2008年8月31日日曜日

仕事、ときどき歌

 夜は居酒屋での定例ライブがあるため、昨夜は夜半まで仕事に励み、明けて今日は画像の微調整を繰り返す。
 拾ったデータを出力し、一発で提出となることはまずない。パソコンを高性能のWindowsに変えてから、出力計算そのものは一般住宅でもおよそ10分で済む。今回の構造イラストもほぼ同じくらいの時間だが、単純なデータの拾い忘れやら思い違い、色イメージの変更など、修正は雑多。
 出発ギリギリまで微調整を繰り返し、何とかイメージに近い画像を得る。合計10回近くは修正しただろうか。
 ライブ会場となる店に着いてみたら、また参加者が増えていて、合計20名。歌う曲は以前までの一人(一組)3曲から、2曲に減っていたが、それでも全部で40曲だ。
 幸い歌う順は5番目で、早めに緊張から解放され、ゆっくり聴くことが出来た。例によって参加者は実にバラエティに富んでいて、個性派ぞろい。

 今回の私のテーマは「女唄」で、2曲とも女性が女性目線で作った詩に、私自身が曲つけたもの。そのうち2曲目の「独り」は、この店の常連客である作詞者自身がまず自分の詩を朗読し、直後に私が歌うというコラボレーションを初めて試みた。
 PAの調子がやや不安定だったが、本番前にちょっと打合せただけだった割に、朗読のバックに入れたギターアルペジオが過不足なくぴったりと収まり、その後の歌への以降がスムーズに運んだ。


 タマシイをこめて歌ったので、かなり消耗したが、これまでこの曲を歌ったなかでは、最高の出来だった。朗読していただいた女性からも、「感激で涙がこぼれそうになった」とあとで打ち明けられた。

 今回、これまでとスタイルを変え、久しぶりに座って歌った。そのせいか、いわゆる「上がる」ことは皆無。座って歌うと場内があまり見通せないので、自分のペースで歌いやすいことを発見した。なるほどね。
 19時に始まり、終了が23時半。長丁場での体力精神力の維持が不安だったが、演奏はしり上がりに盛り上がり、時間の経過をあまり感じさせなかった。特に若い新人の台頭が著しい。
 来年還暦を迎える最高齢参加者の私にとって、もはや取り戻すことは不可能な世界だが、やはり若さの勢いがちょっとだけウラヤマシイ。
(写真は乙次郎さんの提供)

2008年8月27日水曜日

ストリートビュー

 忙しいといいつつ、いま噂の「グーグル・ストリートビュー」なるものをちょっと調べてみた。グーグル地図サイトにアクセスし、住所を番地まで詳細に入力してやると、その家の外観が、ズバリ通りからの目線で表示される。
 これまでは単なる航空写真止まりで、そう驚かなかったが、今回のはすごい。キー操作で360度、好きな視点から通りを眺められるのだ。もちろん、行ったり来たり回ったりも自由自在。いったい、どんなシカケ?
(その後の調べで、「360度撮影カメラ」というものを屋根に搭載した車で、走りながら撮影しているらしいことが判明)

_妻もモニタの前に呼び、懐かしいあの方やこの方の家、新婚の頃住んでいたあのアパート、以前にお世話になったあの方のお住まい、35年前に工事監督をやったあの現場など、二人でしばし見とれてしまった。
 まだ一度も訪れたことのない家まで、すっかり様子が分かってしまう。あまりに詳し過ぎて、ちょっと恐ろしさを感じないではない。ただ、表札の名前までは読めない解像度だから、悪用される可能性は低いかもしれない。

 残念ながら、我が家は「札幌の外れのへき地」のせいか、まだデータが入っていず、従来通り航空写真でしか見られない。がっかりするやら、ホッとするやら、複雑な心境であります。

2008年8月24日日曜日

ヤキモチ

 昨日に続き、最高気温が19度までしか上がらない。ライン業務もすべて終わったので、午後からテレビでやっていた映画、「インストール」をボ~と観る。
 最年少受賞記録を更新した芥川賞作家、綿矢りさの同名小説が原作だが、小説はまだ読んでいない。根がヒネクレ者なので、いわゆる世間が大騒ぎするベストセラー物には抵抗があり、あまり読まない。世界中で売れているらしい「ハリーポッター」とやらも、まだ一度も読んだことがない。

 売れている小説をあえて読まない心理背景には、自分もいちおう小説らしきものを書いていたことがあり、それなりの結果は出したが、ベストセラーには程遠い結果だった、という過去がある。
 分かりやすく書くと、いわゆる「ヤキモチ」のたぐいだ。ヤキモチ(嫉妬)は時に人を強くするが、それはあくまでヤキモチの対象を乗り越えようと努力し、行動したとき。ヤキモチの泥の中にまみれているだけでは、ただのみっともない中年オヤジに過ぎないのだ。

 しかし、(自分は嫉妬している)と認識するだけでも、スタートラインに立ったことにはなろう。観客席に座ったままヤキモチを妬き続けるのは、もっとミットモナイ。
 で、その映画だが、なかなか面白く観た。17歳の女子高生(おそらく作者の分身)と、10歳の小学生の男の子、という主人公二人の設定がまずいい。他の人物設定や物語の展開も無理がなく、かなり計算しつくして書かれた印象がする。「人生、生きていてナンボでしょ」というメッセージも、明快に伝わってくる。
 もしかするとこの面白さは、映画監督の力量なのかもしれない。果たしてこれが小説ではどのように書かれているのか?原作をちょっと読んでみたくなった。

 そして、(また創作小説を書いてみようか…)という気分に、ちょっとだけさせてくれた。歌と同じで、優れた小説には力がみなぎっていて、時に人を励ましてくれるものだから。

2008年8月23日土曜日

何のために勝つ?

