2012年10月31日水曜日

大掃除の前倒し

 階段上部にある6Mほどの吹抜け上に設置してある窓の汚れが目立つ。明日から11月で、そろそろ大掃除を意識する時期である。一度にやろうとすると大変なので、いまから少しずつ片づけるのが得策だ。
 手持ちの脚立を目一杯に伸ばし、階段の下から4段目に設置。最も安定して高くなる位置だ。


 伸縮式のゴムスクレーパーを水につけ、下から汚れをこそぎ落とす。ガラス下端に集めた汚れは、脚立最上段に昇れば手が届くので、雑巾でぬぐう。入居後13年で、過去に確か1回しか掃除してないが、今回も何とか無事に終えた。

 他のガラス窓の掃除は、内側に結露防止用のポリカ波板をはめこんだ際にすでに掃除済み。今年の年末は可能であれば、チカチカパフォーマンスで多めに歌いたい。その時間を確保するため、大掃除は前倒しである。

2012年10月30日火曜日

照明付き案内状スタンド

 譜面台を利用した案内状スタンド(陳列台)を作った。チカチカパフォーマンスでは譜面台の脚と空き缶を組み合わせた案内状スタンドをすでに使っているが、暗い場所では照明と組み合わせたものが望ましい。
 過去の自宅ライブでは、ペンダント照明の真下に譜面台を置き、A4のフライヤーを入口に飾ったことがある。それに近いイメージの可搬式タイプを作ろうと思った。


 5W豆球を使った自作の寝室用スタンドが3つあるが、そのうちの一番小さいタイプが譜面台に載りそうだった。いろいろ試すうち、スタンドの底に棚用ミニ金具を1枚ビス止めし、譜面台上端に差し込んでやればいいことに気づく。
 以前に作っていまは不要になった譜面用LEDライトや、MDコンポスピーカー支持台で使ったテクニックの応用で、単純だが確実な手法。テープやクリップで固定する方法より安定している。
 暗くなってから点灯してみたが、5Wなので暗い会場の片隅に常時点けておいてもライブの邪魔にならず、足元灯の代用にもなる。CDの陳列台としても使えそう。
 この種の陳列台には絵画用のイーゼルがよく用いられるが、移動を伴う場合は大きすぎて使い勝手が悪い。譜面台は軽くて扱いやすく、音楽用品なのでいかにもライブむき。

 先日のパトスカフェコンサートで感心したのは、小型照明をうまく使っていたこと。ちょっとしたアイデア、つまりは企画力であるな。

2012年10月27日土曜日

切れたミサンガ

 少し前のこと、携帯ストラップのミサンガが突然切れた。妻が旅行の折に買ってきてくれたもので、編んだヒモの端に小さなカエルがついていた。長年愛用していたが、いつも携帯を入れてあるズボンの左ポケットから取り出すと、何だか頼りない。

 調べるとストラップが消えていた。慌てて妻に確かめると、朝起きたら台所で切れたストラップを見つけたという。もはや使い物にならないので、カエルのマスコットだけを外し、ミサンガは捨てた。


 代替品としてひとまずヒモだけのストラップをつけてはみたが、愛想がない。あちこち探したら、篭の中から手頃なカエルのストラップを見つけた。つけてみたら、大きすぎず小さすぎず、ピッタリ収まる。
 こちらも妻の土産かと思ったら、覚えがないという。私も記憶にない。カエルヤ珈琲店のイベント土産か、姉か子供の誰かに貰ったのか?どちらにしても、当分はこれが使えそうだ。
 ところで、「切れたミサンガ」には何か意味があったはず、と思って調べてみたら、「願いが叶う」ということらしい。あくまで縁起の世界だが、(これは何かあるのかな…)と、元来の占い好き、霊感好きの虫が騒いだ。

 切れたのが誕生日直前の10月上旬。この時点で心当たりが2つあった。ひとつは投稿してあった某文学賞の発表、もうひとつはオリジナルCDの販売。どちらかが当たるのかも…、とヒソカに期待していたら文学賞は外れたが、オリジナルCDは期せずして売れた。
(63歳にして我が身にこんな事がまだ起きるんだ…)と、しばし身が震えた。最初に買ってくれた見知らぬ中年女性が天使に見えた。確かに願いは叶った。

