2006年12月31日日曜日

大晦日の宴


 今年を締めくくるのは、大晦日の食卓である。
 次男が買ってきたカニ、長男が買ってきたビール、妻が買ってきたアワビ、私が買ってきた寿司など、めいめいの持ち寄った食材による年に一度のゼイタクだ。この日に限っては、「縄文暮し」とは無縁である。

 今年を振り返りつつ、来年にむけての新たな勇気と力を与えてくれるに違いない。

2006年12月21日木曜日

簡易地下ムロ

 車庫の一角に、冬だけ活躍してくれる簡易な地下ムロがある。かって北国の家には必ず地下ムロが納屋の隅などにあって、冬の間の食品貯蔵庫になったものだが、その現代版である。

 まず物置棚の一番下を45センチほど掘り下げ、周囲をブロック2段で囲って、一番上には意匠としてレンガを並べる。
 札幌の場合、凍結深度が45センチなので、このままだと中は氷点下となってしまう。そこで、内部に家の基礎断熱に使った厚さ60ミリのスチレン系断熱材(スタイロエース)を入れた。上部は同じ断熱材の60ミリと20ミリとを重ねて蓋をし、一番上は木製の蓋になっている。

 測ってみると、外がマイナス10度でも中はプラス2〜3度をキープしている。冷蔵庫に入り切らない野菜、果物、ビールなどを入れているが、凍らせたことは一度もない。おそらく周囲の土もよい断熱材になっているのだろう。


 高気密高断熱の住宅の悩みの種が、家の中に食品を置く寒い場所がひとつもないことだが、一般的には1〜2畳の食品庫のスペースを設け、周囲を断熱材で囲い、なおかつ換気扇を24時間運転させて低温を保つのが普通だ。
 このやり方の場合、暖かい家の中から出入りできる反面、設置コストと運転コストが馬鹿にならない。内部温度もせいぜい10度くらいが限界で、食品の長持ちという一点では、地下ムロには叶わない。
 簡易地下ムロの場合、貴重な屋内スペースを使わずに安いコストで済むし、換気扇の電気代も無用である。器用な人なら、DIYで簡単に作れるだろう。

 欠点は物の出し入れ時に、いったん家の外に出なくてはならないこと。しかし、我が家のように車庫や物置への出入りを玄関から直接できるように工夫しておけば、ほとんど苦にならない。
 この手法、設計を依頼してくる方にも勧めたいのだが、賛同者は現れそうにない。縄文暮しの真の理解者は、ごくわずかに過ぎないのだ。


《2014.10 追記》
 その後、スチレン系断熱材は蓋部分の60ミリ1枚のみとし、壁部分は撤去したが、問題なく使えている。地熱の力が予想以上に大きいようだ。

2006年12月15日金曜日

無暖房の居間


 冬至間近の1階居間、14時の写真。

 あたりに家がないこともあって、この時期のこの時間でも室内に充分に陽があたる。外は氷点下近いが、こうなると暖房は無用である。

2006年12月10日日曜日

窓辺の小物~仕事部屋

 仕事部屋の南の窓にはたくさんのカエルたちが並んでいて、いつも私の仕事振りを見守っている。
 幼いころからなぜかカエルが大好きで、田舎(幌加内町)に住んでいたころは、春になるといつもオタマジャクシをすくってきては、瓶で育てていた。しかし、後ろ脚がでるまではよいのだが、そこから完全なカエルまで育てた記憶がない。おそらくエサだとか、水だとかの手順に問題があったのだろう。


 時は流れて、カエル好きはマスコット集めに変じた。集めるのは大きいものではなく、あくまで窓際にも並べられる小さなもの。知人からの貰いものを含め、写真以外にも何匹かが家の中に棲息している。
 カエル好きはどうやら私だけではないようで、ネット上にはマニアによる専用サイトもいくつか見受けられる。
 かってはカエルを主人公にしたテレビゲームを自ら作り、投稿してはかなりの賞金を稼いだものだった。私の趣味のサイトには、その名残りがまだ確かに残っている。
 カエルを語り出すとキリがなくなりそうなので、今日はこれまで。

2006年12月2日土曜日

冬ごもり自転車

 寒さが厳しく、一昨日夜半から気温はずっと氷点下だ。雪の量はまだたいしたことはないが、道路は凍てつき、自転車走行は危険である。そこで妻が通勤に使っている自転車を、来春まで冬ごもりさせることにした。
 といっても、雪よけをかねた玄関横の物置棚に載せるだけの話である。通路からは丸見えだが、雪害からは免れる。すぐ横の壁には除雪スコップが一年中飾ってあり、どちらもある種のオブジェのようなものだ。


 棚の高さは2メートル近くもあり、脚立を使わないと載せられない。自転車の下には農作業道具や車備品などが入る収納棚、さらにその下には野菜を入れる地下ムロ、そしてもうすぐ食べられる漬物樽、夏タイヤなどを整然と納めてある。
 壁の高さを最大限に活かした、シンプルな開放物置である。

2006年11月29日水曜日

PCリサイクル

 10年以上も前に買った古いパソコン「Mac Performa588」を処分した。家族のいろいろな思い出が詰まっていて、小説やホームページなど、多くの創作物を生み出してもくれたが、技術の進化でこの数年、ほとんど出番がない。どこも故障していないが、ついにお役御免である。

