と最後の曲を歌い終えても、誰一人席を立とうとしない。つまりは、無言のアンコールなのだった。
 時計を見ると15時45分。地下では人が引き始める時間帯で、こんな経験は初めてだったが、用意してあった「また逢う日まで」をありがたく歌わせてもらう。

 聴き手の増減は別にし、道庁と並木道を背景にレンガ道の上で歌うのは非常に気分がいいものだった。反響が何もない通りの真ん中なので、自分の声が空に吸い込まれるような感じだったが、あれこそがごまかしの一切きかない、ストリートライブ本来の姿であろう。久しぶりに得難い体験をさせてもらった。

2012年9月26日水曜日

今年もラズベリー酒

 冷凍してあったラズベリーを自然解凍し、ラズベリー酒として漬け込んだ。早い年は8月にやっているが、今年はライブに追われ、9月末にずれこんだ。それでも10月中旬までずれ込んだ去年よりはマシ。
 量ってみたら550gあった。800g→450g→250gと収穫量の変化が過去の記録にあるので、今年はまずまずの豊作である。カモミールと同様、こまめに雑草を抜いてやったのがよかったのか。


 10%の重さが必要な氷砂糖は充分に手持ちがあったが、1Kgに対して1.8L必要な35度の果実酒用リカーが450mlしかない。計算上は1L必要なので、急きょ車で買いに行くことにした。
 前回買ったのは2年前に少し遠いディスカウントショップで、1.8Lパックが990円だった。(パックに詳しい記載あり)だが、同じ店に行ってみると1,230円に上がっている。迷ったが、他の店をあたるのも面倒なので結局買った。簡単安直を好む時代なので、果実酒を漬ける需要そのものが減っているせいかもしれない。

 それでもインスタントコーヒーの空瓶2つに無事に漬け込んだ。あとは10日後をメドに実を取り出すだけ。どうにかクリスマスには間に合いそう。

2012年9月25日火曜日

行き詰まったら休め

 4日続きの譜面台ネタ。譜面台を利用したデジカメ撮影支柱に関し、一晩寝たら抜群のアイデアが浮かんだ。「行き詰まったら休め」が良いアイデアを生む秘訣である。
 そのアイデアとは、「パイプとボルトをつなぐ素材に木材を使う」という単純なもの。「アイデアは単純であるほど優れている」という我が語録もそういえばあった。
 作成要領は以下の通り。

1)直径21ミリの木材丸棒を30ミリ長に切断。
2)Cクランプで別の木材に固定し、小口側の両方から10ミリの穴をドリルで半分ずつ開ける。
(片側から一気に開けると、中心軸が狂いやすい)
3)片側に10ミリのパイプを半分埋める。緩みはフェルト布をボンドで巻いて調整。
4)もう一方に1/4インチ、20ミリ長のボルトを頭から埋める。(ハンマーで叩きこむ)首から下には空間が出来るので、予めビニルテープを巻いて径を合わせておく。


 写真のように今度はぐらつくことなく、強固な支持台が完成した。最長にすると、人間なみの高さまで伸ばせる。
 使うのはサポートがいないチカチカパフォーマンスで歌うときだが、写真撮影が終わったあとはこれまで通り案内状を入れる缶をネジ止めし、マイクの横に立てておく。二通りに使える優れ物である。

 すべて手持ちの端材を使ったので、材料費はゼロ。今回の作業で、秋以降のストリートライブにおける諸機材の準備がひとまず整った。

2012年9月24日月曜日

自立式電子譜面台

 直径10ミリのパイプが安価で手に入ったので、さっそく加工して自立式電子譜面台に仕立てあげた。すでに中華Padホルダーにはそれを見越した木片と穴が加工済み。
 別の木片の小口側に直径10ミリ、深さ5センチの穴をドリルで開け、長さ40センチに切断したパイプの端部を差し込む。少し緩かったので、ビニールテープを巻いて調整した。
 端部に6ミリの穴を開け、この穴と中華Padホルダー底部に取り付けた木片の穴とをボルトで通して蝶ナットで締めれば完成だ。


 角度は蝶ナットで自在に変更可能。移動時は蝶ナットを緩め、取り外して収納する予定。この自立式電子譜面台の出番はPAが用意されている場、つまりは「すすきの祭り」のようなイベント系ライブなどで、出番としてはそう多くない。しかし、必ず準備しておく必要がある。
 例によって電子譜面のトラブルなどの非常時には、ホルダーに直接紙の譜面を挟んで対処する。そんな場面はないにこしたことはないが、想定だけはしておかねばならぬ。

 作ってみて思ったが、ホルダー側の穴は丸型クリップ用に下端に開けた穴でも代用できた感じだ。まあ、重心に近いほうが安定するし、木片を確実に固定するには、ある程度の長さも必要だった。


