2008年6月30日月曜日

始まりの予感

 真夜中というか、明け方というべきか、午前3時というヒジョウシキな時間にこのブログを書いている。居酒屋での定例ライブが終わり、シャワーを浴びてようやくビールを飲んだところ。
 午後7時過ぎに始まり、終わったのは深夜零時近くだった。集まったのは結局合計16組で、合計43曲5時間ぶっ通しの長丁場だったが、不思議なことに歌い手も聴き手も、最後まで緊張感が途切れることはなかった。

 16組も集まると、よい意味で歌の世界はバラける。それが聴き手を飽きさせなかった最大の要因だろう。夫婦ユニットあり、友人ユニットあり、定番フォークあり、オリジナルあり、ピアノ弾き語りあり、リコーダー&ハーモニカあり…。
 女性が3人で、ピアノの弾き語りが2人。オリジナルが6曲という感じだ。13回目を経て、アマチュアの発表会としては、ひとつの頂点を極めた気がする。


 特筆すべきは、ラスト近くにプロ歌手が一人登場したこと。スタンドの片隅に見慣れぬ方がずっと座っていると思っていたら、この方が何とフォーク歌手の境長生さん。
 やっぱりプロは場のつかみも含めて、何もかもがうまい。ちょうど疲れがたまって来る時間帯だったから、これで場がピシッと締まった。
 私の出番は6番目。予定では7番目だったが、歌い手の到着遅れで1番詰まった。すでにふれたように、今回のテーマは「夢」。以下のようなセットリストであった。

「夢のまた夢」 (六文銭)
「夢のしずく」 (オリジナル)
「夢」 (オリジナル)

 前回のような気負いはなく、まずまずの出来だっただろうか。声もそれなりに伸びていたと思う。(うまく歌ってやろう…)という野心を抑え、自分の色を出すことに徹するのが良策ということか。


 それにしても、このライブはなぜか緊張する。自宅コンサートや路上ライブ、老人ホームや他のイベントライブなど、数々の場を経験してはいるが、ここでは何度歌っても緊張するのだ。
 あとで聴き手に確かめると、「そんな感じはしませんけど?」といぶかられたが、歌っている本人が言うのだから間違いない。
 思うに、聴き手との距離が近いこと、聴き手の耳が肥えていること、そして聴き手の集中度が高いことなどが理由だろう。ともかくも、私にとっては大いなる「アウェイ」の場なのである。

 2年前に作ったきりで、人前では一度も歌ってなかった「夢のしずく」は、かなりの手ごたえを感じた。実はこの曲、「演歌風フォーク」で、私のオリジナルの中では他に例のない独特の曲調である。
 全体の流れの中で必須と判断し、真ん中に入れたが、もしかするとライブ版の音源を近々メインサイトにアップするかもしれない。
 ライブ終了後、時間のある方たちと1時過ぎまでフォーク談義やら、即興のミニライブにふける。フォークから演歌まであれこれ思いつくままに歌って、これまた楽しいひとときを過ごした。熱い一夜の余韻を冷ますには、絶好の時間だった。
 今回の盛況がどこまで続くのか、それはまだ誰にも分からないが、始まりの確かな予感はする。次回は2ヵ月後だそうで、すでに構成の準備に取りかかった。またひとつ楽しみが増えた。

2008年6月26日木曜日

ブレンドコーヒー

 暑い時期にもコーヒーだけは毎日欠かさず飲む。朝と3時はコーヒーで、夜は穏やかなハーブティという、もしかするとゼータクな飲み分けです。
 もらい物のコーヒーがいくつかあり、それぞれストレートコーヒーなので、単体で飲むとややクセがある。豆をミルでその都度挽く手間もかかるので、ついそのままにしてあった。
 いつも飲んでいるコーヒーが少なくなったのを機に、いくつかのコーヒーをブレンドして飲んでみることにした。ブレンドの割合は、およそ以下の通り。

・ブラジルmix 50%(UCC)
・モカ焙煎 25%
・ガラパゴス 25%
 ブラジルmixはいつもスーパーで買うすでに挽いてある品だが、他の二つは写真のようにミルでまとめて挽いている。
 ミルはイギリス製で、私が会社に入った年、ギターの次に買った。35年前で確か9,800円もしたと思う。たかがコーヒーミルに、よくそんな金をはたいたものだと我ながら驚くが、当時手回し式では抜群に性能が良かった。


