2015年4月30日木曜日

南側隣地に変化

 昨日に引き続き、車庫&物置屋根の補修工事をやる。雨漏りの原因のひとつだった梁組の水勾配狂いを修正するべく、水下の南端部にある梁の位置を、1センチだけ下げる作業をまずやった。地味だが、重要な工程だ。
 施工後16年目に突入したが、梁自体に大きな損傷はない。固定してあるボルトのナットだけを緩め、梁は取り外さずにそのままの状態で、ボルト穴上部を1センチだけ細いドリルを使って拡大する方法をとった。他にも複数の手段で固定してあるので、強度面での不安はない。

 他の部材やビスなどを全て取り外してまた戻すのに、かなりの手間を食う。結局これだけで2時間を費やした。効率は悪いが、ほぼ目的通りの修正ができた。


 昼食後、なんだか身体がダルい。この種の大物DIYは、身体がなじむまでに少し時間がかかる。一昨年の南側木壁張替え工事のときもそうだったが、作業2日目あたりは最も辛い時期である。

 自分にムチ打って屋根に上る。続いての作業は、下地材となるヌキ板の一部移動と張替えだ。一部に空間のある既存のヌキ板下地材を整理し、水上にあたる4列に隙間なく張り詰める。水下3列には、新たにOSB合板を張る、という工程だ。
 経年によって傷んだヌキ板や固定ビスは処分。大半が60センチ弱のピースに分かれているので、選別は非常に煩雑だ。必死でやっていたら、16時過ぎになって、突然南側の空地に人影が。スコップやレーキを持参し、荒れ果てた土地に手を加える気配だ。
 実は南側隣地は、かなり前から売りに出ていた。17年前に私たちが買った価格の半値で、地主や委託された不動産業者から盛んに購入を勧められていたが、これ以上の土地は必要ないので、買わなかった。

 最近になって看板が取り払われたので、誰かが買って家でも建てるのだろうと思っていたが、やってきた人はどこか見覚えのある顔。「菊地さんですね、近くの…です」と頭を下げる。数軒先に家を持つ町内の方だった。
 もしかすると将来子供が家を建てるかもしれないが、当面は好きな野菜作りをここでやる、とのこと。仮に家が建てば冬の除雪は幾分楽になることを期待していたが、野菜畑であれば、それも叶わない。
 当面陽当りの心配がなくなったこと、夏の雑草刈から解放されることを、むしろ喜ぶべきかもしれないが。

2015年4月29日水曜日

いつもと違った花見

 時間に大きな制約のない我が身にとって、さしたる意味はないが、世間では今日からゴールデンウィークである。ライブも一段落し、引き続き好天なので、かねてから準備してあった車庫&物置屋根の補修工事にとりかかった。

 屋根の水勾配を通路とは直角に変更してから丸4年が経過したが、最近になって通路の一部に雨漏りがするようになった。妻は一向に気にしないが、まるで狙い撃ちのように玄関ドアの真上に落ちてきたりするので、抜本的な修復をすることにした。
 原因はポリカ波板の水下部分の水はけが悪く、雨量が多いときや融雪時などに継ぎ目から水が落ちてくること。水勾配を再度チェックして修正し、ポリカ波板と下地板の間に防水ルーフィングを敷くことが主な作業である。
 その第一段階として、今日はまずポリカ波板を固定してある数百本のビスを緩めて外し、ポリカ波板を下地板から取り外した。


 経年により、ビスのねじ山の一部が錆びていて、かなりの手間を食う。およそ2時間を費やした。取り外した波板はいったん丸めてしばり、車庫の一角に立てかけた。
 最後のほうはちょっと腰にきたので、本日の作業はここまで。

 遅い昼食をとったあと、先日市の広報に載っていた近隣の川沿いに咲く桜並木の情報をネットで収集。すると昨日づけの某ブログで、ほぼ満開状態であることを知る。行くなら今日だ。
 ただちに妻を伴って車で向かう。20分ほどで目的地の新川通りについた。


 札幌北区と西区の境界にある琴似川沿いに8キロ近くも続く桜並木だが、川下から何キロか走って見どころをチェック。最も見事だったのは、北24西16あたりにある直径30センチ以上はあろうかと思える、ソメイヨシノの巨木数本が並ぶ地点。
 まるで水を求めるように、高い土手から水面に向かって長い枝を伸ばしている。上に向かって咲く桜はごく普通だが、下に向かって咲く桜は珍しく、新婚旅行で行った岡山の後楽園で観て以来だ。

 大きな広場はなく、売店も椅子もない。もちろんBBQも禁止。川の両側を走る幹線道路の通行量も多いが、いっぷう変わった花見が楽しめた。酒宴の喧騒がないその分、私たちにとってはむしろ落ち着ける。
 広報で桜並木の存在を知り、気にしていた妻も満足。今年も無事に二人でサクラを観られた。

2015年4月27日月曜日

チカチカ復活気配

 今月3度目のチカチカパフォーマンスに参加。当初予定になかった地上版アカプラパフォーマンスをスケジュールに突っ込んだので、思いがけず飛び石エントリーとなってしまった。しかも会場は先週まるで手応えのなかった北4条広場である。
 しかし、過去のデータを詳しく調べてみると、「月曜日の北4条広場には大きなハズレがない」という貴重な情報を得た。果たして曜日が集客に関わっているのかどうか、正直よく分からない。だが、すがってみる価値はある。