 残った10ミリパイプは予定通りデジカメの撮影用支柱に使うことにし、加工も終わった。しかし、1/4インチのボルトをパイプの端部に固定する方法に甘さがあり、カメラがややぐらつく。
 パイプの端部を止めてあったプラスチックキャップを利用したが、これが不安定のもと。ボルトを直接鋼製パイプに固定する手段について、再考中。

2012年9月23日日曜日

1960年

「1960年(昭和35年)を境に歌の世界観がガラリ変わる」と先日のブログでふれたが、あくまで私個人の漠然とした印象だったので、その後具体的な検証を試みた。すると、問題の1960年には、以下のような出来事が起こっていた。

・日米安保条約締結
・42か月間続いた岩戸景気の最盛期。
・国鉄の三等が廃止。
・東京都内の電話局番が3桁に。
・カラーテレビ本放送開始。
・流行語「家つき、カーつき、ババア抜き」。
・ベストセラー「性生活の知恵」。
・大洋ホエールズ、前年最下位からの優勝。
 もはや解説無用で、戦後15年を経て、文化政治経済のあらゆる面で大きな転換期を迎えた年だったのだ。企業の業績は面白いように伸び、相対的に給料もドンドン上がり、暮らしは豊かになり、欲望も増え続けた。
 こうした世情のもとで歌の世界観が激変したのも無理からぬことで、やはりこの年を懐メロと昭和歌謡の境界線と捉える考えは、的を射たものではないか。

 まだ検証してないが、もしかすると昭和の終る1988年前後にも、何かしらの社会変動があるのかもしれない。昭和歌謡が何かともてはやされる昨今の世情、おそらくは「昔はよかった…」という懐古思想に裏打ちされたものなのだろう。


 夕方、1ヶ月ぶりにガソリンを入れ、安売りスーパーに寄る。食料品を中心にまとめ買いをしたが、同じ店内にある100円ショップダイソーもついでにのぞいてみた。電子譜面を独立させて使うための直径10ミリのパイプがもしかしてあるかも…と調査。
 お目当ての工作材や園芸支柱には適当なものがない。代替品はないかとしつこく探索するうち、「のれん棒」という商品を発見する。直径10ミリで、丈夫な鋼製パイプ。横に使った場合で耐荷重1Kg、とある。これは使えると直感し、3色あるうちの白を買う。

 家に戻って手持ちの譜面台に差しこんでみると、最上段にピタリ合う。長さが1Mもあり、電子譜面には半分もあれば充分。残りは譜面台利用のデジカメ撮影台にでも使おうと思う。

2012年9月21日金曜日

思惑通りのライブ

 平日だが、午後から近隣の小樽市にあるデイサービスの秋祭りで歌ってきた。連日の猛暑もようやく一段落し、秋らしく過ごしやすい陽気。ステージ衣装も久しぶりにシャツを1枚増やして臨んだ。
 札幌の北端に位置する我が家から小樽市は比較的近いが、それでも往復で50キロあった。ライブ会場としてはかなり遠い部類に入るだろう。

 実はこの施設では今年2月末にも歌っている。利用者や職員の方々から「あの人の歌がもう一度聴きたい」との要望があったそうで、わずか7ヶ月後という短すぎるインターバルが気がかりだったが、歌い手にとって殺し文句に近いそのお誘いを拒むことなど不可能である。


 距離的には遠いが、渋滞のない裏道を通るので40分弱で着く。開始予定は13時30分だったが、15分前には着いてすぐにスタンバイ。一昨日作ったばかりのマイクスタンド直付電子譜面はこの日が使い始めだったが、思惑通り設置はごく簡単に終わった。
 床が1段低い食堂では、すでに利用者の方が椅子に座って開演を待っている。職員の方に予定より開始を早めることを提案。5分早い13時25分から歌い始め、35分で以下の14曲を歌った。

「高原列車は行く」「草原の輝き」「知床旅情」「高校三年生」「二人は若い」「おかあさん(森昌子)」「夕焼け小焼け」「紅葉」「赤とんぼ」「月がとっても青いから」「ここに幸あり」「お富さん」「丘を越えて」「まつり(北島三郎)」
 ライブが目白押しなので冒険はなく、実績ある曲を並べた。マイクスタンド直付電子譜面は使用中も終始安定していて、スタンドや丸型クリップがずれたり動いたりすることは一切なかった。今後、普通に使えるメドがたった。
 前回歌った曲との重複は「知床旅情」のみ。歌う間隔が短いので、場としては非常に難しい。「前回よかったから、次もよい」とは必ずしもならないのがライブの難しさで、基本的に人は飽きる動物なのだ。


