2010年11月30日火曜日

ネット自動車保険に加入

 月末なので午後から金融機関を回る。忙しいので妻の買物をかね、珍しく車で行った。その後、仕事の合間に請求書を1通作る。
 さらには、この半月ほどずっと検討していた自動車保険の更新をする。30年間大手損害保険に加入していたが、とうとうネット加入の保険に変更した。
 弁護士費用や日常災害賠償などの新しい特約をつけ、車両保険や搭乗者障害など、過多と思われる特約を少し減らした。いままで代理店任せだったが、いろいろ自分で調べて勉強になった。


 あれこれやって、従来より7,000円ほど安くなった。年齢を考え、車そのものの事故よりは、もらい事故や日常のトラブル補償を重視した。
 年間走行距離に連動して安くなるタイプの保険で、年に3,500キロほどしか走らない私むき。ネット加入というシステムも好みで、安くなる大きな理由がここにありそうだ。
 実はもっと安い保険も調べた中にはあったが、ネットでの評判が悪くてやめた。保険という商品の特質上、安ければいいというわけではない。
 選んだのはネット上でもっとも評価の高かった会社である。商品もそうだが、経験的にネット上の評価はかなり信頼できる。

 来年から変更することは代理店にもすぐに連絡したが、昨年の更新時に、「走行距離に応じて安くなる保険はないですか?」と打診していたので、予感はあったらしく、あまり驚かれなかった。
 車検時の強制保険は従来通り、この代理店に依頼するつもりなので、まあこれも世の流れであろう。

2010年11月29日月曜日

臨機応変ライブ

 昨夜未明から、久しぶりに雪が降った。気温も低く、最高気温がマイナスの真冬日。週末には雨の予報で根雪にはまだ早そうだが、こうしてじわじわと真冬になってゆく。

 昨夜は7ヶ月ぶりに、なじみの居酒屋ライブハウスでの定例ライブに参加。エントリーは13組で、私の出番は9番目。今回は音楽仲間の西やんと二人で洋楽を2曲やった。
 ビートルズの「オブラディオブラダ」とオールディズの「カレンダー・ガール」で、フォークが主体のライブハウスではちょっとした冒険だが、過去に洋楽を歌った人は皆無ではなく、ニギヤカ手拍子系が似合う場なので、それに相応しい選曲とした。
 この日は昼間に別の高齢者対象のライブをこなしていたので、気力体力の維持には厳しいものがあった。新しいデジカメで動画を記録したが、よく見ると頬がゲッソリしているのが分かる。出かける前に妻にもそのことを指摘された。
 しかし、本番が始まると、うまく気持ちが乗った。喉の好調が持続していたことも幸いした。

 西やんとは事前に自宅で音合わせをしていたので、大きな問題なくやれた。いつのもように練習と本番とでは微妙に音の作りが違う。場の空気で自然に変わってしまうのだ。しかし、それでいいと思う。


 2曲とも出だしからいきなり手拍子をいただいたが、この日は全体的に手拍子の出る歌が多かったように思う。昼間のライブもそうだったが、多くの場では明るく楽しい手拍子系の歌を求めていることを悟った。
 私の得手とするナキの入った叙情系の歌も決して悪くはないと思うが、時と場を選ぶべきであろう。歌い手としては場の空気を敏感に感じ取り、時に応じた臨機応変なさばきが不可欠である。
 今回は実戦で初めてブルースハープ(ハーモニカ)とフットタンバリンを同時に使った。いわば初の「マルチ演奏」だが、短い準備期間の割には、だいたいうまく運んだ。
 ハーモニカは自分では失敗と思っていたが、動画を見る限りでは大きなミスはない。フットタンバリンは出だしとハーモニカの部分がなぜか「前打ち」(小節の始まりにリズムを切ること)になってしまったが、多くは会場の手拍子に合わせて「後打ち」でやった。
 ちなみに、昼間の高齢者対象ライブで歌った「真室川音頭」では場に合わせ、ちゃんと前打ちでやっている。これまた場に応じた臨機応変な対応か。

 ボーカルでの反省点は、ラストのサビで思わず力んでしまい、やや音程がブレたこと。まだまだ修行が足りない。いずれにしても、大きな冒険を重ねた今回のライブは、今後の新しい方向性を確認できる楽しくて有意義なものだった。

2010年11月28日日曜日

社福協・年忘れ交流会

 本日中に2本あるうちの最初のライブ、「社福協・年忘れ交流会」が無事終わった。社福協、すなわち区の社会福祉協議会・太平南支部の主催で、9月の地区センターでの敬老会関連で、代表のMさんから依頼された。
 聴き手は近隣の高齢者で、歌の構成は介護施設に準じたものを、との要望である。

 会場はMさんの自宅。食事やゲームなどのイベントの中で、私のステージ枠を40分ほどとっていただいいた。
 お昼の12時くらいに来て欲しいと頼まれていたので、早めに起きて調整を重ね、15分前に出発。買物などによく行く地域なので、簡単に探し出せると思っていたが、10分ほど迷った。
 食事がちょうど終わったところで、聴き手の準備は整っている。ただちに機材をセットし、12時25分からライブ開始。


 聴き手は35名ほどで、広い居間と和室をぶち抜いた大空間が人で一杯。大半が床に座っているので、聴き手の視線に近づけるようこの日は椅子を用意していただき、この種の場では珍しく座って歌った。

 1曲目の「上を向いて歩こう」から調子良く手拍子をいただいたが、途中で突然Mさんが立ち上がり、曲に合わせて手話を始めた。以前に落語家の林家とんでん平さんが「どんぐりころころ」を手話で歌っているのを見たことがあるが、この曲では初めて見る。
 これがなかなか素晴らしく、終了後のMCで確認するとアドリブではなく、以前から習って知っているそう。事前に打ち合わせた訳でなく、ただの偶然だが、いかにも社会福祉協議会主催らしい幕開けになった。

 その後3曲歌ったところで、Mさんから「何かみなさんで歌えるものを…」と印刷した歌集が会場に配布された。その存在は前日の電話で聞いていたので、予定曲の順をいったん棚上げし、中にあった「二人は若い」をひとまず歌う。
 場の空気が次第に手拍子ニギヤカ系になり、その後散発的にリクエストが飛び出し始め、応えられるものは順に歌っていった。
 最終的に40分で13曲歌ったが、結果としてリクエストで歌った曲が7曲もあり、用意していった主に叙情系の曲は、大半が歌わずじまい。これほどまでにリクエストに応えた記憶はかってなく、それも場の流れに身を任せたせいだが、みなさん大変喜んでくださったので、よしとすべきであろう。
 持参したハーモニカも結局使えなかったが、「真室川音頭」で使ったフットタンバリンはなかなかよい感じで、今後確実に使えるメドが立った。

 リクエストで戸惑ったのは、「ビリーバンバンの曲を何か」と、見るからに若そうな方から頼まれたこと。弾き語りでは一度も歌ってないが、20歳のときに姉の結婚式で「白いブランコ」を無伴奏で歌ったことがある。
 譜面はもちろんなかったが、40年前の細い記憶をたぐり、1番だけをCのキーで何とか歌い終えた。

