2013年6月29日土曜日

臨機応変なチカチカ

 直前まで迷ったが、枠にかなり空きがあるので、今月最後のチカチカパフォーマンスに急きょエントリーした。休日なので割当て時間は平日と異なるが、11~18時までの2枠を通しで予約。このところ暑さでかなり苦戦しているため、用心して温度変化に柔軟に対応できる体勢で臨んだ。
 衣装は長袖シャツにベスト、そして薄手のジャンパー。頭はハンチングとバンダナの両方を用意し、温度によってどちらでも歌えるようにした。水は手元にあったポカリスエットを多めに持参。
 会場の北4条広場到着は13時半ころ。すでに似顔絵描きの二人がお店を広げていて、どこに陣どるかちょっと迷ったすえ、両者から離れた中央付近後方にステージを設置。13時45分からおよそ25分で、以下の8曲を歌った。

「さらば青春」「恋のバカンス」「時計台の鐘」「真赤な太陽(初披露)」「誰も知らない夜(オリジナル)」「河は呼んでいる」「ゴンドラの唄」「青春時代」


 歌に興味を持って視線を送ってくる人はかなりいたが、近寄ってくる人は稀。全般的に反応は弱かった。
「時計台の鐘」は2番のフル英語版を初めて人前で試してみたが、こちらも特別な手応えはなかった。ただ、自分としては非常にうまく歌えた。別の場で使えると思う。
 皮肉なことに、ラストに歌った「青春時代」の集客が最もよく、およそ10人ほど。少ないとはいえ、CDも1枚売れたので、よしとしたい。
 休憩時には充分に水(ポカリ)を補給した。一説によると、身体の一部がつるのは水分不足が一因だそうで、過去に20曲以上歌うと決まって左手がつるという症状が出たのは、もしかするとこれが原因だったかもしれない。
 25分休んで、14時35分から第2ステージ開始。およそ45分で以下の14曲を一気に歌った。

「どうしてこんなに悲しいんだろう」「亜麻色の髪の乙女(リクエスト)」「青葉城恋唄」「さくらんぼの実る頃」「いい日旅立ち」「夢の旅路(オリジナル)」「北の旅人」「ハナミズキ」「川の流れのように」「時代」「女ひとり」「野の花や(オリジナル)」「サクラ咲く(オリジナル)」「ダンシング・オールナイト」


 第1ステージの「さらば青春」に続き、1曲目の「どうしてこんなに悲しいんだろう」はPAを一切使わず、生歌で歩きながら歌った。最近あちこちで試しているパターンを、初めてストリート系でも試してみたが、他の場ほどの強い反応はなく、やや拍子抜け。
 ただ、歩きながら似顔絵描きのお二人のすぐ近くまで行ったので、周辺のお客様は喜んでくれた。通り近くは天井が高く、音の反響は悪くなる。まあ、どこでも歩きながら歌えるという実績を重ねたことで、満足すべきかもしれない。

「亜麻色の髪の乙女」は似顔絵描きのマツミさんからのリクエスト。休憩時の雑談時に「菊地さんの『亜麻色の髪の乙女』がぜひ聴きたい」と不意に請われた。以前に聴いたことがあるそうで、いわば「身内」からの要請だったが、応えねばなるまい。
 予定を大きく超えて14曲も続けて歌ってしまったのは、途中で熱心に聴いてくれる方が数人現れたから。場の流れで進行がどんどん変わるのが、筋書きのない路上系ライブの面白さだ。
 歌い進むにつれ、次第に喉の調子もよくなってきた。この日は「リラックスした8分の力でイメージ通りの声をスッと出す」という、不思議な感覚を初めて味わった。どこでもこの歌唱法で演れるようにしたい。
 30分休み、15時50分から最後の第3ステージを始める。この時点ですでに22曲を歌っていて、過去の上限値に限りなく近づいている。左手指と右足裏に多少の違和感を覚えたが、ポカリスエット補給とマッサージ処置によって回復した。
 およそ25分で、自分に課したノルマまでの残り8曲を歌った。

「時の過ぎゆくままに」「バス・ストップ」「あなたならどうする」「抱きしめて(オリジナル)」「ダスティン・ホフマンになれなかったよ」「グッド・バイ・マイ・ラブ」「ジョニィへの伝言」「男と女のお話」

 実は30曲歌い終えた時点で、まだ歌える余力があった。指定枠にも残り1時間以上の余裕があったが、CDもそれなりにさばけ、すでに目標を達成したこともあり、ここで打ち切りとした。
 暑さ対策として第1~2ステージではバンダナを首から外し、額に巻いたこともポカリ補給に並んで効果的。いろいろな場面での臨機応変な対応、これがこの日最大の収穫である。

2013年6月27日木曜日

中華Padホルダー改良

 電子譜面搭載の中華Padをマイクスタンドに固定するジョイント部のネジが甘くなった。これまでありあわせの蝶ナットを使って固定していたが、反対側にかましたバネ座金の効きが悪くなった。

 電子譜面に完全移行してから1年近くが経ち、ライブ毎に着脱を繰り返すので、劣化はやむを得ない。別のネジや座金で試したが、あまり効果的でなく、本来ついていた専用固定ネジを使うことにした。