 全体的に大人しい方の多い場で、どちらかといえば情緒的な歌が好まれる。私の得意なジャンルだが、秋祭りイベントの一環なので、ニギヤカ系の曲もうまく取り混ぜた。
 ライブは笑いあり手拍子あり涙ありで、前回以上に手応えのあるものだった。起承転結に気を配った曲の構成もうまく運んだ。「二人は若い」ではいつものように聴き手を巻き込み、ラストの「まつり」では歌詞の一部に施設名を入れて、喝采を浴びた。「ここに幸あり」では聴き手の目に光るものを見た。

 この日は中間あたりで、普段より長めのMCを意識的に入れた。電子譜面採用以降、曲間の時間ロスがほとんどないので、35分だと15曲は歌ってしまう。さすがにそれでは多すぎるように思えたので、場とのコミュニケーションを図るべく、思いつくままにあれこれ話した。
 話してみて思ったが、数曲毎に長めのMCを入れるのも悪くないと感じた。聴き手との親密度が増し、以降の進行がスムーズに運ぶ。無駄をそいで生まれた時間的余裕だったが、思わぬ効用があった。
 終了後、職員の方から「利用者も職員も癒され、楽しませてもらいました」と労われる。「まさかここで『草原の輝き』が聴けるなんて」「菊地さんの歌う『夕焼け小焼け』は、ちょっと違って聴こえる」「どうやってその声を維持してるんですか?」など、歌い手冥利につきる言葉もたくさんいただく。

 同じ場で2度目までは何とかやれるが、問題はここからだ。以前にもどこかでふれたが、3度目の壁はとてつもなく厚くて高い。しかし、今日はそんな先のことなど考えず、思惑通りに運んだ満足感にしばし浸っていよう。

2012年9月20日木曜日

昭和歌謡以前の世界

 9月の敬老月間も明日のディサービス訪問ライブで大きなヤマを超える。今年は単なる数のほかに暑さとの闘いもあって、かなり消耗したが、よくぞ歌った。

 来るべき秋のライブに備え、あれこれ準備中。昨日の電子譜面関連機材省力化もその一環だが、その他に「1960年(昭和35年)以前の懐メロ」に限定したライブをやろうかと考えている。
 いわゆる「昭和歌謡」の範囲を個人的には「1960~1985年(昭和35~60年)」あたりのPOPS系歌謡曲、と考えていて、線引は1960年。たとえば「恋のバカンス」は1961年なので昭和歌謡。「有楽町で逢いましょう」が1959年で懐メロ、といった感じだ。


 あくまで目安だが、先日の訪問ライブのMCでこのことにふれたら、「なるほど」と、職員さんにエラく感心された。1960年を境に、歌の世界観がガラリ変わるような気がしてならない。

 昭和歌謡の世界はこの1年である程度極めた感もあるが、ではそれ以前の歌に限定してみると、どうなる?と思った。対象曲をざっとピックアップしてみたが、面白い傾向が見えてくる。
「限定」となると、他の歌い手はあまりやっていない独自の世界で、そこがまたよろしい。支持されるかどうかは分からないが、トライする価値は十分ある。

2012年9月19日水曜日

中華Padを直付に

 修理に出して新品になって戻ってきた中華Padに搭載した電子譜面を使い続けるうち、(もしかして譜面台そのものが不要なのでは…)と思い立った。
 これまでは紙筒を利用したホルダーを作り、マイクスタンドの縦パイプ上部に通して、その中に譜面台の一番上の部分だけを差し込んで一体化させ、使ってきた。

 しかし、中華Padは手製のホルダーに入れてもかなり小さく、譜面台の左右と上が大きく余っている。フットワークをより軽くするべく、日々努力しているが、譜面台そのものがもし不要となれば、さらなる軽量化が図れる。マイク周りはさらにすっきりし、見映えもよくなる。
(ライブに見映えは大事である)


 真っ先に思い浮かんだのは、事務用の目玉クリップだった。以前にライブ録音用のICレコーダーをマイクスタンドに固定する手段に使ったが、非常に強力である。
 100円ショップダイソーで4個入りの品を洗濯物固定用に買ったばかり。(65ミリ幅)さっそく試してみると、マイクスタンドのブームパイプにがっちり止まる。これは使える。
 スケッチを描き、木材の端材を見繕って中華Padホルダーの裏側に木ネジで止め、6ミリの蝶ナットを目玉クリップの穴に通して固定。好きな場所に移動でき、角度変更も自在。(液晶の反射があるので、角度調整は重要)これまでよりむしろ使いやすくなった。


 ちょっと困ったのは、カポやピックの置き場。これまでは穴を開けた小さな棚板を譜面台の下端に通して固定していたが、これが使えなくなる。いろいろ試したが、いい方法が見つからない。
 以前のようにカポはポケット、ピックはギターの一部に取り付けたポケットに入れる方法に戻そうかととも考えたが、出し入れに時間がかかるのが難点だった。これではスピード化の基本方針に逆行する。
 中華Padホルダーの下端が空いていることにふと気づく。ここに薄い木片を固定し、受け枠にしてやれば、小物類は置けるのではないか…?
 さっそくやってみると位置が譜面のすぐ近くなので、素早い脱着が可能。いい感じである。ピックを複数枚置いておき、割れたときに咄嗟に持ち替えることもできそうだ。


