2013年1月31日木曜日

うかつに乗らない

 あちこちと活動の手を広げすぎたツケか、腰痛は一向に改善の兆しが見られない。「歩くのも辛い」を最悪の段階5とすれば、いまは「寝返りをうつのも辛い」という、段階4のレベル。
 熟睡できないので、普段よりもさらに長い睡眠時間を取らざるを得ず、その割に目覚めはすっきりしないという悪循環である。

 来週末までライブや行事の予定がなく、家事も最低限にとどめて、当分は養生につとめるつもりでいたが、年が明けてから急に増えだしたデザイン系の仕事の波は一向に収まる気配がなく、納めた仕事の修正が断続的に入っていて、その合間に新規の仕事の引き合いがあり、すでに来月分の仕事もかなり予定に入っている。
「あるがままに、なすがままに」が最近の生きるモットーなので、入ってくる仕事は基本的に受けるようにしているが、趣味やボランティアに向けられる時間は、相対的に減らさざるをえない。


 半年以上も開店休業状態だったデザイン系の仕事に、昨年末あたりから急に動きが出てきた背景は、例のアベノミクスとやらの心理効果なのだろうか。国債乱発で借金まみれの来年度予算の数値などみると、まるで実態のないウタカタの浮揚現象に私には思える。
 20年数年前のバブル景気の際も似たような気分だったが、自分のペースを守りつつも、ひとまず目の前の仕事は片づけた。今回もそれにやや近い気配を感じる。勘違いして、うかつに乗らないことである。

2013年1月30日水曜日

小学校同期会打上げ

 昨年秋にやった小学校同期会の幹事打上げ&新年会が都心の料理店であった。札幌の裏参道と呼ばれる洒落た店が居並ぶ界隈で、たまに顔を出すカエル狂のためのカフェ、カエルヤ珈琲店の近くだったので、少し早めに出てそちらにも久しぶりに顔を出すことにした。
 問題は悪化する腰痛の対策で、酒宴なので歩いてJR駅に向かわねばならない。縄文的生活にタクシーなどもってのほか。余裕を見て30分前に家を出たが、普段なら20分もあれば着くはずが、悪路の雪道が予想外に腰に辛く、到着は時間ギリギリだった。

 最寄りの駅で降りて、再びカエルヤまで歩く。こちらもかなりの時間がかかり、18時のクローズ時間が気になったので、念のため途中でお店に電話した。
 これまた到着がぎりぎり。JRタワーのフラッグイベント、カエルヤ枠エントリーをその場でさっさと描き上げ、あたふたと珈琲を飲み終えると、飲み会のお店へとただちに向かった。


 6人いる幹事のうち、1人が高熱で欠席。話に夢中で料理の写真を撮り忘れたが、和風の落ち着ける店である。
 同期会の反省はそこそこに、話題はもっぱら自分や知人の病気や親の介護、そして同期の誰それが亡くなったというもの。この年代だと、どうしてもその方向に向かってしまうようだ。

 自分としては、今後の社会参加や趣味活動などについても語り合ってみたかったが、それは次の機会となろうか。
 ただ、はるか遠い点と現在の点とが、タイムトンネルのようにつながる小学校の同期会というものは、なかなか楽しいものだ。これが高校や大学となると、ちょっとナマナマし過ぎる感じがする。
 不思議に酒は全員そろって適量で、1人ビール2~3杯といったところ。二次会もなく、再会を約束して2時間強でお開きとなった。

 現金なもので、酒を飲んでいる間は腰痛など、どこ吹く風だったが、帰路で地元駅に降り立ったとたん、痛みを感じる。幸いに風もなく、気温は零度前後で温暖。25分かけてゆっくり歩いて戻った。
 昨日今日と、腰痛をこらえて趣味や遊びで歩きまわってしまったが、しばらくは養生につとめたい。

2013年1月29日火曜日

暗くてマニアック

 1月2度目のチカチカパフォーマンスを実施。直前の町内会除雪ボランティア作業で小康状態だった腰を再び痛めてしまったが、仕事の切れがよく、天候も穏やか。1月も残り少なく、2月は雪まつり関連行事で、あまり枠がなさそうな気配である。
 試してみたいことがいくつかあったので、無理を承知でエントリーすることにした。

 腰の傷みは前日よりもなぜか悪化していた。加齢と共に、ダメージは2日後あたりにやってくる。悲しいが、それが現実だ。
 たまたま休暇で家にいた妻が、腰をかばいつつ出かけようとする私を見かねて荷物係を進言してくれたが、妻も風邪気味の身体にムチうって仕事を続ける身。慎んで辞退し、いつものように1人で会場に向かった。


 この日は即興ダンスの宮脇さんとの共演。場所は前回と同じ北大通広場だが、私の到着が先だったので、持ちにくい大型案内板2つを抱え、遠い会場へとトボトボ歩く。
 さすがに腰への負担が大きく、途中で2度も休んでしまった。

 準備中に宮脇さんが現れ、打合せの結果、なるべく長い時間を休まずにやりたいという宮脇さんの希望を受け入れ、互いに1ステージのみをやや長めにやって終了することにした。
 最初は私が演ることになり、14時15分から約40分で、以下の12曲を一気に歌う。(※は初披露)

「いいじゃないの幸せならば※」「人形の家」「山羊にひかれて※」「抱きしめて(オリジナル)」「男と女のお話※」「夜が明けたら※」「横須賀ストーリー※」「ラヴ・イズ・オーヴァー」「時の過ぎゆくままに」「白い冬」「虹と雪のバラード」「冬のリヴィエラ」
 この日の前半8曲は「暗くてマイナーな曲」を意識的に集めて構成した。普段は人前では歌わない、長く封印していた曲を連発した。初披露が多い所以である。
 聴き手が立ち止まるかどうか、はたまたオリジナルCDが売れるか否かは度外視で、自分がただ歌ってみたい曲をワガママに並べた。そんなマニアックな姿勢を象徴するように、ストリートでは極めて稀な座って歌うスタイルをとった。

 椅子はこの日のために作ったDIYの木製。自宅でかなり歌い込んでいたので、40分間ぐらつくこともなく、安定して歌えた。
 マイナーな内容であることを暗示させる意図で、椅子はあえて通りに対してやや斜めに置いた。結果としてスピーカーの音が聞き取りやすく、かってないほど歌いやすかった。
 不思議なことに、いざ歌いだすと腰の痛みはどこかに消えてしまい、1時間でも歌い続けられそうな感じだった。