 応えられなかったリクエストは、「青い背広で」(あまり知らない曲)「東京ドドンパ娘」(譜面の持参がなく、歌詞もうろ覚えなので断念)。
「突発リクエスト」「ニギヤカ手拍子系」など、傾向としては苦手な部類の場だったが、幸いにショウガ湯で調整した喉の調子はピークに近く、うまくさばけたと自己評価している。

2010年11月26日金曜日

Too much

 月曜にネットオークションで落札したハーモニカが届いた。送料込みで580円だから、単品買いとしてはまずまずの価格だろう。楽器店の出品で、未使用新品である。
 キーは故あってA(イ長調)。これを週末の居酒屋定例ライブで使う。

 メーカーはARIAという国産メーカーだが、写真奥にある手持ちの2本は、30年近く前に買ったドイツ製のホーナーというメーカーの品。吹き比べてみたが、高価だった記憶のあるホーナー製のほうが、やや音が大きい気がする。しかし、大きな差ではなく、普通に使える。


 降って湧いたようなきっかけから練習を始めたブルースハープ(ハーモニカ)とフットタンバリンだったが、毎日欠かさず練習を重ねるうち、それなりに演奏できるようになった。やはり練習は裏切らない。
 予定では週末の2本のライブそれぞれで数曲に使うつもりだが、当然ながらブルースハープは手持ちの3本のキーで演奏可能な曲に限定される。
 いろいろ試してみると、ブルースハープに合う曲と合わない曲があるような気がする。フットタンバリンも同様で、「ここぞ」という時にピリリと使うのが効果的。

 以前にある方の1時間強のソロライブで、すべての曲にブルースハープを使っているのを聴いたことがあるが、印象としてはうるさ過ぎた。英語で表現するなら、「Too much」というヤツで、何事もほどほどがよろしい。

2010年11月24日水曜日

DIY太陽集熱器稼働中

 完成したばかりのDIY太陽集熱器を、前日から2階寝室の南東側窓枠内部に設置しておいたが、そこからの熱が床に降りてきて、暑くて目が覚めた。
 あわてて起きてカーテンを開けると、抜けるような青空が広がっている。絶好の太陽熱テスト日和である。

 午前11時過ぎから、コードセンサー付のデジタル温度計を使って計測を始めたが、下部吸込み口の温度が23.8度に対し、上部吹き出し口の温度は、何と47.8度もある。その差、24.0度。これはすごい。


 計測はいずれも直射日光の当たらない場所にセンサーを置いてやったが、試しに通気経路奥の陽が当たる場所に置いてみたら、50.5度まで上昇した。
 外気温を調べると、およそ4度強。晴れてはいるが、かなり寒い。しかし、家の中は暖房無用の暖かさである。
 正午を過ぎると南西窓のほうが陽射しがよく当たるので、集熱器を南西側に移動。全重量が5キロしかなく、軽いので持ち運びは容易である。
 午後からは次第に雲が出てきて、陽射しも途切れがち。吹き出し口の温度もそれに応じて下がっていったが、それでも陽が陰るまで吹き出し口温度は、室温+10度前後を保っていた。

 まだ初日だが、かなりの暖房費節約になりそうな予感はする。難しいのは設置場所で、「午前中は南東窓、午後は南西窓」は確定としても、1階がいいのか2階がいいのか、まだ分からない。
 真冬は床下暖房のある1階が暖かいので、補完暖房器としの集熱器は2階とすべきかもしれないが、「熱は下から上に行く」という論理からすれば、吹抜け下にある1階テラス横の窓がいい気もする。しばらく悩んでみよう。


 構造的にひとつだけ問題があったのは、表側に固定した透明樹脂版。あまりの熱のせいで1ミリ厚ではゆがんでしまい、部分的に隙間ができる。急きょビスを増やして止め直し、さらには周囲に黒いビニルテープを巻いて凌いだ。
 また、背板はあり合わせの薄い3ミリのベニヤ板なので、ピーク時には熱の一部が背面全体から輻射して放熱される。もっと厚い板を使うか、断熱板を抱き合わせるなどしたほうが、熱効率は向上するかもしれない。

 しばらくは経過を見守る必要があるが、今日は午後7時まで室温が22度を保ち、暖房ボイラの運転開始を普段より2時間遅らせた。太陽集熱器の効果と考えていいのではないか。けっこう使えるかも。

2010年11月23日火曜日

オーガニックな喉調整

 暖かい時期には無用の心配だが、秋から冬にかけて、喉の調子はいつもいまひとつだ。ライブハウスのイベント参加などは万一の喉の不調の場合、キャンセルという手だても残っているが、介護施設系や地域センター、ソロライブなどの場合は余程のことがない限り、キャンセルは難しい。

 以前に冬の終わり頃、喉を傷めてどうしても声が出ず、老人ホームのライブを前日に急きょキャンセルした苦い経験が一度だけあり、以降この時期の喉の管理には、神経質なほどに気を配っている。
 基本がソロなので、代りになる人がいない。趣味とはいえ、なかなか厳しいのである。


 いろいろ情報を集めた結果、この時期にはライブ1週間前からショウガ湯を毎晩飲んで喉を養生している。
 指先くらいのショウガの皮をむき、おろし金ですって茶こしを介して熱湯を注ぐ。熱湯の量はカップ半分ほどで、そのまま飲んでもよいが、スプーン半分ほどの蜂蜜を加えるとさらに飲みやすい。

 飲むと喉がピリピリして、いかにも(効いてるな…)と感じる。推測だが、ピリピリするときはおそらく喉が弱っているときだ。
 この方法をとるようになってからは、本番までにだいたい100%近い調子にもってゆけるようになった。材料はすべてオーガニックな自然素材。市販のショウガ湯もあるが、スーパーで国産品を買ってくるのが新鮮で安上がり。
 音楽仲間の長崎のいちろうさんが、同じ主旨のことを最近ブログでふれていたが、いちろうさんはカリン酒をこの時期に飲んで調整しているとか。知らない飲物だったが、調べて見るとこちらも喉にいいらしい。
 果実酒なので実さえあれば自分で作れるらしいが、残念ながらカリンは北海道のスーパーでは入手不可能。ネット販売の価格を調べて見ると、かなり高い。やはりショウガ湯である。

 いちろうさんのブログでは、プロ歌手の豊田勇造さんが私と同じショウガ湯を飲んで喉をケアしていることを知り、ちょっとうれしくなった。
 今年は例年になく年末のライブが多いので、少しも油断はできない。「プロも飲んでるショウガ湯」で、春までの長い日々を乗り切るのだ。

2010年11月22日月曜日

代用湯タンポ

 昔から冷え性である。生まれ育った道北の村では、冬に湯タンポが欠かせなかった。札幌に引っ越してからはそれが品川アンカ(中に練炭を入れるアンカ)に変わった。
 20代から30代にかけてはアンカ無用になったが、40代になって再び冬は足が冷えて眠れなくなり、今度は電気アンカを買った。

