2014年5月30日金曜日

CD販売100枚突破

 滑ったり転んだりしつつも、チカホ(札幌駅地下歩行空間)のチカチカパフォーマンスで頒布中の500円版手作りオリジナルCDが、ついに販売数100枚を突破した。
(無料謹呈分を含まない、純粋な販売数)
 販売開始が2012年10月で、20ヶ月延べ42日間。日平均2.4枚で、細いが長く確かに続いた。

 このCD、原則としてチカホ以外では売っていない。アマチュアのCDを委託販売してくれる店も、市内にないではない。時流に乗って、ネット通販という手段もあろう。しかし、いまのところチカホでの手売り以外は頭にない。
 非常にアナログ的ではあるが、「自分の歌を生で聴き、気に入ってくれた方に対面販売」という限定手法に、あくまでこだわりたい。


 他に紙ジャケ仕様の3曲入り200円のCDもあって、1枚あたりの利益率は500円版のほうが、やや高い。200円版は販売開始が半年遅く、予算がない方へのサービス品のような位置づけだが、こちらも500円版の半分弱ほどのペースで売れる。

 チカホでは同じ方が繰り返し立ち止まって聴いてくれていることが、最近になって分かった。構成が単調にならぬよう、ステージ毎に毎回さまざまな工夫をこらしているが、そろそろ新しいCDを出すべき時期かもしれない。
 次回がもしあるとするなら、どんな切り口にすべきなのか、しばらく発酵期間が必要のようである。
 自宅裏庭のライラックがピークを迎えた。その横のミズナラの根元に植えたスズランが8分咲きほど。14年前に1株だけ植えたが、場所が合っていたのか、地下茎でどんどん増えている。
 スズランの奥には、アイリスとシナノナデシコが開花準備中。こちらも10年以上が経つが、たいして構ってやらずとも、律儀に毎年花を咲かせてくれる。細くとも、長く。

2014年5月29日木曜日

チカチカ自信回復

 月曜日に続き、今月4度目のチカチカパフォーマンスに参加した。午前中から気温がぐんぐん上がり、まるで真夏のような陽気。都心のアメダスによると、正午近くに30度を突破した。
 当初、衣装はニットのジャージー上衣を着てゆく予定が、急きょ変更。今年初めて長袖シャツに黒ベストの夏衣装で臨むことに。
 前回ライブでの手応えのなさを自分なりに反省分析し、全てを消費税増税のせいにして逃避するのではなく、まだ工夫の余地があるのでは?と、短い準備期間の中で歌う姿勢全般を見なおした。
 そのひとつが衣装。4月上旬にアマゾンで買い、使う機会をうかがっていた黒い中折れハットを、気分転換として初めて使ってみることにした。たまたまこの日がデニムのシャツにベスト、ジーパンという出で立ち。かぶってみると、ちょっとしたウェスタンスタイルで、けっこうサマになる。
 どうせならと首に赤いバンダナまで巻き、気分を徹底させることにした。


 もうひとつ変えたのが、料金箱の置き場所。ずっとマイク前に置いてあったが、これがいかにも物欲しげで集客の障害になりかねないので、左手にあるCD陳列棚の真横に位置変更。右手には事務局から貸し出されるチカチカ専用看板を立て、歌い手を中心に全体を扇状に配置して、マイク前は広く空けた。
 共演は月曜と同じ小樽のギタリスト、浜田隆史さん。14時半から私のステージとなり、シャンソンを切り口に、25分で8曲を歌う。

「恋心」「詩人の魂」「パダンパダン」「河は呼んでいる」「さくらんぼの実る頃」「サン・トワ・マミー」「独り(オリジナル、作詞:まりりん)」「バラ色の人生」

 久しぶりにシャンソンオンリーのステージを早い時間帯に演ったが、実はこれも前回の反省からである。無理に聴き手に媚びようとせず、チカチカパフォーマンス開始当初の原点に立ち返り、自分の歌いたい歌をまず歌おう、というのだ。


 いざ歌い始めると、予想外に場の反応は良かった。特に3曲目の「パダンパダン」では、あっという間に集客10名を突破。暗い曲で、過去にほとんど歌ってなかったが、決めつけは禁物である。
 不思議なことに、その後の明るめの曲調に変わると、逆に聴き手は減った。暗めの曲で徹底すべきだったかもしれない。このあたり、もうひと工夫が必要のようだ。

「聴き手は常に明るい曲を求めている」というのは、単なる思い込みに過ぎない。人の感情の起伏は実にサマザマで、暗い曲にどっぷり首まで浸かりたい気分のときもある。笑ったり泣いたり、そこに人生の妙味があるはずで、少なくとも1ステージ25分は同じ気分を貫くべきではないのか。
 15時半から第2ステージ開始。最近の定番である昭和歌謡路線に戻したが、選曲に工夫し、全体をバタ臭いPOPS系の曲で統一して、なおかつ大半を得意の女性歌手系でまとめた。25分で7曲を歌う。

「時の過ぎゆくままに」「パープルタウン」「グッド・バイ・マイ・ラブ」「五番街のマリーへ」「オリビアを聴きながら」「寂しくなんかない(オリジナル)」「天使のウインク」