 意に反して、2曲目の「人形の家」あたりから人がじわじわ集まってきた。前回も感じたが、この曲は非常に強い。決して明るい曲調ではないが、なぜだろうか?
 その勢いで「山羊にひかれて」を曲紹介のみで続けたが、打って変わって次々と人が消えだし、終わる頃にはわずか2人まで激減。好きな曲だが、これまた理由は分からない。ここでひるむことなく、オリジナルの「抱きしめて」を淡々と歌う。するとなぜかまた人が増えだし、一気に10人を越す。
 あくまで自分のペースを貫くのがこの日のテーマだったので、人の動きはあまり気にせずに歌い継いだが、全く期待してなかった「男と女のお話」「夜が明けたら」に、予想外の強い反応があって驚く。
「夜が明けたら」では、「浅川マキ、最高だった」と、わざわざ近づいて声をかけてくれた中年男性もいたほど。マニアックな曲でも聴いてくれる人はちゃんといる。何事も思い込みや決めつけは禁物であると、この日学んだ。

 最後の4曲は2ステージ目として準備していた曲の一部で、実績ある曲ばかり。久しぶりに20名を越える方々が、最後までじっと耳を傾けてくれた。天候が穏やかだったせいか、通りをゆく人々の足取りは緩やか。中高年世代も多く、ゆっくり歌を聴いてくれる気分が満ちていた。
 告知はほとんどしなかったためか、売れたCDは1枚だけだったが、いろいろと収穫の多い一日だった。暗くてマニアックな構成、またいつかやろうと思う。

2013年1月28日月曜日

寒さと過労が腰痛を呼ぶ

 昨夜遅くまでかかって仕上げたデザイン系の仕事の直しが、朝からさっそく入った。いまひとつ納得できない内容だったが、さほどの作業量ではなく、すぐに修正して送信。
 都合3度目の修正だが、直感的に(もう一度直しが入る…)と思った。30年以上も同じ仕事をやっていると、この種の勘はまず外れない。
 数時間経って予想通り、再度の修正が入った。内容からして、おそらくはこれが最後の修正。前回同様それほどの作業量ではなく、ただちに修正して送信を終える。

 修正の有無とその程度は、主に担当者のスキルと大元の依頼主の企業体質によるところが大きい。修正は少ないほど利益率が高いので、依頼主に応じて独自の対応をするが、それでも出るときは出る。
 宮仕えは忍耐の程度に応じて対価が与えられることが少なくないが、私の事業の場合は、修正の程度によって対価が支払われると考えておいたほうがよさそうだ。


 昨日行われた町内会除雪ボランティアで、町内会館周辺の固く締まった雪をアルミスコップで砕く作業が腰への過度の負担になったらしく、小康状態を保っていた腰痛が、またぞろぶり返した。
 痛めたのは前回と反対側の左腰。すぐにコルセットと湿布で対処したが、油断すると激痛に至りそうな危険な徴候である。
 急ぎの郵便物があったので、用心して車で行こうと思ったが、この時期にしては穏やかな陽気で、気温も零度近く。月末に徒歩で出かける用事を控えているので、リハビリと様子見を兼ねて、ポストまでゆっくり歩いて行った。
 高い段差と急な曲がり角が要注意だが、思っていたより歩けた。腰痛が始まったのは40代始めで、実は雪かき作業のないマンションに住んでいたころ。時期は冬で、仕事が猛烈に忙しい時期だった。
 つまり、雪かきは腰痛の直接的要因ではなく、最も危険なのは寒さと過労が重なったとき、ということになる。冬でも仕事がヒマなら腰痛は起きないはず。たぶん。

2013年1月27日日曜日

同姓同名

 自分と同姓同名の人を3人知っている。姓も名も、そうありふれたものではないと思っているが、それでも3人もいることに驚く。日本中の戸籍を仮に調べあげたら、おそらく100人はいそうだ。

 最初に遭遇したのは、上京して就職した会社の近所。営業回りの社員から、「お前、駐車場借りてる?」と不意に尋ねられた。車はおろか、免許すらまだ持っていない頃のこと。その旨を説明すると、「お前の名を書いた駐車場を見かけた」という。
 何かの見間違いだろうと聞き流しておいたが、しばらくしてまた別の社員から、全く同じことを問われた。その駐車場は借主の名をアスファルトに大きく記すシステムで、嫌でも目につくのだという。場所を教えてもらったが、少し遠いので確かめには行かなかった。
 しばしの時間が経ち、会社近くの郵便局に金を預けに行った。すると、職員が私の通帳と顔を交互にシゲシゲと眺め回す。失礼ですが、どちらにお住まいですか、お勤めは?などと、普通ではあり得ない質問を浴びせてくる。
 何となく疑われている気がしたので、写真つきの社員証を提示すると、分かりましたと、ようやく納得した様子。いえ、実は…と、何かの書類をチラリと見せてくれた。そこには全く覚えのない書類に、私と同姓同名の記載がある。
 すぐ近くに住んでいる人だと職員はいう。ここでピンときた。おそらく駐車場を借りているのは、そのもう一人の私である。半径数100メートルの狭い範囲に、そうありきたりではない同姓同名の男が2人住んでいるという偶然。

 後日、例の駐車場も確かめに行った。確かに私の名があったが、何だか自己の存在自体が脅かされたようで、あまりいい気持ちはしなかった。


 時は流れ、インターネットなるものが登場した。かなり早い段階からホームページを作り、仕事や趣味にも役立ててきたが、本を出版したり建築設計の仕事を広くネットで請け負ったりしていると、自分の評価が気になることがある。
 本人の目の届かない範囲で、何かしらの悪い評判がたってはいないか…。もし見つけた場合、何らかの手を打つ必要がある。そんな理由から、自分の名や事務所名、そしてサイト名は検索サイトで定期的に調べていた。
(これを「エゴサーチ」と揶揄するむきもあるが、それはさておこう)
 すると、ネット上でも同姓同名の方が2人見つかった。おそらく20代に遭遇した方とは別人で、なぜか2人とも大学の先生であった。(教授と准教授)
 さらなる偶然は、そのうちの1人が学術系の本を出版していて、アマゾンで名前を検索すると、両者の本が表示される。知らない人が見ると、随分ジャンルの異なる本を出しているな…、と思い違うかもしれない。
(私の本はサッカー子育て関連のほうです)

 3人とも直接会ったことはないが、まあ会いたいとも思わない。ちなみに、妻は結婚前も後も、一度も遭遇したことがないそうだ。姓はともかく、名が非常に珍しいせいだろう。といっても、キラキラネームではない。もちろん。