 これまで譜面台に吊るしていた譜面隠しは、中華Padホルダー上端に小穴を2ヶ所あけ、ここにヒモを予め通しておくことで対処した。これで万事OKだ。
 あれこれやって、減った分の機材の重量を量ってみたら、約500g。ストリートライブ移動時に、この差は大きい。機材の組立てや撤収の時間も、より短くなりそうだ。
 譜面台を単独で使うイベント系ライブの場合、譜面台の一番上に中華Padを直接つける必要があるが、方策はすでに立ててあって、中華Padホルダー裏面の木片には、そのための固定穴が開けてある。
(譜面台上段と同じ径10ミリのパイプの手持ちがなく、作業は後日)

 万が一の電子譜面動作不良に備え、最低限の印刷譜面はいつも持参しているが、仮にそんな不測の事態が起きた場合、写真のように別の丸型クリップで中華Padホルダーに直接固定する予定。
 電子譜面に比べて入れ換えに時間はかかるが、風にも強く、非常時の対策としては有効であろう。

2012年9月18日火曜日

浮きガエル

 昨日の訪問ライブレポで、終了後に「次に行くところがある」と記したのは、実はカエルヤ珈琲店のことだった。毎年恒例の「第4回カエル自慢コンテスト」が先週から実施中で、過去3回は皆勤だったが、暑さと多忙でこのところすっかりご無沙汰。うかうかしているとエントリーしそびれてしまう。
 昨日歌った介護施設がたまたまカエルヤの近くで、このチャンスを逃してはならじと、手持ちのカエルグッズのひとつを握りしめ、終了後ただちに向かった。

 しかし、こんな企画が4年も欠かさず続くことに驚く。やるほうもやるほうだが、出すほうも出すほうで、毎年60を超えるカエルがエントリーされるのだ。双方のあくなきアソビ心がなければ、とても続くものではない。


 今回のエントリーはセトモノで出来た灰皿風のカエルで、3人の子供の誰かから貰った。灰皿には見えるが、それにしては小さい。まあ、1~2本だけのライトスモーカー用だろうと勝手に思い込み、エントリーシートにもその旨記入した。
 ところが公開用の写真を撮るため手にした店主のU子さん、「これ、もしかしてウキじゃありません?」
 ウキって?と思わず問い返すと、水に浮かべる飾りですよ、とU子さん。同様の品を以前に目にしたことがあるという。コンコンと叩き、ほら、中は空洞ですよ、浮きますよ、これ、と自信ありげ。

 そう言われるとそんな気がしないでもない。家に戻り、さっそく金ダライで試してみると、見事に浮きました!水底にオハジキなんぞ沈めてみると、なかなか風情がある。ちょっとした振動でス~イスイと水面を動き、いかにも気持ちよさげ。
 さっそくU子さんにメールで報告。暑い日に玄関口にでも飾ればよいアクセントになりそうだが、持っていかれるのが怖いので我慢。たまに台所洗い桶かバスタブに浮かべる程度にしておこう。
 事務局からメール連絡があり、先日受けたチカチカパフォーマンスに合格したことを知った。11組受験中合格は9組で、弾き語り系は3組受験して、合格したのは私だけだった。
 対してジャグリングなどの他ジャンルは全員合格で、音楽系には厳しい結果である。

 今回の結果に関して自分なりに分析してみたが、あくまで「通りを行く一般市民」に向けたパフォーマンスなのだから、何かしらのサービス精神がなくてはならず、たとえ技術的なレベルが合格点でも、そこが合否の分かれ目なのではあるまいか?と思ってしまった。
(全パフォーマンスを見届けたわけではないので、あくまで推測である)

 特にジャグリング系パフォーマーの場合、すべてのパフォーマンスは外に向かっていて、そのサービス精神ぶりは徹底している。
 音楽系パフォーマーの世界は得てして自己陶酔、つまりは内へと向かいがち。ジャグリング系と全く同じことは無理としても、曲の構成やMC、歌うスタイルなどである程度のことは可能ではないか。いつまで続けられるかは分からないが、今後もこうしたサービス精神を見習い、忘れずにいたいと思う。

2012年9月17日月曜日

30分で13曲

 全国展開の介護施設のひとつで実施された敬老ライブで歌ってきた。最近急増するネット経由での依頼だが、場所は先日小学校同期会をやったホテルのすぐ近くで、車で30分弱の距離だ。
 一昨日の掛け持ちライブで消耗した直後でもあり、気力体力面でかなりの不安があったが、中一日で充分な休養をとったせいか、どうにか回復。冒険はせず、定番曲を中心に無難な構成で臨んだ。

