2013年3月29日金曜日

キリ番目標

 弾き語り活動に関し、目下3つの目標がある。人生にはビジョン、つまりは未来像が必要だ。いずれもキリのいい数字で、達成可能な順に記すと、以下の通り。

・街角100ライブ
 通りすがりを対象としたストリート系ライブを「街角ライブ」と称し、2005年5月からコツコツと続けてきた。100本を目指して始めたが、当初は公園を主たる場としてやっていたため、天候や気温の条件が厳しく、なかなか数は増えなかった。
 2011年9月にチカチカパフォーマンスのライセンスを得てから、天候の影響を受けない地下通りが活動の中心となり、飛躍的に数が増えた。

 現段階で累計44本。オーデションや企画イベントを含んでいない純粋なストリートライブの数である。およそ月2本のペースで進めているので、順調に行けば2年後にも100本を達成できそうだ。
(あくまで「ライセンスを継続し続けられたら」という前提)


・1000曲レパートリー
 今日現在のレパートリーが715曲。電子譜面に入っている数で、表示すればいつでも歌える状態の曲だ。電子化していない古い曲も他にあるが、含めていない。
 ちょうど1年前に中華Padを購入し、せっせと譜面をpdf化した際の記録が残っていて、ちょうど650曲。この1年で65曲増えたことになり、このペースで増えたとして、あと4年強で1000曲に到達する。
 レパートリーを増やすこと自体に執着はないが、ひとつの節目であることは間違いない。オリジナル曲の比率は常に10%前後だが、こちらも成り行き任せである。

・古希コンサート
 つまりは70歳でのソロコンサートである。60歳の還暦コンサートは無事にやり終えたので、次なる目標は70歳ということになろう。これに関しては、昨年夏の地域センター夏祭りイベントのステージ上で、「自分への励まし」として宣言してしまった。
 いま63歳なので、あと6年後の秋に達成可能となる。あくまで可能性の話で、その時点で弾き語り活動をやめていれば、ただの古希祝いと化す。仮に命が消えていれば、それすらもないという、厳しい目標なのである。

 弾き語りの大先輩に雪次郎さんという方がいる。奇しくも北海道出身で、現在78歳。私より15歳も上だが、いまでも東京都のヘブンアーティストに登録し、月に数回のストリートライブを精力的にこなしておられる。
 オリジナル曲を中心としたCDも多数。古希どころか、喜寿も通り越して、もうすぐ堂々の傘寿シンガーである。私なんぞ、まだまだヒヨっ子シンガーに過ぎない。
 実は上記以外に「オリジナルCD100枚販売」というのも候補にあった。しかし、こちらは現段階ですでに50枚を販売済み。売行きにはムラがあるが、半年間でこれだけ売れたので、100枚達成は案外早いかもしれない。目標から外した所以。

 最終的な3つのキリ番目標は、健康に留意しつつ、日々の努力を怠らなければ、自然に達成できそうな気がしないでもない。焦らず奢らず、細くて長い小さな積み重ねである。

2013年3月27日水曜日

自転車に乗れる

 日中の気温が7度を超えた。平地に雪は多いが、道路上に雪はなく、乾いたアスファルトがむき出し。今年はウッドデッキの上で冬を越した自転車、南からの強い日射で周囲の雪はすっかり解け、いつでも乗れる状態にある。
 ずっと玄関ホールに置いたままにしてある電動除雪機を外に出し、来客用の駐車スペースを再び拡張。ざっと4.5メートル分の幅を確保し、普通車も小型なら停められるようになった。

 北側の固く締まった雪の上を経由し、ウッドデッキから自転車を東の玄関前に移動。空気圧を調整して、乗る準備が整った。2日続けて休暇だった妻、明日から自転車で出勤出来そうだと喜んでいた。
 調べてみたら、昨年より2日も早い。たとえ記録的豪雪であっても、工夫すれば何とかなるものだ。


 路面状況を確認しつつ、妻を乗せて車で皮膚科医院へと向かう。病院は少し離れた商業地区にあって、ここでしか入手不可能な品があり、来たついでにあれこれと必需品を買い込む。

 帰宅後、都心近くまで車でまた出向き、青森からはるばるやってきた音楽系の知人に会う。ネットで6年近い長い交流のある方だが、直接会うのはこの日初めて。
 札幌にちょっとした縁ができたそうで、今後いろいろと交流が広がりそうな気配。

2013年3月25日月曜日

残雪処理再び

 風もなく、暖かな陽射しが差す穏やかな天気。アメダスの数値は1度前後だったが、我が家の温度計では5度近くを指す。積雪量はまだ1メートルを超えていて、春近しとは言いがたい気分だが、腰の調子もいいので、外に出て残雪の処理をすることにした。

 腰痛の再発が怖いので用心し、予めコルセットを装着。融雪水の垂れ落ちがひどい車庫屋根の残雪をまず落とすことにした。
 氷塊と化した雪は結構な量になっていたが、金属スコップで少しずつ砕き、そのまま屋根を滑らせて下に落とす。腰への負担はあまりなく、短時間で作業を終えた。


 調子に乗ってウッドデッキ側に回り、テラス窓外の雪を砕く。以前にも一度やっているが、その後の大雪で元の木阿弥状態である。昨年は彼岸過ぎに20センチ近い雪が降っているが、さすがに今年はもう大雪はないものと信じたい。
 その後、車庫前の来客用駐車スペースを広げる作業を実施。陽当りのいい北側の雪が比較的柔らかいので、こちらをまず金属スコップで砕き、電動除雪機で跳ね飛ばす。車庫前の幅が50センチほど広がり、軽自動車なら駐車OKである。

 一気にやると負担が大きいので、残りは次回とした。少しでも作業が楽になるよう、スコップで可能な限りの刻み(雪切り)を入れる。
 1時間ほどで家に戻ったが、さすがに今回は腰痛の再発はない。二三日様子を見て、次回は駐車スペースをもう少し広げ、普通車も駐車可能なようにしたい。ウッドデッキに置いたままの自転車も、いよいよ玄関側に移動しよう。
 行ったり戻ったりしながらも、ゆるゆると春は近づく。

2013年3月24日日曜日

サービス精神

 第4期チカチカパフォーマー・オーディションに参加。といっても、昨日のブログでふれたように、審査はナシのゲスト出演である。
 少し早めに出て、久しぶりに母の暮らす施設に顔を出す。度重なる大雪の始末やそれに伴う腰痛、思いがけない仕事の山に追われ、すっかりご無沙汰していたが、母は元気で暮らしていた。
 遠くから私の顔を見つけ、名前を呼んですぐに近寄ってきた。すでに93歳を超えたが、まだまだ頭もしっかりしていて、足腰も健康。ひとまずは安心である。