 PCリサイクル法の成立により、市のゴミ収集ではもはや引取ってくれない。メーカー毎に正規のルートで処分を申込むか、民間のリサイクル店にお金を払って引取ってもらうしかない。
 いろいろ調べたが、信頼度から考え、民間リサイクル店よりもメーカーがネットで公開している正規の処分ルートがよいだろう、との結論に落着いた。


 ネットに記載の要領に従ってFAXで申込むと、処分費用4,200円の振替用紙が送られてくる。お金を払って数日後、今度は「エコゆうぱっく」という伝票が送られてくる。
 予めサイズを測り、ホームセンターで買っておいた段ボール箱にパソコンを梱包し、伝票を貼ってもよりの郵便局に持込んで終了だ。
_手続きとしては市の大型ゴミと大差ない。今回は直接郵便局に持込んだが、電話すれば引取りにも来てくれ、追加料金はない。
 地球環境保護のため、この種の処分システムが必要なものは、まだまだありそうだ。お金はかなりかかるが、地球人としては避けて通れない道である。

2006年11月19日日曜日

自宅コンサート

 ときどき自宅でギター弾き語りのフォークコンサートをやる。会場設営はもちろん、企画や構成、そして演奏者もすべて私自身だ。
 最初にやったのは去年の11月で、今年の4月に2度目をやった。多い時は参加者が20名近くにもなり、なかなか好評だった。いわば歌を介した「オトナの遊び場」のようなものである。

 場所はいずれも自宅2階で、仕事部屋から予備室につながる14畳大の大空間を利用し、一角にステージを作った。椅子もライトも自作で、ほとんどお金はかけていない。(上の写真)
 この空間の一部はかっては息子たちの学習部屋だった。柱はあるが、壁はない。だから通常の上下の吹抜けではなく、二つの空間を水平にまたいだ「横の吹抜け」ともいえるスペースだ。
 この空間を時に応じ、仕事部屋や応接に使ったり、来客用寝室、はたまた趣味の集まりに使ったりする。


 今年の秋にも新しい展開でのコンサートを準備していたが、家族の諸事情で、ごく内輪の発表会となった。今回のステージは場所を移して1階居間の一角に設定。台所との境目には暖簾を一時的に吊るして空間を仕切った。(下の写真)
 設計時点であまりにもこまごまと空間を仕切り、部屋の役割分担を固定してしまうと、生活の変化に対する自由度がなくなり、暮しの変化に柔軟に対応出来なくなる。
 尊敬する建築家の清家清先生について、かってこのブログでもふれたが、先生も「広く住まい、時に応じてしつらえる」と常々提案されていた。
 人間は月日の流れと共に年老い、それに従って暮しも徐々に変化してゆくものだ。家作りのあらゆる面で、自由度をなるべく大きくした配慮が必要なのである。

2006年11月16日木曜日

窓辺の小物~居間

 居間の南側に、たっぷりと陽射しの差し込む広い窓がある。ここに飾ってあるのは、木で出来たオモチャやガラス瓶などだ。
 どれも子供たちが幼い頃に遊んだものばかりで、大きなオモチャは場所を塞ぐので人にあげたり捨てたりしたが、小さな物はこうして思い出と共にいつも並んでいる。

 上の写真の右端にある小さな人形たちは、レゴランドのキットについてくる人形である。全部で7体あり、本体は捨ててしまったが、人形だけはとってある。親子で随分と遊んだ。
 手足などのパーツがすべて分解可能なので、娘がデザイン系高専を受験する際、再構成させて、オリジナルとは全く別の人物を作らせる練習に使ったりもした。


 下の写真の左端は、長男が中学校の美術の時間に作ってきたラッコの木工細工である。ホタテ貝を抱える親子の姿が愛らしく、これらを丸い板から糸ノコで一発で切り抜いている。
 このままオホーツクの土産物店で売れるかもしれない。なかなかいいセンスをしている。担当の先生からも確かよい点をもらった。

 他人から見ればつまらない代物かもしれないが、そのほかの小物にも沢山の思い出が詰まっている。眺めると、いつでも懐かしい時代に戻れる気がする。

2006年11月13日月曜日

たくあん漬

 2週間干しておいた大根が二つ折できるほどに干上がり、天気もまずまず温暖なので、妻と二人でたくあん漬を仕込んだ。

 たくあんを漬け始めたのは、札幌にJターンしてからで、マンション住まいの頃もちゃんと漬けていた。独立自営の歴史24年と、ほぼ重なる。ベランダにずらりと干す家はあまりなく、当時からかなり珍しがられた。
 戸建て住宅に越してからもその習慣は途切れることはないが、周辺の家ではあまり見かけない。漬物は買うもので、自宅で漬ける時代ではなくなってしまったのかもしれない。


 長い年月で培った我が家の手法は、以下のようなものだ。

・干した大根:10Kg
・ぬか:1Kg(大根重量の10%)
・塩:600g(大根重量の6%)
・赤ザラメ糖:100g(大根重量の1%)
・赤トウガラシ:4〜5本
・昆布:10センチくらい