 切れたミサンガは捨てるのが正解だったらしい。捨てないで記念にとっておいたりすると、ミサンガ様が(なんだ、願いを叶えて欲しくないんだな…)と判断してしまうとか。切れたミサンガは、すっぱり捨てましょう。
 くどいですが、あくまで縁起の世界のハナシです。

2012年10月26日金曜日

アマゾンで自費出版

 アマゾンでの自費出版が、昨日から日本でも可能になったらしい。「Kindleダイレクト・パブリッシング」という代物。本文をまず決められた様式に変換し、表紙画像やら内容プレビューを準備して価格を設定し、アップするというスタイルだ。

 目下調査中だが、アマゾンのアカウントを持っていれば誰でも登録可能なので、ひとまず銀行口座などの詳細を登録し、出版口座だけは作った。公開までに内部審査があり、アマゾンのポリシーに合わない作品は、ここではねられる。
 Kindle書籍は専用ハードを買わないと読めないとばかり思っていたが、スマホ用やタブレットPC用の無料アプリがあり、どのハードでも読める仕組み。さっそく中華Padにアプリを取り込み、読む体制も整えた。


 実際にどの作品をアップするかはこれからじっくり考えるが、過去に出版社に持ち込んですげなく追い返された作品が多数あるので、これを順に整理しようと思う。
 YouTube動画の体裁を整えたり、オリジナルCD用の資料を揃えたりする作業と大差なく、得意のデザインワークが活かせる。元になる作品さえあれば、大きな問題はなさそうだ。
 一番難しそうなのは、価格設定。調べてみたら、陽の目を見ていない作品はアメリカの場合で1ドルが相場らしい。日本なら100円。著者への還元は35%なので、1冊35円ということになる。
 実にささやかな額だが、紙の本で定価1,000円、印税5%なら1冊50円。大差ない。一括で印税を最初に貰うより、細々と長く受け取るほうがありがたいような気もする。

「商業ベースに合わない」という理由で過去に多くの作品が門前払いを食らっているが、その最大の関門がないというのは、書き手にとって大きな魅力。いい時代になった。

2012年10月25日木曜日

木の枝&枯葉ゴミ

 月に一回ある木の枝&枯葉ゴミ収集日だったので、剪定した庭木の枝を1Mほどに切り、しばって前日から自転車の荷台に積んだ。ここまでやっておけば、あとは妻が出勤時にゴミステーションに出してくれる。
 庭木の剪定は南東にある楓の木がまだ手つかず。木の枝&枯葉ゴミ収集は11月末にもう1回残っているので、その時までにやっておこう。


 ちなみに、木の枝&枯葉ゴミ収集はいまのところ札幌市では無料である。リサイクルしてペレットストーブの燃料などに加工するらしい。他の地方にはない分別ゴミかもしれないが、かなり助かっている。
(調べてみたら、有料の都市が大半だった)
 晴れたら今年最後の雑草刈をやるつもりでいたが、午後から空模様が怪しくなってきて、今日は中止。庭関連の後始末は、もう少し時間がかかる。
 外仕事は無理なので、残っていた窓内側の結露対策をやる。ポリカ波板の残材をやり繰りし、最低3山分の波板を切り取って、順に窓内側にはめ込んでゆく。数がかなりあるので、これまた全部を仕上げるのは無理。途中から弾き語り練習モードに突入してしまった。

2012年10月24日水曜日

珍しくスーツで外出

 明け方まで振り続いていた雨がピタリやみ、昼前にはカラリと晴れ上がった。午後から都心に出かける用事があり、しかも懇親会を伴うので車では行けない。ストリートライブ時と同様に晴れることを念じていたが、どうやら通じた。
 数年に一度しか着ないスーツを珍しく着て、最寄りのJR駅まで歩く。いつもは地下鉄に2度乗り換えてから行くカエルヤ珈琲店に、初めて近くのJR駅で降りて歩いてみた。