 時事ネタは「言葉遊び」の世界だけにしようと思ってはいるが、珍しくオリンピックネタを書いてみる。

「勝つこと」に対する動機づけに関し、いろいろと考えさせられるこの数日間であった。
「お国のため」「お金のため」「名誉のため」「他の誰か(家族、コーチなど)のため」「自分自身のため」等々、人を勝利に向かわせる動機にはいろいろあると思うが、お金や名誉をすでに充分得てしまっている人は、本音の部分での「勝つ」という動機づけがいまひとつ弱く、それが大きな差として出たように感じた。
 私も含めて愛国的意志に乏しく、物質的にはかなり恵まれている日本人が世界の中で勝つためには、他の何ものでもなく、自分自身の向上のためという動機づけに自分を追い込んでいくしかないのではないか。
(「他の誰かのため」という動機も一時的には人を力づけるかもしれないが、持続性という点で弱い気がする)
 前回をはるかに上回る結果を出したり、金や名誉をすでにある程度得ていても、前回同様の結果を再び出したアスリート達に共通するキーワードが、ここにあるような気がしてならない。

 このキーワード、「何のために勝つ?」を、「何のために生きる?」にそっくり置き換えても、そのまま使えそう。少なくとも私には。

2008年8月22日金曜日

無垢材の補修

 家の中の床や壁、手作り家具の大半に無垢の木材を使っているので、肌触りや暖かさなどの素材感は抜群だが、衝撃には弱く、ちょとしたことでへこみや傷は出来やすい。
 小さな傷ならスポイトで水を一滴たらし、一晩置くとたいていは元に戻ってしまうが、大きい傷や木材の節穴などは、それでは修復不可能だ。

 ドリルで開けてしまった穴の修復なら、同じ種類の木材を細く割り、先端を尖らせて穴に打ち込み、ノコで切り取ってサンドペーパーをかければほとんど目立たなくなる。では、それでも不可能な大きな傷はどうしたらよいのか?


 以前はホームセンターで売っている木材専用のパテ材で埋めていた。色も多種あって、専用のヘラで刷り込んでやれば、ほぼ穴は埋まる。
 ところが、この種のパテ剤は多くが樹脂製で、木材とは本来成分が異なる。埋めた直後の見栄えはよいが、経年変化により、無垢の木材は次第に焼けてゆくが、パテで埋めた部分の色はそのまま。これが大変みっともない。
 いろいろ考えたあげく、なるべく木材に近いパテ剤を得るべく、最近では「木工用ホワイトボンド」「木くず」「砥の粉」などの材料を混ぜあわせて使っている。
 ホワイトボンドは乾くと無色透明になるので、目立たない。木くずはいつでも使えるように空き瓶に入れてとってあるが、木くずだけでは緻密さにやや欠ける感じがするので、砥の粉も適宜混ぜている。

 写真上は修復前の準備の様子で、下は修復後。居間にある堀こたつ天板の節の部分を埋めた。パテ剤は乾燥すると縮むので、最初は盛り上げるようにしておき、あとからサンドペーパーで平坦にする。砥の粉の主成分は土だが、本来は木材の目止めに用いるものなので、なじみはよい。
 今後の経年変化で色がどう変わってゆくか、しばらく観察してみたい。

2008年8月21日木曜日

麦茶日終了

 今日は最高温度が20度までしか上がらず、街はもうすっかり秋模様。急に気温が下がると、ついていくのがシンドイですわ。

 仕事の休憩中に、昨日書いた車庫北壁に飾ったスコップの位置を、やっぱり少し調整してしまった。気になると、放っておけないんだよね。
 あれこれ試行錯誤の結果、長い黒のスコップは持ち手はそのままで、位置だけを30センチほど上にした。ちょうど下端が波板との境界にくるあたり。ほとんど自己陶酔の世界だが、なかなかよいバランスである。


 毎日飲む麦茶のパックが、昨日でちょうどなくなってしまった。1パックで1Lの麦茶が作れて、その日の暑さにもよるが、およそ2日で飲む。いつも買うのは50袋くらい入っている大袋なので、一度買うと2年は持つ。
 つまり、1袋あれば100日は飲める計算で、熱いお茶の代りに冷たい麦茶が欲しくなる我が家の「麦茶日」は、ひと夏で50日強ということになる。

 記憶があやふやだが、例年この「麦茶日」は7月上旬から始まり、終了は8月下旬あたり。ほぼ計算に合う。まだ店頭には麦茶を置いてあるはずだが、妻は、「まずくなるから、次に買うのは来年ネ」なんて言ってる。本当にもう麦茶なしで過ごせるのか、ちょっと不安。なきゃないで、何とかなるか。
「イラスト性を強めた新タッチの住宅立面図」は、夜半までかかってようやく終了。ほぼ当初のイメージ通りに出来上がったが、人物は白抜きでなく、グレーの半透明処理に落ち着いた。近景の花は不自然になるので中止。
 これまでやらなかった新しいことをあれこれやったので、念のため提出前に妻に見てもらったら、なかなか評判がよく、すっかり気をよくした。ひょっとすると札幌近辺では、これまでにないタッチかな?
 弾き語りライブやDIY同様、こちらもまだまだ発展、成長する余地はある。まだまだ。

