2026年5月21日木曜日

オロロン喜寿の旅〜後編

 (前編からの続き
 宗谷の夜は冷えると思い、昨夜は下着をつけたまま床についたが、羽毛掛け布団が暑くて眠れない。結局は宿の寝間着だけで寝たが、今度は枕が合わない。ふかふか過ぎるのだ。
 フリース上衣にバスマットとバスタオルを巻きつけ、自分好みの低い枕を作り上げてようやく眠りにつけた。

 5時に妻が起き出して、部屋のバスタブに入る気配。まだ眠り足りず、起きたのは6時半。急ぎ身支度し、7時の朝食に間に合わせた。


 朝食は洋食を期待していたが、再びの海鮮づくし。さすがに食傷気味で、ホタテの味噌汁は美味かったが、少しは肉料理も欲しくなる。
 8時過ぎにチェックアウトし、料金は各種税込みで25,100円と割安。

 予定より40分も早く、8時20分に出発。気象データによると気温は7度前後。予想通り寒い。インナーベストとインナータイツ、さらにはストールで万全の防寒対策を施した。

 海沿いの道を走って、15分で宗谷岬に到達。60年前の自転車独り旅と同じく、今回の喜寿旅の最終目的地でもある。
 16歳の夏に少年からオトナへの区切りをつけた重要な場所で、ここが我が人生の原点ともいえた。同じ地を妻と共に再訪できたことが感慨深い。

 岬周辺はすっかり整備されていて、「日本最北端の地」のモニュメントを含め、当時の面影は残っていない。「砂浜から歩いて海に足を入れた」と記録にあるが、いまはそれも難しい。
 目の前に広がる宗谷海峡と打ち寄せる波だけが、わずかに過去の記憶を留めていた。万物は止まることなく、ゆっくりと流れている。

 時間が早いせいか、人影はまばら。15分ほどいて、岬から高台へと通ずる道を上って宗谷岬灯台へと向かう。
 灯台は色が黒&白から赤&白に変わっていたが、以前と同じ位置に建っていた。

 60年前には灯台に隣接して大岬中学校があり、許可を得て校庭に野宿させてもらった。
 同じ場所に立つと、当時の空気感のようなものがくっきりと蘇ってくる。ここに寝て、寝袋の窓から満天の星を確かに眺めた。



 9時ころから灯台から宗谷丘陵を南下する宗谷周氷河ロードをたどり、「風車の道」「白い道」へと向かう。
 波のように緩やかに連なる丘の狭間からは宗谷海峡が顔をのぞかせ、普段目にすることのない独特の雰囲気を醸し出す。あとで調べると、地中水分が凍結と融解を繰り返して形成された「周氷河」という稀有な地形らしい。

 丘陵は牛の放牧&牧畜に利用されていて、牧舎やサイロが点在する。新規の開発工事も活発に行われていたが、時間が早すぎるのか牛の姿は見られなかった。



 案内看板に従って走り、15分ほどで風力発電の風車が立ち並ぶゾーンに着く。ここが「風車の道」だ。
 前日に通った天塩の「オトンルイ風力発電所」のような整然さはないが、丘の地形に合わせて思い思いに建ち並ぶ風車群は壮観。

 この地に限らず、道北地区は至るところで風力エネルギーの積極活用が目立った。人類の目指すべき方向がここにある。


 さらに走ると、道が突然真っ白に変わった。数年前に稚内市が観光目的で開発した「白い道」で、全長3kmの道にホタテ貝殻の廃棄物を砕いて敷き詰めているという。

 青い空と海、木々の緑と白い道のバランスが絶妙。場所によっては道が海に飛び込むかのような錯覚に陥る。これまためったに出会えない風景だった。


 充分堪能し、9時半に出発。宗谷公園から海岸に出て、40号線を南下。豊富バイパス経由でサロベツ原野をひた走る。
 60年前にはなかった高速道路に近い道で、信号も標識もなく、行き交う車もほとんどない。時折目にするのは牛の群れと風車群。

 11時に天塩橋付近を通過。橋は新しい橋に変わって通行止めになっていたが、まだ壊されずに60年前の色もそのままに残っていた。
 ここで東海大学の自転車旅の方とすれ違い、親しく言葉を交わして互いに励ましあった懐かしい思い出がある。


 天塩の街に入る直前、木々の切れ間から利尻岳が一瞬見えた気がした。
 路肩の広い場所に車を停めて歩いて確かめると、やはりそうだった。サロベツ平原と風車群の向こうに、冠雪した利尻岳が確かに見える。

