2010年12月31日金曜日

家族忘年会

 ブログはすでに書き納めたつもりでいたが、コーハクを見ながらの家族忘年会がかなり盛り上がったので、すでに年が明けたいま、振り返って記しておく。


 写真のタラバガニ、道南在住の末の息子の年末プレゼントである。昨年は毛蟹だったが、今年は上の息子も帰省するとあって、奮発したらしい。これ1パイで何と15,000円もしたとか。カノジョのいない独身でなければ、とても買えないゼータク品である。

 これをメインの肴に、ときどきコーハクを片目で見ながら、酒とバラの一夜は過ぎていったのであった。

おしなべて良き年

 昨年に引き続き、今年の自分を総括してみたい。

《仕事》
 地道な努力のかいあって、最悪だった昨年からは、かなり回復した。パースや平面図で、新しいタッチをいくつか会得。依頼先の求めに応じたものだったが、自分のデザインワークの幅を広げることに、結果としてなった。

 3人の子供もすでに自立し、9年間のサラリーマン時代に納めた厚生年金の報酬比例分が少しずつ支給され始めたので、かってのようにアクセク働く必要はないが、求められるうちは少しずつでも続けたい。
 報酬は別にして、働くことはやはり人間の原点の行為だと思っている。


《趣味》
 ギター弾き語りによるライブは、あれこれ取り混ぜて合計21本をこなした。なぜか昨年より2本、一昨年より6本も増えている。およそ6割が高齢者対象のものだが、今年は地域センターや病院、カフェなど、新しい場がかなり増えた。
 それに伴って新しいネットワークも急増。来年にむけても新たな場を求めて種まき作業中なので、この傾向は今後も続くと思われる。

 お盆休暇を利用し、かねてから計画していた道東地区への旧婚旅行を実施。秋にはニセコにも足をのばした。移動中でも仕事をこなせる体勢をある程度整えたので、健康でいるうちに、今後こうした機会を増やしたい。
 完全なる趣味ではなく、限りなく家事実益のジャンルだが、DIYでは自宅新築後10年の節目だったこともあって、かなりの補修工事を手がけた。同時に、ギター弾き語り活動関連の機材や備品を数多く自作。
 ギター弾き語りと並び、手作りもまた私のライフワークとして定着した感。

 母の突然の入院など、トラブルが皆無ではなかった。それが人生である。しかし、それぞれ前向きに最善の手段を講ずることができたように思う。
 2010年、おしなべて良き年であった。

2010年12月30日木曜日

父さんカレー

 掃除のやり過ぎで疲れが出たのか、昼過ぎまで死んだように寝ていた。予備寝室では、飲み会で明け方に戻ってきた上の息子が同じく爆睡。
 夜には末の息子も帰省するので、この日は久しぶりに「父さんカレー」を作るぞと妻に宣言し、材料も抜かりなく準備してあった。年末に超多忙となる妻の負担軽減と、小さな労働奉仕の意味もある。

「父さんカレー」、要は私が作る特製のカレーなのだが、妻の作るカレーとはちょっと違う独特の味で、子供たちが小さい頃から人気があった。
 上の息子が九州に転勤になる際、このカレーをぜひ食べたいとメールがあり、休暇をもらってはるばる食べに帰って来た。最近はこのカレーを食べにくる遠方の客もいるほど。(希望者は検討しますので、メールください)


 4人分を作るのは久しぶりなので、いつもよりかなり時間がかかったが、午後5時過ぎには何とか完成。今夜も高校時代の同期会で外出する上の息子には、出がけに小さな皿で食べさせ、夜に帰省した末の息子とは一緒に食べた。
 混沌の時代だが、克服へのキーワードは家族を含めた身近な人々との、ささやかな時間の共有であろう。そうしたものをオロソカにすると、真の幸せはいつしか遠のいてゆく。
「ホームページで見ました」と見知らぬ方からまた電話があり、年明け早々に介護施設の新年会で歌うことになった。工夫を重ねて地道に活動を続けていると、自然に輪が広がってゆく感じがする。ありがたいことだ。
 この施設、聴き手の層が下は20歳から上は90歳と、とんでもなく幅が広い。「グループホーム」「ディサービス」「障がい者施設」の3つを兼ね備えた都心の大規模施設からの依頼なので、そういうことになるらしい。
 聴き手も50名近いとかで、難しいライブになりそうだが、未知であればあるほど、最近は気持ちが燃えるようになった。

「どの世代にも受ける」という歌はそうないので、あれこれと選曲に悩んでいるが、年が明けるので、早めに春の歌が歌えるのが救い。来年も何かと忙しい年になりそうな予感がする。

2010年12月29日水曜日

長男帰る

 大掃除の続きをセッセとやっていたら電話が鳴って、上の息子が札幌駅まで来ているという。仕事で昨年春から九州に住んでいるが、今年はおよそ1年ぶりに帰省するとのメールが先日あったばかり。
 昨夜未明から10センチ近い雪が降ったが、最寄りのJR駅から一人で歩いてくるというので、大掃除を続けた。

 だいたい終わって、3時のお茶をいっしょに飲みつつ、あれこれ話す。転勤直後は西の水が合わず、一時期仕事で悩んでいた様子の息子だったが、最近は立ち直りの気配を感じていた。なるほどそうでしたか。


 夕方、小中学校の同期会に出かける息子を送りがてら、近隣のスーパーに買物に行く。買い残した正月用品の調達で、年末の買物は生もの(刺身類)を除いてほぼ終わった。
 車をスーパー駐車場に停め、しばらく顔を出していない近隣のO珈琲に歩いて行ってみる。開いているかどうかビミョーだったが、店の明かりは点いていた。
 ドアを開けてマスターに確かめると、今日が今年最終営業日だそう。閉店1時間前で、ぎりぎりセーフだった。
 家に戻って正月の飾り付けの準備をする。玄関外の飾り付けは先日のイルミネーションと手作りリースで終わっているので、残るは玄関ホールのミニ松飾りと、1-2階のお供え餅である。
 しかし、今日は箱から出してチェックしただけ。29日に飾り付けをしてはいけない、といつも妻が言う。調べてみると、「29」→「二重苦」という、日本人が大好きなダジャレ文化なのだった。

