2011年6月30日木曜日

苦手な金もうけ

 しばらく顔を出してなかった母の施設へ行った。

 母は相変わらず元気でいたが、今日は熱心におしぼりを巻く作業の手伝いをしていた。私にはすぐに気づいたが、作業の手を休めようとはしない。ヘルパーさんが、「施設の仕事を手伝ってもらってます」と、何だか申し訳なさそうに言う。
 数ヶ月前に届いた施設からの書類で、「介護の一環として、軽作業をお手伝いしていただきます」と記されていて、その件は了解済みだった。
 母が手を休めないので、私も一緒になって手伝った。おしぼりとはいえ、100枚近くはありそうだ。これを三つ折りにし、さらに端から固く巻く。途中で母から「巻き方が雑だ」と手直し命令が下る。
 母は手先が器用で、根が真面目。実にていねいにきちんと巻いている。61歳の息子が91歳の母から指示されていては仕方がないが、母の器用さや生真面目さは、私にも脈々と引き継がれている。素直に従って巻き直した。

 しばしたって、先ほどのヘルパーさんがやってきて、家族の方にまで手伝っていただくわけにはいきません、どうぞゆっくりお話しくださいと、まだ残っていたおしぼりを片づけてしまった。
 母はもっとやりたそうだったが、私が帰ってから続けてもらうことにし、その後しばしの雑談。相変わらずとりとめのない昔話だが、それでよいのだ。


 夕食の準備が始まったので、適当なところで帰ってきた。面談はやはり3時前がいいのかもしれない。
 その後、しばらくごぶさただった都心のカフェ、カエルヤに寄る。平日の夕方とあって、店は空いていた。

 かねてから噂を聞いていた新入荷の高級手作りギターを見せていただく。写真のように普通のギターよりも小ぶりで、ギタレレに近い感じだ。弾いてもよいというので恐る恐る手にとってみたが、なんとなく懐かしい音がする。
 ヘッド部分には美しいカエルの象眼があり、楽器というよりも工芸品の印象だ。定価60万円の値札がついていたが、もしかすると簡単には売れないような価格設定をあえてしたのかもしれない。
 ちなみに、作者は店主U子さんのお兄さんで、自らもさまざまな楽器を奏でる方だとか。U子さんのご主人もオリジナル曲を作って歌う方。先日拝見したお姉さんとお母様の個展でも驚かされたが、まさに芸術一家である。

「あれこれやってますが、苦手なのは唯一お金もうけです」とはU子さんの弁。それって私ら夫婦と一緒ですよ、とオチがついた。

2011年6月29日水曜日

よもぎパンケーキ

 久しぶりに30度近くまで気温が上がった。アカシアの花で果実酒が作れることが分かり、半年前に作ったリンゴ酒も残り少なくなってきたので、さっそく散り始めた花を摘みとり、コーヒーの空き瓶に漬け込んだ。

 昨年同時期に「よもぎパンケーキ」なるものを作ったことを思い出した。周辺空き地に自生するヨモギを使ったホットケーキのようなもので、引き出しを調べてみたら、1年前に賞味期限の切れたホットケーキの素を1袋発見。調べても傷んでいる様子はない。構わず使うことにした。
 昨年のレシピを残してあったので、あまり問題なく3枚が焼けた。ホットケーキの素200g、卵1個、牛乳140cc、ヨモギ少々、といった材料である。ヨモギをゆでて冷水に浸し、みじん切りにして混ぜるだけで、あとは普通に焼けばよい。


 今回、ホットケーキの袋に書いてあった方法で焼いてみた。それは油を薄く敷いて強火でフライパンを熱したあと、いったん濡れフキンで熱を冷ます、という手法。熱が均一化されるのか、こげずにうまく焼けた。

 3枚は多すぎるので、1枚だけをニワトコジュースと共に美味しく食べ、妻の発案で残り2枚は4分割し、2切れずつをラップして冷凍保存。あとで試してみたら、40秒の電子レンジで美味しさが戻る。安上がりでオヤツを済ませるよい方法を見つけた。
 ホットケーキは幼き頃にも、小麦粉とふくらし粉を使ってよく焼いた。当時からオヤツは自分で作る「一人上手」だったが、その感覚はいまでもちゃんと憶えているから不思議。

2011年6月28日火曜日

ラジオ出演と時計台

 地域FM放送局のラジオ出演のため、午前10時過ぎに家を出る。歌の予定はなく、身体ひとつで行けばよい。ライブよりは気持ちがずっと楽である。
 FM三角山放送局には車で30分弱。以前に一度行ったことがあるので、迷わずに約束の15分前には到着した。

 放送局は古いレンガ倉庫を改築した建物で、写真のように壁一面にツタが繁っている。前回行ったのは冬だったので気づかなかったが、節電に大きな効果があるというアイビーハウス、我が家と同じコンセプトで、ちょっとうれしくなる。


 担当のWさんと本番までの時間を雑談。アナウンサーとの事前打合せは全くなしで、進行は事前にFAXで送ったアンケートだけでやるという。数年前に別の局に出演した際も似たような進行だったが、これがラジオ風のやり方らしい。入念にリハを重ねるNHKテレビ等とは全く異なるアバウトな手法だが、何とかなるだろうと腹をくくる。
 予定では11時20分から本番だったが、5分ほど遅れた。こちらもアバウト。CM中に担当の吉田アナウンサーと簡単な打合せ。吉田さんのご主人と私とが同窓であることが分かり、放送とは全く関係ないところで盛り上がる。
 やがて本番。ちゃんとしたスタジオでやっているのだが、過去に何度か経験があるので、あまり緊張することもなく、普通の雑談のように話が自然に進む。吉田さんの場のさばきは非常に巧みで、さすがはプロと感心させられた。

 調子に乗ってちょっと話しすぎたかも?と、20分ほどの放送が終わってから反省したが、終了後に渡された収録MDを自宅で聴き直してみたら、まずまず落ち着いて話していた。
 ただ、いつものクセで、少し早口の部分が相変わらずある。吉田アナはプロなのでちゃんと聞いてくれたが、視聴者は聞き取りにくかったかもしれない。久しぶりのラジオだったが、楽しいひとときだった。