 40分ほど昔話にふける。高齢者との会話は昔話が一番である。それも懐かしい話を少しだけ持ち出し、「~は覚えている?」と問いかけるのだ。目がいきいきと輝き出す。このあたりのやり取りは、我ながらかなり上手になった。


 その足でオーディション会場へと向かう。16時半に妻と合流。すでに14時から始まっていて、今回は15組のパフォーマーがエントリーしていた。
 私の出番は15組が終わった17時以降で、審査中の場をつなぐ役だ。私以外にジャグリングの弥勒さん、ミスターきくちさんも参加したが、私は2番目。持ち時間は10分なので、少し前にPAや司会進行の方と簡単な打合せ。入れ換えのロスタイムを最小にするべく、機材を完全に組み立ててスタンバイする。
 少し遅れて、17時27分から開始。半年間の活動を総括するべく、短いが親しみのある3曲を選び、曲調のメリハリにも充分配慮した。

「ろくでなし」(シャンソンをリズミカルなストロークで)
「かなりや」(叙情歌をしっとりとアルペジオで)
「ブルーライト・ヨコハマ」(昭和歌謡を楽しいアップテンポ調で)

 持ち時間が少ないのでMCはごく短めにしたが、最低限のメッセージは伝えた。聴き手は100名ほどだったが、幸いに途中で席を立つ動きはなく、みなさんじっと聴いてくださった。
 モニターがないので、いつものようにおよその勘で歌ったが、客席にいた妻によると、声はよく通っていたそうだ。ラストの曲では自然発生的な手拍子も飛び出し、場の反応はまずまずだったと思う。熱心に聴いてくれる方には、歌いながら目で挨拶を交わすことも忘れなかった。
(以前は歌うのが精一杯だったが、最近はたいての場でこれが出来るようになった)
 ラストの曲では、リズムに合わせてギターのネックを小さく振る。これまた最近ときどきやる技で、場を乗せる効果がある。少しずつだが、確かに進歩している。


 自宅での練習通り、9分で終了。この日が初披露の新ステージネームも司会者や進行表、自分の看板などで公開されたが、普通に場に馴染んでいて、ちょっと安心した。
 しばらくして審査の結果が委員長から発表されたが、合格者は15組中9組、合格率60%という、過去最低の厳しさだった。別の場で知り合った音楽仲間も今回受けていたが、残念ながら落ちていた。歌唱力や独創性は抜群の方で、合格は固いと思っていたので、びっくりした。
 音楽系パフォーマーは5組受けたが、合格は継続の2組のみ。新規受験者は全員不合格という、相変わらずのハードルの高さだった。

 講評によると、一定レベル以上のパフォーマンス・スキルは当然必要だが、それだけではダメで、通りを往く人々を立ち止まらせて近寄らせ、さらには投げ銭のひとつも置いてゆこうか…、(音楽系ならCDの1枚も買おうか…)という気にさせるような芸、これが審査の基準だったそう。
 過去3回のオーディションには全て立ち会っているが、審査基準が次第に厳しくなりつつある印象がする。私は第1回に受けて合格し、その後の実績を積み重ねて更新を続けている立場だが、早めに受けておいてよかった…、と正直思った。
 審査基準を噛み砕くと、ある種のサービス精神が芸には必要、ということではないか。
「たとえば人を引き付ける話術とか、客を芸に巻き込む進行とか…」と、審査委員長は具体例を挙げていた。
 サービス精神に関しては、過去にも何度かこのブログでふれている。ジャグラーの方はそのあたりのさばきが非常に巧みで、アドリブもうまい。音楽系パフォーマーは歌や楽器にこだわりがちで、聴き手とのコミュニケーションはおしなべて不得手。登録パフォーマーに音楽系が極端に少ない所以か。
 私もその例外ではなく、MCはあまりやらずに、もっぱら曲の構成や衣装で不足分を補っているのが現状だ。聴き手を引きつけるMCを、もう少し考えなくてはいけない。

 歌以外の要素に必要以上に気配りするのは邪道、という考えもあろう。しかし、そこにこそ通りすがりの人々を対象としたストリートで歌う意味があると私は思う。結局のところ、歌は聴いてもらってナンボの世界である。

2013年3月23日土曜日

新ステージネーム

 突然だが、チカチカパフォーマンスで歌う際の登録名を明日から変更することにした。弾き語り音楽活動限定の名なので、いわば「ステージネーム」とでもいうのだろうか。
 すでに事務局には連絡済みで、「では明日から変更ということで」と、内諾もいただいた。なぜ明日からかといえば、明日が第4期のオーディション実施日で、実質的に第4期の活動が始まるからだ。

 この半年間で13回のパフォーマンスを実施し、最低ノルマの4回は大きく超えた。無条件で更新となる権利をすでに得ているが、明日は一般パフォーマンス終了後の審査時間に、場のつなぎ役としてゲスト出演することが決まっている。登録名を変更するには、絶好の機会なのだ。


 その新ステージネーム、熟慮のすえに落ち着いたのが、
菊地トムノ

 これまでずっと単純に本名で通していたから、自分にとっては革命的な変更である。姓は本名のままで、名前だけが別名。といっても、音感としては限りなく本名に近く、呼ばれても大きな違和感はない。
 占い好きなので、いちおう姓名判断で字画も調べたが、すごくいい。ムチャクチャいい。^_^;「鰯の頭も信心から」なのである。

 実はチカチカパフォーマンスに合格した2年前から、ずっとステージネームの構想はあった。当時、登録直前まで迷ったのが「菊地トム」。「TOMすけ」というハンドル名を20年ほど前からずっと使っていて、いまでも一部の音楽仲間からは、この名で呼ばれているほど。
 しかし、「菊地トム」あるいは「TOMすけ」では、いかにも軽薄な印象で、ステージネームとして使う気にはとてもなれなかった。
 今回、変えるに至った心境の変化は、まず本名の字面が、いかにも重い印象であったこと。万葉歌人に同じ名があるが、まさにそんな古めかしい印象で、本名のイメージを大きく損なわず、なおかつ字面と音の響きが洒落たものに変えたいと徐々に思うようになった。
 あくまで自己満足の世界だが、従来からある「とむ」に、名前の一部である「の」を付加し、さらにはカタカナ表記にすることで、一瞬(おや?)と思わせる心理効果があるのでは…、と期待している。
 英語で書くと「TOMNO」ということになり、私がよく歌うシャンソンの「ドミノ」という名曲の香りも少し漂う。女性目線の歌を多く歌う昨今、性別不詳な印象であるのも都合がいい。

