simple手作り生活
地球と家計に優しい縄文的ライフを語る
2026年6月13日土曜日
白黒かっぱえびせん
かっぱえびせんはオヤツにも酒のツマミにもなり得る柔軟さが好きで、50年以上前の学生時代からよく食べた。
100円で買える貴重なスナック菓子。いまもオヤツに欠かせない。
店頭にはカラー版と白黒版の両方がアピールするかのように並んでいる。物珍しさもあって迷わず白黒版を買った。
袋の裏には「石油原料節約パッケージ」の主旨説明がある。単に色がモノクロ化されただけでなく、デザインも微妙に簡略化されていた。
ロゴやエビのイラストは同じだが、可愛らしいカッパ一家が消えたのは少しさみしい。
ただ、袋は変わっても容量や価格は同じで、当然ながら味も同じ。権力に阿ってとやかく言う向きもあろうが、店頭に並ぶ限り今後も買い続けたい。
2026年6月11日木曜日
鉢替え&土替え
植物の生命力が最も強くなる春にやろうと思っていた鉢替えと土替えをまとめてやった。
急な寒さの到来や喜寿旅行などの事情で遅れたが、木々の芽はいっせいに吹き出て、時期としては遅すぎるほど。
対象は1階居間にあるパキラ、カポック、コーヒーの木、そして2階にある多肉植物だ。
観葉植物は他にパキラが3、サンスベリア、多肉火祭り、アイビーが各1あり、いまのところ問題はない。
パキラは何度か株分けしたうちで、最も小さい鉢。これ以上大きくするつもりはなく、鉢替えはせずに根切り後に土替えだけをする。
カポックは9年前に100均ダイソーで324円で買った。安かった割に丈夫で手がかからないが、最近になって葉が弱ってきた。
これまで一度も手を入れてなく、いったん抜き出して根切りし、一回り大きい鉢に植え替えた。ついでに余分な葉も切り落とす。今後の復活を期待。
コーヒーの木は昨年の父の日に次男からもらった。丈夫でよく育つが、水やりを週に2回やらないと葉がしおれてしまう。他の鉢は週1回の水やりで済む。
どうやら鉢が小さすぎるようで、一回り大きい鉢に交換した。
| 処置を終えた左からコーヒーの木、多肉植物、パキラ、カポック |
2階にある多肉植物は11年前の父の日に長男夫婦からもらったもの。4種類の多肉植物を寄植えしてあるが、全体的に元気がない。こちらも一度も手を入れてなく、根詰まりの可能性が高い。
鉢から引き抜いてみると、予想通り根が重なって巻き付いている。ハサミで大胆に切り落とし、弱っている株もいくつか切り捨てた。
鉢はそのままに、土だけを全交換。これで復活してくれるとよいが。
| 根詰まり状態の多肉植物(処置前) |
作業ついでに、玄関横のジューンベリーの伸びすぎた枝を大胆に剪定。さらには、植えてから8日経っても芽を出さない山東菜の古い種に見切りをつけ、昨年採取した新しい種を蒔いた。
最初に蒔いた新しい種は4日後に発芽している。過去の経験から、蒔いて7日経っても発芽しない種は諦めるべきだ。
一気に作業して少し疲れたが、短い春が終わる前に懸案事項が片づいて安堵。
2026年6月10日水曜日
PCバックアップ見直し
予期せぬマルウェア(悪意あるソフト)の感染により、メインPC(MacBookPro)をフォーマットしてOSのクリーンインストールを強いられたのが今年3月。
システムを含めた全データは外付けHDDに保存したMacの標準ソフト「タイムマシン/TimeMachine」から復活できるはずが、いざやってみると作業時間が360時間という途方もない表示で、断念せざるを得なかった。
最終的に手作業でDropboxやGoogleDriveから大半のデータを復活。数点のアプリケーションだけをタイムマシンの保存データから個別にダウンロードした。