 夕方、音楽仲間のYUKIさんが時計台ホールでゴスペルのコンサートを開くというので、疲れてはいたが、いただいたチケットを無にしてはいけないと、またまた出かけた。
 先生1人(男性)、生徒11人(全員女性)のグループ発表会である。これを時計台ホールでやれるところがまずすごい。ゴスペルは天井の高い時計台ホールに向いているかもしれない。120席の会場は、ほぼ満席だった。
 キャリア10年とあって、全員のツブがそろっていた。マイクを8本も使っていたので、音量も抜群。ただ、ラスト1曲以外は伴奏にすべて録音演奏(カラオケ)を使っていた点には違和感を感じた。思い込みかもしれないが、ゴスペルのイメージは無伴奏か生伴奏である。時計台ホールにはピアノが常備されているので、生伴奏で聴きたい気がした。
 全11曲のうち、途中に生徒のソロを部分的に入れた曲が2曲あった。こうしたメリハリがもっと多くあれば、さらによかった気がする。

 時計台ホールに入ったのも、これまた久しぶり。独特の空気感が漂っている。やはりいい空間である。全員が終始気持よさそうに歌っていたのが印象的だった。

2011年6月27日月曜日

ラジオの出演予定

 先日のブログで予告した私のラジオ出演の放送予定は、以下の通り。

FM三角山放送局~おはよう!ママゾネス

 6/28(火)11:20~35「我が町のエンターテイナー」のコーナー
(同内容が同じ日の23:20~35に再放送されます)

・地域で活動する芸人にスポットをあてたトーク番組。
・歌の予定はありませんが、場の流れで何か歌う可能性あり。
・視聴は以下のアドレスより、ネット放送でどうぞ。
(札幌市西区の放送エリアの方は、FM放送で直接受信が可能)


 ところで、昨日のブログに書いた笛部whoabooさんの最新YouTube画像を見つけた。3年連続の全国大会進出を決めた今年1月の全道大会の様子である。何度見ても素晴らしい。

 基本的な演奏技術や編曲の巧みさはもちろん、目と仕草だけで進める演奏の呼吸、計算された衣装と立ち位置。演奏中に自在に身体の向きを変え、寄り添ったり離れたり、足踏みしたり、時には客席に背を向けたり…。シンプルだが自由で創造的で実に楽しい。音楽の原点を感じる。金賞に相応しいパフォーマンスだ。
 調べてみたら、最初のステージから年毎に変化し、着実に進歩している。あくなき向上心と練習の成果だろう。ジャンルは全く異なるが、非常に参考になる。
「これでよし」と自己満足した時点で進歩は止まるもの。目指す道はまだまだ果てしないということだ。

2011年6月26日日曜日

篠路コミセン・ロビーコンサート

 震災復興支援ロビーコンサートが、近隣の篠路コミュニティセンター(篠路コミセン)で実施された。ロビーコンサートの企画者がそもそも私であり、出演と音響ボランティアもかねている。重責であり、大きな失敗は許されない状況だった。

 音響担当の集合は11時だったが、行ってみるとすでにロビー内には50席の椅子が整然と並べられている。椅子の配置には関知してないが、もっと自由な置き方をイメージしていたので、少し戸惑った。なるべく多くの席を確保しようとすると、こうなるのだろう。


 2週間近く前に一度リハーサルはやっているので、あまり問題なく15分で設置は終了。その後、まずは私自身のリハーサルを始める。
 やり過ぎは禁物なので、適当なところで切り上げ、他の出演者の音響チェックと司会者との打ち合わせ、入替え時の手順などを細かく詰める。


 予定通り13時半からイベントは始まったが、最初に登場した被災地支援グループ、「むすびば」の報告会とドラムパフォーマンスが予定より長引き、開演が30分遅れとなった。
 この種の想定外はライブでは起こりがち。予定曲は省略せず、入替えを手早く進めて時間を詰めることになった。会場はほぼ満席。スタッフや出演者を加えると、全参加者は80名ほどか。
 オカリナワンワンの演奏がまずあり、次が私の出番。入替え時間を使ってオカリナのリーダーがインタビューを受けていたが、ここで司会者のマイクの音が突然出なくなった。あわてる施設側担当のYさん。
 司会者用のマイクは施設側の備品だったが、開始時に少しノイズが入るのが気になっていた。スタンバイはほぼ終わっていたが、急きょ私が持参した予備マイクを取りに、いったんステージを降りる。

 Yさんと共に素早くマイクを交換。ダメージは最小限で済んだが、ノイズに気づいた際に交換しておけばと、少し悔やむ。


 何事もなかったようにステージ開始。MCなしでいきなり「カントリー・ロード」から始め、2曲目の前に簡単な自己紹介する。その後、「赤い花白い花」「浜千鳥」「北の旅人」「野ばら」「いい日旅立ち」と歌う。
 冒険は避けたので無難にこなした。会場の音響のよさにも、かなり救われた印象だ。妻と職場の友人2人、ライブ酒場「Life」のマスターとママさんが多忙のなか応援に来ていただき、ありがたかった。
 Lifeのマスターは「ラストの曲がよかった」との感想。ラストは特に想いをこめて歌い、ステージ上でも手応えを感じた。聴き手には届いていたと思う。


 その後、リコーダーの笛部whoaboo、盛岡さんさ踊りの久住健二さん、女声コーラス藍と続く。その後、音響に関する問題は起きず、こちらもまずまずの出来だった。

 特筆すべきはリコーダーの演奏で、非常によくまとまっていた。聴き手をビジュアル面でも楽しませる工夫があり、見ていて楽しい。アレンジも巧みで、ほとんど自分たちでやっているそうだ。
 演奏後のインタビューで披露していたが、何と3年続けて全国大会出場。過去2年は全国金賞に輝いているそう。さすがだ。


