2018年2月28日水曜日

延々と続く

 施設内で転倒し、右目の上を14針縫って1日だけ入院した母の抜糸の日だった。病院の予約時間が14時で、早めに食事を済ませて13時に施設へ向かう。風邪が抜けきらず、まだ薬を飲んでいる半病人の身だが、車での送迎が関わるので、代行できる者はいない。
 看護師さんが現れて、車椅子からの乗り降りで痛がるので、介護タクシーにすべきだったと言う。1週間前の退院時には、私の軽自動車でも特に支障がなかった。

 介護タクシーの急な手配は難しいので、前回同様に私の車で向かうことにする。確かに乗る際には身体のどこかを痛がったが、座席に座ると大人しくなり、痛みは消えたようだ。
 病院に着いてから慎重に車椅子に載せたが、下りる際はなぜか痛みを全く訴えず、単に手を添えてやるだけで済んだ。
(推測だが、今月2度目の転倒時に肋骨の一部にヒビでも入ったのかもしれない)
 ほぼ予約時間通りに診察室に通され、さっそく抜糸。簡単に終わって、それで帰れるはずが、この1週間の母の様子が詳しく記された手紙が施設から医師宛にあり、痛がったり嘔吐したりするので、再度CTスキャンをやって欲しいとのこと。
 2日に渡って詳しく検査をやっているので、医師はその必要なしと判断していたが、施設からの強い希望なので、念のためもう一度やることになる。

 ここからかなりの待ち時間があり、全てが終わって帰路についたのが16時15分。施設に送り届けて、17時ころから栄養士さんや看護師さんとまた細かい打合せをする。


 施設側の新たな対応として、尿をカテーテルで膀胱から直接取る手段に変わっていた。退院直後からやっているそうだが、これにより深夜にトイレに行く必要がなくなり、転倒のリスクは激減することになる。
 本来は入院時などにする対策で、ずっとやるのは医療上好ましくなく、あくまで容態が落ち着くまでの措置。

 不思議なことに、それでも日に3度は尿意を訴えるそうで、そんな時は部屋に置いたポータブルトイレに座らせると落ち着くという。もちろん尿は出ないが、母にとって深夜のトイレは、あくまで精神の問題であることが明確になった。
 これまでオープンだったトイレの外側は、アコーディオンカーテンで常時閉ざされ、マグネットが強いので握力の弱い母は、一人では開けられない仕組みになっていた。いつもの場所にあるトイレが見えないので、ポータブルトイレに座る気になったのか。
 幼児が「オマル」でトイレの訓練をするのと似ているな、と思った。目的はまるで違うが、要は母の転倒リスクが減ってくれればよいのだ。

 先日の私の提案とは対応が少し違っていたが、トイレを「危険地帯」とみなし、対策を絞り込んでくれたのは朗報。さすがにプロだな…、と感心した。
 このまま落ち着いてくれるとよいが、容態が安定して自立歩行が可能になると、またぞろ一人で歩き出して転倒を繰り返すのだろう。終りが来るまで、そんな日々が延々と続くのだろう。家族の不安や負担もまた…。

2018年2月27日火曜日

平熱に戻る

 発熱してから3日目に入った風邪、前夜から飲み始めた薬の効果か、昨夜はひどい寝汗をかき、起き抜けにパジャマを交換。体温を測ってみると、35.8度まで下がっていた。
 母の施設に冬期入る際、入口で体温を測って記入するシステムになっているが、この時でだいたい36.0〜36.1度あたり。体温計の誤差もあるので、まずは平熱に戻ったと判断してよい。
 喉の痛みや鼻水、痰や咳の症状はまだ残っているので、朝食後に薬を飲んだあと、再び布団に潜り込む。13時ころに起きて昼食をとり、14時ころにまた布団へ。昨日もそうだったが、風邪のときはひたすら寝るのが回復への近道だ。
 15時半ころに再び起き、かなり楽になったので、ようやく普通の服に着替える。確定申告書作成の作業が残っているがヤル気が起きず、2日ぶりに珈琲を飲んで、ただボ〜としていた。


 夕方に妻が買物に行きたいようなことを言う。妻の体調もパッとせず、やむなく車を出すことにする。
 土曜からやっている町内会の排雪作業が予定より大きく遅れていて、ちょうど自宅前が作業中。簡単に車は出せそうになかったが、南側通路が短時間だけ開いたので、素早く車を出した。

 買物を終えて戻ると、ようやく全作業が終わった様子。今冬は豪雪のせいか排雪費用が昨年よりもかなり上がったと聞くが、道幅が6mしかない我が家周辺に限っては、排雪後も道路状況にさしたる変化はなく、費用対効果の実感は乏しい。

2018年2月26日月曜日

インフル検査を受けた

 昨日午前中に36.8度の微熱があり、その後ライブを終えて夜に再度測ったら、37.4度まで上がっていた。普段は36度そこそこの低い数値で、熱はあまり出ない体質。過労と風邪からきていることは間違いなく、手持ちの市販風邪薬をひとまず飲んで、22時には床についた。
 延々12時間近くも死んだように寝て、起床後にもう一度測ったら、36.3度まで下がっている。ほぼ平熱で、状況次第ではインフルエンザの検査に病院へ行く気でいたが、やめることにした。
 午後になって念のため再度測ってみると、どうしたことか37.3度まで上がっている。これはいけない。やはり病院に検査に行こうと車を出したが、折悪しく町内では排雪作業の真っ最中で、どこからも車を出せない。
 やむなくまた戻って、布団に潜り込む。いわばふて寝のようなものだが、16時ころに起きて再度試みたら、どうにか出られた。