 この日も枠いっぱいの3組がエントリー。第8期のオーディションで合格した新人が精力的に参加しているので、このところ非常に活発な活動が繰り広げられている。みなさん私の子供や孫のような世代だが、そんな若い勢いに引っ張られるような状況になっている。
 13時45分前に会場到着。初顔合わせのジャグリングパフォーマーがすでに到着していたが、スタンバイに時間がかかるというので、私がトップを務めることになった。
 この日は折り畳み式パイプ椅子を持参した。キャンプ用のリメイクで450gと軽いが、低すぎて歌には使えず、完全に休憩用である。複数エントリーによって待ち時間が長くなっているので、くつろげる椅子が欲しかった。


 歌う場所はいつもよりワンブロック北に移動し、広場のセンターにセット。左右の見通しがよくなり、目につきやすくなることを期待した。
(結果としてこの位置変更は、当たったかもしれない)
 いつもはマイクスタンドに吊すリクエスト用紙は取り出しやすいようにホルダーをリメイクし、通りに置いてある看板の真横に目玉クリップで吊るしてみた。こちらも聴き手が手に取りやすくなることを期待したもの。
(写真は休憩時なので、マイクスタンドに止めてある)

 そのほか、折畳式の一体型看板類もキャリーカートにセットするのは今日が初。短時間でスムーズに設置できた。
 14時ちょうどから開始。演歌を中心に、25分で8曲を歌う。(※はリクエスト)

「釜山港へ帰れ」「夜霧よ今夜も有難う」「つぐない」「宗右衛門町ブルース」「青葉城恋唄※」「函館の女※」「愛燦々」「熱き心に」

 この日は25度に迫る暑い日だったが、地下通りはひんやりと涼しい。スポーツタオルをストール代わりに巻いたが、ちょうどよかった。
 中高年をターゲットに演歌を第1ステージにもってきたが、先週とは一転して、手応えはよかった。1曲目から人が集まってきて、熱心に聴いてくれる。


 3曲目あたりで「通りの看板横にリクエスト用紙が下がってますので、ご希望がありましたらどうぞ」と声をかけると、同年代と思しき男女からすぐにリクエストが出た。ちょっとした思いつきだったが、リクエスト用紙の設置場所が当たった。
 途中からは間奏時にも拍手が湧くという、めったにない現象が起きる。終了後にCDも2枚売れた。
 すっかり気を良くして、15時45分からの第2ステージへと臨む。フォーク系の曲を中心に、25分で7曲を歌った。(※はリクエスト)

「大空と大地の中で」「傘がない」「時代」「赤い花白い花※」「あの素晴しい愛をもう一度※」「風来坊※」「やさしさとして思い出として(初披露)※」

 ここでも1曲目からいきなり人が集まってきた。外は好天だが、天気と地下広場の集客は、一見関連性がありそうで、実はあまり関係ない気もする。休み明けの月曜は天候に関わらず、案外ヤボ用で出歩く人が多いのではないか?

 2曲目の「傘がない」で10代後半と思しき若い女性が間近に寄ってきた。その目が輝いている。すかさずリクエスト用紙の案内をすると、すぐに応じてくれた。
 過去に記憶がない「赤い花白い花」のリクエストをいただく。最後まで聴いてくれたこの女性、叙情系の歌が大好きということで、人の好みは千差万別である。

 ラスト2曲はふきのとうを連発したが、私と同世代の女性からのリクエスト。交通事故で亡くなったご主人が大ファンだったそうで、ぜひ聴きたいとの希望。目にはすでに涙があふれている。普通は同じ歌手の曲を続けないが、追悼の意味もこめて、歌わせていただいた。
 両ステージとも後半はリクエストの連発となったが、聴き手側に立ったパフォーマンスという点で、意義深いものだった。長い低迷が続いたがCDも3枚売れて、どうにか底を脱した気配である。

2015年4月26日日曜日

好天に追われる

 昨日に引き続き好天。気温もぐんぐん上がって、20度を突破した。外仕事には絶好、いや暑すぎるほどだ。
 シャツ1枚になって、半分やり残したままの家庭菜園の掘り起こしをまず実施。石灰や鶏フンをまいて、ようやく種まきの態勢が整った。庭のレンギョウも満開状態。いつもはGW前後だが、今年は1週間近くも早い。

 一昨日ホームセンターに注文してあった車庫屋根補修用のOSB合板4枚が午前中に届いていたので、盗難や雨濡れ防止のため、室内に運び込む。アマゾンで注文しておいた防水アスファルトルーフィングもすでに届いており、GW中にやる予定の補修工事の態勢も整った。


 車を洗い、ウィンドウォッシャー液を補充。夏タイヤの空気調整も昨日のライブ帰りに終わらせた。GW終了後にちょっとした遠出をする予定で、こちらも準備OK。
 冬の間食卓を賑わしてくれたタクアンがついにラスト1本となり、外物置で冬眠させておいたヌカ床を取り出して手入れをする。表面のカビを取り去って新しいヌカを投入。鷹の爪、ショウガ、ニンニクなども入れて、キャベツの芯を捨て漬けする。ぬか漬けの態勢も無事整った。

 一昨日買ってきたプリムラジュリアンの苗を手頃な鉢に植え替え、以前キャンプに使っていた小型パイプ椅子の無駄なパーツをサンダーで切り離し、ライブ用休憩椅子として使えるよう、軽量化を図る。どうにか450gまで減らせた。これに関する詳細は後日。
 あれこれと集中的にやり、ちょっと疲れて、いつもは自分で作る昼食を珍しく妻に頼んだら、割とすんなり作ってくれた。暑いので、ザル蕎麦。