 目論見が当たったのか、はたまた偶然の産物か、1曲目から非常に反応はよく、最初から最後までずっと聴いてくださる方も多数いた。「同じ気分の歌を並べる」という発想は、状況次第では当たる、ということなのだろう。

 終了後、3〜4名の方が集まってきて、いろいろ声をかけてくれ、身に余るようなお話しもいただく。売上げも4月以前の水準にまで回復した。水物でつかみどころのない路上ライブだが、工夫次第ではまだまだやれると自信も回復。今後の糧としたい。

2014年5月26日月曜日

チカチカ大苦戦

 5月3度目のチカチカパフォーマンスに参加。未明から激しい風で肌寒く、午後から雨の予報も出ている。何となく気はすすまなかったが、体調には問題ないので、キャンセルは論外。自分にムチ打って出かけた。
 今回も共演は小樽のギタリスト、浜田隆史さん。これで共演は4度目で、互いに平日昼間枠の常連になりつつある。

 先着の浜田さんのステージのあと、14時30分から第1ステージ開始。昭和歌謡の演歌を切り口に、およそ25分で7曲を歌った。

「釜山港へ帰れ」「夜霧よ今夜も有難う」「つぐない」「宗右衛門町ブルース」「珍島物語(初披露)」「夢のしずく(オリジナル)」「ラブユー東京」


 最初に演った浜田さんもそうだったが、この日は立ち止まる人が極端に少なく、手応えの弱い日だった。写真のように、通りに人がいないわけではない。

 天候、曜日、時間帯など、人が立ち止まって聴いてくれるには、さまざまな要素がある。しかし、チカホで歌い始めてから3年近くになるが、「これ」といった決まった流れはないように思える。小樽運河で路上ライブを始めて10年以上が経つ浜田さんも、未だに人の流れがよくつかめないそうだ。
 経験の長いジャグリング系のパフォーマーにきいても、同様の意見だった。つまり、路上パフォーマンスに確立した傾向など存在しない、というのが現時点での結論である。
 そんな沈んだ空気のなか、浜田さんと交互に淡々と歌い続ける。浜田さんの第2ステージで幾分立ち止まる人が増えたように感じたが、停滞時間が短く、動きが慌ただしい。集客と売上げは基本的に連動するので、互いに苦戦のステージが続いた。

 15時30分から第2ステージ開始。POPS系の昭和歌謡を中心に、およそ27分で8曲を歌った。いつものことだが、2人とも時間厳守で、入れ替わりの時間も短い。ロスタイムゼロである。

「万里の河(初披露)」「池上線」「恋のしずく」「アカシアの雨がやむとき」「男と女のお話」「夜が明けたら」「抱きしめて(オリジナル)」「聖母たちのララバイ」


 相変わらず立ち止まる人はいないので、途中から路線変更し、最近あまり歌っていない暗い曲を続けて歌った。皮肉なことにこれで少し聴いてくれる人が現れ、期せずしてCDが1枚売れる。
 この日は出たついでに車の給油や買物をする予定もあったので、ここらが潮時と、第2ステージで打ち切った。
 家に戻ってからちょっと気になり、直近4ヶ月ほどの売上額を集計してみた。すると、1〜3月までのステージ毎の平均値と、4〜5月のそれとに、実にマイナス63%という大きな減少が見られた。つまりは1/3に減ったということで、(このところ売上げが落ちてるな…)とは感じていたが、まさかこれほどまでとは。
 構成を含めたパフォーマンス自体に大きな変化はない。だとすると理由は明快で、ズバリ消費税率アップが原因であろう。
(ライブ告知は一切していないので、聴き手は単純な通りすがりだけとなり、分析数値のブレはない)

 私自身もそうだが、4月以降は以前よりも一層無駄な出費を控え、少しでも支出を減らすよう努めている。通りすがりのストリートパフォーマーに使う金など、節減の筆頭候補になるのは、立場を変えてみれば容易に理解できる。
 幸いに歌を生業としているわけではなく、売上減による生活への直接的なダメージはない。だが、毎回のように通りの風となって淡々と歌い続けるのは、さすがに寂しい。

 人々の心の中に、音楽に耳を傾ける気持ちの余裕が戻ってくるまで、しばし冬の時代が続くと覚悟したほうがよさそうだ。

2014年5月25日日曜日

風対策

 3日前の夕方からカッコウが鳴き始めたので、苗植えや種まきの時期到来である。まずは買ってしばらく家の中に置いてあった大葉(青シソ)の苗を、菜園の東端に植えた。
 まだ気温の低い日も多いので防風と低温対策として周囲に4本の支柱を立て、そこに筒状にしたビニール袋をかぶせる。苗の周囲には乾燥防止のため、枯葉を敷き詰めた。

 だいたいこれで育つはずだが、この地区は非常に風が強く、時に強風であおられてビニール袋ごと支柱が傾く。苗に大きなダメージを受けることもあって、毎年風のあとは処置に追われていた。
 そこで今年は張り替えた外壁の残材端部に穴を開け、補強として上から支柱に差し込んだ。全体が風に押されて飛ばされる可能性もなくはないが、効果に期待しよう。