 最近になって(湯タンポのほうが経済的なのでは…?)と思い出し、実際に試してみた。しかし、買ったわけではなく、車の不凍液を入れてあった分厚いプラスチック容器の代用である。


 ペットボトルに熱湯を入れ、同じように使っている人がいたが、熱でゆがんでしまうとか。容器の薄さも気になって、こちらはさすがにパス。
 寝しなに少しだけ足元が暖かければいいので昔のような熱湯は必要なく、50度くらいのお湯で充分。不凍液の容器は2リットル入るが、まずは試しに半分の1リットルだけにした。

 1450W目盛のIHヒーターで1分30秒沸かすと、およそ50度強になることが分かった。不凍液の容器は口が大きいので、ジョウゴなしで簡単に入る。こぼれないように蓋をきっちり締め、袋には一切入れず、そのまま裸で布団の中に入れた。
(表面のシールはドライヤーの熱風を軽くあてると、簡単にはがせる)
 すでに3回試したが、ほどよい温もりが心地よい。電気アンカだとずっと暖かいままだが、湯タンポはユルユルと冷めてゆく。その案配が自然でよろしい。(低温やけどの可能性もあるので、布団に入ると湯タンポは足から遠くに離している)
 それぞれのランニングコストを試算してみた。

電気アンカ
 消費電力60Wの品を40Wくらいで2-3時間使用。(平均2.5時間とする)
 40×2.5=100Wh

湯タンポ
 1450×1.5÷60=36.25Wh

 湯タンポのほうが半分以下の電気代で済み、安上がりで縄文的。
(万が一真似をされる方は、各自の責任でお願いします)

2010年11月21日日曜日

太陽集熱器の墨塗り

 DIYは常時何かが進行中で、それが単に頭の中で構想中だったり、スケッチ段階だったり、スケッチに基づいて材料をそろえた状態だったり、はたまた具体的に進行中だったりする。
 複数のDIYが同時進行することも少なくないが、かなり長い時間をかけた自宅の気密補修とギター修理がようやく終わり、途中に突発的に発生した足踏みタンバリンもメドがついた。

 入れ替わりに目下進行中なのが、昨日書いたDIY太陽集熱器。構想は数ヶ月前からあり、試作品のスケッチはかなり前に出来ていた。
 やろうとしているのは、以前に新聞で見た「簡易太陽集熱器」で、工場生産の本格的な集熱パネルではなく、木製のDIYで簡単な屋内据置きタイプの集熱器を作ろうというのだ。
 情報では新聞紙程度の大きさで、かなりの暖房エネルギー節減になるという。手持ちの材料をなるべく使い、足りない材料だけを買い足したが、1,000円ほどで済んだ。もしこれで暖房費が数%でも減らせるなら、安い投資である。


 600×900、厚み90の木枠はすでに完成している。最高気温が14度を越え、まるで初秋のような陽気。平年よりも8度近く高いとか。絶好の塗装日和なので、一段と乾燥が進むウッドデッキの漬物用大根の横で、木枠と仕切り板の墨塗りをやった。
 反射が少なくて浸透性が強い墨汁は太陽集熱器には向いている。子供たちが小学校時代に習字用に使っていた残りを使ったが、ギリギリで何とか足りた。

 乾燥後、木枠内部に迂回路のように仕切り板を設置し、その上に透明樹脂板を張って背板の両端部に通気口を切り取れば完成。
 構想としては、これを南側窓の内側に縦に置く。いろいろ試してみたい。ちょっと楽しみ。

2010年11月20日土曜日

フットタンバリン完成

 制作中の足踏み式タンバリンが、早くも完成した。最初のスケッチに従って作った試作品は、木枠を組んでタンバリンを止め、ビスで緩く固定した棒を足で踏んで叩く構造だった。
 しかし、いざやってみると細い棒が踏みにくく、音もがいまひとつで、あえなくボツ。

 試行錯誤しつつ改良を重ねるうち、棒で叩くのではなく、広い板にタンバリンを固定し、下に小さな突起をつけて全体の「ガタつき」を利用してやれば、音は出ることに気づく。
 夜半までかかって作業にふけり、ひとまず完成。構造は非常に単純だが、この種の仕掛けは単純であるほど壊れにくく、使いやすいものである。私の大学での専攻は建築でもデザインでもなく、堅いイメージの機械だが、もしかするとこうした機械屋のシンプル発想は、人生の随所で活きているかもしれない。
 あちこち回り道をしていまここにいるが、人生、無駄なものなどない。


 翌日になって、さっそく演奏してみた。床に接する両端部に音消しの緩衝材としてフェルトやゴム管をつけたり、心臓部である下端の突起に、滑り止めのラバーを接着するなどの改良を重ね、ようやく満足できる物に到達。
 階下で演奏を聴いていた妻からも、「最初より、音が格段に良くなった」と合格点をもらう。
 座っても立っても使えるが、座った場合は左足踵で、立った場合は左足つま先での演奏が最もやりやすく、振幅も大きくなって音もいい。やっていると実に面白くて楽しく、久しぶりの高揚感に包まれている。
 調子に乗ってあれこれ演奏しているが、「真室川音頭」「お富さん」などの手拍子系はバッチリ合う。目下練習中の「カレンダー・ガール」「カントリーロード」「お陽様はどちらから昇るのですか」などのリズミカルな明るいノリの曲にも、当然ながら合う。
「カレンダー・ガール」では、ブルースハープも加えたマルチ演奏も試してみたが、まずまずの出来。練習を重ねれば、月末には間に合いそうだ。

 あまりやっている人はないと思われる足踏み式タンバリン、名づけて「フットタンバリン」としよう。


《2011.1.2追記》
 その後実戦で何度か試すうち、「踏んでいるうちに踏み板がずれやすい」という欠点が見つかった。そこで、つま先がぴったり入るベルト(廃棄品の再利用)を本体に取り付けた。
 タンバリンは身体の前方に置くようになるが、このスタイルが最も安定している。

ブリッジ修理成功?