2013年1月26日土曜日

3度目の依頼

 5~6年前に2度招かれた隣区のグループホームから再度の依頼があり、1月の誕生会余興として歌わせていただいた。いわゆる「3度目の壁」という、自ら名づけた高いハードルを越えた、5つ目の施設である。
 最初の依頼と同様、今回もネット経由で打診があった。実は担当のNさん、昨夏のチカチカパフォーマンスにも来てくれている。自身もバンドを組んで音楽活動をされていて、そんな経緯から、今回の依頼も二つ返事でお受けした。

 5年前の場所から施設が移転していて、事前にグーグル・ストリートビューで入念に場所のチェックをした。大雪で道路事情が悪いので、探す時間は最小限に留めたい。
 かなり余裕をみて家を出たが、幹線道路を選んだせいか、流れはスムーズ。開始予定時刻の25分も前に着いてしまった。駐車場で少し休んだあと、新築したばかりという、広くてきれいな施設に入る。


 施設側の準備などの都合で、ライブ開始は13時10分。事前にNさんと内容について入念に打合せ、今回は予め聴きたい曲のリクエストを募ってあった。
 幸いなことに、希望曲はすべてレパートリーの範囲。それらを含め、およそ45分で15曲を一気に歌った。(※はリクエスト、◎は初披露)

「北国の春※」「真室川音頭」「草原の輝き」「高校三年生※」「お富さん」「故郷※」「きよしのズンドコ節※」「函館の女」「憧れのハワイ航路※」「あなたに笑顔(オリジナル)◎」「浪花節だよ人生は※◎」「月がとっても青いから」「誕生日の歌※」「青い山脈※」「二人は若い(アンコール)」
 聴き手は職員も含めて、20名弱。5年も経つと入居者や職員の顔ぶれもガラリ変わっていて、知っている顔のほうがむしろ少なかった。
 歌の傾向は前回と同じニギヤカ手拍子系で、と頼まれていたが、いざ歌い始めると、いまひとつ場のノリが弱い印象がした。このままではまずいと、私にしては珍しく曲間で積極的に声をかけてみる。すると、少しずつ場がほぐれてきた。最初は職員だけだった手拍子も、じわじわと会場全体に広がり始める。

 意外だったのは、この日唯一アルペジオで弾いた「故郷」の受けが非常によかったこと。この曲は手拍子系ではなく、完全な叙情系である。リクエストがなければ、たぶん歌わなかっただろう。
 歌い終わると、「いい歌だね~」と会場からため息がもれたほど。メンバーが変われば、場の空気も変わる。結果論だが、もう1曲くらいこの傾向の歌があってもよかった気がする。


「前回は確か、歌に合わせて踊り出した方もいましたっけ」と振ると、「みなさん、遠慮なく踊ってください」と、すかさずホーム長さんがフォロー。すると「憧れのハワイ航路」の途中から本当に踊りだす方が現れ、場の盛り上がりはピークに。
 以降、その勢いでラストへとなだれこむ。

「青い山脈」を全員で歌って終わりのはずだったが、終了の挨拶をしても誰ひとり席を動かず、場が妙に収まらない。いわゆる「アンコール」の気分が満ちていたのだった。
 そこで聴き手参加型の決め歌、「二人は若い」で場をまとめる。途中でも「誕生日の歌」を急きょリクエストで歌ったりし、ライブは曲数も時間も予定をかなり超えたが、喜んでいただけたので、歌い手としては満足である。

 終了後、みなさんと共に美味しいケーキと珈琲をご馳走になる。寒さや多忙で喉の調子はいまひとつで、時折声が途切れそうにもなったが、一部の曲で直前にキーを半音下げるなどして対処。致命的なトラブルは何とか回避できた。
 これから3月くらいまで、喉を傷めやすい危険な気候がしばし続くが、節制に努めて乗り切りたい。
 ところで、この日は出かける直前に譜面データを入れてある中華Padの調子が突然悪くなり、ちょっと慌てた。「マイクロSDカードが破損していて、データが読めません」という見慣れぬメッセージが出てしまい、譜面が全く表示されないのだ。
 オフにしてカードを抜き取り、PCに差し込んでみると、普通に読める。つまり、カードには異常がないことになる。すると中華Padの読み取り機能に問題ありか?

 念のためもう一度やってみると、今度は普通に認識した。仮にダメでも、譜面ファイルをメール添付で自分宛に送り、それを読んでやれば対処できるが、出かける前に中華Padを起動させ、必ず譜面を表示させてから出発するよう心がけておいて正解だった。
 電子譜面は便利だが、万が一のトラブルの場合、致命的なダメージをこうむる。バックアップ体制は必須。

2013年1月25日金曜日

手抜き除雪

 今年の雪の多さ、冬の厳しさは突出しているが、ライブや仕事とモロにぶつかってしまっているので、玄関前の除雪に関しては、完全なる手抜きモードに徹している。
 写真のように、玄関前の通路は途中で除雪をやめてしまい、完全に雪をどかしているのは、車の正面の幅2メートルほど。(ちなみに、左右の柱間は3.9メートルある)車はギリギリ前面道路には出られるが、人は車の横を斜めにすり抜けて迂回しなくてはならない。

 まあ、それでも最低限の行き来はできる。半島のように左右から雪が付き出しているので、除雪車が玄関前に大量に置いてゆく雪が最小限で済む、という効用もある。


 近所の家々を見ても、空き家以外でこんな除雪状態の家は他にない。雪かきに極度にこだわるのが北海道人の特質だと思っているが、除雪に使うエネルギーと時間は最低限にとどめ、余った分はもっぱら別のことに使う主義。
 東京で生まれ育った妻は除雪や雪下ろしには一切関わらないので、これで充分ですと文句は言わない。やっぱり変わり者夫婦である。
 最近ずっと打ち込んでいる「暗くて退廃的な歌」を耳にした妻、「もしかしてそれを老人ホームで歌う気?」と、確かめてきた。
 明日は介護施設系ライブの日であることを知ってのことだが、まさか老人ホームで「いいじゃないのぉ~、シアワセならば~」とか、「コイビ~トにぃ、振られ~たのぉ」と歌うわけにはゆかぬ。

 ストリートで歌うことさえ、まだ決めかねている状況だが、確実に受ける曲を後半に抱きあわせて歌う「アメとムチ作戦」ならいけそうな気もしてきた。
 もう少し悩んでみよう。といいつつ、今日も熱心に練習はした。雪かきよりも、まずは歌である。