 同時に、東南角にあるクレマチス(テッセン)の風対策も施す。
「寄らば大樹の陰」とばかりに、いつも風にやられてダメにしてしまうクレマチスの苗を、今回は南東角の太い楓の陰に植えた。
 陽当りには問題なく、ちゃんと芽も出て順調に育っているが、まだ不安。そこで同じ残材の先端を尖らせ、周囲に打ち込んだ。まだ一度も花を咲かせたことがないクレマチス、これまた効果に期待している。
(後日談)
 この対策を施した翌日に、最大風速16メートルの強風が2日間にわたって吹き荒れた。悪いほうの予想が当たって、苗周囲の囲いは支柱ごと大きく傾き、修正を余儀なくされた。

 まず支柱を一回り太いタイプに変え、風圧を避けるべく、ビニールの囲いを下に畳んで低くした。木材の水平補強材は太い支柱に対応できるよう、端部をV字形に加工。2本の補強材中央はビスで固く止めた。いまのところこれで何とか耐えている。

2014年5月24日土曜日

ユーティリティカーテン

 5年前の還暦コンサートで自宅に多数の人を招いた際、備品としてニトリでテーブルクロスを買った。非常用のテーブルを持ちだしたので、そのアラを隠す目的だったが、使ったのはその一度きり。

 さほどの値段ではなく、ずっと居間ベンチ下の引出しで眠っていたが、それをユーティリティの仕切りカーテンにリメイクすることにした。


 ユーティリティはトイレと脱衣室、洗面所、洗濯室、乾燥室、ボイラ室等をかねた多機能型だが、宿泊を伴う来客があった場合、脱衣室とトイレの空間を分ける必要がある。
 誰かが入浴中に別の人がトイレを利用した場合、丸見えになる危険性があるからで、これまではユーティリティ中央にある洗濯干し用のポールに臨時のカーテンを吊るして対処していた。
 そのために洗濯干し用のポールは、いつでも取り外し可能な構造にしてある。
(我が家にはトイレが1ヶ所だけ)

 このところ宿泊を伴う来客が頻繁で、札幌で単身勤務中の長男のお嫁さんを夕食に招いたときなど、夕食直前に入浴する習慣の私が、似た状況に遭遇する可能性もあった。できればカーテンを常設にしたい。
 これまでカーテンとして使っていた端布は、サイズがやや小さい。テーブルクロスは横幅が広く、素材が薄いので常時かけておいても、圧迫感が少ない。タンスの肥やしにしておくより、使ったほうが得策だ。
 丈がやや足りないので、別の端布を加工してリングを7個まず作る。それをテーブルクロスの端部に等間隔で縫いつけて完成だ。色が白に近いので、ユーティリティ内に違和感なく収まっている。取り外して洗濯するのも容易。決まりました。

2014年5月23日金曜日

フキの佃煮

 この時期の定番メニューだが、今年2度目のフキの佃煮を作った。確か過去にも同じタイトルで記事を書いているが、だいたい同じ内容です。
 フキは自宅北側の隣地境界に多数生えているが、2年前に地主が雑草除去の農薬をまいたので、その残留物が怖く、以来この付近のフキは食べていない。

 今回は東側の土手に繁茂しているフキを採取。最近は明るいうちから、近隣にキタキツネが悠然とかっ歩している。エキノコックス症が怖いので、ネット情報に従ってフキは7分ほど茹でた。
(「1分以上茹でればOK」とあるが、念のため)


 フキは直径10センチ程度の若い葉を使う。青い色の茎なら、茎もそのまま使える。

1)熱湯で7分茹で、水にさらしてスジをとる。
2)一晩水につけてアクをとる。
3)水を絞って1センチほどに刻む。
4)鍋に投入し、酒と醤油、微量の砂糖、白ゴマを入れ、弱火で炒めつつ水気を飛ばす。
 フキの葉5〜6枚の場合、酒は大さじ1〜2杯、砂糖は小さじ1が目安。醤油は好みによって適量。粗熱をとってガラス瓶などに入れ、冷蔵庫で保存する。酒の肴、ご飯のオカズ、両方いけます。美味いです。

2014年5月22日木曜日

90万ヒット到達

 1996年3月にオープンしたHP(ホームページ)のアクセスカウントが、本日21時前後に90万ヒットを記録。延べ18年もかかったが、年平均で5万、日平均で137ヒットとなる。
 最近はブログやツイッターのアーカイブ的位置づけとなっているが、細々ながらも未だ更新を継続中。我ながら、よくぞ続けてきた。
 ここがさまざまな創作活動の起点となり、いくつかの文学賞やデザイン賞、企画出版本や翻訳本、住宅設計の受注、テレビ出演や雑誌執筆、ライブ依頼など、多くの成果に結実した。私の後半生を鮮やかに彩ってくれたと思う。
 新カウンタは小さすぎる印象で、いまいち気に入っていない。慣れの問題もあるが、めでたく90万を超えたので、いずれ別デザインに差し替えるかもしれない。
 問題はそれを持続させる私の気力と知的好奇心、そして健康状態、ということになりそうだが、100万超を前提に、新カウンタの桁数もひとつ増やして7桁に設定した。