 もともとついていたネジは頭の部分が空転しないよう、一部角形に加工されている。従ってバネ座金の必要はない。
 問題は固定するナット側で、工具を使わずにT字形クランプを使うか、大型の丸ハンドルを使うなどしている。
 部品の手持ちがあるのは、後者の丸型ハンドルタイプ。締結力が弱いのでT字形クランプに交換したパーツの残りだ。このままでは大きすぎて譜面ホルダーには使えない。締結力は多少弱くても構わないので、2つあるうちのひとつを小型に改良することにした。

 直径約60ミリを径35ミリに切り詰めるという難しい作業。金切りノコ、金切りハサミ、ヤスリなどを総動員し、かなり苦労してやり終えた。本体はプラスチックだが、金属用の工具でも充分加工できる。
 装着してみると、なかなかやりやすい。また買わずにすませた。

2013年6月26日水曜日

Bells of the Clock Tower

 先日のイベントライブで一部を英訳して歌った「時計台の鐘」のフル英語版が完成した。ライブで歌った英訳部は冒頭とラストのみだが、ステージ上で聴き手の反応が悪くなく、札幌市が直接的間接的にからむライブが最近急増していることもあり、英訳するならまずこの歌を最初にしようと思った。


 時計台は市民憲章冒頭に「わたしたちは時計台の鐘がなる札幌の市民です」と明確にうたわれている札幌市のシンボルである。直接的に札幌時計台を歌っていて、広く知られているのはこの歌しかない。
 バラード系の曲調が自分に向いているし、冒頭の一部に可変拍子を使っている作風も洒落ている。他の場ではあまり聞かないが、ぜひ歌い継いでいきたい。
 実は完成したのは、2番のみ。全部を英語で歌うのは避け、まず1番を日本語で歌い、曲間の鐘を模したギター伴奏にかぶせて「2番は英語で歌います」とMCで宣言して続ける、という趣向だ。
 ちなみに冒頭部は「There's ringing the bells of the Clock Tower.(時計台の鐘が鳴る)」と訳した。手応え次第では、第2弾があるかも。

2013年6月25日火曜日

コンサート企画書

 とある街作り的自主企画イベントの企画書を作成中。過去にもコンサート企画書をいくつか書いたが、すべて実現させた。年代順に列記すると、プロ歌手のソロライブ、介護施設訪問ライブ、自宅オープンコンサート、地域センターコンサートなど。
 自宅コンサートのようにメモ書きだけで進めた例もあるが、大半はA4サイズ2枚に項目別にびっしり書き込み、相手先に提出するちゃんとしたものだ。

 このうち最もハードルが高かったのが、意外にも地域センターコンサートである。市の施設だが、入札形式でNPO法人などが代行運営しているセンターが大半で、運用は個々のNPO次第。融通が効かないケースが多々あり、ハードルは非常に高い。
 プロ歌手(及川恒平さん)のコンサート企画も大変といえば大変だったが、ご本人を始め多くの賛同者、協力者に恵まれ、うまく乗り切れた。はや9年前のことだが、思えばここが始まりだった。


 最近は「広く一般に開放」「入場料は一切とらない」「出演者や客にノルマを課さない」「楽しみつつも、音楽性はとことん追求」、こんなコンセプトを貫いていて、結果としてそれに賛同してくれる方しか集まってこない。
 いま進めている構想もこれに沿ったもので、賛同者はすでに固まっているが、問題は交渉先。あらゆる想定で構想を練っているが、机上レベルでとことん詰めておかないと、いずれ計画は破綻する。うまく運ぶことを祈りたい。
 サラリーマン時代にも仕事関連の企画書を多数作ったが、当時は若かったこともあり、内容の詰めは道楽的作業に過ぎないいまのほうが、はるかにグレードが高かったりする。
 小さな会社だったので、「では君がやってみなさい」といった感じで、自分で進めて会社の利益につながれば、結果オーライだった。まあ、そんなもの。

 趣味も仕事も同じだが、「企画を練って自ら実行する」という姿勢が望ましく、計画だけ立てて「さあ、やれ」と周りで煽るだけではダメだ。コンサートならば、企画しつつ自分でも歌う、ということ。なぜそれが大事かは、実際にやってみれば分かる。

2013年6月23日日曜日

スポカル2013 inつどーむ

 自宅近くのスポーツ交流施設「つどーむ」で実施された「スポカル2013 inつどーむ」というイベントのステージ部門に出演した。今年2月の雪まつりに、同じ会場で行われた東日本大震災復興支援系イベントに出演したが、それが縁で声をかけていただいた。

 今回は「スポーツやカルチャーを通して国際交流を」という体験型イベントで、被災地復興支援とは直接関係がない。しかし、声をかけていただくこと自体が歌い手としてはありがたいことなので、慎んでお受けした。


 前日までの肌寒い天気がウソのように晴れ上がり、絶好の日和。しかし、あくまで屋内イベントなので、人出は行楽地に流れて逆に少ないかもしれない…、との懸念が走った。

 ステージ開始は13時35分からだったが、事前に繰り広げられていた空手等のスポーツイベントではそれなりだった観客も、いざステージが始まると激減した。
 音楽はジャンルとしては「カルチャー」の部類に属するが、会場を圧倒的に席巻しているのはスポーツ系イベントに対する参加者で、カルチャー系イベントやブースは、おしなべて苦戦していた。