 交換修理中だったギターのブリッジ、接着剤が充分に乾いたので、ついに弦を張った。ところが弦を止めるピンを穴に差しこんでみると、小さすぎて半分しか刺さらない。そこで直径4.5ミリのドリルで穴を広げてみたが、それでもまだきつい。
 以前から穴は小さめだったが、思い切って5ミリのドリルにしてみたら、今度は少し大きすぎた。

 太めのピンの予備はなく、タイトボンドで穴を狭くしようと一瞬思ったが、乾燥にまた時間がかかる。思いついて黒のビニルテープを半周だけピンに巻いてみたら、ぴったりおさまる。ひとまずこれで止めることにした。


 実はこのほかにも問題があって、弦の響きを本体に伝える「サドル」と呼ばれる大事な部品が、新しいブリッジに合わない。幅はOKだが、厚みと高さが全く違うのだ。
 交換したブリッジはマーチン型で、サドル幅は2.5ミリ。本体もかなり厚くて頑丈で、溝の深さも浅い。ところが既存のS.yairiのブリッジは、幅が3ミリで本体も薄く、サドル用の溝も深い。相対的にブリッジが脆弱になり、数年で割れてしまった理由は、そこにあった感じがする。

 既存のサドルは幅も高さも相当削らないと新しいブリッジには合わないが、以前に交換したモーリスのサドルが保存してあったことを思い出し、合わせてみたら計ったようにピッタリ合う。
 仮固定して本体からサドル先端までの高さを測ってみたら、従来とほぼ同じ。何でも捨てずにとっておくものだ。
 全部張り終えてチューニングし、12フレットでの高さを測ってみると、1弦で約2.7ミリ、6弦で約3.7ミリといったところで、手持ちのオベーションとほぼ同じ数値。サドルを削ればもう少し下げられるかもしれないが、別の弊害が怖く、ひとまずこれでよしとした。
 アンプにつないで10曲ほど弾き語ってみたが、現時点では問題なく弾ける。1年3ヶ月ぶりなので記憶は薄れていたが、音もほぼ同じ印象である。もう少し様子を見る必要はあるが、現時点では「修理成功」と位置づけてよいのではないか。

 ただ、生音もアンプにつないだ音も、7万円のオベーションにはかなわないな、と正直思った。しかも、ストラップを使って1時間近く弾くと肩が疲れる。
 不思議に思って手持ちの3本のギターの重さを量ってみたら、オベーションとモーリスがおよそ2,200gで、S.yairiだけが2,400gある。(いずれもストラップ込み)この200gの差、意外に大きいのかもしれない。

 期せずしてオベーションギターの利点を再認識したが、S.yairiの良さは、カポをしてもほとんどチューニングが狂わないこと。今後実戦で使う機会があるかどうかは分からないが、非常時の予備としての役割は果たせる。
 何よりも「最小限の費用で自力でブリッジを交換した」というチャレンジスピリッツにこそ、今回の作業の大きな意味があるのだ。

2010年11月19日金曜日

夜に強いデジカメ

「夜に強い」という一点から絞り込んで選んだ新しいデジカメ「キャノン Powershot S95」。これまで夜の室内での描写力は充分に分かっていたが、その外での威力を試すべく、昨夜散歩がてら被写体を求めて夜の街をさまよった。

 まずは近所の農家にあるナナカマドの木。紅葉はすでに終わって葉はすっかり落ちているが、鈴なりの真っ赤な実が美しい。周囲は一面の畑で光源は薄暗い街灯1本だけだったが、あえてフラッシュをオフにし、設定を暗い場所用の「ローライト」にして写してみた。


 ISO感度は3200だが、安価なデジカメにありがちな粒子荒れ(ノイズ)も少なく、ほぼ見た感じ、いや、むしろ肉眼よりも明るいイメージで撮れた。
 画像はレタッチソフトに取込んだが、肉眼とやや異なっていたのは青味。青味を少し加え、「シャープ」の補正も加えてある。
 次に橋を渡って川向こうの町内を歩く。スーパーから続く信号までの道に、オレンジのナトリウム灯が並んでいるが、古いデジカメでは、どう工夫してもきれいに撮れなかった場所だ。
 こちらも同じフラッシュなしの設定で写してみた。


 こちらは赤味が肉眼に比べてやや足りない印象で、同じくレタッチソフトで補正。しかし、以前とは比べ物にならないほど鮮やかな画像が撮れる。
 肉眼とは色味がやや異なるのは、単純なjpg画像で撮影したせいかもしれない。このカメラでは「RAW画像」という画像圧縮していない未加工の画像が撮れるので、そちらで撮影して専用ソフトで現像(調整)してやれば、肉眼に近づく可能性はある。

 しかし、ブログレベルでは充分に満足できる性能なので、しばらくは現状の使い方でやってみたい。
(次回はマニュアルフォーカスと、絞り優先モード撮影を試す予定)

2010年11月18日木曜日

足で叩くタンバリン

 足で叩けるを作ってみようかと思う。前奏や間奏にブルースハープ(ハーモニカ)を使うことに関しては少し先が見えて、あとは実戦で試すのみ。これがきっかけで、5年前に買ったまま、こちらも冬眠状態に陥っていたタンバリンのことを思い出した。

 そもそもこのタンバリン、「フォーク土俵祭り」というイベントに出演した際に事務局からいただいた音楽ギフト券で買ったもの。タイ製の木製タンバリンTOCAで、数種類試した中では音が非常に良かった。
 ギフト券をめいっぱいに使い、価格は2,000円ほど。


 ギター関連グッズではなく、あえてタンバリンにした訳は、当時大半のライブにつきあってくれた妻が、「私もタンバリンでも叩こうかしら…」と血迷ったから。気が変わらぬうちにとさっそく調達したが、いざとなると妻は尻込みし、単なる聴き手と写真撮影要員に目下専念している。
「互いの生き方、暮らし方に無理強いはしない」が、最近の夫婦間の暗黙了解事項であるので、その後タンバリンは静かな眠りについた。
 しかし、(ギターを弾きながらハーモニカが吹けるなら、タンバリンも同時に叩けるのでは…?)と思い立った。以前に、何種類もの楽器を一人で同時に演奏する不思議な大道芸を目撃したことがある。
 とはいえ、両手はギターでふさがっているし、口はハーモニカかボーカルで忙しい。残っているのは足くらいだが、この足で何とかタンバリンを叩けないだろうか?というのだ。

 調べてみたが、足で叩くタンバリンの情報は少ない。以前にフットシンバルの支持台にタンバリンを装着して叩くのを見たことがあるが、これ以上大きな機材は増やしたくない。
「軽くてかさばらず」「端材で簡単に作れ」「つま先でも踵でも自在に叩ける」
 こんな難しい条件の足踏みタンバリンを模索中。

 最近の演奏スタイルでは、立っても座っても左足の踵でリズムを刻むことが多いので、ここで叩くのが狙い。試作品のアイデアはほぼ固まり、材料もひとまずそろったので、詳細は随時このブログで発表予定。

2010年11月17日水曜日

ハーモニカの封印解除

 ブルースハープ、平たくいえばハーモニカとギターの弾き語り練習をし始めた。ホルダー(手を使わずに首にかけて吹く補助金具)と共に、キーがCとGのブルースハープを手に入れたのが、23歳のとき。社会人として働き始めた直後で、モーリスのギターと同じ渋谷で買った。
 吉田拓郎や井上陽水がギターを弾きながら歌い、前奏や間奏でブルースハープを吹いているのを見て、(俺もいっちょう…)と憧れたのが動機である。

 しかし、実際にはあまりうまくいった覚えがなく、当時作った自主制作テープでも、使ったのはほんの数曲。単体なら何とか吹けるが、「ギターを弾きながら吹く」という同時作業が、私にとっては難易度が高いのだった。


 長い間封印してあったブルースハープとホルダーを取り出し、もう一度トライする気になったのは、最近になって優れた演奏にいくつか遭遇したからだ。
 音楽仲間のTUMEさんの自在な弾き語り、そしてプロの高橋真樹さんが要所で入れる力強い演奏などで、それまで(オイラにゃ歌があるからいいや…)と吹けない自分を強がりで慰めていた気持ちが、ふと前向きに変わった。