 さらには、31日でも「一夜飾り」といって、年神に対して誠意を欠くのでいけないらしい。となると、28日前か30日に限定されるが、大掃除のまだ済んでない28日以前は物理的に無理というもの。
 こうなればツジツマの合う、時計が12時を回った深夜に飾ってやるぞと、準備おこたりない。

2010年12月28日火曜日

チョウシがいい

 妻との忘年会の折にイトーヨーカ堂に立ち寄ったが、手頃なお銚子が売っていたので、ついフラフラと買ってしまった。「稼いだ年は貯め込まずにモノを買う」、これが長年の信条である。

 実は結婚したときに妻と二人で選んだお銚子セット3本のうち、1本が最近になって割れた。35年も使い続けて1本も欠けなかったことが奇跡に近いが、新婚時代には相応しかったデザインも、還暦夫婦には少し可愛い過ぎるきらいがあった。
 そんなこんなで、かねてから探していたお銚子なのである。


 欲しいお銚子で妻とは意見がまっぷたつに別れた。妻はグリーン一色の細いデザインがよいといい、私は白が主体の丸い形を好んだ。
 意見がまとまらないので、両方買うことにした。その日の肴や気分によって使い分ければいい。

 お金を払う段になって、妻が全額出してくれることになった。遅まきながらのクリスマスプレゼントだという。妻へのクリスマスプレゼントは、欲しがっていた冬用パジャマを私の独断で選び、かなり前に贈ってたいそう喜ばれている。そのお返しだというので、ありがたくいただいた。
 写真の真ん中が35年使った新婚時代のお銚子で、左右が新しい還暦お銚子。両方とも有田焼だが、1本500円で入手した。お銚子が変わると酒の味まで変わったように感じるから不思議。

2010年12月27日月曜日

珈琲メーカー主役交代

 22年近く酷使してきた東芝製コーヒーメーカーを、ついに買い換えた。まだ使えることは使えるのだが、実は3年前に心臓部であるフィルターカップ蓋が壊れた。劣化による脱落で、普通は丸ごと買い換える致命的な故障である。
 しかし、モノはとことんまで修理して使い切るのが日頃のモットーなので、あり合わせの廃材を使い、自分で修理した。

 その後も毎日2度のペースで延々使っていたが、最近になって妻が空焚きをしてしまった。このコーヒーメーカーには保温装置がついていて、毎朝欠かさずコーヒーを飲む妻が、すでに空になった容器の保温スイッチを入れたまま出勤する、という問題が発生した。
 妻が出かけた数時間後に起きた私が気づき、あわててスイッチを切ったが、耐熱用に置いたタイルはかなり熱くなっていて、放置すれば火事につながりかねない事態。


 空焚きは今回が初めてでなく、過去にも数回あった。いずれも大事には至らず、対症療法として下に置いた耐熱タイルで何とか凌いでいたが、これから二人とも年をとるばかりで、このままでは危険である。打てる手は早めに打たねばならない。

 2台あるボイラはFF式、電気ストーブはなく、台所の熱源は炎の出ないIHヒーターで、万一の空焚きにも30分で自動的にオフになる安全装置がついている。家の中でタバコを吸う者はなく、コンセントプラグ類には、すべてトラッキング火災予防措置が施してある。
 1-2階には熱や煙に反応する感知器も設置済みで、現時点で防火に関して漏れがあるとするなら、このコーヒーメーカーだけだった。
 いろいろ調べたすえ、珈琲を落とし終わったあとに電源自動オフの仕掛けがあり、味がよくて安い。こんな条件にぴったりのメリタ製コーヒーメーカーをネット通販で買った。送料こみで5,000円弱。ネットでの評価も非常に高い。
 ポットがステンレス製保温式になっているので、電源が自動で切れたあとも、1時間は暖かさを保ってくれる。この間電気代はかからず、蒸発による味の劣化もない。縄文的生活にはピッタリの機器ではないか。
 色は年齢や風水を考慮し、思い切ってローズレッドを選択。台所の家電は黒や白ばかりなので、パッと明るく映える。

 さっそく日々使っているが、これまでと違って味に丸みがあり、手で入れるのと遜色ない。保温を保つため、蓋や本体のセットがこれまでより厳密になったが、ガラスポットのように割る心配が皆無なので、大きな瑕ではない。
 古いコーヒーメーカーは年末最後の不燃ゴミの日に出し、ついにお役御免。よくぞ働いてくれたが、十二分に元はとった。またひとつ新しい時代の始まりである。

2010年12月26日日曜日

夫婦忘年会

 夫婦だけの忘年会を、何かしらの形で毎年やっている。今年はいろいろ案が出たが、最終的なゲタは妻に預けた結果、近隣の美味しい回転寿しでの夕食に落ち着いた。
 年末ぎりぎりまであったライブ2本のために、遅れに遅れた年賀状の作成と印刷を半分だけ済ませ、午後6時近くになって車で出かけた。

 近くにはホームセンターやスーパーが固まっているので、食べる前に正月用品を中心にあれこれ買物。押し詰まると値段が上がるものと、逆に下がるものがあり、慎重な選択がこの時期には要求される。
 大雑把だが、生鮮食料品は押し詰まるほど上がり、工場生産品は逆に下がる。


 予定外の品まで買ったせいで、ちょっと手間取って寿司店に入ったのが7時過ぎ。空腹だったが、店は満員で15分ほど待たされた。不景気といいながら、安くて美味い店にはちゃんと客が集まる。
 車なので私はノンアルビール、あまり飲めない妻が、なぜか生ジョッキを注文した。最近のノンアルビールは風味が向上し、味自体はビールと比べても遜色ない。見た目もビールそっくりなので、ノンアルビールでも充分に酔える(実際には酔ってないが、気持ちが)実に安上がりで安全な体質になった。
 あれこれ食べて、二人とも満腹して満足した。タラバガニと蒸しエビが絶品でありました。ここの支払いは全て妻の分担。年末年始の特別会計費(飲食物費)は、逆に全て私がまかなう。ここ10年くらいの暗黙の取り決めである。

 帰路、またも妻の要望により、24時間営業のディスカウントスーパーに寄る。ここでもオセチの材料を中心に、年末用品を調達。妻の職場が年末に超多忙になるので、買物は前倒しが必須。すでに鏡餅や日本酒、菓子やドリンク類も買いそろえた。早過ぎ?