 今回は熱があるので、いつも行く耳鼻咽喉科ではなく、確実にインフルエンザ検査をやってくれそうな近所の内科呼吸器科を選択。
 症状を伝えたら、いきなり診察室に呼ばれて、インフルエンザ検査をやることになった。受けるのは初めてだが、鼻の穴に細長い綿棒のようなものを入れられて検体を採取した模様。

 15分ほどして再度呼ばれ、結果はマイナス。つまりは、インフルエンザの可能性は低いとの診断。熱が出始めて12時間以上が経過し、微熱でもインフルエンザの場合があると聞いていたので、拍子抜け。単なる風邪ということで、解熱剤を含めて6種類の薬を5日分もらってきた。
 費用は薬代を含めて3千円ほど。初診で検査費用も入っているので、やや高め。仮にインフルエンザだった場合、明後日の母の病院送迎をどうすべきか、面倒なことになるはずだったので、よしとしよう。
「熱が38度を超えたら、また来てください」と言われたが、これを書いている22時の時点で、熱は36.4度。 普段よりはまだ高めだが、このまま速やかに治まってくれることを期待しよう。

2018年2月25日日曜日

声が出ない

 冬は車で1時間はかかる遠方のデイサービスで歌った。数年前にネット経由で依頼され、一時は年3〜4回という頻度で歌わせていただいた。
 ところが、昨年5月を最後に、ぷつりと依頼が途切れた。担当者がやめたり別施設に移動したりすると、それを機に縁が切れることがよくある。

 今回久しぶりに依頼があったのは、これまでずっと担当だったTさんとは別の方。ライブ中もTさんの姿は見えなかったので、何らかの理由でいなくなった可能性が高い。(あえて確かめなかった)
 数日前から続く風邪の症状に加え、昨夜から左耳の耳鳴りがひどく、聞こえが悪くなった。風邪やストレスと関係があるのかもしれない。指圧を繰り返してどうにか症状を緩和する。
 加えて、今朝起きると頭がボーとして身体が少しダルい。(もしや…)と思って体温を測ると、36.8度という微妙な数字。事前の練習で声はまずまず出たので、スケジュールに穴を開けてはならないと、そのまま出かけた。

 用心して早めに家を出たが、路面はすっかり乾いていて、車の流れは順調。夏と変わりない45分で先方に着く。


 耳と喉の両方に不安があるので、これまでこの施設では一度もやったことのない、PA2台方式で臨むことにする。
 聴き手は40名ほど。予定ぴったりの15時から始め、結果として50分強で18曲を歌う。(※はリクエスト)

「北国の春」「白い想い出」「なごり雪」「蘇州夜曲」「愛人」「仰げば尊し」「サン・トワ・マミー」「宗右衛門町ブルース」「春一番(初披露)」
「憧れのハワイ航路」「二輪草」「お富さん」「故郷」「みかんの花咲く丘」「リンゴの唄」「青い山脈」「夢一夜※」「愛燦燦※」
 1曲目からいきなり(まずい…)と直感した。自宅リハでは問題なかったはずの出だし部分が、きれいに出ない。昨日からの声がれ症状は残っていたが、なぜか本番になって高音も出なくなっている。
 急きょキーを半音(1カポ)下げて歌うことにしたが、問題はカポなしで普段歌っている曲。咄嗟の転調はリスクが高く、やむなくそのまま歌ったが、「なごり雪」はどうにか乗り切ったものの、「サン・トワ・マミー」でごまかしが効かなくなった。
「宗右衛門町ブルース」はどうしても高音が出ず、1番で打ち切ってしまうという失態。


 いつも1時間近いライブを求められるが、この日はどう考えても無理。しかし、「喉の調子が悪いので、30分でやめます」とは言い出しにくい雰囲気だった。そこで9曲を歌った時点で、大幅な路線変更を決意する。

 歌い手がアップアップで余裕のない状態なので、聴き手の反応も極度に弱い。当然といえば当然だが、その中で唯一手応えのよかったのが「仰げば尊し」。これをヒントに、音域が狭く、キーを2つ下げても歌える唱歌系懐メロ系の曲を急きょ見繕い、時間の辻褄だけは合わせようと考えた。
 キーは下げたが、低音は比較的安定していて、女性にも歌いやすい。高音部の声がれが解消したこともあって、「憧れのハワイ航路」からの後半は、場の反応が俄然よくなる。
 開始から40分が過ぎ、最後の曲になって初めて、「喉の不調により、お聞き苦しい部分があったことをお詫びします」と陳謝。懐メロの反応もよく、どうにか場を収めたと安堵して撤収しようとしたら、施設長さんがやってきて、リクエストが出ているのでぜひに、と言う。
 帳尻だけは強引に合わせたが、この日はとても人に聴かせる歌ではなく、固辞しようとしたが、1番だけでも…と譲らない。やむなく2曲を1音下げてどうにか歌い切る。

 終了後、なぜか場は予想外に盛り上がっていて、「懐かしい曲を久しぶりに聴けてよかった」と、わざわざ私に伝えに来る利用者の方さえいた。
 喉が絶好調と自分で思っていても、まるで手応えのない場があり、反対に最悪のコンディションで歌っても、それなりの評価がもらえることもある。ライブの七不思議のひとつだろうか。