 出場全5組のうち、沖縄三線の弾き語りユニット、カホン&ピアノのユニットと続き、3番目が私の出番。事前に15分の調整時間が設けられていたが、全体の進行が遅れ、調整時間をすっ飛ばしてただちに歌うことが決まる。
 開始はさらに遅れて14時40分から。当初の予定では短い曲を6曲歌うつもりでいたが、直前の判断でラストのオリジナル曲を省略することにした。
(カバー曲は事前にジャスラックに届出を出していたので、カットしにくい状況)
 その見返りとして、オリジナル訳詞の「ヘイ・ジュード」をフルコーラス歌うことに。結果としておよそ16分で以下の5曲を歌った。

「恋する夏の日」(昭和歌謡)
「思い出のグリーングラス」(カントリー)
「サクラ咲く」(フォーク系オリジナル)
「時計台の鐘」(日本唱歌)
「ヘイ・ジュード」(洋楽POPS・オリジナル訳詞)


 進行では多少もたついたが、この日の音響は素晴らしく、客席でもステージでも非常にいい感じで音が響いていた。聴き手は20名足らずと寂しかったが、それを吹き飛ばすように気持ちよく歌えた。
 国際交流イベントのふれこみだったので、MCも英語版を用意していったが、ステージ前に外国人の姿は見えず、日本語だけで進行。構成にも腐心したが、こちらも空振りに終わった。
(他のスポーツコーナーでは外国人を目撃、とは同行した妻の証言)

 この種の準備や思惑が外れることはよくある。ただ、「時計台の鐘」の歌詞の一部を英訳して歌うという趣向は、特に説明なしでそのまま実行した。
「日本語のよく知られた曲を、あえて英訳して歌う」という新しい試み、いつかまた別の場でやってみたい。


 これといったミスもなく無難に終え、ただちに次のフォーク系ユニットに場を引き継ぐ。実はこの男女ユニット「エイプリル」は、数年前から介護施設その他でよく出会う音楽仲間である。
 リーダーのゆきさんが介護施設に勤務していて、ボランティア活動全般に理解が深い。叙情的な選曲が多いが、あくまで女性ボーカルが中心で、私の娘に世代が近く、「世界観は似ているが、ちょっと毛色が異なる」という存在だ。
 当初の出演者に欠員が出てしまい、いろいろな経緯から、私の推薦で出ていただくことになった。過去に各種大規模イベントへの出演実績もあり、ネットで歌唱も確認可能なので特に音源審査もなく、すんなり出演OKとなった。
 このあたりは昨年、近隣の地区センター夏祭りステージに出演していただいた経緯と酷似している。縁とはそういうものだろう。


 ステージを客席でゆっくり聴かせてもらったが、ユーミンや中島みゆき、ドリカムやスピッツのよく知られた曲を巧みにこなし、ギター伴奏のTackさんは完全暗譜で、抜群のテクニックを披露。責任者の方にも喜んでいただいた。縁がさらに広がりそうな気配。

 客席は少し寂しかったが、よい時間を過ごせたことは確か。「会場でのオリジナルCD販売OK」とのことで、あまり期待せずに並べておいたら、思いがけずどなたかが1枚買ってくださった。確かに届いていたらしい。ありがとうございます。

2013年6月22日土曜日

端材で写真立て

 実戦ではまだ未使用だが、以前にCDケースに入っている透明円盤2枚を重ねて、ギターに装着する譜面クリップを作った。その際、(この手法は写真立てにも使える…)と思った。
 透明円盤2枚を重ねて切り込みを入れた板に差し込み、机上などに立てて間に写真等を挟む。理論上はうまくやれるはずだったので、さっそく端材で作ってみた。


 台座部分は建材サンプルについてきた10ミリ厚のコルク板。CDの直径に合わせて120ミリに切り、幅は42ミリ。中間に電動ノコギリで半円形の切り込みを入れる。
 コルク板を作業台にガムテープ固定してやったが、この作業が非常にデリケートで難しかった。

 透明円盤を差し込んでみたが、穴が微妙に写真に重なって見にくい。いろいろ試すうち、廃棄したPC本体から取り外したハードディスク本体が銀色で美しいことに気づく。急に気が変わって、こちらをメインで使うことにした。
 手前の部材は別の透明プラスチックから型取りし、最低限の下端18ミリだけにとどめた。これなら写真が邪魔にならない。
 昨年末に東京で行われたイラストレーターの井上リエさんの個展案内状(お願いして送っていただいたもの)を挟んで立ててみたら、なかなかサマになる。
 何も挟まずにそのまま置いても、メタリックな銀盤の質感がよろしい。いろいろ挟んで気分転換してみたい。

2013年6月21日金曜日

財布の買い替え

 いつ買ったのか、まるで記憶にない財布の傷みが激しく、コインケース部分には穴があき、いまにも小銭がこぼれそうな有様。「ボロ財布を使い続けると、お金が寄ってこない」などという都市伝説・風水占いなどもあり、いよいよ買い替える気になった。
 いざその気になって探してはみたが、なかなか適当な品に遭遇しない。安くて実用的であればよく、予算は2千円以内。近所のディスカウントショップで千円の品を見つけ、あやうく買いそうになったが、デザインがやや派手で、結局やめた。