 このコーヒーが実に美味い。ブラジルやコロンビアはクセがなく、無難な味だが、やや個性に乏しいきらいがある。しかし、個性的な他の二つをわずかに加えることで、味がぐんと引き立つのだ。実はこれがブレンドコーヒーの極意だったりする。
 コーヒーにはうるさいはずの妻も、「このコーヒーは本当においしい」と飲むたびに言う。そうそう、そうでしょうとも。

 で、この美味いコーヒーを飲みつつ、おやつなどいただく。写真が噂の「ホウレンソウ蒸しパン」で、すでに胃袋の中だが、食べる前に撮っておいた。うまいものは、すぐになくなりますな。

2008年6月24日火曜日

今日から夏?

 いきなり暑くなった。札幌は26度の夏日。所用で法務局に行ったが、クーラーのない車は堪える。
 ほどよく涼しい室内で順番を待っていたら、携帯が鳴った。新規の仕事依頼である。都心に近い法務局から相手先へはすぐに着く。なんとなく胸騒ぎがし、珍しくブレザーを着て出たのが正解で、その足で打合せに向かった。

 長いつきあいのある方からの紹介仕事で、相手とは初対面。担当者は、娘のような年齢の若い女性だった。
 26年も細々と仕事を続けていると、こうして取引先も徐々に若返ってゆく。時代の流れに取り残されぬよう、必死で喰らいつてゆく。

 実は昨日も別の仕事が入った。少し先の仕事の予約も同じく昨日入った。父の四十九日と納骨が終わるのをまるで待っていたかのように、パタパタと忙しくなった。
 何となくそうなるような予感がしていたが、当たった。「そろそろ自分のことに励めよ」ということだろう。またしても自分以外の何かが後押ししてくれた。
夕方家に戻ったら、2階の仕事部屋が29度もある。あわてて窓をすべて開けたら、するすると温度が下がった。それでもこれを書いている夜10時半でまだ27度あって、窓は1ヶ所開けたまま。
 今日から下着を袖のないランニングタイプにし、布団も肌布団に代えた。冷たい麦茶も作り始めた。多少の戻りはあったとしても、たぶん今日から札幌は夏。

 以前に「あげます」と書いたラズベリー(木苺)の苗木が2株貰われていった。単なる「ブログネタ」に終わってしまうかも…?と気をもんでいたが、書いてみるもの。
 貰い手はこのブログのありがたい「定期購読者」の一人である妻の友人。お礼においしい手作りホウレンソウ蒸しパンをいただいた。初めて食べた珍しいお菓子。この味なら、立派にお店で売れるのでは?

2008年6月23日月曜日

ツタのカーテン

 南側の壁に茂るツタがどんどん伸びて、1階も2階もそれぞれ窓下にまで迫った。ツタの強力な吸盤も、さすがにガラスには利かないようで、行き場を失ったツルが、何本も宙を泳いでいる。
 ある家で、軒下に咲くクレマチス(てっせん)の花のツルを、ひもを使って巧みに上部まで導いているのを見つけ、同じようにしてツタを窓の中(ガラスの外側)へ縦断させることが出来ないか?とふと思った。


 さっそくその家を真似て、写真のように居間の外側の窓いっぱいに麻ひもを張り巡らしてみた。はたしてこれで首尾よくツタがひもにからまってくれるのか、しばらく様子をみないと分からない。
もしうまく行けば、窓から差し込む夏の強い陽射しを外側からさえぎってくれるのは確実。いわば「ツタのカーテン」である。居間の南側にはもうひとつ窓があるが、いずれはこちらにもひもを張ってツタを導きたい。

 実はこの春、居間の西にある木製パーゴラの根元にも同じツタを株分けしたが、うまく根づいてくれた。まだまだ小さいが、順調に育てば数年で西のパーゴラいっぱいにツタがからまってくれるはず。
 楽しみはまだまだ続く。

