2014年3月31日月曜日

手元スピーカー

「テレビの音が聞き取りにくい」と妻が言う。私もイヤホンを使うのが嫌いなタチで、特に深夜など、字幕を表示させつつテレビを観ているが、字幕の表示されない放送も多々ある。夫婦で悩みが一致し、イヤホン端子につないで手元に置けるスピーカーを探すことにした。
 以前にPC用の小型スピーカーを改造し、イヤホン端子につないでみたことはあったが、アンプが内蔵されてないので音は小さく、実用に耐えるものではなかった。電源の問題はあるが、アンプ内蔵タイプが必須条件である。

 USB端子から電源を供給するPC用の製品を調べたが、ステレオタイプでかさばる。ケーブルの数も増え、邪魔なので候補から脱落した。

 アマゾンを丹念に当たった結果、同じことで悩んでいる人がいると見えて、専用品が3種見つかった。
 価格やユーザー評価等も含めて慎重に検討したすえ、単3アルカリ電池2個で60時間使用可能、という点が決め手となり、ビクター製の1,496円の品に落ち着く。


 一昨日届いた製品をさっそく使ってみたが、なかなかいい感じである。テレビ本体の音を普段の半分に絞っても、手元に置いたスピーカーの音を少し上げてやるだけで、充分に聞きやすい。
 テレビ本体(東芝レグザ)の設定を変更し、イヤホン端子にスピーカー端子を差してもテレビ本体の音は出るようにした。音に奥行きが出て、さらに聞きやすくなった。

 ケーブルは5メートルもあり、長すぎるほどだが、本体背面にコードを巻き付けるくぼみがあって、邪魔にはならない。スピーカーそのものもコンパクトで、テーブルの片隅に常時置いてあっても、目障りではない。
 ボリュームとスイッチは一体になっていて、操作は単純明快。緑色のパイロットランプもあり、切り忘れがない。シルバーの外装は高級感がある。
 使い始めてまだ2日間なので、電池の消耗度に関しては未知数。状況次第では、充電式のエネループ電池に今後切り替えたい。
 私が午前中に寝ているときには妻が、妻が寝静まった深夜には私が使っているが、これまで使っていたイヤホンは、不要になるかもしれない。加齢に伴う聴力の衰えを補う、絶好のアイテムを見つけた。高齢者へのプレゼントとしてもお勧め。

2014年3月30日日曜日

増税直前の一日

 ウッドデッキに雪がなくなり、床がすっかり乾いて、外でDIYができる環境が整った。気温はまだまだ低いが、ジャンパーと帽子で武装し、冬の間の懸案事項をいくつか片づけた。
 まず、床下にあった不要品の処理。古い蛍光灯や網戸、パイプ椅子等を引っ張りだし、鉄部と樹脂部にパーツを分解する。長期間ホコリをかぶっていたので、解体処理はぜひとも外でやりたかった。

 樹脂部分は小さくカットして燃えないゴミに分類。鉄部はまとめてリサイクル業者に出す。これまでは燃えないゴミとして処分していたが、昨年近所にみつけた24時間営業のリサイクル施設「じゅんかんコンビニ24」では、無料で引き取ってくれる。
 パーツの中で唯一使えそうだったのが、ロール状の網戸。これだけは捨てずにしまっておき、いずれ床下換気口のカバーにでも転用しようと思う。


 15時過ぎに作業が終わり、妻の買物に付き合いがてら、じゅんかんコンビニに寄って出してきた。その後、イオンにて買物。
 帽子売り場で1,950円の中折れハットを発見。試しにかぶってみたら、けっこう似合う。地が黒でリボンがワイン。ステージ衣装には絶好だが、普段着では派手すぎて、さすがに無理。考えたすえ、結局買わなかった。
 ずっとハンチングかバンダナで通してきたので、中折れハットが自分の歌うスタイルに合っているかどうか、ちょっと判断がつかない。ベストとストールを組み合わせれば、いけそうな気がしないでもない。
 イオンからの帰路、いつも行く安売りスタンドに寄ってみた。値上げ直前なので大行列かと思いきや、そうでもない。わざわざ入れに行くとかえって高くつくが、ついでがあれば、話は別。いつも通り、2千円分ポッキリを給油。

 さらなる帰路、たまに行くディスカウントスーパーに寄ったが、こちらは駐車場が長蛇の列で、簡単に停められそうにない。珈琲豆と冷凍ウドンを調達する店だが、あきらめて4月以降に買うことにする。
 増税前の買い溜め騒動が、身の回りにもヒタヒタ及んでいるが、我が家では普段のペース通りで、在庫のなくなった物は買うが、買い溜めの類いは一切していない。増税分は嗜好品のカットと、収入を多少でも増やすことで補いたい。ジタバタしても始まらない。

2014年3月27日木曜日

心臓精密検査

 午後から近くの循環器内科に行った。実は昨年の市検診で、心電図に異常が出た。以前にも検診で指摘されたことのある、心肥大の疑いである。
 担当医からは二次検査を勧められていたが、40代後半に同様の理由から心臓の精密検査を受け、何も問題がなかったこともあって、しばし放置していた。
 その後、大腸ポリープ~大腸ガンの騒動などあり、これに歯の大規模治療も重なって、ふと気がつくと、検診から1年近くが過ぎようとしていた。大腸ガンと歯の治療がヤマを越えたこともあり、ようやく心臓の二次検査を受ける気になった。
 検診通知表を再確認すると、心電図の項目に所見があり、「陰性T波」「ST上昇」と記載がある。ネットで調べると、「陰性T波」は心肥大に関連する兆候で、これはすでに折り込み済み。問題は「ST上昇」で、「心筋梗塞になる一歩手前の状態」と怖いことが書いてある。
 このところ病院漬けで、気持ちとしてはウンザリだったが、循環器系に問題があって治療手術を受けた知人が複数いる。思い立ったいまが、行くべき時だと考えなおした。


 午後の診察は13時30分からで、5分前に受付。それほど混んでなく、15分くらいで最初の診察を受ける。持参した市検診通知表の写しを見ながら担当医が、「もしこの診断通りだったら、心筋症か心筋梗塞の疑い濃厚で、かなり重症ですよ」と脅かされる。単なるエコー検査だけでは駄目で、CTを使った本格検査をやることになる。

