2010年9月29日水曜日

アヤしきカフェ巡り

「電話の鳴らない水曜日〜」であり、仕事も雑事も一山越えた。休暇で家にいた妻とその友人を伴い、車で30分ほどの距離にあるカフェレストランに午後から出かけた。


 目当てのカフェは古いレンガ造りの牧舎を改築したもので、その名も「斉藤ファーム」。サイロも普通に残っていて、外観はおよそカフェらしくない。知らずに通りから見ると、単なる農家である。
 新聞の特集記事で知ったが、このところ夫婦でハマっている「カフェ巡り」の一環であり、誘うと妻もあっさり乗ってきた。

 札幌軟石やレンガで出来た古い建物を改装したカフェは何軒か知っているが、その中でもこの店は照明や内装の使い方、古い道具類のあしらい方などが非常に巧みで、そのアヤシイ雰囲気にすっかり魅了された。
(あとで調べたら、札幌市の都市景観重要建築物に指定されている。どうりで)


 内装は無垢材やレンガで統一され、照明も半数近くが本物の灯油ランプ。要所に間接照明やスポット照明が使われているが、そのバランスが絶妙。設計者の秀でたセンスがうかがえる。
 窓はあるが、すべて雨戸や厚いカーテンで閉ざされている。だから真昼でも店内は仄暗いが、その暗さが実にいい。

 珈琲とケーキのセットを注文したが、ケーキは抜群の味だった。3種類ある珈琲をどれにしようか迷ったすえ、選んだ「斉藤ブレンドA」はやや焙煎が強く、クセがある。次回はソフトブレンドを試してみよう。


 入口付近にはグランドピアノがあり、壁には畳1枚ほどの巨大スピーカーが2個設置されている。帰り際に確かめたら、毎晩7時から生ピアノ演奏が入り、その他に月一回程度のクラシック・ジャズ系のライブがあるとか。(いずれもノーチャージ)
 天井の高さや内装材、室内形状から見て、音響効果は抜群であることは確実。ちなみに、BGMはすべてクラシックだった。
 店内は構造材が縦横に走った豪快な造りだが、撮影の是非を事前に尋ねると、「ノーフラッシュ」「他の客が写らないように」という厳しい条件で、安いデジカメではその雰囲気を完全に伝えることは難しい。
 味といい雰囲気といい、カフェフリーク、レトロフリークは訪れても損はない。

2010年9月27日月曜日

窓の木製スリット

 壊れたまま、8年間放ったらかしにしてあったブラインドを昨日直したばかりだが、今日はその勢いで、2階南西吹抜け上にある窓外に木製のスリットを設置した。
 実はこちらも10年来の持ち越し課題で、家の機能そのものには支障ないが、単なる美観上の問題である。

 2階妻側中央には、北東と南西の同じ位置に縦長の窓を設けてある。上端の高さはどちらも同じだが、南西だけが下に30センチ長い。つまり、下端が30センチ低いことになる。
 南西側からの日射量を配慮したためだが、実際に出来上がってみると、どう見ても北東側の外観が美しい。三角屋根の勾配と窓の配置とのバランスが良く、リズム感があるからで、初めて自分で設計した家の悲しさ、出来上がってからそのことに気づいた。
 表通りから見えるのは北東側だけなので、これまで南西側の見栄えは胸にはあったが、そのまま放置してきた。


 日照に関しては思った程の影響はなく、いっそ窓を切り詰めてしまおうかとまで考えたが、かなりの交換補修費がかかり、二の足を踏んだ。
 妥協策として考えたのが、南西側窓下端に高さ30センチの木製スリットを設置する案。外部に使った他の木部とのデザイン的バランスも良く、スリットにすることで、圧迫感からも逃れられる。何より、単なるDIYで改修可能なことが、決定の最大理由だった。
 材料は先日買ってあったので、今日はスケッチに従い、加工と塗装、組立て設置までを一気にやった。1×4材を電動ノコで縦に割き、費用を節約。塗装費まで含めた材料費は、350円ほどで済んだ。
(本体は窓枠に小さな穴を開け、ステンレスタッピングで固定)

 出来上がってみると、秋空に木製横スリットが映えている。大半が縦のイメージでそろえた外観デザインに、ちょっとだけ横を加えたところがミソ。間延びした印象もほぼ消えた。昨年から続けている「10年目の改変シリーズ」の一環だが、もう少し続きがあるかも?

2010年9月26日日曜日

ブラインドの補修

 昨夜から今朝にかけ、異常に冷えた。寝る時間の午前2時過ぎの外気温が、なんと5度。室温が19度まで下がっていたが、午後から陽が差してきて、ようやく24度まで上昇。これなら何とか過ごせる。

 毎年この時期に日射を最大限に取り入れるべく、2階のブラインドを全開にするが、仕事部屋の机前にあるブラインドが、8年くらい前からずっと壊れたままだ。ブラインド本体の角度を変えたり、上げ下げしたりする心臓部の操作部品で、その都度椅子に上がって破損部を指で押さえながら操作していたが、非常に不便である。


 ブラインドを外してブラシで水洗いした際、欠けてしまったもので、接着剤で止めたり、テープで巻いたりしたが、強い力のかかる場所なので、すぐにまた壊れる。
 ブラインドでは一流のT社製だが、そもそもこんな大事な部品をプラスチックで作ること自体に問題があるのではないか?単なる掃除で簡単に壊れてしまったことをクレームとして連絡しようかと思いつつ、8年が過ぎた。
 今日になってもう一度破損箇所をじっくり眺めるうち、適当な補助金具を作れば補修できそうな気がした。例によって工具箱をひっくり返し、使えそうなパーツを物色。額縁を吊るす金具と、薄い蝶番を候補としてピックアップし、実際に破損箇所にあててチェック。
 額縁吊金具を加工すれば何とか作れそうな感じなので、各種道具でそれらしい形状に加工。仮固定してみると、うまく動く。大元の部品にドリルで穴を開け、慎重にビスで止めた。
(写真右は加工に使った額縁吊金具の同じタイプ)