 今年の大根は太めで、20本で17Kgあった。その場合、上記の数量をすべて1.7倍して補正する。
 最初に大根の葉を切り、ぬかと塩と赤ザラメ糖を袋などでよく混ぜ、タルの中に隙間が出ないよう、大根の間にきっちりと埋めてゆく。大きな隙間ができた場合は葉で隙間を塞ぐ。赤トウガラシと昆布は細かく切って間にまぶす。
 大根を全部入れたら葉を上にかぶせ、落とし蓋をして大根重量の2-3倍の重しを載せて冷暗所に置く。日が経って水が上がってきたら、重しを軽くする。
 塩を大根重量の8%と書いてある本もあるが、我が家では試行錯誤のすえ、薄味の6%に落着いた。ぬかも大根重量の5%とこれまた本に書いてあるが、市販の袋は3Kg入りしかなく、多めにして隙間を塞ぐことも兼ねている。
 柿やミカンの皮を干して混ぜると旨味が増す。およそ1ケ月で食べられるようになる。

 前述の数値はあくまで北海道の我が家のもので、地域や好みで加減は変わってくると思う。

2006年11月12日日曜日

灯油タンク屋根

 家の北東角に設置してある470Lの屋外灯油タンク(ホームタンク)に屋根をつけた。

 この位置の真上には家本体の傾斜屋根があり、雪止め金具で雪は落ちてこないが、融雪水や雨水がまともにタンクの上に落ちてきて、いろいろ悪さをする。昨冬は落下した氷塊が油量計を直撃し、ヒビが入ってタンク内に雨水が侵入する遠因になった。
 最近では屋根の市販品もあり、近所でもつけている人が結構いる。しかし、値段が高い。たまたま解体したブドウ棚の残材があり、材料を少し買い足して自作することにした。



・梁材:38×89ツーバィ材、L=1275×2本
・斜材:18×105KD材(ヌキ)、L=700×2本
・柱:38×140ツーバィ材(縦に2分割)、L=700×2本
・屋根:ポリカーボネード波板W665、L=605×2枚
・ボルトナット:ステンレスM10、L=60×2本

 他に木用ビス、木用塗料を使った。屋根の角度は家本体とピタリ合わせてあり、これはデザイン上、重要な意味を持つ。
 柱材は既存タンクの柱の穴に差し込み、タンクについていた予備の穴を利用して、ボルトナットで止めてある。
 材料費は全部新品を買ったとして、2000円くらい。市販品よりはかなり安くあがる。
(その後、積もった雪が隣地に落ちるという問題が発生し、屋根下端に18×45の胴縁材を雪止めとして追加した)

2006年11月5日日曜日

窓辺の小物~玄関

 自宅にある窓台は既製品ではなく、すべて無垢材の特注品である。加工にかなりの手間がかかり、職人さんを泣かせたが、奥行きが10センチほどもあって、小物の絶好の飾り台となっている。
 飾るものは場所によっていくつかのパターンがある。順に紹介したい。


 玄関土間の南にある陽当たりのいいFIX窓には、竹製のザルと鳥の置き物、そしてペンギンの時計が置いてある。
 竹製のザルには車の予備キーが、鳥の置き物の背中にはクラッシュレンガの余ったものを入れてある。ペンギンの時計は、かなり以前に妻からもらった誕生プレゼントだ。一時期動かなくなったが、ふとしたきっかけで見事に復活した。
 窓台中央にあるレトロな銀色のフックは、自転車の鍵をいつもかけておく。大昔の学校の教室には必ずあった、鋳物の吊り金具である。

 この窓にあるのは、実用性の高い物が中心だ。

2006年10月31日火曜日

大根干し

 漬物用の大根を干した。例年よりも数日早い。しばる作業はウッドデッキでやり、そのまま手摺に干す。低温のときはシートをかけるが、居間からすぐ出られる場所なので、管理は楽だ。
 今年は太めなので、20本。細いときは30本を干す。これでだいたい冬中のタクアンをまかなえる。


 いつもは細いビニールひもでしばるが、大根が重過ぎるとしばしば切れる。今年はロフトにあるパッシブ換気蓋の開閉に使っていたロープが不要になったので、そちらを転用した。
(パッシブ換気蓋は無段階開閉可能な市販品に変更)
 ビニロン製の3ミリもあるロープなので、しばらくは繰り返し使えそうだ。

2006年10月30日月曜日

本棚ベット

 古い手作り家具である本棚つきベットをリメイクした。材料をやり繰りし、新しい作品に再構築できるのがDIYの良さだ。

 今回は2段あった本棚を1段に減らし、本棚や脚の部材はそのまま使い、梁などの主要部材はすべて新しくした。
 高さは49センチ。圧迫感がなく、ベンチ代わりに腰掛かけられ、下には充分な収納空間も確保している。


 上は布団や本を入れる前の写真で、下はすべてをセットしたあと。本棚には私と妻の趣味関係の本が並んでいる。このままそっくり子供部屋でも使用可能。器用な人なら、たぶん一日で作れる。