 事前にグーグルストリートビューで充分なイメージ調査をしてあったので、迷わずたどり着けたが、当初は13時40分から開始だったはずのイベントが、10分早まったという。
 到着は13時20分だったので、大きな問題はない。5分で機材の搬入と設置を終わらせ、用意された控室で出番を待った。
 冒頭の挨拶等があり、13時35分からライブ開始。職員を含めて、およそ40名ほどの聴き手である。窓を背にしたステージだったので、やや顔が見にくかったかもしれないが、顔は二の次で問題は歌であろう。
 50代の若年性認知症の方がいるとのことで、少し新しい曲も歌って欲しい、との要望が事前にあり、ほかにも数曲のリクエストがあって、結果として以下の13曲を30分で歌った。(※はリクエスト)

「月がとっても青いから」「さんぽ」「高校三年生」「二人は若い」「草原の輝き」「夕焼け小焼け」「紅葉」「赤とんぼ」「北国の春※」「知床旅情」「丘を越えて※」「故郷※」「炭坑節」


 この日のプログラムは4つあり、合計2時間のうちのトップバッターが私である。後半には職員さんの出し物も予定されていて、ライブ中も人の出入りが激しく、ややざわついた雰囲気の中でライブは進んだ。
 あまり好きではない状況だったが、こんなこともある。ストローク系の曲を多めに用意したので、そんな喧騒を吹き飛ばす勢いで歌い進んだ。

 全体的には大人しい方が多かったが、乗りのいい方が数人いらして、かなり助けられた。例によって中盤には聴き手参加型の「二人は若い」を歌う。たいていは事前にかけ声を練習してから本番に進むが、これで場は一気に乗る。非常に便利な歌である。
「さんぽ」「草原の輝き」は若い方むけに選んだが、高齢者にも問題なく受ける曲であることは分かっている。「フォークも歌って」との要望から、本当は松山千春の「大空と大地の中で」も予定に入っていたが、場の雰囲気から無理と判断。無難な「知床旅情」へと咄嗟に差し替えた。
 今回も電子譜面を使ったが、背後の窓からの光が予想外に強く、電池消耗を抑えるため輝度を下げた設定にしてあったので、やや液晶が見にくかった。ミスはなかったが、途中で設定を変更すべきだったかもしれない。
 中盤の童謡3曲はキーをカポなしで統一し、譜面も1画面に3曲入れて、MCなしのメドレーで一気に歌った。唱歌系の短い曲ならこの技が使える。30分で13曲は普通は歌えないが、こうした工夫と電子譜面があれば不可能ではない。

 終了後、珍しく数名の男性利用者の方から声をかけられた。どの世界でも同じだが、元気がよいのはおしなべて女性。介護施設でも例外ではないが、ここは違っていた。
 残りのイベントも見届けたかったが、次に行くところがあったので、途中退出。この日も真夏のような暑さで、歌いながら汗が噴き出たが、喉の調子はピークに近く、途中一度も水を飲むことなく乗り切った。

2012年9月15日土曜日

酷暑の掛け持ちライブ

 31度に迫る酷暑のなか、日に2本という掛け持ちライブを久しぶりにこなした。弾き語り活動を本格再開した時期に1~2度やった記憶はあるが、心身に多大なストレスを伴うので、還暦を過ぎてからは意図的に避けている。
 しかし、今回は断れない条件がそろってしまった。まずは1年間続けた札幌駅地下歩行空間でのチカチカパフォーマンス・オーデションである。一度合格しても、必ず1年毎にライセンスを更新する必要があり、受けないと資格を失う。再開するには、半年後にゼロから受け直すことになる。
 チカホではこの1年で17回のパフォーマンスをこなし、延べ300曲以上は歌っている。多くの出会いがあり、新しい発見があり、自分の歌の幅も大きく広がった。
 集客面でも限界値と言われる60名に数回迫り、ある程度の達成感はある。このまま受けずに流してしまう考えもあったが、熟慮のすえ、もう一回だけ更新してみようかと思い直した。
 仮に半年後に受け直しても合格する保証はなく、やるなら実績が残っているいまのうちだ。


 日程はかなり前から決まっていたが、「敬老月間」である9月中旬と聞いて、(もしかして何かの訪問ライブと重なるのでは…)との不安があった。しかし、調整してうまく避けたつもりでいた。