 今回の補修は、欠けた部品の一部をギブスのように補う手法で、DIY難易度はかなり高く、5段階中の4あたり。全体的に工程がデリケートなのだ。
 8年ぶりに普通に立って操作してみたが、サクサク動く。一時は買い換えも検討したが、あきらめなくてよかった。

2010年9月25日土曜日

名前と日付

 7月から毎月歌わせていただいている近隣の地区センターでは、ロビーなら外靴のままでOKだが、体育室ではスリッパ等に履き替える。備付けのスリッパはもちろんあるが、あくまで一般の聴き手のためのもの。歌う側は自分の上履きを別途用意する必要がある。
 スリッパでは素早く動くと脱げたりするので、最初は素足のままでやった。(他の会場でも備付けのスリッパはあまり使わない)


 ところが素足だと、やや踏ん張りがきかず、床も冷たい。以前は屋内専用のデッキシューズを持っていたが、かなり傷んできたので、去年から外用にしてしまった。やむなく2度目は手持ちのスリッパをひとまず持参したが、やはり具合が悪い。
 今後地区センターでの活動が増えそうなので、新しくデッキシューズを買うことにした。これまでと同じタイプで、580円。専用の布製袋に入れて次に備える。活動の幅が広がると、機材等の準備も多岐にわたる。

 最近は衣類などを買うと、買った日付を品質表示の白いタグにマジックで記入している。衣類の管理と廃棄等の目安になり、あとになってかなり役立つ。
 同じ理由から、電気製品などの説明書にも、買った日付と店名を記入してある。無駄なモノをやたら買わない、増やさないという、心理的抑制効果もたぶんある。


 理由は全く異なるが、主に外回り用に使っている弾き語りライブの各種機材には、すべて自分と分かる目印をつけている。この種の機材はどれも似通っているので、出演者が多数いた場合、目印がないと誰の所有物か分からなくなるからだ。
 写真のように、赤いビニルテープを短く切って貼り、「TOM」とマジックで記入してある。

 以前は赤いビニルテープだけだったが、ある会場で白いテープを短く切って貼っている方と遭遇した。同じことを考える人はいるもので、やはり名前の類いも記入しないと駄目だ。
 貼る位置がけっこう問題で、あまり目立つと聴き手に気づかれ、(あれは何だ…)と、集中を切らしかねない。全く見えない場所だと、短時間での判別が難しくなる。この両方の妥協点を探って貼る。たかが名前だけれど、あれこれ気遣う。

2010年9月23日木曜日

100円ショップのハシゴ

_夕方、台所の水切り箸立てを買いに、近所のニトリまで出かける。食器用水切りカゴの横に引っ掛けるタイプで、買ってから5年ほど経つが、針金を樹脂被覆した部分がはがれて、赤錆があちこちに浮き始めた。いよいよ買い換えの時期到来である。
 以前に西友でステンレス製の手頃な品を見つけたが、580円もする。かなり考えたが、もっと安いのがあるのでは?と、買わなかった。

 ところが、安さと品数が売りのニトリでも、適当な品が見当たらない。フックがついていて、コンパクト。ステンレス製なら申し分なく、しかも安い。こんなゼータクな条件なのだ。


 あきらめて、帰路にある100円ショップダイソーに寄る。かなり理想に近い品を見つけたが、底のメッシュが粗すぎて、箸には使えない。クロムメッキ製であるのも難点で、ここでも断念した。
 いよいよ西友で買う決心をしかけたが、「Seriaにあるかも?」と妻が言う。近所にもう1店ある100円ショップだが、念のため寄ってみることにした。
 あちこちシツコク探索した結果、ダメになった品と全く同じ品のほか、別のステンレス製の品も発見。気分転換もかね、サビの出にくいステンレス製を今回は調達した。造りがしっかりしていて、包丁等も軽く入る。
 しかし、たかが箸立てくらいで、100円ショップのハシゴをするか?→もちろん、しますとも!

2010年9月22日水曜日

ノンジャンルシンガー

 先日のカフェライブでご一緒した弾き語りシンガーのTUMEさんが歌の合間に、「私はずっとノンジャンルシンガーなんです」と話していた。つまり、ジャンルに全くこだわらずに歌ってきたということで、その言葉通り、歌は童謡から歌謡曲、カントリーやジャズにシャンソンと幅広い。
 私の歌を「南こうせつに似た美声だ」とほめてくれ、2巡目の冒頭で、さりげなく「神田川」のイントロなど弾いて誘ってくる。私もそれに応じ、ワンフレーズだけボーカルでつき合った。フォークもその例外ではないのだ。
 このところ私が心掛けている世界に限りなく近く、弾き語りの大先輩として、おおいに共感した。
 実は最近になって音楽専用名刺の先頭に、「叙情歌シンガー」と印刷したばかり。無理矢理ジャンル分けするならば、私の歌はフォーク、シャンソン、演歌、童謡、その他オリジナル、等々ということになろうが、いちいち説明するのも面倒くさい。要は歌が聴き手の心に届くか否かである。
 最近活動を始めた地域センターでも、「得意なのは叙情歌です」と公言しているし、実際に歌っている歌も、その切り口に沿ったもの。私にとってジャンルは、次第に無意味になりつつある。

 最近ではこれまで歌ったことのないラテンやハワイアンも取り入れていて、目下練習中なのが、「真珠貝の歌」と「ククルクク・パロマ」。どちらも「叙情歌」という切り口なら、不思議にすんなり収まってくれる。
 シャンソンやカントリー等に関しても、好んで歌うのはこの「叙情歌」という切り口に沿うもの。もしかすると私のジャンルは「叙情歌」か?いやいや、やっぱしノンジャンルシンガーでしょうよ。

