2026年8月3日月曜日

初めての朝イチ参加

 8月最初の地区センター図書館〜本修繕ボランティア活動日。今回はいろいろと事情があって、足掛け5年に及ぶ活動のなかで、初めて朝一番に図書室へと向かった。
 いつもは9時半〜10時過ぎに参加するため、自分にとっては画期的なこと。9時ちょうどに受け付けすると、「今日は随分早いですね!」と、係員に驚かれる。

 時間は9〜13時のフレックス制で自由に選べるが、新年度になって係員が交代し、扱いが微妙に変わったように感じる。
 フレックス制といいつつも、「早く始めて早く終わりたい」という意向があるようで、もともと昼休みをまたぐ活動時間には無理があったかもしれない。
 いつも遅く来て遅く終わる自分だったが、心機一転「早く始めて早く終る」活動を一度は体験してみようと考えた。


 この日は計6名のメンバーが三々五々に集合。皆一様に早い私の登場に驚いている。「早く来た分、早く帰りますから」と、自分でもよくわからない言い訳をする。
 前回手掛けた修理本を見直そうとしたら、「活動間隔が1ヶ月空いたので、私のほうでチェックしておきました」と係員。つまり、見直し作業は発生しない。新たな修理対象本の修繕にさっそく取り掛かった。

 極端に難度の高い修繕本はなく、ページの破れやノド部分の剥離補修を中心に、黙々と作業を続ける。
 計10冊を一気に仕上げたところで、ちょうど2時間が経過。修理対象棚にはまだ本が残っていたが、当初の「宣言」通り、ここで終了とした。1冊あたり12分で、集中力の継続面でも程よい時間だった。
 次回の活動日は2週間後の第3月曜だが、実は休むつもりでいる。前日の第3日曜は市民広場での街作り路上イベントがあり、2日続きの活動は体力的に厳しくなってきた。
 街作り路上イベントの運営スタッフの一人が4月から長期入院中で、常連参加者の私にも参加協力を求められている。

 折も折、定期検診でヘモグロビン値の異常を指摘された。この3年間皆勤を続けてきたが、年齢的にも無理は禁物。次回は休むことを帰り際に伝えてきた。
 メンバーに余裕のある本修繕のボラ活動は、今後じょじょに減らすつもりでいる。

2026年8月2日日曜日

電気敷毛布を手洗い

 グズグズと続く梅雨模様の天気が一転し、珍しくカラリと晴れ上がった。気温も27度まで上昇。絶好の洗濯日和である。
 幸い、ウッドデッキの洗濯ポールも空いていて、秋が来るまでの懸案事項である電気敷毛布の洗濯をやることにした。


 手順は過去のブログ記事にあり、それに沿って行う。なぜか洗う時期はいつもより早め。
 洗剤は通常のものを使い、湯沸かし器に32度のぬるま湯を設定。大型洗面台での手洗いが基本だが、脱水のみ30秒ほど洗濯機を使う。ついでに3つある足ふきマットを洗うのも、いつも通りのルーチン。


 電気敷毛布は敷きパッドの下に入れて使っているが、いずれも年に一度しか洗濯しないため、汚れはそれなり。すすぎも手洗いで2度やった。

 回数を重ねて要領もつかんだせいか、例年より簡単に終わった。夕方までにほぼ乾いてスッキリ。冬物衣類の洗濯がまだ残っているが、天気と体力と相談しつつ進めたい。

2026年8月1日土曜日

冷夏が走る

 酷暑に苦しむ方々には申し訳ないほどの寒い夏が過ぎてゆく。

 広い札幌は地域によってかなりの寒暖差が発生するが、我が家に直近の石狩アメダス値によると、7月の真夏日はわずか2日のみ。どちらも30度ギリギリで、暑いという感覚はあまりなかった。
 7月の平均気温は21.0度で、昨年の23.7度より2.7度も低い。7月の日照時間が172.9h。昨年の211.3hと比べて40時間も少なく、どちらも過去5年のなかで最低値を記録した。寒いはずだ。
 7月降水量を見ると134mmで、昨年の78mmから7割増。こちらも過去5年での最高値で、寒さに拍車をかけた。