 ところが数日前になって地元社福協の責任者から電話があり、依頼を忘れていたが、週末の敬老会のラストに出演していただけないか、という。聞けば、日程も時間も全く同じである。
 指定された懐メロ系の曲を歌いながらリードし、会場の方と一緒にシングアウトするという大事な役割で、過去2年続けて出演している。カラオケやピアノは使いにくく、ギターが手っ取り早い。すでにプログラムも印刷し終えており、代役はいないという。
 日頃お世話になっている方なので断りにくい。義理は大事である。チカチカの事務局に事情を話し、オーデションの順序を極力早い時間に調整してもらうことにした。


 オーデションの順序は11組中のトップで、13時10分開始である。この時間なら終了後に何とか地元に戻って、敬老会のラストに間に合う。
 当初は10分の持ち時間だったが、3回目となる今回は受験者が半減し、急きょ20分に増えた。直前の決定だったので、予定通り10分でもよいとのことだったが、目一杯を使うことにする。長く歌えば聴き手は徐々に増える傾向にあるので、パフォーマンスとしては正解だと判断した。
 とはいえ、20分間には転換時間も含むので、実質17分前後に収める必要がある。この1年の総集編のような位置づけで、ジャンルの異なる以下の5曲を歌った。

「サン・トワ・マミー」(シャンソン)「エーデルワイス」(唱歌)「季節の中で」(フォーク)「つぐない」(演歌)「聖母たちのララバイ」(昭和歌謡)

 ほぼ予定通りにライブは始まったが、冷房がないので地下も外と変わらぬ暑さ。歌い始めたとたん汗が吹き出した。写真の顔が妙に上気しているのは、上がっているのではなく、暑くて体温が上昇したせいである。
 トップなので、100席近くある会場はまばら。気楽といえば気楽だが、やはりたくさん集まってくれたほうが張り合いがあるというもの。
 いつものペースで無用なMCは省き、中華Padによる電子譜面で曲間の切換えも瞬時。サクサクと歌い続けるうち、じわじわと聴き手も増えてきた。ラスト2曲あたりでは、最前列に座る方もかなり出てきて、8分ほどの入り。
 パフォーマンスとして弾き語りの集客力はいまいちなのが日頃の活動から分かっているので、これだけ集めれば充分。オープニングアクトとしての役目は果たせたと思う。

 実績ある曲ばかりなので無難にこなしたが、モニターが足元にないので、ほとんど勘で歌わざるを得なかった。持参したPAを真横に置く普段のスタイルのほうがむしろ歌いやすい。
 ラストの曲の最後のストロークで、ハイコードAmの押さえがやや甘く、音がぶれた。暑さによる集中力の欠落だが、もったいないことをした。しかし、実質時間は練習通りに17分ぴたりで収めた。
(練習ではMCも擬似的に入れるので、ズレはまずない)

 会場で偶然、知人のSさんに出会う。ライブハウスで知り合った方だが、今回初めて受けるのだとか。妻が仕事でこれなかったので、写真はそのSさんにお願いした。
 終了後、ただちに地元の地区センターへと向かう。Sさんのステージは後半なので、見届けることはできない。駐車場へむかう途中、さすがに疲労感を感じたが、もうひとがんばりである。


 酷暑の掛け持ちライブの1本目を何とかこなし、オーデションの結果を確かめる暇もなく、すぐに機材をかついで駐車場へと戻る。普段と違ってPAとマイクスタンドがないその分、いくらかは楽だが、とにかく暑さのなかで歌うのは体力を消耗する。
 ひとまず車を出して木陰に停め、持参したバナナとクッキーを水で流し込む。こんな日に歌うには、マラソンでもやるような準備が必要だ。
 ひと息ついたのち、次のライブ会場である自宅近隣の地区センターへとむかう。ここで13時から地元社福協主催の敬老会が進行中である。自宅に戻る時間はなく、機材は出掛けに積み込んであったが、実はこの機材が曲者で、2つのライブで微妙に種類が違うのだ。
 チカチカパフォーマンスの機材は、常用するオベーションのエレアコに太めのシールド、そして電子譜面搭載の中華Padと譜面台である。ところが、地区センター敬老会ではエレアコが使えず、いつもはモーリスギターを持参してマイク録りをしていた。
 今回もそのつもりでいたが、最近になってモーリスギターの音ズレがひどく、カポを移動するごとにチューニングするような状態。ギターを2台持参する煩わしさもあり、今回は両方のライブを同じエレアコでやることにした。

 エレアコでのマイク録りもやれなくはないが、常用する乾電池式のPAを持参し、ギターの音だけをこれで出すことにした。予算の関係で敬老会には専任の音響スタッフが不在。やむを得ない選択である。


 15時過ぎには会場に着き、まずは責任者のMさんに到着の挨拶。急な依頼で気をもんでいたようで、しきりに恐縮された。
 私の出番は15時45分だったが、プログラムを見ると持ち時間が10分に減っていて、しかもラストで歌うはずだった「故郷」が、なぜか「青い山脈」に入れ替わっている。
 急きょMさんと打合せたが、Mさんの意向が印刷側に届いていなかったらしい。中華Padに全譜面が入っているのでどちらでも歌えたが、結局はプログラム掲載の「青い山脈」で行くことになる。持ち時間は多少伸びても、予定曲を全部歌って欲しい、とのことだった。