 ブログの打ち切りと同様に、これまで使ってきたヤフーのカウンタが、あと2週間ほどでサービス中止となる。何とも納得がいかない措置だが、文句を言っても始まらないので、今日を機に、別の無料カウンタに切り換えることにした。古希の前に、まずは100万ヒットが次なる目標になりそう。

 差し替え作業がうまくいかず、何度か調整せざるを得なかったが、調整分のカウント増は、ちゃんと元に戻しておいた。
 調べてみると、前回の80万ヒットが2010年3月。4年前のことで、仮に同じペースならば、夢の100万ヒットは4年後の2018年夏あたりか。

2014年5月21日水曜日

検索によるアクセス数

 新ブログに完全移行して3週間が過ぎ、記事の書き方や管理の手法にも、じょじょに慣れてきつつある。
 訪問数(ページビュー)は現段階で日平均85前後。以前のジオログでは日平均100前後だったから、移行直後としては妥当な数値であろう。

 不思議なことに、打ち切りまで2週間強となったジオログでも、いまだに日平均50程度の訪問数を記録している。ジオログでは5/1から一切新記事を書いてないから、考えられるのは、古いブックマークからの訪問。
 しかし、最も可能性が高いのは、過去の2,500記事によってストックされている膨大なキャッシュ(蓄積データ)への検索訪問である。


 新ブログ「Blogger」では、時間単位での訪問数はもとより、どの検索エンジンからどのような検索ワードで、どの記事にアクセスがあったかまで分かる仕組みになっている。
 圧倒的に多いのは今月に入ってから新しく書いた記事へのアクセスだが、まだ充分にキャッシュが行き渡っていないと思われる過去の移行記事にまで、結構な数のアクセスがあって驚く。
_検索からたどり着いたアクセスで最も多いのが、DIYに関するもの。たとえば「キッチンワゴン」「布製譜面隠し」「リモコンキーの電池交換」などで、自分でやれることは自分で調べ、自分でやってみたいというニーズは、どうやら私だけではないようだ。
 カテゴリ分類で記事数トップを走る音楽関連へのアクセスは、意外に地味。「地球と家計に優しい縄文的ライフ」がこのブログのコンセプトだから、これまた妥当なところか。

 暮らしに根づいた記事を地道に積み重ねていれば、検索エンジンでの優先ランクも自然に上昇し、検索による訪問数もじょじょに上積みされてゆくはず。
 新ブログの優秀な機能のおかげで、いままでボンヤリして見えなかったものが、次第に鮮明になってきた。

2014年5月20日火曜日

敷パッドを買った

 帰省する子供たちを中心に、宿泊を伴う来客は多いほうだと思う。末の息子などは年に3〜4回は帰省して、独身の気軽さもあってか、4〜5日は滞在する。
 時には数人の宿泊もあるので、寝具の用意は必須。パジャマやシーツ類は常に3〜4枚のストックがあるし、2階予備室にはいつでも2人が宿泊可能な態勢が整っている。

 このところシーツの予備が不足してきたので、あちこちの衣料品店を回ってみたが、適当な品がなかなか見つからない。千円前後という厳しい予算のせいもあるが、そもそも寝具売り場にシーツが極端に少ない。


 代りに目立つのが「敷きパッド」というシロモノ。薄いガーゼのキルティング地で、てっきりベット用品と思い込み、都度やり過ごしていたが、どうも様子がおかしい。
 タグをよく調べてみると、「ベットにも使えます」などとある。つまりは、普通の布団に使うのが本来の用途ということか?

 価格はむしろシーツより安いほどで、品数や柄も豊富。思い余って店員に確認してみると、やはりシーツの代用となるそうで、ネットを使えば、洗濯機での丸洗いも可能とか。シーツ特有の毛羽立ちもなさそうで、肌触りもよさそう。物は試しと、980円の品をひとつだけ買ってきた。
_大きさは敷き布団とほぼ同じで、裏側の四隅についた斜めのゴムバンドにより、敷布団をくるむようにして固定する。ネット情報によれば、敷布団カバーを使えば、シーツは不要らしい。

 寝心地は未知数だが、しばらく使ってみて具合がよさそうなら、シーツからの転換も今後考えたい。ネットやPCほどではないが、時代の移り変わりの速さは、寝具でも例外ではないようだ。

2014年5月19日月曜日

春の菜園を整える

 久しぶりにスッキリと晴れ上がり、気温もようやく平年並みに。この3日間のぐずついた天気で地面がかなり湿っている。家庭菜園の手入れをするなら、まさにいまだ。
 ということで、午後から先日やり残した分の菜園の掘り起こし作業をやった。


 地面はさすがに柔らかく、前回に比べて格段に掘りやすい。雑草の除去にやや手間取ったが、小一時間で終了。ただちに中和剤としての有機石灰を全体に散布し、肥料として鶏ふんもまく。例年の定番作業だが、遅ればせながら、ようやく終えた。

 その後、北西の角に植えてあるラズベリーの苗木を移植する。地下茎で毎年新しい芽がどんどん出てくるが、何本かは知人にさしあげた。以降は抜いてしまっていたが、もっと数を増やして生で食べたり、果実酒を仕込んだりしようと、妻と考えが一致。
 とりあえず南側菜園と楓の木の間に2本植えた。来年以降、もっと増やすかもしれない。