「ぜひ私たちの集まりでも歌って」と、2つの組織から声をかけていただき、さらには「"北の旅人"を聴いて自然に涙が流れた。感動した」と、見知らぬ同年代の男性から言われた。
「北の旅人」はあちこちで歌っているが、この曲で泣かれたのはたぶん初めてだ。

 そのほか、先の笛部さんのスタッフの方(これが施設担当のYさん)からは、「今度コラボ演奏をやりませんか」と声をかけていただいた。レパートリーに大きな隔たりがなく、ボランティア演奏も多数やっているらしい。
 絵本読み聞かせとのコラボなど、新しいものへの挑戦もしているようで、その一環としてご一緒できるなら、うれしい限りである。
 終了後、館長さんと担当のYさんから労われる。トラブルもどうにか乗り切り、発案者として最低限の責任は果たせたと思う。

 雑談のなかで、はやくも次回の話が出た。「半年おきくらいに」と提案しておいたので、その通りだと次回はクリスマス前の12月ころか。開始時間を少し遅らせ、キャンドルかイルミネーションの中で歌えたら楽しそうだ。夢はつながってゆく。

2011年6月24日金曜日

コンサートBGM

 地域センターのロビーコンサート担当のYさんから連絡があり、コンサートの前後に場内にBGMを流したいが可能か、と問われた。何をどうつなぐかは別にし、技術的には可能だと応えると、ぜひやりたいという。
 一般のライブイベントでもしばしば用いられる手法だが、個人的にはあってもなくてもよいと思っている。しかし、担当するYさんの意気込みは尊重したい。
 あれこれ話すうち、CD音源をMP3化しして手持ちのICレコーダーに入れ、PAにつないでやれば最もコンパクトで、操作も簡単であることに気づく。
 曲の選択は任されたので、ボーカルがなく、穏やかなイメージという条件で手持ちのCDを試聴しつつ絞り込む。迷ったが、当初考えたバロックのクラシックは気分が重すぎてボツ。クラシックで最も軽快なイメージのビバルディの「四季」と、南米の民族楽器ケーナでポップス系洋楽を奏でたものとを用意した。
 PAとの接続も試してみたが、手持ちのローランドCM-30はICレコーダーの再生はもちろん、マイク、ギターとのミキシングもミキサーなしで自在にできる。実に使えるヤツだ。


 夕方、センターに直接音源を持参し、館長さんに両方を聴いてもらう。(Yさんは急用で不在)「あまり重厚過ぎない」という考えは館長さんも同じで、ケーナの音楽集を流すことがすぐに決まった。

 このケーナのCD、かなり以前に100円ショップダイソーで買ったもの。車での長距離ドライブでしばしば流すが、邪魔にならず眠くもならず、ほどよい音が貴重だった。こちらも値段の割には非常に使えるヤツだ。
 夕食前の定例練習を済ませたあと、ケーブル類を中心に機材の点検をする。自宅練習用の機材梱包は直前までできないが、普段あまり使わない機材の事前点検は欠かせない。
 すべての機材には赤いテープを目立たない場所に貼り、さらに「TOM」と名前を書いて他の機材と紛れないようにした。歌い手と音響担当のWキャスト、ミスなく乗り切りたい。

2011年6月23日木曜日

被災者に寄り添う歌

 いつも通る散歩道沿いに「五戸の森」と呼ばれる、開拓時代から変わらぬ状態を保つ自然林がある。その道端にエゾニュウの群落が満開で、強い匂いをあたりに放っている。暗い森を背景に白い花が映え、妖しい雰囲気を醸しだす。

 実はこの花に関し、昨年もブログでふれたが、「エゾノヨロイグサかエゾニュウと思われる」と記した。しかし、セリ科の花であることは間違いない。
 名前はさておき、素朴なその佇まいが小さい頃から好きだった。YouTube掲載のオリジナル曲「野の花や」の背景画像でもこの花を使っている。曲の持つイメージにぴったりの花である。


 連日の30度を越す猛暑から、一転して寒くなった。昨日も今日も最高気温が17度。5月中旬の気候である。衣類や寝具の調節に忙しいが、ここで手を抜くと夏風邪を背負込む。月末にはまだ大事なライブを控えている。(この年になるとどのライブも大事だが)連日ショウガ湯を飲んで調整中。

 以前にもふれたが、月末に地域センターで実施のコンサートは、当初の私の企画書通りロビーで催されるが、東日本大震災のチャリティーとして位置づけられている。コンサート前に現地で支援活動をしてきたボランティアグループの報告会がまずあり、同時に「復興支援ミサンガ制作ワークショップ」もある。
 ワークショップの収益金は全額被災地に寄付し、これとは別にロビー内に募金箱も置かれる。
 安直な震災便乗型コンサートには抵抗があったが、ここまで徹底してくれると、文字通り「被災地支援」である。
 演奏曲目リストは事前に提出した。求められはしなかったが、(被災地支援にふさわしいものを…)という暗黙の了解があるのは明らか。当然ながらそれに沿った選曲とした。
 歌で被災地を支援するといっても、札幌の片隅にある地域センターで懸命に声を張り上げたとて、果たしてどれほど被災地の励ましになるというのだろう。どれほど被災者の心に届くというのだろう。下手をすれば、ただの自己満足に終わってしまう。
 被災地から遠く離れた場所にいる私たちにできることは、被災地の人々の心に少しでも寄り添い、復興を遂げるまで忘れずに記憶の片隅に残しておくことではないか。そして、身近な人々にそれを啓発し続けるのが歌い手の使命ではないだろうか。
 
 震災前にやったさまざまな施設での訪問ライブでは、「聴き手の心に寄り添う歌」を心がけてきたが、次回は「被災者の心に聴き手と共に寄り添う」そんな思いをこめて歌いたい。