 一昨日のライブの帰路、途中にあるイトーヨーカドーに寄ってみたら、多数の財布が売場に溢れてはいたが、5千円以上の高級品ばかり。(「5千円が高級」というのは、あくまで私の価値観です)低予算では無理かと諦めかけたが、壁際の目立たぬ場所に、ひっそりとバーゲン品コーナーを発見。
 千円と2千円の品が山積みで、熟慮のすえ、写真の千円の品を買った。安い中国生産だが本牛革なので、手触りはしなやか。
 色はこれまでと大差ない濃いセピア色だが、決定的に違っているのは形状が「縦長二つ折り」であること。免許証入れをかねるシステム手帳と似たような形状で、幅が狭いその分、いつも入れておくズボンの尻ポケットにも違和感なく収まる。
 カード入れがこれまでより少なくなったが、私の生活にはこれくらいで充分。生きていれば、また10数年大事に使い続けることだろう。

2013年6月20日木曜日

震災以降の世界

 小学校時代の恩師から毎年送られてくる全道展のチケットがあり、今週末で展覧会が終了してしまうので、妻の勤務と私のライブの都合とをうまくやり繰りして行ってきた。
 平日なので会場の札幌市民ギャラリーは空いている。絵画を中心に、500を越える作品群が20の展示室にびっしりと並んでいる。いつもながら作者の熱い情念のようなものが作品から伝わってきて、圧倒される。


 チケットをいただいて観に行くようになったのは一昨年からだが、まさに東日本大震災が起きたその年だった。それから2年が経ち、心なしか並ぶ絵画の色合いが、過去2年よりも明るい色使いになっているように感じた。恩師ご夫妻の絵画も、その例外ではない。

 震災以降の世界をどう生きてゆくのか、その方向性を示すのは絵画や小説、音楽に代表される芸術の大きな役割であるはずで、私自身も音楽活動のなかで、それを意識しつつやっているつもりだ。
「ひとまず足を前に進めませんか?」そんなメッセージを作品群から感じた。


 シルクスクリーンや銅版画の作品が今年は数多く、観ていると自分でもやってみたくなる衝動にかられた。油絵も捨てがたいが、自分にはハードルが高い気がする。しかし版画系なら、仕事でかってはエアブラシを使って描いていた経験が活きそうな気がしないでもない。
 いまは音楽活動と物書き関連で手一杯だが、いずれチャンスがあれば…、と考える。感性を鋭く働かせるという点では、どのジャンルも底に流れるものは同じだ。
 帰路、久しぶりにロイホに寄ってみた。1階が花屋になっている馴染みの店だが、妻と行くのはたぶん1年ぶりくらい。
 都心からの帰り道に立ち寄るカフェ系の店はコマメに開拓しているが、候補をいくつか挙げたら、「今日は甘いモノがいい」という妻の希望だった。

 妻はクリームあんみつ、私はチョコレートサンデーを食す。店内が知らぬ間に完全禁煙になっていた。おかげで終始快適。出口横に喫煙室が設けられていたが、店にいる間に使われた気配はない。
 世の中、あっという間に変貌してゆく。

2013年6月19日水曜日

暑い特養ライブ

 隣区の特養(特別養護老人ホーム)での誕生会イベントに出演した。平日だが、GW以降の本業(デザイン系)が開店休業状態なので、臨機応変に対応している。自称「還暦シンガー」ということもあり、いまさらアクセクすることもないでしょ、と妻が言い、実際私もそう思う。
 いつものようにネット経由で依頼はやってきたが、どこかで聞いた施設名だな…、と思って調べたら、6年前に歌った別の施設と同じ系列だった。

 春を飛び越して一気に夏がやってきたので、ライブの構成や衣装にちょっと悩んだが、初夏から盛夏にかけての季節を配慮した構成とし、衣装は調節しやすい長袖シャツにベスト、そして首にはバンダナを巻き、介護施設ライブでは前回初めて使ったハンチングを今回もかぶることにした。


 初めて行く施設だが、いつも通る幹線道路近くにあるので、30分前に迷わず到着。事前に施設の見取図がFAXで送られてきたが、実際に会場に立ってみると、予想を越える広さだった。
 たいていは食堂を利用してライブは行われるが、驚くべきことに専用のホールがあり、ステージまで設けられている。過去にいろいろな施設を訪れたが、これほど立派な施設は初めてだった。
 開始までに余裕があったので、担当のNさんに会場後方に立ってもらい、珍しくマイクテストを事前にやらせていただく。会場が広いことと、ステージ真上が10メートル近い吹き抜けになっており、持参したPAではパワー不足の不安があった。
 誕生会の余興として招かれたので、まず施設側のセレモニーがあり、予定より2分早い14時38分からライブは始まった。アンコールを含め、およそ35分で以下の13曲を歌う。

「憧れのハワイ航路」「バラが咲いた」「ソーラン節」「知床旅情」「浜辺の歌」「高原列車は行く」「二人は若い」「みかんの花咲く丘」「さんぽ(となりのトトロ)」「高校三年生」「瀬戸の花嫁」「青い山脈」
~アンコール「月がとっても青いから」


 職員を含めて聴き手はおよそ100人。人いきれのせいもあって会場がかなり暑く、開始前にベストを脱ぎ、シャツの袖もめくって準備したが、それでも歌い始めると暑さが堪えた。
 言い訳になりそうだが、ライブに関しては寒さよりも暑さに弱い。多少の寒さは歌えば身体が暖まって気にならなくなるが、暑いときは歌えば歌うほど暑さが増す。