 寒い寒いと昨日まで震えていたはずが、力仕事を続けるとたちまち汗が滴り落ちる。運動不足解消にも絶好である。

 興に乗って、菜園東端に14年間植えたままになっていた細ネギを全部掘り起こし、株を分けて菜園中央に移植した、よく分からないが、ずっと同じ場所ではさすがにまずいだろう。


 菜園の大勢はひとまず整ったが、カッコウがまだ鳴かないので、苗植えと種まきはしばし保留。予定としては大葉の苗と大豆(枝豆)を今後植えるつもり。

 撤収直前に軒下のミントが多数の若芽を出しているのに気づき、一部を採取して乾燥させることにした。こちらはハーブティと手製化粧水に使う。


 雑草の刈り取りと張り替えた木壁残材の整理、車庫回りに残したツタの剪定もやらなくてはならないが、体力や時間と相談してユルユル続けよう。

2014年5月18日日曜日

デジカメ壊れた

 4年前に買ったキャノンのデジカメ「PowerShot S95」が昨日、突然動かなくなった。起動スイッチを押しても「レンズエラーがどうの…」とメッセージが表示され、自動オフしてしまう。電池を外して放置したり、スイッチを長押ししてみたりしたが、回復しない。
 人生と同じで、災いはある日突然やってくる。

 ブログを中心に日々酷使してきたし、過去に何度か落としたりぶつけたりもした。SDカードの閲覧だけはできるが、撮れないデジカメでは意味がない。


 ネットで調べてみると、同症状の修理費が12,000円ほど。4年前に買った際の価格は31,000円だったが、性能の向上した新機種がいまは2万円強で買える。「直すより買ったほうがお得」という典型かもしれない。

 幸いに同じキャノンの「IXY201F」という予備デジカメを持っている。上の映像は予備デジカメで撮った。レンズの明るさやセンサー感度、映像エンジンなどでは劣るが、ひとまず使える。新たな投資をするかどうか、予備デジカメをしばらく使ってみて検討したい。


 ちなみに、予備デジカメは上の写真の通りで、3年前の購入時にPowerShot S95で撮った。さすがに抜群の表現力である。

2014年5月17日土曜日

Bloggerへの移行終了

 近日中にサービス停止となるジオログから新ブログ「Blogger」への移行作業が、ようやく終わった。
 Bloggerのインポート機能が不調で、1記事ごとの手作業から始めたのが4/25のこと。途中でインポートが復活したが、画像表示やカテゴリ分類などは全て手作業でやらざるを得なかった。全部で8年分およそ2500記事あり、途中休みながらも、延べ22日間でやり終えた。
_カテゴリ分類の必要性から、全記事にざっと目を通したが、この8年間の自分の生き方暮らし方をなぞるようで、非常に興味深かった。

 冗漫に流れている記事も少なくないが、(よくぞ書いた…)と、自分で感心する記事も稀にある。50代後半から60代前半にかけての自分を振り返る、貴重な時間に結果としてなったように思う。


 ひょっとして同じ作業をやる方の参考になるかもしれないので、手法をざっと記しておきたい。

1)ジオログからYahoo!ブログに全記事を移す。
 現在ジオログを使っている人は、12/19までに申し込むと、ヤフー側でやってくれる。記事が多かった私の場合、申し込んでから終わるまで4日かかった。

2)Yahoo!ブログにはエクスポート機能がないので、別のアプリケーションを使ってエクスポートする。

3)上記サイトからのリンクにより、フリーソフト「YahooブログMT引っ越しツール」(Windows専用)を使って、Yahoo!ブログを「MT形式」でエクスポートする。
 私の場合、画像のエクスポートがうまくいかず、成功したのはテキストのみだった。MT形式のファイルは一般のブラウザで開いてやると読めた。

4)Bloggerに記事をインポートするには、「xml形式」に変換することが必須。そこで3)で出来たMT形式ファイルを、別のアプリケーションでxml形式に変換する。
 ともかくも、こうしてテキストファイルだけは入手できたので、Bloggerの「設定」→「その他」→「ブログをインポート」からインポート。(1回でおよそ300記事が移行される)
 記事ごとに「編集」モードから「ラベル」でカテゴリ分類を、「スケジュール」で書いた年月日を指定。画像は一切インポートされていないので、記事ごとにURLで指定した。

 ジオログではコメント欄もトラックバック欄も閉鎖していたので、これらの情報がどうなるかは不明。粘り強さが要求される作業ですが、粛々と手を動かせば、必ず終わります。
 貴重な情報やアプリケーションを、惜しみなくネット上に公開されている方々に、深く感謝いたします。

2014年5月15日木曜日

リクエスト連発

 今月2度目のチカチカパフォーマンスに参加。風邪もようやく抜けた気配で、体調はよい。会場はナチュラルリバーブの心地よい北4条広場で、天候にも恵まれた。
 地下広場は外よりも寒いか暑いかのどちらかなので、何を着て歌うべきかちょっと迷ったが、薄手のセーターにストール、定番のハンチングに落ち着く。