 不安に苛まれつつ、心電図→エコー検査→冠動脈CT検査→レントゲン(正面&側面)、と休みなく検査が続く。冠動脈CT検査では心拍数を減らす薬と注射を同時に実施。終了は3時間後だったが、これほどの検査が、初診日に一日で済んだことに驚く。
 そして再度診察室に招かれたが、結果は「問題なし」。20代後半、40代後半の精密検査と同じ結果で、拍子抜けした。
 血圧も何ら問題なく、「心臓も血管も年の割には若い」と太鼓判を押される。このところ大腸や歯で老いを間近に感じ、かなり落ち込んでいただけに、ちょっと嬉しくなった。

 それでは時折起こる動悸や不整脈はなぜ?と、率直な疑問をぶつけると、「まあ、不整脈のない人はいない、といっていいくらいですから」と受け流された。処方されたのは「ワイパックス」という錠剤。動悸が発生し始めたら、直ちに1錠飲みなさい、とのこと。
 家に戻ってネットで調べたら、要は抗不安薬(鎮静剤、精神安定剤)の一種である。推測だが、心臓や血管には何も問題ないので、不整脈の原因はストレスである、ということではないのか?
 こちらも推測だが、大腸ガン発病の要因にも、ストレスが強く関わっているように思える。いかにしてストレスを持ち込まない、そして溜めない生活を心がけていくかが、今後の我が人生の大きなポイントであるらしい。

 治療費は、薬代も含めて2万円弱。15年前の検査では運動負荷心電図やホルター心電図(24時間心電図)もとったので、検査も3日間、3万円強かかった。安心料としては妥当なところか。
「心配でしたら、定期的に受診を」と勧められたが、ガン検査と同じサイクルではちょっと辛いので、さすがに毎年受ける気にはならない。

2014年3月25日火曜日

イヤーパッド交換

 10年以上前に買って、ずっと使い続けているヘッドホン・イヤーパッドがまた傷んできた。過去2回交換しているので、だいたい3年くらいしかもたない計算になる。
 もともとが薄いスポンジ製なので、摩耗には弱い。過去2回は廃品利用で代用していたが、このところ菓子の上などにクッションで載っている肝心の薄いスポンジ板が手に入らない。フェルト布での代用が過去に試みたが、音の抜けがよろしくない。


 いよいよ送料込みで500円は下らない交換部品を買うしかないかと、腹をくくったが、昨日立ち寄った100円ショップSeriaで、4個入りのイヤーパッドを偶然見つけた。サイズも50~55ミリとぴったり。迷わず買ってさっそく交換した。

 さすがに専用品は交換も一発で終了。こんなものまで手に入るとは、100円ショップ恐るべし。

2014年3月23日日曜日

曲順の要件

 チカチカパフォーマンスにおける叙情系ステージの曲順に関し、試行錯誤中。まるで野球の打順を決めるような面白さがあるが、「叙情性」の一点で絞った各曲順の要件と候補を記すと、およそ以下のような感じか。

《1曲目》
 アピール性が高く、万人受けする曲、あるいはステージ開始を周囲に宣言するような曲。「カントリー・ロード」がぶっちぎりの本命で、対抗が「レット・イット・ビー」。これに次ぐ候補が「翼を下さい」「ビリーヴ」など。
 最初の2曲は手堅いが、あとの2曲は歌ってみないと分からないリスクあり。
《2曲目》
 スローな日本唱歌系の曲。第5期終盤では、もっぱら「仰げば尊し」で押したが、非常にうまくいった。4月はひとまず「花(滝廉太郎)」「荒城の月」「赤い花白い花」あたりが候補。
《3曲目》
 最も訴求力の強い曲を歌う。基本的には昭和歌謡以外のJ-POP。「涙そうそう」が本命で、「さくら(直太朗)」「ハナミズキ」あたりが対抗。ここでのリスクは避けたいので、冒険はしない。


《4曲目》
 シャンソンを始めとする洋楽のうち、一般受けする曲をここで歌いたい。候補として「サンタルチア」「さくらんぼの実る頃」「ラ・ノビア」「エーデルワイス」など。場の気分転換が主たる目的。
《5曲目》
 手堅い日本の曲で、前3曲とやや雰囲気の異なるもの。「青葉城恋唄」「いい日旅立ち」「北の旅人」など。昭和歌謡系やフォーク系も含めていいかもしれない。
《6曲目》
 オリジナルのうち、特に叙情性の強いと思われるもの。「サクラ咲く」「雨ニモマケズ」「誰も知らない夜」「惜恋歌」など、候補多数。
《7曲目》
 ラストに相応しい曲。和洋やジャンルは問わないが、候補は意外に多い。「花~すべての人の心に花を」「時代」「ケ・セラ・セラ」「傘がない」など。

 まだ流動的だが、これら候補曲を組み合わせ、4セットくらいを当面使い分けたい。
 温暖な一日で、雪解けがぐんと進んだ。玄関周りやウッドデッキ周辺の雪割り作業を少しずつ進めているが、さすがにもう電動除雪機の出番はないだろうと、居間の床下収納に片づけた。
 取手を外したほうが何かと扱いが簡単なので、今回は初めて取手を分解して収納したが、うまく収まっている。

 結果として、今冬は合計23回の出動となったが、予想していた30回前後よりはかなり少なく済んだ。以前にふれたように、他の節電対策の効果もあって、電気代は逆に前年よりも減少。持病のギックリ腰も起こらず、今後の厳しい冬でも、何とか乗り切れるメドがついて喜ばしい。

2014年3月19日水曜日

ゴールが見えてきた

 2週間前の大腸内視鏡検査で採取した、術後周辺組織の病理検査結果を確認しに、朝一番で病院に向かった。歯科医院を含め、月曜から3日続きのアサイチ病院通いで、いくつになっても夜型人間の我が身には辛いが、今日を乗り切れば一息つく。
 ポリープのない平坦部にも病巣が隠れていることがあるので、かなりの不安があったが、幸いなことにガン組織はなかった。ひとまずホッとした。
 今後の治療方針について相談した結果、1年後にCTスキャンによる転移検査、そして内視鏡での再発検査を同時にやることが決まる。ガンの進行度はステージ0だったが、しばらくは転移検査も同時期にやったほうが安全、という判断である。
 いろいろ情報を集めると、ここまで徹底して検査をしてくれる病院は珍しいように思える。検査は非常に面倒で、費用もある程度かかるが、医師の指示に従おうと思う。

 血便の自覚症状が出てから5ヶ月ほど経ち、必要な検査や治療は全てやった。現時点での病巣はないが、潜在的ガン患者であることに変わりはない。当分はこのペースでの経過観察が続きそうだ。