律儀に咲いてくれた北東のグラジオラス

 暑さに備えて各種対策を段階的に施しているが、今年はまだ西側の窓外に遮光ネットを張っただけ。これに続く「南側窓外遮光ネット張り」→「床下パッシブ冷房装置の駆動」→「冷風扇の運転」などの対策は未だ手つかず。
 10日間予報でも猛暑の襲来はなさそうで、このまま何も対策せずに夏が終わる可能性が高くなってきた。

 寝具が薄いと寒さで夜のトイレが増え、熟睡できない。昨夜から肌掛け布団をやめ、秋モードの羽毛布団に替えたら、ようやく快適に眠れるようになった。
 日中の衣類も半袖では寒く、ずっと長袖で夜はカーディガンを羽織る。加齢による自律神経の衰えも関わっているのかも。暑くて眠れないよりはマシな気もする。

 冷夏でも家庭菜園や花々は元気。山東菜の収穫量は落ちていないし、ほぼ終わりかけのラズベリーは累計で6,010gも採れた。過去最高記録かもしれない。冷凍して当分は楽しめそう。

2026年7月28日火曜日

ラズベリー・ギモーヴ

 孫娘の誕生日用に初めて作った「ギモーヴ」なるフランス菓子のレシピを書きとどめておく。
 マシュマロに似たふわふわ食感のお菓子で、ソフトキャンディの一種であるとか。耳慣れない言葉だったが、パリ在住のBluesky(SNS)フォロワーさん経由でその存在を知った。

 調べると、ネット上にレシピは多数。使う材料はベリー系のジャムかピューレと粉ゼラチンくらいで、ごく少ない。泡立てて冷やし、固まってから小さく切るか型抜きし、コーンスターチなどをまぶして食べるのが基本。
 今回は誕生ケーキの代わりにするべく、切らずにケーキ型で丸く整形しようと考えた。

事前にラズベリージャムを作っておく。

 いろいろあるうち、簡単そうなこちらのレシピを参考に進めた
(貴重な情報に感謝します)

 材料は以下の通り。
・ラズベリージャム 100g ・グラニュー糖 20g
・粉ゼラチン 10g ・水 80cc ・ポッカレモン少々

1)ラズベリーでジャムを作っておく。今回は370gのラズベリーに30%の砂糖を加え、220gのジャムが完成。
2)15cmのケーキ型の内側をクッキングシートで覆って準備。


3)耐熱容器に粉ゼラチン以外の材料をすべて入れ、600Wレンジで3分加熱。
4)熱いうちに粉ゼラチンを振りかけて混ぜ、馴染ませる。
5)氷を入れた二重ボウルの内側に材料を入れ、ハンドミキサーで5分混ぜる。


6)ケーキ型に流し込んでゴムベラで素早く均し、冷蔵庫で一晩(12時間)冷やす。
7)固まったらクッキングシートごと取り出し、皿に置いてシートを切って整形。
8)生ラズベリーとローソクで飾りつける。


 ホールケーキ風に仕上げた例は皆無だったが、予想以上にうまくいった。切り分けてすぐに小皿に移したため、くっつき防止用のコーンスターチ類は一切使っていない。

 もう少し量を増やしたかったが、材料全体を増やせばいいのか、あるいはミキサーの撹拌時間を長くすればよいのか、よくわからなかった。現状でも硬さがほどほどでローソクも立てやすく、ケーキの代用なら、このままでいい気もする。
 クッキングシートの汚れが多少気になったので、内側にリング状にもう1枚追加し、完成後に取り去ると、より美しかったかも。

2026年7月25日土曜日

ラズベリー誕生会

 久しぶりに長男一家が遊びにくるというので、数日前からあれこれ準備した。孫娘の誕生日が近く、誕生会をかねたイベントとなる。
 孫娘が好物のラズベリーがまさに食べ頃。ラズベリーアイスは作り置きがあり、冷凍ラズベリーをそのまま食べるのを好む孫娘用に、小さなプラ容器に150gほどを入れて冷凍保存。別に土産用の400gを冷凍準備した。