 共演は今回が3度目となる小樽のギタリスト、浜田隆史さん。15分前に会場に着くと、すでに会場入りしていて、準備中だった。
 先着順の原則通り、14時ちょうどに浜田さんのステージ開始。私の第1ステージは14時35分あたりからで、「内外の叙情歌」を切り口に25分で8曲を歌った。

「翼を下さい」「かなりや」「ハナミズキ」「エーデルワイス」「河は呼んでいる」「さくらんぼの実る頃」「北の旅人」「青葉城恋唄」


 人通りは3日前の月曜よりもさらに少ない感じがしたが、人々の足取りが幾分ゆったりしているのに期待した。しかし、前半は共演の浜田さん以外にほとんど聴き手はなく、普段は抜群に強い「ハナミズキ」でも、ほぼノレンに腕押し状態。
「さくらんぼの実る頃」からようやく立ち止まる人が現れたが、すでにステージは終盤である。共演がいるので時間延長は論外で、予定通りに終えた。
 浜田さんのステージをはさんで、15時30分から第2ステージ開始。「昭和歌謡」を切り口に、25分で8曲を歌う。

「ジョニィへの伝言」「グッド・バイ・マイ・ラブ」「ブルーライト・ヨコハマ」「時の流れに身をまかせ」「アカシアの雨がやむとき」「赤いスイートピー」「酒と泪と男と女(初披露、リクエスト)」「グッドナイト・ベイビー」

 第1ステージと違って、人の集まりは割りと早かった。「時の流れに身をまかせ」で急に立ち止まる人が増え始め、「アカシアの雨がやむとき」を次に歌うことをMCで告げると、聴き手から小さな拍手が湧く。
 この曲は前日になってキーを半音下げた。そのほうが思いを乗せやすいと判断した。暗い曲調だが、シャンソンを得手とする私むきの曲。人前で歌うのは3日前に続いて2度目だが、歌い進むうち、どんどん人が集まってくるのがわかった。急きょ予定を変更し、フルコーラスを歌う。聴き手の強い後押しもあって、満足できる出来だった。


「赤いスイートピー」を歌い終えると、熱心に聴いていた女性がついと近寄ってきて、「あのう…、リクエストいいでしょうか?」と尋ねる。曲にもよりますが…、と応ずると、河島英五の「野風増」を、という。
 てっきり昭和歌謡系と思い込んでいたので、虚を突かれた感じだった。そもそも、「野風増」はレパートリーに入っていない。恐縮しつつ、その旨を告げると、では「酒と泪と男と女」は?と重ねて尋ねてくる。人前で披露したことはないが、こちらは電子譜面に入っている。
 検索しながらお話しすると、河島英五が大好きという。初老のご婦人だが、人の好みはさまざまだ。

 初めての割にはうまく歌えた。ご婦人にもたいそう喜んでもらえた。すると、遠い場所で聴いていた別の女性から、かまやつひろしの「我が良き友よ」を、と重ねてのリクエスト。残念ながらこちらもレパートリーに入っていず、代案もない。持ち時間も迫っていて、慎んでお断りした。
 このところ毎回リクエストが飛び出すという、予期せぬステージが続いている。(リクエストを積極的に受けよう…)という構想はかねてからあって、水面下ではあれこれ準備していた。しかし、特に何もせずとも、自然な流れでそれが実現している。しばし、この流れに身を任せてみよう。
 状況によっては第2ステージまでで撤収することも頭にあったが、この日は喉の調子が抜群によく、前回のように左手がつる兆候もない。夕方が迫り、人の流れはさらに細くなったが、集客を度外視した構成で第3ステージをやることにした。
 16時30分から普段はあまりやらない「フォーク」を切り口に7曲を歌った。私も浜田さんも持ち時間をピタリ厳守し、入替え作業も素早いので、ロスタイムの全くないキビキビした気分のよい進行が最後まで続いた。

「季節の中で」「やさしさとして想い出として(初披露)」「闇夜の国から(初披露)」「ダスティン・ホフマンになれなかったよ」「風来坊」「惜恋歌(オリジナル)」「傘がない」

 聴き手は数えるほどに減ったが、完全に通りの風になりきり、気分よく歌えた。「傘がない」は期せずして共演の浜田さんに大好評。たとえ同じパフォーマー同士とはいえ、真剣に聴いてくれる人がいるといないとでは、大違いである。
 集客に比例するように、売上げもいまひとつの印象だったが、楽しいステージであったことは間違いない。

2014年5月13日火曜日

百合が原散策

 九州を離れ、単身で札幌勤務中の長男のお嫁さんの住まいに、先日作ったキッチンワゴンを届ける。
 引越しの際に間取りをざっと見ただけで、(たぶんあの辺りに置けるはず…)と、勘を頼りにサイズを決めたが、置いてみると通路に出っ張ることなく、ピタリ収まった。

 背面のコンセントと重なったのが唯一の計算外だったが、スリム型の分岐プラグを使うことで解決。お嫁さんにも喜んでもらえた。
_その後、妻と3人で自宅近くの百合が原公園に向かう。昨年、青空コンサートに出演した場所だが、天気予報が雨で、GW直後の平日とあってか、広い園内は閑散としていた。
 しかし、なぜか雨は降る気配がなく、薄日すら射してくる。前回の花見もそうだったが、このところ天気には恵まれていて、雨の予報がことごとく外れている。