 テレビで野球を観たあと、夕方に近所の百合が原公園に出かける。「札幌で桜の開花宣言」などと、テレビがやかましいので、さぞや美しかろうと期待して出向いたが、何本かある園内の桜は、大半が硬いツボミのまま。どうやら満開などといっても、単に都心の基準木が咲いただけ、ということらしい。
 3分咲きほどのチシマザクラをようやく見つけたが、我が家では満開のムスカリも、まだまだ2分咲き程度。チューリップに至っては、ようやくツボミを見せ始めたばかりだった。

 元気がいいのは白やピンクの木蓮の花だけ。気温は高いが、札幌北端の地では、花にはまだまだ早すぎるらしい。
 公園の片隅で、ギターをかき鳴らす青年二人組を発見。知らない曲を楽しそうにハモっている。ワンフレーズ歌っては話し合い、また歌い続けるを繰り返しているので、もしかしてオリジナル曲作りの真っ最中?と思い、近寄って声をかけた。
 私が知らなかっただけで、カバー曲だった。ツイッターで知り合い、一度セッションしようと決まったそうで、話しているうちにツイッターで知ったという別の若い女性も近づいてきて、盛り上がっている。まさに今風のSNS的つながりである。

 この公園では、過去にストーリー性のあるインスタレーション型の青空ライブをしかけたことがある。チカチカパフォーマンスのようなCD販売等はルール上できないが、単なる練習の延長として歌うだけなら、何ら問題ない。彼らの楽しそうな様子を見て、ちょっとまた仕掛けてみたくなった。

2015年4月25日土曜日

アカプラに活路あり

 今年初のアカプラパフォーマンス(チカチカパフォーマンスの地上版)に参加。エントリーを決めたのはわずか2日前のことだった。
 地上でパフォーマンスするにはまだ時期的に早いせいか、広場の割当て枠はあっても、午後のエントリーはゼロ。昨秋にこの広場での実証試験を何度もやった私も躊躇していたが、直前の北4条広場でやったチカチカパフォーマンスが納得できない結果だった。

 集客や反応がパッとしないのは、もしかして広場そのものとの相性が悪いせいかも…?と思い立ち、ならば広場としては歴史が浅く未知数だが、その分新しい聴き手の反応が期待できるのでは…と、淡い期待を抱いて歌ってみることにした。


 広場の休日割当て時間は他と微妙に異なり、13〜16時である。昼食を食べずにいつもより1時間早く家を出た。気温は16度前後で、風は微風。ほどほどに晴れていて、この時期としては条件がいい。

 当初は広場東端の駅前通近くで歌うつもりでいた。昨秋の実証試験でも同じ場所で旧道庁に向かって歌い、左右にあるベンチから、それなりの評価をいただいた。
 だが到着してみると、その付近は周辺ビルの影が深く落ちていて、寒々とした雰囲気。ベンチに座る人影はない。そこで陽当りのいい西側の旧道庁近くに陣取り、太陽を正面に浴びながら南に向かって歌うことにした。
 思っていたより寒いので、急きょジャンパーを着たまま演ることにする。冬物のマフラーを首に巻いてきて正解だった。
 13時10分くらいから開始。洋楽を中心に、およそ45分で12曲を歌った。

「ボラーレ」「バラ色の人生」「バラ色の桜と白い林檎の花」「ケ・セラセラ」「カントリーロード」「エーデルワイス」「サントワマミー」「河は呼んでいる」「アメイジンググレイス」「ろくでなし」「イエスタデイ」「オーシャンゼリゼ」

構成は3日前とかなり変え、屋外を意識して選曲した。通行人はまばらだが、関心を示す人もわずかにいる。開始早々に声をかけてくれた同年代の男性がいて、大いに勇気づけられた。
 時折り強い風が吹き、電子譜面搭載のマイクスタンドがぐらつく。右足で脚を押さえながら歌い続けた。
 時間の経過と共に陽射しが少し強くなり、それに伴って周辺のベンチに座る人が増えてきた。歓談しながらも、明らかに歌に関心を持っている様子がチラホラ見てとれる。感触としては悪くない。

 13時55分で休憩に入り、持参のオニギリを1個食べる。起き抜けになぜかお腹の調子が悪く、出掛けに正露丸を飲んできたが、どうにか大事に至らずに済んだ。


 15分休んで、14時10分から再び歌い始める。フォークや昭和歌謡を中心に、65分で14曲を歌う。(※はリクエスト)

「大空と大地の中で」「風来坊」「時代」「ジョニィへの伝言」「少年時代※」「空港※」「ハナミズキ※」「どうぞこのまま」「ブルーライト・ヨコハマ」「赤いスイートピー」「亜麻色の髪の乙女」「宗谷岬」「Too far away」「熱き心に」

 休憩中に8〜9歳くらいの女の子数人が集まってきて、回りで鬼ごっこなど始める。一人の子がさかんに「オー・シャンゼリゼ」を口ずさんでいて、どうやら第1ステージラストあたりを聴いていたようだ。
(「オー・シャンゼリゼ」は小学校の音楽の時間で教わるらしい)
 関心を示してくれるのはありがたいが、回りを跳ねまわっていては歌いにくい。場所を数メートル東に移動して歌い始めたら、とたんに静かになり、座って聴いてくれた。思いがけず小さな聴き手に囲まれた。
「時代」を終えると、今度は女子高生らしき若い女性が目の前に立つ。
「ずっと聴いてました。すごくよかったです。投げ銭はどこに入れたらいいんですか?」
 全く気づかなかったが、やや遠いベンチで聴いていてくれたらしい。単純にありがたくて嬉しい。相手が女神に見えた。

