近くに学生時代の友人夫婦が住んでいて、数年前に訪れた。10数年前には住宅設計の依頼で半年間、毎日のように現場監理に通った街だった。土地勘は充分にあるが、施設自体は初めての訪問になる。
積雪による交通渋滞が怖く、14時開始だったが、12時10分に家を出た。
折からの暖気で道はすっかり乾いていて、大きな渋滞もない。夏と変わらぬ順調な走行で、1時間10分で先方に着いてしまう。積雪時における市内遠方施設への所要時間と大差ない。
コンビニで少しだけ時間をつぶし、13時半に施設内に入る。完成後1年半という施設で、全てが新しい。
担当のKさんとは電話やFAXを通じ、かなり早くから数回に及ぶ打合せを重ねてきた。施設が新しく、イベント企画の歴史も浅い。運営手法に不安があるらしく、時間内への具体的な収め方まで相談された。
遠方とあって下調べはしなかったので、開始までの時間を使ってライブの具体的な進行方法やアンコールに関し、細かい打合せをする。
イベントは自由参加で、40人弱の定員と聞いたが、食堂に集まったのは20人ほどだった。予定より10分遅れの14時10分から開始。先方の希望通り、およそ45分で15曲を順に歌う。
「北国の春」「おかあさん(森昌子)」「お座敷小唄」「バラが咲いた」「幸せなら手をたたこう」「サンタが町にやってくる(Xmas企画)」「お正月(年末企画)」「高校三年生」「さくらさくら」「まつり」「憧れのハワイ航路」「夜霧よ今夜も有難う(二択企画)」「時の流れに身をまかせ(二択企画)」「月がとっても青いから」「青い山脈」
聴き手に車椅子の方は皆無で、介護度は低く、元気のいい方が多い。男性の比率が4割ほどで、他に比べて突出していた。
そうした特徴が影響していたのかは定かではないが、出だしから反応は非常に弱かった。高齢者が中心の施設では圧倒的に人気のある「北国の春」に、歓声や手拍子が全く起きない。歌いながら席を順に見回しても、目を輝かせて応えてくれる人はいなかった。
(これは厳しい…)そんな苦戦の展開を覚悟した。
沈滞したムードはその後も変わらず、他施設では無条件に手拍子が起きる「お座敷小唄」でも、事前のMCで手拍子を促したにも関わらず、反応はまばら。ライブそっちのけで個人的な会話に勤しむテーブルもあり、ある意味では自由気ままなサロンふう、またある意味では無秩序なおしゃべり広場といった様相だった。
あくまで依頼されて歌っている立場なので、運営に関してとやかくは言えない。聴き手参加型の歌を入れたり、Xmas企画を途中に挟んだり、時には力技を使ったりなど、可能な限りの工夫をこらして粛々とライブは進めた。
少しだけ手応えを感じたのが、ラスト間近に仕掛けた二択リクエスト。女性は圧倒的に「時の流れに身をまかせ」を支持し、男性は「夜霧よ今夜も有難う」を推した。
両者拮抗で判定に困っていたら、担当のKさんから、「両方歌っていただくというのは…」というナイス助け舟。「ではそうしましょう」と応じて、場が湧いた。
アンコールは場の空気次第で、と事前に打合せていたが、聴き手からの自然発生的アンコールは当然ない。終了後にKさんに目配せし、「終わりです」と小さく告げる。あうんの呼吸でKさんが場を締めてくれた。
初めての施設で歌う難しさをまたまた痛感したが、毎回アタリのライブなどあるはずもなく、奢りの気持ちを戒める意味では、よいクスリになったと自分で思う。
何が足りなかったのか、帰路の長い道のりをずっと考えていたが、もしかすると入居者の意識が若すぎて、一般の高齢者施設向けの受身的な構成では、飽き足らなかったのかもしれない。
介護施設では一度も試みてないが、地区センターなどで好評の「全曲リクエスト方式」をやってみる価値はありそうだ。もし次回があれば、の話だが…。