 2時間ほどかけて、全長5キロ近くもある園内をゆっくりと散策。バラやユリ、ラベンダーや藤はまだまだツボミ状態だったが、チューリップとムスカリが見頃だった。遅いサクラやモクレンも数本あって、こちらも堪能。

 入口付近にあった温室売店であれこれ見繕い、我が家用として大葉の苗をひとつ購入。「北海道の花が欲しい」とお嫁さんが言うので、ラベンダーの苗をひとつ買う。スズランの苗も欲しがったが、ちょうど我が家のスズランが芽を出したばかりなので、こちらは買わずに分けてあげることにする。
 歩き疲れたので、公園の隣りにあるカフェに立ち寄り、ワッフルと珈琲のセットを頼んだ。2年ほど前にも来たが、フルーツやアイスクリームが添えられていて、かなりのボリュームである。


 夕方に我が家に到着。まずラベンダーを手持ちの手頃な鉢に移植し、さらには西の庭にたくさん芽を出しているスズランを一株だけ小さな鉢に移植した。
 この2つの鉢は、届けたばかりのワゴンの上に飾ることになりそう。

 夕食後にお嫁さんを車で送り届けたが、最後まで雨には降られず、楽しい一日を過ごせた佳き日。

2014年5月12日月曜日

偶然続きのステージ

 前日夕方の練習で、喉の調子が80%ほどにまで復活した感じだったので、急きょチカチカパフォーマンスにエントリーすることを決意。申込み締切1時間前の20時に滑り込んだ。
 会場は苦手な北3条広場だったが、昼枠に共演者はなく、完全に自分のペースで演れる。

 この日は今季最高の27度を越す夏日を午前中に記録。平日だが、多くの人は屋外の行楽地に出かけた気配で、地下歩道は閑散としていた。
 苦戦の気配を感じつつ、14時過ぎから第1ステージとして「内外の叙情歌」を切り口に歌い始める。

「カントリー・ロード」「赤い花白い花」「夏の思い出」「忘れな草をあなたに」「涙そうそう」「ハナミズキ」「思い出のグリーングラス」「オー・ソレ・ミオ」「アニー・ローリー」


 実は明け方6時近くに、咳が出て止まらなくなった。まだ風邪が抜けきっていないらしく、ただちに起きて大根のはちみつ漬を作って飲み、どうにか咳はおさめた。当日のキャンセルは極力避けたかった。

 そのせいもあってか、調子はいまひとつ。上のキーがギリギリで、音程と声量を普段通りにキープしようと頑張るので、1曲毎に体力を消耗した。
 場の反応もいまひとつで、10人ほどが集まった「ハナミズキ」がこの日の最大集客。全体として手応えは弱かった。
 CDもそれなりに売れたので、早々に切り上げようと思い始めた矢先、見覚えのある中年婦人が目の前に立つ。つい先日、同じチカチカパフォーマンスで昭和歌謡を歌っていたときに絶賛していただき、CDも買ってくれた方だ。

「また会えたわねー。ぜひ2〜3曲聴かせてよ」と言うので、急きょ路線を昭和歌謡に変更し、休憩なしで第2ステージに突入することを即断。
 このご婦人、1曲毎に熱烈な拍手をくれて、近寄ってきた別の人にも、「この人、歌うまいよ。聴いていきなよ」などと誘っている。まるで私のマネージャーのようだった。
 とても3曲では終わらず、結果として8曲を歌うことに。

「男と女のお話」「アカシアの雨がやむとき(初披露)」「赤いハンカチ(初披露・リクエスト)」「ラブユー東京」「つぐない」「ブルーライト・ヨコハマ」「赤いスイートピー」「夕凪ワルツ(オリジナル・リクエスト)」
「赤いハンカチ」は、このご婦人のリクエストで、1曲毎にあれこれ話しながら進めていると、別の女性が近寄ってくる。その顔にもまた見覚えが…。
「以前にも確か聴いていただいてますよね?」と声をかけると、ええ、CDも買いました。その中の1曲が大好きで、何度も何度も家で聴いてます、などと言う。
 どの曲ですか?ぜひ歌わせていただきます、と申し出ると、タイトルは忘れたが、こんな感じ…、とハミングする。「夕凪ワルツ」だ!

 体調がいまひとつのなか、休憩なしで1時間近くが経過し、すでに16曲を歌っている。しかし、このような歌い手冥利につきる展開で、歌わないわけにはいかない。力を振り絞ってリクエストに応えた。
 聴き手の強烈な後押しもあって、過去最高の出来だったと思う。ご婦人にもたいそう喜んでいただけた。


 かってないような刺激的な出来事と疲労の両方で、やや脱力感に襲われた。実は2人のご婦人と話している最中にも、近寄って肩を叩く別の女性がいた。これが何と小学校時代の同窓生。
 数年前の同窓会で50年ぶりに再開してから、チカホで歌っているときに出会うのは、これが3度目。偶然がこれほど続けざまに起きるとは。