2008年6月21日土曜日

生きる事死ぬ事

 父の四十九日法要と、納骨が無事に終わった。かなり前からいろいろと準備していたので、手違いは皆無。小高い丘の上にある新しい墓の前で目を閉じ、手を合わせたら、いろいろな想いが静かにこみあげた。
 空は曇天だったが、幸い雨には降られず、遠い山並みの展望もまずまず。四十九日を過ぎると霊は仏に変わると言われているから、父も眺めのよい場所に落ち着き、あの世とやらで喜んでいることだろう。私も子としての責務をまっとうし、ほっとした気持ち。まずは良かった。
 通夜と葬儀同様、法要も自宅で執り行った。花や供え物、法要後の食事なども、すべて自力で調達。お坊さん以外の参列者は身内だけだったので、身の丈にあったつましい形をとった。
 お坊さんへのお礼は、紹介してくれた葬儀屋さんに事前に聞いた通りにし、おそらく世間並み。まだ先の話だが、来年以降の法要も同じ形式となるだろう。


 実は昨夜になって、「位牌は四十九日に白木から塗りの本位牌に交換し、お坊さんに入魂していただくもの」という記述をネットで複数みつけ、あわてた。幼き頃から塗りの位牌のたぐいは見たこともなく、そんな準備もしてなかったからだ。
 よくよく調べてみると、浄土真宗では本位牌は使わないとのことで、代りに「法名軸」と呼ばれる法名(他宗でいう戒名)を記した小さな掛け軸のような物を使うそう。そういえば父の祭壇にそんな掛け軸がかけてあったことを思い出した。準備しなくて良かったのだ。

 今日、お坊さんに直接確かめたら、それでよいとのこと。この件に限らず、「仏壇に写真は飾らない」「新盆に取り立てて行事はやらない」等々、浄土真宗は合理的な考え方が数多く、父母が信じていたからというわけではないが、共感できる。
 昨日、父名義だった土地と家の相続登記申請も無事に終わった。法務局には都合3度も通ったが、最後はスンナリと手続きが完了。素人がやるには難しいと事前に聞かされていて、確かに面倒ではあったが、とうとう独力ですべてやり終えた。
 まだ少しだけ事務処理が残っているが、今日で2ヶ月近く続いた諸々の作業は、大きな山を越えた感。

「父の葬儀」という難しい状況下だったが、いまの生き方暮らし方同様、世間体にしばられることなく、「つましく、自分らしく、ひっそりと」を貫けたと思う。
 道はほぼ拓いたと思うので、いざ自分の番がきても、子供たちはあわてずに同じようにやってくれるだろう。そのための資料も、より具体的な形で残しておくつもり。
 まだしばらく生きられる気もするけど、明日死ぬかもしれない。あとはよろしくネ。

「生きる事と死ぬ事に、そう大きな隔たりはない」

2008年6月19日木曜日

ゴミ袋パンパン

 札幌市のゴミが来年夏あたりから有料化されるらしい。記憶をたどると、ゴミが市の収集に変わったのは、私が15歳くらいの頃だ。つまり、40数年前ということになる。それまでゴミはどうしていたのか?これに関する私の記憶はなぜか鮮明だ。

 生ゴミは各家庭でバケツなどにためておき、定期巡回してくる養豚農家の馬車に引き取ってもらっていた。荷台が箱状になっていて、内側にトタン板が打ちつけてあり、液状になった生ゴミでも、もれにくい構造になっていた。
 しかし、臭いはひどかった。さんざ世話になっておきながら、その馬車が通りかかると、「ブタ屋がきた!」と鼻をつまんで逃げ回っていたものだ。
 紙クズなどの燃えるゴミは、ある程度たまると庭にある穴を開けた18Lの石油缶で焼いていた。それはほとんど私の仕事で、当時すでにビニール袋が出回り始めていて、ゴミに混じったビニールが焼ける独特の異臭に、これまた悩まされていた。
 この「焼却炉方式」は学校などでも盛んに行われていて、かなり長い間ゴミ処理の主役だった気がする。

 いまでいう「不燃ゴミ」は、その概念そのものがまだなかった。モノがいまほど溢れている時代ではなく、耐久消費財は修理してトコトン使い続けるリサイクルの時代だったからだろう。
「失われた時代」では決してなく、我々がもう一度振り返って見直すべき時代だ。