2018年2月24日土曜日

電話鳴らず

 施設で転倒して1日だけ入院した母が、退院してから3日が経過した。いつまた施設から緊急の連絡がくるかもしれず、明け方近くには決まって目覚めてしまう落ち着かない日々が続いているが、いまのところ電話は鳴らない。
 このまま水曜の抜糸まで何もないことをひたすら祈っている。どのような施設にいても、転倒のリスクをゼロにすることが不可能であれば、家族としては祈るしか術がない。
 緊急の病院対応に奔走したせいか、数日前から咳や鼻水、痰、そして声がれなど、また風邪の症状が出始めた。副鼻腔炎が慢性化している妻は昨日で薬が切れたが、かなり症状が改善して、薬を飲むのをやめている。
 その妻の治りかけウイルスをもらったのか、はたまた病院の待合室で咳き込む緊急患者からウイルスをもらったのか、もはや感染ルートは不明。外出から戻るたびに手を洗ってうがいを念入りにしているが、抵抗力の衰えた身体には、あまり効き目がないようだ。


 明日にはデイサービスでのライブを控えているので、一昨日から大根ハチミツやノド飴、ショウガ湯をまとめて飲み始め、今日からは声がれ用漢方薬と市販の風邪薬も飲み始めた。
 明日のライブにむけての調整は、例によって喉に負担をかけないイメージトレーニングがメイン。歌唱中に咳は出ず、キーも普段通り歌えてるが、やや声がれが残っている。しかし、最悪の状態ではないので、明日は何とかやれると思う。
 町内会の排雪作業が今日から始まった。今年は例年にない豪雪で、部分的にはかなりの雪が積み重なっているが、今年の冬は相当しつこいので、もしかすると時期がまだ早すぎるかもしれない。
 しかし、他町内会とのスケジュール調整などあって、時期を任意に選ぶのは難しいようだ。

2018年2月22日木曜日

竹製まな板が寿命

 3年4ヶ月という長きにわたって使い続けてきた100均ダイソーの竹製まな板に、ついに寿命がやってきた。
 繊維にそって真っ二つに破断。メンテナンスを繰り返してだましだまし使ってきたが、修復は不可能。狂いが少なく、抗菌性にも優れているので重宝していたが、やむなく買い替えることにした。


 同じダイソーのまな板を物色したが、同等品はすでに見当たらない。木質系では桐製のまな板があったが、強度に不安があり、結局ポリプロピレン製の薄い抗菌まな板を購入。
 266×157×厚5と一回り小さめだが、両面使えるので、長持ちしてくれることを期待しよう。

2018年2月21日水曜日

転倒防止の具体策

 予報にはなかったが、またまた15センチほど雪が降って、明け方に除雪車も来た。昨日早朝に転倒して入院した母が、早ければ午後に退院するはずなので、午前中から今冬9度目の電動除雪機を出動。車庫前の雪を飛ばし、いつでも車を出せるようスタンバイする。
 13時過ぎに病院から電話があって、MRI検査で問題がなかったので、17時までに退院を済ませて欲しいという。気温が高いうちがよいだろうと判断し、ただちに車を出す。

 14時くらいに着いて、施設からの書類をナースセンターに渡し、入院に伴う書類を提出。同時に会計も済ませたが、明け方の診察で縫合手術や各種撮影もやったせいか、1万6千円弱という高めの費用だった。
 車を玄関ギリギリに停めさせてもらい、車椅子に載せた母を車の助手席側45度の位置に横づけ。車椅子から助手席に移動させるのに、ちょっとしたコツが必要だが、過去に何度も試みて要領はつかんでいる。
 普通は介護タクシーを頼んで車椅子ごと載せてしまうが、先週末に頼んだ際は、11キロの距離で5千円ほどもした。特殊車両を使った送迎付きの介護業務なので高めなのは当然だが、工夫すれば軽自動車でもやれないことはない。


 15時に施設に着いて、今度は施設の車椅子に乗り換える。母は顔の内出血が左目側にも広がっているが、足腰に大きな問題はない。右目がまだ開かないので、当面は車椅子生活になるが、食欲はあって、用意されたオヤツをさっそく食べていた。
 1週間後の抜糸のスケジュールを伝え、帰ろうとしたら、看護師長に呼び止められる。ケアマネジャーとヘルパーさん代表を交え、今回の顛末に対する謝辞と、今後の転倒防止策に関して話し合いを持った。
 昨朝に看護師さんと交わした内容と大きな進展はなく、今後も転倒は起こりうるだろうとの説明。私が知りたいのは具体的な防止策だが、施設側の提案は就寝時にヘッドギアをかぶって転倒による打撲に備えるというもの。母が受け入れるとは到底思えず、これ以外に明確な方針は示されなかった。
 過去にバリアフリー設計を複数手がけている建築士である旨を告げ、昨日から考えていた防止策を先方に提案させてもらった。

1)最も転倒リスクが高く、重大な怪我をしているトイレ内に、ひとまず対策を絞る。
2)転倒でトイレ内のどこにぶつけたか分からないというので、直後の状況写真をデジカメ等で記録する。
3)手すりのコーナー部等にぶつけた可能性があるので、危険性のある突起部などには、ウレタン製の緩衝材を巻くなどの対策をとる。
4)トイレ天井などに人感センサーを設置し、夜間に人の出入りがあった場合、警報が鳴るなどの処置をする。
(照明センサーはすでにあるそうなので、照明と警報を連動させることを提案)
5)職員が他の介護に忙しく、手が放せないときに事故が起きているので、他の介護にあたっている時間帯のみ、母の居室の外側に施錠するなど、トイレに行けない処置をする。
 このうち、5)は「拘束」にあたる可能性があって難しそうだが、他は検討していただくことになった。施設側のこれまで対策は、居室内に家具を並べて手すり代わりにし、行動範囲を制限するなど、居室内にこだわったもの。しかし問題はトイレ内にあると私は思う。
 そのほか、高齢者に子機を持たせ、親機から一定距離離れると警報で他者に知らせる、という装置も各種発売されている。徘徊防止装置だが、現状の母には有効のように思える。