2008年8月20日水曜日

スコップ・オブジェ

 冷え冷えとした天気で、ひたすら仕事に打ち込む。夕方、少し先が見えたので、気分転換に車庫北壁の内側に飾ってあるスコップの位置を修正した。
 写真のように、この壁には2本のスコップと草刈り清掃用の竹製熊手、そして壊れたスコップとパイプを組み合わせた手製ツララ落とし(一番左側)が掛けてある。
 ツララ落としはパイプの部分が物干ポールにぴったりはまるようになっていて、組み合わせると5メートル近くなり、2階屋根に出来たツララでも、(出来るのは年に1回くらいだが)下から足場なしで簡単に落とせる。

「飾ってある」と最初に書いたのは、道路側から見て、ある種のオブジェに見えるよう意識したからだ。


 北国では普通この種の道具は物置の中か車庫、あるいは風除室と呼ばれる玄関外側に設けたガラス製風よけの中にしまっておく。
 しかし、我が家に風除室はなく、物置きはあってもごく小さく、車庫はあってもご覧のような吹きさらし空間だ。大型の用具類を隠せるような場所はないし、作る予定もない。

 そこで常識的発想を転換し、あえて外から丸見えの場所にこれらの用具類を吊るした。いわば「見せる収納」である。
 色や材質、デザインは見せることを前提に、充分吟味して選んである。スコップは赤と黒が必須で、これ以外はNG。
 8年間、この用具類は位置を変えてなかったが、壁の下側を波板で塞いでしまったので、右端の赤いスコップの収まりが悪くなった。これまでのように持ち手を上にして普通に吊るすと、先端の曲がった部分が通路側に飛び出してしまうのだ。
 そこでまたまた発想を転換し、木製のフックをダブルで取付け、先端を上にしてフックにはめこむように吊るした。下側をヒモで固定するのはこれまでと同じ。
 もしかすると左に掛けてある黒いスコップも、同様に逆に吊ったほうが全体のバランス(見栄え)がいいかもしれない。ここはもう少し検討してみる。

 多くの家庭にある大型スコップで、通称「ママさんダンプ」は我が家では使わない。高価で邪魔だし、いまのところなくても充分やれる。「あったら便利かも?」程度のものは買わないし、置かない。

2008年8月17日日曜日

楽しき盆休暇

 具体的な日程はまだ未定だが、ある人のためだけの「特別ライブ」を、近々自宅でやるかもしれない。実はこの「特別ライブ」は、ちょっとしたお祝いをかねたもので、かなり以前から構想にあった。
 父の法事や墓の諸手配など、一通りの務めも無事に終え、徐々に普通の日常に戻そうと思っている。
 今日はその「特別ライブ」のために、居間で簡単なリハーサルもどきをやった。今回はもしかすると聴き手は「たった一人」になるかもしれず、そうなると場所は2階でなく、1階の居間がふさわしい気がした。
 ところが居間で歌うときは、真ん中にある堀コタツが動かせないので、歌う場所が問題になってくる。過去には、北側の台所前と脱衣室前で一度ずつやったことがあるが、どちらも一長一短。
 そこで堀コタツの真北にあたる本棚の上で座って歌ったらどうか?とふと思い立った。

 本棚は高さと奥行きが約40センチと低く、天板が38ミリのツーバィ材を使っていて、ベンチとしても使えるようになっている。
 休暇で妻が家にいたので、聴き手になってもらい、すでに構想にあるセットリストを、1時間ほど延々と続けて歌ってみた。


 そしてその結論。座って歌うのは何ら支障ないが、聴き手の妻は、「2階のほうが音にはるかに広がりがある」。う~ん、やっぱりね…。
 実は全く同じ印象を、私も歌いながら感じていた。PAやリバーブの設定値はいつもと全く同じ。となれば、おそらく1階と2階の天井高さと空間体積の違いだろう。つまりは、残響時間の問題だ。2階の天井が傾斜しているのも大きいかもしれない。やはり2階の「自宅スタジオ」の音は、かなり質が高いのだ。実際に試してみて、改めてそれを感じた。
 リバーブの数値をいじる手段もあるが、現段階ではやっぱり2階で歌おうかと思っている。ライブ終了後、そこから1階に移動して歓談、といういつもの流れに勝るものはないようだ。
 進行中の仕事は90%終わっていたので、午後3時から車庫補修工事の続きをやった。前回、「あと2時間で終わるはず」などと書いたが、いざやってみると、古い波板に残ったコーキング材の除去清掃に、予想外に手間どった。
 明日からまた仕事臨戦体制に戻るので、どうしても今日中にケリをつけたく、一気に切断、取付けまでやった。写真では分かりにくいが、下側1/3に透明のポリカーボネード波板を全面ビス止めしてある。
 下端は地面すれすれの位置にしたので、北風の脅威は半減するはず。これでようやく冬と新車を迎える準備が整った。

2008年8月15日金曜日

ケロリスト

 小さい頃からカエルが好きで、田舎に住んでいた頃は、雨上がりに跳ね回る緑色の小さなアマガエルをつかまえ、手のひらの上で遊ばせていた。
 オタマジャクシも卵からよく育てたが、こちらはいつも後ろ足が出たあたりで失敗。生き物を育てる難しさを思い知る。

 札幌に引越してからはしばし遠ざかっていたが、大学の寮に入った部屋の前に、薬屋の店頭に立っている大きなカエルの人形が置いてあり、持ち前の「カエル魂」がムクムクと蘇った。


 この学生寮では、カエルの人形を仮装させ、「カエル大明神」と名づけて、寮祭の部屋別出し物に使った。アイデアを出したのはもちろん私で、鳥居をくぐって台に乗ると自然に観音扉が開き、中のカエルが声で挨拶するというシカケである。声は私自身が声色を作ってテープに吹き込んだ。
 扉の開く仕掛けや声とのシンクロ、テープのエンドレス化など、工学部だったからそう苦心もせずにやれた。