2010年12月25日土曜日

歌い納め

 今年最後となるライブが、近隣のグループホームで実施された。例年招かれるクリスマス会の余興で、聴き手は入居者やその家族、職員を含めて40名を超す盛況。今年は3組のボランティア・パフォーマーが参加となった。

 1番手は30歳前後と思われる若い男女二人組。ボーカルが女性で、ギター伴奏が男性というユニットで、参加のきっかけが女性のグループホームでのヘルパー研修からとか。つまりは介護福祉士の卵である。
 ライブ活動を初めてまもないということで、多少の力みも見られたが、一青窈の「ハナミズキ」や、キロロの「未来へ」など、新しい歌に果敢にチャレンジしていた。「クリスマスメドレー」や「見上げてごらん夜の星を」など、場に相応しい選曲の工夫も見られた。

 2番手はケーナ演奏のSさん。施設の社会労務を担当してる方で、3度目の参加である。今回はギターのサポートがなく、ちょっと苦戦していたが、童謡メドレーや演歌系の曲など、これまた場への配慮が見られた。


 そしてラストが私。いつもはトップを任されるが、この日に限って副ホーム長のAさんが、「ぜひともトリを」との強い要望。事前のプログラムと順序が違うので一瞬戸惑ったが、素直に従った。
 演奏者が複数いた場合、聴き手はどうしても比較してしまうが、逆にそれを利用し、自分の特色を強く打ち出すよう心がけた。

 予定をかなり変更したが、結果としてこの日歌ったのは11曲。28分のパフォーマンスだった。
 1曲目は「ジングルベル」を歌う予定が、最初の若いユニットが歌ってしまったので避け、ひとつ飛ばして「青い山脈」から歌う。当日になって虫が知らせたのか、急きょこの曲にもフットタンバリンを合わせていたので、場は一気に盛り上がった。いわゆる「鳴りもの」であるフットタンバリンの威力はすごい。
 早めに歌った童謡唱歌でも、予定していた「赤とんぼ」が、ケーナ演奏のSさんと重複。急きょ「故郷」に差し替えた。以前は重複しても気にせず歌っていたが、経験ある年長者でもあり、可能なら若手に譲るべきだろう。
 何度も訪れてよく知っている場なので、この日はいくつか新しい試みをした。初披露の曲は、「ゆりかごの歌」「ピクニック」「白いブランコ」の3曲で、「白いブランコ」は先月の社福協交流会でも突発リクエストで歌ったが、フルコーラスでは初めて。

「ゆりかごの歌」は唱歌なので計算通りだったが、伴奏が冗漫にならないよう、3番だけに初めてミュート奏法を使った。まずまずミスなく弾けたので、今後は実戦でも使えそう。
「白いブランコ」では、間奏のメロディラインをハモニカで演奏した。この1ヶ月、毎日練習し、最近では自己流のビブラート奏法も口だけで吹けるようになったので、こちらも無難にこなした。

「ピクニック」ではフットタンバリンを使用。洋楽なので不安があったが、動物の鳴き声の部分でギターを弾く手を一瞬止め、右手を耳にかざして会場の声をうながしてみたら、ちゃんと応じてくれてうれしかった。
 場が水を打ったように静まり返った「夕焼け小焼け」「故郷」の直後に意識的に配置したので、反動でうまく場が乗ってくれた。今後充分に使える曲だと思う。


 つい3日前のライブが非常に盛り上がったので、この日は気持ちが守りに入りそうになった。2度続けて当てるのは難しい気がした。
 しかし、攻めの姿勢を貫いたのがよかったのか、3日前を上回る会心の出来。この場では珍しく、アンコールまで飛び出した。

「最後の曲にします」と宣言したとたん、「菊地さん、あと2曲聴きたい!」と期せずして声が上がり、急きょこの施設のテーマソングとして作ったオリジナル「のどか小唄」を歌う。
 終了後、入居者代表の方から花束をいただく。ちょっとしたことだが、細かい配慮がとてもうれしい。
 見知らぬ方が何人も近寄ってきて、握手を求められたり、親しく言葉を交したりした。その中で地元町内会の高齢者ボランティア組織の中年女性から、ぜひ町内会の集まりでも歌って欲しいと頼まれた。
 聴けばシャンソンや叙情系の歌が好みとか。別の場でコンサートをやるときは、ぜひ声をかけて欲しいとも言われた。しまいには、過去のライブCD音源を送る約束まで交す。
 音楽の同士はあちこちにいるもので、どこに幸運が転がっているか分からない。地域センターでのコンサートが実現したら、まず声をかけてみたい。

2010年12月24日金曜日

都合4冊目の本

 自費出版や翻訳出版まで含めると、都合4冊目の本が出版された。今回は某ライター集団11人による共著である
 内容は歴史ノンフィクション物だが、実はこの本の企画、6年前に持ち上がったもの。企画から基礎資料作成、校正などに深く関わったが、諸般の事情でとにかく呆れるほど時間がかかった。年とともに気は長くなったほうだが、それにしても…。

 すでに主要書店やネット通販でも入手可能だが、故あって完全な企画出版ではなく、費用の一部を著者が分担しなくてはならない。ネットの爆発的な普及により、本も新聞も雑誌もテレビも、明日なき不況のスパイラルである。先を見据えた適切な対応をせず、過去の栄光にすがっていると、どんな大組織であろうともたちまち消え去る運命であろう。


 ということで、20冊が出版社から「買い取りノルマ」として送られてきた。今日は日頃お世話になっているあの方この方、「本が出たら差し上げます」と約束を交したあの方などに送るため、「謹呈」のしおりを作ったり、封筒を印刷したりして、発送作業に追われた。

 後日、もよりの地域センター図書館にも寄贈する予定。半分は趣味に近い活動であり、昨今の出版不況下では、ある程度の費用負担もやむを得ないが、基本的に一人で自由気ままに企画運営できるギター弾き語り活動と違って、船頭が多数いる共著という形式は私にとって苦痛に近い。
 歴史ノンフィクションというジャンルは苦手ということもあり、身の程を知って今後はギター弾き語り活動に専念すべきであろう。

2010年12月23日木曜日

地産リース

 玄関前の雁木風車庫内にイルミネーションを設置した際、南壁にある外灯から電源を引くために、枯れて蔓だけになっているナツヅタを少しばかり剪定した。
 電源コードはツタの蔓に巻きつけてうまくカムフラージュし、木材を張った壁の一部に深く食い込んで湿気の元になっているツタを、かなり撤去した。

 取り払ったツタの量はかなりのものだったが、いつものように細かくハサミで切断し、堆肥にしようと思ったが、前日にNHK-BS放送で見た「緑遊人」という番組をふと思い出した。
 その縄文的切り口が好きで、いつも欠かさず見ている番組だが、今回は三浦ちづるさんという島根県の山奥で暮らす私と同い年の方が、地元の山で採れる野生の蔓を集め、カゴやオブジェなどを自在に作って暮らす様子を伝えていた。
(このツタで私も何か作れるのでは…?)