 私の基本演奏スタイルはソロなので、前奏や間奏にメロディラインが欲しい曲には、スキャットや口笛をこれまで併用してきた。しかし、時にブルースハープの激しさが欲しくなることが正直いってあった。スキャットはともかく、口笛にはまだ日によってバラつきがある。ブルースハープを身につければ、演奏スタイルの幅が広がるのは確実だった。
「常に新しいものを目指す」がもうひとつの演奏スタイルでもあるので、ここは再挑戦する時期到来であろう。人生、「思い立ったときが出発のとき」である。
 まずはホルダーの手入れから始めた。全体のサビを落とし、調節ネジを調べると、明らかに緩い。セットして吹いてみると、途中でズルズル緩んでしまう。これでは吹けるものも吹けなくなるので、分解してネジ部分にスプリングワッシャーを入れてみた。
 するとガッチリ止まって非常に吹きやすい。うまくいかなかったのはネジのせいかも?などと思いつつ、その後ブルースハープを挟む金具の形状変更や、支持金具の角度変更など、調整を重ねる。

 かなり吹きやすくなったので、試しにギターを弾きながら1曲歌ってみた。以前に練習し、間奏に強いブルースハープの音色があれば…、と感じていたオリジナル訳詞の「カレンダー・ガール」。
 すると、思ったよりすんなりできた。まだ初心者レベルなので、単純な奏法に絞っているが、練習を重ねれば実戦でも使える感じがする。

 その後、調子に乗って簡単な唱歌のメロディを吹きながら、同時にギターも弾いてみたが、こちらはメロディラインが直感的に吹けず、使えるレベルではない。
 小学校の頃は頭にあるメロディが瞬時にハーモニカで吹けたはずなのに、どうしたことか。しばらくは練習の積み重ねが必要である。

2010年11月16日火曜日

記憶のブラスバンド

 我が母校の札幌市立白石中学校吹奏楽部が第58回全日本吹奏楽コンクールで最高の金賞に輝いたという。実は私ははこの吹奏楽部のOBである。つまりは、後輩の栄誉ということで、めでたい。
 10月末に墓参りに行った帰路、たまたま母校の横を通って実家に向かったが、グラウンドの金網に「祝!吹奏楽部全国大会出場」との横断幕が掲げてあり、「あれま、後輩たちががんばったみたいだよ」と、助手席の妻と話したばかりだった。
 私が在籍したのは中2の夏からで、およそ47年前のこと。当時は部員数が極端に少なく、パート毎に2人をキープするのがやっとの有様だった。
 6月に転校してきた私を誘ってくれたのが、同じクラスだったS君。S君はパーカッション担当で、「オレが教えるから、入れ」と強く入部を勧められた。
 音楽は嫌いではなく、それまで経験のなかった打楽器も悪くはないかと、軽い気持ちで入部した。S君とは何となく馬があったので、より深い友人関係を築けるかもしれないという期待もあった。

 部はその後も部員不足に悩み、入部したての私も4月ではないのに、新入部員募集のポスターを描いて学校中に貼った記憶がある。
 私とS君、そしてクラリネット担当の二人は一日も休まずに部活動に励んだ結果、その後わずかながら部員も増え、吹奏楽部はどうにか消滅の危機を脱した。S君と私には、消えそうな部の存続を必死で支えた自負のようなものがあったかもしれない。
 当時は無名だったその部が、全国の頂点に達したという。実に感慨深い。

 担当の先生は数学が専門で、活動は大半が自分たちで進めざるを得なかったが、独学で身につけた楽譜関連の基礎知識や音楽全般の感覚は、いまでも確かに役立っている。
 高校で進路が別れたS君とは、次第に会うこともなくなったが、40数年を経た昨年、突然「覚えていますか?」とメールがあった。その気になれば、ネットで古い友人を簡単に探し出せる。いい時代である。
 S君は私の人生に大きな影響を与えてくれた一人なので、もちろん忘れるはずがない。結婚後も、「実は中学時代にこんな友人がいた」と、年に何度かは妻に語っていた。

 先日の小学校同窓会で50年ぶりに再会したT子さんもそうだが、長い人生の中でずっと記憶に残り、身近な人に語り継がれる存在の人が、何人かは必ずいるものだ。
 妻も年に数回は、「小学校のときに頭の良かった○○君」のことを懐かしそうに話し、私はウンウンとうなずきながら、いつも同じ話を初めて聞くように耳を傾けるのだ。
 生者のあらん限り、記憶の中で人は生き続ける。あなたもきっと、どこかで誰かの記憶に刻まれていることだろう。

2010年11月15日月曜日

DIYデジカメケース

 ちょっと前だけど、新しいデジカメのケースを自分で作った。ゼロから作るとシンドイので、SHUREのマイクケースをリメイク。SHUREのマイクは廉価品を2本持っているが、移動時はいつもコードをつけたまま段ボール箱に収納するので、せっかくのケースが眠ったままだった。
 以前にひとつをリメイクして家計費専用の財布を作ったことがあり、今回も残るひとつを同じ要領でやった。もともとがソフトケースなので、デジカメを入れるには最適である。


 裏返して必要な長さをミシンがけし、その後ハサミで裁断する。DIY難易度は5段階中最低の1。ミシンさえ扱えれば、誰でもできる。
 不思議なことに、厚みや深さはまるで計ったようにピッタリ。専用ケースも売っているが、数千円もしてやたらかさばる。100円ショップも随分探したが、帯に短しタスキに流し。(死語の世界?)結局、自分で作るのがよろし、ということになった。
 実は2年前に買った古いデジカメのケースも自分で作った。写真下の茶色のケースがそうだが、こちらもやはり使わなくなった鉛筆ケースのリメイク。難易度は少し高かったが、なかなかいい感じに仕上がって、いまだに愛着がある。
 どちらもファスナーとストラップを短いボールチェーンでつないである。おかげでなくす心配がない。

2010年11月14日日曜日

ブリッジ取付完了

 注文してあったギターの部品、ブリッジが昨日届いたので、さっそく取付けた。前回書いたように、専用接着剤であるタイトボンドと、5ミリのボルト3本による併用固定とした。
 作業工程写真は完成後にまとめて別サイトにて掲載予定。まだサドル(弦を支える部品)をヤスリで調整して装着する作業が残っているが、現状では以下の通りである。


 思ったよりもきれいに仕上がったが、サウンドホール側に一部塗装の割れが残った。しかし、ボンドで処理してあるので、実用には差し支えない。
(表面に白く写っているのは汚れではなく、撮影している私自身の反射像。また、下端に飛び出しているのはピックアップ用のケーブル)