 風が冷たく、コートなしでは少し寒い。建物の立て込んだ脇道を選んで歩くと、かなり風は凌げる。15分ほどで到着。この程度なら、わざわざ乗り換えるよりも面倒がなくてよい。


「菊地さんのスーツ姿、初めて見ました」と驚かれつつ、店内で始まったばかりの「第4回カエル自慢コンテスト」を見物。4年連続でエントリーしたが、今年は数が少し減った。それでも52蛙あって、かなりの強者ぞろい。
 来店者は写真を見て1票を投ずるシステムだが、「自分のカエルに投票してもよろしい」と店主がケシかけるので、初めて自分に投票した。「参加することに意義あり」といった感じなので、別に入賞はどうでもよろしい。
 その後、店主のお姉さんが開いている作品展を札幌市資料館まで観にゆく。カエルヤからは徒歩10分ほど。重厚な石造りがいい雰囲気を作っている。記憶が曖昧だが、もしかしたら中に入るのはこれが初めてかもしれない。

 館内にはこじんまりしたギャラリーが9室あり、いろいろな作品展が開かれている。最も小さい部屋は20畳ほどで、賃貸料が1日2,100円という安さだ。最大の部屋は66畳大で、54席の椅子が設置可能。ここではライブもやれるらしい。
 調べてないが、小さな部屋を借りて自分の手作り作品を展示しつつ、短い時間でアンプラグドな弾き語りコンサートをやることも可能ではないか。検討する価値は充分にありそうだ。


 札幌市資料館から徒歩5分の距離にあるニトリ文化ホールに向かう。本日の主たる目的が、館内にあるホテルで開催される街灯関連の表彰式だった。

 引っ越してきてから13年の間、何かしらの町内会ボランティアに関わってきたが、最も長く務めたのが街灯関連部長。そのご褒美のような形で、市の街路灯組合が表彰してくれるという。
 表彰だとか懇親会だとかは元来苦手だが、参加費用は町内会が負担してくれるというので、ありがたく出席することにした。
 市が関与しているせいか、進行は極めて正確。16時ちょうどに表彰式が始まり、懇親会開始も16時半ちょうど。17時ちょうどにプロ演歌歌手の余興があり、早めの25分で終わったと思ったら、ちゃんとアンコール5分を見込んであった。

 終了は予定より5分早い17時55分。終わりが早めなのは歓迎である。料理は美味しく、時間は正確で、内容は濃密かつコンパクト。出かける前は少し気が重かったが、予想外に楽しめた。催事、イベント、会合はかくあるべし。

2012年10月23日火曜日

秋冬ジャンパー買った

 12年前の秋に買った秋冬物ジャンパーが限界に近づきつつあり、襟元の色あせや袖口のホツレが目立つ。はっきりしないが、近所のスーパーで1,000円ほどだった記憶がある。
 開き襟のデザインが好みでなく、糸で一部を縫って閉じ襟に修正して使い続けたが、さすがに寿命だろう。買ったスーパーもとうに閉店している。
 昨年あたりから手頃な代替品をずっと探していたが、条件に合うものには容易にたどり着けない。

 先日、別のディスカウントスーパーで手頃な品を発見する。色、価格、デザイン、どれも及第点だが、ポケットの数が少ないのだけが難点だった。しかし、熟慮のすえ、買った。990円という価格が決め手である。(写真右)
 着心地はなかなかよく、色がグレーから自宅外壁と同じダークワインに変わったが、この系統の色は持ちあわせていないので、いい気分転換になる。足りない内ポケットはDIYでいずれ付け足したい。


 窓の内側に試験的に装着しているポリカ波板、プライバシーに関係のない窓の場合、断熱材なしで単にはめ込んでやれば、下端ガラスの結露はほぼ防げることが分かった。
 写真は居間からテラスに通ずる窓。ポリカ波板の端材を10山分はめこんであるが、半分の5山でも充分効果があった。
 ポイントは波板を横に使うこと。縦使いでも試したが、上から空気が流入するせいか、波板内部に結露する。横使いの場合はある程度の気密性が保たれるせいか、この波板内部の結露はみられない。