 さて、40数年前に市の収集にかわったゴミ処理だったが、当初はすべて有料だった。二重になったクラフト紙製のセメント袋を市の出張所などで買い、そこに入れて決められた場所に出す方式で、現在とそう大きな違いはない。
 調べてみたら、セメント袋は25Kg入りで容量はおよそ16L。当時の価格は1枚20円くらいだったと思う。

 その有料だったゴミ収集が、いつの間にか無料になった。それがいつだったのか、全く記憶にない。私は19歳で札幌を出たので、おそらくそれ以降のことだろう。
 無料になった理由はよく分からない。当時は市の財政にも余裕があったということか。

 札幌市の試案によれば、今回の有料化では1Lあたり2円相当になるらしい。セメント袋換算だと32円。物価上昇を考えると、ほぼ当初の費用に戻ったことになる。
 さすがに今回はセメント袋ではなく、ビニール袋になるようだ。売る場所はコンビニという話。
 世間ではスーパーのレジ袋を有料化する話題で騒がしく、ゴミ袋の代用として重宝するレジ袋がほとんど姿を消した我が家でも、最近は写真のような小さめのゴミ専用袋を買っている。
 30L用の写真の品は、20枚で108円。1枚わずか5円強で、使うのはせいぜい月に8枚程度。この価格ならレジ袋が有料化されても、それほど家計には響かない。

 ところが同等の札幌市指定品を買うとなると、これが1枚60円にハネ上がる。(10Lで20円が試案)希望としては20L以下の袋も作って欲しいが、いずれにしてもかなりの負担増になるのは確実。
 対策は限られているが、これまで毎回出していたゴミを、半分くらいのペースにおとそうかと画策中。つまり、高価なゴミ袋を目一杯パンパンにして出そうというコンタンなのだ。
 それでも週100円くらいは持ち出しになりそうだ。週10円で済んでいる現状のざっと10倍。食料や原油高騰の折、全く頭が痛い。

2008年6月18日水曜日

桐集成材の天板

 かなり前のことだが、いつも寄るホームセンターの木材売場で、「桐集成材」なるものが山積みされていた。しかも、大きさが910×1820で、厚さが12ミリ。業界用語で「サブロクのパネル」と呼ばれているサイズだ。
 この大きさの集成パネルそのものがあまり見かけないし、しかも桐となるとさらに稀。中国産の端材でも使っているのか、価格が1,200円程度と安かったこともあり、私にしては珍しく衝動買いしてしまった。
 買ったのはもちろん算段あってのこと。居間テーブルの天板として使っているOSB合板のデコボコが、最近ちょっと気になっていたのだ。
 無垢材であるヌキ板からOSB合板に換えてから数年。狂いは少なく、丈夫ではあるが、天板に平坦さを求めるとなると、OSBの宿命である固めた木材チップの粗さがやはり障害になった。

 食事だけなら問題ないが、上に薄い紙を置いてメモを書いたりすることが難しい。木材チップの隙間にゴミが詰まりやすいという欠点もあった。
 狂いが少なく、平坦で安全、しかも安い代替品をずっと探していて、MDF合板がその最有力候補だったが、木目が美しく、価格もMDFより安い桐集成材パネルに偶然出会ったというわけだった。


 入手後、暇を見て天板の採寸と切断加工、そして自然系塗料によるクリア塗装までは進めてあった。ちょっと時間ができたので、最後まで仕上げることにした。DIYや外仕事を長続きさせるコツは、一気にやってしまおうとせず、暇と体力と相談して、少しずつ進めることだと最近気づいた。
 写真左が古いOSB天板を外したところ。天板の大きさはおよそ900×1200。枠と脚はツーバィ材で作ってあり、9~12ミリの合板類なら素材を選ばず、いつでも交換可能な構造にしてある。
 テーブル下の開口は掘りごたつ用のもの。開口部の下に見えている木製の枠は足を載せる調整台だが、簡単に外せる仕組みになっていて、そのまま床開口部をぴったり塞ぐことも可能。大人数が集まったときなど、床を平らにして対応する。

 写真右は新しい桐集成パネルをはめこんだところ。今回、採寸を厳密にやったので、枠と天板の隙間は限りなくゼロに近く、固定する必要はほとんどない。ビス止めは2ヶ所だけで済んだ。
 桐はタンスに使われるほどだから狂いも少なく、色も美しい。反射のせいで、部屋の中がかなり明るくなった気がする。