年に3回のバックアップ時期がやってきて、作業前に音楽データをタイムマシンの保存データから復活させようとしたら、なぜか全く保存されていない。同様に動画データも保存されていなかった。
原因は不明。AIの診断では、「バックアップ除外項目」に入っていた可能性がある、とのこと。幸いに音楽データと動画データの最近の更新はなく、すべて別のiMacに保存されていて難を逃れた。
当初は移行速度の早いLANケーブルを使って新たなバックアップ作業をするつもりでいたが、熟慮のすえに今後は転送速度の早い16GのUSBメモリに必要なデータを保存する単純手法に改めることにした。
日々更新するデータの大半はDropboxとGoogleDriveに都度保存されている。それ以外で保存すべきデータは、ネット上に存在しなくなった古いアプリケーションのみ。現時点での容量は計4Gに過ぎなかった。
容量の大きい音楽データと動画データは従来通り、新たなデータが発生した際に他のiMacとMac miniに個別バックアップすれば事足りる。4年間使ってみたタイムマシン、その役目を終えそうだ。
2026年6月3日水曜日
山東菜の種蒔き
札幌は3日続きの真夏日。近隣の百合が原公園の藤が見頃だと昨日の新聞にあり、買い物帰りに観に行った。
時間は12時過ぎ。さすがに暑く、途中の自販機でアイスを買って食べながら藤棚へと向かう。目当ての藤は急な暑さのせいか盛りを過ぎていて、花が残っていたのは中央にある棚だけ。おそらく陽当たりの悪さで開花が遅れたのだろう。
それでも久しぶりに来た公園で、ぎりぎり花が観られてよかった。
家に戻って素麺で昼食。室温は27度前後で、じっとしている限り暑さは感じない。BSでSF映画を観ていたら眠くなり、途中で録画に切り替えて昼寝を決め込む。
起きるとかなり涼しくなっている。6月に入って土の温度が17度に達し、近所では「種まき鳥」のカッコウがやかましく鳴き始めた。予定通り、家庭菜園に山東菜の種を蒔く。
過去の経験から、直蒔きの場合は6月になってから種を蒔くのが正解。2度に分ける場合でも、8月中には蒔き終えることだ。
今年の場所は菜園東側の軒下側。アブラナ科の山東菜は連作障害が起きやすいが、この場所は過去数年間、種を蒔いていない。
2年前に買った古い種が少し残っていて、捨てずに全部蒔いた。リスクを考慮して昨年採取した種も少し蒔いたが、たぶんどちらも芽を出すはず。
(※新しい種が4日後の6/7に早くも発芽)
(※古い種は7日経っても発芽しなかった)
2026年6月1日月曜日
ボランティア懇親会
新年度4度目の地区図書館〜本修繕ボランティア活動日。9時35分に到着し、参加メンバーは7名全員がそろった。この日は午後からボランティア対象の懇親会があり、午前中は作業に集中する。
最初に前回手掛けた修理本を調べる。4冊中の2冊に追加補修が発生していた。チェック漏れが1冊と、固定クリップ切れでゴムバンドで代用したものが1冊。固定力の弱いゴムバンドは軽微な修理にしか使えないようだ。
その後、時間まで8冊の修理を続けてやる。大半がページ外れかノド部分の剥離で、パターン化された補修が大半。修理機材はギリギリ足りて、12時までに作業を終えた。
他メンバーは懇親会会場となる2階料理室へと移動。私は昨年に続き、食事終了後の余興で歌うことになっている。車に積んでおいた弾き語り用機材を本修繕用機材と交換し、料理室に搬入してセット。
昨年は窓際で歌った記憶があるが、音の反射と逆光の問題があり、今回は入口横の壁際に設営した。
機材は今回も軽量の簡略型。エフェクターは使わず、小型のスピーカーのみ。電子譜面だけは10インチの大型を使った。