 ひとまずチカチカパフォーマンス関連の一切の登録名はこちらに変え、看板や案内状も順次変えてゆく。オリジナルCDも主たる頒布場所はチカチカパフォーマンスなので、新規製作分から変えることになる。
 雪まつりなどの大規模イベント、地域センターなどの地域イベントでのエントリー名をどうするかは今後の課題だが、いずれ全面的に変える方向となろうか。
 名前を変えたから歌が上手くなるわけでもないが、歌い手の名は歌唱のイメージを喚起する重要な符号。「ジャンル不詳」「聴き手不詳」「性別不詳」という最近の我が音楽方向性からして、必然的な流れなのだ。

2013年3月22日金曜日

DIY的生き方

 午前10時にタウン誌の取材がやってくるというので、早めに起きて備えた。取材対象は音楽でも物書きでもデザインでもなく、DIY。これまでいろいろなジャンルの取材を受けたが、DIYはかなり昔に地元新聞で取り上げられて以来、久しぶりのこと。
 当時はマンション暮らしで、今とは全く異なる合板と金物を使った家具作りを得手としていた。月日は流れ、DIYに対するスタンスも無垢材を主とした家具備品作りに取って代わり、スキルもかなり向上した。手作りに対する世間の評価も見直されつつあり、再度取り上げていただくには絶好の時期である。
 事前の取材と同様、私が最寄りのJR駅まで車で迎えに行くものと思っていたら、突然チャイムが鳴る。外には大型の車が停まっていて、カメラマンや担当の方が合計4名。
「車はどこに停めたらいいでしょう?」
 しまったと思っても、時すでに遅し。昨日除雪したのは自分の車を出すための玄関前だけで、来客用の駐車スペースまでは確保していない。急きょ機材を降ろし、私の車で近くの大型店舗まで誘導する。運転代行の要領で、どうにか急場を凌いだ。


 家中を説明しながら、さまざまなDIYグッズを紹介し、撮影していただいたが、幸運だったのは、天気が非常によかったこと。ブラインドを調整しつつ、レフ板を併用して、すべて自然光で撮影することができた。
 自分で説明して思ったが、壁や床、そして天井などの構造体以外の大半が手作り品に囲まれていたという事実。
「家中どこを見回してもDIYですね」と驚かれたが、実際そんな感じである。

 好評だったのは以下の品々。

・2階寝室と階段の間に作った「動く壁」
・階段室の壁をくり抜いて作った「ニッチ本棚」
・3段重箱式の道具箱
・木製カーテンレールとタッセル
・麦わら帽子を使ったランプシェード
 取材には制作室の若い女性も一人混じっていたが、「麦わら帽子シェード」はかなり気に入っていただけたようで、「ぜひ欲しい」「私も作りたい」「北海道らしさが表れたDIY」と絶賛された。市販の麦わら帽子に穴を開けてソケットにかぶせただけの単純な仕組みだが、「発想がユニーク」との評価。
 話の流れですっかり忘れていたDIYグッズも思い出し、引出しから引っ張りだして披露したりと、とても楽しい時間だった。

 今回の取材でつくづく感じたが、我が人生そのものがDIY的であったのだな…、という感慨。果てしない生産と消費を繰り返す社会図式が崩れ、新しい価値観が求められている中で、広い意味でのDIY(手作り)的生き方が、いま見直されつつあるのかもしれない。
 まあ、ブームであってもなくても、50年以上も続けてきた我が生き方は、今後も変わることはたぶんない。

2013年3月21日木曜日

歌の価値

 晴れたと思ったら猛烈な地吹雪と、実に忙しい天気。都心では20センチ、我が家周辺でも10センチほどまた降った。
 車庫前には、またしてもかなりの吹き溜まりが出来てしまったので、やむなく電動除雪機で除雪。こんなこともあろうかと、除雪機は玄関ホールにずっと置いたままだ。いつもならとっくに床下にしまっている時期だが、どうやら今年は4月まで片付けることはできない感じだ。


 昨日のチカチカパフォーマンスで1枚だけ売れたオリジナルCDの件、実は買ってくれた若者は500円のCDが欲しかったらしく、「300円に負けて欲しい」と値切られた。
 差し出したのは千円札。金がないわけではなく、予算がないということ。しかし、予算がない人のために、ちゃんと200円の廉価版・紙ジャケCDも並べてある。
 ちょっと考えたが、その旨説明し、きっぱり断った。「では両方ともいりません」と言われれば、それまで。その場合、私の歌に金を払う価値ナシ、との判断だったということだ。(最終的に200円のCDで決着)
 実はまだ500円のCDしか並べてなかった頃、かなり高齢の女性に、「あなたのCDを欲しいのだが、手持ちが400円しかない」と泣きつかれたことがある。
 差し出す財布には100円硬貨3枚と50円硬貨2枚、残りは数枚の小銭のみだ。母親のような年齢の方で、熱心に歌も聴いてくださった。帰りの交通費は市の無料敬老パスがあるので不要、といった様子がうかがえた。
 この時も一瞬迷ったが、さすがに400円でCDはお渡しした。年金暮らしでも、私のCDをぜひ聴きたい、その気持ちにほだされた。

 廉価版CDを作ったいまは、聴き手に選択肢があるので、値切りには一切応じないのが基本姿勢である。価格は充分妥当な設定だと自負している。プロではないが、これ以上自分を安売りする気はない。

2013年3月20日水曜日

凍える指先

 第3期最後の公開となるチカチカパフォーマンスに参加。2日前にも出たばかりだが、終了後にスケジュール表を見ると、なぜか1枠だけポッカリと空いている。一昨日は悪天候で、翌日は春うららかな陽気。ではさぞかし彼岸の中日も穏やかな日和であろうと、甘い期待でフラフラとエントリーした。

 この日は祝日なので、土日と同じ特別なタイムテーブルが組まれている。1部が11~14時半、そして2部が14時半~18時だ。私は2部にエントリーしたが、用心して早めに家を出たら、排雪の進んだ道はガラガラ状態。40分も早く会場に着いてしまった。
 ゆっくり準備して、順番を待つ。2部は3組の共演だったが、私以外のジャグラーの方は1部からの連続エントリー。2部の一番は私が演らせてもらうことになった。


 時間の都合で構成は一昨日とあまり変えていない。14時半から始め、25分で以下の8曲を歌う。

「なごり雪」「仰げば尊し」「花(滝廉太郎)」「赤いスイートピー」「サクラ咲く(オリジナル)」「花の首飾り」「荒城の月」「かなりや」
 変えてないといいつつも、一昨日の反省をふまえて4曲を入れ替えたが、「叙情的」という切り口は不動。オリジナルをラストに歌う構成には無理があると悟ったので、従来通り中程の無難な位置に配置した。