2018年2月20日火曜日

週に3度の転倒騒動

 早朝のけたたましい携帯着信音で眠りを破られた。時計は5時半で外はまだ暗く、こんな時間の電話にロクなものはない。
 案の定、母の暮らす施設からで、母がまたまたトイレ内で転倒し、血まみれ状態だという。これから救急車を呼ぶが、指定病院にただちに向かって欲しい、との連絡。
 先週14日に居室内で転倒し、3日後の17日にも転倒して、救急病院での対応に終日追われたばかり。1週間で3度の転倒とは、さすがに多すぎないか…?と一瞬思ったが、ともかく教えられた病院に向かうしかない。
 前回の迷走でこりたので、今回は病院名を何度も聞き直し、グーグルマップで位置を入念に確かめてから車を出した。
 30分後に病院に到着。治療はまだ始まってなく、付き添ってくれた当直の看護師さんから転倒時の状況説明を受けた。これまで同様に誰もその瞬間を目撃してなく、トイレで倒れていたところを発見されたということで、なぜ転んだかの状況は相変わらず不明。
 夜は対応する職員数が足りないとか、ベット下に置いてある感知センサーがなぜか鳴らなかったとか、いろいろ説明を聞かされたが、要は母の日常動作に施設側が対応できていない、ということだった。


 2時間ほどして、ようやく検査と処置が終わり、診察室に呼ばれる。右目の上がパックリと割れていて傷が深く、14針も縫った。昨年10月末にも同様にトイレで転倒して額を縫っているが、そのときは4針だったので、はるかに重大だった。
 加えて、右目奥にある薄い骨が割れているそうで、傷はいずれ塞がっても、視力障害が残る可能性が高いという。その障害も認知症のせいで自覚は薄いが、見えにくいことによる転倒リスクは、さらに増すだろう。

 救いは脳に障害がなく、意識もしっかりしていることくらいだが、時間の経過で病状がさらに変化する可能性も捨てきれず、結局そのまま入院となってしまった。
 施設の看護師さんは8時くらいで帰り、残った私だけが入院の諸手続きなどをする。ちょうど夜勤から日勤へと切り替わる時間帯で、そのまま2時間ほどじっと待つ。昨夜は1時過ぎまで起きていたので4時間ほどしか寝てなく、椅子でウトウトしていたら、ようやく病室に呼ばれた。
 しかし、相変わらず母は私を認識しておらず、特にかける言葉も見つからない。今後すべきことなどを担当の看護師さんに聞いて、ようやく帰路につく。

 今回は出掛けにパンとバナナを持参して待ち時間に食べたが、帰宅すると空腹感に襲われ、再度朝食をとる。そのまま布団に潜り込み、ひたすら眠った。
 15時近くまで寝て、昼食かオヤツか分からない食事をとり、施設まで母の靴やコート、入れ歯などを取りに行く。最短で退院は明日の夕方だが、どうなるかは分からない。明日もまた対応に忙殺されることだけは確かで、この調子では面倒を見ているはずの私が倒れてしまうだろう。

 4年目の大腸ガン転移&再発検査をすべき時期だが、いつ何時呼び出しがくるか分からず、うかつに予約もとれない追い込まれた状況である。

2018年2月19日月曜日

しつこい冬

 未明から除雪車の地響きで起こされる。周囲に家が建って地盤が安定し、振動は以前に比べて弱くなったが、確かに除雪車の音だった。
 特に予報は出てなかったが、昨日は夕方から断続的な雪が降っていたので、除雪車出動基準の10センチを超えたのだろう。

 6時ころに、今度はエンジン式除雪機のやかましい音で起こされる。トイレに起きたついでに外の様子をうかがうと、近所の家から雪煙がさかんに上がっている。まだ暗いうちから除雪に励んでいる様子。
 前日はライブで疲弊し、前々日は母の病院対応に忙殺されて疲れ切っている。玄関前には除雪車の置いていった雪の山が見えたが、ここは充分な睡眠をとるべきだった。


 10時過ぎに起きて、久しぶりに電動除雪機を取り出して除雪することにする。今冬8回目で、ここ数年ではかなり多い。
 玄関左右にある堆雪スペースを先日平らに均し、雪置き場を確保しておいたので、玄関前の雪は除雪機で飛ばして簡単に載せられた。作業は15分ほどで終了。

 近隣アメダスでは1日で23センチ積もり、近隣の土木センターでも22センチ降っていて、積雪量は110センチに達していた。はっきりしないが、今冬最高値かもしれない。区内の累積積雪量も平年値を大きく上回り、数年ぶりの豪雪である。
 車庫屋根の2度目の雪下ろしはいまのところ必要なさそうだが、予断を許さない状況。実にしつこい冬で、春をひたすら待ちわびる日々だ。
 しつこい冬に付き合うかのように、妻の副鼻腔炎が完全に慢性化の気配で、一向に回復の兆しがない。先週末に2度目の病院に行き、薬も変えたはずが、どうしたことか。
 日中の咳と鼻水、痰が延々止まらず、ゴミ箱にはティッシュの山。大袋で買ったノド飴が、あっという間に消える。

 1月末から延々2週間近くも引きずった私の副鼻腔炎と症状が酷似しているが、妻の具合が悪くなり始めたのは、2/2あたりから。明らかに私よりも治りが遅い。70歳を目前にして、互いに心身の曲がり角にきていることは確かだが、完治はいつになるのか。