 前日夕方に見た利尻岳よりも遥かに明瞭で間近。海の向こうに広がる稜線が実に美しい。思いがけない幸運だった。


 11時半、天塩町に到着。ここから道は前日通ったオロロンラインに再び合流する。
 少し早いが、「ドライブインてしお」という店で昼食とした。普段より朝が早く、二人とも空腹だった。

 天塩町は天塩川から採れるしじみが名産。珍しいしじみラーメンが食べられる。事前の調べでこのドライブインの評判がよく、外観はいかにもレトロだったが、寄ってみる気になった。
 しじみたっぷりのラーメン(1,300円)は情報通り絶品で、汁まで飲み干す。探し当てた甲斐があった。前日のニシンそばといい、今回の旅は昼食に恵まれた。


 12時ちようどに出発。あとは安全運転で無事に家に戻るだけ。

 13時近くに羽幌町の道沿いに立つオロロン鳥の巨大なオブジェを通過する。
 オロロン鳥は羽幌町天売島に繁殖する絶滅危惧種。今回走った日本海オロロンラインの命名由来となった鳥である。正式名はウミガラスで、その鳴き声からオロロン鳥と呼ばれる。
「おや?」と思わせるインパクトのある名を、よくぞこの道に名づけたものと感心する。


 旅行で留守にすることを伝えた長男一家へのお土産を妻がさかんに気にするので、途中にある苫前道の駅「風Wとままえ」に休憩をかねて寄る。
 温泉付き宿泊施設をかねていて、白い屋根がドーム状に膨らんだユニークなデザイン。おそらく風をイメージしたと思われる。手頃なお土産は見つかったが、施設の写真は撮りそびれた。


 14時半に増毛町に到着。事前にネットで調べておいた「cafe海猿舎(うみざるや)」で珈琲タイムとする。古い旅館の一角を改装したレトロな雰囲気の店で、妻が浅煎りを私は深煎りを頼んだ。
 この2日間、自宅から持参の珈琲と宿のインスタント珈琲で済ませてきたこともあり、久しぶりの本格珈琲(500円)をゆっくりと味わう。

 増毛町に来るのは2人とも初めて。せっかくの機会なので、カフェ近くにあった映画のロケ地を探索する。
 風待食堂(いまは観光案内所)〜旧富田屋旅館〜旧増毛駅と順に回ったが、いずれもニシン漁で栄えた過去の栄華を伝える歴史的な建造物だった。


 15時に出発。休憩はもうしないつもりでいたが、妻が空腹を訴えるため、雄冬岬のトンネル群を抜けた石狩市浜益のコンビニに寄り、あんパンとアイスを調達。この旅最後の休憩とした。

 そこから一気に南下し、自宅到着は予定より20分遅れの17時20分。2日目の峠道で左カーブを曲がる際、減速が甘くて後部に置いた魔法瓶が転がった以外、危ない運転シーンはこれといってなかった。
 青春の思い出の地を妻と共に辿る旅、無事に終えられたことに感謝したい。


 2日間の走行距離は約700kmで、16年前に企てた摩周湖還暦ドライブの2日間走行距離950kmに次ぐ記録となった。平均燃費も過去最高を記録し、給油は一度もせずに乗り切った。
 今回は交通量が極端に少なく、終日好天と条件には恵まれた。ルート調査や各種ストレッチなどの事前準備を入念にやれば、もう少しやれそうな感じはする。

2日目の走行データ
・走行距離:358.5km ・平均燃費(2日間累計):32.8km/L
・2日間の合計走行距離:699.2km

2日間の諸費用
・宿泊費:25,100円 ・食事&珈琲代:6,000円
・展望台料金:800円 ・土産代:1,200円
・ガソリン代(最終燃費から算出):3,200円  合計36,300円

2026年5月20日水曜日

オロロン喜寿の旅〜前編

 昨年の金婚旅行に続き、以前から構想にあった稚内への旅に出た。今回は車を使った1泊2日の道内旅行。夫婦で喜寿を迎える節目に加え、私が60年前に企てた自転車による稚内独り旅の足跡を辿ってみたいという意図もあった。
 車の旅はパックツアーにはない自由気ままさがあり、費用も安くあがる。加齢による運転技術の低下や貰い事故、クマ被害などの不安もあったが、人生の残り時間が少ないいま、元気なうちにやれることはやっておきたいという希望を優先させた。