 春休みのまっただ中の休日とあって、通りを行き交う人々は子供連れか若いカップルが大半。私の主たる聴き手である中高年の姿は、極めて少ない。そのせいか、一昨日に抜群の手応えだった「仰げば尊し」でも立ち止まる人皆無、という寂しい状況だった。
「赤いスイートピー」でようやく人が集まり始め、「花の首飾り」で10人を超す。その後もラストの「かなりや」まで、数は少ないが、熱心に聴いてくれる方は確かにいた。

 ジャグラーのアッキーさんミスターきくちさんの2ステージの間、しばしの休憩。この日の年齢層にジャグリングはぴったりハマっていたようで、二人とも抜群の集客だった。
 直前に演ったアッキーさんのステージでは、100名に迫る大集客。私の知る限り、チカチカパフォーマンスでは初めて見る群集だった。
 16時10分から第2ステージ開始。この日の北4条広場は予想外に寒く、長い待ち時間の間にすっかり身体が冷え、いざ始めようとすると両手の指先が凍え、ギターがおぼつかない危険な状態に陥っていた。
 気を奮い立たせ、23分で以下の7曲を歌う。

「ダンシング・オールナイト」「バス・ストップ」「時の流れに身をまかせ」「抱きしめて(オリジナル)」「寂しくなんかない(オリジナル)」「夜が明けたら」「男と女のお話」

 通行人の姿がめっきり減り、最初の3曲まで立ち止まる人は皆無。一昨日と同じ状況で、寒いこともあり、早めに打ち切ろうと考えていた矢先、「抱きしめて」で20代前半と思しき若い男性が目の前まで近寄ってきて、熱心に聴いてくれる。それがきっかけで、数人の若い人が集まってきた。
 やめるきっかけを失い、やむなく歌い続けることに。だが、歌っても歌っても身体は一向に温まらない。アルペジオ系の曲を急きょ中止して進めたが、ラストの「男と女のお話」で左手をセーハして押さえるコードBmの感覚がなくなり、音がビビってしまった。
 まるで経験のない非常事態だったが、寒さを言い訳にはできない。後半は必死で修正し、どうにか乗り切った。腰の状態が改善されつつあるので、この日はカイロを持参しなかったが、バックに忍ばせておくべきだったと反省。
 最後まで残って聴いてくれた若き男性、200円のCDを1枚買ってくれた。本当は500円のCDが欲しかったようだが、予算がなかったらしい。過去にも同じことがあり、それが廉価版の紙ジャケCDを追加作成した所以でもある。
 人前で歌うのは2度目だった出来立てオリジナル「寂しくなんかない」は、何となくつかんだような気がする。臆せずに元歌の「抱きしめて」とセットで歌うほうが効果的かもしれない。次回以降に期待。

2013年3月19日火曜日

思い出時計を修理

 一昨日のこと、妻が「居間の時計が止まっている」というので、電池切れかと壁から外そうとしたが、手元が狂ってそのまま床に落としてしまった。文字盤のガラスは無事だったが、駆動部の接着が外れ、針が内部で大きくズレている。

 この時計、1976年の新婚時代に高松の現場勤務だった折、完了後に工事業者から記念にいただいたもので、37年も使い続けた思い出深い品だ。長い家族の暮らしの数少ない目撃者でもある。
 過去にも一度同じような理由で床に落とし、枠の一部が割れた。ボンドで補修して使ってきたが、今回その補修部分もまた脱落。いよいよ買い換えかと覚悟したが、どうせ捨てるなら徹底的に分解してやろうと考えた。


 裏返して適当にビスを緩めたら、ガラス板はあっけなく外れた。(このビス、今では見られないマイナスネジ)軸がずれて歪んだ針を元に戻し、組み立てなおして駆動部をガムテープで仮固定。電池を入れてみると、普通に動く。

 そのまま数時間様子を見たが、短針の動きが全くデタラメで、使い物にならない。気を取り直してもう一度分解。短針をよく調べてみたら、かなりのゆるみがある。しかし、長針の動きには連動していて、駆動部はやられていないようだ。
 思いついて短針の回転部に薄いドライバーを差し込み、下に押してみたら、固く止まる感じがした。ゆるみはなくなり、長針との連動もOK。再度組み立てて丸一日様子を見たが、狂いなく正常に動いている。
 今日はガムテープで仮固定してあった裏側の駆動部周囲をボンドで固めた。まだしばらくは使えそうな感じがする。
 いまやこの種の時計は100円ショップでも簡単に手に入る。しかし、思い出は買えない。ゴミも極力増やしたくない。直せるものはトコトン直して使う、それが縄文的暮らしの基本。

2013年3月18日月曜日

浮いたり沈んだり

 雨模様で風も強く、腰の調子もイマイチ。そんな悪条件だったが、午後から3月2度目のチカチカパフォーマンスに参加。10日程前に参加した際の思わぬ反響に勇気を得てのことである。果たして別の条件下でも同じことが起こるのか?と、ちょっと試してみたい好奇心にもかられた。

 雪解けが進んだので、雪のない時期と同じ時間に家を出たが、結果としてこの判断が誤り。月曜ということもあってか、都心に進むにつれ、かなりの渋滞に巻き込まれる。
 運良く100円駐車場は空いていたが、雨がひどく、持参の傘をさして会場まで歩く。企画イベントやオーデションも含め、過去33回のチカチカパフォーマンス系イベントに参加しているが、傘をさして歩くのは今回が初めてだった。
 事務局に着いたのが14時で、本来なら準備を終えて歌い出している時間である。台帳に記入し、大型看板2つをキャリーカートに積んで会場へと向かう。この日は3組の共演だったが、遅く着いたはずの私が一番乗りだった。


 会場は前回と同じ北4条広場。誰も来ていないので、珍しく通りにまっすぐ向かってステージを設営する。
 腰の調子もいまひとつなので、前回同様小型の椅子を持参した。これに傘と看板2つが加わり、過去最大の機材運搬となったが、キャリーカートの威力は絶大。地下への昇降も最寄りのエレベーターを使ったので、大きな障害とはならなかった。

 かなり遅れて、14時30分ころから歌い始める。第1ステージの切り口は「せめて春模様」と称し、気分だけでも春を感じさせる8曲を歌った。

「なごり雪」「仰げば尊し」「青葉城恋唄」「亜麻色の髪の乙女」「花の首飾り」「宗谷岬」「バラが咲いた」「サクラ咲く(オリジナル)」
 先週のディサービス訪問ライブで会場の涙を誘った「なごり雪」を1曲めにもってきたが、これといった反応がなく、拍子抜け。続けて歌ったいにしえの卒業ソング「仰げば尊し」で一気に人が集まり、あっという間に20人を越える。予定では2番で終えるつもりが、急きょ3番まで歌うことに。
 この歌は長年作者不詳とされてきたが、2011年になってアメリカの曲であることが突き止められたとか。叙情性に富んだ歌詞と旋律には、日本人の魂をゆさぶる何かがある。私も好んで歌うが、どこで歌っても反応はよい。曲調が自分に向いているのだろう。歌い継ぎたい名曲である。