 この出し物では、確か何かの賞をもらったはずだ。全部で62室もある大きな寮だったので、賞をもらうのは大変難しく、その部屋の歴史に残る快挙だと先輩からほめられた。
 月日は流れ、結婚して3人の子供に恵まれた。子育てのさなか、当時大流行したファミコンに反発し、「ゲームは自分で作れるものなんだ」というワケの分からない理屈を並べ、ただ遊ぶだけのファミコンではなく、自ら作ることも可能なMSXという小さなパソコンを買った。
 仕事を終えたあとの深夜、黙々とプログラム作りに励み、(ちなみに、言語はBasicとZ80マシン語)ついに自作ゲームがパソコン専門雑誌に掲載され、オヤジとしての面目を何とか保った。

 そのゲームの主人公が「ケロヨン」という名のカエルで、ストーリー上「ケロミン」という頼れる恋人も登場させた。この「ケロヨン」という名は、もともと芝居の着ぐるみとして登場したカエルのキャラクターだったらしいが、イメージとしては私の分身である。そして「ケロミン」は妻の分身だった。

「ケロヨンシリーズ」は、40代のおじさんが作ったプログラムという物珍しさもあり、当時のパソコン界で一世を風靡した。全部で5~6作が採用され、稼いだ賞金もかなりのもの。ケロヨンは私にとって、初期の孝行息子だった。


 子供たちの成長に伴い、パソコンのゲーム作りからは遠ざかったが、私が「カエル狂」であることを知った知人や親戚、そして子供たちから、いろいろなカエルの人形や置物が集まってくるようになった。
 写真がそのうちの一部で、中にはスペインやらドイツやらの海外のカエルまで混じっている。
 つい最近、「ケロガード」という名の新しいカエルグッズが発売された。写真の通り、足場用パイプを上下に2本通すと、簡易仕切りガードとして使える。
 家にあるのは小さなグッズばかりだが、何とかこの大型の「ケロガード」を手にいれ、守り神として庭の楓の木の下にでも奉りたいと思っている。
 重ねて最近、店中がカエルで溢れているという、ヨダレの出そうな喫茶店が札幌都心にあることを知った。その名もズバリ「カエルヤ珈琲店」。
 経営者は40代のカエル好きの女性とかで、カエル新聞を定期発行したり、お店でカエルの解剖やら、専門講義までやっているというから恐れ入る。上には上があるということ。いつか妻と二人で訪れる日を楽しみにしている。

 カエル好きの人々は世界中にたくさんいるようで、この種のマニアを特に「カエラー」と呼ぶこともある。しかし、「サユリスト」「コマキスト」で育った世代として、「カエラー」はいかにも新しすぎる。ケロヨンと一心同体の私の場合なら、やっぱり「ケロリスト」でしょうな。ケロケロ。

2008年8月14日木曜日

熱さまし

 実家経由で墓参りに行く予定でいたが、実家の用事が来週に持ち越しとなったので、休暇で家にいた妻を同行し、墓参りだけに行ってきた。
 今日は父の「百箇日」という法要である。四十九日に比べるとマイナーだが、法事は法事。すでに先週、実家で法要らしきことは済ませているが、お盆でもあり、故郷の本家の墓周辺から持ってきた土を移す作業もある。
 父と母の信ずる浄土真宗には、「お盆に先祖が帰ってくる」という概念がなく、従って迎え火も送り火も一切やらない。「あなたが仏様(死者)を思えば、そこにいつでも仏様はやってくる」という、合理的で非常に好きな考え方だ。
 従ってお盆の墓参りは特に必要ないようだが、迷ったときは実行するのが憂いがなくてよろしいということ。

 庭に咲いたアジサイを2本切り、途中スーパーに寄って、菊の花束と和菓子を買う。冷たい麦茶は自宅のものを持参した。
 霊園に着くと、新しい花が供えてある。親戚の誰かが先にきたらしい。すでにあった花はそのままにし、アジサイだけを追加する。風で何度もろうそくの火が消えたが、フードを使って何とか成功。

 墓の蓋をずらし、「ほら、じいちゃん。○○(父の生まれた地域)の土だよ」と声をかけ、事前にゴミや草の根を取り除いてきれいにした土を、パラパラとカロートの中に振りまいた。
 何となく父の喜ぶ声が聞こえたような気がした。やっぱり行ってよかった。
 家に戻り、昨日暗くなって止め残した車庫屋根のビスをすべて止めた。その後、残った新規の仕事のうち、1件を進める。さらにその合間に、明日が締切のエッセイの原稿の推敲作業をやった。

 ミニコミ紙の原稿は、火曜にすでに書き終えている。テーマを決め、普通に書いてみたら、前回と同じピッタリ1500字。いつもは足したり削ったりする作業に腐心するのだが、今回は長さに関する調整は一切せずに済んだ。
 しかし、それでも推敲作業は必須。文章は一晩寝てもう一度読み返すと、書いた直後には見えなかったアラが、不思議に見えてくる。これを数回繰り返すのがこなれた文章を書く大きなポイントで、「一発OK」は、私の場合は絶対にあり得ない。

2008年8月13日水曜日

初トマト

 ありがちなネタだが、庭で栽培しているトマトが二つ採れた。いわゆる今年の「初トマト」で、調べてみたら去年より5日遅い。しかし、味は抜群にいい。甘くて、市販品にはない独特のうまみがある。これぞ「無農薬有機農法」の成果だと、勝手に思っている。
 明日も二つ採れそうな色をしているので、しばらくはトマト攻め。いい酒のツマミになるので、緊縮家計にとっては大歓迎。