 咄嗟に思いついたのは、ありきたりだが、素人でも作りやすいリースである。手製のリースは家の中にもひとつあるが、材料は近隣の湖にドライブに行った際に採取したブドウの蔓である。手製ではあるが、自宅で採れた材料ではない。
 秋にニセコに紅葉狩ドライブに行った際、昼食を食べたカフェの玄関には、周辺の山で採れた蔓で作った立派なリースが飾ってあった。ズバリ自宅内で採れた材料で作ったリースがあれば、まさに「縄文の日々」にぴったりのオブジェとなるであろう。
 さっそく剪定したての蔓を適当に丸めてみた。見よう見まねだが、それなりのリースが完成。玄関にある外灯にかけてみたら、けっこうサマになる。針金やヒモは一切使わず、蔓だけをよじってリング状にしている。
 蔓だけではちょっと物足りない感じなので、すでに枯れてドライフラワー化しているアジサイを北側の庭から採ってきて、適当にあしらってみると、かなりバランスがよくなった。

夜はこんな感じ。ちょっと怪しくて、こちらも悪くない。

2010年12月22日水曜日

ラストひとつ前ライブ

 今年のラストひとつ前になるライブが無事に終わった。今日は平日だったので、原則的にはライブは受けない日である。しかし、先方のたっての希望もあり、急な仕事にも対応可能な近い会場だったので、ありがたくお受けした。
 初めて歌うグループホームだったが、今年最高とも思える盛り上がりぶり。終始笑顔と手拍子、歓声が絶えなかった。そして最後には今年何度目かとなる涙のおまけまでいただく。歌い手冥利につきる時間だった。


 帰路、大回りして母の暮らす施設に立ち寄る。あれこれと忙しく、しばらく間隔があいてしまって気がかりだったが、前日に髪を切ってもらったという母は血色もよく、元気にしていた。

 恒例となっている「記憶力テスト」をやってみたが、子供の名や自分の誕生日は問題なく思い出せた。自分の生まれた土地や旧姓もOK。しかし、いまの自分の姓がどうしても思い出せない。施設の方針で、職員はすべて名前だけでしか呼ばないので、やむを得ないかもしれない。
「"菊地"でしょうが」と教えると、ああ、そうそう、そうだったねと、ようやく思い出した様子。こんな調子だが、それでも他の入居者に比べると、まだまだ元気溌剌である。

 前日に準備したクリスマスプレゼント風の菓子の包みを渡すと、とても喜んでくれた。施設内もクリスマスのデコレーションで飾られ、高齢者にもちゃんと年末年始はやってくる。


 さらなる帰路、これまたしばらく顔を出していない都心のカエルヤ珈琲店に寄る。大きな美術展もなく、(カエルヤは近代美術館の真ん前)店内にはカエル好きの客が一人だけ。
 クリスマス特別メニューのケーキを注文し、久しぶりにカエル談義に花が咲く。相変わらず落ち着ける店だ。

 1時間ほどいて「ごちそうさま」と帰ろうとすると、「菊地さん、どうぞよいお年を」と店主のU子さんに声をかけられた。些細なことだが、なんだか妙にうれしい。こうして今年もユルユル暮れてゆく。

2010年12月21日火曜日

ささやかな紅い光

 昨冬あたりからずっと暖めていた構想だったが、玄関ドア前に広がる雁木風の車庫&物置に、イルミネーションを設置した。あちこち調べたが、欲しい品はネットオークションが最安値。LED電球の100灯タイプが送料込みで2,499円だった。
 電気代不要のソーラータイプを最初は探したが、高価で動作も不安定であることを知り、ごく普通の防水タイプを選択した。


 色は多種多様あったが、少ない電球数なのでミックス色や電球色は避け、建物外壁とのバランスや暖かみ、そして風水面から、ローズピンク一色に最終決定した。

 南側外壁にあって最近はほとんど使っていない外灯ソケットを利用し、そこから電源を引く。雨風を考慮し、車庫下にすっぽり入るようコードを張り巡らした。薄暮の時間に点灯し、寝る時間になると消す。電源が外灯用なので、室内スイッチで簡単にオンオフができる。
 消費電力は全部で8Wで、玄関内にある40W外灯の1/5。点灯すると通路がほんのり明るくなるので、外灯は消している。従って維持費は現状よりも下がる。

「そんなのいらない」と最初は言っていた妻も、「来年はブルーを買い足しましょうよ」と、ガラリ評価が変わった。(10個まで連結可能な端子がついている)近所にある豪華なイルミネーションには遠く及ばないが、いかにも還暦夫婦らしいささやかな光で、心豊かな年末年始を迎えられそうだ。

ロビーコンサート新展開

 うらうらと晩秋のような陽気で、予約してあった本を地域センター内の図書館に取りに行った。ついでにロビー内を散策していたら、以前に投函したアンケート箱が目に入った。
「ロビーコンサートの実施を検討してください」という主旨の投稿だったが、以後センター側の動きは全くない。今春から運営が市からNPO法人委託に切り替わったばかりで、急な路線変更は難しいのだろうと思っていた。

 受付から事務室内をうかがうと、館長らしき人物の姿が見える。時間はたっぷりあったので、思い切って窓口の女性に声をかけた。
「ロビーを借りることは可能でしょうか?」
 窓口横には大ホールや各会議室の使用料金が一覧表示されている。しかし、ロビーの欄はない。前例がないのか、はたまた貸す気がないのか…。
「何にお使いになるのですか?」と女性は応じた。場合によっては貸すような雰囲気がしたので、「実は弾き語りコンサートをロビーでやりたいのです」と、率直に申し出た。
「少々お待ちを」と、女性は館長らしき男性に確認している。男性が近づいてきて、すぐに中に招かれた。