2018年2月18日日曜日

初めての場は難しい

 車で30分ほどの有料老人ホーム誕生会で歌った。ネット経由での依頼だが、実は系列の別施設で、7年前に2度歌っている。当時の担当者はすでに辞めたらしく、施設も異なるので、全くゼロからの打合せとなった。
 運営母体は同じで、入居者の入れ替わりが少ないという条件は同じ。介護度の重い方が多いということで、担当のMさんと内容を電話やFAXで細部を煮詰めた。

 前回歌った施設では、「演歌は歌わない」「洋楽系を多めに」など細かい条件が出たが、今回は「可能であれば、裕次郎を1曲」以外に具体的な要望はなく、構成は一任された。
 30分という短めの演奏時間ということもあり、冒険を避けてごく一般的な内容で臨むことにする。
 開始30分前の13時に先方到着。小学生時代に住んでいた地域なので、迷うことはない。
 歌うのは2階のホールで、聴き手は50人ほどか。定員は98名とのことだが、全員が参加するわけではないようだ。


 13時15分くらいから機材の設営を始め、20分過ぎにはスタンバイした。念のためPAは2台を準備したが、聴き手の数と矩形に近い会場の形状から、普段通りの1台でやることにした。
 冒頭にMさんの挨拶があり、予定より早めの13時27分から歌い始める。およそ30分強で、11曲を歌った。

「北国の春」「蘇州夜曲」「お富さん」「知床旅情」「二人は若い」「高校三年生」「仰げば尊し」「矢切の渡し」「夜霧よ今夜も有難う(リクエスト)」「月がとっても青いから」「青い山脈」
 ある程度予想していたが、場の反応は全体的に弱かった。初めての場なので隔たった構成は避けたが、懐メロ系として選んだ「蘇州夜曲」「二人は若い」の手応えがまずまずで、昭和歌謡系の反応がいまひとつの印象。
 唱歌系として歌った「仰げば尊し」は、明らかに他施設よりも反応が弱い。ここは「故郷」を歌うべきだったかもしれない。
 洋楽系はあえて歌わなかったが、「ケ・セラ・セラ」や「サンタ・ルチア」「エーデルワイス」あたりを試してみたかった気もする。

 始まりが早かったので、予定の10曲では時間が余りそうだった。進行上、終了時間は予定通りにすべきと判断。急きょ「矢切の渡し」を歌って時間を調整する。


 共に歌ったり手拍子をしたり、目を輝かせて聴いてくれる一部の利用者の方も確かにいたので、歌が全く届いていなかったわけではない。しかし、難しい進行だったことは間違いない。

 終了後に担当のMさんとしばし話したが、フォーク系の声なので、フォークも1曲聴いてみたかった、と言われた。しかし、歌っている立場としては「君恋し」「誰か故郷を想わざる」「長崎の鐘」など、戦前の懐メロや童謡をもっと歌うべきだったかも…、と反省しきり。
 初めての場とは、かくも難しいものである。

2018年2月17日土曜日

疲労困憊

 昼近くに母の暮らす施設から連絡があり、母がまた居室で転んだという。職員が駆けつけたときは床に座り込んでいて、転んだ状況は不明。
 3日前にも転んだばかりで、実によく転ぶ。アザはなく、ひどく痛がっている様子はないので、しばしの様子見だったが、1時間後に再度の連絡があり、右胸を痛がって昼食も食べられず、熱はないが血圧が188もあるという。
 病院に行かせたいが、家族は立ち会えるか?との確認だったので、昼食も取らずにただちに車で出かけた。

 車椅子のまま移動したほうがよいとのことで、施設が手配した介護タクシーに母を乗せ、私は自分の車で指定された病院へと向かう。車で15分ほどの距離だったが、この病院が教えられた場所から移転したらしく、どこを探しても見つからない。
 介護タクシー運転手さんに電話し、あちこち転がされてようやく病院にたどり着いたのが1時間後。土曜なので救急対応のみで、待合室はインフルエンザらしきひどい咳の患者であふれていて、座っていて気分が悪くなった。


 ひたすら待って3時間後、ようやくレントゲンの結果が出る。判定は「特に異常なし」。最高血圧も158まで下がっていて、大きな問題ではないという。入院も覚悟してきたが、拍子抜け。ヤレヤレと会計を済ませて薬局で薬をもらい、駐車場から施設に経過報告の電話を入れた。

 ところが、病院で薬をもらってはいけないと施設側が言う。老健施設なので、薬は施設側が出す決まりで、二重請求になるので、ただちに返却するよう指示される。こちらは医師の指示通りに動いていたので訳が分からず、病院と施設とで直接話してもらった。
 いろいろあって、施設と病院との連絡ミスだったことが分かる。とんだとばっちりを受けたが、ルールに従って、いったん済ませた会計を全てやり直し、薬も返却。ここでまた40分ほどの時間が経過する。
 母を何とか自分の軽自動車に乗せて施設まで送り届け、家に戻ったら18時近く。昼食抜きの飲まず食わずで、まさに疲労困憊。寿命がまた少し縮んだかもしれない。
 不在時に3日前に頼んであった灯油が給油されていて、給油量は288.0L。前回給油から42日が経過しているので、日平均消費量は6.86L/日だった。前回1/6の給油時の数値が6.81L/日だったので、ほぼ同じ数値。