「オリンピックにはたいして興味がない」などといいつつ、昨日の女子サッカーはしっかり見た。いい試合だった。「勝つ」という強い執念を、選手全員から感じた。
 月並みだが、「サッカーはパスを回すスポーツでなく、シュートを打ってゴールに叩き込むスポーツだ」ということ。その基本に忠実なプレーを随所で見た。

 戦術的には、澤選手と阪口選手のダブルポランチが相当効いている。阪口選手は以前にこのブログでも絶賛したが、攻撃的位置からボランチにコンバートされて、ようやくレギュラーをつかんだ。
 あとは宮間選手の成長が大きい。この1年で見違えるほどうまくなった。攻めて守れて作れる。将来の全日本を支えてくれるだろう。
 試合とは無関係だが、もうひとついいシーンを見た。終了間際、ノルウェーの選手が交錯プレーでグラウンドに倒れたとき、近くにいた原選手(交代直後に5点目をとった選手)が、倒れている相手選手にすっと近寄り、めくれあがったユニフォームの裾をさり気なくおろして、丸見えだった肌をカメラから隠してやっていた。

 勝ち負けは別にし、相手を尊重する思いやりの心をそこに見た。交代直後にワンチャンスを逃さずに得点したことと、あの行為とは、決して無縁ではない。いわゆる「サッカーの神」が優しく微笑んだのだ。
 日本の女子にとってサッカーはまだまだマイナースポーツだが、技も心も確実に育っている。

2008年8月11日月曜日

お盆前の大波

 お盆直前の月曜とあって、朝からたくさんの電話があった。最初は見知らぬ有料老人ホームからの訪問ライブの依頼。ネット検索で知ったといい、ぜひとも歌って欲しいとのこと。
 先方の希望は9/14だったが、あいにくその日は別の施設の先約がすでに入っている。そのむねを告げたら、翌日ではどうかと重ねて聞いてくる。2日連続となるが、空いているので、ありがたくお受けした。合計2時間のイベントを企画しているそうで、まずは弾き語りの担い手を探していたらしい。

 場所は偶然実家の近く。2日連続のライブは去年の8月に一度やった。「一日に2度」も過去に2回経験している。幸い、聴き手の層は同じなので、構成もほぼ同じでいけるだろう。
 しばしば書いているが、歌い手は呼ばれるうちが華。気力体力を整え、乗り切りましょうぞ。


 2本目の電話は、先週末に見積りを出した物件の、再度の問い合わせ。CG画像の背景に現地写真を合成した場合、コストがどれくらい上がるか?との問い合わせだが、答えは「変わりません」。
 先方は少し驚いていたが、メイン画像をCGで作った場合、背景に何を持ってこようが、大きな変更はないのだ。
 この物件、先週「運頼み」と書いた物件だが、実るか否かは、いまだに不明。「あれこれ問い合わせの多い物件は、結局流れる」というジンクスもあったっけ?

 3本目の電話は、保留になっていた物件の動きだし。視点が先方に気に入られず、玄関ドアの含む方向で描き直しとなった物件だが、未定だった玄関ドアのデザインがようやく決まった。
 決まったとたん、「仮画像でよいから、至急作って欲しい」。まあ、仕事とはそんなもの。こちらはデータの80%をすでに拾ってあるし、確定した仕事なので、徹夜作業でやることにしましょう。
 あれこれさばき、さて昼だなと時計を見たら、「ピンポ~ン」とインタホンが鳴る。近隣の石狩市中心に配布中のミニコミ紙に連載中のエッセイが印刷されたので、社長がわざわざ持参してくれたのだ。
 いつも直接持参してくれるので、「郵送でもいいのですが…」と言うと、「ネット社会だからこそ、直接の面会を大事にしています」とのこと。なるほど、地域密着型のミニコミ紙となれば、それも大事なことなのだろう。
 中元のビールやら、別のパース仕事の打診など、あれこれありがたい話をいただく。ほとんどボランティアのような仕事だが、まあ、世の中金だけで動いているわけではないからね。

 WEBスケジュールをチェックしていたら、午後3時から歯医者の予約があったことを忘れていた。長い治療だが、予定では今日が最終日。進行中の車庫補修工事も気になるが、ひとまず歯医者へとむかう。
 この治療が滅茶苦茶に長引き、すべて終わって家に戻ったら夕方の6時。姉からの留守番電話をさばき、ヤレヤレと一息ついたら、またまたFAX電話が鳴る。(鳴り分け信号で、FAXであることが分かる)ほんに今日は慌ただしい。

 相手はしばしごぶさただったクライアントで、進行中の小さな手直し物件の再修正と、新規の住宅パース2棟の依頼だった。途中、FAX用紙が切れそうになったが、何とか足りた。
 修正も新規物件も、すべて納期はお盆明けの月曜。ついに来るべきものが来た!という印象。これでようやく、お盆休暇が例年のように埋まった。

2008年8月10日日曜日

天空の植木鉢

 訪問ライブが予想を越える出来で無事に終わり、次のライブ予定も月末までないので、しばらく休んでいたDIY作業を再開した。
 車庫改修の第2期工事は、屋根のポリカーボネード波板を2枚外し、新しい波板に交換すること。そして、外した波板は清掃、切断加工し、北側壁の下半分をふさぐ。