12時半から昼食会が始まる。2年前から始まり、「おにぎりパーティ」「焼きサンドイッチ」と続いたメニュー、今回は「焼きギョーザ」という捻った趣向となった。
参加メンバーは本修繕ボラから5名、読み聞かせボラから1名、両方をかねているボランティアが2名、スタッフ4名の計12名である。私以外はスタッフも含めて全員が女性。寂しい気がしないでもないが、これが世の現状である。
工夫をこらした各種餃子がテーブルに並ぶ。大葉やチーズを使った餃子が非常に美味しく、歌う前の満腹は禁物とわかってはいても、ついお代わりを連発。大葉餃子はぜひ我が家にも取り入れたいメニューだ。
20分間くらい食べて、以降の食事は自重。胃袋を落ち着かせているうち、14時10分から読み聞かせボラのメンバーによる読み聞かせが始まる。
その絵本が「ぎょうざのひ」という、グッドタイミングなもの。やはり慣れている方の話術は巧みで、引き込まれる。
かなり前から決めてあったセットリストは以下の通り。同じジャンルが集中しないよう、選曲には腐心した。アンコールを含め、25分で8曲を歌う。「ボラーレ」(オリジナル訳詞):洋楽カンツォーネ
「花」(滝廉太郎):唱歌童謡
「最後の雨」(リクエスト・初披露):J-POP
「アカシアの雨がやむとき」:昭和歌謡シャンソン系
「アビーロードの街」:フォーク
「恋のしずく」:昭和歌謡
「空も飛べるはず」:J-POP
「恋」(松山千春・リクエスト・初披露):フォーク
人前で歌うのは実に半年ぶりのこと。喜寿旅行終了後、ずっとハチミツ生姜湯と黒豆茶で喉を調整し、毎日の練習も欠かさなかった。
直前には喉用の漢方薬「響声破笛丸」も飲んで万全を期したかいあって、喉の感覚は絶好調に近い。
3曲目の「最後の雨」は昨年リクエストが出て応えられなかった曲。かなり歌い込んだが、キーの高さも含めて難曲だった。
3〜6曲目は雨にちなんだ曲を並べた。5曲目の「恋のしずく」は馴染みが薄いかも?と直前で不安になり、場に確かめると知っている方がほぼいない。そこで触りを軽く歌うだけにとどめる。テレサ・テンの「空港」にすべきだったか?と反省。
1曲目と7曲目には「空にちなんだ曲」を配置し、無難にまとめた。
最後の「恋」はアンコールをかねたリクエスト。あとで調べると、初めて人前で歌う曲だった。その割には出来が良く、自分には向いている曲だったかもしれない。
終了後に手作りワッフルやムース、珈琲などのデザートが振る舞われ、雑談の花があちこちに咲いて時間が過ぎても終わらない。
「菊地さんの歌には、高音に独特の色気がある」と係員の一人が言う。過去にも同じ主旨のことを言われたことがある。自分では無意識で歌っていて、何がそうなるのかはよくわからないが、褒め言葉であることは確か。素直に嬉しい。
「今日は声がよく出てましたね」と別の係員からも労われ、日々の節制と精進に励めば車の運転と同様に、もう少しやれそうな気はする。
終了は予定から30分遅れの14時半。早くも来年のリクエスト曲や昼食メニューの話題まで飛び出した。楽しみはまだ続く。
2026年5月28日木曜日
花の中で草刈り
オロロン喜寿旅行に追われているうち、裏庭とそれに続く隣地の雑草が伸び放題になっている。旅行記もまとめ終え、旅の疲れも回復傾向で、ようやく草刈りをやる気になった。
例年通り、電動草刈り機のブレード刃を使ってやる。バッテリーは昨シーズン終了時に満充電済み。
夕方から雨の予報で、昼食前の午前11時半ころから作業開始。35分で最初のバッテリーが切れ、予備に交換後、やはり35分でバッテリーが切れた。