 途中で水を補給しつつ進めたが、やや集中力を欠いた感じで、中盤の「高原列車は行く」の歌詞で「青空~」の部分がやや出遅れるという失態、さらにはラスト近くの「さんぽ」では、3番の転調部でDのコードを一瞬押さえ損ねるというミスをやらかした。
 どちらも大事には至ってないが、ミスはミス。手慣れた介護施設系ライブということで、気持ちに多少の緩みもあったかもしれない。
 もうひとつの問題として、ステージの高さがあった。80センチほどもあるので見下ろして歌う感じになるが、普段とは違う聴き手との距離感を覚えた。譜面を極力見ず、聴き手に語りかけるように歌い、心理的な距離感を縮めるよう努めたが、自分のスキルの限界を感じた。
 場の印象としては、叙情的な歌を好む傾向があった。「みかんの花咲く丘」「瀬戸の花嫁」で多くの方が一緒に歌ってくれて、手拍子系の曲よりも強い反応があったように思える。

 特養でのライブは、実は今回が初めてである。要介護の度合いが強い方が大半だったが、通所のディサービス利用者が3割ほど混じるという客席構成。その中間の聴き手がなく、対象の絞り方が難しいライブでもあった。
 暑さ対策としてはハンチングはやめて、これまでのバンダナ方式にしたほうが涼しくやれたかもしれない。PAはもっと大型が望ましかったが、ギリギリ足りていたと信じたい。
 まずまず無難にはこなしたが、いろいろと反省点の多いライブであった。

2013年6月18日火曜日

ふと方杖

 ふと思い立って、車庫の南東角に「方杖」と呼ばれる部材を追加することにした。「方杖」は建築用語だが、水平材と垂直材の交叉部垂直面に、補強として入れる斜材のことである。
 車庫を建てた当初は、この交叉部には何も入れずに済ませてきた。使う材料の垂直寸法が大きく、10ミリのボルト3本で固く締めつけていたので、不要と判断したためだが、6~7年経って梁を交換した際、母屋に対して荷重を全く依存できない南北方向にだけは方杖を入れた。

 今回東西方向の一部にも入れる気になったのは、春先に母屋側の梁中間部に柱を追加したのがきっかけ。全体をより強固にし、可能であれば一度も雪下ろしせずに冬を越せる可能性を探りたかったから。


 本来なら柱と同寸法の部材を使うのが望ましいが、手持ちの材料をやり繰りして2×4材を使用。下端部の取付け金具もツーバイフォー専用品を使った。これでもあるとないとでは、大違い。
 方杖やら火打などの斜め補強材は、見てくれがあまりよろしくないので、デザインを重視して省略することも結構ある。しかし、別手段による構造的な裏づけがない限り、入れるのが本来の形であろう。
 さんざ悩んだ自宅の屋根&外壁ガルファン鋼板の塗装補修、結局は屋根と壁とを同時に補修することに決め、今日正式に契約を済ませた。
 ネット検索で業者を探しだし、ホームページの情報から直感で決めた。チラシやら口コミでの情報をまとめると、かなりリーズナブルな価格だと思う。工務店等を介さない直接発注であることが大きい。そのうえ、「工事期間を業者の都合のいい時期に」という条件で、さらに安くしてもらった。
 屋根が5分勾配の傾斜屋根、壁が札幌に10数軒しかないであろう大波鋼板張りということで、施工難易度はやや高い。特に大波鋼板は過去に一度も塗ったことがないそうで、ローラーではおそらく塗れず、刷毛塗りか機械吹付けになるだろう、とのことだった。

 予想施工時期は、早くて8月以降。外壁のツタを全部はがさなくてはならないが、それまでに暑さが峠を越してくれることを期待したい。ともかくも、早めにメンテナンスをやってしまうことを決断し、ようやく気持ちがスッキリした。

2013年6月16日日曜日

近隣カフェライブ

 毎月第3日曜日に定例開催されている近隣のカフェライブに、先月に引き続き参加。自宅から車で15分ほどで、参加費不要なのがありがたい。
 開始15分前に着いたが、店にいる客は2人のみ。前回も似たようなものだったので、珈琲を飲みつつ、マスターと雑談して時間をつぶす。
 開始予定を1時間過ぎて、ようやくコズエさんがやってきたが、風邪で喉をつぶしてしまい、今日は歌えないとのこと。ほどなくして最初からいた2人が帰ってしまう。今日はライブなしで、音楽談義で終わりか?まあ、歌ナシでもそれなりに楽しいのでそれもいいか、と思い始めた矢先、常連のカッパさんが遅れて登場。

 16時30分になって、ようやく始めようかとなったが、体調が悪いというコズエさんがここで退出。残った3人で始めることになり、来た順で私が最初に歌い始めたら、1曲目の途中で2人の女性(母子)がやってくる。
 この方は近所の実家にやってきて、たまたま道端で知り合いのカッパさんを見かけたという。かなりの偶然だが、こんなこともあるのが人生だ。


 この日は以下の3曲を歌った。

「Let it be」(洋楽POPS・オリジナル訳詞)
「誰も知らない夜」(フォーク系オリジナル)
「男と女のお話」(昭和歌謡)