庭のクレマチスが6輪咲いた

 前日は検診から戻って一休みしたのち、誕生ケーキ代わりとなる「ギモーヴ」なるフランス菓子を初めてラズベリーから作った。
 レシピはネットで多数見つかったが、小さく型抜きしたものばかりで、ケーキ風に仕立てたものは皆無。やむなく自己流でアレンジしたが、まずまずうまくできた。(レシピの詳細は後日)

 当日の朝、前夜作ったギモーヴのデコレーション用に、庭から生のラズベリーを採取。
 午後から前夜注文した回転寿司を受け取りがてら、バスで来るお嫁さんや孫娘と合流する。


 家に戻ると、別ルートで自転車で来た息子が着いていた。自宅宛に誤って発注したという父の日プレゼントを、遅れてようやく受け取る。
 高級な灘の清酒で、冷やすと美味そうだったが、最近はあまり飲まないので、正月まで持ちそう。

 孫娘はあちこちから貰った誕生日プレゼントをさっそくテーブルに広げて披露。よくわからないが、高価なプリキュア系のおもちゃなんだとか。
 私が求められた商品は予算オーバーのため、お年玉相当の現金をポチ袋に入れてプレゼント。ネット通販では手に入らず、トイザらスで並んで買ったらしい。


 15時少し前にオヤツタイム。まずラズベリーアイスを食べ、続けて初挑戦のラズベリーギモーヴをケーキ風にアレンジして並べた。ローソクと生ラズベリーで飾りつけると、それなりに格好がつく。
 好き嫌いの激しい孫娘だったが、「美味しい」と合格点。他の家族にも好評で、今後の誕生ケーキはこれでいけそうな感じである。

 オヤツが足りなくなり、2日前に作ったバナナケーキまで妻が並べ始めた。フライパンでの裏返しをミスった失敗作でも、味は保証つき。
 生のラズベリーや冷凍ラズベリーも残さず食べて、昼食抜きだったという一家は、ようやく落ち着いた模様。


 17時過ぎから夕食開始。定番のテイクアウトはま寿司だったが、今回からマグロを始めとする一部のネタが30円値上げとなった。それでも充分に安いが、なんとも生きにくい世情である。
 おかずは妻が作った鶏胸肉のつけ揚げと、私が前夜遅くに作っておいた高野豆腐と切干大根の煮物。空腹が収まらないのか孫娘を筆頭によく食べて、前回と同じネタと量だったが、残さず食べきった。
 今後はネタの種類と数を調整する必要がありそう。

 雨は降らずとも天気がいまひとつで、最高気温が22度弱の肌寒い陽気。ほぼ食べるだけの家族会となったが、食材をかき集めて何とか乗り切った。
 19時前にお開きとなり、冷凍ラズベリーや稚内ドライブ旅のお土産を持たせ、お嫁さんと孫娘を最寄りの地下鉄駅まで送り届ける。水曜日から準備や検診に忙殺されたが、ようやく終わって肩の荷が降りた。

2026年7月24日金曜日

泌尿器系に異常なし

 7月上旬に予約した泌尿器科検診の日。2022年に大腸ガン転移を調べるエコー検査で泌尿器系の結石を指摘され、紹介された泌尿器科で精密検査を受けた。
 大きな問題はなかったが、以後年に一度、前立腺ガン検査を含む泌尿器科の定期検診を受けている。

 予約は15時半。午前中よりも午後のほうが空いている。血液検査と尿検査に時間がかかるため、1時間前の来院を求められた。
 時間通りに受け付けて、ただちに採血。その後採尿して待合室で座っていると、なんと予約よりも15分も早く呼ばれた。長く待たされるのが常なので、正直驚いた。


 結果は腎機能に関わる各種数値(クレアチニン、eGFR)に、いずれも大きな問題はなかった。特に腎臓のろ過能力(元気度)を示すeGFRは昨年よりも数値が向上しているとの指摘。ときどき夜間頻尿に襲われることがあり、不安もあったが、ひとまず心配はないようだ。
 前立腺ガンの指標となるPSA値は0.708で昨年の0.768よりもさらに下がり、許容値4.0を大きく下回った。専門外だが、年齢の割に肝機能値がよいとも指摘を受けた。
 先日受けた消化器系エコー検査で指摘されたヘモグロビン値は、その後の食事療法の効果か、かなり数値が向上していた。