最初のバッテリーの充電が終わらず、予報よりも早く小雨がパラついてきたため、この日の作業はここで打ち切りとした。
隣地の一部を刈り残したが、大半はやり終えたのでよしとしよう。
(翌日に1時間かけ、すべて刈り終えた。今回は手間取った)
庭の花々が次々と咲き始めた。ライラック、スズラン、ハマナス、ジャーマンアイリスは台所と居間から窓越しに花が見えるよう植えてあり、目にするたびに気が和む。
2026年5月21日木曜日
オロロン喜寿の旅〜後編
(前編からの続き)
宗谷の夜は冷えると思い、昨夜は下着をつけたまま床についたが、羽毛掛け布団が暑くて眠れない。結局は宿の寝間着だけとしたが、今度は枕が合わない。ふかふか過ぎるのだ。
フリース上衣にバスマットとバスタオルを巻きつけ、自分好みの低い枕を作り上げてようやく眠りにつけた。
5時に妻が起き出して、部屋のバスタブに入る気配。まだ眠り足りず、起きたのは6時半。急ぎ身支度し、7時の朝食に間に合わせた。
朝食は洋食を期待するも、再びの海鮮づくし。さすがに食傷気味で、ホタテの味噌汁は美味かったが、少しは肉料理も欲しくなる。
8時過ぎにチェックアウトし、料金は各種税込みで25,100円と割安。
予定より40分も早く、8時20分に出発。気象データによると気温は7度前後。予想通り寒い。インナーベストとインナータイツ、さらにはストールで万全の防寒対策を施した。
海沿いの道を走って、15分で宗谷岬に到達。60年前の自転車独り旅と同じく、今回の喜寿旅の最終目的地でもある。
16歳の夏に少年からオトナへの区切りをつけた重要な場所で、ここが我が人生の原点ともいえた。同じ地を妻と共に再訪できたことが感慨深い。
岬周辺はすっかり整備されていて、「日本最北端の地」のモニュメントを含め、当時の面影は残っていない。「砂浜から歩いて海に足を入れた」と記録にあるが、いまはそれも難しい。
目の前に広がる宗谷海峡と打ち寄せる波だけが、わずかに過去の記憶を留めていた。万物は止まることなく、ゆっくりと流れている。
時間が早いせいか、人影はまばら。15分ほどいたのち、岬から高台へと通ずる道を上って宗谷岬灯台へと向かう。
灯台は色が黒&白から赤&白に変わっていたが、以前と同じ位置に建っていた。
60年前には灯台に隣接して大岬中学校があり、許可を得て校庭に野宿させてもらった。
同じ場所に立つと、当時の空気感のようなものがくっきりと蘇ってくる。ここに寝て、寝袋の窓から満天の星を確かに眺めた。
案内看板に従って走り、15分ほどで風力発電の風車が立ち並ぶゾーンに着く。ここが「風車の道」だ。
前日に通った天塩の「オトンルイ風力発電所」のような整然さはないが、丘の地形に合わせて思い思いに建ち並ぶ風車群は壮観。
この地に限らず、道北地区は至るところで風力エネルギーの積極活用が目立った。人類の目指すべき方向がここにある。
さらに走ると、道が突然真っ白に変わった。数年前に稚内市が観光目的で開発した「白い道」で、全長3kmの道にホタテ貝殻の廃棄物を砕いて敷き詰めているという。
青い空と海、木々の緑と白い道のバランスが絶妙。場所によっては道が海に飛び込むかのような錯覚に陥る。これまためったに出会えない印象的な風景だった。
60年前にはなかった高速道路に近い道で、信号も標識もなく、行き交う車もほとんどない。時折目にするのは牛の群れと風車群。
11時に天塩橋付近を通過。橋は新しい橋に変わって通行止めになっていたが、まだ壊されずに60年前の色もそのままに残っていた。
ここで東海大学の自転車旅の方とすれ違い、親しく言葉を交わして互いに励ましあった懐かしい思い出がある。