2010年9月21日火曜日

壁面緑化の恩恵

 数週間前から、風が吹くとコンコンと何かが壁をたたくような音が、家の中でするようになった。これまでもその種の音はときどきあって、外の回転風力計の音だったり、壁に吊るしたスコップや除雪ブラシが揺れる音だったりして、それぞれに対処して解決してきた。
 ところが今回は全く原因が分からない。回転風力計は軸受けを無音の球形に変えたばかりだし、スコップはヒモで固くしばり、除雪ブラシはまだ家の中だ。音は階段の途中から壁際あたりで最も大きくなるが、外に出て確かめても、これといってぶつかるものは見当たらない。

 音は日増しに大きくなり、ごくわずかな風でも鼓をたたくように鳴る。最近では物事に頓着しない妻までもが、「どこからか妙な音がしない?」と言い出す始末。


 正体不明な音が鳴り続けるというのは、けっこう気味が悪い。神経質で被害妄想気味な年寄りならば、「誰かが夜になるとトントン窓をたたくので、眠れない」とでも言い出しかねない。
 どうしても正体が分からず、一時はあの「探偵!ナイトスクープ」に投稿しようかと、本気で考えたほど。その謎が、昨日一気に解けた。
(ひょっとして、壁をつたうツタが、換気口をたたいているのでは?)

 南側軒下に10年前に植えたツタは、いまや南側の壁中を覆いつくし、東壁に回り込んで屋根の頂上まで届いている。南側に換気口はないが、屋根の頂上部分には、パッシブ換気用のφ150換気口が2カ所ある。屋根頂点に達したツタの一部が垂れ下がり、風が吹いた際にその換気口をたたいているのではないか?
「夏の盛り頃から音がし始めた」「日ごとに大きくなる」「まるで鼓をたたくような音」
 成長し続けるツタなら、これら全ての条件に当てはまるし、音が最も大きい階段の真上には、その換気口に直結するガラリがある。犯人はツタに違いない!
 さっそく外に出て点検。ニラんだ通り、風でゆらゆら揺れたツタが、換気口をトントンと楽器のようにたたいているではないか。
 脚立を二つ組み合わせた特製ハシゴを車庫屋根の上に載せ、シズシズと昇って慎重にツタを排除した。地上からの高さが8メートルある我が家の最高部なので、目がくらむほどだが、なぜか高い所は割に好きなのである。

 最も温度が高くなる壁の南東部を深く覆ったツタの恩恵で、記録的な酷暑だったこの夏も、家の中は30度を超えることはほとんどなく、仮に超えてもごくわずか。エアコンも扇風機も買わずに済んだ。
 単純に陽射しを遮るほか、植物の蒸散作用により、壁面温度の上昇を抑制する効果もツタにはあるらしい。この温暖化時代に、タダ同然でよくぞ働いてくれる孝行息子(娘?)である。これくらいの手間はガマンしなくては。
(写真はツタ排除前と後の換気口周辺の様子)

2010年9月20日月曜日

マイクスタンド用譜面台ホルダ

 昨日のブログで予告通り、あり合わせの材料を使ってマイクスタンド用譜面台ホルダを作った。すでに作って実戦でも2度使った箱形同等品のスリム化改良型である。

 材料には2本のパイプが必要だが、あれこれ試した結果、感熱FAX用紙の芯とアルミホイルの芯がピッタリのサイズであることを発見。各種DIYに備え、この種の材料は数本だけを捨てずに常時保管してある。
 どちらも紙管だが、強度は金属管にもひけをとらない。ギター修理用に買った木工ボンドが余っており、これを利用すれば強固に接着可能である。


 紙管は木材よりさらに加工がしやすく、箱形ですでに要領をつかんでいたこともあり、割と簡単にできあがった。サイズが小さいので、外回り専用のマイクスタンドに常時装着しておける。
 補強と美観の両方の目的で巻いた古い靴ひもがやや短く、下端に少し紙管がはみ出たので、墨汁で塗りつぶした。

 せっかく作った箱形ユニットは、わずか2度の実戦使用でお役御免。しかし捨てるには惜しい気もし、ひとまず予備として保管しておくことにする。

2010年9月19日日曜日

ライブ月間乗り切った

 わずか10日間で4本という、私にしては実にハードなライブスケジュールを、今日の介護施設訪問ライブでようやく乗り切った。
 昨夕の練習は軽めにしたが、朝起きると身体がやや重い。昨日のライブで他方面に気を配ったせいか、予想以上にダメージがあるらしい。しかし、長いおつきあいと義理のある方からの依頼なので、万難を排して対応しなくては。人間、義理を忘れてはいけない。

 出かける前に軽めのリハをしたが、さすがに声が少しかすれた。しかし、歌い進むとだんだん調子が出てきた。これなら何とかやれそうだ。
 片道1時間近くかかる遠方なので、いつもより余裕をみて出発。開始は午後2時だが、15分前には先方に着き、実戦2度目となる譜面台付マイクスタンドと、こちらも2度目となるローランドの新しいPAをまず組立てる。


 この日は敬老会で、施設のイベントがまずあり、午後2時20分あたりからライブは始まった。最初に「上を向いて歩こう」を歌ったが、PAの感覚がこれまでとは全然違い、抜群に歌いやすい。スタンドをつけて真横に置いたこと、そして何より、出力に充分な余裕があるせいだろう。
 この施設は大人しい方々が多いが、珍しく出だしから自然発生的な手拍子をいただいた。以降、トントンとライブは進み、35分で以下の12曲を歌った。喉は尻上がりに調子がよくなり、開始前の不安を吹き飛ばしてくれた。