2006年10月28日土曜日

布を買う

 幅110センチの厚手のデニムの布を、5メートルまとめて買った。メートルあたり315円で、とても安い。買うのはいつも札幌都心にあるカナリアという老舗衣料品店だ。
 これで1×1.8メートルの暖簾を2枚作り、「自宅ライブのバックスクリーン」「来客入浴時の脱衣所仕切」「来客宿泊時の2階予備室仕切」、この3つの用途に使う。


 吊す棒を無垢材にするか、ステンレスパイプにするか、目下思案中。棒を受ける枠は、着脱が簡単に出来るものを無垢材で作る。脱衣所にはすでに受枠がついていて、洗濯ポールと兼用で使える準備が整っている。あとは暖簾を通すだけだ。

 余った布は座布団か台所窓のロールスクリーンにするつもり。布はいつも多めに買い、暖簾はもちろん、座布団やベットカバーなど、何ケ所かに同じ柄のものを使う。
 色は自然素材のインテリアに合わせ、レンガ系か藍色系、あるいは無難な白系。ここにこだわらないと、デザインの統一感を得るのは難しい。

2006年10月22日日曜日

郷愁の家

 散歩道の途中にある農地の片隅に、開拓時代の名残りを残す古い民家がある。おそらく当初はマサ葺きだったであろう屋根はトタンに変えられているが、外壁は昔と変わらない無垢材のドイツ下見板張。
 いまは農機具などをしまう倉庫に転用されているようだが、私が生れ育った家もこのようなスタイルであった。


 平面の凹凸がほとんどなく、単純な流れ屋根。構造、断熱、コスト面での無駄がなく、何よりも素朴な美しさがある。北国の住宅の原点がここにある。

 通りかかるたびにいつも立ち止まり、じっと眺める。ふと、遠い昔の記憶が懐かしく呼び覚まされる。私の家造りのモチーフは、おそらくこのようなものだ。

2006年10月20日金曜日

シソの実漬

 家庭菜園の大葉(青シソ)の実が採りごろだ。ボウルにいっぱい採取し、久し振りにシソの実漬を作ることにした。
 洗って水を切り、塩を降って軽い重しをし、一晩置く。枝には実のほかに小さい葉もついているが、一緒に漬ける。


 写真は塩を降った直後。左に見える赤い物はシャケの切り身ではなく、半割のレンガをラップでくるんだもの。これを重しに使う。

 一晩おくと赤いアクの水が出るので絞って捨てる。ひとかけのニンニクをみじん切りにし、全体に混ぜてから醤油をひたひたに入れる。
 同じように重しをし、冷暗所に置いて一ケ月で食べられる。ごはんの上に載せたり、酒の肴にしたり、ちょっとオツな自然の恵みなのである。

2006年10月18日水曜日

地をはうツタ


 散歩の途中、歩道をはうツタを見つけた。
 歩道と住宅敷地の境界に塀があり、もともとはその塀際に植えられたツタだが、成長著しく、敷地から越境してついには歩道にまで勢力を広げている。

 紅葉した赤と緑とが歩道のグレーによく調和して鮮やかだ。自然の織りなす美しい造形で、おそらくここにデザインの原点がある。

2006年10月16日月曜日

箸置き

 春頃にスーパーの瀬戸物市で、105円の箸置きを買った。
 年に似合わず、動物のキャラクターものが好きで、買ったのもネコを模したものだ。箸置きなどあってもなくてもいいものだが、ちょっとした遊び心である。


 しばらくして、妻も箸置きが欲しいと言い出した。私たち夫婦は、互いの趣味趣向に干渉しない。加齢とともにそれは顕著になってきた。老後の夫婦関係を良好に保つうえで、きっとそれは大切なことだろう。しかし、欲しいというものをやめろともまた言わない。
 妻が買ったのは、210円の丸い素朴なデザインのものだ。二つ並べると、互いの好みや現在の心境を語っているようで、なかなか興味深い。

2006年10月12日木曜日

散歩道~防風林コース

 先に書いた「散歩道~牧場コース」の途中、古いサイロのあるあたりを北へ曲がると、道沿いに正方形に防風林が植えられた場所があり、一周するとおよそ3キロの散歩コースとなる。

 防風林はもともと農作物や家を強い風から守るためのもので、札幌でも有数の強風地域にある我が家周辺には、まだ多くの防風林が残っている。
 農業はちゃんと続けられていて、レタスやサニーレタスの収穫が真っ盛りだった。


 防風林は景観的にも美しく、保存運動も起こっている。近隣の市街地では、一部を残して公園や遊歩道として利用されている。

 6回に渡って連載してきた「散歩道シリーズ」、今回にてひとまず終了。残っているのは市街地を抜けてスーパーに行くなど、あまり絵にはならないコースだ。
 自宅周辺の風景をここまで詳細に紹介したのは初めてだが、四季の移り変わりのなかで、何か面白いものをみつけたら、改めて掲載します。

2006年10月10日火曜日

散歩道~山望コース

 自宅を出て少しだけ南に歩き、幹線道路をまっすぐ東に歩いて折り返し、またまっすぐ戻ってくると、およそ3キロの散歩コースとなる。
 単調だが、好きな地点で引き返せるので、その日の体調や気分に合わせた距離の調節ができるのがミソだ。