 弾き語り専用の名刺を差し出し、アンケートのことや自分の構想、これまでの活動歴をかいつまんで話すと、館長のHさんは大きな関心を示してくれた。
「実はそうしたロビーコンサートをやりたいという構想は当方にもありまして、目下検討中でした」とのこと。
 アンケートには私の連絡先も記してあったが、紙1枚でコンサートの引き合いが簡単にくるほどハードルが低くはないことは、別の地域センターでよく知っている。

 仕事の営業展開でもそうだが、まずこちらの素性や希望を先方に伝え、(種まき)2度目3度目のプッシュ(水やり)が大事なのである。これなくして物事は前に進まない。
 推測だが、地域センター側から動いてしまうと、ギャラの面等で難しい事情があるのではないか。動くのは歌わせてもらう側だ。
 かなり長い時間話して、互いの一致点が見つかり、実施の方向での確かな感触を得た。私としては来年度の事業計画にでも、と考えていたが、もっと早まるかもしれないとHさんから言われた。
 地域センターは21時まで開いているが、18時以降の集客が極端に落ちるので、この時間帯に何らかのイベントを企画し、集客の起爆剤にしたいらしい。歩いて10分、車で5分の近距離なので、夜のイベントでも何ら問題なく対応できる。

 まだ煮詰まってないが、実施の場合は今年始めから散発的にやっている「叙情歌暦」をメインテーマにやるつもり。費用は払わないし、いただかない、という方向性もほぼ決まっている。
「叙情歌に関心を持つ、近隣地域の見知らぬ誰か」は、いま最も歌ってみたい対象だ。もし実現すれば、魅力的な場になりそうな予感はする。ココロはすでに来年である。

2010年12月20日月曜日

ポリタンク行灯

 先日、ライブハウスの帰り道で、不思議な物体をみかけた。その夜はかなりの雪が降り積もっていたが、歩道の境界あたりに白くぼんやり光る立方体がある。
(なんだろう…)と近づくと、飲食店のサインだった。歩道近くに置いて外部コンセントにつなぎ、店の名前をアピールする「行灯」と呼ばれるサイン表示だ。


 あまり見かけないデザインだが、その分雪の夜道によく目立つ。いったんは通り過ぎたが、気になって引き返し、間近でじっくり観察した。
 よく見ると本体は白いポリタンクのようだ。直径10センチほどの大きな蓋があり、そこから電源ケーブルが伸びて壁際の外部コンセントにつながっている。タンクの中にはおそらくLED照明が入っていると思われた。

 さらに観察すると、側面に表示されている「OPEN」の文字は、ごく普通の赤いビニルテープをていねいに切って加工したもの。正面には店の名前が貼ってあるが、こちらも単なるシールを貼り付けた簡単なものだった。
 推測だが、店主自らがDIYで作ったサイン行灯ではないか。プロに頼めば軽く数万円はする行灯だが、あえて縄文的な手作りにしているところがニクイ。おそらくはそこが店主のこだわりだ。
 店はバーで、表に面するガラス戸からはにぎわう店内の様子がよく見えた。自宅の近くならば思わず入ってみたくなる、そんな気配を強く感じた。

 本体がポリタンクだから安くて丈夫で、防水防雪性も抜群。LED電球は維持費も格段に少ないはず。思考がシンプルで、混沌としたいまの世情に合っている。
 調べてみたら、ポリタンクは同型のものがアマゾンで入手可能だった。送料別で990円。たぶんホームセンターでも売っている。「縄文的DIY」の同士は案外身近にいるもので、ちょっとうれしくなった。

2010年12月19日日曜日

吸取紙加湿器

 寒さが厳しくなるにつれ、室内の湿度がじわじわ下がってきた。外が寒くなる→大気中に含まれる水蒸気量が少なくなる→その空気を取込んで暖房する→温度上昇によって室内の相対湿度が下がる、という困った循環である。
 昨冬の記録を調べてみたら、1月中旬に34%まで下がっていた。ギターにとって望ましい湿度が50%前後で、ほぼ人間の適正値と一致する。乾燥は家の特に自然系素材にとっては決して悪くないが、ギターにとってはひび割れのもとで、人間にとってはウィルス蔓延による病気のもと。何とか適正値を保ちたい。

 設備投資をし、高い電気代を払って加湿器を使うのはご免なので、昨冬はセッセと霧吹きを定期噴霧し、どうにか体裁を保っていた。しかし、日に何度も霧吹きを使うのもかなり面倒で疲れる。2階吹抜けから階下に向かって吹くと、1階の床が一時的に濡れてしまい、妻には不評だった。


 最近になって湿度が45%を切り始め、すでに危険水域である。早めに手を打とうと安くてエコロジーな手段をあれこれ調べていたら、その名もズバリ「エコ加湿器」という品があることを知った。
 アマゾンで送料込みで1,080円。(なぜかグリーンが最安値)専用容器付きだともっと高いが、容器は手持ちのガラスコップなどで代用可能らしかったので、交換フィルターのみを買った。
 さっそく組立てて使ってみたが、かなり効果がある。原理は吸湿性の高い特殊な紙を折り紙のようにたたみ、水を入れたコップの中に差しておくだけ。製造している会社は楽器メーカーらしく、元々はギターの保湿のために考え出されたようだ。
 説明書通りに150ccの水で試すと、丸1日でほぼ空になった。つまり、1日で150ccの水蒸気が手間や動力なしで空気中に自然放出されていることになる。(湿度によって放出量は異なる)
 昨冬の記録では、1日で400ccの水を噴霧すると湿度がキープ可能とあったので、もう1セット買おうかと一瞬考えたが、(もしかすると自分で作れるのでは…?)と、持ち前のDIY心が働いた。

 製品をよく観察すると、表面の粗い紙で水を吸水し、大気に蒸発させる簡単な原理だ。毛細管現象というヤツで、何か代用可能なものはないか…?と考え込んでいたら、手描きでパースを描いていた時代、常用していた画材のひとつ、吸取紙のことを思い出した。固くて吸湿性は抜群なので、使えるかもしれない。