 ガンがいつ再発、あるいは転移するか分からない危うい状況とはいえ、今後の人生を臆病に閉じこもって過ごすつもりはない。食生活や運動を始めとする生活習慣改善の継続はもとより、ストレスをためない暮らし方に努めつつも、より一層前向きな生き方を目指そうと思う。それこそが、いま生きている証しだ。

 8歳のときに母方の祖父が死に、(人間はいつか死ぬんだ…)と思い知ってから、はや50数年。死は必ずやってくるが、まだはっきりとは見えない遠い未来のこと、そう思っていたら、思いがけないガン告知により、そのゴールラインが突然視界に入ってきた気がする。
 前を向いて歩いては行くが、自分が消えたあとの身の回りの始末も、少しずつやっておきたい。見えてなかったものが、ぼんやり見えてきた。それはたぶん悪いことじゃない。

2014年3月18日火曜日

水抜きドレン

 また5センチほど雪解けが進んだ。母屋の屋根はプロの仕事なので、ごく普通に軒先から雪解け水が落下するが、DIYで作った車庫の屋根は、水勾配が緩いこともあって、融雪水の水切れがよくない。
 水下にあるポリカ波板端部から落ちる融雪水が、裏側まで回りこんで、梁や柱を常時濡らしている。現段階で大きな腐食はないが、あまり好ましいことではなく、できればすんなり下に落としてしまいたいところだ。


 その方法に関し、ずっと考えていたが、先端からわずかに後退した場所に、水抜き用の小穴を開けることを思いついた。しかし、いまひとつ自信がない。
 試しにひとつだけ開けてみたら、見事に水が抜けた。この種の処置で一発ビンゴとは珍しいことで、ちょっとうれしくなった。合計5ヶ所ほど開けて処置終了。

 不思議なことに、単なる雨水ではこの「裏側まで回りこむ」という現象はあまり起きていない。雪の重量による勾配の変化とか、水の量などが微妙に関係しているらしい。
 今日はアルコール抜きの日。医者からγ-GTP値の指摘を受けて以来、夕食のオカズにもよるが、だいたい2~3日晩酌したら、1日はアルコールを断つ。
 肝臓には大変よろしいが、その反面、今日はご飯を2杯半も食べてしまった。ついこの前まではご飯1杯だったから、大変な変わりよう。肝臓によいという納豆があると、ますますご飯がすすむ。

「飲まないと食べる」という分かりやすい図式で、体重がジワジワと54Kgに近づきつつある。若い頃は65Kgだったこともあるから、まあ、56Kgまでは静観しよう。

2014年3月17日月曜日

ユニットの限界

 気温が一気に5度くらいまで上がり、雪解けが一気に進んだ。今日は玄関横に積み上げられた雪山にスコップで切り込みを入れた。いわゆる「雪切り」と呼ばれる作業で、これをやると雪解けが一層速くなる。
 この暖かさが続けば、だいたい1日5~6センチほどのペースで雪解けが進むので、あと3週間ほどで雪はなくなるはず。ただ、彼岸前後に大雪が降ることがよくあるので、ベランダや車庫屋根の雪割り作業は、用心してまだやらない。


 昨日受けたチカチカオーディションで指摘された、「ソロでのパフォーマンスを、ユニットが超えていない」という講評をずっと考え続けているが、褒められたのかケナされたのか、いまひとつ釈然としない。
 ソロで歌い続けてきたのは他でもないこの私で、仮にそのパフォーマンスを量的に置き換えて「1」としよう。このパフォーマンスを私と息子のユニットが超えていない、ということは、「1」に達していない、つまりは1以下(0.8とか0.9とか)であるということなのか。
 手前味噌の褒め言葉で考えるなら、「それほどアナタのソロパフォーマンスは秀でてますよ」となろう。2年間オーディション免除の恩恵を受けた背景の一面も、おそらくそのあたりにある。

 ところが、ユニットの半分を構成しているのも、他ならぬこの私。リードボーカルやギター演奏、編曲構成面などで、ユニットにおける私の比重は大きく、数字でいえば70%ほどか。それがソロを超えられないということは、「自分の敵は自分自身だった」ということにもなりかねない。
 ユニットとしてのパフォーマンスはかくも難しい、とも言えそうだが、ではどう工夫すれば、せめて「1+1=1」、つまりは、ソロなみのパフォーマンスをユニットで得られるのか、現時点ではちょっと分からない。
 冷静に判断して、父子で歌うことで聴き手にある種の「物語」を期待していた甘さがあったように思う。介護施設系や家族系の場であれば、この「物語」がプラス方向に作用し、熱い聴き手の支持が得られる。
 ところが、第三者の評価となるオーディションのような場では、この「物語」が全く作用せず、審査員の目には逆に物欲しげに映ってしまう可能性すらある。

 当面はユニットでの活動をこれまで通り、介護施設系や家族系の場に限定するのが無難かもしれない。路上系の場では息子の助けを期待せず、ソロでの活動に磨きをかける方向となりそうだ。
 第三者の評価を得て、自分の目指すべき方向が、より鮮明になった。ユニット不合格は、ひょっとすると天の啓示であったか。

2014年3月16日日曜日

チカチカ特別枠認定

 第6期チカチカパフォーマンス・オーディションを息子と共に受けた。開始は14時だったが、休憩をはさんだ後半のオープニング担当だったので、タイムスケジュールによる割当ては15時45分から。自宅で簡単なリハを済ませ、会場入りは14時45分ころだった。
 受付けを済ませると、顔見知りのパフォーマーから、「菊地さん、特別枠認定受けてましたね」と声をかけられる。一瞬何のことかと思ったが、冒頭の審査委員長挨拶で、その旨発表があったという。

 実は一昨日、責任者の方から同様の内示がメールであった。特別枠認定を受けると、むこう2年間はオーディションなしで活動できる、という特権を得られる。だがそれはあくまでソロ活動での話。息子がサブボーカルに加わる場合の扱いを確認すると、やはり参加費を払って、正式に受けて欲しい、とのことだった。


 パフォーマンス開始と同時刻に事務局から全メンバー宛に正式なメールが届いていたことをあとで知ったが、「特別枠認定」の要件は、以下の2つを同時に満たすことだった。

・各期の半年間に4回以上活動
・過去直近5期(2年半)の活動回数合計が50回以上

 活動回数には、実証試験や菊まつり等の関連イベントは含めない。該当はわずか5組で、(こんなに自分が演っていたのか…)と聞かされて一瞬驚いたが、ちゃんと51回演っていた。