 たいていは前方にモエレ山が見えてくるあたりで引き返す。上の写真中央に小さく見えているのがお分かりだろうか?
 この山、イサムノグチの設計したモエレ沼公園にある人造の山だが標高62mあり、国土地理院の地図にも載っているらしい。


 自宅から片道約4キロあって、そこまで一気に歩いてゆくことも可能だが、散歩の域を越えているのでまだ一度も試みていない。しかし、いずれ歩いてみるつもり。
 世界的な芸術家の設計した公園が徒歩圏内にあるという事実は、ちょっと誇らしい気分でもある。

 Uターンして自宅に戻る途中、前方左手に雄大な手稲連峰の山々が広がる。私の大好きな眺めで、四季を通じて楽しめる。特に初冬の朝に朝日を浴びて赤く染まる山々は絶品。機会があれば、ここでも発表したい。
 このコースは結構な交通量だが、なぜか併行して未舗装の田舎道が走っている。下の写真の右側の道で、地平の彼方あたりに我が家がある。
 雨でぬかるんでいない限り、こちらを歩く。

2006年10月9日月曜日

散歩道~牧場コース

 自宅の東にある橋を渡り、そのまま東に歩くと、北東に広大な牧場が広がっている。位置としては「散歩道~原野コース」の北側で、およそ3.5キロの散歩コースだ。
 途中には最新設備を備えた近代牧場と、いまは使われていないレンガ造の古いサイロとの、新旧の建物が見られる。

 当然だが、あたりは堆肥のかなり強いにおいがたちこめている。多数の牛がいるから当り前なのだが、そのせいかこのあたりを散歩する人など、まず出会ったことがない。
 いまはソバで有名な幌加内という厳寒の牧畜地帯で育った私にとって、堆肥のにおいは郷愁のにおいでもある。なぜか心が安らぐ。


 道端に赤爪草の可憐な花を見つけた。確か牛の大好物だったはず。さすがに「牧場コース」である。これを食べた牛は、濃い乳を出すと言われていた。いまも食べさせているかどうかは分からない。
 子供の頃、花を抜いて根元にあるミツをおやつ代りに吸った記憶がある。いい時代だったな。

2006年10月5日木曜日

散歩道~土手コース

 自宅は周囲を二つの川に囲まれた地域に建っているが、その土手をぐるりと歩くと、およそ2キロの散歩道となる。あまり時間の余裕がないとき、雨模様のときなどは、このルートを歩く。
 上の写真が自宅の真横あたり。左奥に小さく見える黒い三角屋根が我が家。前日の雨で川が濁っている。


 土手の横は農地で、なぜかいまどき馬を飼っている農家がある。(真ん中の写真)畑を耕す?まさか。

 下の写真は合流する二つの川にかかる橋から撮ったもの。左側の川の右岸に我が家がある。川には釣り人がたくさんいる。水鳥も多く、ゴミも汚れもほとんどない豊かな川だ。

2006年10月3日火曜日

散歩道~森のコース

 自宅の西を流れる川を渡った場所に、古い森をそのまま活かした公園がある。ここをぐるりと散策すると、およそ2.5キロの散歩コースだ。

 地元の名家が本州から取り寄せた木々の苗を育てたもので、北海道では珍しい木もいくつか見られる。
 周囲は幹線道路と住宅街に囲まれているが、園内には散策路や東屋が整備されていて、深く中に入り込むと大木が生い茂り、一瞬太古の世界に舞い戻った気分に陥る。
 公園の隣に郵便ポストがあるので、郵便物を出すときはたいていこの散歩コースになる。


 園内でハマナスの実が熟しているのを見つけた。いくつか摘み取って乾燥させ、ローズヒップティー(ハーブティーの一種)にしてみよう。
 自宅庭のハマナスはまだ若く、実が充分には熟さない。ビタミンCが豊富で、レモンの60倍とか。初期の風邪によく効くらしい。

2006年10月2日月曜日

散歩道~原野コース

 健康診断で運動不足を指摘され、このままだと生活習慣病に直結するとの警告を受けたので、毎日散歩に励んでいる。
 その日の気分と天候に応じ、10種類くらいの散歩コースを歩き分けているが、写真にあるのはそのうちのひとつ。自宅東に広がる原野コースで、一周およそ3.5キロある。


 自宅から徒歩わずか10分で、このように何もないただの原野が茫漠と広がっている。冬はここが札幌市の雪捨場に指定されていて、巨大な雪の山が忽然と姿を現す。
 下の写真はコース途中に見つけた野菊の群落。車も人もほとんど通らない。静かだ。空気もうまい。

 自宅から反対側の西に15分歩くとJRの駅があり、そこから25分電車に乗ると、札幌駅に着く。JRタワーに代表される近代空間が広がっている。
 のどかな田舎の静けさと、都会の利便性の両方が手中にある。まさに「都会のオアシス」だ。

2006年9月29日金曜日

分別ゴミストッカー

 台所の隅に、作業台ワゴンをかねた分別ゴミ収納を作って置いてある。スーパーのレジ袋がきっちり4枚セットできるよう、スペースを確保した。
 レジ袋は四方にとめたビスに引っ掛ける仕組みだ。乾電池やプリンターインク等の特殊なゴミは、小さなレジ袋に入れてビスに掛けてある。