 いつものように同時期の数値を札幌の月平均気温と共に比較する。

・2004年:6.73L/日(1月平均気温−2.5℃、2月平均気温−1.3℃)
・2005年:7.56L/日(1月平均気温−3.5℃、2月平均気温−3.9℃)
・2006年:7.86L/日(1月平均気温−4.1℃、2月平均気温−2.7℃)
・2007年:7.18L/日(1月平均気温−1.8℃、2月平均気温−1.5℃)
・2008年:6.54L/日(1月平均気温−4.3℃、2月平均気温−3.4℃)
・2009年:6.62L/日(1月平均気温−1.3℃、2月平均気温−2.2℃)

・2010年:6.74L/日(1月平均気温−2.0℃、2月平均気温−3.2℃)
・2011年:5.91L/日(1月平均気温−3.8℃、2月平均気温−1.1℃)
・2012年:6.22L/日(1月平均気温−4.5℃、2月平均気温−4.4℃)
・2014年:7.45L/日(1月平均気温−4.1℃、2月平均気温−3.5℃)
・2015年:5.80L/日(1月平均気温−1.5℃、2月平均気温−0.8℃)
・2016年:7.08L/日(1月平均気温−3.5℃、2月平均気温−2.2℃)
↓…………暖房ボイラ交換、深夜の微小運転中止
・2017年:6.33L/日(1月平均気温−3.9℃、2月平均気温−2.0℃)
・2018年:6.86L/日(1月平均気温−2.6℃、2月平均気温−4.1℃)

 1月は上旬が温暖だったが、下旬から2月にかけては厳しい寒さが戻った。特に2月は過去14年のなかで2番目に寒い。今回の数値は、そうした厳しい外気温の条件下としては、まずまず健闘したと評価していい。
 南側隣地に住宅が建ち、この時期の1階午前中の陽射しがほぼなくなったが、はっきりした影響は感じられなかった。

2018年2月16日金曜日

MP3ラジオ買った


 かねてから検討中だったMP3ラジオを妻が買った。

PRUNUSポータブルSW/FM/AM-MP3ラジオ
アマゾンで送料込み2,299円だった。



 さっそくセットアップを試みる。ラジオはAM 、FM(ワイドFM)、SW(短波)の3バンドが視聴できて、選曲はボタンひとつでワンタッチ。低い周波数から自動選曲され、番号順に自動保存される。
 再生は前回まで聴いていたチャンネルが保存されているので便利。あまり使わないと思うが、周波数を直接入力して聴くことも可能。
 音楽ファイルの再生はMP3形式限定だが、64GBまでのmicroSDカード(TFカード)が使えるので、保存曲数に困ることはない。
 今回は妻の希望で、4Gのカードに竹内まりやのアルバムを3枚、計40曲ほどを転送した。全部聴くのに3時間かかる。こちらも前回終わった曲がメモリーされている。


 サイズは31×126×73mm、電池込みで230gくらい。電源はリチウム電池BL-5Cで、miniUSB端子で充電する。(miniUSB-USBケーブルが付属)1回の充電でどのくらい聴けるかは未確認。アンテナも付属しているが、札幌地区に限っては畳んだままで普通にAMやFMが聞ける。
 内蔵スピーカーは3Wあって、割りと聴きやすい。妻は就寝時に枕元に置いてNHK-AMの「ラジオ深夜便」やMP3ファイルを聴いている。オフタイマーはついていないので、点けたまま寝てしまったときは、私が寝るときにスイッチを切っている。
 色はゴールド、青、赤、黒の4色あって、いずれも同価格だが、妻が赤を選択した。
 まだ充分に使い込んでいないが、AMやFMのボタン一発切替えは、けっこう使いやすくて便利。聴く放送局は決まっているので、バンド毎に番号を2つくらい覚えておけばよい。

 MP3ファイルの再生は、ウォークマンのように曲名やアルバム画像が一切表示されず、曲タイトルやフォルダの若い番号順から単純に再生されるだけなので、かなり不便だ。
 番号指定による一発再生や、1曲ループ、フォルダループ、全曲ループの切替えは可能だが、面倒な操作が苦手な妻は、単純な全曲ループ設定でいつも聴いている。


 まだ使ってないが、USBメモリにMP3ファイルを入れておき、USBスロットに挿すと、microSDカードと同様に再生可能らしい。

 実はMP3ラジオの購入で不要になったウォークマンを、USBメモリとして再利用可能では?と思い立ち、さっそく試してみた。MacBookに挿して初期化すると、思った通り、2GのUSBメモリとして復活した。
 探さずにただちに頭出しをしたい曲、たとえばお経のMP3ファイルを入れておき、墓参りや法事に持参して一発で再生させる、という使い方が今後できそうだ。

2018年2月15日木曜日

冬の壁

 昨日の早朝に母の暮らす施設から連絡があり、母がベットから落ちて右胸を打撲したという。いまのところ普通に歩けていて、軽い痛みを訴えている程度で緊急性は低いが、しばらく様子をみたいという現状報告の連絡だった。
 過去の転倒では1日経ってから強い痛みを訴えたり、骨折による内部出血が原因の高熱が出たりしていたので、今日あたりがひとつのヤマだと思っていたが、夕方まで待っても施設から連絡がなく、こちらから様子を見にいくことにした。
 母はリハビリをかねたオシボリ畳み作業を熱心にやっていて、私が声をかけても全く反応がない。特に変わった様子はなかったが、看護師さんの話によると、37.4分の微熱があるが、骨折によるものではなく、軽い膀胱炎が原因らしいことが尿検査で分かったという。
 1ヶ月ほど前に問題になった夜の頻尿は、睡眠導入剤を飲み始めてから一晩に3回程度まで減ったが、今度は転倒のリスクと膀胱炎が新たな問題になっているようだ。