「上を向いて歩こう」「旅愁」「サン・トワ・マミー」「赤い花白い花」「高原列車は行く」「女ひとり」「夕焼け小焼け」「紅葉」「赤とんぼ」「恋のしずく」「時計台の鐘」「いい日旅立ち」
 なぜか「旅愁」「高原列車は行く」にまで小さな手拍子をいただく。この日は一緒に口ずさんでくれる方が多数いて、非常にやりやすかった。推測だが、PAにパワーがあるので、音が会場の隅々まで行き渡るせいだろう。
「PAでライブが変わることがある」と、この日確かに思った。

 多いときは年に2度も呼んでくれる場なので、前回(昨年11月)と同じ曲の重複は避けた。定番曲を外すと構成が難しくなるが、この日は普段あまり歌わない「サン・トワ・マミー」「女ひとり」「恋のしずく」をセットに入れて対処。
 恋愛系のやや難しい曲ばかりで、かなりの冒険だったが、「女ひとり」はいい反応で、一緒に歌ってくれる方が数人いて驚いた。

 対して、春に別の老健施設で歌って好評だった「恋のしずく」は、この日唯一外した曲。好きな曲だが、受ける受けないとは別問題だ。
 実は直前に歌った「童謡メドレー」の反応が抜群によく、「赤とんぼ」を歌い終えると、場内からため息まじりの歓声が漏れるほど。つまり、次の曲をすっかり「食って」しまった形で、歌う順番が悪かった可能性もなくはない。
 それにしても、「赤とんぼ」がどうしてこうも受けるのか?これまでほとんど歌ってなかったが、いまや私の「決め歌」に成長である。
 聴き手と同じ床面で初めて試した「譜面台付マイクスタンド」は、迷わず真正面に置いたが、相変わらずキビキビと使える。もはや手放せない。
 この日気になったのはDIYで作った木製の譜面台ユニットで、写真でも分かるように、色と形が妙に浮いた印象である。
 人間の欲にはキリがないが、ひとつスッキリさせると、別の何かがまた気になってくる。まあ、そうやってチェックし続けないと、歌も構成も機材も何ら進歩がなく、私にすれば活動を続ける意味がない。

 帰宅後、思いついたことをあれこれ試してみる。要は径の異なるパイプを2本抱き合わせ、一方をマイクスタンドの中心軸に通し、もう片方に譜面台の上端部を差し込んでやれば用は足りるはずだ。
 道具箱や物置をひっくり返し、ぴったりくる部品をようやく見つけた。これに関する具体的作業は明日以降。

2010年9月18日土曜日

3本目が終わった

 今月3本目のライブが無事に終わった。区の社会福祉協議会主催の敬老会なので、場所はおなじみの地区センターでも、ちょっと毛色が違う。
 もれなく景品の当たる抽選会が最後にあるせいなのか、スタッフを含めると会場は200人近い人でいっぱい。男性の比率が珍しく高かったのはなぜだろう?


 9番目の出番とラストのシングアウトとを、まずは無難にこなした。スタッフの評判も上々で、推薦してくれたMさんの顔をつぶさずに済んだらしい。

 今回、必要に迫られていろいろと新しい試みをしたが、おおむねうまくいった。初めて実戦で試した譜面台一体型スタンドは、かなり使える。あくまでマイクスタンドが主体なのでパイプ等はごついが、無用なパイプを切り、部品を一部取り外したせいもあって、見栄えはかなりすっきりした。
 何より、搬出と搬入が楽。今回のように短時間でのセットを要求される場合は、かなりの効果を発揮しそうだ。


 モーリスからのマイク直録り方式も、前回あった問題点を一気に解決してくれた感じで、非常に歌いやすかった。次回以降、同じ手法でやれそう。
 ただ、せっかく譜面台を舞台から消したはずが、新たにマイク用のスタンドが1本増えることに。ここだけはひとまず妥協せざるを得ない。
 帰宅すると、先週歌ったライブカフェのオーナーJUNさんから、ていねいな手書きの礼状が届いていた。夜には社会福祉協議会のMさんから、これまたていねいなお礼の電話が。
 細かくて厚いフォローに恐縮し、感心させられた。日々心がけてはいるが、自分も肝に銘じなければ。社会は決してカネやモノではなく、最終的には人間が動かしているのだから。

2010年9月17日金曜日

下手な鉄砲

 昨夜はこのところ打ち込んでいる400枚の原稿を250枚に詰める作業の最終仕上げをやった。ライブと同じで短いもの無理に長くするより、その逆のほうが、はるかに楽。
 ほぼ目標を達成し、時計を見ると午前4時近かった。さらに推敲を重ね、月末までに某所に投稿する。最近はデザイン関連を含め、ハズレが多い。しかし、下手な鉄砲も打たねば当たらぬ。だから、投稿は死ぬまでやめられない。
 万が一当たればここに書くが、何もないときは外れたまま、ということです。
 眠い目をこすって早めに起きた。某所から入手して使う予定のないフィットネスクラブの優待券を、数日前にネットオークションに出品した。落札価格を低めに設定したので、昨日めでたく落札され、夜半に代金が入金になった。
 なるべく早く商品を先方に送らないと、信用問題に関わる。午前中に歩いて集配局まで行き、投函をすませる。少しはライブ関連費用の足しになる。


 帰路、道ばたの露草が満開である。可憐で楚々としていて、それでいて逞しく、小さい頃から好きな花だ。持参のデジカメで数枚写すが、設定をいろいろ変えても、なかなかイメージ通りの画像にはならない。
 ピントや絞りをマニュアルに設定できないのが致命的。本格的な一眼レフデジカメがつい欲しくなる。今後の仕事次第ですかね。
 帰宅後、昨日閃いた「マイクスタンドのブーム部分を短くする」という作業を断行した。その後の調べで、最も延ばすのが照明スタンドの代用として使うケースで、この場合でもブーム部が50センチもあれば充分足りることが分かった。
 金属専用のノコを使って簡単に切断。切り口をヤスリがけし、端部には抜け止め用に黒いテープを二重に巻いた。最初からついていた8センチのキャップ状の握り?のような部品は、必要ないのでこの際取り外す。
 再度組立ててみると、これはいい。外観がかなりすっきりする。写真は明後日の施設訪問ライブあたりで発表?