 袋の上部が常にあいた状態なので、ゴミをポンポン放り込め、収集日には袋ごと外してしばるだけ。ストレスなく分別収集が叶う。


 材料はOSB合板の12ミリがメインで、他は無垢材の端材を使った。写真左端に見えるグレーの箱は、市販の生ゴミストッカー。これだけはさすがに自然素材で作るのは難しかった。
 札幌市の場合、燃えるゴミ以外では「プラスチックゴミ」「燃えないゴミ」「資源ゴミ」の3種類だ。つまり、ひとつは予備である。
 一度だけ私が設計した別の家にも作ったことがあるが、そのときは杉の集成材で頑丈に作った。器用な人なら、DIYで簡単に作れるだろう。
 ただ、割にスペースをとるので、台所にはある程度の広さが必要である。

2006年9月26日火曜日

忘れタチアオイ

 やがて10月だというのに、敷地北東の一角に突然、真紅のタチアオイの花が一輪咲いた。背丈は15センチほどで、1メートルを越す普通のものと比べて、ごく小さい。まるで生け花のようだ。

 いつ育ったのかまるで記憶にないが、近くにあるタチアオイは北東の邪気よけの白だから、この分身ではない。南東角に植えた真紅のタチアオイの種が飛んできた可能性が高いが、それにしても他のタチオアイがすっかり姿を消したこの時期に、いったい何のために?


 調べると、近隣の空地にも草刈りのあとに芽を出したピンクのタチアオイがひっそりと咲いている。生命力が強い花なので、ちょっとした気候の隙間をねらって花を咲かせ、種を後世に残そうとするのだろう。
 そのたくましさ、少しは見習うべきか。

2006年9月24日日曜日

ほたるコンセント

 我が家の階段の昇り口と降り口には、ちょうど足元を照らす位置にセンサー照明つきのコンセントが取付けてある。暗くなると自動で灯り、明るくなるとこれまた自動で消える。
 スイッチが夜になるとぼんやり光る「ほたるスイッチ」という商品があるが、いわば「ほたるコンセント」である。
 ランプは5ワットの豆球で、これでも暗闇だとかなり明るく、夜中にトイレに起きても、階段照明なしで充分安全だ。


 コストは普通のコンセントをつけるのと大差ないので、これまで設計した家には、すべてつけた。中には寝室からトイレに至る通路の要所に、何カ所もつけた例がある。

 欠点は2年ほどでランプが切れてしまうこと。最近になってLEDを使った消費電力が1/10以下、長寿命の製品が発売されたので、こちらを指定している。
 いまある普通のコンセントをこのタイプに変更することもたぶん可能。

2006年9月21日木曜日

ウッドデッキ物干

 自作ウッドデッキには、これまた自作の洗濯用物干をしこんである。ユーティリティ内部には充分な洗濯干場を確保してあるが、晴れた日には洗濯物はここに移動する。
 デッキ梁の一部には穴があけてあって、ここにハンガー類を差し込む。穴は深いので、かなりの風でも飛ぶことはない。大物はパイプにそのまま干す。パイプの長さはデッキ幅と同じ3640。シーツ類は2枚同時に干せる。


 パイプはステンレス製だと極端に高価なので、鋼管にステンレス被膜した製品をホームセンターで買い求め、両端を切って加工した。こうすると1,000円以下で済む。
 パイプの受枠はデッキと同じ木材を使い、パイプは自由に外せる構造になっている。
 洗濯物をどこに干すか?の決定権はほとんどが女性が握っていて、我が家もその例外ではない。
 太陽光による殺菌効果を好む方は外の干場を求めるが、人によっては屋外に洗濯物を干すことを極度に嫌う方もいる。過去の設計例でも、積極的に外に干場を希望された方のほうが少ない。下着盗難などに対する恐れが、心理背景にあるのかもしれない。

 私自身も洗濯をすることをいとわないが、経験的には、特に春と秋には早く乾いて早く片づく外のほうが好きだ。シーツやタオルケットなどの大物を洗う場合、特に楽なのである。

2006年9月19日火曜日

カモミール再び

 とうに収穫期を終えたと思っていた庭のカモミールの花が、どういうわけだか、猛烈な勢いでまた咲き始めた。放っておくわけにもいかず、再度摘み取って窓際に干している。
 ざっと数えてみたら、150以上もあった。過去最高の量だ。いったいどうなっているのだろう?
 おかげで新しいカモミールティーを、どんどん飲める。ありがたい。


 家庭菜園のトマトも最盛期は過ぎたはずだが、まだまだ採れる。こちらも独特のコクがあってうまい。枝豆は昨日ですべて採り終えたが、それでも過去最高の出来だった。
 暑かった夏の、少しばかりの恩恵なのかもしれない。

2006年9月17日日曜日

スリット棚

 以前にも「スリットベンチ」という、隙間のあるベンチのことを書いたが、「スリット」は、自宅の重要な設計コンセプトのひとつである。

 今回記すのは、トイレにある自作のスリット棚。写真のように無垢材の端材で自作した簡単なものだが、予備のトイレットペーパーが4個入る。
 中央のスリットが広いのは、そこからペーパーをぎりぎり入れるため。上部には民芸品と時計を置いてある。