 実はこのあと歌った「青葉城恋唄」までが、この日の集客のピークであった。「亜麻色の髪の乙女」でかなりの人が消え、「花の首飾り」で再び大きく戻した。聴き手はまるで寄せる波のようだ。
 介護施設系の場では抜群に強い「宗谷岬」で、なぜか人が次々と消え始める。ラスト2曲は聴き手ゼロという寂しさ。歌い始めて25分が経過したが、次なるパフォーマーは誰も会場に現れない。喉の調子はよく、椅子に座っているので腰の不安もない。予定にはなかったが、このまま休憩なしで第2ステージに突入しようと腹を決めた。


 第2ステージは手慣れたマニアック昭和歌謡路線である。過去3回に準じた内容で、以下の7曲を歌った。

「ダンシング・オールナイト(初披露)」「圭子の夢は夜ひらく」「人形の家」「抱きしめて(オリジナル)」「男と女のお話」「柳ヶ瀬ブルース」「寂しくなんかない(オリジナル・初披露)」

 第2ステージに移行しても、相変わらず立ち止まる人はいない。途中でようやく共演のジャグラーと読み聞かせの方が現れたが、了解を得て最後まで歌ってしまうことにした。
 人がようやく立ち止まり始めたのは「男と女のお話」から。この日に限っては、いつもは強い「人形の家」「抱きしめて」の2曲も、まるで手応えなしだった。「雨模様の肌寒い月曜日」という条件がそうさせたのか、本当にストリートライブは歌ってみるまで分からない混沌の世界だ。
 人がある程度いたので、初披露のオリジナル「寂しくなんかない」は予定通りに歌ったが、この日のような悪条件でラストで歌うには、ちょっと厳しい感じがした。もう少し歌い込んで、別の条件下で歌ってみたい。
 結果としておよそ50分で15曲を一気に歌ったが、売れたCDは前半での1枚のみ。まあ、こんな日もある。人生と同じで、浮いたり沈んだりがストリートライブの摂理であろう。

2013年3月17日日曜日

残雪の始末

 あれほど吹き荒れた昨年末からのデザイン系仕事の嵐だったが、ゆるやかな春の気配と共に、パッタリと収まったようだ。昨年と似たような動きで、このままだと年末までまともな仕事はないことになる。
 浮いた時間の使い方はそれなりに考えるので、それはそれで驚きもしないが、一向に減らない雪は全く困りもの。周囲の積雪量はまだ軽く1メートルを越える。

 今冬は2度も雪下ろしをしたせいで、さすがに車庫&物置の屋根に雪はほとんどないが、雪解け水が梁の木材を濡らすので、例年この時期には昇ってきれいに下ろしてしまう。
 しかし、これまた一向に完治の気配がない腰痛の悪化が怖く、穏やかな陽気だった今日も、結局何もせずじまい。


 玄関前に残った残雪もそのままのつもりでいたら、夕方になって犬の小便が汚らしく残っている。全くマナーも何もない。
 いまいましい気持ちでスコップで全部こそげとり、排除したが、力み過ぎたせいか、腰がまたピリピリ傷んだ。冬もしつこいが、我が腰痛もしつこい。スコップでの仕事は当分厳禁のようだ。

 仮に来年以降もこんな状態が続くようだと、この地で生きてゆく自信がちょっとなくなる。しつこい冬は、今後の我が生き方にまで爪痕を深く残しそうな気配。

2013年3月15日金曜日

アンサーソング

 13年前に越してきた当時、すでに近所にあったカフェに今日初めて行ってきた。今風のカフェというより、いにしえのストレート珈琲専門店という佇まい。かねてから妻を誘っていたが、今日は珍しく乗ってきた。
 建物はかなり古いが、それなりの雰囲気はある。ワッフルの珈琲セットを頼んだが、珈琲は深みがあって、どこにもないような特徴がある。帰り際に聞いてみたが、自家焙煎ではないそうだ。

 ワッフルは中心にアイスクリームがあり、それを囲むようにワッフル、さらにはスライスしたイチゴやグレープフルーツ、バナナなどが散りばめられていて、これまた珍しい体裁だった。セット価格は750円と、まずまず。
 ホワイトデー直後というわけでもないが、今日の支払いは珍しく私。先週予想外にさばけたオリジナルCDの売上げをあてた。たまにはね。


 昨日から今日にかけ、歌謡曲系のオリジナルがまたひとつ出来た。男女の別離、そして自立というテーマを、得意の女性目線で描いたもの。
 チカチカパフォーマンスで評価の高い歌謡曲系オリジナル「抱きしめて」と同じ路線の曲を作りたいという構想は以前からあって、それに沿ったもの。

「抱きしめて」は成熟した男女の生き方のスレ違いを切なく描いた作品だが、「いまは強く抱きしめて…」とリフレインして終わっている。
 作者としては、その後の女主人公の行く末を描きたいとかねてから思っていて、今回の曲はそのアンサーソング的位置づけである。タイトルは「寂しくなんかない」。

「いいのよ でもいいのよ そのドアを開けても…」と、互いの心変わりを許し、「私は独りで生きられる…」と、明日に向かって歩き出す気丈な女心を描いている。
 前作はごく短時間で完成に至ったが、今回はまずサビの部分が出来てちょっと行き詰まり、一晩寝て明け方に入りの部分が落ちてきた。半睡状態で閃きが降りてきた経緯は、不思議に前作と似ている。
 アンサーソングということで、リズムパターンは前作と同じスィング調にした。非常にノリはいい。近いうちにチカチカパフォーマンスで、第三者の評価を得たいと思う。ちょっと怖いが、楽しみでもある。

2013年3月13日水曜日

DIYの裏方

 午後から某出版社の方が取材で自宅までやってきた。ある方の紹介だが、お話しするのは今日が初めてだった。
 この取材対象が、弾き語りでもデザインでも物書きでもなく、何とDIYである。その「ある方」が一度我が家にいらした折、内外のDIYを目撃していて、紹介してくれたのだ。
 最近の傾向だが、この種の依頼はネット経由が大半。今回のきっかけは口コミだったが、事前に私のHPやブログで入念に情報を仕入れていてくれた。


 タウン誌のDIY特集の候補ということで、いらした時点では実際に掲載するかどうかは決まっていない。しかし、あれこれ話すうち、自然に掲載の話がまとまった。
 家の本体は別にし、内外の家具や付帯設備の大半がDIYといっても過言ではないし、DIYコンテストでの入賞実績も過去にあり、掲載に関する障害はないと思う。