2010年9月14日火曜日

譜面台付マイクスタンド

 まだまだ夏の名残りを感じる暑さだが、外でのDIY作業には絶好の日和である。昨日から今日にかけ、残っていたウッドデッキの修復作業を一気に片づけた。ツギハギだらけだが、ともかくも腐食等の問題箇所はすべて材料を交換し、すべての床板の裏返しも終わった。
 作業があまりに長期に渡ったため、一番先にやった写真手前部分と右奥とでは塗装の色が違っている。「傷んだ部分のみをパーツに分けて修理交換」という技を今回会得したので、次回以降の大事な武器になる。


 今日は修理が完全に終わったそのウッドデッキで、さっそく新規のDIY作業をやった。実は長い間「マイクスタンドと譜面台とを兼用できないか?」と画策していた。

 かねてから考えていたのは、「マイクスタンドに譜面台の上部分だけを固定する」というもの。小型マイクは持ってなく、以前に使ったときにやはり指向性に不満を感じた。
 ライブでマイクスタンドと譜面台が2本並んで立っているのが問題で、マイクスタンド1本で済むなら、まあ許せる。外観がすっきり落ち着くし、搬入機材も減る。組立て調整時間も短縮するはずだ。
 以前にマイクスタンドを利用して照明を取付けたり、スピーカーを取付けたりしたことがあり、その強度はお墨付き。スピーカーを固定する際に作った木製ユニットを参考に、マイクスタンドの中間パイプを挟みつける形で、専用の譜面台ユニットを作った。


 材料は手持ちの端材を使ったので、費用はゼロ。さっそく試してみると、問題なく使える。マイクスタンドの位置が正面に限定され、ブームも真正面から突き出る形になるが、いまのところ支障はない。
(その後の検討で、左45度右60度の位置までなら設置可能なことが判明)
 足元が広くなったので、歌いながら会場の左右を見渡すには有利かもしれない。分離使用の場合にあった「譜面の一部がマイクに隠れて見づらい」という問題もなくなる。

 座って歌う場合には使えないが、ライブハウス以外で座って歌うことは稀。唯一の問題点は、譜面をめくる際にノイズを拾ってしまうこと。その都度PAのスイッチを切るか、そっと静かに交換するしかない。
 今週練習してみて大きな問題がなければ、週末の地域センター敬老会で試してみようと思う。

2010年9月12日日曜日

ジャンゴ・セッションLive

 札幌の南端にあるライブカフェで実施のセッションライブに参加。今年2月に音楽仲間のNAKAさんに誘われて初めて参加したが、オーナーのJUNさんから再びお呼びがかかった。
 ジャズやシャンソンが中心の一風変わった場で、しかも自宅を改装したカフェ。その「ちょっと普通じゃない」ところに、実は惹かれている。

 準備期間があまりに長かったこともあり、歌い手聴き手は二転三転し、一時は私の単独参加、ということも考えた。しかし、今日になって妻やその友人3人が急きょ参加となり、小さな軽自動車に定員いっぱいの4人とギターを積んで出かけた。


 今回は「場のおさめ方」に関して、多くのことを学んだ。しかし、「学ぶこと」を抜きにしても、充分に楽しいライブだった。達者なパフォーマーはあちこちに隠れているものだ。


2010年9月11日土曜日

コーナー

 以前からアルバムには「コーナー」と呼ばれる半透明の三角形シールを使って写真を貼ってきた。アルバムの主流がコーナー不要の「フリー台紙」と呼ばれるものに変わってからも同じで、フリー台紙のアルバムは貰い物以外、使ったことがない。
 その貰い物のアルバムも最近すべて処分し、写真はすべて透明ポケット式の小型ファイルに収納した。

 同窓会がらみで古い写真とアルバムを整理していて、この「コーナー」と呼ばれる事務用品がまた必要になった。手持ちの古いコーナーが一部残っていたが、残り少ない。実は未整理の写真は15年ほど前のものがまだあって、ざっと50枚の写真が袋に入ったままだ。


 いつの間にか溜まってしまうのが写真の不思議で、デジカメが主流になったいまは大半がパソコンかCDに収納できて場所をとらないが、一昔前の写真まで再度デジタル化するのも、いかにも面倒。どうにか「コーナー」を調達して、残った写真に光を当ててやろうと考えた。
 今回、古い写真を整理して思ったが、日付も分からないまま、袋や箱に入ったまま眠っている状態が、写真にとっては最悪のような気がする。思い立ったらすぐに取り出せ、瞬時にタイムワープ可能な状態にしておくべきだろう。

 ネットで検索してみたら、100円ショップ・ダイソーで「コーナー」を売っていることを知った。さっそく出向いて試しに1箱だけ購入。144ピースあるので、節約すれば72枚の写真が貼れる。
 しかし、このデジタル社会でまだ「コーナー」が手に入るとは。ダイソー恐るべし、である。

2010年9月10日金曜日

腫れ物は良性

 脇腹にできた正体不明の腫れ物の病理検査の結果がでた。腫瘍でもホクロでもなく、難しい名前の病名だったが、良性だった。その場で抜糸もしてもらい、10日近くも傷んだりムズ痒かったりした患部も、これでようやくスッキリした。

 仮に悪性だったとしても、それなりの覚悟と準備はしてあったが、まずはホッとした。もうしばらくは生きていてもいい、ということらしい。ご心配いただいた方、ありがとうございます。この場を借りてお礼もうしあげます。