2013年1月22日火曜日

再生パキラ

 2つあるパキラの鉢のうち、枝が途中から2本に分かれている方が、突然枯れ始めた。冬は植栽の活動が鈍りがちで、葉の一部が枯れることは過去にもあった。しかし、今回は片方の枝にある葉が一斉に変色し始めた。
 2年前にもう片方のパキラが同じ状態に陥り、2本ある枝の片方をバッサリと切り取ってから、残る1本が見事に復活した。今回も同じ措置を施す必要がある。


 昨年春に根切りをしてから、夏の間に葉が大きくなりすぎたきらいがある。葉の大きさに見合う根が育っていないのだろう。鉢を大型に交換すればよいのだろうが、必要以上に植栽を大きく育てたくない、という事情がある。
 植栽は気持ちを和ませてくれるし、ペットのように騒がしくもなく、去勢もエサも無用。水しかやらないので、維持費はタダである。縄文的生活にはぴったりなのだが、何事もほどほどがよろしい。

 結局、弱っている枝を切り取って決着。(写真の赤マル部分)たぶんこれで再生復活するはず。
 切った枝には1枚だけ葉が枯れずに残っていたので、手頃なコップにさして育てることにした。うまく発根すれば、もう1鉢小振りのパキラが誕生する可能性もある。
 ストリートライブで椅子を使って歌ってみようかと、ふと思い立った。一般的には場所をとらず、見通しやフットワークがよく、発声にも有利な立ち姿勢が路上系ライブの基本で、これまでもずっとそうしてきた。
 しかし、あえてヒッソリ暗いイメージの構成で臨もうとする場合、通りから目立たないスタイルのほうが、むしろ望ましいような気もする。試してみる価値はある。

 手持ちの適当な椅子をいろいろ変えてやってみたら、普通の椅子よりも高いほうが何かと都合がいいことに気づいた。数値でいうと、床面から座面まで55センチほど。立ちの位置にやや近いので、ほどほどに歌いやすく、ギターも弾きやすい。
 問題は軽くてコンパクトな椅子の調達である。ぴったりの市販品は存在しないので、いつものように手作りで対処するしかないようだ。

2013年1月21日月曜日

粋にミラノ巻

 午後からディスカウントスーパーに買い出しに出向く。衣料品コーナーで妻が手頃なパジャマを見つけた。全品990円のバーゲンだが、妻の選ぶ品は寒色系のものばかり。
 誰かに見せるものでもなく、見るとすれば私か子どもたち、そしてそのパートナーくらいだが、それでもやはり暖かい色味がいいでしょうと私が適当に選ぶと、それはいまあるのと同じ柄、と突っぱねられた。
(前回は私が独断で見繕って買ったが、自分では絶対選ばない柄と、気に入っている。その予備を調達したいらしい)

 迷ったすえに、結局は私が選んだ暖色系の品に決まる。小さなテディベアの模様があり、「可愛い過ぎる」と難色を示したが、まあ還暦以降は子供に戻るのだからね、と諭すと、案外すんなり受け入れた。


 同じ売場でストールのバーゲンコーナーを発見。ライブ用の長いストールがひとつ欲しいとずっと思っていて、アマゾンで手頃な品をチェックしてあった。
 ネットの品は送料こみで800円ほど。ここでは似たような品が定価1,000円のところ、なんと199円である。試しに巻いてみると、似合うと妻が言う。アクリル100%だが、しょせんは趣味で使うものなので、安さに惹かれて買うことにした。
 成り行きで、妻のプレゼントということになる。私に比べて月々安定した収入があるので、ありがたく甘えることにした。
 写真の巻き方は「ミラノ巻」あるいは「イタリア巻」と呼ばれるもの。以前に一度ライブでやったことがあるが、セーターでもジャケットでも合う粋な巻き方である。
 やり方はネットで調べられるが、やや面倒。しかも長さが180センチ前後ないとちょっと難しい。

2013年1月20日日曜日

あえて暗いステージ

 仕事と雪かき、そしてライブのトリプル多忙に、昨夜は町内会奉仕業務のオマケまでついて、心身ともに衰弱気味。昨夜から今日にかけ、トイレにも起きずに連続11時間も眠った。
 若いころから長眠体質であったが、齢60を過ぎてもそれは全く変わらない。よくもこんなに寝られるものだと、自分でも感心する。加齢と共に、「朝4時には目覚めてしまう」「5時間も寝れば充分」などと豪語する同年代が周囲にもいるが、私とは無縁な世界である。


 昨日は1枚しか売れなかったが、CD販売スタンドをまた少し修正した。実は昨日からサンプルCDを展示するのをやめ、最下段の6枚陳列のみに切り替えた。
 これまでPAの下に吊り下げていたCD用の告知板を外し、CD陳列棚の上に吊るしたがどうも安定せず、設置にも時間がかかる。今日は陳列棚と案内板を一体化させ、設置と撤収が短時間で可能なように修正した。
 告知&展示関連の微修正は、今後も続くと思われる。

《本日の練習曲》
「いいじゃないの幸せならば」「男と女のお話」「水の中のナイフ(オリジナル訳)」他数曲
 ストリートライブを主とする自主企画系ライブで、今後の進むべき方向に逡巡している旨をブログでふれたら、ツイッターのフォロワー(音楽関係者)からメッセージ的忠告をいただいた。あくまで全ミュージシャンに向けた一般ツイートとしてだが、私にも見事に当てはまる。

「楽な道が正しいとは限らんよ、裏道でも迷わず自分の信ずる道を行けば、きっといいことあるよ」といった主旨。何か、勇気づけられた。75歳での芥川賞授賞に通ずる話だ。
 ということで、昨日全ステージを見届けてくれたKさんとの雑談で飛び出した、「いっそ暗~い曲ばっかりで1ステージやったら?」を本気で考えだした。今日の練習はその候補曲。退廃的な曲はまだまだありそうだが、果たしてこれらをチカチカパフォーマンスでやれるのだろうか?