2011年6月22日水曜日

震災以後の表現者

 地域センター図書館に寄り、ネット予約してあった「群像」の6月号を借りる。事前に登録しておけば、札幌中の公立図書館にある本の在庫チェックと予約ができ、順番がくると最寄りの地域センターまで届けてくれる。同時にメール案内も届くという、実に便利でありがたいシステムだ。
 最近本はあまり買わず、ほとんどこうしてネット予約して図書館から借りる。節約しつつ、少し待てば新しい本も読める。
 今回のお目当ては、川上弘美さんの書いた新作小説「神様2011」である。新聞の書評欄で「群像」の6月号に掲載されていることを知った。
 最初の「神様」はASAHIネットが主催した「パスカル文学賞」の第1回受賞作で、1994年のこと。私がインターネットを始める2年前のことだが、今回の作品は17年後に書かれた「震災以後の世界」を描いた続編だ。
 元祖「神様」はネットで読んだ。私がネットを始めた大きな理由がこの「パスカル文学賞」に応募することだったが、残念ながら私がASAHIネット加入後にこの文学賞は打ち切りになった。

 しかし、パスカル文学賞に関わる会議室(いまでいう掲示板のようなもの)は細々と続いていたので私も参加し、短編を投稿して互いに批評しあったりしていた。
 すでに芥川賞を取っていた川上弘美さんが一度だけ会議室に現れ、メンバーに声をかけてくれたことがあった。「みなさんお上手に書かれてます」といった差し障りのない言葉だったが、現役芥川賞作家のコメントにメンバーは舞い上がったもの。

 以降、川上弘美さんの小説はかなり読んでいて、好きな作家である。うまく表せないが、力まずにボヤヤ~ンとした文体でさりげなく死生観や宇宙観などを書き綴っているところがよい。
 今回の「新・神様」にも、そのイメージがそのまま引き継がれている。主人公の女性もクマさんも相変わらずボヤヤ~ンとしつつも、冷静に震災後の世界を見つめ、足元を確かめつつ生きている。
 17年前の「神様」も同時掲載されていて、読み比べができる。川上弘美さんの「あとがき」も実によい。読むと力が湧いてくる。人生で目指すものに大きな違いがないことを知り、彼女の文体が好きな理由がここにあったことも分かった。
 以前にもふれたが、震災以後の世界は劇的に変わった気がする。この日本だけでなく、文字通り「世界が」である。断片的に入る情報でもそれは分かる。震災を自分の中でどう捉えるか?そこがいますべての表現者に問われている。
 震災を境にブログをぱったりと止めた人がいる。知らぬふりを通す人もいる。一方で、震災を真正面から見据える人もいる。先日、作品展で見た恩師のO先生ご夫妻がその代表で、ウロヨロしていた私も大きな刺激を受けた。

 折も折、先週末に実施の居酒屋ライブで、若い歌い手2人がオリジナル・メッセージソングを続けざまに披露した。最近は曲作りともご無沙汰だったが、これら一連の出来事が引き金になり、「震災以後」を強くイメージした新曲がふって湧いたように完成した。
「雲や風と共に」というタイトルで、偶然だが、先の川上弘美さんのあとがき文と同じ世界観の詩である。

♪僕が僕であるために 僕はいまをただ生きるだろう…

2011年6月21日火曜日

ラジオに出ます

 一気に気温が上がり、自宅北側に設置してある寒暖計の温度は32度前後。アメダス値よりも高いが、日なたでの体感温度は間違いなく真夏到来である。
 壁をおおうツタの恩恵で、室内温度は29度止まり。1階床下に設置の堀コタツ内はさらに涼しく、ウロウロ外を出歩くより、家にいたほうがずっと涼しいのだった。

 上旬に仕込んだニワトコシロップ(エルダージュース)が完成し、いまが飲み頃である。特に今日のような暑い日には絶好。ソーダ水で割り、美味しくいただいた。
 去年よりも幾分砂糖を控えめにしたが、味は向上した感じがする。だいたい7月中旬くらいでなくなりそうなので、味見したい方は早めにおいでください。


 先日出演した「フォークうたごえまつり」は、舞台となった北海道神宮を放送エリアとする地域FM局が主催するものだったが、その放送局から番組への出演依頼があった。

我が町のエンターティナー」という番組で、地域で活動するパフォーマーにスポットをあてたもの。どうやら先日のライブMCで、「介護施設などのボランティアライブを中心に活動しています」と話したことが先方の興味をひいたらしい。
(そのFM局は高齢者や障がい者がパーソナリティーに多く参加している)

 平日の生放送だが、車で30分弱の距離。ラジオは以前にも生放送に何度か出たことがあるので、抵抗はない。仕事も開店休業中。ありがたくお受けした。
 ギターは持参しないが、無伴奏で何か歌うかもしれない。このFM局はインターネット放送を常時流していて、ネット環境さえあればどこでも聴ける仕組み。放送日は来週なので、後日このブログで詳細を告知します。


 仕事がなく、好天で暑く、しかも無風。すかさず「BBQやろうよ」と、妻が言い出した。燃料の炭は在庫があるが、食材がない。仕事疲れからか、外出したくないと妻がいうので、夕方5時過ぎに自転車に乗って調達に出かけた。
 焼き鳥セットとウィンナーソーセージ、そして野菜を合計1,000円分、適当に見繕って買う。酒類は節約して買い置き分で済ませる。家に戻ると妻が火をおこしていて、すぐにBBQ開始。なかなか気が回るではないか。

 今年初めてのBBQだったが、とても美味しく食べた。ツクネの串が絶品である。ウィンナーも美味い。「買い物上手ね」と、妻からもお褒めの言葉。屋外の食事はよい気分転換になる。たまにはやるべきでありますな。

2011年6月20日月曜日

信用できん

 つい先日、原発に関する日本世論に関してクソミソに書いたが、その後の世論調査で、少し潮目が変わった印象がする。
 昨日の地元紙に載っていた記事によれば、原発の廃炉を望む声が82%、現状維持が14%、とある。そのために不便な生活を強いられても我慢する、ともある。つい先日までの拮抗していた比率がまるで嘘のようで、にわかには信じがたいが、全国レベルの調査(全国世論調査会)なので信頼性は高い。