 直後に、年齢不詳の女性がマイク前に立つ。興味津々で看板類を眺めているので、すかさず声をかけた。「何かリクエストありますか?」
 すると、「小樽のひとよ」をぜひに、と請うが、あいにくレパートリーにない。では得意なのを1曲、と続けるので、陽水の「傘がない」はどうでしょう?と問うと、それもいいけど陽水なら「少年時代」をお願い、と話が変わった。

 この女性、次第に能弁になってきて、「どうやればここで歌えるの?」とか、「私も歌は得意なのよ」とか、「私、いくつに見えます?」などと、ほとんど世間話状態で話が弾む。
(40代にしか見えなかったが、すでにお孫さんがいるそうで、仰天)
 しばしの交歓のあと、最後に「ハナミズキ」をぜひ一緒に歌いたいという。部分的に歌詞指導しながら共に歌ったが、クラシック系の伸びやかな声で非常にうまい。通りを往く人々も立ち止まって耳を傾けていた。
 チカチカ系で聴き手と共に歌ったのは初めての経験だが、時にはこんな交流も悪くない。
 4月に屋外で歌ったことは過去になかったが、青空の下で歌うのは独特の開放感がある。聴き手の反応もまずまずで、このところ引きずっていた悪い流れは、ひとまず払拭できたような感じがする。
 今後可能であれば、3つの広場を曜日や時間帯を変えつつ、順に歌い継ぐような方向でやっていきたい。「同じような曜日の同じ時間帯に、同じ広場で歌い続ける」のは、もはや自分にとって限界であると悟った。

2015年4月24日金曜日

路上ライブ看板リメイク

 チカチカパフォーマンスでずっと使ってきた看板類がかなり傷んできたので、気分転換もかねて、3枚まとめて作り直すことにした。
 過去のライブ記録で調べてみたら、どうやら2年以上は使っている。パソコンで作った画像をA4版マット紙に印刷し、同サイズの厚紙に糊張りしただけなので、移動と設営の繰り返しで、どうしても劣化する。年平均で25回は使うから、完全な消耗品である。

 今回から作り方を大きく変えてみることにした。印刷までは同じだが、貼るのは厚紙ではなく、不要になった樹脂製ファイルの表紙(ポリプロピレン)にした。これまでCD陳列用に1枚だけ使ってみたが、軽くて傷みが少なく、素材としては看板にも絶好である。

左がPA付三脚に、右がキャリーカートに装着

 当初はジャンルとステージ名を記した2枚の看板だけをリメイクするつもりでいたが、思いついてCD販売用の看板も作り直すことにする。
 文字やイラストの一部もついでに修正。まず、ジャンルとステージ名の2枚を作り、相互を丈夫なヒモで結び、使うときは縦に吊し、移動時の収納は二つ折りにする。

 これまで、CD販売用のケースと看板は別にしていたが、今回はCD販売用の看板も上記2つの看板の下につないでしまい、3枚まとめて掲示することに。移動時は屏風のようにパタパタと折りたたむ。
 6枚分入るCD陳列棚をどうすべきか考えたが、普段は看板からは切り離しておき、上端にフックをつけて設営時にだけ前述の3枚つなぎ看板の下端に吊り下げる方法をとった。
 サイズやフックの長さを入念に調整したので、PAを取りつけた三脚とキャリーカートの両方に装着が可能。チカホで歌う際はキャリーカートを、屋外のアカプラで歌う際は三脚をそれぞれ使うが、実際に試してみた結果、いずれにも短時間で設営できた。

 今年はチカチカパフォーマンスの第3会場として、屋外のアカプラがかなり使えそうな感じだ。会場が変われば聴き手の流れもおそらく変わるはずで、もしかすると膠着した集客を打開するポイントがそこにあるのかもしれない。ちょっと期待。

2015年4月23日木曜日

春に追われる

 午前中からぐんぐん気温が上がって、昼過ぎには20度を突破した。庭のムスカリが満開で、芝桜とレンギョウもほころび始めた。一気に春到来の気配だ。

 いつもはGW近くになってからやる夏タイヤへの交換作業も、早い春の到来で、世間では3月末に済ませてしまった人も今年は多い、と地元紙に載っていた。ライブの準備や電子譜面の整理に追われ、すっかり出遅れている。
 まずは冬パジャマとシーツ類の洗濯を済ませ、今年初めてウッドデッキ上のポールに干したあと、ようやくタイヤ交換にとりかかった。


 その性質上、写真は掲載できないが、昨秋に施工したタイヤ盗難防止装置がけっこう面倒な作りで、交換時に余分な手間がかかる。しかし、心理的な防犯予防としては充分機能するので、ガマンしよう。
 タイヤローテーションなど考慮しつつ、およそ1時間で作業終了。タイヤの汚れ落しとホイールの錆び落としも同時にやっているので、手間はかかる。しかし、時間的には昨春より短縮できた。

 タイヤを交換する際、接触部分に薄く油を塗っているので、最近は取り外しが楽になった。以前はボルトを全部緩めてもサビでくっついたままなかなか取り外しができず、苦労したもの。あまり知られてないかもしれないが、ちょっとした知恵である。
(試される方は、ブレーキローターに油がつかないよう、充分ご注意を)