 現在、床下暖房を開始したばかりなので、夏の間に床下に蓄積した水分が暖房熱によって蒸発し、室内湿度はピークに近い60%前後。外気温が10度以下になると窓下端に結露が始まる。
 今後暖房の継続により、室内湿度が下がってくると結露はしなくなるが、外気温がマイナスに下がると、やはり一部に結露はするだろう。今後、ポリカ波板でどの程度結露が防げるのか、条件を変えてしばし観察を続けたい。

2012年10月22日月曜日

父母同時見舞い

 温暖な天候なので庭の手入れをすべきか、はたまた冬ごもり前の墓参りに行くべきかちょっと迷ったが、「迷ったときはご先祖様(といっても墓の中は目下父だけだが)」ということで、墓参りを選択。
 途中、母の暮らす施設にも顔を出すことにする。生きている母と亡き父の両方を見舞う、といった感じで、ガソリン代と時間を節約する意味もあるが、行為自体は決して悪いことではないはず。

 供え物の花や菓子、飲物、墓参セットなどを準備。母へのお土産は例によって好物のチョコレートである。余っても始末に困りそうなので、最近は一度で食べきれる不二家のLOOKチョコと決めている。


 まずは都心にある母の施設に行く。およそ2ヶ月ぶりだが、会うなり「あれま、しばらく見ないうちに、随分大きくなったね~」ときた。あの、私もう63歳なんですが…。
 細身のジーパンをはいていったので、遠目からは大きく、つまりは背が高く見えたのかもしれない。母親はいつまでたっても母親である。

 持参した雑誌O.toneの最新号で、私の書いたエッセイ「デンプン飴」を大きな声でゆっくりと読んであげたら、向かいに座っていた友人の方と共に「懐かしいね~」「美味しかったね~」と大変な盛り上がりよう。近くにいた別の入居者まで聞きに集まってきた。
 自分の書いた作品がこんなふうに喜んでもらえることに、正直驚いた。高齢になると視力の衰えもあって文章を読むのが面倒になるようだが、誰かに読んでもらうのは嬉しいのだと再認識。
「読み聞かせ」という子供向けのボランティア活動があるが、高齢者にも充分に効果がありそう。何を読むかがポイントだが、次回以降もやってみる価値は充分にある。
 その後、札幌の南端にある霊園に行く。秋もたけなわだが、紅葉の色づきは5割程度か。日没間際だったせいもあって、人影は全くない。
 父の好物だった菓子を供え、心の中で近況を報告。本当は栗饅頭にしようと思ったが、予算の関係で同じ餡ものであるどら焼きに変更。同じ理由から花も実に質素であるが、生前の父も暮らしぶりは質素であった。それに相応しい供え物であろう。

 そもそもこの墓自体が非常に質素な体裁である。人は生きてきたように死に、死してもその在り様は生前と変わらない。

2012年10月20日土曜日

PA最適値のマーキング

 珍しく2週間近くライブの予定がないので、来るべきソロライブに備え、手持ちのPA機材でどこまで音が作れるか、いろいろ試してみた。

 ミキサーを使わずにZOOMのエフェクターとローランドの小型PA「CM-30」だけである程度やれることはすでに確認済み。
 今回の試みはCM-30をメインスピーカーとして使いつつ、エフェクターのOUT端子から、いつもストリートライブで使っているローランドのMOBILE-CUBEにつなぎ、サブスピーカーとして補佐させること。同時にやや歌い手側に向け、モニターとしても使おうというもの。
 最近のプロのPAでは、足元にモニタを置かずにサイドの聴き手と歌い手のモニタとを兼用させたサブスピーカーの設置が目立つ。スピーカーを増やしてバランスの調整に腐心するより、シンプルな構成で最大の効果を上げようという意図と思われるが、20~30人程度の小規模な場であればこの手法が合理的と思う。
(足元のモニタは聴き手には無用のもので、目障りなだけ。せっかくのその音を、聴き手に対しても有効に活かそうという考え)