 画材箱をひっくり返してみたら、2セット32枚が丸ごと捨てずに残されていた。買った製品を真似し、およそA4サイズ相当面積となる5枚分をまず半分に切り、さらに縦に二つ折りにし、2カ所にハサミで切り込みをいれてコップに立て、イソギンチャクのように開いて形を整えた。
 同時刻に同じ水の量を入れ、二つ並べて丸一日後に水の放出量を調べてみると、この日は湿度が高めで水の減りが少なく、製品のほうはおよそ60%(90cc)。対して自作のほうは約40%(60cc)で、さすがに製品は効率がよい。
 しかし、自作品でもかなりの効果があることを知った。何より、単価がわずか30円強で、コストパフォーマンスは抜群。「吸取紙で加湿する」というコンセプトが、いかにも縄文的である。

 2つのエコ加湿器の効果で、室内の湿度はどうにか45%をキープしており、ぎりぎり合格か。今後の経過を観察し、状況次第では、もう1台「吸取紙加湿器」を増やすかもしれない。

2010年12月18日土曜日

受け継がれるフォーク

 今年の仕事はもう打ち止めだと勝手に決め込んでいたら、昨夕に新たな急ぎの仕事が入った。年越しモードの頭を急きょ仕事モードに切り換え、今日はひたすらデータ入力に励んだが、依頼物件の屋根形状が、これまで一度も描いたことのない古いアメリカンスタイルの入り組んだもの。手こずるうちに、夕方の外出時間が迫ってきた。
 この日は19時からなじみの居酒屋で、若い音楽仲間「Hide&Tama」の初ライブがある。かなり以前に案内が届き、参加を快諾していたので、万難を排して行かねばならぬ。「義理は欠かれても欠かすな」である。

 早めの食事をかきこみ、18時に家を出る。あいにく昨夜来の雪で、道は完全に氷のダンゴ状態。うかつに飛ばすと、確実に事故る。慎重に運転し、普段の倍近くの50分近くもかかって会場に着いた。


 ほぼ定刻にライブは始まったが、聴き手は軽く20名を越え、盛況であった。本人たちはもちろん、ライブを強くバックアップしたマスターとママさんの尽力のたまものだろう。
 途中10分の休憩を挟んで、2度のアンコールを含み、合計2時間半近くの熱唱。60-80年代の懐かしいフォーク系の歌を中心に、全部で30曲近くは歌ったのではないか。
 二人は私の子供たちと同年代の夫婦ユニットだが、ブレのない伸びやかなTamaちゃんのボーカルと、Hideさんの卓越したギターテクニックが魅力である。
 実は二人はよく我が家に遊びに来ており、今年に限っても2度我が家のスタジオでミニライブをやっている。セットリストには知っている曲も多かったが、ギターのみならず、アコーディオンやハモニカ、タンバリンやマラカスなどを随所に取り入れ、構成が単調にならないよう工夫をこらしていた。
 我が家で初披露した、彼ら初のオリジナル「夢色の夏」も大きな場ではこの夜が初公開。タイトルは私の発案だが、当初よりも歌詞やアレンジがこなれた印象で、今後のオリジナルソング展開への確かな胎動を感じた。

 ステージを最前列で見ていて、フォークという比較的新しいジャンルの音楽は、脈々と若い世代にも受け継がれているのだなと、感慨深いものがあった。もしかすると、100年後にはシャンソンやボサノバのように、フォークが音楽の一ジャンルとして定着しているかもしれない。

2010年12月17日金曜日

羽目板貼リフォーム

 昨日から今日にかけ、「新築後10年目の改変作業」の一環として、洗面所横壁のリフォームを実施した。
 1階洗面所横の壁は水に濡れやすいので、他の一般壁に使っているハードボードは不向きだったが、予算の関係で、一部に短い羽目板を貼って凌いでいた。
 DIYで棚付きのタオル掛けを造り付け、「いい感じですね」と、ほめてくれる方もいたが、自分としては一時の間に合わせに過ぎず、本格的な無垢材羽目板をいつか全面に貼ろうと思いつつ、時だけが過ぎた。


 いろいろな意味で余裕ができ始めた今年、ホームセンターで手頃な松羽目板を見つけたので、取りあえず買っておいた。これが7月の話で、ウロウロするうちにはや12月。暦は新築後11年目に入ってしまった。
 これではイカンと意を決し、暮れが押し迫るなか、ようやく作業開始。洗面台の固定ネジ4本の場所は探ってあったので、まずこれを緩め、壁と洗面台の間に羽目板の厚さ9ミリ分の隙間を確保する。
(ちなみに、洗面台には水道管2本と排水管、電気ケーブルもつながっているが、いずれもかなりの遊びがあるので、9ミリ程度の移動なら支障ない)
 羽目板は働き幅90×長1820、本実加工の品を10枚使った。隙間の奥から順に押し込んでゆき、上端下端中間部を25ミリ長の木用スリムビスで止めてゆく。下端は幅木にちょうどぶつかる位置でそろえた。
 職人仕事では隠し釘を使って施工するが、あとあとの分解や施工のしやすさから、単純に羽目板の中間部(板の厚い部分)をビスで固定する手法をとった。


 10枚貼り終えたところで夕方の入浴時間となってしまい、1日目の作業は終了。2日目は洗面台と壁との隙間をコーキング材で埋め、羽目板上端部に胴縁材を横に貼って見栄えをよくした。(この処理は省いてもよい)
 既存のタオル掛けを外し、位置と高さを変えて棚と共にリメイク。棚は既存の洗面台に高さや奥行きを合わせた。棚にリボス(自然素材系塗料)を塗って仕上がった壁に固定し、全作業を終えた。

 写真のように、洗面所がすっきりと明るい印象に変わり、無垢材なので少々の水はねも気にせずに済む。
「鏡が明るくなって大きくなった気がする」と、妻にも好評。やった甲斐があった。
 かかった費用は羽目板が10枚で2,680円、ビスが全部で50円くらい。羽目板を固定する位置は、下地の横胴縁材が通っている場所(在来工法の場合、床下から455間隔)にするのがポイントである。
 最近の住宅では石膏ボードが壁材に多用されているが、この固定位置さえ間違わなければ、素人でも壁を無垢材の羽目板貼にリフォームすることは可能だ。