2008年6月16日月曜日

デザインの真髄

 自宅南側の軒下に挿し木で植えたツタが、いつの間にかずんずん成長し、一部が玄関脇のスリット壁をすり抜けて、玄関ドア枠の上まで侵入してきた。
 ドアを開けるたび、ツルと葉が揺れながらふわふわと室内をうかがうようにする。それがまるで生きているようで、(確かにツタは生きてはいるが)なかなか愛らしい。


 玄関前は積雪対策として、車がすっぽり入る「雁木」のような構造にしてある。人間が歩くアプローチ部も共に屋根で覆われているので、雨や雪対策には案配がよろしい。
 南側と東側は完全開放してあるので閉塞感はないが、奥が暗くなるのを避けるため、一部を透明ポリカーボネード波板にし、そこから光を下に落としている。
 雁木の本体はツーバィ材を使い、すべて自力で施工した。柱と梁の立ち上げに一部家族の力を借りたが、大半は私独りでやった。50代前半のまだ体力があった頃の話で、いまなら果たしてやれるだろうか。
 ポリカーボネード波板はホームセンターで買った市販品だが、積雪1メートルを越えてもびくともしない。(受枠は約60センチ四方)
 ツタの様子を外側から見ると、下の写真のようになる。


 ワインブラックのガルファン鋼鈑大波縦張と、シーダー色塗装の木材、そしてツタのグリーンとのコントラストが絶妙。ツルの曲がり具合もいい感じだ。
 たかが玄関だが、思わぬツタの効果で立派にデザインし、立派に自己主張している。色や明度、そして質感がほどよくバラけているのが、おそらく優れたデザインの真髄。
「白オンリーの色統一」「何でも木材」など、ひとつの色や素材だけにこだわるデザインワークは一見よさそうに見えるが、ただ楽をしているだけのようにも思える。何事も「Too much(過多)」はイケマセン。

2008年6月15日日曜日

カポッとカポ

 2ヶ月近く先の話だが、8月上旬のライブの依頼が入った。年に数回は招かれるグループホームの夏祭りイベントで、地域にも広く開放されるとか。
 来月上旬にもかなり大きな場でのライブ予定があり、いい機会と考えて、以前から検討していたギターのカポ(ネックにかまして簡単に転調させる道具)をネットオークションで買った。

 価格は送料こみで2,000円。振込み手数料はゆうちょ銀行を使ったのでタダ。(9月末までの特例措置)高いガソリン代を使って市内の楽器店に買いにゆくより、ネットを使ったほうがはるかに安く入手できる。
 カポは二つ持っているが、常用しているのは性能の安定したひとつのみ。「シャブ(SHUBB)カポ」と呼ばれているもので、2,000円近くしたはずだが、安物にありがちな音のビビリ(ぶれ)は皆無。
 5年前の弾き語りライブ活動再開時に買った別の製品は、低いフレット位置だと音がビビって全く使い物にならない。カポに関する限り、安物に手を出してはいけないようだ。


 今回新たに買ったのは、「NSカポ」という製品。とある知人の、「カポでNSカポの右に出る物はない!」という言葉を信じて買った。
 実際にセットして弾いてみると、4~5フレットあたりだとシャブカポとの差はあまり感じないが、1~2フレットでは確かに音が相当安定する。噂は本当だった。

 上の写真が二つのカポを同時にセットしたところ。左が新しいNSカポで、右がこれまでのシャブカポ。下の写真は裏側から見たところ。
 本来、カポはひとつしか使わないが、比較のために二つ同時に取りつけた。両方とも赤いテープが細く巻いてあるが、これは複数の歌い手が集まったときに、誰のカポだか分からなくなるのを避けるための目印。
 実際に着脱してみると、NSカポはつけるときにネジでその都度固定する必要がある。対してシャブカポは、てこの原理で瞬時に着脱が可能。しかし、シャブカポはフレット毎にネジの微調整が必要で、それらを加味すると両者に大きな差はない。

 4年間酷使したので、シャブカポのラバー部分にはかなり傷みがでている。いつ問題が起こってもおかしくない状況だったが、同等以上の性能を持つカポを入手したので、ようやく安心できる。