使っているのは、100均の万能機械油

2015年4月22日水曜日

晴のち雨降るチカチカ

 4月最初、そして第8期最初のチカチカパフォーマンスに参加。今期からジャグリング系やダンス系のパフォーマーが大幅に増え、相対的に音楽系パフォーマーが減って私一人となった。
 第7期ラストとして先月2度参加したパフォーマンスの集客と売上げが共に思わしくなく、一時は自信を失いかけたが、先週実施のデイサービス訪問ライブと地区センターコンサートが一転して大変な盛況だった。

「晴れたあとは雨が降る」というのが天気のパターンである。
(今日は集客が期待できないかも…)という漠然とした予感が心の隅にあった。
 この日は3組のパフォーマーがエントリー。会場はいつもの北4条広場である。早めに会場入りし、設営準備にかかっていると、ジャグリングの時雨さんが現れる。第7期合格の新人で、ご一緒するのは今日が初めてだった。
 相談の結果、トップは私が務めることに。14時ぴったりから始め、25分で洋楽系の8曲を歌った。

「ボラーレ」「さくらんぼの実る頃」「パダン・パダン」「ケ・セラ・セラ」「夕凪ワルツ(オリジナル)」「知りたくないの」「野ばら」「オー・シャンゼリゼ」 


 この日は妻が友人と都心で待合せていて、珍しく一緒に会場に来ていた。特に立会いは頼んでなく、てっきり友人とカフェにでも消えるものと思いきや、友人と2人で終了まで見守ってくれた。
「サクラ役」がいるせいか、立ち止まって耳を傾けてくれる人はそれなり。曲によって出入りは激しかったが、「ボラーレ」「パダン・パダン」「オー・シャンゼリゼ」などのよく知られた曲への反応がよい。

 この2週間の歌い込みの成果か、この日も喉は絶好調。洋楽でまとめるのは久しぶりだったが、まずまず満足できるステージだった。
 終了後に妻と友人はカフェに去り、時雨さんと同じジャグリングの弥勒さんのステージへと進む。ロスタイムなしでサクサク進んで、15時15分から再び私の出番となる。フォークやポップスを中心に、25分で6曲を歌う。

「春雷」「酒と泪と男と女」「時代」「東へ西へ」「花は咲く」「世界に一つだけの花」

 第2ステージでは意図的に先週の2つのライブで評価の高かった曲を選んでみた。この1週間で自分のコンディションは大きく変わってないので、同じ歌を試してみて、もし反応が鈍ければ、それは場が異なるせいだ、という結論に達する。
 その結果、25分間で立ち止まる人は皆無だった。理由は分からないが、1年前の同時期同会場と比べても、反応が悪すぎる。どうやら現時点で、自分の歌はこの広場では通用しなくなっているらしい。

 先週のライブとはまるで正反対の結果だったが、ある程度覚悟はしていたので、そう大きなショックはない。あれこれ分析して理由を探るのもやめた。晴れたあとは雨が降るのもまた人生であろう。
「サクラ役」がいたとはいえ、時間帯や歌の内容によっては、多少でも耳を傾けてくれる人はまだいる。ライセンスのある来年3月までは、合計100回達成を目指して、粛々と続けていこうと思う。
(ちなみに、この日が通算77回目)

2015年4月20日月曜日

集客の基本はアナログ

 一昨日のコンサートに関し、再度ふりかえっているが、初回より大幅に女性の比率が増えたことに関連し、叙情性の強い曲のリクエストが圧倒的に多かったことが突出した特徴だった。
 つまり、初回は広報その他の告知を読み、(いったいどんなコンサートなのか…?)と、好奇心半分でやってきた方が、少なからずいたと思う。妻に誘われてやってきた男性も多かっただろう。

 ところが2回目となると、私の歌唱がどんなスタイルなのか、ほぼ周知されたように思える。今回が初めてだった方もいたが、2度目だった方は圧倒的に女性が多かった。これは他の場での傾向とも一致している。
 いただいたリクエストを詳しく調べると、全26曲のうち、女性歌手が歌っている曲が12曲、男性歌手の曲が9曲、残り5曲が唱歌のように明確に区別できない曲だった。ここでも女性が男性を凌駕している。
 リクエストを貰いつつ歌えなかった4曲でも、女性歌手3、男性歌手1という傾向で、唱歌もどちらかといえば女性歌手が歌うことが多い。

 実はリスト260曲の中でも、女性歌手の曲が100近くを占める。以前にも確かふれたが、女性歌手の曲は自分にとって非常に相性がいい。歌唱法に合っているのだと思う。今後もこの傾向はおそらく変わらない。

芝桜の花が一輪だけ可憐に咲いた

 ともかくも、コンサートのおおよその方向性は今回でつかんだように思える。今後歌うべき曲もだいたい分かった。
 大きな不安だった集客面に関し、私自身の集客活動は最小限にとどめたが、施設側で告知にいろいろ配慮してくれ、大変ありがたかった。

・広報さっぽろ:所属する札幌北区の地区センター催事欄に告知され、北区全戸に配布。
・地元紙の販売店ミニコミ誌:イベント欄に告知。北区の地元紙朝刊に折り込み。
・地区センター月間広報:イベント欄に告知。近隣町内会回覧板で閲覧。
・地区センターホームページ:イベント欄に告知。
・地区センター内にフライヤー(ポスター)を掲示。