 心配して引率してくれた妻と病院の隣に見つけたイタリアンカフェに寄り、快気祝い代わりの珈琲とクッキーをいただく。いつも行くO珈琲店とはまたちょっと違う味。深くてコクがある。
 出たあとで妻と豆の種類を議論したが、イタリアに近い場所なら、キリマンジャロではなかろうか?との結論。自宅からはちょっと遠いが、本場イタリアで修行してきたらしいマスター特製の本格パスタなどもある。
 カフェ巡りのリストに、またひとつ新しい店が増えた。

2010年9月9日木曜日

綱渡り的ライブ

 平日だったが、近隣の病院での誕生会ライブが無事に終了。急ぎの仕事を片づけて昨夜未明に納品。万事ぬかりないはずだったが、出かける直前に別の仕事がメールで入った。ライブ中に打合せの携帯が鳴ってはタマラナイので、すぐに返信メールを送って対処。
 自由業の身にとって、平日のライブはやはり綱渡りである。


 初めての場、初めて実戦で使う新しいPAという難しい条件が重なり、ライブそのものも、かなりの綱渡りだった。しかし、2週間前の地域センターライブに続いて、今日も聴き手に泣かれた。
 ラストに歌った秋の童謡メドレーでの出来事だったが、今年になって聴き手に泣かれる事態が頻発している。私にとって、聴き手の涙に勝る評価はない。これが今後とも私が目指すべき道だろう。
 帰宅後、実戦で試して気づいた部分を確認するべく、PAを使って30分ほど歌う。手持ちのエフェクター経由でも初めて歌ってみたが、ミキサー経由とあまり印象は変わらない。操作スイッチの数が多く、設定も微妙なのが問題だ。
 機材が最も少なくて済むPA直結でもう一度試してみたが、操作するツマミが3カ所に減り、シンプルなその分設定が楽で、音自体も悪くない。メインボリュームに余裕がなくなるのが難点だが、狭い場所ならこれが最適ではないか?とだんだん思い始めた。次にPAを使う際に試してみたい。

2010年9月8日水曜日

かぐやな仮装

 44年前の高校2年の夏、文化祭のクラス対抗仮装大会で「かぐや姫」をやった。古文の授業で「竹取物語」を習っていて、テーマを決めるクラス討議の際、誰かが「かぐや姫をやろう!普通じゃ面白くないので、男女の役割を完全に入換える、という趣向はどうだ?」と提案すると、クラス中が一気に乗った。
 この種のノリが非常にいいクラスだったが、仮にマトモな手段でやった場合、かぐや姫の役で、けっこうモメたかもしれない。女子同士の心理的トラブルを避け、審査員へのアピール面でも、なかなかよいアイデアだったといまになって思う。

「キャストはすべて実行委で決めるので、当たった者は一切文句を言わず、それに従うこと」そんなことも大きな反対もなく、あっさりと決まった。
 さて、問題は主役であるかぐや姫を誰がやるかである。男女の役割を入換えるのだから、かぐや姫は当然ながら男がやらねばならない。私はクラスでは外れ者であったので、もちろん実行委のメンバーには入っていない。しかし、心中では、(かぐや姫をやれるのは、オレかSしかいない…)と密かに思った。
 顔がゴツくなく、ヒゲは薄く、身体も小さめ。眼は一重まぶたの平安ウリザネ顔。そんな条件にハマる男子高校生など、そうはいるものではないが、当時の私は身長163センチでやせ形、少年の面影が強く残っていて、女形にはうってつけの風貌だった。


 翌日、各自の役割分担が発表された。予想通り、かぐや姫役は私が指名された。舞台裏でどんなやり取りがあったのかは不明である。しかし、この時点で私は役に徹する覚悟を決めていた。

 その日からすぐにカツラ作りを始めた。まず自分の頭の型をボール紙で慎重にとり、ヘルメット状の型を作った。荷造り用の麻縄と墨汁の大瓶を買ってきて麻縄をほぐし、墨汁に漬して充分乾かし、ボンドで頭の型に少しずつ止めてゆく。
 中心の分け目の処理が非常に難しかったが、この頃からすでに手先は器用で、しかも凝り性。数日間かけて、ほぼ満足できるものに仕上がった。
(余談だが、このカツラは仮装終了後、演劇部からの強い要望で寄付した)

 衣装の十二単は女子が新聞紙の再利用で作ってくれていたので、あとはメイクである。すぐ上の姉から化粧道具一式を借り、化粧方法も詳しく教わる。偶然だが、自宅に赤い扇があり、本番ではこれを使うことにした。
 いよいよ当日、うまい具合にカラリと晴れた。雨なら代替日なしの中止と決まっていたので、苦労が報われたことになる。カツラや化粧のことはクラスの誰にも秘密で、当日楽屋裏でひとり密かにメイクし、持参したカツラをかぶって衣装を着て、いきなり全員の前に躍り出た。
「お~!」というドヨメキが確か上がったと思う。自分でも会心の仮装で、話をせずに黙ってうつむいている限り、どこから見ても女である。他のクラスの連中が、「男のかぐや姫なんで、ウソだろ。どうみても女じゃないか」と言い張るので、「なんだよ」と短く応ずると、「なるほど、確かに男だ」と、ようやく納得するほど。(さすがに声変わりはしていた)

 今年の仮装大会の入賞は難しいのではないか、というあきらめの声がクラスでは上がっていたらしい。男女役を交代するというコンセプトが、いざやってみると難しい。特にかぐや姫はオトコでは無理だろう…、そんな声である。
 しかし、私の姿を見たとたん、そんな下馬評は一変した。「勝てる!」そんな強気の声がクラス中を席巻した。