 特別枠認定は「過去のチカチカパフォーマンスに対する貢献度が高い」という、ある種ご褒美のようなもの。地道に続けてきた活動が報われたようで大変うれしく、そしてありがたく思った。
 あくまでソロでの扱いとはいえ、開始前からやや拍子抜けする感じもしたが、気を取り直してオーディションに臨んだ。歌ったのは以下の3曲。

「恋のバカンス」…昭和歌謡の定番(時間の都合で1番のみ)
「夢咲く街 チ.カ.ホ」…チカホのイメージを歌ったオリジナル曲
「まつり」…最近は介護施設で大人気の演歌

 オリジナル以外の2曲は昨秋の介護施設ライブで息子と歌ったばかり。不安はなかったはずが、1曲目で息子のボーカルが小さいのが気になった。過去のイベントでも同様のことがあり、モニタスピーカーのない場に慣れていない息子は、どうしても声を遠慮してしまう傾向がある。
 途中で指示は出せないので、二重唱の部分は私が抑え気味に歌った。あとで息子に聞いたが、出だしでは珍しく足が震えたそうだ。200人近い聴き手を前に、多少臆するところがあったのかもしれない。

 2曲目以降はやや持ち直した感じだったが、ラストの「まつり」で場の手拍子・かけ声がやや少なく、介護施設ほどの盛り上がりに欠けたのが気になった。


 時間通りに終えて他のパフォーマンスを見届け、19時半のJRで帰る息子と応援の妻は先に食事に向かう。終了後の結果発表と講評を聞くため、私だけ会場に残った。
 やがて発表時間となったが、審査委員が一向に現れない。審査がもめて長引いている、との情報が入って、居残っていた受験者が色めき立つ。
(継続パフォーマーで、脱落者が出るのでは…)

 10分遅れで発表があったが、音楽系の新規受験者は、私と息子のユニットを含めた3組全員が不合格。他の舞踏系など2組が、半年間限定の条件付き合格。審査対象9組のうち、無条件合格は、継続パフォーマーが中心の4組のみ、という厳しい結果となった。
 私と息子のユニットでは、「ソロとしてのパフォーマンスをユニットが超えていない」との講評である。息子との反省会でも、なるほどと納得。楽器なしの単なる部分的なサブボーカルでは物足りなく、さらにはバランスをとるために互いが遠慮してしまった点を、厳しく見ぬかれていた。
 その他、特に音楽系の受験者に対し、「趣味の発表会の場とは違う、ということを認識して欲しい」との厳しい指摘があり、さらには「非日常を演出するパフォーマンスとして、衣装を含めたスタイルにも充分配慮を」との要望もあった。

 うれしさ半分の結果となってしまったが、「ユニットとしては不合格だが、帰省した息子さんが、菊地さんのソロにときどき加わるのは、構いませんよ」との温情も審査委員長からいただいた。
 向こう2年間のソロ特別枠認定と、ユニットとしての初参加が同時期に重なったという難しさもあったように思える。今後どのように活動すべきか、じっくり考えてみたい。

2014年3月14日金曜日

バーチャルXPの検証

 WindowsXPのサポート終了まであと3週間に迫ったので、Macのバーチャル環境で使っているXPの動作検証をやった。
 メインのMac-miniにはすでにWindows7がバーチャル環境で入れてあり、Windows限定でしか動かないソフトでも、動作に不安はない。ただ、予備のMacBookにはXPしか入れてなく、可能性は低いが、万一旅行中などでWindows限定ソフトを動かす事態が発生した場合、対策を考えておく必要がある。

 今日試したのは、手持ちのSDカードを使った手法。バーチャル環境の場合、フアィルの保存は可能だが、転送はネット経由でないと不可能。しかし、ネットにつないでしまうと、たちまちウィルスが侵入してくる。ネット接続なしで、Macにファイルを転送するには、SDカードかUSBメモリを使うしかない。
 理論的には可能と分かっていたが、それを事前に実証テストしておく必要があった。


1)使うSDカード媒体のウィルスチェックをやっておく。
2)XPのローカルエリア接続は予め無効にしておく。(サポート終了前が必須)
3)バーチャル環境でのUSBカードリーダー設定を実行。その後、XPを起動。
4)当初はMac上にSDカードが認識されているので、これを切り離す。(コマンド+E)すると、XPでSDカードが自動認識されるので、XP上で作業したファイルをこれに保存。
5)作業終了後はXPから「ハードウェアの安全な取り外し」を実行。
6)バーチャル環境のXPを終了すると、Mac上にSDカードが自動認識される。カード内のファイルをHD内に転送して終了。

 ほぼ理論通りにうまく運んだ。場合によっては、もうワンセットWindows7を買うことも考えていたが、当面この手法でやることにする。
_14年ぶりに雪止め金具を取りつけた南側屋根の現状は写真の通り。屋根の雪はかなり解けて、最も多い東側の雪庇部分で70センチほどか。心配していた南側隣地への落雪はなく、雪下ろしの必要や、雪の重みによる建具開閉の不都合も発生しなかった。
 豪雪だったにも関わらず、南側窓下の雪山も今年は全くない。雪はすでに峠を越えたので、大きな問題はないと評価していいと思う。

《雪は屋根の上に載せたまま、太陽光でユルユルと解かす》

2014年3月13日木曜日

電動除雪機の手入れ

 3月に入ってしばらく出番がなかったが、今週の月曜と水曜にまとまった雪が降り、しばらくぶりに電動除雪機を出動させた。
 今冬の出動回数は都合23度目。「無理せず電動除雪」を今冬のモットーにしているので、回数は例年よりかなり多い。それでも電気代に大きな変化はなく、昨日ふれたように、むしろ下がる一方である。

 買ったのが2011年1月だから、今年で4シーズン目となる。部分的な傷みは避けられないが、致命的な故障はない。買ったときは19,800円だったが、すでに元はとった感じがする。
(いまはなぜか倍以上に値上がりしている)


 その電動除雪機、コードと本体の取付部に少しヒビが入り、ビニールテープで補修したのが2年目。その後、雪を飛ばす方向を変えるプラシチック製のリブが割れて脱落し、リブなどないほうが雪はむしろ遠くへ飛ぶので、全部取り外してしまった。

 今年になって、上のカバーが一部外れそうになってきたので、今日はその補修を試みた。本来は方向を変えるリブと一体となって左右に動くものだが、雪は正面側が最も遠くに飛ぶので、方向を変える機能は不要。そこで貫通穴をドリルで開け、手頃なビス2本で完全固定することにした。
 今年はこの機械をフル稼働させたおかげで、持病の腰痛は起きなかった。豪雪を何とか乗り切れるメドがついたのは大きい。メンテナンスを怠らず、できるだけ長く使い続けたい。