 サブスピーカーなしにしたり、エフェクターの前にミキサーを介したり、いろいろな組合せを試してみたが、ノイズが最小でエフェクトやボリュームの調整幅が広い最適な組合せと数値設定に、ひとまず到達。あとは会場での微調整で済むはず。

 あくまで自宅スタジオ内での設定値だが、暫定的に得た各種ダイヤルの位置を赤いテープでマーキングした。この種の数値はとかく移動時にずれたり、はたまた忘れてしまったりするもの。デジカメに撮るなりマーキングするなりの作業は、無用のトラブルを避ける意味でも必須である。

2012年10月18日木曜日

最悪条件でのチカチカ

 予定にはなかったが、チカチカパフォーマンスの北3条広場で急きょ歌ってきた。今月はイベント多数とのことで、チカチカパフォーマーへの割当てが少なく、今日が最終日。指定が相性の悪い広場だったので様子見していたが、2日前になっても枠が埋まらない。

 先週末のチカチカライブでオリジナルCDが予想外に売れ、その背景をずっと自分なりに分析していた。
「財布のヒモが緩む土曜日午後」「4組のパフォーマーによる場の賑やかさ」「昭和歌謡中心の構成が当たった」等々、いろいろ理由は考えられる。ひょっとして売れたのはフロックだった可能性だってある。
 仮に最悪の条件で歌ってみたらどうなるだろう?持ち前の好奇心の虫が(行って歌ってこい)と騒いだ。


 会場はこれまでいい思いをしたことがない北3条広場。音の反響がいまいちで、マルチビジョンによる案内アナウンスの音が途切れない。さらには平日の後半枠で、開始が人々が帰宅を急ぐ17時からという魔の時間帯である。
 会場に向かう途中で気づいたが、この日は18時からプロ野球のCSシリーズ第2戦が札幌ドームである。私もそうだが、早く帰宅してテレビで地元チームを応援したいのが普通の心理だろう。
 つまりは、難しい要素が4つもそろったということ。これ以上ない悪条件のなかで、どこまでやれるか試されるということだ。
 10分前に会場に入ったら、前半枠ラストのLOVERSSOULさんのステージが真っ最中。帰宅途中の学生らしき若者を中心に、40人前後の抜群の集客である。LOVERSSOULさんは札幌を基点としたプロ歌手で多くの実績があり、ファンも多い。
 しばしステージを見せてもらったが、曲間MCでの聴き手とのコミュニケーションのとり方や、カバーとオリジナル曲のバランスなど、とても参考になった。


 17時20分から私のステージ開始。LOVERSSOULさんが後半枠も続けてエントリーしていたので、早めにスタンバイして歌い始めたが、なぜか途中で帰ってしまった。(理由不明、何か用事ができたのか?)
 当初から苦戦を予想していたこともあり、第1ステージでは玉砕覚悟で、ほぼ全曲をオリジナルで臨むという暴挙をあえて試みた。

「オブラディ・オブラダ」「誰も知らない夜」「雨ニモマケズ抄」「夕凪ワルツ」「秋の日に」「独り」「サクラ咲く」「夢の旅路」
 1曲目だけがオリジナル訳詞で、他はすべてCDに入っているオリジナルである。予想通り聴き手はごく少なく、椅子に座った3~4人といったところで、拍手もまばら。
(北3条広場にはテーブルセットが5組ほど置かれている)
 プロの方が歌った直後の場は正直きつい。本来なら私が当然先に歌うべきだが、チカチカパフォーマンスの場合は、必ずしもそうはならない怖さがある。
 CDについてはMCでも時折ふれたが、手にとった方は中年男性一人だけ。しかし買ってはくれなかった。一般には馴染みの薄いオリジナル曲だけで場を引っ張るのは、さすがに厳しいものがあった。


 17時45分に第1ステージを終える。以前にも感じたが、17時半~18時半あたりの時間帯は、歌に関心を示す人は皆無に近い。通りを行く人々はそれなりにいるが、普段歌ってる平日午後や週末に比べて、足取りが一様に早いのだ。
 こうした状況では歌ってもムダのように感じ、しばし放心状態でボ~としていた。ふと思いつき、これまで歌ったことがない左手の壁際にステージを移してみることにした。柱の陰で通りからは見えにくくなるが、壁を背にするので音の返りはいいはずだ。