 グランドから近隣の商店街を一周し、戻ってくるといよいよ順位の発表である。思惑通り、見事学年優勝をさらった。全校でも「優秀賞」という特別賞をもらい、かぐや姫の重責を見事果たしたのだった。
 終了後、一人の女子が近づいてきて、「これでメイク落としてネ」と、専用のクリームを手渡された。「菊地クンのかぐや姫がなかったら、優勝は無理だったと思う」とも言ってくれ、ちょっとうれしかった。
 クラスの女子とは口をきいたことがない卑屈な性格だったが、この日だけは束の間のヒーロー、いやヒロインだった。
 卒業時にクラスで文集が作られたが、「この人に一言」の中に、「ずっと気になる人だったけど、あの『かぐや姫』のイメージが引っ掛かって、最後まで踏み込めなかった」との匿名記事を発見。書いたのは明らかに女子で、軽いショックを覚えた。

 卒業後のクラス会には何度か案内が届いたが、一度も行かずじまい。かぐや姫は月の世界に行ったきり、戻ってはこないのだ。
(写真は当時のもの)

2010年9月7日火曜日

古い写真

 先日、同窓会がらみで古いアルバムを引っ張りだした際、袋に入った未整理の写真を多数発見した。裏には撮影年月が書いてあったが、大半が高校時代後半のもの。
 なぜ貼ってないのか自分でも理由が分からず、ずっとそのままにしてあったが、今日それを一気に整理した。

 いろいろ考えたすえ、既存の小学校から高校までのアルバムのリング部分をいったん外し、新たに台紙を作って追加することにした。
 手持ちの用紙を調べた結果、古い紙製フォルダーがほぼ同じ紙質であることを発見。既存のアルバム台紙と同じ大きさに切り、リングの通る丸い穴の部分を鉛筆でなぞって、手持ちのパンチで1個ずつ穴を開けてゆく。
 穴の数が多いので非常に根気のいる作業だが、アルバムの規格が古いので既存の製品は一切使えず、これしか方法がない。


 ついでに古い写真の整理もやったが、いまではほとんど意味のない写真が多数あり、いったい何を考えてこんなくだらない写真を撮ったのかと、しばし自己嫌悪に陥った。
 特に多いのが毎年欠かさず撮っている雪祭りの写真。家族や自分が入っているわけでもなく、ただ雪像だけを延々と撮り続けている。

 自分で育てた花の写真も多数あったが、これも単に花のみで、まるで愛想がない。当時よく見ていたテレビ番組の画面だけを撮った写真もかなりあった。家族や自分、友人以外の写真はもはや無用の長物、思い切って処分した。
 写真を整理して思ったが、中2から高1まではくだらない写真がやたら多く、たまに写っている自分の顔も情けない顔ばかりだ。
 顔は心を写す鏡のようなもの。級友に比べて極端に背が低く、声変わりなどの二次成長も遅れていた時期で、コンプレックスの固まりだった。それが自分の写す写真にまで色濃く反映されている気がする。

 はっきり顔つきが変わり始めたのは、16歳の夏あたりからで、宗谷岬への単独自転車旅行を成功させた直後からだ。眼に光を感じる。身体も少しずつ大きくなり始め、いろいろな意味で自分に自信が出てきた証しだろう。
 寺山修司に感化され、詩を書き始めたのもちょうどこの頃。動画や録音と違って写真は何も語らないが、眺めていると当時の心理までマザマザと蘇ってくる。すべて自分の成長過程のひとつ。たまに眺めると、新しい勇気が湧いてくる気がする。

2010年9月6日月曜日

細部と全体

 先日地区センターで実施のミニミニ演芸会に関する反省会もどき、その2である。当日、応援に来てくれたチロリンさんに指摘されたボーカルとギターの音のアンバランスに関し、妻を含めた複数の聴き手に直接印象を確認した。
 すると、チロリンさん以外の3名はすべて「いい音でした」との評価。ギターとボーカルのアンバランスに関し、重ねて確かめても、「別に気になりませんでしたが…」との反応だった。
 当日のブログでもふれたが、チロリンさんはかって音楽のプロで、音作りに関しては大変厳しく、耳も肥えている。普通の人なら気づかない些細なことでも、敏感に察知してしまう。
 同じようなことが同席したNAOさんにもあって、腹話術の演技に関し、私や妻では全く気づかない細部の問題点を鋭く指摘していた。NAOさんは人形劇を長くやっているので、人形を操ってシナリオに基づいたパフォーマンスを見せる腹話術は、非常に近くて詳しいジャンルなのだろう。
 誰でも自分の専門ジャンルに関しては、フツーの人々とは異なる専門的で深く、厳しい評価を下す。それが人の常だ。


 話が30年前にすっ飛ぶが、若い男女が我が家を訪れた。当時妻はピアノのリチャード・クレイダーマンに夢中で、FM放送の特集を録音したテープを繰り返し聞いていた。
 その音を耳にした女性、初対面だったが、「リチャード・クレイダーマンなんて、ピアニストとしてはたいしたものではないですよ」と出し抜けに言う。私も妻も一瞬ムッとしたが、連れの男性とはそれなりに付き合いがあったので、事を荒立てるわけにもいかず、ハア、ソーデスカ、と恐縮するふりだけして、その場をおさめた。

 その女性は長くピアノを趣味で弾いていて、ピアノに関してはひとかどの意見を持っているらしいことをあとで知ったが、一時的流行だったにせよ、多くの一般大衆が支持している音楽を、ヤッカミともとられかねないウンチクを並べ、あれこれとあげつらうのもどうかと思った。
 どんなジャンルにせよ、芸術系のパフォーマンスを続けていると陥る落とし穴のようなものだが、細部をより専門的に突き詰めるあまり、全体を見失ってしまうことがしばしばある。非常に狭い範囲のマニアックな集団だけが対象ならそれもありかもしれないが、公共性や大衆性が強いジャンルの場合、あくまで広汎な一般人が相手であることを忘れてはならない。
 たとえば公的な場での弾き語りライブなら、10人中7〜8人くらいが「いい」と感じるパフォーマンスであれば、それでよしとすべきではないか。