 およそ1週間ほど放置して充分乾燥させたあと、弦を張ってみるつもり。出来高90%といったところで、見てくれはさておき、何となくうまくいった感じはする。

2010年11月13日土曜日

ココロザシ

 いきものがかりの「ありがとう」という歌を練習し始めた。NHK朝の連ドラ「ゲゲゲの女房」のテーマソングで、ひさびさのフォーク系の歌である。「Bm7-5」などという、トンデモなく難解なコードがあるが、どうにか押さえ方を会得。あとは歌い込むことだ。
 いきものがかりは以前から好きで、ほとんどのアルバムは持っている。ボーカルの吉岡聖恵のブレがなく、伸びやかでいて、わずかな揺らぎのある声が好きだ。

 音程が正確であることはボーカルの必須条件だが、ただ正確なだけなら、しょせんコンピュータの歌う初音ミクにかなわない。正確な音程ラインに沿いつつも、ごくわずかな揺らぎがあること、それこそが聴き手の心を揺さぶる重要なポイントであると私は思う。
 人間の存在そのものに不条理で曖昧な部分があるから、聴き手は声に潜む「揺らぎ」を本能的に求めるのではないか。
 修練を重ねてまずは正確な音程を会得し、次にいつどこでどのくらいこの「揺らぎ」を加味するか?すべては歌い手の裁量であり、しかもその模範解答はおそらくない。だから歌は面白い。


 数日前にNHKの「SONGS」でいきものがかりの特集をやっていたが、リーダーの水野良樹が「自分たちの歌が誰かの役に立っているのか、不安なまま活動を続けていた」と語っていた。
 その迷いや憂いを払拭してくれたのが「帰りたくなったよ」で、この曲を歌うと会場で涙を流す人が必ずいるのだそう。それを見て自分たちの今後の「使命」「歩みべき道」がはっきり見えたという。
 ただ目立つこと、成り上がること、金モウケに走ること、そんな潜在動機で歌う人々が多いなか、(私もそうかもしれないが)実績のあるプロ歌手でそんなことを考えている人がいたことを知って驚いた。
自分の歌で泣いてくれる人がいることを知り、自分の活動に自信を持つ」ことは、最近になって少しずつ私も感じ始めたことだが、私はそれなりに年輪を重ねて、すでに人生に先の見えた61歳である。彼らは全員がまだ20代。その志の高さに感心する。ますます応援したくなったよ。

気密補修完了

 暇をみて少しずつ進めていた2階火打梁まわりのコーコング処理がようやく終わった。合計16カ所あったが、写真のようにしょせんは素人仕事で、仕上がりにアラが目立つ。世間にはコーキング専門の職人がいて、大工や左官のように独立した立派な専門職である。
 半乾燥してからの押さえの処理がうまくいってないが、「気密を保つ」という一点では、ほぼ機能しているはず。柱と天井部分の処理のように、周辺に細い角材を打ちつけると仕上がりがきれいだが、壁材には天井ほどの収縮はないし、面倒なのでやめた。


 下の写真は建築途中の同じ箇所の気密処理。専用の気密テープ(経年による接着力劣化の少ないもの)でフィルムを押さえているが、この上から打ちつけた壁材が薄い5ミリのハードボードで、クロスも貼っていない。従って周辺の押さえが甘くなっている可能性がある。コーキング材が余っていたので念のため作業した所以である。

 今回の処理で、建築後11年目の経年部材収縮による気密補修がすべて終わったが、これでどれくらいの効果が現れるかはまだ分からない。体感的に夜間の室温が下がりにくくなった気はするのだが。

2010年11月12日金曜日

カードリーダーを買った

「カードリーダー」なるものをアマゾンで買った。PLANEX製で、35種類もの各種メモリーカードのデータを、USB端子から直接パソコン内に取込めるという。windowsとマックの両方に対応していて、両者を時に応じて使い分ける私むき。
 最近になってmicroSDカードとSDHCカードの両方からデータを取込む機会が多くなり、携帯のmicroSDカードはアダプター変換してから古いデジカメ経由で、ICレコーダーの音源はwindowsのみの対応なので、その都度windowsを起動して取込み、その後マックにLAN転送して編集、という煩雑な作業を繰り返していた。

 調べてみたらすべてを解決する製品が、送料こみでわずか575円。迷わず買った。この品、機能は全く同じなのに、蓋の色が黒だとなぜか価格が780円に上がる。特に事情がない限り、白にすべきでしょう。


 写真のように普段は本体に格納されている短いUSBケーブルを引き出し、パソコンにつないで取込む。この「ごく短いケーブル」というところがミソで、一見便利そうに見える本体直結型のカードリーダーの場合、場所によっては融通がきかず、接続が難しい場合があるのだ。
 手持ちのカード類でさっそく試してみたが、携帯やICレコーダー、2台のデジカメのすべてのカードから瞬時にデータを取込めた。不要データの消去もパソコンからできるので、なかなか便利。
 現時点での唯一の難点は、マックのキーボードについているUSB端子だと、電力不足で使えないこと。本体のUSB端子ならもちろん使えるが、私の使うiMac-G5の場合、本体のUSB端子は3つで、2台のプリンタとキーボードで埋まっている。
 あまり機器は増やしたくないが、手持ちの電源不要で使えるUSBハブをとりだし、2台のプリンタはこちらにつないだ。

2010年11月11日木曜日

オブラディオブラダ

 1ヶ月ぶりにYouTube動画をアップした。少し前にこのブログにも記したビートルズの名曲「オブラディオブラダ」である。
 買ったばかりのデジカメ、Power Shot S95の優れた動画機能と、春に買ったICレコーダーの録音機能を同時に使い、1回だけ練習してから撮った。いわゆる「ワンテイク」の一発撮り。緊張して歌うので、いつも1回で済む。いや、済ませる。
 ちなみに、撮った場所は自宅スタジオの一角である。


 この動画、まずデジカメから動画編集ソフトに取り込み、音声だけを分離して削除。ICレコーダーから取り込んだ音を別編集し、動画の映像にシンクロさせて合成、という面倒な手法をとった。
その分、普通に撮った映像よりも音がいいはず。映像もデジカメにしてはまずまずではないだろうか。
 訳詞は私のオリジナルなので、「半分だけオリジナル」という位置づけ。原曲に沿って忠実に訳してみたら、こんな感じに仕上がった。訳詞は確定しているメロディに原詩の意味を大きく損なうことなく、うまく歌詞を作ってあててゆく作業が面白い。
 調べてみたら、訳詞だけでもかなりの曲数になっていて、これをテーマに簡単なライブができるほど。まあ、こちらもいわゆる「暖め企画」のひとつに違いなく、いつどこでやるかは、風の行方次第なのである。

2010年11月10日水曜日

ブリッジはがれた

 進行中のギターブリッジ交換作業は、問題の引きはがし工程に突入。魔法瓶に熱湯を入れ、スクレイパーを随時暖めながら隙間に少しずつ差し込んでいったが、案外簡単に入っていったので、つい油断してしまった。
 写真の方向からトントン進めていったが、最後の部分で接着の強い部分にぶち当たり、表面の塗料が一部はがれてしまった。結果論だが、全周囲からじわじわ攻めるべきだった。

 下がはがし終えたギター本体とブリッジ。ブリッジは完全に割れてしまい、2つの断片に別れている。理由は不明だが、同じ条件下にあるモーリスのギターには何も問題が起きていないので、単純に材料の初期不良かもしれない。


 本体に大きな剥離はないが、表面の塗料が思いのほか厚く、1ミリ近くもある。はがれた部分の段差を解消するべく、現在タイトボンド(補修用の専用木工ボンド)を埋め、当て板をして細いボルトで締め付けて乾燥させているところ。
 ともかくもブリッジがはがれたので、新しいブリッジを今日ネットで発注した。補修専用の大きめのサイズだが、それでも一部塗料の割れが見えてしまうだろう。処分に困っていたギターなので、ある程度の見てくれの悪さはやむを得ない。
 新しいブリッジが届き次第、次なる最終工程に進む。いろいろ調べた結果、ブリッジを接着剤とボルトの両方で止める併用工法をとることにした。部品箱を探してみたら、長さも太さもぴったりのボルトを4セット発見した。色も黒で目立たず、これは使える。
 少し先が見えたかな?