 数多くの作品群を全て見ていただいたが、話の流れで飛び出した「DIYネタ帳」「DIY端材箱」「DIY工具箱」の存在が担当の方の興味を引いたようだ。
「DIYネタ帳」は10数年前から記録しているDIYのアイデアノートで、作品の概略スケッチや見積り、作り終えた年月日などが記録してある。作家の創作ノートにかなり近い。1冊をすでに使い果たして、いまは2冊目に突入だ。

「DIY端材箱」はDIYで発生した主に木材の端材をストックしておく段ボール箱。不要になって分解した作品の木片も、多くは捨てずにとってある。
「DIY工具箱」は3層形式のDIY工具箱。最上段にビスやスケール、各種パーツが整理されて整然と並んでいる。2段目には各種工具と接着剤、コーキング剤関連。そして最下段にはペンキ類全般とまとめ買いしたビス類、自転車関連工具などが入っている。
 大工が弟子入りしてまず最初に自分の道具箱を作らされたものだと、生前の父に聞いたことがあるが、DIYにも似た側面があるかもしれない。

 紹介した3つのグッズはあくまで裏方で、完成した作品とは異なる地味な存在。しかし、どれも私のDIYになくてはならないもの。今回これらが主役と共に取り上げていただけそうで、ちょっとうれしい。

2013年3月12日火曜日

リクエスト体制の整備

 数ヶ月使い続けたカモミール化粧水がとうとうなくなった。調べてみたら、丸7ヶ月も持ったことになる。前回のレシピに従い、新しく作りなおす。切れかけていたカモミールは、昨夏に大量移植栽培に成功したので、在庫はたっぷりだ。
 このカモミール化粧水、これまでは顔や他の皮膚全般に使ってきたが、ふと閃いて調べてみたら、抜け毛予防効果もあるらしいことが分かった。最近は妻と共に少量を頭髪にも使っている。素材は自家製の完全オーガニック。縄文的生活には欠かせない。


 一昨日のディサービス訪問ライブで、不意のリクエストに短時間で的確に応えられたことに気をよくし、今後のために不意のリクエストに応じる体制の整備を試みた。

 過去にライブの場でリクエストの出たケースを振り返ると、「…の曲をぜひ」という要望や、「…(歌手)の歌を何か」という2つに大別される。
 一昨日のケースはその両方だったが、曲名をズバリ指定されるケースは比較的少なく、譜面の準備の都合で全く応えられないか、うろ覚えで歌って不完全燃焼で終わる、といったケースが大半だった。
 電子譜面対応となったいまは、譜面さえ見つけ出せれば何とかなりそうな感じで、事実一昨日はほぼ完璧にこなせた。
 この体制を今後も維持するには、代表的な歌手の曲を、少なくとも1曲はいつでも歌える体制にしておく必要がある。フォーク系は誰が飛び出しても1曲くらいは演れそうだが、問題は演歌系や昭和歌謡系。全歌手を網羅することは不可能なので、今日はいままで苦手としてきた村田英雄や五木ひろしの代表的な歌を練習した。

「皆の衆」「王将」「待っている女」など、歌ってみればそれなりにやれる。実際にやってみて気づいたが、歌手名検索より曲名検索のほうが現状では遥かに早く見つけ出せる。ときどき譜面を見直し、自分のレパートリーを頭に入れておく必要もありそうだ。

2013年3月11日月曜日

紙ジャケCD増刷

 一昨日吹き荒れた大雪の除雪作業で、またしても腰を痛めた。たいした量ではなかったが、「右手に持ったスコップで右側高くに雪を放り上げる」という、不自然な体勢が腰にはよくなかったらしい。
 1月中旬あたりからの度重なる除雪作業と寒さとで、すでに腰はボロボロの状態。一時よりは春めいてきた最近になって、ようやく回復傾向にあったが、今年の冬はとことんしつこく食い下がる気らしい。

 今回痛めたのは、前回と反対側の右腰。幸いに、ダメージは前回ほどではなく、屈んで顔も洗えるし、寝返りもうてる。歌も普通に歌える。しかし、油断すると前回のように悪化するのは目に見えているので、発症直後の今日は確定申告に出かける予定もキャンセルし、じっと家に閉じこもって養生していた。


 簡単なデスクワークなら問題ないので、前回のチカチカパフォーマンスで在庫がほぼゼロになったオリジナルCDの増刷に励む。まずは作業が楽な紙ジャケットタイプを10セット作った。

 2度目なので、ジャケットは簡単にできたが、いざCDを焼こうとしたら、ブランクCDの残りが6枚しかない。仕上がりの美しい写真画質タイプを使っているので、アマゾン以外では入手不可能。すぐに50枚入り1箱を注文したが、ひとまず在庫分の6セットだけを完全に仕上げた。
 調子に乗り、11曲入りの通常タイプCDのジャケットも5セット作る。これだけあれば、さすがに一日での売り切れはないだろう。
 前回、なぜ8セットもまとまって売れたのか、実はまだよく分析できていない。単なる成り行きのような気もするし、春めいてきた陽気、廉価版CDの手軽さ、そして座って歌ったことが関係しているような気もする。

 陽気が集客や売行きに微妙に関わっているのは、昨年10月からCDを販売し始めてから、何となく感じる。徐々に暖かくなるこれからは、売行きが増すことも充分考えられるが、歌っている当人は売れても売れなくても一喜一憂しない平常心的感覚に、ようやくなってきつつある。
 まあ、それでも売れることは私の歌の直接的な評価であることは確かなので、その一点では単純にうれしい。

2013年3月10日日曜日

介護施設でフォーク

 暴風雪警報発令のなか、かねてからネット経由で依頼されていた隣区のデイサービスセンターに歌いに行った。
 朝起きると風雪はさほどでもなかったが、午後から天候が急変。玄関前にはあっという間に吹き溜まりができた。前日の除雪で再び腰を傷めてしまたこともあって、除雪せずに強引に車を出したら、案の定雪にはまって動けなくなった。
 スコップで車輪の周囲だけ雪をどかし、勤めから戻っていた妻に車の後押しを頼む。出た勢いでエンジンを吹かし、吹き溜まりを一気に突っ切った。その後、幹線道路を選んで進み、どうにか開始15分前に施設に滑りこむ。
 初めて行く施設だったが、予定よりも聴き手が増え、会場には40人近い人があふれている。「弾き語りボランティアの方が来ます」と告知したら、しばらく来てなかった方が続々とやってきたのだという。