2013年1月19日土曜日

媚びないライブ

 今年初めてのライブとして、チカチカパフォーマンスを実施。実はエントリーしたのは前日夕方という、ギリギリの際どいタイミングである。それもそのはず、押し寄せる仕事の波と大雪の始末に忙殺され、腰は悲鳴をあげ、喉からは軽い違和感がずっととれない。
 直前で体調不良を理由に、キャンセルすることは簡単だった。なにせ自由気ままなソロシンガーである。しかもライブはいわゆる誰かに頼まれた「依頼型」ではなく、あくまで自らの意志による自主企画ライブの位置づけだ。
 しかし、これまでエントリー後のキャンセルは一度もない。これはちょっとした誇りでもあった。前日の大雪も峠を越え、比較的穏やかな天気に恵まれた。気温も零度近くと、この時期にしては高め。
 迷ったが、本番のライブからは1ヶ月近くも遠ざかっている。ちょっとしたリハビリも兼ねて、やはり歌いに行こうと決めた。

 渋滞を用心して、開始時刻より1時間半前に家を出る。幹線道路を選んだこともあって、ちょうど1時間で都心に着いた。


 この日は「次回やるときは必ず連絡を」と事前にメールがあったKさんが来てくれた。Kさんとは昨年、チカチカパフォーマンスの聴き手として知り合った。私の活動をネットで知り、興味を持って観にきてくれたのだ。
 その後半年近くが過ぎ、また私の歌を聴きたくなったという。嬉しい話である。

 会場は南端の北大通広場で、午前中からパフォーマンスしていたフリーバスケットグループとの話し合いで、14時半から演らせてもらうことになる。
 この日は気分を一新し、聴き手はあまり意識せず、自分の歌ってみたい曲を中心に極めてマニアックな構成で臨んだ。およそ30分で以下の9曲を歌う。(※は初披露)

「Without You(オリジナル訳)※」「どうぞこのまま」「人形の家※」「イエスタディ(オリジナル訳)※」「夢咲く街 チ.カ.ホ(オリジナル)」「異邦人」「シンプル・ラブ※」「オリビアを聴きながら」「抱きしめて(オリジナル)」
 私のシンパシーともいえるKさんは別にし、立ち止まって拍手を貰えたのは「人形の家」くらいだった。喉の調子は70%ほどだったが、声が途切れるような致命的なミスはない。歌としてはまずまずの出来だったと自負している。
 しかし、これだけ馴染みの薄い曲を並べると、さすがに人は集まらない。加えてこの日は中高年の姿が極端に少なかった。中高年を主なターゲットにしている私にとって、これは厳しい条件だった。

 結果として第1ステージで売れたCDはゼロ。これはある意味で予期していた通りだった。
 CDを手にとってくれた方は数名いたが、特にMCで販売告知はしなかった。まるで商売下手である。聴き手に全く媚びずに勝負すると、一体どんなことになるのか?この日のテーマは、そんな大それたものだった。


 15時40分から第2ステージ開始。シャンソン系の歌を中心に構成し、やや耳障りのいい曲を並べた。

「ろくでなし」「オー・ソレ・ミオ」「バラ色の人生」「独り(オリジナル)」「詩人の魂」「かなりや」「もっと(オリジナル)」「幸福を売る男※」

 第1ステージと打って変わって、1曲目からいきなり人が集まってきた。その数7~8人ほどか。大半が中年女性だが、聴き手は実に正直だ。
 オリジナルの「独り」を歌い終えると、そのうちの一人がCDを買ってくださった。この日は4曲のオリジナルを歌い、2曲のオリジナル訳詞を披露したが、全体的に閑散とした気分の中だったので、評価は難しい。
 それでもオリジナルを歌った直後に、「いまの歌、CDに入ってます?」と確かめてから買ってくれたので、ちょっとした救いではある。
 このステージでは、Kさん以外にも最初から最後まで30分間、ずっと聴いてくれた見知らぬ中年女性がいて、これまた大きな救いだった。
「真剣に聴いてくれる聴き手が一人いれば、ライブは成立する」が持論なので、その一点では満足すべき一日だった。

 ただ、今後もこうした「好き勝手方式」で演るかどうかは、しばし考えてみたい。デザイン系の仕事がそれなりに増えれば、「CDを数多く売って小銭を稼ぐ」という、ある種さもしい目論見も意味が薄れてくる。
 状況の変化に伴い、歌のスタイルも微妙に変化する。それでいい。

2013年1月18日金曜日

長い長い冬

 昨夕から降りだした雪が一晩中降り止まず、朝になると玄関前が雪で埋まっている。2階から玄関前の車庫&物置を恐る恐るうかがうと、屋根には豆腐のようにこんもりと真四角な雪が盛り上がっている。
 あわてて雪をこいで外から確かめると、危険値(設計値)1メートルに限りなく近い。昨年12月にもやったばかりだが、2度目の雪下ろしをせざるを得ない状況だった。

 明け方までかかって仕事を納めた直後で、疲れてはいたが、妻の帰りを待って作業に取りかかる。わずか3メートルほどの屋根でも、落ち方によっては死ぬ。今年も多数の方が雪下ろしで命を落としている。妻がいる時に作業をするのは、万一を考えてのこと。


 雪はサラサラだが、最深部では80センチほどあった。近隣のアメダス記録では20センチしか降っていないが、自宅から3キロほど都心寄りにある最も近い土木センターの記録を調べると、一晩で概算値35センチほど積もっている。
 どうやら自宅周辺だけが集中的に降ったらしい。写真の灯油タンクの雪は除雪したばかりだが、一夜でこんなに積もった。外壁のビスの間隔(45.5センチ)から推測して、40センチ近くは吹き溜まった証拠である。


 時計を見るとちょうど1時間が経過している。連日の仕事と雪かきで腰が悲鳴をあげているが、まだ玄関前の除雪が手つかず。一服もせずに、そのまま作業を続けた。
 さすがに今日は今冬2度目の電動除雪機を使った。こちらは30分ほどで終了。家に戻って溜まっている8件分の修正仕事のうち、まず急ぎの4件分を順に片づける。
 ウッドデッキの積雪も1メートル近くに迫っていて、居間に面するテラス窓が半分ほど塞がった。しかし、あれこれ忙しいので、そこまで手が回らない。長い長い冬は、まだまだ続く。

2013年1月17日木曜日

吟遊パジャドール

 相変わらずデザイン系の仕事に追われる日々で、すでに納めた分の修正も戻ってきた。いまやっている分を明け方までにやり終え、明日からはその修正にとりかかる予定。
 今朝はさすがに布団の中で疲れを感じた。このところの風邪っぽい症状は、懸命の調整でどうにか治まった模様。下旬からライブがまた始まるので、喉を含めた体調管理が必須である。

 昼食にはウドンを作った。ウドン玉は冷凍の物をいつも使う。傷みやすい竹輪は冷凍保存しておいた物を1本だけ解凍して使用。乾燥エビも入れた。風邪予防にと、ネギを多めに投入。
 最近は流れ作業で短時間に作れるようになった。うまい。