 DIYのレベルとしては低く、初心者むけだが、この種の棚は放っておくと、ツマラナイ市販品がいつの間にかサービスでつけられていることが多いから、自作したい場合は要注意だ。

 他から設計を依頼された場合、ランバー合板で同寸法の棚を作り、扉には集成材を使って、ごく普通の中が見えない棚にしてしまう。
「中が一部見えてしまう」という棚をトイレに使うことには心理的な抵抗があるらしく、「この棚を我が家にもぜひ」という要望が出たことは、いままで一度もない。

2006年9月13日水曜日

六角コースター

 結婚祝いに知人友人からいただいた物は、31年の時を経てその多くはすでにないが、数少ない生き残りは、いまも現役で毎日使っている六角形のコースターである。
 チーク材の寄木細工で、1枚確か450円前後だった。同期で入社した仲間からの贈り物だったが、値段を知っているのには理由がある。

 代表の一人が「2,500円くらいの予算で何かプレゼントしたいので、好きなものを言って」と事前に声をかけてくれた。
 欲しかったが高価で手がでなかったコースターがあり、それにして欲しい、とすぐに申し出たが、あいにく売っている場所が新宿の京王デパート。当時芝浦にあった職場からは、はるかに遠い。


「面倒だから、菊地さんが自分で買ってきてよ」と代表の女性は言う。しかし、そのコースターは6枚セットで、合計2,700円である。足りない分は自腹で、と思っていたら、あとで不足分の200円もちゃんとくれた。
 大卒初任給が7万くらいの時代だったから、いまなら軽く1枚1,000円は超える高価なコースターだ。しかし、酷使にも耐え、1枚も欠けずにいまに至る。
 自分への贈り物を自分で買う、というのも妙な話だが、「ホンモノ嗜好」「徹底したこだわり」といった暮しや生き方に対するキーワードは、すでにその時期から確かに息づいていたことになる。

2006年9月8日金曜日

自然な神

 20年ほど前、あるアメリカ人男性が家にホームスティした折、「あなたの信ずる神は何か」と問われたことがある。
「それはnature(自然)です」と、すぐに答えた。
 仮にいま、同じ質問を誰かから投げかけられたとしても、同じように答えるだろう。


 こんなふうに考えるようになったきっかけは、16歳と20歳のときに自転車による単独放浪旅行を企て、地べたを枕にする生活を長期間経験してからだ。そこで自然や宇宙の広大さ、寛大さを知り、同時にちっぽけな自分の存在を思い知った。
 この二度の旅によって、私の人生観や宇宙観の基礎が固まった。そしてそれは延々といまの自分の姿へとつながっている。
 自然素材を主とした家を作り、地球になるべく負荷をかけない生き方、暮し方を実践している背景も、きっとここにある。

 見上げれば空があり、宇宙がある。ひれ伏せば大地があり、木々がゆれる。そこにきっと神がいる。

2006年9月6日水曜日

クラフトペン立て

 30年近く使っている手製のペン立てが机の上に6つある。
 以前に勤めていた会社にロール式のコピー機があり、用紙の芯が厚いクラフト紙を重ねた円筒で出来ていた。
(これは使える…)と直感し、無造作にゴミ箱に捨てられていたものを、ひそかに自宅に持ち帰った。


 直径が約9センチで、ノコで半分に切ると高さがおよそ10センチ。底に厚紙で蓋をすると、程よいペン立てになった。

 そのままずっと使っていたが、汚れが目立ってきたので、余っていた色画用紙を貼ったのがいまの姿だ。デザイン的な配慮で、本体と縁とで画用紙の組み合せを微妙に変えてある。
 色鉛筆やマーカー、筆など、ジャンル別に分けてあるが、手描きの仕事がなくなったいまは、単なる机上の飾りと化しつつある。しかし、愛着があるので、たぶんずっとこのままだ。

2006年9月5日火曜日

セイダカアワダチ草

 家の三方を取り巻く空地は、不在地主が全く草刈りをしにこないので、春はフキの恩恵にあずかれるが、夏場はうっそうとした雑草に覆われる。
 陽当たりのよい南側空地には、背丈ほどに伸びたセイダカアワダチ草が、いまを盛りと咲き誇っている。外来種らしいが、ただの雑草かと思いきや、生け花の材料にも使われるらしい。そう言われてみると美しい気がしないでもない。


 ただ、窓近くに迫る雑草のたぐいは死角になりやすく、空き巣の絶好のターゲットになるらしい。つい最近、同じ町内で1階北側がうっそうと雑草に覆われているお宅が、空き巣の餌食となった。
 美しさにダマされてはいけない。

2006年9月3日日曜日

リメイク座布団カバー

 居間中央にある掘コタツを中心にした「床に座る」という生活形態を長年続けているので、暮しの中で座布団の占める位置は極めて大きい。
 掘コタツ回りには合計6枚の座布団が常駐しているが、元々が結婚のときに妻が持ってきたもので、模様は和風である。そのままでは自然素材を主としたこの家にはマッチしない。