 時計は15時を回ったあたり。共演者がいないので、持ち時間は充分に残っているが、17曲を一気に歌って、そろそろ限界を感じ始めていた。打ち切るべきか否か、かなり迷ったが、体力の続くまでもう少し歌ってみようと考えなおす。
 15時15分から25分間で、昭和歌謡を中心に、以下の8曲を歌う。

「レット・イット・ビー」「青葉城恋唄」「パープルタウン」「バス・ストップ」「ブルーライト・ヨコハマ」「東京ドドンパ娘」「抱きしめて(オリジナル)」「グッドナイト・ベイビー」
 6曲目の「東京ドドンパ娘」で、左手に突如異変を感じた。薬指が硬直したまま、全く動かない。いわゆる「つった」状態で、やむなく歌は1番で打ち切った。
 以前にも25曲目前後でしばしば起きた現象だが、スポーツドリンクによるこまめな水分補給をするようにしてからは起きてなかった。しかし、もはや限界である。

 すでに立ち止まる人はほとんどなく、まさに退き時である。しかし、こんな時に限って近寄ってくる人影があった。指はマッサージで少しは動くようになったので、気力を振り絞ってラスト2曲を歌う。
 不思議なことに、こんなに悪い状態でも、最後にCDが1枚売れた。

 最も恐れていた喉の調子は全体を通してまずまずだったが、ギターが押えられなくなるとは想定外。このところの練習不足が原因であることは明らかで、気ままにやれる共演者なしの単独ステージも、体調不良のときは考えものである。

2014年5月11日日曜日

冬の後始末

 気温がぐんぐん上がって、午前中に24度を突破。なぜか室内は22度前後で、外よりも涼しい(寒い?)という珍現象である。
 疲れと風邪が完全には抜けきっていない体調だったが、陽気につられて午後から溜まっていた冬の後始末系の雑事を片づける。

 およそ以下のような作業だったが、気温が高いせいか、動くと咳も止まって、じょじょに気分が乗ってきた。

・氷塊などで傷んだ車の小さなキズを専用タッチペンで補修
・雪の重みで壊れた脚立延長ハシゴのデッキ支持部品の補修
・昨年秋に全交換した南外壁の木材剥離部の補修と再塗装
・スコップ支持部品3ヶ所の補修と再塗装
・折れた紫陽花の枝剪定


 スコップ支持部品は端材の再利用だが、冬の間に思いついて正面の押えを幅広のヌキ板にしてみたが、これが頑丈で風にもあおられず、使い勝手がよい。柄の下端でしばっていたヒモも不要である。
 そこで全部をこのタイプに変更した。

 いつの間にか南東角に植えた水仙の花が満開。最初は5〜6個しかなかったが、放っておいても増えた。園芸関係はあまり得意ではなく、庭には手のかからない花しかない。
 北側にある紫陽花の剪定をやっていたら、ひと塊のフキの葉を発見。今年は周辺空き地のフキが極端に少ないので、さっそく採取して茹でた。明日はフキの佃煮にする。


 夕方までにかなり片づいて、スッキリ。興に乗って弾き語りの練習をしてみたら、喉の調子は80%まで回復していた。ライブも再開する時期到来である。

2014年5月10日土曜日

シルバー大学の講師に

 少し先の話だが、近隣の地区センターが主催する地域中高年対象のシルバー大学講師を務めることになった。

 4年前にロビーコンサートの企画書を持って「営業」に訪れたのがそもそもの発端。運営はNPO法人だが、「地域住民に向けた、地区センターロビーでの叙情歌コンサート」という私の企画はすんなり通って、その年の夏にさっそく歌わせていただいた。

 その後毎年のように地域中高年対象のイベント出演を依頼されるようになり、「シルバー大学の講師もぜひに」と、打診されてはいた。


 話が具体化したのは、昨年秋の地域中高年対象の敬老イベントでのこと。帰り際に館長さんに呼び止められ、今年度の講師として、再度の要請があった。
 過去4年間の実績があるせいか、所属や肩書き、資格は特に不要で、ジャンル(科目)は当然ながら音楽。数年前から(もしやるなら、北原白秋を…)との構想が頭にあり、ありがたくお受けすることに。
 講義内容は「北原白秋〜そして北の叙情歌〜」とすでに決定済み。送られてきた科目表にある私の肩書には、「叙情歌シンガー」と記載があった。

 講義時間は休憩と質疑を含めて2時間。前半に北原白秋の関連曲を、後半に北海道に関連する叙情歌を歌う。
 それぞれ7〜8曲歌うので、1曲あたり6分前後。歌が3分、それに関連する解説が3分という割当てとなりそう。
 すでに候補曲の絞り込みは終えていて、6月一杯をめどに実際に歌ってみて、構成を確定させる。前後半をつなぐ重要なキーとなる曲は、札幌をテーマにした北原白秋の名曲「この道」と、早くから決めている。

 募集人数は80名だが、例年予約で埋まるとのこと。チカホでのストリートライブでもテーマを決めて解説しながら歌うことは多いので、特に戸惑いや気負いはない。
 ただ、ストリートや介護施設ではやりにくい「北原白秋」というテーマで歌えるのは、ちょっとうれしい。地域中高年対象とはいえ、「大学」であるには違いなく、ある程度の格調は必要であろう。