 デイサービスでのライブは久しぶりだった。通所の施設なので、介護度の低い元気な方が多い。嗜好も多様で的を絞りにくく、かっては苦手としていたが、活動も足掛け10年目に差し掛かり、経験値も積んだ。どうにかやれるだろう。


 14時ちょうどから開始。アンコールを含め、およそ40分で以下の13曲を歌った。

「北国の春」「瀬戸の花嫁」「知床旅情」「真室川音頭」「リンゴの唄」「宗谷岬」「二人は若い」「みかんの花咲く丘」「高校三年生」「月がとっても青いから」「青い山脈」(以下2曲、アンコール&リクエスト)「川の流れのように」「なごり雪」

 春間近ということで、構成は3月上旬実施の介護施設系ライブに準じた。初めて歌う場なので前回の反省を踏まえ、ニギヤカ手拍子系の曲は中盤に配置。様子を探るように歌い進めたが、全体的に反応がよかったのは、大人しめの叙情的な歌だった。
 一緒に歌ってくれる方も多数いて、調子よく進んだが、中程で職員さんから突然声がかかる。「すみませんが、美空ひばりの歌を何か、という声が挙がってますが、可能でしょうか?」
 要するにリクエストなのだが、まだプログラムは半分ほど残っている。予定分を終了後にアンコールとして歌わせていただきます、とその場をおさめた。

 美空ひばりは全く予定になかったが、電子譜面を検索すると「川の流れのように」がすぐに出てきた。しばらく歌ってなかったが、この歌はほぼモノになっている。リクエストということもあって、場の反応は非常によかった。
 無事に歌い終え、ヤレヤレと撤収にかかろうとしたら、「すみませんが、もう1曲リクエストを、という声があるのですが…」と、担当のSさんがすまなそうに重ねて言う。

 なんでしょうか、と問うと、実は「なごり雪」をお願いしたいそうです、とSさん。一瞬耳を疑ったが、紛れもなく利用者の方のリクエストだった。時節柄ピッタリの曲ではあるが、まさかディサービスで「なごり雪」とは…。
 当惑しつつも、MCでつなぎながら譜面を検索。700曲分のストックを50音順に2つに分け、検索しやすく整理したばかりだったので、割とすんなり見つかった。何年も歌ってなかったが、もともと得意な曲なので、ノーミスで無難に乗り切る。
「菊地さん、『なごり雪』で泣いている人がいましたよ。何か胸に響くものがあったんですね」と、終了後にSさんから打ち明けられた。
 この日の会場は横に広くて場全体を見回すことが難しく、歌っている当人は気づかなかったが、あの歌で高齢者の方が涙を流すとは驚きだ。そもそも介護施設でフォークのリクエストが、こうも明確に出たのは初めてのような気がする。
 リクエストに即座に応えると場はいやでも盛り上がるが、それもこれも電子譜面の装備があってこそ。先を読んで投資しておいて正解だった。

「ネットで偶然見つけてお願いしましたが、予想を越える素晴らしさでした」と、今後の定期訪問を打診された。ただ、年に3~4回ともなると、飽きられてしまうのが常。そのむねを率直に説明し、なるべく間隔をあけていただくようお願いした。
 施設側のニーズに合致するボランティアさんが、実はなかなかいないのです、と息子のような年のSさんは言う。そのニーズとは何か、あえて聞かなかったが、およその想像はつく。今後も精進あるのみ。

2013年3月9日土曜日

DIYマイクスタンドケース

 常用している手製のマイクスタンド収納ケースの傷みがひどい。あちこち穴があき、細い部材がそこから飛び出してしまうほど。調べてみたら、作ったのが4年前。その2年後に一部をリメイクし、今年で丸4年になる。
 そもそもが古い端布を使ったものなので、布自体も劣化している。いよいよ寿命だ。

 市販品もあるにはあるが、マイクスタンド2本収納となると2,500円前後。しょせんは趣味道楽の範ちゅうであり、日頃から縄文的生活を旨としていることもあって、今回も手作りすることに決めた。


 入れるものはチカチカパフォーマンス時が最も多く、マイクスタンド、PA用三脚、デジカメ用撮影台の3つ。これまでの袋はやや細く、無理に入れていたので傷みにつながった。
 今回は余裕のある大きめの袋にするべく、材料を吟味。妻がはいていた古いズボンがリサイクル箱の隅にあり、長さが足りないが、幅は充分。両足をつなげると、何とか使えそうだった。
 得意のミシンを駆使して作業。底は二重に補強し、中央に部材を外側からまとめるベルトもつけて完成。仕上がりサイズは230×1100で、かなり余裕がある。

 ショルダーベルトは着脱式で、ギターのセミハードケースに付属していたものを転用している。チカチカパフォーマンスではキャリーカートに積むので外してしまうが、他の介護施設系ライブなどでは装着し、肩から下げて移動する。
 状況の変化にあわせ、自在に改良したり作り直したり出来るのがDIYの強味。今後もそんな使い方になるだろう。

2013年3月7日木曜日

紙ジャケCD完売

 3月最初のチカチカパフォーマンスを実施。雨の予報が出ていたが、そんな気配はなく、車はスムーズに流れて都心に着く。
 実は昨年末にいつも停めていた60分100円の格安パーキングが廃業した。同じ料金の別駐車場に変えたが、その駐車場も3月から50%値上げ。他に100円パーキングは4ヶ所リストアップしてあるが、いずれも平日午後の競争率は高い。
 運良くそのうちのひとつに空きがあり、すんなり停められた。ガソリン高騰の折、安い駐車場の確保は活動を無理なく継続するうえで、大きなポイントである。

 今日の会場は北4条広場。寒いが静かで音響がよく、好きな広場だ。3組の共演だったが、今日も私の到着が一番。書類記載中にジャグリングの弥勒さんが登場。看板を分担して会場に移動する。話し合いで私がトップを務めることになった。


 この日は東日本大震災直近の枠ということで、追悼と復興支援という切り口で第1ステージを構成しようと、かなり早くから決めていた。普段のチカチカではほとんど歌わない癒し系、励まし系の歌を中心にやろうというのだ。
 14時7分からおよそ25分で、以下の7曲を歌った。

「さくら(直太朗)」「ふれあい(初披露)」「カントリー・ロード」「青葉城恋唄」「雲や風と共に(オリジナル)」「時代」「レット・イット・ビー(オリジナル訳詞)」
 大雪も峠を越え、天候も穏やか。人通りも多かったが、人々が足を止めてくれたのは、こうした場で実績のある「カントリー・ロード」から。最初2曲の反応は皆無で、拍子抜けした。
 直後の「青葉城恋唄」で聴き手は一気に30名前後に迫る。この曲は1年前にも被災地追悼として歌ったが、非常に強い曲である。同じ東北系の「ふれあい」が無反応なのと対照的。理由はゆっくり考えてみたい。
 続けて歌った唯一の被災地支援系オリジナル「雲や風と共に」で、次々と人が消え始める。最後まで残って聴いてくれたのは5人ほど。聴き手は実に残酷である。楽曲の力不足を認めなくてはならない。
「時代」で少し戻し、ラストの「レット・イット・ビー」では再び20人を超えた。この曲はいつどこで歌っても強い。訳詞がビタリはまった感じだ。