 中華Padをとりにいったん駐車場に戻り、「青い山脈」のコードを確認。他の3曲は印刷譜面でやるつもりでいたので、その場でプログラムの歌詞にコードを書き写す。時間ロスを最小限にするべく、控えのロビーでPA用の三脚や譜面台を組立て、シールドも移動が楽な細くて短いタイプをPAにつないで準備した。
 節電のため、地区センターにも冷房はない。出番がくるまでロビーの椅子に座っていたが、暑さと疲れでついウトウトしてしまう。
 少し遅れて、15時55分からライブ開始。ギターを肩から背負い、PA一式は両手で抱えて舞台袖の階段からステージに上る。譜面台とマイクスタンドだけは係員の方に運んでもらった。電子譜面を使わなかったのは、この舞台袖からの移動時に慣れない係員が中華Padを落下させてしまう恐れがあったから。
 素早くシールドをつないでPAのスイッチを入れてスタンバイ。この間、たぶん1分以内である。
 季節外れの暑さと3時間近いイベントのラストということで、150席ある会場は半分ほどの入り。聴き手の多くが扇子やウチワを使い、さすがに疲れが目立つ。こんな展開も予想していたので、選曲は元気がよくて短めの懐メロ系でまとめた。

「月がとっても青いから」「高校三年生」「青い山脈」「世界の国からこんにちは」

 どの曲も2分ほどで終る曲だが、場の反応によってはさらに切り詰めるつもりでいた。しかし、「月がとっても青いから」の反応が案外よいので、珍しく3番まで省略せずに歌った。
 遅れて着いたのでほとんど観ていないが、プログラムによるとギター弾き語りの出演者は私一人。ポップ系の懐メロも皆無だった。多数が出演するこの種のイベントは、「他があまりやりそうにない選曲」というのがポイントのように思われる。

 ラスト2曲は主催者指定のシングアウト用の曲で、まずは無難にこなした。真横に置いたPAから響くギターの音はよく聞こえたが、ボーカル用マイクの音は高い位置にあるスピーカーから出るので、ステージからはほとんど聞き取れず、勘で歌わざるを得ない。
「モニターなし」「リハなし」「時間や曲は直前でよく変わる」毎度のことだが、この種のステージでは、こうした悪条件がごく普通であり、それらをうまくさばく技量が求められる。過酷だが、自分のスキルは間違いなく向上する。

2012年9月14日金曜日

DIY三昧

 昨日よりもさらに暑く、昼近くでほぼ30度。暑い中で汗まみれになって歌うのはまっぴらだが、DIYならば何とかやれる。まずは残っていたポリカーボネート波板の端材を、使えそうな窓に合わせて切断。
 だんだん作業にも慣れてきて、切った寸法もドンピシャ。単に押しつけるだけでぴったり収まる。下部が一時的に結露する居間のテラス窓にも、波板を横に使えば下部60センチくらいはこの方式でカバーできることが分かった。車庫に面する玄関横の窓にも別の端材がぴったり収まった。ここの結露はごく軽微なので、もしかすると波板だけでも効果があるかもしれない。

 どちらの窓にも目隠しは不要で、常時カバーをする必要はない。ひとまずは外してしまっておき、12月頃に本格的に装着しようと思う。


 その後、北側に立ててあった外部温度計の移動工事をする。台所窓のすぐ外側に1.8Mのタルキを立て、上端内側に温度計をネジ止めして、外部気温を室内からチェックしていたが、昨冬から窓にプチプチ目隠しを貼り、さらにはポリカ波板も今回重ねて貼った。結果として目隠し断熱効果は抜群だが、温度計の目盛は非常に見にくい。

 室内温度や日光、雨雪の影響を受けず、しかも見やすい場所を探した結果、東側の車庫に面する窓の外に、車庫の梁から吊るしてやればよいことに気づく。
 窓の開閉に支障があってはならず、高さと壁からの離れ、左右からの位置を慎重にチェックして、最適の位置を割り出した。


 室内側から見た写真と道路側から見た写真は上の通り。少し邪魔な感じはするが、まあこれくらいなら我慢できる。早朝は直接陽が当たる場所だが、背中側なのでそう大きな影響はないだろう。この位置でしばし様子をみたい。