 ヨーロッパでの圧倒的反原発世論が影響した可能性もあるが、やれやれこれでようやく日本国民も先進国なみとなったわいと喜んでいたら、一方でトンデモナイ事態が進行していた。
 海江田某による「停止中の原発の再稼働を急げ」発言がそれで、先の世論調査に真っ向から抗うような問題発言である。


 あろうことか、菅首相自らもその発言を後押しする公式発言で追従。全く何を考えているのか。浜岡原発停止やエネルギー政策白紙撤回宣言で、少しはまともな首相だと思っていた矢先、これではとても信頼できるリーダーとは言えない。野党とは全く違う思惑からだが、この立場を続ける限り、やっぱり辞めてもらうしかなさそうだ。

 問題は代わりの選択肢がまるでないことで、大連立とやらを組んで野党から首相を選んだとしても、現状よりもマシな原発対策をとれる政治家がいるとはとても思えない。いくら民がカシコク学び、反原発のノロシを上げたとしても、残念ながら上に立つ政治家の頭の中は、いつまでたっても後進国のままなのだ。
 政府が盛んに原発を再稼働させたがる背景は、夏場のピーク時に電力不足となり、企業活動が停滞し、責任を追求されて支持率が致命的に下がるのを恐れるためだろう。献金をもらっている企業や、票をもらっている労組に対する配慮があるのだろう。
 つまり、向いているのは企業の側だけで、市井の国民のことなど構っちゃいない、自己保身まるだし政治家なのだ。

 こうなれば期待するのは、都道府県知事である。地方レベルでそれぞれの原発の再稼働を認めなければ、むこう1年で原発は自然に止まる。(定期検査の間隔から考えるとそうなる)つまり、国が何と言おうと都道府県知事レベルで原発は止められるのだ。
 以前に北海道の高橋知事の政策を批判的に書いたが、最近になってその高橋知事の政治姿勢が微妙に変化した。北海道に唯一ある泊原発の再稼働を現時点では認めず、一方でソフトバンクのメガソーラー発電所を北海道に誘致するべく、精力的に活動している。
 こうした道民の側に立った政策をとり続ける限り、私は高橋知事を支持する。こうなれば保守も革新もない。あるのは民意を反映した政策を進めるか進めないかだけだ。国政レベルでそんな政治家が今後現れなければ、選挙では白票を投ずるまでのこと。「出よ、緑の党」そう叫びたい。

2011年6月19日日曜日

アートな散策

 午後から車で都心に出かけた。先日、地域センターでのロビーコンサート音響テストの際、立ち会ってくれたオカリナの先生から、オカリナ演奏会の入場券をいただいた。一度も聴いたことがなかったが、せっかくの好意なので行くことにした。

 案内されたライブや作品展には極力行くよう心がけている。案内状はぜひ来て欲しい相手に送るもの。逆の立場になって考えれば分かる。その好意を無にしてはならないし、同じ表現者として参考になることも少なくない。
 歌い手はただ歌っていればよいわけでなく、他のライブを聴いたり企画したりするのも、立派な自分のコヤシなのである。


 駐車場から会場となる札幌市民ホールに向かう途中、最近できたばかりの創成川公園を通る。札幌の中心を貫く創成川周辺を整備してできた公園で、安田侃の彫刻を始め、さまざまなモニュメントが設置されている。
 市民の憩いの場をめざしているらしいが、その北外れに写真のようなステージ状の構造物を発見した。「さあどうぞここで歌ってください」そう呼びかけているように感じるのは、歌い手としての悲しいサガか。
 さっそく調べてみたが、イベント用に貸し出してはいなかった。募集しているのは樹や花の管理と、清掃のボランティアのみ。しかし、交渉の余地はあるかもしれない。


 すっかり道草をしてしまい、開演ギリギリに札幌市民ホールに飛び込む。全道から27組参加の大イベントである。
 予想外だったが、多くは10人以上の集団による演奏だった。どのグループもバックに流れるBGMに合わせて演奏し、指揮者はいない。正直に書くとどれも同じ音に聞こえてしまい、退屈した。

 部分的にソロ演奏を入れるとか、伴奏に生ギターを入れるなりして欲しいものと思い、次の予定があるので席を立とうとしたら、見事なハーモニーを取り入れているグループが登場して、座り直した。10人ほどの小人数だが、音程のブレも少なく、よくまとまっている。
 おそらくはリーダーのこだわりだろう。私はソロ演奏しかやらないが、集団で音楽をやる場合、リーダーの資質でほぼ全体のグレードは決まる。


 演奏会場から10分ほど歩き、次なる目的地の札幌市民ギャラリーへと向かう。先月の「叙情歌暦」のライブに来てくださった小学校時代の恩師ご夫妻が、ここでの作品展(全道展)に出品されていて、その入場券をいただいた。
 定年退職後にご夫妻で始めた趣味と聞いていたが、60歳を過ぎてから本格的に絵を始めるのもすごいが、全道展の会員となるのもまたすごい。そのあくなき好奇心と向上心に敬服する。


 ギャラリーには軽く100を超える大作が所狭しと並んでいて、圧倒された。新聞等でよく知られた芸術家の作品も並んでいる。
(写真は許可を得て撮影しています)
 ひとつひとつ興味深く見たが、自分好みの作品が必ずしも賞に輝いているわけではなく、公的評価と自分の嗜好には微妙なズレがある。音楽や文学でもそうだが、世の評価は絶対的なものではなく、しょせんこの世は趣味の問題である。歌い手ならば、自分の歌を気に入ってくれる人にだけ聴いてもらえばよいのだ。
 目的のO先生ご夫妻の作品は2階の奥まった場所に並んで展示されていた。畳2枚ほどの大作で、それぞれ「漁婦(1)」「病める牛~CRANIUM(2)」とあり、明らかに東日本大震災以後の世界をイメージしている。
 暗い海を背景に漁婦が握るギターは、なぜかネックが折れている。それを不安げに足元で見つめる子供。海も夫も奪われた漁婦には、悲しみの歌を奏でることさえ許されてはいないのだ。
 唯一の救いは、画面左隅で咲く小さな花々。この花に未来へのかすかな希望を先生は託したのか。