 ネット系は地区センターHPのみだが、集客面で効果的だったのは、口コミとアナログ的な紙媒体による告知で、これは訪れた方への直接取材でもある程度裏づけをとっている。
 聴き手の中心年齢層が50代以上なので、ネット系での告知にはそもそも無理がある。基本はまだまだアナログなのだ。

2015年4月18日土曜日

聴き手に後押しされた

 近隣の地区センターにて、第2回目のリクエスト型オープンコンサート、「叙情歌サロン」を実施。昨年12月初旬に実施した初回が好評で、終了後すぐに2回目の打診が施設側からあった。
 イベントを企画したのは私自身なので、喜んでお引き受けしたが、もし2回目も好評であれば、年に3回ほどのペースで定例化しましょうという、大変ありがたい話である。

 とはいえ、最初が良かったからといって、以降も評価が継続するかどうかは、やってみないと分からない。「初めての物珍しさ」という、フロックであった可能性もなくはない。準備期間は充分にあったので、初回の経験をベースに、細かい修正を加えて臨んだ。


 開催日が土曜で、他に大きなイベントのない日。時間帯はカフェ販売の関連もあって、14〜16時という2点は不動である。
 場所も同じロビー奥の展示コーナーだったが、南面するガラスブロックを背に歌うので、まぶしくて歌い手が見えない時間帯がある、との指摘が一部にあった。
 そこで今回は、ステージ位置をガラスブロック間の壁を背にした中央に設定。さらには、節電目的で普段は電球を外してある真上のスポットライト3灯を、コンサート時間限定で点灯してもらうことになった。

 前回193曲だったリクエスト曲は、67曲増やして260曲に。2週間前からの特訓で充分に歌い込み、万全を期した。


 13時15分くらいに妻を伴って会場入り。普段のライブは妻を一切頼らないが、このコンサートだけは例外。案内状を配った方への接客や写真撮影係として、妻の役目は重要である。
 ステージの飾りつけや椅子の設営は施設側ですでに終わっていたが、前回20席だった椅子は、今回39席に増えていた。前回、椅子がすぐに足りなくなり、追加作業に追われたからで、さすがに多すぎる気もしたが、ひとまずこれでやりましょう、ということに。
 ロビーの一角に設けられたカフェコーナーは、今回から近隣の障がい者授産施設が担当。本格珈琲と手作りパンが各100円で販売されている。
(あとで聞くと、予定分を完売したそうで、大変喜ばしい)

 今回、友人知人への案内状配りは最小限にとどめた。前回実施から日が浅く、あまり頻繁にライブ案内するのも考えもの。案内した方にも、「今後定例化の可能性もありますので、お時間ある時にでもぜひ」と添えるのを忘れなかった。


 友人知人を中心に、三々五々と人が集まってきて、開始時刻までには半分以上の席が埋まる。定刻の14時ちょうどからコンサート開始。メール連絡や早めに来た方への直接聞き取りなどで、リクエストはすでに10曲ほど溜まっている。
 第1ステージでは30分で8曲を歌った。

「麦の唄」「イエスタデイ(オリジナル訳詞)」「川の流れのように」「春雷」「浜千鳥」「年下の男の子」「涙そうそう」「知床旅情」
 1曲目は初回同様、館長さんのリクエスト。以降、ジャンルや曲調に隔たりがないよう、バランスよく配分して歌うのは、不動の自分流ルールである。
 進行に伴って席もじょじょに埋まり、やがて満席に。歌に集中していて気づかなかったが、あとで館長さんに確かめると6席を追加して、最終的には45席となったそうだ。

 最初は固かった場の反応も、歌い進むにつれて、次第に熱い手応えに変わってゆく。あっという間に30分が経って、ここで10分の休憩が入る。
 前回は35分〜5分のセットを3回繰り返したが、気力体力面から今回は30分〜10分のセットに変更した。


 休憩中に会場を回ってリクエストを受け付ける。すでに場は充分にこなれているので、ここで20曲を超すリクエストが一気に集まった。今回も無事にリクエストのみでステージをまかなえそうだ。
 14時40分から第2ステージ開始。やや押して、31分で7曲を歌った。

「釜山港へ帰れ」「ラブ・イズ・オーヴァー」「星影のワルツ」「サクラ咲く(オリジナル)」「いい日旅立ち」「パフ」「時代」

 当初、各ステージでは8曲を歌うつもりでいたが、なぜか7曲しか歌えずじまい。場の反応がよく、普段は省略して歌う部分も、原曲通りについ歌ってしまったせいか。
 今回、知人からの要望もあって、初めて完全なオリジナル曲を歌ってみることにした。CDでの評価が高く、季節的にもピッタリな「サクラ咲く」を選んだが、手応えはあった。
 次回以降のチャンスがあるなら、1曲限定でオリジナル系の曲を歌ってみようかと考えている。
 15時40分から第3ステージ開始。ここまで時間は予定通り。公的空間で演る関係もあるが、「ライブの時間は極力正確に」が我がモットーである。
 ラストステージでは定刻までに余裕があったこともあり、40分で11曲を歌った。

「星影の小径」「津軽海峡冬景色」「卒業写真」「Godfather愛のテーマ」「面影橋から」「世界に一つだけの花」「月の砂漠」「石狩挽歌」「また逢う日まで」「花は咲く」「レット・イット・ビー(オリジナル訳詞)」