2014年3月12日水曜日

我が家の節電実績

 原発停止が長引き、北海道でもご多分に漏れず節電の大号令が発令され、冬のキャンペーンは先週末にようやく終わった。その目標値というのが、「2010年度に比べて6%の削減」というもの。
 前年度ではなく、なぜ3年前なのか?よく考えてみたら、「原発稼働中に比べて」ということのようだ。「湯水のように」ゼータクに使えた時代に比べて、6%くらいはガマンしなさいよ、ということか。

 新聞には前年度との比較もあったので、我が家での1~2月における実績値を、検針票を元に比較してみた。(数値はいずれも1~2月合計)

《2010年度〜原発稼働中》
・使用電力量 537KW
・電気代 13,415円
《2012年度昨年度》
・使用電力量 482KW
・電気代 12,748円
《2013年度今冬》
・使用電力量 432KW(2010年度より19.6%減)(前年度より10.4%減)
・電気代 12,457円(2010年度より7.1%減)(前年度より2.3%減)


 各年度における家族数の増減はなく、数値の変遷は、純粋に電気の使い方によるものと考えられる。
 使用電力量は年度ごとに減少を続けていて、キャンペーン対象となる2010年度と今冬との比較では、実に目標の3倍を越える19.6%の削減に成功している。理由としては、冷蔵庫を省エネタイプに買い換えたのが大きく、段階的な照明のLED化がそれに次ぐ。待機電力カット対策も効果的だった。

 北電は2013年9月より、7.73%の値上げを断行しているが、それにも関わらず、電気代そのものも下がっている。つまりは、電気代値上げを補って余りあるほどの節電に成功したということ。
 ブログでもたびたびふれているが、我が家の使用電力量は世帯平均に比べて非常に少ない。標準家庭の年間使用電力量は5,607kWh(出典:エネルギー経済統計要覧2009年版)だが、我が家の場合、過去1年分の使用電力量は2,485kwh。世帯平均の44.3%に過ぎない。それでもごく普通に心豊かに暮らしてゆける。
 要は生活の創意工夫と生き方、考え方次第ということで、「原発は嫌だけど、便利な生活は捨てられない」などという、根強い消極的原発擁護論など、単なる虚像に過ぎないことが分かる。

《原発再稼働は、各自の節電意識改革で回避可能》

2014年3月9日日曜日

介護施設でフォーク

 20数キロ離れた、少し遠い市内のディサービスで歌ってきた。昨年7月にネット経由で初めて依頼された施設で、いわゆる「最も強い2度目の依頼」である。
 全国展開している施設で、過去にも同系列の施設で数多く歌わせてもらっている。新し目の曲を好む利用者層と、どこか相性のよさを感じる。

 前回も大変な盛り上がりだったが、その傾向をよく分析したうえで、春を意識した構成で臨んだ。


 開始20分前に到着し、10分前にスタンバイ。50名ほどの聴き手もすでに席についていたので、予定より早めの14時55分にスタート。以下の14曲を歌った。

「北国の春」「花(滝廉太郎)」「真室川音頭」「リンゴの唄」「年下の男の子」「二人は若い」「みかんの花咲く丘」「浪花節だよ人生は」「夜霧よ今夜も有難う」「青い山脈」「かなりや」「あの素晴しい愛をもう一度(リクエスト)」「なごり雪(リクエスト)」「まつり」

 1週間前の有料老人ホームと似た内容だが、施設の聴き手に合わせ、微妙に修正を加えている。叙情的な曲や洋楽を減らし、手拍子の出やすい明るめの曲を中心に、以下の入替えを行った。

「うれしいひな祭り」→「花(滝廉太郎)」
「いい日旅立ち」→「リンゴの唄」「年下の男の子」
「幸せなら手をたたこう」→「二人は若い」
「瀬戸の花嫁」→「浪花節だよ人生は」
「サン・トワ・マミー」→「夜霧よ今夜も有難う」
「高校三年生」→「青い山脈」「かなりや」
 ステージに立つと、前回となぜか微妙に空気感が異なる。開始前に進行の方が「昨年も歌っていただきましたが、覚えている方」と振っても、会場の反応はゼロ。どうやら前回とは曜日が異なり、利用者の大半が入れ替わっていたようだ。
 ともかくも歌い始めると、出だしの数曲は反応がいまひとつの印象だった。場がようやく乗り始めたのは、「リンゴの唄」あたりから。過去の実績が少なく、リスクの大きいアイドル系ソング「年下の男の子」で大いに湧く。状況次第では1番でやめるつもりでいたが、歌ってよかった。


 その後は順調に進む。「なるべく長く」との要望があったので、12曲を当初準備していた。11曲終わった時点で「あと2曲くらいで終わります」と伝え、不動のラスト「まつり」以外に何かもう1曲…、と電子譜面を繰っていたら、その気配を察した進行係のTさんが、「菊地さん、実はフォークのリクエストが事前にあったのですが、歌っていただけませんか?」と尋ねてきた。

「何でしょう?曲にもよりますが」と応じると、実は「あの素晴しい愛をもう一度」が聴きたいとの声が複数ありました、と言う。一瞬耳を疑ったが、どうやら間違いない様子。「本当に歌っていいんですか?」と確かめつつも、指ではもう譜面を検索していた。
 探しながら、「実は1年前にも《なごり雪》のリクエストが飛び出して、びっくりしたんですよ」と伝えると、《なごり雪》が演れるんですが、ならばそれもぜひ聞きたい、と重ねてのリクエスト。思ってもみなかったフォークの連発である。

 実はこんなこともあろうかと、先日電子譜面内の全レパートリーを、50音順に6分割したばかり。「ALL4_TaNa」などのように、それぞれ頭文字を含むファイル名をあて、検索しやすいよう1ファイル内の曲数も100前後に抑えてあった。
「あの素晴しい愛をもう一度」は10年近く人前では歌ってないが、譜面は確かに「ALL1_A」のファイルに入っている。20秒ほどであっさり探し当てた。
 半信半疑だったが、いざ歌ってみると大変な盛り上がりよう。続けて歌った「なごり雪」も同様の反応。折しも窓の外には春の雪が舞い始め、絶好の借景である。ツキも味方していた。
 一種異様な雰囲気のなか、ラストの「まつり」になだれ込む。確実に計算できる曲で、介護施設系ライブのラストは、当分この曲でいいような気になってきた。
 終わってみれば50分も歌い続けていた。進行とは別の職員が近寄ってきて名刺を差し出され、来月別の施設に移動するが、ぜひそちらにも来ていただけないか、との要望。快諾した。
 ディサービスは曜日によって利用者が変わるので、うまくやり繰りすれば「聴き手に飽きられる」という最大の不安を回避できる。新しい曲への抵抗感も少なく、今後の進むべき方向かもしれない。