 その後、温度計の柱に使っていたタルキを60センチに切り、先端をナタで削って北側隣地の境界杭に使うことにする。
 タルキを直に打ち込むとすぐに腐ってダメになるので、まずは45センチに切った足場パイプを土中に打ち込み、その上に差し込むようにする。写真の真中がそれで、最近まで灯油タンクがあった場所だが、東に移動したので、境界杭が1本新たに必要になった。
 足場パイプは普通の鋼管に亜鉛メッキしたものだが、他の境界杭を見て分かるように、土中に埋めて13年経っても大きな腐食はない。試験的に使ってみたが、こんなに持つとは思わなかった。
 むしろ上に差し込んだタルキのほうが腐食が進んでいる。順次交換する必要があるかもしれない。


 残暑の盛りに冬にむけたDIY作業に余念がないが、この種のことは気分が乗っているうちに片づけてしまうに限る。やっていてつくづく思うが、自分は本当に手仕事が好きななのだ。
 やれる手仕事が山のようにあるうちはシアワセである。

2012年9月13日木曜日

冬の備えに追われ

 長雨がようやく止んだとたん、また30度近い暑さがぶり返した。札幌の今日の気温平年値が22.9度なので、7度近くも高いことになる。予報では明日も30度を越すとか。
 こうも暑いと、やはり温暖化は進んでいるのかも?と思ってしまう。それが二酸化炭素によるものかどうかは別にして。

 暑いが、午後から実家方面に行く。ずっと延ばし延ばししてきた用事が溜まっている。最寄りの区役所に行き、高額医療費の書類を提出。郵送でもよかったが、実家近くにあるので、ついでである。
 その足で実家に行き、姉と合流してあちこち点検。いろいろ頼んであった雑務にかかった費用を清算する。母が施設のお世話になっているので、施設関連の費用や実家の維持に要する費用の管理は、全て長男の私の役目。子供の誰がやってもよいのだが、やはり長男がやるのが波風がたたぬ。
 塗装の時期がきていた実家の外壁に関し、業者に見てもらったところ、誰も住んでなく、今後どのような所有形態になるか分からない家に、大きな補修費用をかけるのはいかがなものか?と言われた。
 新築後およそ9年が経ち、大修繕の時期がきているのは間違いないが、業者の言い分ももっともで、非常に良心的なアドバイスだった。考えなおしてひとまずは対症療法でやり過ごすことにした。

 高所の壁の補修は長いハシゴを持つ義兄に依頼。1階屋根端部の雨しぶきがかかる場所で、最も傷みの激しい箇所だったが、ひとまず穴は塞がっていた。
 今日は残ったパテで可能な限り傷んだ部分を埋めた。しかし、1階屋根の雪が2階壁と接する部分はパテ補修が不可能。別タイプの補修材を使うか、さらに表面を雪に強い材料、たとえばポリカーボネート板で覆うなどの対策が必要だ。
 自宅の冬の備えと併行して、実家の面倒も見なくてはならない。9月は殺人的なライブスケジュールに追われているので、本格的な対策は10月か。さすがに暑さは去っているはずだが。

2012年9月12日水曜日

端材のリサイクル

 先週末に移動工事を実施した灯油タンクに関連し、事前に上部のDIY木製ガードを撤去した。部品は分解し、再利用できそうな木材は保存。傷みがひどいものは切断してBBQ用の薪か、燃えるゴミとして処分する。
 ちょっと迷ったのが、屋根に使っていたポリカーボネート波板。元々は車庫屋根に使っていた端材だが、度重なる再利用であちこちにビス穴があき、こちらも細かく切って捨ててしまおうかと一時は思った。


 久しぶりに晴れたので、ウッドデッキでひとまず汚れを落とし、乾かしているうちに、いいアイデアが浮かんだ。(1階北側窓の内側に貼ってあるプチプチ緩衝材の押さえとして使えるのでは…?)

 昨年冬から、1階北側窓には内側から梱包用のプチプチ緩衝材を貼ってある。北側隣地に家が建つことになり、透明ガラスだった窓に何らかの目隠しが必要だったことがまずある。
 ついでに厳冬期における窓下端部の結露防止対策にもなるのでは?との甘い期待もあったが、結果としてそのどちらもが立派に機能した。
 梱包材の余り物なので基本的にはタダだが、唯一の問題は一冬で両面テープがはがれてしまうことだった。ガラス側は常に冷気にさらされ、水蒸気で内側がわずかに曇るので、これはやむを得ない。
 暖かくなってから両面テープを貼り直していたが、プチプチ緩衝材の室内側に何らかの透明板をはめ込んでやれば、両面テープなしでも保持できるのでは?と考えた。

 試しに余り物のポリカーボネート波板をガラス内側と同寸法に切り、はめ込んでみると、波板に前後幅があるため、ちょううどいい按配に枠に固定される。少なくとも脱衣室側の窓は、このままで充分に使える。
 台所側の窓は少し大きく、端材の波板では足りない。こちらは明るくて目立つので、新品を使うことにする。2度ならず、3度利用できる端材。とことん使って無駄なく暮らす。