2010年11月9日火曜日

ブリッジ交換の試み

 昨年夏に大事なブリッジ部分が壊れ、新しいオベーションに買い換えてしまったS.Yairiのエレアコを、突然修理してみる気になった。壊れたエレアコは2階スタジオの壁にずっと吊るしてあったが、買って4年近く酷使したにも関わらず、ブリッジ以外に大きな問題はなく、音はなかなか良かった。
 2万円強の廉価版だったが、「2万円とは思えない音」と、複数の方に言われたこともあった。プロに交換修理を頼むと修理費だけで購入価格を超えてしまうので、あまり意味がない。しかし、もし自分で直せるとしたら、まだまだ実戦で使えるでは?と考えた。

 部品の調達と具体的な修理方法を調べてみると、ブリッジそのものは送料込みでわずか960円で買えることが分かった。問題は修理方法だが、こちらも多くの方が写真つきで懇切丁寧にその方法を掲載してくれている。


 その「お導き」に従い、さっそく行動を開始したが、まずは割れたブリッジをきれいにはがすことが大仕事だった。
 ブリッジを固定してある接着剤は水分と熱を与えるとはがれやすくなるのだそうで、写真の上が修理前の状態で、下がその作業第一段階。まずは割れたブリッジを濡れたティッシュで2日間覆い、充分に水分を与えている。ティッシュを常に濡らしておくために、日に何度かスポイドで水を足す。
 明日あたりに第二段階に移行予定だが、次は熱湯で暖めた金属製の「スクレイパー」なる工具で少しずつブリッジをはがす難しい作業だ。
 ネット情報でスクレイパーは100円ショップダイソーで手に入ることを知り、今日は近隣で最も大きいダイソーに行ったが、確かにたくさんの種類のスクレイパーが並んでいた。

 幅が25ミリと手頃で、先端が最も薄いタイプを買ったが、実は第二段階が失敗したケースを想定し、まだブリッジの部品は発注していない。プロが何万円もお金をとってやる作業を、果たして自分がちゃんとやれるのか自信がない。
 第二段階が成功した場合、以降の作業は逐一このブログにて報告します。

2010年11月7日日曜日

新しいデジカメ

 2年ぶりに新しいデジカメを買った。いろいろ調べて条件を絞り込んだ結果、「Canon Power Shot S95」に決定。コンデジ(コンパクト・デジカメ)だが、価格が31,500円と、私にしては高め。
 いま使っている「PENTAX Optio E50」はまだ現役だが、デジカメの寿命は経験的に3年ほどなので、そろそろ買い換えの時期である。デジカメを持っていない妻がときどき使いたがるので、これで古いほうは気楽に貸せるというもの。

 現状のデジカメはまずまずの性能だが、マクロ(接写)機能が物足りなく、ISO感度が低いので、室内撮影に弱い。マニュアル露出やマニュアルフォーカス機能もなく、そもそも1万円の廉価デジカメにそんな機能を要求すること自体が無理というものだ。


 今回のデジカメには、接写5センチ、ISO感度3200、マニュアル露出やマニュアルフォーカスもOKで、RAW画像という高級デジイチ(一眼レフ・デジカメ)なみの画像撮影機能までついている。ありきたりのオート撮影では飽き足りない人むけのコンデジである。

 届いたばかりのデジカメを充電し、さっそく外に出て撮影してみた。古いデジカメと全く同じ条件で比べてみたが、この解像度だとあまり大きな差はない。新しいほうがややキメが細かい程度か?
 発色は青と赤の感じが少し違う。大きな差はないが、肉眼により近いのは新しいほうである。

 室内の写真も撮ってみたが、こちらはさすがにきれいに撮れる。最近急増しているライブ写真の撮影に威力を発揮しそうだ。接写やマニュアル撮影も含め、今後いろいろ試して、逐一このブログにて発表予定。

2010年11月6日土曜日

待機電力カット効果

 10月分の電気代請求書が届いたが、使用量233Kwhで、日ごとに昼の長さが短くなり、暖房も点ける時期にも関わらず、不思議なことに前月より3Kwh減っている。気になって過去10年分の10月の電気使用量を調べてみると

 345→334→337→342→254→252→270→269→258→233(今年)という変遷だった。
(単位はKwh。過去の光熱費はデータベース化して保存してある)

 家族構成の変化などによりバラつきがあるが、妻と二人暮らしになった2005年以降に限定しても、最低の数字を記録した。昨年と今年とで家族数や使用電気機器に、これといった変化はない。


 理由をあれこれ考えてみたら、まずは4個を完全交換したLEDナツメ球の効果。ただ、これだけだと試算上は6Kwh弱の削減量で、計算が合わない。
 もうひとつ心当たりがあるのが、先月から2台のパソコンと2台のプリンタの待機電力をゼロにしたこと。あるブログの情報でかなりの節電効果があることを知り、試しに使用頻度の低い4台の機器のプラグを抜き、使うときだけ差すようにした。
 最近は「スイッチ付コンセント」なるものがあって、用が済むとこれでスイッチを切る手段もあるが、トラッキングによる火災が怖く、コンセント回りの接続機器は極力増やしたくない。当分は現状のままだが、思っていたより待機電力のカット効果は大きいことが分かった。
 待機電力がどれくらいかは機器取説に載っているが、物によってはかなりの数値になり、あなどれない。
「使うときだけコンセントをつなぐ」は、DVDレコーダーやMDコンポでもすでに実施中で、常時使う電子レンジやテレビは無理としても、他の電気製品でもやる余地はないか検討中。

2010年11月4日木曜日

うたかた

「人生はうたかたである」と広言する人がいる。うたかた→泡沫、つまりは泡のようにはかなく消え去る、という意味で、心情的には私もこれに近いが、だからといってやたら広言はしない。
 むかし、ハレー彗星が地球に大接近した際、「地球が滅亡する」と信じ、酒や快楽などの破天荒な行動にふけった人々が実際にいたと聞いた。