 いつものようにPAなしの生歌で、カウンターの席に座ったまま歌った。(3曲目のみ立って歌う)これといった冒険はしていないので、まあ普通の出来である。
 あえて収穫と言うなら、3曲目の「男と女のお話」を譜面を見ずに歌えたことか。実は「Let it be」も、ほぼ譜面なしで歌えている。先月、同じ場で話題になった暗譜、やる気になればそれなりにやれることが分かった。進歩といえば進歩と言える。
 その後、母子連れで突然やってきたナオミさんを含めた3人の歌が休みなく続き、18時30分で一段落。店は20時まで開けているということだったが、私はそのまま帰ってきた。

 来客の延べ人数は7人、歌い手はオーナーを含めて4人という結末で、発展途上のカフェ定例ライブ、定着するにはまだまだ時間が必要のようだが、「ゆるくて勝手気まま」という音楽本来の楽しみは、ちゃんと保たれているのだった。

2013年6月15日土曜日

時という回復薬


 屋根と外壁の塗替え工事に端を発し、このところ何となく気の塞ぐ日々が続く。人生の残り時間だとか、そんな漠然としたあれこれを、そこはかとなく考えこむ。

 何の悩みもない人生などあり得ないことで、多少の悩みはむしろ人生を支えることさえあると考えているが、それでもたまにはこんな時期もある。
 ストレスに対する精神力や回復力は強いほうだと自負していたが、少し時間がかかりそうな気配。時は最大の回復薬、庭のアイリスが今年も美しく咲いた。

2013年6月14日金曜日

HPへのこだわり

 緊急要請に応えて突貫作業で仕上げたライブハウスのHP、時間がない割にはまずまずの仕上がりだったが、時間的制約から、ボタン類は自分のサイトで使っているものを、そのまま転用した。
 数は3個だけだが、ちゃんと費用をいただいている仕事なので、いつまでも間に合わせではいかにもまずい。他の素材は全て一から作ったので、それに沿ってボタン類も一から作り直した。

 ボタンなので見た目に盛り上がっていて、いかにも押したくなる雰囲気がなくてはならぬ。ネット情報を駆使し、著作権フリーな素材を参考にして、どうにかイメージ通りの作品にたどり着いた。


 いったん作り上げて何度か見直すうち、どうもメリハリに欠ける印象がした。再度素材を見直し、周囲に2重の囲い線を追加。(上記写真は修正後のもの)今後も微修正はあるかもしれないが、ひとまずの完成品である。
_ところで今回のHP作り、基本のデザインコンセプトは自分のHPにあることは以前にもふれた。1996年に最初のHPを作って以来、17年に渡って改良を重ねてきたので、見やすくて操作しやすいHPには、自分なりのこだわりがある。
「フレーム」という名の、どこに飛んでもクリック一発で別のページに自在に行ける常設操作枠を設けるのは、まず必須条件。

 この操作枠にもいろいろなスタイルがあるが、私が好むのは画面の左端に縦に配置する手法。上端や下端だと肝心の本文の見通しが狭くなってしまうし、右端だと仮に広告が表示される場合、重なる恐れがある。
 左端に配置しても画面はある程度狭くなるが、最近の液晶画面は横長スタイルが主流。左右のスペースは充分に余裕があるのだ。

 操作枠のメニューはマウスのポインタを載せると色がフラッシュし、吹き出しで簡単な説明が出たりもするが、ベース部分は自作のJavaScriptで動かしている。ネット上に転がっている汎用ソースよりも極めてシンプルに出来ているのが、ちょっとしたウリ。

2013年6月13日木曜日

塗装補修の見積り

 先週始めに来てもらった塗装業者から午後一番に電話があり、見積が出来上がったので、届けたいという。金額は予想を少し超えていたが、それでも事前に調べたデータに比べると、かなり安め。
 普通より小さい家なので、標準価格よりは安くなるはずが、外壁の大波鋼板を伝うツタの吸盤処理と、平坦ではない大波の下地処理にかなりの手間がかかるので、結果としてネット公開の標準価格に近づくとのこと。

 屋根の雪止め交換や灯油タンクの塗り替えもサービスでやってくれ、サッシや通気口廻りのコーキングもすべて打ち直してくれるという。屋根はそろそろ塗り替えの時期だが、壁はまだ緊急性はないとの判断で、見積りも何パターンかに別れていた。


 保証は5年だが、傷みは軽微なので、早めに手当すれば10年は持つのではないか?との予想。実際、建てて14年になるが、傷みはそれほどではない。
 窯業系サイディングの場合、多くは建てて7~8年で補修の時期がやってくるが、それに比べてすでに倍も持っている。やるならコストはかかるが、足場の重複が無駄にならない「屋根&外壁同時塗装」というのが理想だろうか。
 いろいろ話すうち、「工期は年内お任せ」という条件なら、さらに値引いてくれることになる。結論は持ち越したが、いずれはやらねばならないので、よく考えてみたい。
 打合せの途中、息子のような若い担当者から「ギターを演られるんですか?」と問われた。打合せは2階でやったので、壁の一角にはギターが吊るしてある。もしやと思って確かめたら、担当者もロック系のバンドを組んでいて、リードギターを弾いているそうだ。