 10人中10人の満足度を目指すあまり、終わってみれば10人中5人が退屈でアクビをこらえつつ、おざなりの拍手をしていた、などという事態は死んでも避けたい。ハマりやすい罠ではあるが。

2010年9月3日金曜日

ローランドCM-30の威力

 先日注文したローランドのCM-30が届いた。さっそくマイクスタンドにセットし、あれこれテスト。
ずっと使ってきたヤマハのPAよりは2キロほど重いが、形状が立方体に近いので、思ったより安定している。
(マイク&接続ケーブル付〜Amazonで23,800円)


 以下の3つの接続パターンで、それぞれ3曲前後歌い、音の感触をじっくり確かめた。

1)マイクをチャンネル1に直結、ギターシールドをチャンネル2に直結
2)マイクを小型ミキサー経由でチャンネル1に接続、ギターシールドをチャンネル2に直結
3)マイクとギターシールドの両方を小型ミキサー経由でチャンネル1に接続


 機材が最も少ないのは1)だが、マイク専用のチャンネル1を使っても、ボリュームを最大に上げないとバランスがとれない。メインボリュームも70%ほどに上げる必要があり、余裕がない。しかし、ひとまず使える。
 音が安定しているのは2)3)の方式で、いずれもメインボリュームは30%ほどで済む。この場合の音の迫力は抜群で、普段よりも手を抜いて発声しても、充分に音を拾ってくれるような印象だ。

 方式2)だと調節するボリューム数が増えて操作が複雑になり、本体に引っ張るケーブルも電源を含めて3本に増えてしまう。操作も見栄えもすっきりまとまる方式3)が良さそうだ。
 方式1)は小型ミキサーの電池切れなどの非常時用だろうか。

 プロ仕様の場は別にし、初めて自分で「まともな」PAを使ってみたが、PAひとつでこうも音が違うのかと、ちょっと驚いた。
 自分が上手くなったのではないか?と一瞬勘違いしそうなくらいで、ちょっと怖い。PAを使わないで歌う練習をときどき混ぜないと、発声法そのものに今後弊害が出てくるかもしれない。そんな心配をしそうなほど、音は素晴らしい。
 手持ちのリバーブの接続はまだ試していないが、未加工生音の現状で充分いけそう。
 区の社会福祉協議会という組織の代表の方から電話があり、今月中旬の敬老会で歌って欲しい、との依頼である。その方とは先週末の地区センターでのミニミニ演芸会で初めてお会いした。
 終演後に声をかけてくれ、「さくら貝の歌」を絶賛された。たまたまライブを見にきていて、すでに出演者の決まっている会主催の敬老会の最後に、参加者全員で歌う歌のリード役をやってはいただけないか、と打診された。場所は同じ地区センターの体育室。

 実は札幌市の社会福祉協議会には名前だけだが、登録してある。ボランティア保険登録時に担当の方に勧められたものだが、そんな経緯からして断りにくい。今月はすでに3本のライブ予約があるが、歌は多くて3〜4曲ということなので、ありがたくお受けした。
 先方の希望する曲は2つすでに決まっていて、壇上で私がリードしながらそれをマイク前で歌う。全員参加のシングアウトのまとめ役のようなもので、やや苦手な仕事だが、何とかやれるだろう。

 それにしても、公共の場ではいろいろな人が聴いているものだと感心した。活動の輪がじわじわ広がってゆく予感がする。

2010年9月2日木曜日

グループとソロ

 手術した脇腹が昨夜半にジクジクと痛み、暑さもあって、何度も目覚めた。痛み止めを貰わなかったことをちょっと後悔したが、明け方には痛みも薄らいだ。
 今日は暑さも幾分和らぎ、連続真夏日記録もようやく途切れた模様。動きたくなるのをじっとこらえ、医師の言いつけを守ってひたすら静養につとめる。

 夕方、シャワーを軽く浴びて妻の助けを借りつつ、患部のガーゼを交換。幸いに傷口が膿むこともなく、出血もない。しかし今日もアルコールは自重した。
 先週末の地域センターでのミニミニ演芸会は、いろいろな意味で収穫や反省の多いライブで、立ち会ってくれた友人のNAOさんや妻と共に、あれこれ反省会もどきを繰り広げた。
 そのひとつに、「ソロは楽か?」という議論があり、当日の4組のうち、ソロ(独演)は私を含めて2組で、他の2組は5〜6人のグループである。
 NAOさんはアマチュア人形劇団の一員で、常にグループで動いていることもあって、「グループは大変だ」という持論。対して私は基本的にはソロだが、過去にグループでの活動も経験しており、両方の利点欠点を知っている。

 現時点での私の結論は、「グループは開演前の準備調整が面倒だが、いざ本番という名の修羅場が始まると、大変さではソロが格段に上」というもの。この点でNAOさんとは意見がぶつかった。
 NAOさんはソロとしての活動経験がなく、外から見るとソロは楽に見えるらしい。準備も含め、自分の意のままに場を取り仕切ることが出来るからだが、やっぱり大変なのはソロでしょ、何が起きるのか分からないのが本番で、いざ窮地に立たされたとき、グループなら他がいくらでもフォロー可能だが、ソロは全て自分一人で切り抜けなくてはならないんだよ、相当の経験や技量がないと無理だよと反論すると、確かにそうですね、と口をつぐんだ。
 演芸会で腹話術をソロ(独演)でやった方のパフォーマンスに関し、NAOさんには不満に感じた部分があったらしい。場の反応に対するさばきや、時間の使い方などで、それは私も同様に感じた部分だ。

 しかしそれでも、筋書きのない本番の難しい流れを、ともかくも途中で投げ出さず、始まりと終わりはきちんとアドリブも交えて収めた。これは思っているよりも大変なことなのである。
 その大変さを肌身で知っているから、多少のキズはあったとしても、ソロでの活動を貫いている人にはどのジャンルにせよ、一目置く。