「病める牛」には全く救いがない。取り残され、放射能の風雨の中で息絶えたフクシマの牛。その頭骨(CRANIUM)から滴る真っ赤な血は、過ちを繰り返す人間への強い抗議だ。O先生(ご主人)のやり場のない怒りを感じる。
 他の作品にも「震災以後の世界」を想起させるものが数多くあった。表現者として東日本大震災を避けて通ることはできないはずで、音楽でも文学でも、プロでもアマでも、それは同じことだ。素知らぬふりを通すのもよいが、そうはいかない。
 70代の高齢ながら、震災に正面から対峙しようとしているO先生ご夫妻を、心から尊敬したい。

2011年6月18日土曜日

進化するライブ

 ご近所ライブ酒場「Life」での定例弾き語りイベント「おんはつvol.2」に参加。連日のライブであるが、この日を乗り切れば、坂は少し下り坂になる。

 ハードスケジュールのため、当初はパスする気でいたイベントだったが、マスターの熱心なお誘いに、ついフラフラと心が動いた。先月、かなりの無理をお願いして自主企画ライブをやらせていただいたばかりの店である。参加費も安く、(ワンドリンク1,000円)近いので時間もかからない。人間、義理を欠くといい目に合わないと相場が決まっている。ここは万難を排して行くべきだ…。


 開始は19時の予定だったが、この日は集まりがやや悪く、15分遅れでライブ開始。オープニングは今回もママさんを始めとする3人の琴演奏からだった。
 その後、マスターのギター弾き語りが続き、途中でママの琴演奏が加わった。事前に「琴とギターのコラボ演奏をやる」とは聞いていたが、この異色コラボによる「岬めぐり」が秀逸。歌の後半でママが琴を弾きながら二重唱で加わるという趣向で、つまりは琴の弾き語りである。初めて見る演奏スタイルだが、実に斬新だった。
 練習段階ではあまりうまくいってない、と聞いていたが、新しいものに果敢に挑戦する精神に脱帽である。


 私の出番は全7組中の4番目。ハードスケジュールなので早めの出番をお願いしてあったが、正解だった。
 曲は「桃色吐息」とオリジナルの「Teimi/丁未」。前回、予想外にオリジナル演奏が多かったので、今回は定番フォークへのこだわりを捨て、自分の好きなスタイルで選曲した。
 あまり練習してなかったが、実績のある曲なので、出来はまずまずか。自分の手応えとしては、この場では初披露の「Teimi/丁未」の反応が非常に良く、終了後にもいろいろ声をかけていただいた。

「丁未」は財政再建中の夕張市にある地名で、作詞とプロデュースは別の方だが、どこで歌っても受ける得難いオリジナル曲だ。
 この種の場でオリジナルを歌うのは冒険だと思っていたが、他に4曲あったオリジナル曲も見事に場を「切って」いた。2曲中の1曲はオリジナルで問題ない気がする。今後の選曲の参考にしたい。


 この日は初回に比べ、全体的に統一感のあるライブであった気がする。琴演奏1組、ギター弾き語り5組、ギターインスト1組といった構成だが、楽曲や演奏スタイルに大きく外れたものがなかった。
 喫煙場所を出入り口付近に限定してくれたので、紫煙に悩まされることもなく、快適な空間が確保されていた。
 演奏予定者に遅れてくる方がいて、少し時間の合間ができたとき、すかさず2巡目の歌を飛び入りセッション形式で入れ、場を間延びさせなかった。ギターテクニック抜群の方がいて、アドリブで瞬時に伴奏が入る。弾き語りの楽しさ、音楽の楽しさを感じさせる時間だった。
 演奏中の私語など、今後にむけての課題は多少あるにしても、2回目にして明確な方向性が打ち出せたのではないだろうか。確かに進化している。お店側の細かい配慮と努力のたまものだろう。
 聴き手も含めた全参加者は20名弱。初回よりも減っているが、楽しさの一点では逆に勝っていた。終わったらすぐに帰るつもりが、つい10時過ぎまで長居してしまったのがその証である。

2011年6月17日金曜日

忘れた頃に歌う

 先月の自主企画ライブから早くも1ヶ月が過ぎ去り、いただいた花束も少しずつ枯れ、最後に残ったツタも捨てようかとふと見ると、水につけてあった部分から、白い根が何本も出ている。ツタだけがいつまでも青々としていた所以は、どうやらこれだったらしい。
 ツタの苗は先日、近隣の百合が原公園温室から別の種類を買ったばかりだが、これも何かの縁と、捨てずに短く切り離し、手頃な湯のみに水を張って差した。おそらく切り離した茎からも発根するに違いない。たくましい生命力ではないか。

 ずっと使ってないはずの湯のみだったが、「これ、私のよ」と、妻からクレームがついてしまった。コップ類はいくらでもあるが、このまま水栽培を続けるか、あるいは培養土で鉢植えにするか、悩ましい選択だ。


 最近になって、「ウチの店でライブをやりませんか?」という、夢のようなありがたい言葉を相次いでかけていただいた。いずれも音響設備のない、ごくフツーのカフェ系の店である。
 先方はソロライブを望んでいる。PAは使えないか、使ってもごく小型のタイプで、小さなカフェだと必然的にそうなる。それはいいのだが、問題は先月自主企画ライブを大々的にやったばかり、というこちらの事情だ。
 以前にもふれたが、私の歌は続けざまに聴くような代物ではなく、知人に案内状を送ったとしても、受け取った側は迷惑だろう。場を変え、構成をガラリ変えたとしても、歌っている本人はそう劇的に変わるわけではない。「忘れた頃に歌う」くらいでちょうどよい。