 今日はまず屋根に昇り、古い波板を外した。8年前にやった作業の都合で、14枚のうちの2枚だけが数センチ長さが他より短い。不足する部分に短い波板をつなぎ、他と長さを合わせているのだが、コーキング処理をしてもここから雨漏りがわずかにする。ホコリもつまりやすく、汚れがちでみっともない。
 そこでこの2枚を1820長の規格品に取り替え、外した分は短く加工して壁に使おうというわけだ。
 全てのビスを緩め終わったとき、電動ドライバーの充電が切れた。作業開始前に充電を終えたばかりなので、消耗が早すぎる。いよいよ電池の寿命かと調べてみたら、買ってからはやくも8年半が過ぎていた。
 説明書には「充電300回まで使える」とあるが、一方で、「能力が半分以下になったら、電池の寿命」とも書いてある。フルパワーだとビス止めなら280本まで可能とあり、100本だとすでに1/3強の能力。やはり寿命のようだ。
 ネットで調べたら、型が古過ぎて電池そのものはもう入手不可能。新規に買うしかなさそうだ。


 作業後はホームセンターに新しい波板とビスを買いに行く予定だったので、ついでに電動ドライバーを見繕った。同じタイプの充電式が5,000円くらいで手に入る。しかし、この価格だと予備電池がついてなく、結局はいつかまた買い換えとなる。
 いっそ電動ケーブル式のタイプにしようかと調べたら、こちらは4,000円で手に入る。8,000円出すとトルクの強い万能型もあるが、どちらも作業時にはコンセントが必須となるので、いまひとつ決心がつかない。もう少し考えてみる。
 足りない備品も買いそろえ、さあ帰ろうと思ったとき、車庫梁に完成した「天空の植木鉢」に飾る花の苗のことを思い出した。
 すでに夕食のオカズの生鮮品を買い終え、家路を急ぎたがる妻をなだめすかし、苗売場にUターン。二人してあれこれ見繕ったあげく、198円で写真のようなブルー系の花の苗を入手した。とにかく200円以内という緊縮予算なので、選択肢が非常に狭い。

 家に戻ってすぐに移植したが、肝心の花の名が売場にも書いてなく、分からない。露草系の花だと思うが、名前はさておき、丈が高すぎず、横に広がる感じが「天空の植木鉢」には似合っている。低予算の割には、まずまずの買物をした。

2008年8月9日土曜日

本当ですか?

 強い陽射しが照りつけるなか、近隣のグループホームで、夏祭りライブを実施。会場は芝生の庭にテントを張り、椅子を並べた本格的なものだった。
 夏祭りは今年で2回目だが、地域に広く開放されたイベントなので、聴き手はいつものメンバー以外に近隣の住民が多数。全部で30名以上はいただろうか。

 ステージは芝生の端に少し高めの台を設置していただき、狭いベランダで歌った去年より、はるかに歌いやすい条件だった。スピーカーもいつもより高めに、持参した椅子を2段に積んでその上に設置した。
 予定より少し早く、1時25分からライブ開始。歌を聴きつけた近所の人がライブの途中でしわじわと増えてきて、予定の30分を過ぎても、ちょっと終わりにくい雰囲気になった。
 そんな展開を見越し、プログラムにはかなりの幅を持たせてあったので、途中で予備曲を追加で歌うなどして、うまく対応。結局予定を15分オーバーし、14曲を歌った。


 終了後、見知らぬ方が5~6名集まってきて、声をかけてくださった。

「きれいな声だ」「心に染みる歌だった」「また聴きたいが、どこに行けばあなたの歌が聴けるのか」「私たちの集まりでも歌って欲しいが、案内状か名刺をいただけないか」等々、歌い手冥利につきる声ばかり。そんな評価がにわかには信じがたく、「本当ですか?」と思わず聞き返すほどだった。
 実は今日の調子は万全ではなく、何とか調整して80%ほどの仕上がりだった。その分自重してかなり抑え気味に歌ったのだが、それでも心に届くとは?
 力を抑えたその分、歌に気持ちは充分こめた。それが幸いしたのかもしれない。まだまだ分からないことがたくさんある。
 帰宅後、ホーム長さんからいただいたお土産の手焼きクッキーやたこ焼き、ゆでトウキビ等を妻と二人でおいしくいただく。炎天下の1時間近いライブでちょっと疲れたが、このあと夜には町内会の役員会がある。
 週末とオリンピックとお盆帰省の3つが重なった今夜の出席率は悪いかもしれない。オリンピックにはたいして興味がなく、お盆の用もすでに済ませてしまったので、いつも通り真面目に出席しますけど。

2008年8月8日金曜日

ラズベリー酒を仕込む

 冷凍庫に入れたままだったラズベリーの実を果実酒にするべく、ようやく焼酎に漬け込んだ。実の重さを測ってみたら、330gしかない。もっと採れたはずだったが、拍子抜け。
 よく考えてみたら、今年はヨーグルトに混ぜ、生でやたら食べたせいだ。仕方なく、焼酎の量を少なめにする。10日後に果実を取り出し、3ヶ月寝かせると、美味い酒に変身する。楽しみ~。

 焼酎は昨日、スーパーで買っておいた。去年買った900mlの瓶がなく、1800mlの紙パックにした。1,180円とお買得。腐るものではないので、余った分は床下の保存庫にしまっておく。


 調べてみたら、アカシア、ラベンダー、ライラック、ハマナス、サクラ等の花びらも、立派に「花びら酒」として漬け込めるらしい。手順はどれも大差ないが、残念ながら今年はどの花もすでに終わっているか、峠を越した。
 花びら酒の場合、開花のタイミングが大切らしい。どの花も身近で手に入るので、来年はやってみようかな。