2010年12月15日水曜日

BSアンテナ問題解決

 注文してあったBSアンテナの分配器(全端子電流通過型)が届いたので、さっそく取付工事を実施した。といっても、アンテナ端子をいったん切り離す必要があるので、1階居間のテレビがオンになっている状態では作業ができない。
 昨夜未明、妻が寝静まったあとから懐中電灯を点け、2階アンテナ端子ボックスの前に腹ばいになり、作業を始めた。
 まずはコンセントや電話回線と兼用になっている端子ボックスの蓋を外し、既存のアンテナ端子を分解する。金属製の取付枠には、地デジ用とBS用の2つの端子がついているが、地デジ用は今回いじらない。
 まずは屋根のBSアンテナに直結する「INケーブル」の処理から開始。コードに赤いテープを巻いて目印とし、F型コネクタを取付けた。テレビと端子間をつなぐコードでやったばかりなので問題なくやれるはずが、11年前の古いコードのせいか、コネクタのサヤ管がなかなか奥まで入らず、何度もやり直す。


 次にテレビ側の「OUTケーブル」を処理。ドライバーで既存の端子ネジを緩めていたら、チラチラと火花が散る。そのときになって1階テレビのBSアンテナ端子をつないだままであることに気づく。スイッチをオフにしても、電流だけは流れているらしい。
 あわてて1階に降りてケーブルを抜き、作業継続。接続処理は何とか終わったので、ケーブルのかしめリングを完全固定する前に1-2階の全ケーブル類を仮接続し、動作を確認する。自分の分析に自信を持ってはいたが、実際に作動するまでは、やや不安があった。
 しかし、問題はすべて解決していた。1-2階の両方のBS放送が、それぞれのオンオフとは無関係に視聴可能である。分析と対応策は正しかった。良かった。

 その後、全ケーブルを再び外し、かしめリングを完全固定する。端子ボックスの蓋穴から2本のケーブルを出し、蓋を枠に固定。ケーブルを分配器端子に本締めし、分配器本体を壁にビス止めして作業を終えた。
 時計を見ると、開始からすでに1時間半近く。やはり手強かった。
 本来なら分配器は壁内部に隠蔽したいところだが、端子ボックス内にスペースの余裕がなく、端子ボックス外の壁には断熱材がぎっしり詰まっているので、写真のように外に出すしかない。メンテナンスがやりやすいという利点はあるので、やむを得ない選択か。
 写真の上ケーブルがアンテナからのIN端子、左下が1階へのOUT端子、右下が2階用のOUT端子である。

 一時は頭を抱えてしまったBSアンテナ問題、粘り強く調査分析し、自力で何とか乗り切った。ポイントはアンテナケーブルの2階中継部に使った「全端子電流通過型」の分配器で、これが「1端子電流通過型」ではうまく作動しない。
 かかった費用は分配器630円、F型コネクタ236円、合計866円で済んだ。DIY難度はやや高く、5段階中の4あたりか。自信のない方は費用はかかってもプロに頼むのが無難だろう。なお、アンテナケーブルやLANケーブルの工事は、特別な資格なしにやれる。

2010年12月14日火曜日

シンプルに生きる

 不要になった2階仕事部屋のアナログテレビはヤマダ電機で廃棄処分し、エコポイント用の証明書をもらってきた。14型なので、運搬経費等を含めて費用は2,310円。
 19型テレビの購入エコポイントは12月中なら4,000点、買い換えに伴うアナログテレビ廃棄には3,000点が加算される。ネット通販で買った液晶テレビは領収書に替わる「購入証明書」なるものを別途送ってもらい、購入時に同梱されてきた保証書を含めて、エコポイント申請に向けての書類は整った。

 昨年に引き続き、今回もエコポイント申請はネット経由でやった。記入はちょっと面倒で時間がかかるが、2度ともネット通販で購入したので、店側での代行手続は一切やってくれない。安いその分、自分で汗を流さねばならない。
 交換商品は今回も汎用性の高いUCギフトカードを選んだ。送料400円が差し引かれるが、6,500円分が後から送られてくる。


 図体のでかいアナログテレビが机上から消え、仕事部屋がすっきりしたついでに、新しいデジカメの動画機能が充分使えることを確認して、お役御免となった古いビデオカメラを処分することにした。
 記憶をたどると、20年くらい前に買ったもので、8ミリビデオではないので、こちらもかなり図体がでかい。付属品も数多く、小型で優れた機能を持つ現状のデジカメと比べると、まさに過去の遺物だ。
 当時も入れ替わりに10数年使っていた8ミリカメラを処分した。35年前に8ミリカメラを買って動画による記録保存を始めてから、はや3代目の主役交代である。これも時代の流れか。
 この種の物には多くの思い出が詰まっていて、思い入れも強いが、記録した映像はすべてDVDに変換保存してあるので、カメラ類はいつもすっぱり処分している。人生の先もすでに見えているいま、無闇に不要品を抱え込んで、子孫に禍根を残してはならない。

2010年12月13日月曜日

ご近所ライブハウス

 自宅から歩いて行ける場所に、弾き語りのできるライブハウスが最近開店したと知り、週前半の平日で、おそらく混んではいないだろうと思い、初めて行ってみた。

 場所は自宅から北へ約2キロのJR駅近く。いつも通う歯科へ行く道の途中であり、ライブで年に何度も呼ばれるグループホームの近隣でもあり、散歩の定番コースのひとつでもある。まさに「同じ町内、ご近所同士」である。


 うっすらと雪が積もり、道は凍てついて歩きにくかったが、どうにか転ばずにおよそ20分で店についた。
 予想通り店は空いていて、マスターとしばし歓談。実はマスターとは別の居酒屋ライブハウスの客同士であり、初対面ではあるが、お店の掲示板などでは周知の仲。実は私は…です、とハンドルネームで自己紹介すると、すぐに分かってくれた。
 店に着いたのは午後9時過ぎで、無理にお願いしてメニューにはないホットカルピスを作っていただき、あれこれ話すうちに、瞬く間に1時間が過ぎ去った。
「せっかくなので、何か歌ってくださいよ」とマスターに言われ、持参した楽譜やピック、カポ一式を鞄から取り出し、目下練習中の曲を含め、以下の4曲を歌った。

「サボテンの花」「夜明けのメロディー」
「初恋の来た道(オリジナル)」「独り(オリジナル)」

 オリジナルの「独り」は、休憩を挟んでマスターと語り合ううち、ふとした経緯からリクエストを受けて歌ったもの。


 店はカウンター席を含め、およそ20席ほど。こじんまりしているが、落ち着いた色調の新しい内装で統一されていて、居心地はとてもよい。音響セットはヤマハが中心でモニターも大きく、プロ仕様である。
 マスターの好みかもしれないが、リバーブは少なめ。しかし、最近の私はリバーブなしでいつも歌っているので、何ら抵抗なく歌える。