 地区センターや介護施設のように私個人のお客様には依存せず、独自の聴き手がついているケースでも、同じ場で歌うのはせいぜい年に2度が限度。望ましいのは年に1度ペースである。
 先方には率直にその事情をお話しし、少し間を置いてからぜひお願いします、ということにしていただいた。晩秋あたりに、どちらかのお店でやらせていただくかもしれない。半年空ければ何とかなる気もする。精進を重ね、せいぜい歌の貯金に励むことにしよう。

2011年6月16日木曜日

お祭りな一日~後編

(前編からの続き)
 ギャラリーを出たあと、さらに西へ2駅進むと目的の北海道神宮がある。歩く元気はまだ残っていたが、歌う分の気力体力を温存するべく、素直に地下鉄に乗った。
 最寄りの円山公園駅から社務所までの緩い昇り坂をまたかなり歩き、会場に着いたのは17時半近く。大半の出演者はすでに楽屋に集合していた。

 たまに行くライブハウス「ありがとう」の常連二人とここで会う。今回のライブ「フォークうたごえまつり」に出演することは誰にも言わず、ブログ等でも具体的には一切ふれなかったので、「出るんですか?」と怪訝そうな顔をされた。
 出演は生楽器使用のソロかデュオ、歌えるのは日本のカバー曲限定である。しかも1組1曲5分以内という制限があり、まさに一発勝負の難しいイベントだ。ステージは境内にある土俵で、ここに照明やPAをセットして歌う。
 9回目となる今年の参加者は15名だった。私は3~5回まで連続3度出たが、当初は少なかった参加者も口コミでじょじょに増え、いまでは毎年抽選で決めるほどだ。
 4回目までは1組2曲歌えたが、人数増加と共に5回目からは1曲になり、最大10組だった参加もこの回から15組に増えた。

 4年前の5回目を最後に出演してなかったのは、他のライブが忙しくなったことと、参加人数の増大がある。出演に若い方がじわじわと増え、イベントの色模様も次第に変わってきたことも理由のひとつだ。いまさら還暦シンガーの出番でもあるまい、と思った。
 4年ぶりにエントリーしてみる気になったのは、昨年末に届いた見知らぬ方からのメールがきっかけだ。このイベントに関する記載があり、私のステージも観ているような様子だった。それ以前から(60代でもう一度だけ出演しておきたい…)という考えが心の隅にあり、「もしかしたら来年出るかもしれません」と、返信してあった。
 あとで知ったが、今回の申込数は35組だったそうで、厳しい倍率である。楽屋入り直後に掲示されたリストを見ると、私の出演順は15組中のラスト。最初に出た際もラストだったが、正直あまり好きな順番ではない。しかし、記載された年齢をみると、私は突出した最高齢者。私の次が49歳で、50代は誰もいない。まさに孤高の人である。
 出演者も出演順もあくまで「抽選」ということなので、黙って受け入れるしかない。


 予定通り18時からライブは始まった。主催は地域FM局なので、時間にはシビアである。雨は降っていないが気温は低く、客は例年より少なめ。しかし、ざっと100名は集まっている。
 入れ換えを含め、30分で5組歌うので、私の出番は19時半近く。たまたま楽屋に居合わせたYUKIさんという顔見知りの女性や、先のライブハウス仲間の写真撮影をしつつ、他の見知らぬ出演者の歌に耳を傾ける。

 今回は若い方に素晴らしい歌い手がいた。中程で歌った児玉梨奈さんの「童神」には琴線が揺さぶられ、小林純平さんの「ひこうき雲」には心が洗われた。
 二人とも突出したギターテクニックがあるわけでなく、単純なストローク奏法なのだが、歌そのものに独自の世界観がある。それが何かを説明するのは難しいが、もしかすると歌には人生で目指すものが表れてしまうのかもしれない。それが自分の精神とシンクロすると、心が呼応するのかもしれない。
 あれこれあって、ようやく私の出番がやってきた。気温はますます下がって、司会者の女性も「寒いですねぇ」を連発。寒さを見越し、私の衣装は先月の青空ライブと同じ防寒スタイルで、これが正解だった。
 歌ったのは長渕剛の「しあわせになろうよ」。妻との真珠婚や還暦コンサートなど、節目のイベントだけで歌っている思い入れの強い曲である。今回がラストかも…、と覚悟していたので、魂をこめて歌った。

 あたりはすでにとっぷりと暮れ、聴き手は少し増えた感じだが、何せ寒い。歌い手も聴き手も凍りつくとはこのことだ。
 慣れた場なので上がることはなく、大きなミスもなく歌えた。高音部の聞かせどころもまずまず。ただ、歌詞やコードのミスが怖く、歌いながら会場に目をやる余裕があまりなかった。もっとも後半に視線を上げてみたが、暗いうえに照明がまぶしく、会場の様子は全く見えない。
 場の反応は感覚でつかむしかなかったが、終始シンと静まり返っていた。これが寒さによるものなのか、はたまた歌の力によるものなのかは不明。歌い手としては後者と信じたいが、ともかくやれることはやった。
「もしかすると最後」かもしれないこの場この時を、確かに記憶に刻んだ貴重な時間である。

2011年6月15日水曜日

お祭りな一日~前編

 北海道神宮祭(札幌まつり)の中日である。この日を休みとする地元企業も少なくない。北海道民にとっては、かなりのオマツリ日なのである。
 例年は仕事に追われている時期だが、今年に限れば忙しさとは無縁。忙しい人もたぶんいるとは思うが、天秤座の我が身は今年最大の絶不調月である。運は天にゆだね、ジタバタせずに目の前にあるお祭りスケジュールに身をまかせることにした。
 昨日仕上げたライブCDやら著書の付録やらをまとめてメール便でまず出し、その足で郵便局に行って用足し。いつもなら歩いてゆくが、スケジュールの押し詰まった今日はロスと疲労を避け、車で手早く済ませた。
 その後、夜のお祭りイベントライブに参加するべく、自宅で軽くリハーサル。1曲だけなので、野球に例えるならワンポイントリリーフか。90分の先発完投型ライブに比べれば楽といえば楽だが、一発勝負の怖さがある。
 ライブ前に別の用事があるので、ギターをソフトケースに収めて背負い、早めの15時過ぎに自転車で家を出た。