2008年8月7日木曜日

雨月物語を観た

 BSの深夜映画で怪談特集をやっていて、溝口健二監督の「雨月物語」をまた観た。放送されるたびに必ず見るから、すでに2~3度は見ているはずだが、何度見ても面白い。これぞ名作。
 怪談物といいつつ、そう怖い映画ではない。ユーレイは確かに出てくるが、この映画は、「ユーレイも登場する人間映画」である。だから、ホラー映画を期待して観る人は、たぶん肩すかしを食らう。
 あらすじの詳細を書くのは控えるが、時代背景は日本の戦国時代である。主人公の男は貧しい農民で、農作業の片手間に陶器を焼いている。その妻と妹夫婦をめぐる物語だ。
 この映画のテーマは、イタリア映画の名作「道」に通ずる普遍のものだと、今回強く感じた。月並みだが、「人生で真に大切なものは何か?」という、重くて尊大なテーマである。そしてそれは、失ってみて初めて気づくということ。人間とは、そのようなものなのだろう。

 ラストで愛していた女が死ぬのは「雨月物語」も「道」も同じだが、「雨月物語」にはある種の救いを感じる。「気づいたときからでも、人生やり直しはきくかな…」と思わせてくれる。
 イタリア映画の救いようのない破滅的な終わり方も好きだが、たまにはこうして救われてみるのもいい。

 小説でも映画でも、その時の自分の年齢や環境により、読むたび観るたびに、違うものが見えてくることがよくある。
 還暦を間近に控えた我が身。年を重ねたことで、いままで見えなかったものが少しは見えるようになったのか。だとすれば、年をとるのもまた悪くないということになる。
 昨日新規に入ったフォト合成の仕事は、明け方4時までかかって仕上げ、即納した。今回の先方の要求は、以下の通り。

・曲がって写っている建物をまっすぐに直す。
・上に絞られた広角画像を、平行な形に戻す。
・余分な電柱、電線、高圧線、アンテナ等を消す。
・売り出し用のノボリを消す。
・空を明るい青空に入れ替える。
・建物の色を明るい感じに変更。
・車と花壇、花や樹木をバランスよく追加。

 およそこんな感じで、提供されたデジタル写真は1枚きり。難しい要求も中には含まれているが、すべてクリアした。依頼主は30年の実績を持つ広告クリエイターだが、ここまでやれるとは思ってなかったらしい。
 実はCGでデータを作る作業はごくわずかで、大半は写真修正の技術である。いつも遊びでやっていることが、こういう時に役立つ。アソビを馬鹿にしちゃならん。

2008年8月4日月曜日

絵になる窓

 玄関の南にあるFIX窓はかなり大きいので、陽当たりの面では抜群だが、表通りからのプライバシー面ではやや劣る。そこで木製の細い棒を格子状にして、窓の上3分の2くらいまで内側から取りつけた。
 材料は新築時に余った床材を電動ノコで根気よく挽き割り、カンナをかけて仕上げたので、タダ。もちろん、自作である。

 我が家は外部のガルファン鋼板や木壁の施工法、ウッドデッキの手すり、屋根の葺き方など、すべて縦で統一したいわば「縦の美学」をデザイン面では貫いているが、あえてこの部分だけを横にしたのは、「Too Much(やり過ぎ)」を回避するためだ。
 多くの「縦」の中に、あえて少しだけ「横」を入れる。そこが大事なアクセントとなる。同じ理由で2階窓のブラインドも横仕様。


 ところでこの玄関の窓からは、夏の期間だけ、タチアオイがちょうど見えるようになっている。この時期、階段の昇降のたびに鮮やかなタチアオイの赤が目を楽しませてくれる。今年はタチアオイの「額縁役」として、ツタの葉も加わった。
 この種の窓を「ピクチャーウィンド」と呼ぶことがある。
 我が家ではこの種の窓を結構意識していて、居間からウッドデッキに出るテラス窓にも、掘りごたつに座った位置からちょうど見える位置に、木々や花が見えるよう配慮してある。
 2階への階段を昇りつめた位置にある窓からは、季節と時間によって昇る途中に天空に月がくっきり見えるし、昇ったあとでは、隣地に借景として立っている大きな木が正面に見える仕組みだ。

 月や山、すでに生えている木などを「ピクチャー」として取り入れたい場合は、設計時点から窓の位置や高さを慎重に決める必要がある。階段前にある窓はその例で、設計者や住み主のセンスがある程度必要だ。
 対して、玄関や居間の窓から見える木や花は、そうなるようにあとから木々を植えた。このやり方なら、家を建てたあとでも充分窓の「ピクチャー化」が可能で、それらの窓は日々の生活に充分な潤いと安らぎを与えてくれるだろう。

2008年8月3日日曜日

ふるさと紀行

 朝7時半に全員起き、前夜から準備してあった品々を息子の車に積み込み、8時半過ぎには故郷の幌加内町にむけて出発した。
 行きの運転は息子。助手席では私がナビ役をし、後部座席では妻がのんびり荷物番である。

 前夜の暴風雨も止んで、曇天ではあるが、まずまずの日和。高速に乗り、雨がまた降り出すのが怖いので、途中休憩なしで10時50分には早くも幌加内町に着いた。
 秩父別町まで高速がつながって、以前よりはかなり故郷が近くなった。あくまで、「高速代2,700円を惜しまなければ」という前提ではあるが。
 11時過ぎに道の駅でトイレ休憩。駐車場で持参のオニギリを食べる。

 まずは墓参りと、懐かしい山や街並みを通り抜け、町営墓地に直行。きれに整備された墓地は、10数年前に父と訪れたときより、墓石の数々が立派になっていて驚いた。
 狭い墓地なので、本家の墓はすぐに見つかった。しばらく墓参した形跡がなく、草取りと墓石の清掃にかなりの時間を費やす。家紋が父から聞いていた五三の桐で正しかったのか、やや不安だったが、間違いなく五三の桐でほっとした。
 花はでがけに自宅の庭で摘んだアジサイと白のタチアオイ。他家と比べると実につましいが、丹精こめて自分で育てた花だから、ご先祖様もきっと喜んでくれただろう。