「介護施設でフォーク」という足音は予想よりもはるかに早く、確かな足音でディサービスからやってきた。

2014年3月8日土曜日

電動ノコの平行調整

 昨年秋あたりから、電動ノコの調子が悪い。手製の直角定規に沿って切断しても、下書き線の通りに切れないのだ。いろいろ試してみると、どうも刃の直角が出ていないらしい。
 理由が分からず、木材外壁の張替えに追われていたこともあって、直角定規に頼らずに、「線の上を直接刃でなぞる」という非常手段で乗り切った。

 直角定規の狂いかと思い、最近になって直角定規を作り直した。しかし、問題は解決しない。となると、怪しいのは電動ノコのほうだ。(歯が古くなって、切れ味が落ちたせいかも…)と一時は考えたが、どうも外れている感じがした。


 思いついて、古い取説をもう一度読みなおしてみる。すると、「刃の並行が狂った場合の補正方法」という項目を発見。ベース部と刃は製造時に完全平行として作られていると思い込んでいたが、ボルトで調整して出荷していたことを知った。
 試しに端部から刃までの距離を上端と下端とで計測してみると、何と2ミリもずれている。犯人はここにいた!
 さっそく取説に従って修正を試みる。2.5ミリの六角レンチとモンキスパナを使い、少しずつ調整。デリケートな作業だったが、どうにか出荷時の状態に戻せた。
 取説のメモを見ると、買ってからすでに11年が経つ。メーカー品ではないが、安価だった割に回転数が4800rpmと早く、切り込み深さも55ミリあって、使い勝手はよかった。どうやら長年の酷使により、調節用の固定ネジが緩んだらしい。一時は買い換えも視野にあったが、まだまだ使えそう。

2014年3月7日金曜日

γ-GTPが気になる

 チカチカパフォーマンス時に常用しているギターのギグバッグ(ソフトケース)内側の痛みがひどい。ヘッド部分のペグが当たる部分で、巻きつけた弦の端部が突き刺さり、布を突き破って内部のウレタンが一部飛び出している。
 このまま放置すると外側まで貫通しかねないので、補修を試みた。

 破れた部分をボンドで固定し、内側から1ミリ厚の薄い透明アクリル板を当てることにした。四隅に穴を開け、糸で止める単純な手法。写真のように、オベーションのペグの配置は左右非対称なので、穴もいびつになる。それに合わせてアクリル板も少し傾けた。
 使う側の希望としては、最初からこの種の対策を施しておいて欲しいが、もしかして私の弦端部の処理方法が甘いだけなのかもしれない。


 先日のCTスキャンによるガンの転移検査では、同時に採取した血液検査とも突き合わせて検討を行ったが、ひとつだけ指摘されたのが、肝臓機能に関わるγ-GTPという数値。なんでもアルコール摂取量と密接に関わっているそうで、これが基準値50よりも高く、88という値。
「晩酌してますか?」と問われ、ガン告知以来半分に減らしたが、禁酒はしていない旨を告げると、一層の節酒を勧められた。

 γ-GTPが100を超えると禁酒は必須、150を超えると肝臓系ガンの危険性大などと、物騒な情報がネット上に飛び交っている。他の肝機能要素を示すGOT、GPTなる数値は基準値以下なので、緊急度は高くないが、どうやら肝臓関連の臓器も丈夫ではないようだ。
 実は亡くなった父も胆石症を患っていた。遺伝形質を受け継いでいる可能性は充分にある。しかし、半減させたはずのアルコール量をもっと下げろというのが、いまひとつ納得できない。
 1年前の札幌市検診の結果を確認すると、γ-GTPは67。基準値よりやや高いが、いまよりはずっと低い。3年前の結果では、これが59である。さらに古い記録では、概ね50~60の値を示している。

 節酒をすでに始めているのに、γ-GTPがこの1年で20近くも上昇。これがちょっと気になる。γ-GTP値が突然倍になると、胆道系の障害が非常に疑わしいとの情報もあるので、今後も節制を重ね、半年後に市検診を再度受けることにする。

2014年3月6日木曜日

第5期チカチカ最終日

 3月2度目、そして第5期最終日となるチカチカパフォーマンスに参加。今回も前日の夕方にエントリーを決めた。昼の枠がひとつだけ空いており、直前の大腸内視鏡検査結果もまずまず。体調も平常に戻っていた。
 用意された場であれば、前日夜にエントリーするなど、まず無理だが、チカチカパフォーマンスなら状況次第でそれが可能になる。最低限のルールは当然あるが、「自分の裁量でやれる」それがチカチカパフォーマンス最大の魅力で、体調と相談しつつ活動を進めざるを得ない今の自分の置かれた状況には、まさにピッタリの場なのだ。
 今日も最寄りの地下鉄駅近隣駐車場まで車、そこから地下鉄に乗り換えて都心に向かう、というコースを選択した。
 都心の駐車場が最近値上がり傾向で、安価な場所の空きが全く期待できない状況である。時間が確実に計算できて、赤字傾向の市営地下鉄に多少なりとも貢献できる手段なので、今後はこのルートを基本にしようと考えている。

 少し早めの12時50分に家を出て、事務局到着が13時35分。手続き後に会場で設営し、スタンバイが13時50分という結果だった。つまり、家を出てちょうど1時間後には歌い出す準備が整う、と考えてよい。(家から地下鉄近隣駐車場までの渋滞はまずない)


 会場はいつもの北4条広場。会場には一番乗りしたが、3組の共演なので交代がスムーズに運ぶよう、場所は普段より1ブロック出入口に近い場所に陣取った。風が強く、気温も低めで、タイツと厚手のセーターで備える。
 14時が迫っても誰も現れず、自主判断で定時から歌い始める。およそ30分で9曲を歌う。好評だった一昨日前半の叙情歌中心の構成だ。

「カントリー・ロード」「涙そうそう」「仰げば尊し」「さくら(直太朗)」「青葉城恋唄」「サクラ咲く(オリジナル)」「花~すべての人の心に花を」「なごり雪」「レット・イット・ビー(オリジナル訳詞)」