 ベットからの転落防止のため、片側に防止用の簡易壁を施設側で作ってくれていた。
 膀胱炎対策として、シロップによる水分摂取の増量と、抗生剤の処方を新たに試みるとのこと。状況次第では、一昨年骨折で入院した病院へ検査に連れてゆくことになっていたが、ひとまずそれは回避。98歳という高齢なので、冬をひとつ乗り切るには、これまで以上に厚くて高いハードルがある。

2018年2月14日水曜日

英気を養う

 長男一家との夕食会を実施。2月に入って2度目だが、住んでいるマンションが日照等の関係で冬は寒く、部屋によって温度差が激しいという。我が家のほうが格段に過ごしやすいというので、それぞれ職場で悩み事を抱えていることもあり、ゆっくりしてもらうことにした。
 10日前は孫娘の風邪が抜けきっていなかったが、今日は鼻水や咳もほとんど出ず、完治に近づいている様子。
 14時過ぎにやってきて、ただちに前日から仕込んでおいた、かぼちゃクッキーをオーブンで焼く。オヤツに焼きたてのクッキーを食べてもらおうと思ってのことだったが、これが大好評で、オーブン皿1枚分を孫娘も含めた5人でペロリと平らげた。
 昨日作った分はそっくりお土産に持たせてあげた。私たちの分は冷凍庫にあるカボチャでまた焼けばよい。


 雪まつりも終わって、久しぶりに穏やかなな日和。孫娘用にソリを新しく買ったが、遊ばせる場所があまりないというので、オヤツのあとに運動と練習をかねて、町内の道路をぐるりと回る。
 まだ一回しか乗っていない孫娘は、緊張で目を白黒させていたが、近所の土手に除雪でできた緩いスロープを昇り降りするうち、かなり慣れて笑顔も出るようになった。

 この日は珍しく昼寝もせず、初めて使わせた36色のパステルや玄関に飾ってあったクルミの実遊びに夢中。自分の家にはない階段遊びも相変わらずお気に入りだ。
 たくさん遊んで夕食も楽しくみんなで食べ、一家で英気を養った様子。冬ももうすぐ終わる。

2018年2月13日火曜日

雪化粧かぼちゃ

 昨秋のカフェライブでいただいたカボチャで、しばらくぶりにクッキーを作ることにした。
 収穫からすでに4ヶ月近くが経過しているが、5度くらいの地下ムロにずっと入れてあったので、一部にカビが出ていたが、充分に食べられる状態。ネットで調べたら、「雪化粧かぼちゃ」という種類で、甘味が強く、貯蔵性に優れる、とある。


 まず包丁で2分割してみたが、普通の菜切り包丁で簡単に切れた。そのまま4分割したところで、妻から「煮物にするので、1/4だけ欲しい!」との声がかかる。そこで残りの3/4をさらに2分割し、6ピース分を鍋で茹でることにした。
 沸騰後に弱火(IH目盛2)で30分煮ると箸が通るようになったので火をとめ、ザルに移して水気を飛ばす。

 150g分のピースに130gのホットケーキミックスと大さじ1の白ゴマ油を加え、よく練ってオーブン皿に広げ、熱湯でゆがいたレーズンを散らして190度のオーブンで12分焼いて完成。
 いつものかぼちゃクッキーと同じように、甘くて美味しく仕上がった。


 もう1ピース分も焼く直前の状態まで練り上げ、丸めてラッピングして冷蔵庫に保存。残りの4ピース分はパックに入れて冷凍庫保存とした。これでしばらくオヤツには困らない。
 妻が煮物にした分は夕食のオカズで食べたが、こちらも甘くて美味しかった。

2018年2月12日月曜日

湿度計を買った

 たぶん40年ぶりくらいに湿度計を買った。温度計もかねたデジタル温湿度計だが、最高最低の数値もそれぞれ記録できる。
最初の湿度計は、子供が小さかった頃に湿度管理用にと買ったアナログ式のもの。およその目安にはなったが、子供の成長と共にあまり使わなくなり、体感との誤差を感じるようになって捨てた。

 20数年前に知り合いの建築家から、当時としては最新式のデジタル温湿度計をもらった。単4電池2本で駆動し、1秒間隔で温度と湿度を交互表示する。
Windows3.1対応のソフトでPCに時系列で温湿度を記録できる本格的な製品だったが、OSが古すぎて端子形状も合わず、単純に温湿度計機能だけをずっと使っていた。
 最近になってこの温湿度計の誤差が気になり始めた。調べてみると、アナログ式でもデジタル式でも3〜5年でセンサーの誤差が大きくなる、との情報がある。
 20数年も使い続ければ、かなりの誤差が出ても仕方がない。風邪予防にはウイルス対策として湿度管理が大切と知り、思い切って買い替えることにした。


 アマゾンで買ったのは「ThermoPro デジタル温湿度計 TP50」。送料別で1,099円だったが、他商品との合せ買いで2千円以上としたので、送料はかかっていない。

 さっそく2階本棚の上に置いて測定。数日使って安定してから他の温湿度計と数値を比較してみたが、長年使ってきた温湿度計(写真右)とはかなりの誤差があった。

 温度に関しては、他温度計よりも0.5〜0.6度低い数値で表示され、湿度に関しては6〜7%高く表示される。
 温度の差は小さいが、湿度はかなりの差がある。しかし、ここは新しい製品の精度を信ずるべきと考え、古い温湿度計は今後使わないことにした。
 思っていたよりも室内湿度が高かったので、数日前から始めた床下土間コンクリートへの打ち水頻度は、数値を見ながら適宜調整するようにした。しかし、2Lの散水で、おおむね3%湿度が上がるという傾向に変化はない。