 各種数値に問題がなく、来年もCTスキャンによる精検はやらずに、血液検査と尿検査のみをやることに決まる。
 治療費は1,530円のカード払い。30度近い暑さと睡魔で疲れたが、上旬から続く一連の検査シリーズの3番目を無事にクリアできた。

2026年7月19日日曜日

路上イベント参加者減

 昨年10月以来、9ヶ月ぶりとなる区内市民広場での路上イベントに参加した。
 今年のイベントは5月から始まっていたが、旅行やサッカーW杯中継などと重なって参加を断念。ライブの機会が減っている自分にとって、参加費不要で縛りの少ない自由で貴重な場だった。

 10時半に自宅を出発。昨年半ばから、会場には車で向かっている。
 11時に広場に着くと、閑散としている。朝までかなり激しい雨が降り、未舗装の駐車場には大きな水たまりが。まだ雨が残っている地域も近隣にあり、参加を躊躇するのも無理はない。


 エントリー締切りの11時半までに集まったのは6名。遅れてもう1名増えたが、2023年10月に参加し始めて以来、これほど少ないのは記憶にない。
 開始までに再び小雨がパラつき始め、急きょステージ上にテントを張ることになる。広場横にある電車の中に商工会所有のテントがあり、運び出して手分けして張った。これまた記憶にない措置である。
 時間通り12時にイベント開始。楽器演奏(BGM併用)が1組、ギター弾き語りが5組(うち2組がBGM併用)、ボーカル(カラオケ)が1組という内訳で、女性は1組だった。
 オープニングは不動の代表Mさん。変わらぬサキソフォン独奏で、女性演歌を4曲披露した。普段は2曲限定だが、人数が少ない今回その縛りはない。


 2番目は私。12時20分くらいからおよそ15分で、以下の3曲を歌う。

 限りない欲望」(フォーク)
 エンド・オブワールド」(洋楽POPS)
 突然さよなら」(フォーク)

 オーディエンスは参加者を含めて10名弱で、はっきりしない空模様のせいか、通りすがりに足を止める市民の姿がほとんどない。「仲間内だけの発表会」といった様相で、これはこれで楽しいものだった。
 1週間前から調整した喉の調子はまずまず。今回は前日にハチミツ生姜湯を飲んだくらいで、直前の漢方薬は飲まずに済ませた。
 無難にまとめて終わろうとすると、「もう止めるんですか?」「もっと歌っていいんですよ」と声がかかる。
 仲間内の「思いやりアンコール」の類いだったが、この日の構成は「限りなく続く」という、自分なりに決めたテーマに沿ったもの。暗譜している予備曲はあっても、あえて歌う気にはなれず、そのままステージを降りた。


 その後、持参のサンドイッチと珈琲で昼食を食べつつ、他のパフォーマンスをゆっくり楽しむ。早く終えた者の特権だった。
 雨が降り出す気配はなく、気温はじわじわ上がってきて、陽射しも照りつけてくる。はおっていたジャンパーは歌う際に脱ぎ、以降はずっと半袖で過ごした。雨よけのつもりで張ったテントが、思いがけず陽射しよけとして機能した。

 7人目の女性ボーカルが終わって終了かと思いきや、飛び入りがあると進行のMさんが告げる。後方の椅子で聴いていた男性が「相撲甚句」を歌うという。
 90歳という高齢だったが、若い頃に音楽関係の仕事に携わっていたとか。腰一つ曲がっていない達者な方で、場に合の手を求め、事前にそのリハまでやるという念の入れよう。声にも張りがあり、自分も見習いたいと刺激になった。


 予定より1時間も早い14時でイベントが終了。その後30分かけて音響設備とテントや椅子類を片づけ、14時半に全予定を無事に終えた。

 最後まで撤収作業に残っていたのは4名。今年最初の参加だったが、「次回もまたぜひに」と運営スタッフから声をかけられた。
 天候も含めていろいろあったが、参加者は減少傾向にあるのかも。共に支える意識が薄いと、安定継続は難しくなるように思える。