 いろいろ話すうち、互いに同じステージで演っていたことを知る。塗装そっちのけで、しばし音楽の話で盛り上がった。音楽は年齢や地位、国や性別を瞬時に超越する。

2013年6月12日水曜日

ジャッキアップ&ダウン

 一日寝たら、浮き上がったままの車庫柱問題に関する修正方法のフンギリがついた。考えられる手段として、

1)車用ジャッキを逆方向に使い、屋根全体を下方向に引っ張る。
2)柱が浮き上がっている元と思われる中間部の柱をいったん外し、屋根全体を下に押し下げる。

 1)は中間柱を外す手間が省けるが、「ジャッキを逆方向に使う」という手段が未知数で、うまくやれるか自信がない。結局手間はかかるが、無難な2)でやることに決めた。


 途中の工程は省くが、春先にやったのと同じ手段で屋根の中間部をジャッキアップ。中間柱を外し、ジャッキをいったん緩めて屋根に昇り、南西角に載って数回ジャンプした。
 これを2度繰り返して、写真のようにようやく束基礎に柱が接するまでになった。(厳密には一部にわずかな隙間があるが、乾燥を保つにはむしろ好ましい)すかさず2本のボルトで固定する。柱の鉛直がわずかにズレていたので、ついでに修正。第一段階は終えた。
 その後、再度中間部をジャッキアップし、中間柱を元に戻す。すでに南西角の柱はボルトで完全固定済みなので、ジャッキはかなり固かったが、ぎりぎりで元通りに収まった。ふとした思いつきでやってみた車用ジャッキと脚立による作業、実に具合よく進んでくれる。
 心配していた束基礎の持ち上がりもない。作業は無事に終わった。あとは雨水の流れを確認するだけで、数日後の雨予報が妙に待ち遠しい。

2013年6月11日火曜日

車庫柱の切り詰め

 かねてからの構想だった、車庫&物置の南西角の柱を切り詰めた。2年前に車庫屋根の勾配を東西方向から南北方向に90度変更したが、その際に切り詰めたのは南東角の柱だけで、南西角の柱はそのままだった。
 ノコの入りづらい場所であることが大きな理由だったが、こちらも切り詰めたほうが雨水の流れがよくなるのは明らかである。

 作業の邪魔になる東側のツタを全面撤去し、西側中間地点に補強柱を先日追加したばかり。やるならいまである。


 2年前に切り取った南東柱は25ミリ。今回は考えたすえに、10ミリ少ない15ミリを切断寸法とした。ノコの切断がスムーズに運ぶよう、予め脚立とジャッキを使って玄関前の小梁をジャッキアップ。おかげで切断は簡単に終えた。

 下端の木材をハンマーで撤去してみると、やや腐食が進んでいる。建ててすでに13年が経つので、やむを得ない。続いて柱と束基礎相互を固定している2本のコーチスクリューボルトを外し、さらにジャッキも緩めた。
 この時点で柱は自重によって限りなく束基礎に近づくはずだったが、なぜか宙に浮かんだままである。どうやら先日入れた中間部の柱が効きすぎているらしい。
 冬の積雪でいずれは下がってくるのは明らかだったが、そこまで放置するわけにはいかない。屋根に昇って何度かジャンプしてみたら、ようやく5ミリほど下がったが、まだまだ足りない。

 日が暮れてしまったので、今日の作業はこれで止めておいた。柱下端を束基礎まで下げる手段については、時間をおいてじっくり考えることにする。

2013年6月10日月曜日

アイビーハウス

 ふと気づくと、南壁をつたうナツヅタが完全繁茂状態。今年は大雪の影響で東側に回っているツタの枝が折れ、全面削除したので、一部が欠けている。それでも立派なアイビーハウスである。
 葉の成長が急な暑さに追いつかない一時期は、特に2階室温が上がりがちだったが、ここまでツタが繁茂すると、かなりの涼しさを感じる。

 屋根と外壁の塗装補修を今年やることにもしなれば、このツタもいったん完全にはがさなくてはならない。出来れば暑さが峠を越した9月以降の工事を期待したいが、希望が叶うだろうか?


 このところ雨がパッタリ降らず、蒔いた枝豆に水のやり過ぎは禁物だと聞いたので、ついでにトマトやシソも植え込んだまま放っておいたら、連日の夏日ですっかり弱っていることに気づいた。
 特にシソが瀕死の状態。あわてて夕方に大量の水を散布。枝豆の発芽状態もいまひとつで、相変わらず家庭菜園の維持管理は苦手である。
 先週訪問ライブの打診があったディサービスから再度の連絡があり、来月末に日程が決まった。6~7月に介護施設で歌う例は過去にあまりなかったが、今年に限ればすでに2本のライブが確定している。
 夏系の歌で35分ほどを構成するのは、実はちょっと難しい。しばらく歌っていない曲を揺り起こし、リハビリ練習をしなくては。

2013年6月9日日曜日

復 活

 ひょんなきっかけで、とあるライブハウスのホームページ作ることになった。ライブの間隙をぬってずっと打ち込んでいたが、昨夜どうにか形になった。ひとまず「仮公開」の形で、自分のサイトの空きエリアにデータを転送。
 今日になって妻にも観てもらったら、「写真が少ないかも…」という指摘。なるほどと納得し、すぐに手持ち分を加工して追加。その後も細かい調整を続け、夕方になってオーナーにチェックをお願いした。

 おおむね好評で、基本的にはOK。「仮公開です」との条件つきで、掲示板でも告知された。
 これまで10年間公開されてきたサイトの制作には関わってなかったが、月々の更新作業は前任者のデザインコンセプトに従い、細々と代行作業を続けてきた。店にもたまに顔を出していて、つきあいだけは長い。オーナー夫妻の経営の対する考えもある程度は把握しているので、それに沿った形でデザインを進めた。