 中学校か高校の卒業文集に「明日、地球が滅亡するとしたら、あなたはどうするか?」といった質問があり、私は迷わず「即、寝ます」と記した記憶がある。この種の質問は「将来の夢」と並んで卒業文集の定番のようで、30年近くを経た長女の小学校卒業文集にも、全く同じ質問を見つけて驚いた。
 注目すべきは長女の回答で、まるで申し合わせでもしたかのように「寝る」とあり、二度驚かされた。DNAの連鎖、恐るべし。
 私の文集にも長女の文集にも、他に「寝る」という回答は皆無で、「おいしい物を食べまくる」などの快楽派が多数を占めていたが、ひとつだけ「世界中の人を殺しまくる」という、コワ〜イ回答があって、私と妻を三たび驚かせた。
 成績が良く、リーダー格の女子の回答だったからなおさらである。彼女の精神世界は暗闇だったのかもしれない。間抜けだが、他を傷つけない自己完結型の回答を記した我が娘を、このときは好ましく感じた。

 世界が滅亡せずとも、いずれ人は死に、一個人の精神世界は終わりを告げる。しかし、だから生きているうちに他を排斥しつつ、貪欲に生きるというのか。はかないからこそどう生きるのか?がおそらく問題で、そこにこそ人間として生まれてきた意味があるのではないか。

2010年11月3日水曜日

人生はまだ続く

「オブラディオブラダ」という歌に、このところ打ち込んでいる。40年以上も前のビートルスの名曲だが、そもそもこれまで弾き語りでビートルズを歌ったことはない。叙情系であれば「イエスタディ」とか「ミッシェル」あたりを練習すべきかもしれないが、ノリの良さと訳詩の作りやすさから、「オブラディオブラダ」に決めた。

 実はこの曲にはちょっとした思い出がある。3人の子供たちがまだ小学生だったころ、「弾けますと~ん」という商品名のキーボードのおもちゃみたいな品を買った。
 価格は1万円弱だった記憶があるが、このキーボード擬きには普通に音階が弾けるほか、「ROMパック」というメモリーが装着でき、メモリーモードに切り換えて内蔵された曲を指定すると、自動演奏する機能があった。
 演奏は伴奏だけで、主旋律は鍵盤の上で順に赤くランプが光り、その順に従って弾くと最後に演奏技術を機械が4段階で判定してくれるという仕掛けだった。


 この「採点機能」というものに、子供も大人も夢中になった。リズムと音程を完璧に弾けば100点が出るが、それは最初は不可能に近かった。しかし、練習するうち、本体に付属していた簡単な童謡などは、自然に弾けるようになり、100点も出せるようになってきた。

 この「ROMパック」はさまざまな曲のセットが別売りされていたので、次々に買い足していったが、その中にビートルズがあった。
 ビートルズのパックには4曲入っていて、「ミッシェル」「PSアイラブユー」「レットイットビー」そして「オブラディオブラダ」である。
 このキーボード擬きに特にハマったのが当時小6だった長女で、全部で5本あったROMパックの大半の曲を正確に弾けた。中でもお気に入りは「オブラディオブラダ」で、主旋律はもちろん、本来は機械が弾くべき伴奏も左手でマスターするほどまで上達した。
(ちなみに我が家にはピアノもエレクトーンもなく、単なる自己流)

 その年のクラスお楽しみ会でのこと、長女はこの「オブラディオブラダ」を一人で弾き語ると宣言し、附属していた英語の歌詞カードで、歌詞をこれまた完璧に覚えた。英語はNHKラジオで独学していたので発音は悪くなく、歌としてはそれなりに完成していた。
 本番では無難にこなし、やんやの喝采を浴びたと聞く。「弾き語り」「英語」そして「独学」のキーは、すべて私の嗜好とも一致する。おそらくはDNAのなせる業だ。
 その思い出の曲を、今度は私がギターで弾き語る。日本語の適当な歌詞が見当たらないので、またしても自分で訳詞を作った。
「オブラディオブラダ」はナイジェリアのヨルバ族の「人生は続く」という言葉だという説があるが、定かではない。歌自体は若い男女が巡り会って結ばれ、子供を作って家を立て、ドタバタしながらも幸せに生きて行く、といった単純な内容だ。

 長女はいま首都圏の企業で視覚デザイナーとして働いているが、もしかしたら音楽の道に進んでもそれなりに食べて行けたかもしれず、事実そう強く勧めてくれる方も周囲にはいた。
「芸術」という広い枠でとらえれば、デザインと音楽とにそう大きな隔たりはないが、音楽を専門的に学ばせる余裕のなかった親としては、この曲を聴くたびにちょっとほろ苦い思いに包まれるのだ。
 それでも人生は続くけど。

2010年11月2日火曜日

腕時計の電池交換

「腕時計の電池を自分で交換してみよう」と、ふと思い立った。つい先日、一度換えると10年は持つという長寿命腕時計の電池を近隣のホームセンターで換えたばかりだが、交換費用が525円。ここが私の知る限りの最安値である。
 30数年前の時計だが、いまでも中古市場で3,000円前後で取引きされている品。下手に自分で交換して壊してしまっては元も子もないと外注したが、家には他にも電池が切れたままの電池式時計が3個もある。

 そのうち2個は今後も使う予定がないが、以前に妻が使っていたカシオの腕時計はデザインが良くて文字も見やすく、使い勝手がいいものだった。
 電池が切れたまま放置してあったのは、その交換費用が高いから。交換しても1年程度でまた寿命となり、いっそ100円ショップの時計を使い捨てしては?との提案に、妻もあっさり乗った。


 ネットで調べてみると、自分で電池を交換した人は多数いて、その手法も詳しく載っている。防水型は専用工具が必要で面倒だが、簡易防水タイプなら素人でもドライバー1本でやれるとか。元々が2,000円ほどの安時計でもあり、さっそく試してみた。

 裏蓋を調べると、蓋の一部に小さな矢印を発見する。さてはこの矢印の方向に仕掛けがあるな、と探ってみたら、案の定そこだけ蓋が薄くなっていて、ドライバーの先が入る構造になっていた。
 メガネ専用に使っている極細のドライバーを差し込んで上下に揺さぶると、あっさり蓋が開いた。電池を取り出して型番を調べると「SR621SW」とあり、ネット情報によると、あの100円ショップダイソーにて2個105円で入手可能らしい。
 今日の歯科治療のあと、近隣のダイソーに寄ってみたら、山のように並んでいる。型番は「SR621」だが、裏に「SR621SWと互換性あり」との表示。これで間違いない。
 家に戻り、さっそく交換してみると、スイスイ動く。裏蓋の周囲に簡易防水用のゴムリングを元通りにはめ、蓋を閉じて無事交換終了。やってみれば、そう難しい作業ではなかった。惜しみなくネットで情報を公開してくれた方に感謝である。

 交換を外注すると、1,000円前後の費用が普通かかる。大半が手間賃だが、難易度が低い割りには、いかにも高い。しかもこの場合、防水補償はないですよと念を押される。簡易防水の安価な時計なら、自分で交換するのが手っ取り早くて安上がり。