2008年6月11日水曜日

あげます

 3年前に植えたラズベリーの周囲に、新しい株が多数出ているのを発見。草に紛れていてこれまで気づかなかった。冒頭の写真はその一つで、地下茎でどんどん増えているらしく、数えてみたら全部で10株ほどもあった。

 これ以上ラズベリーが増えても手に負えないので、鎌でスッパリ切ってしまうつもりが、(もしかすると欲しい人がいるかもしれない…)と、ふと思いとどまった。
 最初の一株は確か500~1000円くらいで買ったはずだが、何も構ってやらなくとも、どんどん育ってたくさんの実をつけてくれる。記録によると、植えた次の年にはもう実がなった。


 もし欲しい方がいましたら、メールでご連絡ください。だいたい以下のような条件でさしあげます。スコップはありますが、ビニール袋をご持参ください。謝礼のたぐいはご無用です。

・私と何らかの面識のある方。
・我が家に直接とりに来られる方。
・一人3株まで。
・なくなり次第、終了。
 ラズベリーはそのまま食べてもよいし、ケーキやジャム、果実酒などでもOK。葉を干すとハーブティーにもなるとか。
「脂肪燃焼効果」「ストレス低減効果」などもあると聞くが、難しいこと抜きで、庭に実がなる木があるのは、楽しいものです。

2008年6月6日金曜日

夢のしずく

 昨夜遅くに仕事を納品し終え、残された諸届けの書類もすべて手配済みで、返事待ちの状態。今日は珍しく予定が何もなく、昼まで死んだように眠った。
 あくまで「死んだような状態」というだけで、まだ死んじゃいない。その証拠に、ちゃんとこうして目が覚め、キーを叩いている。人間、生きているうちが華である。

 通夜の折に父の遺体の真横で一晩を過ごしたが、このときにいままで経験したことのない感覚にとらわれた。死者である父と生者である私とが、意識下でつながっているような不思議な感覚で、もちろん不快なものでなく、どこか懐かしく、穏やかで暖かな想いである。
 遺体はまだ棺には入れず、普通に布団に寝かせたままの状態だったことも関係していたかもしれない。
 そのときに抱いた想いを率直に書くと、(死ぬのもそう悪くないな…)といった、これまた実に不可思議なものだった。
 もしかすると、生きているいまが「夢」で、実は「死」こそが宇宙の真実なのではあるまいか?と、最近よく思う。だからといって、死に急ぎもしないが。
 せいぜい夢の世界を満喫することにしましょ。


 昨日のことだが、以前に書いた「連載エッセイ予告」が掲載されたミニコミ紙が届いた。名前を石狩生活情報マガジン「あいまが」といい、近隣の石狩市を中心に、全世帯のポストに投げ込まれるとか。
 我が家から石狩市は、距離にしてわずか2キロほど。気候風土は札幌市よりも石狩市に近く、アメダスもいつも石狩市のをチェックしている。限りなく「ご近所」なのである。

 創刊第2号目であり、現状では広告が中心で、まだフリーペーパーの領域。しかし、今後は企画物、連載読み物を充実させていきたいという。
 この種の出版物を継続的に出し続けるのは、はっきりいって至難の業。地域に定着するかどうかは神のみぞ知る領域の話だが、その志は買いたいと思う。
 連載第1回の原稿締切は今月中旬だが、すでに構想は固まっている。過去にホームページやこのブログに書いた膨大な量の文章から、季節感も考慮しつつ、リライトする構成にしようと思っている。
 石狩市役所、各支所、石狩市図書館、札幌駅観光案内所、札幌市内カウボーイ各店などに置いてあります。

2008年6月4日水曜日

遠距離ユニット2

 以前に「息子との遠距離ユニットを画策中」と書いたが、全く別の形でそれが進行中である。
 相手は道南在住の息子ではなく、道北在住のMさん。7月5日、札幌・真駒内養護学校での訪問ライブで一緒にユニットを組んで歌うことになり、その練習のためだ。