天塩の街に入る直前、木々の切れ間から利尻岳が一瞬見えた気がした。
広い路肩に車を停めて歩いて確かめると、やはりそうだった。サロベツ平原と風車群の向こうに、冠雪した利尻岳が間近に見える。
前日夕方に見た利尻岳よりも遥かに明瞭。海の向こうに広がる稜線が実に美しい。思いがけない幸運だった。
11時半、天塩町に到着。ここから道は前日通ったオロロンラインに再び合流する。
少し早いが、「ドライブインてしお」という店で昼食とした。普段より朝が早く、二人とも空腹だった。
天塩町は天塩川から採れるしじみが名産。珍しいしじみラーメンが食べられる。事前の調べでこのドライブインの評判がよく、外観はいかにもレトロだったが、寄ってみる気になった。
しじみたっぷりのラーメン(1,300円)は情報通り絶品で、汁まで飲み干す。探し当てた甲斐があった。前日のニシンそばといい、今回の旅は美味しい昼食に恵まれた。
12時ちようどに出発。あとは安全運転で無事に家に戻るだけ。
13時近くに羽幌町の道沿いに立つオロロン鳥の巨大なオブジェを通過する。
オロロン鳥は羽幌町天売島に繁殖する絶滅危惧種。今回走った日本海オロロンラインの命名由来となった鳥である。正式名はウミガラスで、その鳴き声からオロロン鳥と呼ばれる。
「おや?」と思わせるインパクトのある名を、よくぞこの道に名づけたものと感心する。
旅行で留守にすることを伝えた長男一家へのお土産を妻がさかんに気にするので、途中にある苫前道の駅「風Wとままえ」に休憩をかねて寄る。
温泉付き宿泊施設をかねていて、白い屋根がドーム状に膨らんだユニークなデザイン。おそらく風をイメージしたと思われる。手頃なお土産は見つかったが、施設の写真は撮りそびれた。
14時半に増毛町に到着。事前にネットで調べてあった「cafe海猿舎(うみざるや)」で珈琲タイムとする。古い旅館の一角を改装したレトロな雰囲気の店で、妻が浅煎りを私は深煎りを頼んだ。
この2日間、自宅から持参の珈琲と宿のインスタント珈琲で済ませてきたこともあり、久しぶりの本格珈琲(500円)をゆっくりと味わう。
増毛町に来るのは2人とも初めて。せっかくの機会なので、カフェ近くにあった映画のロケ地を探索する。
風待食堂(いまは観光案内所)〜旧富田屋旅館〜旧増毛駅と順に回ったが、いずれもニシン漁で栄えた過去の栄華を伝える歴史的な建造物だった。
15時に出発。休憩はもうしないつもりでいたが、妻が空腹を訴えるため、雄冬岬のトンネル群を抜けた石狩市浜益のコンビニに寄り、あんパンとアイスを調達。この旅最後の休憩とした。
そこから一気に南下し、自宅到着は予定より20分遅れの17時20分。2日目の峠道で左カーブを曲がる際、減速が甘くて後部に置いた魔法瓶が転がった以外、危ない運転シーンはこれといってなかった。
青春の思い出の地を妻と共に辿る旅、無事に終えられたことに感謝したい。
2日間の走行距離は約700kmで、16年前に企てた摩周湖還暦ドライブの2日間走行距離950kmに次ぐ記録となった。平均燃費も過去最高を記録し、給油は一度もせずに乗り切った。
今回は交通量が極端に少なく、終日好天で条件には恵まれた。ルート調査や各種ストレッチなどの事前準備を入念にやれば、もう少しやれそうな感じはする。
《2日目の走行データ》
・走行距離:358.5km ・平均燃費(2日間累計):32.8km/L
・2日間の合計走行距離:699.2km
《2日間の諸費用》
・宿泊費:25,100円 ・食事&珈琲代:6,000円
・展望台料金:800円 ・土産代:1,200円
・ガソリン代(最終燃費から算出):3,200円 合計36,300円