 最寄りのJR駅から札幌駅に向かう。お祭りなので車内は混んでいる。それを見越し、スリムな背負い型ソフトケースを選択して正解。
 札幌駅から地下にもぐり、最近完成したばかりの大通り駅までの地下通路を初めて通る。札幌駅と大通り公園とを地下で結ぶという市民悲願の通路だったが、開通式が東日本大震災当日の3/11という因縁で、ほとんどニュースでは取り上げられず、開通イベントもすべて中止となってしまった。

 1キロほどの距離を10分かけてゆっくり歩いてみたが、たいそう立派である。広くて明るく、両側に商店街がないので、すっきりしている。調べてみたら、通路両側に10カ所ほどある「たまり」(写真下の左)を、イベントやライブに貸し出すそうだ。料金もそれほどではなく、身元がアブなくなければ、誰でも借りられる。
 実にそそられる場所だ。この一角を借りて、シャンソン&クラシック等のマニアックな路上ライブを通行人に仕掛けてみたい。誰も相手にしてくれないか?はたまた…。


 その後、地下道を延々と歩き、途中で地上に出て大通り公園をさらに西へと歩く。11丁目にあるコンチネンタルギャラリーで、なじみのカエルヤ珈琲店の店主、U子さんのお姉さんとお母様が共同で催している作品展に顔を出す。
 以前にカエルヤに顔を出した際、時折お店を手伝っているお姉さんから直接案内状を手渡された。

 ギャラリーは閑散としていたが、興味深い作品があちこちに並んでいて、好奇心をかきたてられた。写真はU子さんのお母様(真田由美子さん)の作品群。ギャラリーにいらしたのでご挨拶したが、私よりも少し上の年代である。
 しかし、作品は古い風呂敷や使用済みの日めくりを畳1枚ほどの黒い板に貼りあわせたものなど、実に自由な発想で作られている。
 真田さんのギャラリーを一巡すると、奥の一部が次の部屋へと何気なくつながっていて、そこをくぐると見慣れたカエルの絵が突然現れた。福士ユキ子さんの作品群で、油絵が中心。
 カエルヤ珈琲店でみかけた作品もいくつかあり、さまざまなカエルたちが額縁の中で跳ね回っている。「鳥獣戯画の油絵版」といった印象。面白い。
 お二人の作品群に共通しているのは、年齢を超越した遊び心である。それを母子で一緒に都心のギャラリーでやれるところが素晴らしい。その魂は、同じく都心でカエル狂のためのカフェを大真面目に営業しているU子さん(娘であり、妹である)の遊び心と、確かにつながっている。

 入口に置いたギターを再び背負い、次なる目的地に向かおうとしたら、ユキコさんのリクエストにより、今夜の予定曲をワンフレーズだけ無伴奏で歌わせていただいた。立派なアソビ仲間である。
(長いので夜の部は明日に続きます)

2011年6月14日火曜日

ロビーコンサート音響テスト

 月末に地域センターで実施のロビーコンサートの音響テストが夕方にあるので、機材一式を梱包しつつ、昨日不都合のあったCDラベルのダイレクト印刷に関し、あれこれ調整した。
 CDと全く同じ12.5センチの円を画像ソフトで作り、何度が試すうち、単なる印刷設定ミスであることに気づく。「画像を用紙の中心に印刷」のチェックを外せばよかったのだ。
 気づいてみると単純だが、パソコンとOSをそっくり変えてしまうと、これまで調整してあった設定がクリアされるので、こんなことが起きる。

 ふと気づくと、待ち合わせの時間が迫っている。あわてて機材を車に積み込んで出発。6時ぴったりに着いたら、担当のYさんが玄関まで迎えに出ていた。


 機材を搬入し、すぐに組み立てる。ステージとなる場所には、畳3枚ほどの台が仮設置されている。
 大きな問題なく設置は終わり、軽くマイクテスト。スピーカー位置がステージやや後ろではハウリングが起きてしまい、ステージ先端に出すと起きない。マイクを最大2本使うので、普段とは位置関係が異なるらしい。

 持参したギターでアルペジオ奏法の「夏の思い出」とストローク奏法の「宗谷岬」を歌ってみたが、音の返りが抜群によいので、モニターは全く必要ない。残響時間がほどよく、非常に歌いやすい場である。
「宗谷岬」で、マイクが2本オン状態だと、微妙にハウリングが起きることが判明。サウンドカバーをせずに弾いたエレアコとの関連もあるかもしれない。私の演奏時は、マイク1本だけをオンにすることが決定。
 その後、同席していたオカリナ演奏の方が持参した伴奏用のミニアンプをテストする。オカリナのBGMに使うそうだが、ミニアンプからの出力をミキサーのライン入力につなぐと、簡単にミキシングができた。ハウリングも起きない。
 司会者の分を含め、マイクが3本、ギターシールドが1本、ミニアンプ入力が1本と、ミキサーについている入力をフルに使うことになった。
 メインで使うローランドCM-30のパワーは抜群だった。出力30Wだが、100人以内の場なら、どこでもこれ1台でOKかもしれない。(今回のコンサートは80席)なかなか頼もしいヤツだ。

 あとは当日の午前中に全出演者が集合し、最後のリハをやる予定。司会進行はNHK札幌でキャスターを務める千葉真澄さんがボランティアでやってくれるそうだ。テレビにいつも出ている方なので、ちょっと驚いた。
 また、別の地元テレビ局が取材にくる話も進行中。思っていたよりも話が大きくなってきたが、どうも担当のYさんの尽力らしい。Yさん、いまはセンターの図書室で司書をやっておられるが、以前は音楽関連の会社に勤務していて、ポプコンの事務方をやっていたとか。音楽放送関係では相当顔が広いらしい。