「パジャドール」という言葉を最近知った。「菊地さんは、まるでパジャドールのようだ」と、ストリートライブで知り合った方から指摘された。
 ウィキペディアによれば、パジャドールとは19世紀後半ごろの南米で、ギターと歌で即興的な歌を披露した人、つまりは吟遊詩人のことだとか。「人生の喜び、悲しみを歌う」という部分がシャンソンによく似ている。
 しかし、歴史に残ったのがシャンソンであり、同じ南米ではフォルクローレであったのはなぜだろう。楽器がギターに特化しているのは、確かに私のスタイルと共通する。シャンソン系の歌を好んで路上で歌うスタイルも同じ。「似ている」と言われるのもうなずける。
 決定的に違うのは、パジャドールが即興歌を旨としていたところ。古い歌を中心に、時折オリジナルを交える私の構成法は、やはりシャンソンのスタイルに近い。

 いずれにしても、そのマイナーなイメージが逆にへそ曲がりな私の気を惹く。今後は「パジャドール菊地」をキャッチコピーにしようか。

2013年1月16日水曜日

夢を持ち続けよ

 75歳の女性が芥川賞に輝いた。最初に聞いたときは、一瞬ジョークかと疑ったほど。全くの無名で、これまで大きな文学賞に応募することもなく、何十年もひっそりと、ひたすら自分にむかって書き続けてきたとか。
 勇気づけられるニュースだ。60歳近くになってから日本地図を作ろうと思い立ち、それを実現させた伊能忠敬にも通ずるが、人生死ぬまで夢を持ち続けよ、というお手本と啓示のように思える。


 文学や歌で人に並び、そして先んずるには、年をとればとるほど不利であるというのがこれまでの定説で、私もそんな事象を身辺でしばしば実感していた。しかし、そんな考えは誤りで、もはや古い価値観といえる。
 年を重ねてみて初めて見えてくるものが必ずあるはずで、それを感じ取って表現すればよい。思いを新たに歌い、そして書き綴ることにしよう。


《本日の練習曲》
「異邦人」「イエスタディ」「恋心」「もっと(オリジナル)」他10数曲

 明日をめざして今日も粛々と練習に励む。要は目立たない日々の積み重ねである。

2013年1月15日火曜日

年金浦島

 日本年金機構から連絡があり、5年前に亡くなった父の古い年金記録らしきものが見つかったので、確認をとりたいという。書かれてある情報は年金の種類(厚生年金)と加入脱退年月日のみ。
 記録が非常に古く、昭和17年から20年までの3年半ほど。途中半年間だけ抜けていて、正味3年ほどだった。

 昭和17~20年といえば、私の生まれる7年も前のこと。4人兄弟のうち、まだ上の2人しかこの世にはいない。当時の記録は当然ながら全て紙で、その古い台帳と現存するコンピュータ記録とを突き合わせた結果、父のものらしき記録が見つかったのだという。
 行方不明年金が世間を賑わして久しいが、地道な作業はその後も延々と続いていたようである。公務とはいえ、さぞかし大変な作業であろう。頭が下がる。


 見つかったそれぞれの記録に関し、わずかでも心当たりがあれば、その加入時期の会社と所在地、あるいは住んでいた住所などの情報を可能な限り記入して返送して欲しい、とある。
 老人ホームにいる母は最近物忘れが激しく、70年以上も前のことを思い出させるのは難しい。しかし、まだ自分が生まれていないこの時期の家族の様子を、なぜか私はよく知っていた。

 幼少のころ、寒い時期に薪ストーブを囲んで、よく父や母に昔のことを尋ねた。父は出稼ぎの大工をしていたが、私が生まれる以前は近くにあったクローム鉱山の軍需工場で、技師として働いていたという。
 大工の腕以外に、父は機械や電気等の幅広い知識と技術があり、社員として重宝されたようだ。終戦と共に外国産の安いクロームが輸入されるようになり、工場は閉鎖された。
 当時住んでいたのは道北の幌加内町政和地区である。駅から4キロほどの山奥にクローム鉱山はあった。私はその軍需工場の社宅で生まれた。
 小学生のころ、閉鎖された鉱山に一度だけ行ったことがある。かって父が働いていた場所を、自分の目で確かめたかった。草深い中に黒い穴がぽっかりと不気味に空いていて、古い木材がかろうじて入口を支えていた。怖くて中に入れず、外から眺めただけで帰った。
 家でそのことを母に話したら、あそこは危ないから2度と行ってはいけない、と静かに諭された。

 見つかった年金記録は年月日から考えて、その鉱山に勤めていた時期のものであることは間違いない。だが、年金機構への提出書類には、なるべく正確な社名と住所を書く必要がある。
 数年前に幌加内町在住の知人経由で「幌加内町史」の最新版を手に入れたことを思い出した。1600ページもある分厚い本で、町民価格の5,000円で譲ってもらった。自分の生まれ育った町の歴史を、ぜひとも知っておきたかった。
 本を開くと、クローム鉱山を経営していた会社の正確な名称もちゃんと記載がある。所在地はかっての私の本籍で、ちょっと長いが、いまでもスラスラと出てくる。この2つを記入して書類は整った。
 念のため連絡先に電話してみたら、仮に認められた場合、父が存命期間中の33年間の年金と、母が受給中の遺族年金の両方が対象となるそうである。

 70年前にすでに厚生年金が存在し、父がそれを粛々と納めていたという事実に驚き、まるで浦島太郎のような不思議な感覚に陥った。
 家族は日頃からよく話し合っておくものだと、しみじみ思った。思いもかけないところでそれが活きるものだとも。

2013年1月14日月曜日

マイク端子をエレアコにつなぐ

 昨年あたりから「エレアコのケーブルをつなぐライン入力端子(Phone端子)が会場に存在しない」というステージが、結構多くなってきた。事前に必要な機材を確認してくれる会場もあるが、数としてはごく少ない。
 ライブの数が多くなればなるほど「行ってみなければ分からない」という会場が増えてくるのは、ある程度やむを得ないのかもしれない。
 実戦で使っている2台のギターはどちらもエレアコで、ケーブルをPAにつないで音を増幅するのが基本。会場にライン入力端子の用意がなければ、ギターの音をマイクで拾うしかない。
 どの会場でもマイクは複数あるので一応は問題ないが、エレアコの音は内蔵のピックアップからケーブルで直接PAにつなぐのが本来の姿。それを無理にマイクで拾うのでは、音に不満が残ってしまうのだ。