 気を取り直し、18時5分から第2ステージ開始。オリジナルでの苦戦は予想通りだったので、前回試みてまずまずの反応だった「多ジャンル混在型」に路線を変更して臨む。
 実は第2ステージは当初9曲ほどで終えるつもりでいた。ところが30分近く歌っても立ち止まる人は全く現れない。このまま帰るのも何だかしゃくなので、(聴いてくれる人が現れるまで歌ってやろう…)という奇妙な反骨心が芽生え、結果として丸1時間休憩なしで、以下の17曲を一気に歌った。
(共演がいない場合、時間は自由に使える)
「想い出のソレンツァラ」「Let It Be」「思い出のグリーングラス」「カントリー・ロード」「涙そうそう」「桃色吐息」「別れの予感(初披露)」「時の流れに身をまかせ」「抱きしめて(オリジナル)」「グッドナイト・ベイビー」「また逢う日まで」「草原の輝き」「ブルーライトヨコハマ」「恋の季節」「バス・ストップ」「ジョニィへの伝言」「どうにもとまらない」

「カントリー・ロード」で数人の女子高生が立ち止まり、拍手をくれたが、次の「涙そうそう」で、すぐに消えてしまう。この日ばかりはテレサ・テンの神通力もまるで通用しなかった。とにかく孤独で厳しい。相当ストイックでタフな精神を持ちあわせていないと、とても耐えられないだろう。

 じっくり聴いてくれる人が突然現れたのは、通用しないはずだったオリジナルの「抱きしめて」を歌っているときだった。すでにステージは終了間際。予定にはなかった「また逢う日まで」を歌っても、その場を動こうとしない。
「もっと聴きたいですか?」と尋ねると、「ハイ」とその中年女性は応える。今夜はこの方のために歌おうと腹を決め、さらに6曲を続けて歌うことに。
 帰宅を急いでいたらしいその女性は「ブルーライトヨコハマ」のあとで帰ったが、入れ替わるように若い男性と別の中年女性が現れ、熱心に聴いてくれる。
 開始から1時間を経て喉も限界。左手の指もつり始めている。事情を話して「どうにもとまらない」で終わらせていただいたが、終了後にその2人が近寄ってきて、「とてもよかったです。CDください」と、それぞれ買ってくれた。

 立ち止まってくれた方はごく少数だったが、それでもCDは売れた。最悪の条件下でも聴いてくれる人はちゃんといる。まさに「地獄で仏」とはこのこと。要は手を抜かずに真摯に歌い続けることだ。
 CDを売ることに限れば、今回でおよその手法は分かったので、以降のライブに活かしたい。道はまだまだ続く。

2012年10月17日水曜日

ブーム

 いつの世にもどの世界にも「ブーム」ってのがあると思う。歌に限定しても、「シャンソンブーム」「GSブーム」「フォークブーム」「童謡ブーム」「昭和歌謡ブーム」なんてのを思いつく。
 7年前にNHK札幌テレビの取材を受けたのが「フォークブーム再燃!」という切り口で、その後地元ラジオのフォーク系番組にも出演した。そんなブームが数年は続いたかもしれない。

 しかし、どのブームもしょせんは泡沫のもの。永久に続くことなどあり得ず、いずれは衰退し、消え去りはせずとも、一部のマニアの間で細々と歌い継がれてゆく運命をたどる。
 一世を風靡した童謡ブームも最近はほとんど耳にしないし、銀座や薄野のシャンソニエも相次いで閉店を余儀なくされた。目下隆盛を極める昭和歌謡ブームも、果たしていつまで続くのか。
 また何十年かして何かしらのブームが「再燃」する可能性は否定しないが、そのときに自分が生きているのかさえ定かではない。この世は輪廻転生、諸行無常である。結局のところ、ブームに翻弄されない揺ぎない自己を確立するか、どのブームがきても、しなやかに順応する自己を確立するかではないか。