 この日も反応は非常によく、1曲目からすぐに人が集まってきた。全体的な集客は一昨日には及ばなかったが、手応えは抜群。最初から最後までずっと見届けてくれた方も複数いた。
 途中で演劇ユニットのTUC+KYOKUさんが現れたので、予定通りにワンステージで打ち切る。売上げも上々だった。
 TUC+KYOKUさんのステージが終わっても、3組目の弥勒さんが現れない。ワンステージで帰るつもりでいたが、会場は空いているので、急きょ2ステージ目をやることにする。
 15時から歌い始め、洋楽系の曲を中心に、およそ30分で8曲を歌う。(※はオリジナル訳詞)

「カントリー・ロード」「虹に消えた恋(初披露)」「オブラディ・オブラダ※」「イエスタディ※」「コンドルは飛んで行く※」「雨ニモマケズ(オリジナル作曲)」「レット・イット・ビー※」「ヘイ・ジュード※」

 予定にないオマケのようなステージで、過去の経験から集客が減るだろうという漠然とした予感もあり、かねてから試したかった曲、歌いたかった曲を自由気ままに歌い綴った。
 案の定、集客は極端に減り、立ち止まる人はほとんどいない状況下で、久しぶりに通りに吹く風になって気持ちよく歌った。2ステージ目はこんなふうに、集客とか売上げの心理的ノルマから解放され、気ままに歌うスタイルが合っているかもしれない。
 今年に入って8回目、第5期としては12回目のチカチカパフォーマンスだったが、数多くの回数をこなしたという実感はあまりない。それもこれも自由に演れる環境が整っているからに他ならず、パフォーマーとしてのルールを今後もきちんと守って、この環境を大事にしていきたいと思う。

2014年3月5日水曜日

3度目の大腸内視鏡検査

 通算3度目の大腸内視鏡検査の日。昨晩9時に飲んだ下剤の効果で、明け方2時と5時にトイレで起こされる。前日の検査食にはだいぶ慣れてきたが、下剤は何度やっても慣れない。しかも、今回はこれまでよりも効き目が早いように感じる。
 ウトウトしてたら、6時に再度目覚ましで起こされる。検査用の錠剤を飲む指定時間で、その1時間後に別の下剤を飲む決まりになっていたが、結局眠れずにそのまま起きていた。

 7時ちょうどから1時間半かけて最後の下剤1.8Lを飲む。(前夜に飲む下剤は0.3Lで、量は少ない)飲み始めて20分ほどで猛烈な便意。間に合わない可能性があるので、飲むのはトイレのある1階だ。
 何とか飲み終えたあと、居間のベンチで横になっていたら、いつの間にか眠っていたらしく、10時に病院からの確認電話で起こされる。すぐに身支度して家を出て、指定された10時半に病院到着。諸準備のあと、11時から検査は始まった。
20分ほどで検査終了。今回は12月の手術跡のチェックと、他の部位の新たなポリープ発生がないかのチェックである。内視鏡は大腸を一巡し、右の盲腸まで完全に挿入して行われれた。
 最初の検査もそうだったが、帰宅が早く、車が使える麻酔ナシを選択したので、特に左上の角を曲がる際に少し痛みがある。
(人によって入りづらい箇所には差があるらしい)

 術後の経過は問題なかったが、患部周辺の平坦な部分にガンの病巣が隠れている可能性があるというので、青い着色剤が注入され、組織の一部を鉗子で採取された。
 その後待合室で2時間待たされ、13時半にようやく主治医と面談。1週間前のCTスキャンと血液検査の両方を照らし合わせた結果、多臓器への転移はない、との判断である。採取した組織は再度病理検査にかけるそうで、結果は2週間後に判明する。
 今日で全てがはっきりすると期待していたので、ちょっとガッカリした。しかし、疑わしいものは徹底的に検査してくれるのだから、ありがたく思わねば。

「今回の病理検査で問題なければ、その後は年1回ペースの内視鏡検査になります」との医師の言葉。大腸の他の部位に2ミリと3ミリの小さなポリープがあり、つまりはガン予備軍のような存在。ただ、こちらはまだ切除対象とはならず、「要経過観察」とのこと。大腸ガンとの闘いは、生涯終わりそうにない。
 空腹でヘトヘトになり、帰宅後20時間ぶりに卵ウドンを食べたら、一気に睡魔に襲われた。16時まで寝て、起きてからまた桜餅を2個とパンケーキを1個食べる。毎度のことだが、内視鏡検査後は、ある種のガキ道に襲われるようだ。

2014年3月4日火曜日

花咲くチカチカ

 3月最初のチカチカパフォーマンスに参加。介護施設イベントで一昨日歌ったばかりだが、オーディションのある3月は会場の割当て枠が少ない。自分の裁量でやれるチカチカパフォーマンスを今年はなるべく増やしたいという思惑もあり、前日になって急きょエントリーを決めた。
 実は翌日に通算3度目となる大腸内視鏡検査を控えていた。前日から病院支給の検査食以外は食べられず、カロリーが極端に少ない。長丁場は無理と判断し、ワンステージ限定のつもりで臨んだ。

 前回、駐車場探しに奔走させられた教訓から、今回は最寄り地下鉄駅駐車場に車を停め、そこから地下鉄で都心に向かった。指定店で買物をし、3時間以内であれば駐車料金はかからない。ガソリン代と地下鉄代を合算すると、短時間であれば総費用に大差なく、雨や雪の心配がないので、その点ではむしろ楽である。


 今回も会場は北4条広場。車で都心に乗り込むよりも早く着いた。この日の昼枠は久しぶりに私一人だけがエントリー。予想外に会場が寒いので、持参した携帯カイロを腰に貼る。14時ちょうどに歌い始め、予定通り15時ぴったりで歌い終えた。
 前半30分は叙情的な曲を中心に9曲、後半30分は昭和歌謡を中心に8曲歌ったが、聴き手の流れが途切れるのが嫌で、途中の休憩は全く入れなかった。

《前半30分》
「カントリー・ロード」「涙そうそう」「仰げば尊し」「さくら(直太朗)」「青葉城恋唄」「サクラ咲く(オリジナル)」「花~すべての人の心に花を」「時代」「なごり雪」
《後半30分》
「パープルタウン」「バス・ストップ」「ブルーライト・ヨコハマ」「白いブランコ」「赤いスイートピー」「男と女のお話」「抱きしめて(オリジナル)」「グッドナイト・ベイビー」
 この日は全般的に手応え抜群だったが、集客のピークは前半の「花」から「なごり雪」あたり。特に「なごり雪」では通りに人が溢れるほどで、40名近くはいたように思う。「なごり雪、よかったよ!」などと、曲間で声をかけてくれる方も多数いた。
 聴き手に押されるように喉の調子もじわじわと向上。集客に伴ってCDが飛ぶように売れ、案内状も前半でなくなった。終わってから集計してみたら、過去の売上げ記録をあっさり更新していた。
 まさに「一足早く春の到来」といった感だったが、こうした背景には天候とか曜日、他のイベントとのからみなど、いろいろな要素があるように思える。「こうだからこうなる」と、簡単に推し量れないところが路上ライブの妙味か。