 とはいえ、現時点で旧サイトが完全に「消えて」しまってから、すでに1週間が経過している。掲示板だけは無事だったが、事態は急を要した。アイコンの一部には、自分のサイトで使用しているものを改変して使った。完成後の仮公開もやむを得ない措置である。
 お店のメニューやライブ情報等は、現存する乏しい資料をやり繰りし、どうにか整えた。「消えた」資料で復活不能なものもあり、完全復旧には時間が必要だが、ともかくも依頼されて3日で格好はつけた。まずは一安心である。
 先日、一回り大きいサイズに鉢替えしたパキラ、冬の間に衰えて切り捨ててしまった枝の根元から、新芽が出ているのを発見した。単なる枝分かれはこれまでもあったが、切った部分からの「復活」は初めての経験である。

 手間暇をかけてやれば、ちゃんと応えてくれる。植物は正直だなと感心し、そして嬉しくもなった。手間を惜しんではいけない。パキラに学んだ。

2013年6月7日金曜日

リハビリ的ライブ

 およそ1ヶ月ぶりにチカチカパフォーマンスで歌ってきた。平年より6度ほど気温が高く、スカッと晴れ上がったが、それほど暑さは感じない。北海道特有の爽やかな初夏である。
 何を着て行くべきかちょっと迷ったすえ、長袖シャツにベスト、首には短いバンダナを巻いた。

 会場はいつもの北4条広場。珍しく中央の北3条広場も同時開放され、他の4組のジャグリング系と似顔絵系のパフォーマーは全て北3条広場にエントリー。北4条広場のエントリーは私一人だった。
 会場に着いてみて驚いた。広場の北側半分以上に所狭しと本が並んでいる。以前にも一度ぶつかったことがあったが、この日は古本市が同時開催されていたのだった。
 歌う場所は必然的に南側の1/3ほどの空間。歌うスペースは2M四方もあれば足りるので、すぐに機材をセット。古本市の責任者の方にまず挨拶に行く。挨拶は必須ではないが、社会人としての基本条件。この状況下では、こちらから出向くのが常識であろう。

 責任者の方は事務局から事前に話を聞いていたそうで、ご丁寧にどうも、楽しみにしています、との好意的反応である。


 少し遅れて14時5分から歌い始める。この日はいくつか試したいことがあって、第1ステージでは「少女」「乙女」をテーマに、およそ25分で以下の8曲を歌った。
(※は初披露)(◎はオリジナル)

「恋のバカンス」「いつのまにか少女は※」「想い出がいっぱい※」「誰も知らない夜◎」「夢の途中」「空も飛べるはず」「河は呼んでいる」「青春時代」

 爽やかな好天に恵まれたせいで、外の人通りは多かったが、地下通りはかなり少なめ。人の集まりは悪かったが、オリジナルの「誰も知らない夜」を歌い始めると、声に吸寄せられるように人が集まってきて、あっという間に20名ほどに達した。
 普段はこの曲をストロークで歌っているが、この日は初めて緩やかなアルペジオでバラード風に歌ってみた。CDを買っていただいた知人のアドバイスによるもので、半信半疑の手探りで歌い始めたが、あまりの反応に当人が戸惑うほど。

 以前にもオリジナルの「独り」をストローク奏法からアルペジオ奏法に変え、歌唱開眼したことがあるが、もしかするとこの曲も同じかもしれない。自分の歌でも、歌唱法ひとつで世界がガラリ変わる。結果としてこの日最大の集客がこの曲だった。大きな収穫である。
 少ない聴き手の割には、いろいろと声をかけてくれる方がいて、励みになった。この日はあえて昭和歌謡を少なめに構成したが、数少ない昭和歌謡といえる「恋のバカンス」「青春時代」での反応がやはり抜群によい。チカホで昭和歌謡を捨てることは、当分難しいかもしれない。

 寒暖の差が激しい日が続いたせいで、喉の調子はいまひとつだったが、歌い進むうちに徐々にペースを取り戻す。ただ、ブランクが長かったせいか、MCで場の流れをつかむことがあまり出来なかった。
 15分休んで、14時50分から第2ステージ開始。およそ30分で以下の9曲を歌った。(○はオリジナル訳詞)

「Without You○」「ろくでなし」「カントリー・ロード」「レット・イット・ビー○」「夕凪ワルツ◎」「思い出のグリーングラス」「チキ・チキ・バン・バン※」「ヘイ・ジュード○」「ビリーヴ※」
 第2ステージの切り口は、ずばり「洋楽」である。月末に国際交流系の大きなイベントを控えているため、いくつか試してみたいことがあったのが本音。ラストの「ビリーヴ」以外は、全て洋楽系の曲を並べてみたが、集客的には前半よりもさらに苦戦した。
 普段は強いビートルズも、この日に限ってはいまひとつの反応。しかし、通りに立ち止まる人は少なくとも、歌い終えるとなぜか、かなりの拍手が湧き上がる。不思議に思って見回すと、何と隣の古書市で本を選んでいる方々の多くが拍手をしてくれていた。

 歌が誰かに「届いて」いれば、歌い手としては満足である。「よさこいソーラン」が2日前から街で始まっており、それも集客に多少は影響したかもしれないが、ともかく拍手をいただいてCDも売れた。1ヶ月ぶりのリハビリ的ストリートライブ、まあよしとしましょう。