 Mさんは学校側のスタッフの一人で、3年前にも同じ場で臨時ユニットを組んで3曲歌った。その時の会場の反応がとてもよく、今回同じ企画が持ち上がったとき、迷わず構成をユニット中心に変更した。
 前回は我が家に来ていただいて事前に練習をしたが、Mさんが遠方に転勤になってしまい、今回はそれが難しい。そこで以前から構想を暖めていた、「遠距離ユニット企画」の登場となった。
 まず事前にメールで相談して候補曲を決め、私がソロのユニゾン(主旋律)で録音。それをパソコンに取込み、編集してMP3音源に圧縮変換する。私の持つネット上のフリーエリアにアップロードし、先方にそのファイルの「閲覧許可メール」というものを送信する。
 以上の方法で、そのメールを受け取った人だけが、いつでも自由にその音源をエクスプローラなどのブラウザから聞けるという仕組みだ。

 楽譜は私が常用している楽譜閲覧ソフトを曲毎にパソコン上に表示し、そのスクリーンショットを撮る。するとパソコン画面が画像変換されるので、その画像を圧縮加工し、同様にフリーエリアにアップロードする。以下全く同じやり方で歌詞やコード譜が読める。


 今回、8曲を録音したが、「うまく聞けて、目下練習中です。いい方法ですね!」と先方から確認メールが届いた。パソコン画面で楽譜を見て、曲を聞きながらそれに合わせてギターを弾き、一緒に歌って練習できるという。これぞまさに「遠距離ユニット」である。

 すべてカバー曲なので、誰でも閲覧できるようなやり方ではまずいし、某大な容量となる音源ファイルを、メール添付で送信するのは先方に負荷がかかり過ぎ、現実的でない。
 幸い、私は2Gのフリーエリアをネット上に持っている。ときどき大容量の仕事用ファイルを、同様の手段で取引先にメール送信しているが、今回それを趣味でも使った。
 相手はWindows環境で、私は音楽に関しては基本的にMac環境。しかし、音源も楽譜も前述の方法だと、何ら問題なく相互共存が叶う。
 あれこれ動き過ぎたせいか、体調が優れない。身体に力が入らない感じだ。午後は歯科の予約が入っていたが、出かける途中にクスリ屋に寄り、数年ぶりにユンケルを買って飲んだ。

 歯科医院に着き、診察券を出したら、「菊地さん、予約は明日ですよ」と言われた。出かける前に不安になり、ちゃんと確認したはずなのに、今日はてっきり木曜と思い込んでいたせいだ。往復5キロほどの距離なので、ガソリンを70円ほど無駄にした計算。疲れてます。

2008年6月2日月曜日

目が回る

 日課にしている朝のコーヒーも飲まず、午前10時前に家を出た。各方面に手配していた書類がひとまず整ったので、銀行解約や不動産登記変更の手続きをするためだ。
 場所はすべて実家近くにあり、車で30分弱かかる。手続きにはかなりの時間がかかると予め聞かされてはいたが、あちこちでトラブル続出で、終わったのは夕方5時近く。
 昼食はスーパーで買った冷しラーメンを、公園の木陰でかきこんだ。休む間もない目の回るような一日で、家に戻るとさすがにぐったりした。
 相続関係の諸手続きは今日で70%ほどが終了。あれこれ書類にナンクセをつけられた某大手銀行の最終処理は、明日に持ち越し。書類確認は終わっているが、明日もう一度出向かねばならない。
 この銀行では、あまりに理不尽な事を言うので、思わず窓口で大声を出しそうになったが、それではあまりに大人げないと、ぐっとこらえた。しかし、怒りはすぐに顔に出るタチなので、おそらく額には青スジが立っていたであろう。

 最後に立ち寄った法務局出張所では、係員が大変親切に応対してくれ、救われる思いがした。
 土地と家を母名義に変更するのを、司法書士を介さず、素人である私が一人でやろうという大それた相談だったが、自分で調べて作った書類のひな形を用意していったのが良かったようだ。不備な部分を修正するだけで、何とか自分一人で処理できそうである。
 以前にも書いたが、下手な民間企業より、仕事のできる役所の担当者のほうが余程マシ。
 建築確認申請は仕事柄、当然自分でやる。青色確定申告も26年間、自分一人でやっている。今回、不動産の相続登記変更という難問題を、もし自分で処理できれば、またひとつ成長できるというもの。
 面倒だが、外注するとかなりの額になる費用が、自分でやるともちろんタダ。やりましょう、仕事はヒマなので。