 反省としては、昭和歌謡でまとめた後半の集客がガタッと減ったこと。最初からずっと聴いていた方が、曲調が変わったとたん、さっと姿を消した感じだ。まあ、これはこれで仕方がない気もするが。
 内視鏡検査前日という、やや強行スケジュールだったが、短時間集中方式でも十二分にやれるという自信になった。

2014年3月3日月曜日

惜恋歌

「インターネットを切り口にしたオリジナル曲を作りたい」と、かねてから考えていたが、ついにその願いが叶った。曲の兆しは先月末からあり、出だしの一節や全体に散りばめる言葉、曲のおおまかなストーリー等はメモレベルで出来つつあった。
 いつもはメモ帳に詩篇を箇条書きし、ギターを弾きながらコードをつけつつ、歌詞やメロディの微調整をする、という工程をとるが、今回は断片的な言葉をいきなり電子譜面に打ち込み、じょじょにイメージを高めてゆく、という新しい手法を初めてとった。
 出だしの一節は「インターネットの検索欄で あなたの名前を探してみました」で決まり。2番ではストーリー展開して、「インターネットの検索サイトで あなたの写真を見つけました」と変わる。歌にとってのストーリー性は、非常に大事な要素と私は考える。
 若き日のほろ苦い恋を中年女性の目線で振り返り、インターネットで過去の恋人の面影を探り、これまでとこれからの人生に思いを馳せる、というのが曲のテーマである。

「メール」を歌詞に入れた曲は10年前にすでに作ったが、インターネットそのものを素材に使ったのは初。時代の流れを考えると、歌にネットが登場しても何ら不思議ではない。


 先週からライブが立て込んでいたこともあって、一気に仕上げには至らず、ずっと構想を温めていたが、今朝の布団の中での覚醒期に、突然全体像が鮮明になった。
 メロディはほぼ完成していたので、歌詞の肉付けとコード付けを同時進行で実施。修正も含めて、すべてを電子譜面レベルで終わらせた。
_最後まで苦しんだのがタイトル。時にはタイトルから曲作りに入ることもあるくらいだが、今回はなかなか絞りきれなかった。
「残り時間」→「時への想い」→「溢れる想い」と推敲を重ねたが、どうもしっくりこない。いったんリセットし、視点を完全に変えて、歌詞とは直接関係のない言葉にしてみようと再考した。
「惜しむ」という言葉を入れることを思いつき、最後を「歌」で締めくくるアイデアが浮かぶ。「惜月歌」→「惜春歌」ときて、ようやく「惜恋歌」(せきれんか)というタイトルにたどり着く。

 念のためネット検索をかけてみたが、現段階では同じタイトルの曲はない。オリジナルの造語だが、長渕剛の「巡恋歌」、手風琴の「惜春賦」、小林旭の「惜別の歌」などにヒントを得たのは明らか。しかし、自分としてはかなり気に入っていて、曲のテーマにもピタリ合致する。
 微妙な節回しがやや流動的なので、今後歌い込みを重ね、なるべく早いうちにチカチカパフォーマンスあたりで初披露したい。

 このところ新曲作りのペースが落ちていたが、「さあ作りましょう」と意気込んでも、そう簡単には落ちてこないのがオリジナル曲の難しさ。あせらずにじっと意識下で想いを温めているうち、ひょっこりと現れたりするもので、大切なのは想い続けることだ。

2014年3月2日日曜日

手探りひな祭ライブ

 隣区にある有料老人ホームのひな祭イベントに出演。依頼はごく最近だったが、大腸ガン関連検査日の谷間に、ぽっかりと予定が空いていた。
 施設そのものには、弾き語り活動を再開して間もない8年前にも2度うかがっている。その後担当者の移動などで途切れていたが、1月に歌ったばかりの系列の有料老人ホーム施設長さんが、内部移動で新施設長となり、その縁で依頼された。

 仕事と同じで、ライブ依頼も多くは人の縁でつながっている。手を抜かず地道に活動を続けていれば、輪は自然に広がってゆく。


 イベント開始は14時で、最初に施設側の催し物があり、私の出番は14時20分あたりから。春の訪れを意識した構成で、およそ30分で10曲を歌った。

「北国の春」「うれしいひな祭り」「真室川音頭」「いい日旅立ち」「幸せなら手をたたこう」「みかんの花咲く丘」「瀬戸の花嫁」「サン・トワ・マミー」「高校三年生」「まつり」
 造影剤注入によるガン検査の副作用と度重なる抜歯が重なったせいか、このところ喉の調子が思わしくなく、直前の練習でも声の伸びがいまひとつの感触だった。声が割れたり途切れたりしないよう、やや守りの歌唱になった印象は否めない。

 聴き手は職員を含めて60名ほど。過去のライブレポには、(全体的に大人しい印象)と記してあったが、それから8年を経て人や職員もすっかり入れ替わり、全く別の雰囲気になっている可能性もある。いろいろな意味で手探りの進行となった。


 不思議なことに、大人しい印象は8年前と全く変わっていないことに、歌い始めてすぐに気づいた。前半3~4曲の手応えはまずまずだったが、どの施設でも受ける「幸せなら手をたたこう」の反応がまるで弱く、ちょっと困った。
 前回のレポで、(無理にニギヤカ系の曲で引っ張っても、反応は変わらない)とあったことを思い出し、ここは無理せず、予定通りに叙情系の曲を淡々と歌い継ぐ。
 当初はラスト前に「ここに幸あり」を歌うはずだったが、「高校三年生」あたりでひな祭りのお菓子が配られ、場がざわつき始めた。担当の方がやってきて、「あと1曲で終わらせてください」とささやく。どうやら、おやつタイム到来のようである。
 急きょ1曲とばして「まつり」で歌い納めとしたが、結果として最も盛り上がったのがこの曲だった。苦しいときに実に頼りになる曲で、これまで何度救われたことだろう。

 推薦してくれた施設長さんの顔をつぶさぬよう、そして揺れ動く体調と相談しつつ慎重に進めたライブだったが、どうにかボロを出さずに収められた。悪ければ悪いなりに時に応じてまとめる、それがこの日の収穫だったかもしれない。