 いろいろ悩んで、この「行ってみるまで分からない」あるいは「ライン入力端子は当面存在しない」会場対策として、アンプなしの生音でもそれなりに鳴るエレアコを、年末にまず買った。さらに今回、会場に確実にあるマイクのXLR端子をエレアコ用のPhone端子に変換するアダプターを購入した。
 この種のアダプターの存在は、長崎のいちろうさんからの情報で知った。ケーブルのついている製品もあるが、買ったのはシンプルで安価な単体タイプ。

 さっそく手持ちのエレアコにつないで弾いてみたが、どちらも本体に直結して普通に使える。音にも問題はなく、小型なので移動の邪魔にもならない。手持ち予備マイクのケーブルにつないで、非常時のシールドケーブルとしても使えそうだ。


 今回買った品はアマゾンで送料込みで554円。マイクケーブルをつなぎ換えるには、XLR端子側はオス(M)タイプが必須。
 Phone端子側は直結にこだわらなければ、メス(F)タイプでも構わない。ただしこの場合はシールドケーブルが別に必要となる。

2013年1月13日日曜日

スコップ除雪

 今日も仕事のつもりでいたが、世間は3連休であることにふと気づく。仕事の工程は予定よりもはるかに進んでいるので、今日は完全に休むことにした。
 相変わらず元旦からのマイナス気温が継続中で、なんでも36年ぶりの記録だとか。昨年から何かと記録続きの天候で、心身の調整が難しい日々である。
 今年は厳冬の割に電動除雪機の出番が少なく、まだ1回しか使っていない。節電の大号令が発令中なので、電気機器は使わないにこしたことはないが、それにしてもなぜ?と疑問だ。
 雪の量自体は記録的だが、今年は除雪業者の交代でもあったのか、我が家の地区に除雪車が来る時間が、これまでよりかなり早い。除雪の仕方も玄関前になるべく雪を残さず、土手や空地に雪を押し上げるように工夫している気がする。

 加えて近隣に除雪機を所有する方々が、自宅周辺のついでに我が家近くの道路まで時折除雪してくれる。それやこれやで、大半がスコップによる15分ほどの手作業で済んでしまっている。ありがたい。


 スコップは用途別に4丁持っているが、多用するのは写真の2丁で、冬期はすぐ使えるよう、玄関ドア横の木製スクリーンにフックを取り付け、そこにかけてある。
 このフック、単にかけるだけだと強風時に外れてスコップが飛んでしまう。そこで上端には可動式のヒンジを取り付け、着脱時には横に倒し、固定時には上に回して使っている。

 下端が浮いた状態にある金属製スコップは、これだけでは風で揺れてうるさい。そこでさらに下端をヒモで結わえてある。玄関内に入れたり、外壁に立てかけたりすればこんな面倒は必要ない。しかし、とかく散らかりがちな玄関周りをデザイン的にすっきりさせようとすると、こうなる。
 機能とは無関係だが、スコップのデザインや色も厳選している。住宅の周辺に置くものは車や自転車、道具類も含めて、すべてデザインの及ぶところだ。

2013年1月12日土曜日

息子から宅配便

 私にしては珍しく早めに起きたら、午前中にピンポンが鳴る。郵便局からの宅配便である。宮崎在住の息子からのもの。虫が知らせたのか、早めに起きていて正解だ。

 お嫁さんの実家で作った米5Kgのほか、地元名産の漬物やマンゴーゼリーなど。手紙のほかに、何とお年玉まで入っているではないか。昨年末にタラバガニを送りはしたが、そもそも息子が送ってくれたエビスビールのお返しのつもりだった。そのまたお返しとは義理堅いこと。
 しかし、紛れもなく息子夫婦の真心がこもっている。ありがたくいただくことにした。


 以前にも数回、末の息子からお年玉を頂戴したことがある。子育てにあたって大したことはしていないが、素直にうれしい。長生きはするものだ。

 小荷物にはカエルグッズも入っていた。メタリックなホチキスガエルで、タイで催されたフットサル世界大会を観にいった際の土産だとか。妻もそうだが、旅先で土産に迷ったとき、カエルが決め手になるらしい。カエルキャラは世界中にある。
_進行中の4棟分の仕事はひとまず終わった。休み明けに納品するが、次の物件2点の図面は昨日すでに送られてきている。休む間もなく、明日からはそちらの仕事にとりかかる。
 これまで図面は直接受け取りに行くか、せいぜいFAX受信がいいところだった。(CADデータでは普通送られてこない)しかし今回は全資料がpdf画像でメール添付されてきた。任意のスケールでプリントアウトしたり、状況によってはプリントせず、そのまま別画面で開いて参照しつつデータ入力が可能である。
 早くて正確。手間暇がかからないので、結果として原価が下がり、見積価格も下げられる。こうでなくては。

 担当の方に確かめたら、社内にある複合機で資料をスキャン、そしてpdf変換し、そのままパソコンに取り込んで、一気にメール添付しているのだそう。つまりは複合機がLANでパソコンとつながっているということ。
 ここまでやってくれない依頼主がまだまだ多い。要は時代の先を読む意識と態勢作り、そしてそれを操るスキルの問題だ。

2013年1月11日金曜日

エネループの消耗度

 サンヨー(パナソニック)のエネループという充電式乾電池を12本持っていて、非常に重宝しているが、そのうちPAに使っている2本の能力が少し落ちてきた感じがする。
 使っている12本の内訳は以下の通り。

・PA:単3×6本
・電気カミソリ:単3×2本
・マウス:単3×1本を2個
・湿度温度計:単4×2本

 一番古いのは確か2005年に路上ライブを始めたころに、当時使っていたヤマハのPA用に買ったもので、あとから確認が容易なよう、買った順に2本ずつ番号をふってあった。
 以後、2本ずつ買い足していったが、PAの電池消耗がこのところ早くなった。「1000時間使える」とのふれこみだが、電池なので使うほど疲弊するのは間違いない。なにせ8年近くも使い続けている。


 電池の消耗はヒゲソリなら回転が鈍り、マウスならポインタが動かなくなり、PAなら音が切れ切れになることで分かる。最近、PAの充電間隔が短くなった気がしたので、念のため全電池の充電残量をチェックしてみた。