 お茶と供え物の菓子を下げ、さて墓近くの土を持ち帰ろうとシャベルを探したら、どこにもない。前夜、あれだけリストアップしたはずなのに、玄関横にたてかけたのを入れ忘れたらしい。
 仕方なく、手ごろな石ころを使ったが、土が硬くてうまくいかない。息子がどこかで見つけてきた割れた皿を使ったら、何とかきれいな土を一握り手に入れた。あとはお彼岸にでも、これを札幌の新しい墓に移すだけだ。


 雨にも降られず、今日最大の用事を無事に終えたら、ちょうど正午。近くに住むカズノコさんのお宅にうかがう約束は午後1時なので、時間つぶしに、私の通った小学校に妻と息子を案内した。
 小学校は去年廃校になったが、芝生のグランドはパークゴルフ場に整備されていた。校庭にある大木は、50年前のたたずまいと少しも変わっていない。

 ついでに、私が生まれ育った山奥の地まで車を走らせる。徒歩だと子供の足で1時間近くもかかったが、車だとわずか5~6分とあっけない。
 橋は新しいコンクリート製に変わっているが、下を流れる雨龍川は、当時と変わらぬ清流である。
 画面中央右の川岸に我が家は建っていたが、周囲は耕作もされずに荒れ果てている。人の気配は全くなく、漠とした荒野がただ広がっている。はるかな時の流れを感じた。


 その後、朱鞠内湖近くの学校跡に住むカズノコさん宅を訪問し、持参した手作りの「BOXチェア」をプレゼント。賢そうな黒ネコの歓迎を受けつつ、1時間近くあれこれ話す。
 膨大な広さの庭が壮観。丹精こめた宿根草が美しく咲いていた。内外とも穏やかな空間が広がっている。少しずつ手を加えれば、徐々に自分らしい住みやすい場所になってゆく予感がした。
 帰り道、私の生まれた集落に20数年前から住むYさんのお宅を伺うことになった。Yさんとは全く面識がないが、「都会から移り住んだ酪農家&ステンドグラス作家夫婦」として、ラジオやテレビで以前から知っていた。
 一度お話ししたいとずっと思っていたが、いつも墓参りの折、自宅の横をただ通り過ぎるだけだった。カズノコさんと親しい間柄であることを知り、今日は直前に電話していただいて、図々しくお邪魔した。

 ご主人と二人のお子さんも家にいて、これまた不思議な内外の空間を、短い時間に案内していただく。手作りのアート作品の数々は、よい刺激と創作のヒントになった。やっぱりプロのアーチストはすごい。
 Yさんは、美大で同じくアーチストをめざしているお嬢さんと、定期的に札幌で個展を開いている。次回開催時に知らせていただくよう、名刺を置いてきた。

 幌加内名物のおいしい手打ちソバも食べ、帰りは私の運転で車を発進させたら、まるでそれを待っていたかのように空から大粒の雨。帰路はちゃんと休憩もとり、夕方6時に無事家に着く。
「実にシゲキ的な一日だった~」と同行の妻。「私も、ちゃんと庭作りをやろっかな…」なんて言っている。まずは草取りからネ。

2008年8月2日土曜日

墓参りグッズ

 朝起きたら、ひどい暴風雨。ほとんど台風並みだ。本当は今日、息子の車で故郷の幌加内町に墓参りに行く予定だったが、息子の到着が昨日夕方、しかもその足で飲み会ということで、安全を考えて一日順延して正解だった。
 息子は結局友人宅に一泊。たまに帰ってもいつもこんな調子だが、よく考えたら、私の若い頃もこうだったような…。
 明日に備え、あれこれ準備。田舎の墓地なので、水があるかどうかはっきりしない。安全を考え、ポリタンクに水を2本詰める。以下、最近テレビで知った「墓参りグッズ」である。

・線香セット(線香、ローソク、マッチ、ローソクフード)
 ローソクフードは風で炎が消えないためのもので、今年墓を買ったときに貰った。
・仏花(2セット)
 買うつもりでいたが、庭のアジサイが盛りなので、切って持ってゆく。
・飲み物と湯のみ(供え用:水、お茶、ビール、酒など)
 今回は、自分たちの分もかねて、麦茶を持参。
・供え物の菓子
・水(お墓にかける)

 大きな民間霊園の場合、すべて売店で手に入る。しかし、結構高いので、自分で準備していったほうが安上がり。田舎の墓なら、全部用意して行くのが無難だろう。
 幌加内町にある墓は、父方の本家の墓である。父は次男で、いわゆる「分家」として独立したので墓も別になるのだが、私の祖父や祖母が眠っていることもあり、墓を分けた報告もかねた墓参だ。
 本家の墓周囲の土を一握り持ち帰り、分家した札幌の新しい墓の中に入れるという、もうひとつの儀式もある。これにより、「先祖の土とひとつになる」という、重要な意味があるとか。

 明日は先週遊びに来てくれたカズノコさんのお宅にも所用があって、立ち寄る予定。カズノコさんはいま、古い小学校を改築した家に住んでいる。
 まだ住み始めてまもないので、今後の住み方暮らし方に関し、実際に家を見てアドバイスする約束になっている。古い学校をDIYで改装してゆくというシチュエーションはかなり面白そうで、デザイナーの好奇心をそそられる。
 詳細は後日。