 そこで、端布を使い、部屋の雰囲気に合った座布団カバーをいつも自作している。だいたい数年で擦切れてしまうので、定期的に作り直す必要がある。生地は原則として余り物しか使わない。


 私が普段座っている座布団カバーにとうとう穴があいた。都合何度目かの作り直しである。今回は妻が若い時期に買い、いまは着なくなったジーンズのフレアスカートをリメイクすることにした。
 ミシンは中学生時代に覚え、結構得意だ。ズボンの裾上げなども自分でこなす。

 裁断に多少のズレがあったようで、縫い目が完全な対称形にはならなかった。しかし、それもご愛嬌。使い勝手に問題はなく、見た目もそれほど気にならない。
 生地が厚いので、今回はかなりもつだろう。「妻の若いときの思いを共有できる」という点でも、意味あるリメイクなのだ。

2006年9月1日金曜日

スリットベンチ

 居間の南側の窓下に、45×45のタルキを6本並べた手製のベンチがある。幅はおよそ3300、奥行きは390のロングサイズだ。
 右半分は座れるようになっているが、左半分にはテレビやDVDプレーヤーが置いてある。その他、植木や書類を置いたり、下には本や事務用品や古いビデオなども並べてあって、実に雑多な機能を持つベンチなのである。

 間は20ミリほど透かしてスリット状にしてあるが、これによって細い材料を無駄なく使い、無垢材の収縮による歪みを吸収し、通風をよくし、デザイン的な面白さも同時に得ている。


 実はこの「スリットベンチ」のデザインは、建築家の清家清先生の設計された家を雑誌で見てヒントを得た。清家先生からは家作りに関し、その他にもいろいろな影響を受けた。
 清家先生は娘が卒業した札幌市立高専の初代学長でもあった。娘にこの学校を勧めた大きな理由が、清家先生が学長でおられたことだった。札幌市立高専(現、札幌市立大)の斬新な校舎は、先生ご自身の設計でもある。
 その後、札幌国際デザインコンペで私が小さな賞をいただいた折、審査委員長をされていた清家先生から、親しく声をかけていただいた。縁があったのかもしれない。

 いつかNHKテレビで、清家先生が自ら設計なさったご自宅を紹介する特番があったが、なんと娘は招かれてそのユニークな家を訪問したことがあるという。幸せなヤツだ。
 清家先生のことに関しては、いつかまたふれたい。

2006年8月28日月曜日

カモミール収穫祭

 摘み取りと乾燥の作業を延々と続けていたカモミールの収穫が、ほぼ終った。広口瓶に入れ、窓辺に置いてある。
 春先に害虫にやられた去年はこの1/3くらいの収穫量で、保存する瓶も小型のジャムの空き瓶だった。過去にはもっと採れたこともあるが、そのときは大型のハチミツの空き瓶に入れた。


 今年は出足は好調だったが、暑くなってからハムシの成虫にかなり食われた。花びらだけなら何とかなるが、薬効のある花芯までやられては使い物にならない。
 それでもこれだけあると、たぶん1年はもつ。今年はラベンダーも少しだけ収穫したので、薬用、特に鎮静剤としてのハーブの量は充分だと思う。

2006年8月25日金曜日

招く猫

 独立直後に招き猫の貯金箱を買った。自由業とはいえ、いちおうは商売であるので、縁起をかついだわけである。20数年を経たいまも壊れず、仕事部屋の中央に鎮座している。

 招き猫には、左手が上がったものと右手が上がったものの二種類ある。前者は金を呼び、後者は人を呼ぶという。店頭で妻と少し迷った。商売人なら本来、金を呼ぶという左手型を選ぶのだろう。
 結局、「ウチは人がくればいいんじゃない?」という妻の一声で、右手型に落着いた。


 ところが、その後よく調べてみると、「右手は金、左手は人」だそうで、全く逆だと分かった。しかし、現実の感触として、この家によく集まってくるのは金ではなく、明らかに人である。
 望まなかったのだからきっとそれでいいのだ。それでもときどきは磨いたり、中に五円(ご縁)玉を入れたりし、ネコパワーが損なわれないよう面倒をみている。

2006年8月23日水曜日

瀬戸物市

 夫婦でスーパーの瀬戸物市をよく見て歩く。つい先日も浅い小鉢を買った。写真の手前がそれで、わずか105円である。
 奥にある3点セットは去年同じ店で買った。一番大きいのだけが210円で、あとは105円。小さいのをあと数個欲しかったが、どうしても1個しか見つからない。それでも、中サイズと小サイズとで、仲良く夫婦で使っている。


 食器には夫婦ともこだわる。新婚のときに買ったコーヒーカップは、私自身がイメージに合ったデザインの品を執念で探し当てた。値段も含め、気に入ったものがなければ、あえて買わずに我慢する。
 家→家具→暮し→食器、という延長線上でとらえているから、食器は立派な住まいのアイテムであり、おろそかには出来ない。
「自然素材の暮しに合うか」「食べ物が映えるか」等が基準だが、最近は藍色をメインに、白のバランスがよくてシンプルなものを好んでいる。
 不要になった食器は思いきりよく捨てる。安上がりだが、不思議にリッチな気分に浸れる。