 湿度の目標値は55%前後に修正したが、その後の調べで、風邪ウイルスが増殖する危険湿度40%は相対湿度を基準にしても意味がなく、絶対湿度で推し量るべきだという。具体的には、11g/m3以上にすべきとのこと。
 相対湿度55%の場合、室温22度以上にしないと維持できない数値で、現状では床下土間に定期的に打ち水を施しても、1階でぎりぎりキープできる数値。1階より室温が2度ほど低くなる2階では、かなり難しい数値といえそうだ。

2018年2月11日日曜日

「冬」を歌う

 数ヶ月前から依頼されていた地域カフェ(日曜カフェ)で歌った。昨年6月に続いて2度目の依頼だったが、前回は夏風邪からくる喉の不調で体調が思わしくなく、薬を飲みながらどうにか乗り切った経緯がある。
 今回は体調も戻って喉も復調。薬にも頼らずに万全の態勢で臨んだ。
 ずっと温暖だった陽気が一転してあいにくの雪。湿った春の雪が10センチほども降り、開始は10時だったが用心して8時35分に家を出る。
 雪に強い札幌新道を主に走ったこともあってか渋滞もなく、夏と変わりない50分弱で会場に着く。

 会場は地域の町内会館だったが、冬に訪れるのは初めて。深い雪で周辺の様子がすっかり変わっていたが、道路沿いにピンクのよく目立つノボリが立っていて、「日曜カフェ・ポピー」の文字が。あとで責任者のS子さんから聞いたが、場所が分かりにくいとの声から、新しくそろえたそうだ。


 会場が広いので、今回もPAは2台を準備した。設営中に客席から「菊地さん」と呼ぶ声がする。16歳のときに郵便局のアルバイトで知り合ったMさんだった。
 バイト終了後も断続的な交流が続いていたが、ここ30年はもっぱら年賀状だけのおつき合い。ところが先月、突然の電話があり、町内会回覧板で私が歌う案内状が回ってきたという。
 調べると、会場とMさんの家が目と鼻の先。ぜひ聴きにきてください、と声をかけてあった。長く歌っていると、いろいろな偶然が起きるもの。
 開始間近になって続々と人が入ってきて、悪天候にも関わらず、聴き手は前回と変わりない30名弱も集まった。認知症予防もかねているイベントなので、全て中高年である。
 定刻やや遅れの10時2分から開始。前半は40分で11曲を歌った。
(※は案内状で事前告知の曲)

「白い冬※」「白い想い出※」「冬のリヴィエラ※」「虹と雪のバラード※」「矢切の渡し」「雪が降る※」「灯台守」「雪化粧」「ダニーボーイ」「神田川」「サボテンの花」


 先にふれたように、地域に回覧された案内状には、S子さんによる概要が記されていた。イベントのタイトルは「冬を歌う」で、冬に関連する5曲がすでに掲載されている。
 この5曲はある種の事前リクエストなので必ず歌わなくてはならず、前半の早い時間にリストアップ。他の6曲も全て冬に関連する曲でまとめた。
 全般的に叙情的なPOP系、フォーク系の曲を好む場なので、そうした傾向に沿った内容でもある。

 苦手な午前中ライブだが、前回と違って体調には問題なく、キーも普段通り。会場の手応えも抜群で、いい調子で歌い進んだ。
 10時42分に前半を終えて休憩に入ったが、メッセンジャー役としてS子さんが集めてくれたリクエスト一覧を見ると、全部で14曲も並んでいる。後半40分で全部歌い切るのはとても無理で、リクエストをなるべく多くさばくべく、急きょ予定を早めて10時47分から後半を始めることにする。
 約45分で12曲を歌った。(全てリクエスト)

「ウナ・セラ・ディ東京」「吾亦紅」「なごり雪」「月の沙漠」「時代おくれ(初披露)」「シクラメンのかほり」「釜山港へ帰れ」「糸」「風」「川の流れのように」「五番街のマリーへ」「この広い野原いっぱい(シングアウト)」


 後半になると静ひつだった場も次第に乗ってきて、曲紹介のたびに歓声やため息が上がる。「いい声だね!」の声もかかるようになった。
 体調に余裕があったこともあり、今回は要所で意識してMCを入れ、自己紹介や曲にまつわる裏話を披露したが、これは聴き手とのコミュニケーションにかなり役立った。持ち時間にもよるが、MCはライブの大事な潤滑剤である。

 時間不足等の理由から結果として歌えなかったリクエスト曲は、「山谷ブルース」「雪國」「東京(桑田佳祐)」の3曲。リスト一覧から何を歌うかは一任されていたが、「山谷ブルース」は以前に一度歌っていて、「雪國」は歌詞が年末むきの内容、「東京」はレパートリー外という理由から外した。
 地域カフェとしては2度目のステージで、他に演者のいない単独ライブ。責任は重かったが、各種調整がうまく運んで、S子さんにも喜ばれた。
 終了後に「歌詞が心にすっと入ってくる」と数名の方から声をかけられた。よく指摘されるが、この理由は自分でもよく分からない。しかし、ほめ言葉であることは確かだ。
 反省としては、しばらく歌ってなかった「時代おくれ」で、メロディの一部をミスしたこと。「シクラメンのかほり」で「薄紅色」を「薄紫」と歌ってしまったことがある。リストにある曲は定期的におさらいすべきだ。

 地域包括支援センターの支援を受けた事業だが、運営は全て地域住民で行っていて、月2回ずつ年間24回開催されている。予定通り盛況で1年を終えようとしているので、今後とも地域に定着する可能性が高い。