 歌い終えると、数人の中年女性が近づいてきて、「いまの曲はCDに入ってますか?」と問う。著作権の関係で無理です、と応じたが、それでもCDを買ってくれた。この日初めて並べた200円の紙ジャケットCDも売れた。
 近寄ってきた別の女性に見覚えがあるな…、と思ったら、何と小学校の同級生である。昨年、同窓会の幹事を違いに務めた間柄。隣市に住んでいる方だが、たまたま用事があって通りかかったとのこと。最近よく知っている方に会うが、同窓生は初めてだ。


 ジャグラーの方のステージをはさみ、15時から第2ステージ開始。およそ25分で以下の8曲を歌う。ここでは持参した小型の椅子に座って歌った。

「いいじゃないの幸せならば」「石狩挽歌」「人形の家」「抱きしめて(オリジナル)」「男と女のお話」「柳ヶ瀬ブルース(初披露)」「夜が明けたら」「圭子の夢は夜ひらく」

 第2ステージの切り口は、1月下旬から始めて思わぬ手応えを感じている「暗くてマニアックな昭和歌謡」である。ただ、最初の2曲は全く立ち止まる人がなく、そろそろ見切り時かもしれない。
 人が集まり始めたのは、すでに実績のある「人形の家」から。そしてオリジナルの「抱きしめて」で、どんどん増え始める。前回と全く同じ動きで、本当にこの曲は強い。聴き手を惹きつける何かがあるのかもしれない。
 そのまま最後まで聴き手は減らず、周囲1メートル程をぐるり取り込んで離れない。聴き手との距離が近すぎるのは歌いにくいものだが、最近はかなり慣れた。PA無用の近さだったが、遠くでじっと聴いている人もいたので、そのまま継続。
 もしかすると「座って歌った」ことが関係していたかもしれない。私の歌の聴き手は女性が圧倒的に多く、立って歌うと少し見上げる感じになる。ところが座ると視線が下がる。より親しみを感じてくれるのではないか。これについても、もう少し分析してみる必要はあるが。

 歌い終えると、CDの棚が空っぽ状態になっている。お金を投げ込んでCDを持ち帰る人が多数いたのは気づいていたが、持参したCD9枚のうち8枚が売れていた。5枚の紙ジャケCDは完売。「もうないんですか?」と尋ねる方もいたほど。紙ジャケCDの威力は絶大である。
 200円という求めやすさと、曲のタイトルを大きく入れたジャケットデザインが分かりやすいせいではないか。予想をはるかに越える反応で、次回は数を増やさねば。

2013年3月5日火曜日

冬の爪痕

 久々にカラリと晴れ、気温は4度近くまで上昇。雪解けもかなり進み、氷塊と化した雪もスコップが入りやすくなったので、あちこち除雪に励んだ。

 まずは玄関前の通路。これまで車正面の最低限の幅しか除雪してなかったが、写真のように数カ月ぶりに玄関から通りまでまっすぐに除雪した。こうしてきれいにすると、ここぞとばかりにノラ猫やノラ犬が臭いつけの縄張り的小便を汚らしくして回るので、そうはさせじと、ある対策も同時に施す。
 何をしたかはナイショだよ。


 雪解けが進んで融雪水が道にあふれ始め、車のウィンドウォッシャーを使う時期になった。先日、スイッチを入れてみると、ウンともスンともいわない。
 液体が出ないばかりか、モーターの音すらしないので、無理はさせずに放っておき、外気温がプラスになった頃を見計らって再度動作させてみたら、元気よく作動したではないか。
 記録的な寒波で内部で凍りついていたのかもしれない。モーター破損→交換、という最悪シナリオも一時は考えたので、すんなり戻ってホッとした。


 車の点検中に、右側のバンパーあたりにヘコミを発見。キズはついていないが、じっと見ると目立つ。
 自宅での車庫入れの際、氷塊にぶつけたような記憶が、うっすらとだがある。これまた厳しい冬の爪痕。内側から押してやれば自分で修理できそうな感じもするが、カバーが邪魔ですぐにはやれそうにない。走行には何ら支障がないので、雪が消えたあとのタイヤ交換時にでもゆっくりやる。

2013年3月4日月曜日

三種三様の収入

 確定申告書類のうち、経費台帳のデータ入力と紙台帳への転記、さらには家事関連費への按分計算がすべて終わった。次なる作業は売掛台帳のデータ入力と紙台帳への転記だが、昨年は開業30年目で過去最低の事業収入額を記録した年なので、こちらの項目はそう多くない。たぶん一日で終わるだろう。

 ところで、昨年は3つの異なる種類の収入があり、項目を分けて申告する必要がある。具体的には「デザイン料」「原稿料」「出演料」の3種類で、それぞれ支払い前に10%が源泉徴収されてくる。
 年頭から2月にかけ、その支払調書(源泉税をこれこれの理由で当社にて代払いしました、という証明書)がサミダレ的に送られてくる。それらを確定申告書に添付して提出する仕組みだ。


 仮に支払額の合計額が100万円として、その10%は源泉徴収されるので、実際に口座に入金されるのは90万円。納めた10%の源泉税(この例では10万円)がどうなるかは、全体の売上げから経費を差引いた額が赤字か黒字かによって異なる。
 翌年の確定申告で、仮に経費や諸手当の合計が収入額を上回った場合、(つまりは赤字決算)納付済みの10万円は丸々戻ってくるが、それでも当初の受注額100万円を上回ることは決してない。
 もし収入が経費や諸手当の合計額を上回っていた場合は、その額に応じて所得税が決まる。納入済みの源泉所得税で足りなければ追加納入し、余ればその分が戻ってくる。分かるカナ?

 税務上の不正操作で実際に使っていない経費を計上する輩が跡を絶たないのは、この「納付済みの源泉税を取り戻そう」というタクラミに起因する。まあ、悪巧みはいずれ暴かれるのが世の習いなので、正直に申告しておくのが身のためである。
 3つの異なる収入のうち、いまのところはデザイン系がかろうじてトップで、次が物書き系(原稿料)そして音楽系(出演料)と続くが、今後この配分がどうなるのかは、予断を許さない。
 3者が同じ比率になるような生活が自分としては理想だが、その行方は時の流れに任せたい。