 宿はネットで探し当てた宗谷のペンションを2月に予約済み。
 1週間前からGoogleマップで旅程を詳細にチェックする。トイレ休憩や昼食の場所、その目標時間までざっくりと決めた。


 予定ぴったりの9時に出発。走るのは「日本海オロロンライン」と呼ばれる小樽〜稚内間の全長380kmにわたる長い道だ。
 自宅から北へ数キロ走ると合流できて、先月末にも石狩灯台まで走ったばかり。定番のドライブコースだったが、厚田を過ぎると道は断崖と海に挟まれてトンネルも増えてきた。

 雄冬岬を過ぎてから道路沿いにあった公衆トイレで休憩。持参の珈琲を飲む。気温は低めだが晴れていて、絶好のドライブ日和である。
 留萠を過ぎると60年前に自転車で走った懐かしい国道232号に入る。
 当時は未舗装の砂利道で長い坂が延々と続き、悪戦苦闘した辛い思い出がある。坂は記憶のままだが、快適な舗装路は車だとあっという間だった。


 12時5分前に道の駅おびら鰊番屋に到着。ニシン漁で栄えた頃を伝える重要文化財の旧花田家番屋が隣接している。ここまでは順調な走り。
 ここで昼食とし、二人とも1,100円のニシンそばを注文する。汁もそばもニシンも絶品で、あちこちで食べた中で最高の味だった。


 12時20分に出発し、20分ほどで苫前町にある「ローソク岩」を通過。
 60年前の自転車旅行でも、ここで写真を撮っている。当時より先端がかなり侵食されていて、月日の流れを痛感した。


60年前(1966年)のローソク岩

 14時10分に道の駅てしおに到着してトイレ休憩。旅行中はずっと腰にコルセットを装着したが、座りっぱなしは腰痛の元凶。定期的な休憩は必須だった。
 節約のためカフェや自販機は極力利用せず、駐車場に停めた車のリアハッチを開け、立ったままで持参の珈琲を飲む。


 天塩から232号を離れ、道道106号へと入る。
 道沿いに巨大な風車「オトンルイ風力発電所」が圧倒的な迫力で建ち並ぶが、人の気配は全くない。


 途中からその風車も途切れ、電柱も標識も人家もない大平原を、ただ道だけがまっすぐ前に伸びる。
 この世の果てにやってきたかのような寂寥感に満ちた風景で、行き交う車もほとんどない。その「何もなさ」が得難い魅力なのだった。


 道道106号から分岐して半島を海沿いに回る宗谷サンセットロードに入り、15時40分に稚内市の北端にあるノシャップ岬に到着。
 近くには国内第2位という高さ43mの稚内灯台がある。60年前の自転車旅行では時間の都合で訪れていない。なぜか妻が灯台周辺の景色をエラく気に入っていた。


 そこから南下し、稚内公園へと向かう。蛇行する細い道を上り、小高い丘の上に建つ稚内市開基百年記念塔に着く。
 丘が海抜170mで、塔がさらに80mある。予定にはなかったが、妻の希望で400円払って展望台まで昇ることになった。

 周囲には海と平原が茫漠と広がり、眺めは抜群。期待していた利尻富士は雲にかすんで見えなかったが、稚内の街並みや宗谷湾、宗谷海峡からその向こうのサハリン(樺太)まできれいに見渡せた。


 帰り道の途中にある氷雪の門で再び車を降りる。丘を下って稚内港北防波堤ドームも車窓からチラリ見届けて、予定していた稚内市の名所旧跡はすべて回った。


 時計はすでに16時40分。急ぎ車を走らせ、予定より30分遅れの17時に宿泊地のペンション亜留芽利亜(アルメリア)にすべり込む。
 ネット検索で見つけたが、割安で清潔なせいかユーザー評価は高い。

 部屋は2階北西側のツイン洋室。バルコニーから宗谷海峡が目の前に広がる。風呂は部屋と共用大型の2つある。



 夕食は18〜19時。ビールの中瓶を1本だけ頼み、ささやかに乾杯。
 カニやウニを始めとする海鮮料理が中心で、「高齢者少量コース」を選んだが、食べきれなかった。タコしゃぶが絶品。

 食事を終えた18時40〜45分ころ、海峡に沈む美しい夕日と、昼間は霞んでいた利尻富士が食堂の窓から同時に観られた。幸運だった。


 妻も私も鼻水や咳、喉痛などの軽い風邪症状があり、宿のWi-Fiがなぜか繋がらないこともあって、早めに床につく。(後編に続く

1日目の走行データ
・走行距離:340.7km ・平均燃費:32.3km/L