 ステージで歌う際はスポット照明モードに切り替わるし、楽譜を照らす専用のスポットもある。ギターはヤマハのエレアコを使わせていただいたが、他にも2台あって、自由に使えるようだ。
 私は弾けないが、壁際にはピアノがあって、床にはカホンも置いてある。まだ開店直後だが、いずれは弾き語り系のイベントなども開催したいと、同年代のマスターは熱く語っていた。料金も驚くほどリーズナブルなので、近隣の方にはお勧め。

2010年12月12日日曜日

意外にバリトン

 完全地デジ化作業の一環として、2階仕事部屋のテレビの位置を変更した。これまでは南角に置いてあったが、この位置だとメインパソコンからはやや遠い。美しい液晶に替え、まだ不完全ではあるが、BS放送も見られるとなると、仕事や一般ネット作業の傍ら、テレビを観る機会が今後増えそうだ。

 そこでメインパソコンからごく近い位置にテレビを移動した。アンテナ端子ボックスはメインパソコンの直下にあるので、この位置でも何ら問題ない。本体が格段にコンパクトになったので、机上でも全く邪魔な感じはしない。
 妻が家にいるときは、ほとんど1階のテレビはオンになっているので、BS放送受信にも大きな不便はない。購入後数週間だけ無料で観られるBSのややマイナーな映画チャンネルを、間近で楽しんでいる。


 目下練習中の「サボテンの花」と「さすらい人の子守唄」のキーがGで、私にとってはぎりぎりのキーだが、気になって両方の曲の一番高い音がどれほどなのか調べてみた。
 その結果、「サボテンの花」が上のファ(F)で、「さすらい人の子守唄」がソ(G)である。どちらも同じくらいと思っていたが、実際には「さすらい人の子守唄」がひとつ上だった。いまのところどちらも地声で出せるが、喉が不調だと苦しいかもしれない。
 興に乗って、自分の音域がどれほどなのか調べてみた。すると、上は前述の通り、ソ(G)。下はファ(F)であった。(いずれも地声で何とか歌える範囲)つまりは、2オクターブ+1といったところである。
 さらに調べてみると、ほぼ一般的なバリトンの範囲に入っている。自分はてっきりテノールだとばかり思い込んでいたが、意外に低かった。

「あなたの声は案外強い印象がする」と、ときどき妻に指摘されるが、音域に限れば確かにその通りだった。納得。

2010年12月11日土曜日

手強い地デジ問題

 2階のBSアンテナ端子の不良に関し、この2日間で状況がめまぐるしく変化した。対策として、一時は正常な1階のアンテナ端子をアダプターで分岐し、そこから壁の中を配線して2階テレビまで導く案を考えていた。
 アダプターは630円、同軸ケーブルは7Mもあればよく、工事もすべて自分でできる。本格的修理をプロに依頼するより、面倒がなくて安上がりな方法だった。

 起床後に必要なケーブル長さを測ったり、具体的な配線ルートを検討したりしたが、そのうちに1階のBSアンテナケーブルの仕様が気になってきた。
 テレビを購入時に、何気なく手持ちのBS/UV分配器つきケーブルの1本を使っていた。1階でのBS放送受信には何ら支障なかったが、ひょっとするとこれが2階のBS放送受信に関わっているのでは?と思った。
 さっそく手持ちの正常な単独ケーブルに交換してみると、1階テレビのオンオフに全く関係なく、普通にBS放送が見られる。なんだこれが犯人だったかと、一件落着のつもりで、一時はブログにも顛末をアップした。
 しかし昨日未明になって、結局は元の状態に戻ってしまった。1階テレビのオンオフと2階のBS放送とが、やはり何らかの理由で関わっているらしい。誤解を招くので、いったん書いたブログをあわてて消去する。


 1階からアダプター分岐する方法は最終案として保留しておき、その後ネットであれこれ調べた結果、同様のトラブルで悩んでいる人が複数いることを知る。その理由は、「BS放送を受信するには、テレビ側からアンテナに15Vの電圧をかけてやる必要がある」という、衝撃的な事実だった。
 2台のテレビをつないだ場合、部品や経路の選択を誤ると、1台のテレビを切るとアンテナに流れる電流も遮断され、他のテレビが視聴不可能になるという。
 だいたいの原因をつかんだので、今日は起きるなり、1階と2階のアンテナ端子ボックスの蓋を開け、内部の部品や配線経路を調べてみた。
 すると、屋根からの配線は2階の端子ボックスを中継し、1階の端子ボックスまでつながっている。少ない工事予算たったので、費用節約のために普通はそうするだろう。
 ところが、この方式だと地デジ放送には問題ないが、BS放送には支障があるらしい。詳細は省くが、2階の端子ボックスに「全端子電流通過型」という分配器を設置しないとうまく視聴できないようだ。
 工事ミスといえばミスだが、11年も前のことだし、当時は2階でBS放送を見るとは思ってもいなかった。視聴テストも当然していない。

 さらに調べると、現在使っているアンテナケーブルは細すぎて、デジタル放送には全く不適格であることを知る。ケーブル端部のコネクタも古い兼用タイプは不可で、「F型」という最新式がよいらしい。
 家中のケーブルとコネクタを調べてみたら、適合するのはコネクタ2個だけという有様。この際、ケーブルも含めて徹底的にデジタル仕様に変更しようと、必要な部品をホームセンターで調達してきた。
 ひとまず2階のケーブル2本の細工は終わったが、朝から腹ばいになってあちこち調べ回ったので、すっかり疲れきった。
 買ったケーブルは「5C」という最新タイプ。外径が7.4ミリもあり、ごついが映像は格段に美しい。これまでは大半が「3C」という、2ランクも下のケーブルだったので、さもありなん。
 まだ1階のケーブル2本は細い「3C」のままだが、端子ボックスから再分岐しないケーブルは「4C」という中間仕様のケーブルでも問題なさそうなので、こちらは100円ショップで間に合わせようかと思案中。

 そして問題の2階分配器はアマゾンが最安値なので、こちらで調達するつもり。届いてからの設置工事がまた一仕事だが、ほぼ先は見えた。タカをくくっていた感の地デジ問題、思っていたよりもはるかに手強く、全面解決にはまだまだ時間がかかる。