 テスターがあれば完璧だが、残念ながら持ちあわせていない。簡単なチェックなら100円ショップで買ったチェッカーで済ませるが、より正確なのは、実は使っていないペンタックスのデジカメなのである。
 いまどき珍しい単3電池×2本駆動で、電池残量が棒状のメーターで表示され、大変分かりやすい。残量ゼロの場合、デジカメ自体が全く起動しない。
 PAに使っている6本の乾電池を2本ずつ順にチェックしてみたら、一番新しい電池はまだわずかに残っているが、最も古い1番の電池はデジカメが起動しない。つまり、均等に使っているはずの6本の電池に、能力の差が出てしまっているのだ。
 ちょっと困ったが、とりあえず1番古い電池2本は差し障りのなさそうなヒゲソリに回し、PAには2~4番の6本の電池を使ってみることにした。一番新しいのはマウスに使っている5番の電池だが、逆に新しすぎてバランスを崩してしまいそうで怖い。

2013年1月9日水曜日

真冬日継続中

 進行中のデザイン系の仕事、図面が全てメールで送られてきたので、家に引きこもってひたすら作業。全4点のうち、1点のデータ拾いを未明までに終えた。まずは順調なペースである。
 新聞によると、今年の札幌は年明けから一度もプラス気温になっていないそうだ。つまりは「完全なる真冬日継続中」とのことで、8日間連続で28年ぶりの記録と朝刊にあったから、今日も更新は確実。今度は何年ぶりの記録になるのか?

 午前中に灯油タンク車が給油にきてくれた。前回から給油日までの日平均灯油消費量をいつも計算しているが、今回は6.23L/日という、過去最高記録を更新してしまった。ちなみに過去の最高数値は、昨年1~2月の6.22L/日である。
 北極の氷が解け、シベリア低気圧の通り道が南にずれ始めたのが、日本列島厳寒の原因だとか。しばらくはこんな冬が続くらしい。ヤレヤレだ。


 あれほど大量にあった南壁をつたうナツヅタの実が残り少なくなり、鳥の争奪戦がいつになく激しい。小型のスズメはどこかに追いやられ、目下餌場をおさえているのは、写真の大型の鳥。(詳しくないので、名前は分からない)
 車庫の側にもツタは繁茂しているが、そちらの実もすでにない。ついには雪の上に落ちた実まできれいについばんでしまった。残る冬をどう過ごすのか。ガラス越しに撮った鳥の目は、不安気に未来をうかがっているようにも見える。
 数ヶ月前から携帯電話が突然発信できなくなり、再起動すると復活、1日くらい経つとまた発信できず、を繰り返していた。いよいよ寿命か、スマホなど真っ平だと思い、販売店に持ち込んでみるかと逡巡するうち、機能設定のリストから「ソフトウェア・アップデート」なるものを発見する。

 さっそく作動させてみると、「アップデートの必要あり」との診断。かなり時間をかけての更新後、症状はようやく改善された模様。OSやパソコンソフトのアップデートと同じようなものらしいが、手作業でチェックとは厳しい。
「自動通知」をオンに設定はしてあるが、ネット契約をしていないので連絡がこないのか。ショートメッセージにするとか、何か方法があると思うのだが。縄文的暮らしは時に世間の相手にされない。

2013年1月8日火曜日

春の兆し

 2日続けてスカッと晴れた。窓からの強い陽射しで、9~16時頃まで暖房は無用。外は終日氷点下だが、確かな春の兆しを感じる。
 南側の庭にケモノの足跡を発見。菜園の下から、何かを掘り出した形跡がある。首尾よく探し当て、トドメをさした気配も感じる。全体の状況から、付近の川岸に巣を持つキタキツネの仕業と見た。

 秋口に家庭菜園に穴を掘り、干した大根の葉や熟れずに枯れたトマトなどを大量に埋めた。それを目当てに、キツネの餌となる何かの小動物(エゾヤチネズミなど)が、雪の下にひっそり棲息していたのかもしれない。
 ケモノたちも厳しい冬を越すのに、まさに命がけである。


 昨年末に打診があったデザイン系のまとまった仕事が本決まりとなり、すでに図面の第一弾がメールで入ってきた。正直、あまり当てにしてなかっただけに、ちょっと驚き、そして喜んだ。
 本格作業は明日からとなるが、今日は参考資料や参考サイトなどをあれこれ準備。CADソフトの操作は、同様の経緯で昨年末に依頼された仕事で復活トレーニング済みなので、あまり問題ない。
「デザイン系」「物書き系」「弾き語り系」が目下の収入3本柱である。(厳密には厚生年金報酬比例分もあるが、労働所得ではないので、ここには含めない)
 それぞれサラリーマン給与と同様に源泉徴収されているので、今年の確定申告もこの3種類でやる。収入額で単純比較すると、デザイン系>物書き系>弾き語り系、ということになるが、面白さとしては3つが等しく、それぞれの面白さがある。

 現状の3本柱に仕事としての実感はあまりないが、細々とでもできるだけ長く続けられたら、と思う。

2013年1月6日日曜日

ズボン裾上げDIY

 初売りで買ったチノパンの裾上げをする。2,450円だったが、裾上げを無料でやってくれるのは一定価格以上という店が大半で、加工費は300~400円が相場。
 仮に2,000円のズボンを買ったとして、この費用はかなりのもの。縄文的生活を粛々と推し進めるには、この種の作業は自分でやってしまうのが必須だ。

 前回ミシン使用時には上糸の調子が弱く、調整に難儀したが、今日は快調そのもの。30分ほどで問題なく仕上がった。
 その後、今日までの年賀状の整理。住所変更などのチェックをし、昨年分の年賀状は裁断して捨てた。


 夕方になって新しく見つけたライブカフェをブックマークしようと音楽フォルダを探したが、なぜかどこにも見当たらない。ゴミ箱は空。どうやら昨夜不要なブックマークを断捨離した際に、誤って丸ごと捨ててしまったらしい。
 音楽フォルダには数十のサイトが保存してあり、記憶での再現は不可能である。

 弾き語り練習を後回しにし、急きょ補修作業を試みる。常用するOperaは、どのパソコンでアクセスしても、その都度ブックマークの同期をとってくれるという便利なものだが、削除してしまったブックマークも忠実になぞってしまう。
 家に5台あるパソコンのうち、昨日まで息子が使っていたWindowsマシンのOperaに最新のブックマークが保存されているはずと目星をつける。
_LANケーブルをいったん抜いて起動。(つないだままだと、ネット経由で同期してしまうので)Operaを起動してみると、予想通り音楽フォルダはそっくり残っていた。その状態でブックマークをエクスポート。直後にLANケーブルをつないでネット接続し、ファイルをドロップボックスに転送した。
 Macからブックマークファイルをインポートし、ようやく元通りに復活した。同期機能は非常に便利だが、時に血を見る。修復方法をよく覚えておかねば。