 3曲目あたりから、またしても左手指に違和感を覚えた。前回と同じ、緊張下で20曲を超すと発生する指のツリである。ミネラルや水分はスポーツドリンクで充分に補給していたが、まるで効果なし。
 やむなく、曲間でマッサージしたり、セーハでの押さえに余分な力を入れないよう工夫したりして、だましだまし進める。
 この影響からか、得意なはずの「面影橋から」の間奏部で、Bmの押さえが甘くなってしまう、という失態をやらかした。指のツリ対策は、今後克服すべき大きな課題だ。


 それでも進行に伴って、場の反応は尻上がりに熱くなった。第3ステージではリクエストに1曲もお応えしてない方を中心に歌ったが、そのせいもあっただろうか。

「世界に一つだけの花」では自然発生的な手拍子が飛び出す。「叙情歌」をうたい文句にしているので、そもそも場は終始静ひつ。歌い終えたあとの拍手で場の反応を推し量るのが常だったので、この手拍子には正直面食らった。
 終了後も、長い拍手がなかなか終わらない。「ありがとうございます」の挨拶を2度繰り返したほど。
 指に不安を抱えているので、いつでも終われるよう、9曲目にラストには相応しい「また逢う日まで」をまず歌う。しかし、場の熱は一向に収まる気配がない。指は何とか持ちそうだったので、続けて「花は咲く」を歌ったが、逆にこれが火に油を注ぐような効果となってしまった。
 終わると場が一種異様な気分に包まれる。もちろん悪いものではなく、強い高揚感のようなもの。これまで経験したことのない感覚だった。
 この日の男女比は2:8ほどで、初回に比べて女性の比率が増えた。全体的に叙情性の強いリクエストが多かった所以と思われるが、そうした比率も関わっていたかもしれない。

 指はすでに限界に達していたが、とてもそのまま打ち切るような気分ではなく、終了予定までわずかに時間が残っていたこともあり、「熱さまし」として、元気の出る「レット・イット・ビー」で締めくくることに。
 いわば、「聴き手に押された自主的アンコール」といった形で、こんな終わり方も過去にあまり記憶にない。


 終了後、たくさんの方々から声をかけられた。ラストの挨拶で館長さん自らが、「今後も定例イベントとして継続させていただきます」と宣言。

「最初と最後のみなさんの顔つきが、まるで違ってましたよ。喜びに満ちて輝いていました」と館長さんから指摘される。
(ちなみに、館長さんは途中の演奏には立ち会っていない)
 自分がステージで感じた思いと一致している。

 全ての方のリクエストにはお応えしたが、最終的に歌えなかった曲は、「糸」「恋人よ」「時の流れに身をまかせ」「少年時代」の4曲。前回との重複曲は、「時代」「川の流れのように」のわずか2曲のみ。聴き手側の絶妙なバランス感覚を感じる。
 気力体力面での課題は残ったが、満足できるコンサートだった。

2015年4月15日水曜日

ビブラート&ノンビブ唱法

 NHKのEテレでやっていた「亀田音楽専門学校」という視聴者参加型音楽番組をずっと観ていたが、シリーズ2あたりで、非常に興味深いことを特集していた。

 その日のテーマはビブラートで、ビブラートをかけて歌う「ビブラート唱法」と、かけずに歌う「ノンビブラート唱法(ノンビブ唱法)」それぞれが持つ意味についての解説である。
 細部の表現は違っているかもしれないが、大筋での両者の定義は、以下のようなものだった。

《ビブラート唱法》
 歌の世界観を歌い手自身がくみ取り、自分の解釈で聴き手に伝えたいときに、主に用いる。

《ノンビブラート唱法》
 歌に潜む世界観を、歌い手自身の解釈ぬきで、そのまま真っすぐに聴き手に伝えたいときに、主に用いる。

庭のムスカリが咲いた

 意識下ではぼんやりと理解していたような気もするが、こうして明確に説明してもらうと、目の前のモヤモヤが晴れたような気分になった。

 たとえば演歌歌手やクラシック歌手はビブラートを多用するが、トラディッショナルな旋律という制限下で、歌い手自身の個性を際立たせたいという意識が、その前提になっているように思われる。
 ノンビブ唱法の代表例は、ウィーン少年合唱団やユーミンがすぐに思い浮かぶが、そう考えるとなるほどと納得できる。
 歌い手としての我が身を冷静に振り返ってみると、基本はノンビブ唱法だが、要所でビブラート唱法を使っていた。
 自分の売りが「叙情歌シンガー」なので、あまりこねくり回さず、歌の世界を率直に聴き手に伝えたいと日頃から考えているので、必然的にノンビブ唱法がベースになったのだと思う。
 しかし、「ここ」という部分では、ビブラートを使う。ワンポイント的に自己解釈を歌に注入することにより、単なる模倣ではない「どこかちょっと違う自分」を表現しようと考えている。これはカバーでもオリジナルでも同じだ。

 幼き頃、合唱部に在籍していた姉が、ビブラートを巧みに操って歌うのが羨ましく、「どうやって歌うのか、教えて」と懇願した記憶がある。姉からの返答は「考えなくても、勝手にそうなる(ビブラートする)」と、突き放したものだった。
 時を経て、自在にビブラートのオンオフをコントロール出来るようになった。切り換えの判断はあくまで自分のイメージのみ。これといった基準はない。

2015年4月14日火曜日

まだまだ働ける

 年に数回招かれるデイサービスで歌ってきた。自宅から最も遠いグループの施設で、車で1時間近くかかる。今回が5度目の訪問。「高くて険しい3度目の壁」を軽々と乗り越えた施設である。
 曜日毎に利用者が入れ替わるので、場所は同じだが、顔ぶれはいくたびに変わる。私が歌うことを知って、本来の利用日ではない方が急きょ参加されることもあって、同じ顔も皆無ではない。

 約束の15分前となる14時45分に到着。この施設はライブ中の飲み物や食べ物のサービスは一切なく、歌に集中できる条件が整っている。施設側の配慮を感じる。
 15時2分くらいから歌い始める。休憩なしのちょうど1時間で、リクエストをまじえ、18曲を一気に歌った。


「北国の春」「お富さん(リクエスト)」「宗谷岬」「真室川音頭」「みかんの花咲く丘」「二人は若い」「リンゴの唄」「草原の輝き」「さくらさくら」「お座敷小唄」「釜山港へ帰れ」「いい日旅立ち」「浪花節だよ人生は」「花笠音頭」
(ここからアンコール&リクエストタイム)
「酒と泪と男と女」「待っている女」「知床旅情」「憧れのハワイ航路」
 ニギヤカ系の曲をおおむね好む場だが、要所に唱歌系の静かな曲を配置してメリハリをつけたが、これが見事にハマった。あたかも人生の歩みのように、笑いと涙が交錯する展開。ここ数日、充分に歌いこんだこともあって、喉も絶好調に近かった。
 長い演奏を望まれる施設なので、状況次第では途中で休憩をはさむつもりでいたが、そんな雰囲気には全くならず、あっという間に当初予定の14曲が終了。この時点で時計は15時45分を指している。

 その後、最近の定番となっているアンコールをかねたリクエストタイムに突入。今回は大半の要望に応えられた。
(ちなみに、「お富さん」は予定曲とリクエストが偶然一致)
 唯一譜面が見つからなかったのが、目下練習中の「長崎の鐘」。あとで調べてみたら、かなり前に「NEW」という特別なファイル名でまとめて保存してあったことを思い出した。時間的には残りの4曲でぴったり収まったので、よしとしたい。


 介護施設では初めて飛び出したリクエスト、「酒と泪と男と女」では一瞬面食らった。80歳くらいの女性からだったが、この施設では以前にも「なごり雪」「あの素晴しい愛をもう一度」のリクエストが利用者から出ている。フォーク系の曲が受け入れられる施設なのだ。何とも嗜好が新しい。
 その「酒と泪と男と女」、週末に地区センターで実施予定の叙情歌サロンでのリクエスト曲一覧にも入れてあるので、おさらいとして最近練習したばかり。思いがけず高齢な女性からの希望ということもあって、気持ちは乗った。
 歌の進行に伴って、場からの強い「気」を感じた。過去最高とも思える出来。終わったあとで、職員さんから「あの曲で泣いている人がたくさんいましたよ」と告げられた。むろん悲しみの涙ではない。

 先月のチカチカパフォーマンスでの反応が2度続けて思わしくなく、自信を失いかけていただけに、大きな励みとなった。条件さえ整えば、まだまだ働ける場はあるのだと、今後の自分の方向性を再確認できた。

2015年4月13日月曜日

プッシュリベットを調達

 Uターンの失敗で縁石にぶつけてしまい、その後何とか自力で補修した車のバンパー部だったが、ぶつけてからバンパーそのものにガタつきが出て、収まりが悪くなった。
 よく調べてみると、バンパーを固定するはずの樹脂製ボルトが何本かなくなっている。どうやらぶつけた際の衝撃で、どこかに飛んでいったらしい。
 かろうじて残っていたのは、右サイド部分にある1本のみ。左サイドの1本と、底部にある2本の計3本が欠損。これではガタつくはずだ。
 近距離なら大きな問題はないが、この状態で遠距離は大事故にもつながりかねない。代替品を探したが、貫通タイプのボルトではダメ。適当なものが見当たらず、ガムテープで止めるくらいしか思いつかない。
 困り果ててネットで「バンパー」「固定」「プラスチック」「ボルト」などとネット検索をかけたら、ようやく「プッシュリベット」というパーツであることが分かった。


 ディラーで純正品を入手するのが確実だったが、かなり高そうだった。アマゾンで中国製の同等品を見つけたが、入荷まで10〜15日という気の長い話。思いついてヤフオクで調べたら、専門業者が安い製品を出品していた。

「駆け引き無用の即決」「手数料無料のゆうちょ銀行振込OK」「送料格安の定形外郵便送付OK」という、好条件がそろっていて、価格も送料込みで263円という安さ。型番を慎重に調べ、すぐに落札したら、3日で届いた。

左サイド部分の固定

 さっそく取付けてみた。穴に差込み、注射器のように端部の突起をぐいと中に押し込むだけ。工具も何もいらず、型番に合った部品さえあれば、誰でもやれるDIY作業である。

 残りの2本も地面に腹ばいになって作業して終了。固定があまりに簡単過ぎて、逆に拍子抜けである。
 はっきりしないが、もしかすると今回の事故とは別のトラブル、たとえば雪山に突っ込んだときの衝撃等で外れた可能性もなくはない。そして、あえて弱い素材や固定法を採用することにより、ボディへの衝撃を和らげる役目もあるのかな…、そんなことも考えた。
 ともかくも最安値で修復できたことは間違いないが。

底部の固定(2箇所)