 などと言いつつ、ひょっとして「ビートルズブーム再燃!」ということに、いまなっているのかもしれない。結成50年の節目を迎え、そんな気配を少し感じる。
決してブームに乗ったわけではないが、2年ほど前にYouTubeにアップした「オブラディ・オブラダ~日本語訳」の演奏動画が、このところ結構な人気。再生回数はもとより、高評価も相次いでいる。

 先日のパトスコンサートで初めて歌った「Let It Be~日本語訳」も反応が非常によく、1週間後にストリートライブでも歌ってみたら、通りすがりの老若男女が多数立ち止まってくれた。これに勇気を得て、目下「ヘイ・ジュード」の日本語訳に熱中している。
 ポップ系洋楽の訳詞には以前から各種取り組んでいて、自分の中ではオリジナル曲作りに近い位置づけである。原曲の持つ意味を忠実に反映させつつ、メロディにうまく合う日本語を探り出して載せる。
 詩を書くセンスが求められる作業で、そこが大きな魅力。よく知られた曲だと、一般の受けも非常によい。ブームは別にしても、当面はビートルズの名曲に光をあて、自分なりのオリジナル訳詞をつけて、いろいろな場で歌っていきたい。
 エッセイ「Oh!昭和レトロ」を連載中の雑誌「オトンO.tone」Vol.48が発売。今月はジャガイモ澱粉から作られた懐かしのお菓子「デンプン飴」について書いた。今回は実物を取り寄せて試食会までやり、力を入れた。

2012年10月16日火曜日

CD販売スタンド

 チカチカパフォーマンス・ストリートライブ用のCD販売スタンドがひとまず完成。結局は譜面台の脚を支持材として使う方式に落ち着いた。
 主材料はクラフト紙でできたA4ファイルフォルダ。情報をアナログで整理していた時期には重宝していたが、もはや出番は少なく、机の奥で冬眠状態である。こんな時にこそ役立ててやるべきだ。

 裏返して2枚重ねにし、背の部分を折り返してホチキスで止める。そのまま使えるかと思って試してみると、1ステージ30分で売れる可能性のある最大5枚を陳列した場合では、重さに耐えられない。
 そこで本体の間にプラスチックの板(不要なホルダを切って転用)を挟み、下端のL字の部分には2ミリ厚のイラストボードを接着した。両サイドの下端には斜めに補強の紙をはめる。
 さすがに今後はOKだった。上端にポンチで2ヶ所穴を開け、コードを止める柔らかい針金を差しこんで縛り、完成。量ってみたら、ちょうど100gある。まあ、許せる重さだ。


 増刷分のCDはまだ完成していないので、ダミーのCDを並べたみたらこんな感じ。この状態で釣り銭の500円玉をポケットに常時入れておけば、演奏中の注文にも短時間で対応可能のはずだが。
 支持材として使っている譜面台の脚は、
「開演前のデジカメ撮影台」「上端に空き缶をねじ込んで案内状入れ」「中間にオリジナルCDの案内板とサンプル入れ」「下端にCD販売スタンド」と、合計4役を果たしている多機能型機材だ。
 いつもネット通販で調達しているブランクCDと両面印刷紙はすでに注文済みだが、今日はCD用プラケースとビニールケースを近くのホームセンターと100円ショップに買いに行ってきた。
 完全手作業での出来映えにこだわり、なおかつ原価を最小に抑えるには、個々の素材の買うべきルートも厳密に決まっていて、余程のことがない限り妥協はしない。

2012年10月14日日曜日

CD用に追加録音

 先日ホームセンターで買ってあったポリカーボネート波板を切断し、台所窓の内側にはめこんだ。北側隣地に家が立ち、透明ガラスのままではプライバシーに問題が出てきたので、昨冬から内側にプチプチ緩衝材を貼ったが、その押え用である。
 ユーティリティ側の窓は不要になった灯油タンク屋根の残材でまかなえたが、台所の窓だけは合うものがない。しばし放っておいたら、両面テープが緩んで緩衝材が垂れ下がってきた。雪が降る前にやり終える必要がある。

 実家の壁補修に使ったものと同じ素材だが、あいにく使いきってしまい、新たに1枚だけ買い直した。実家分とは別財布なので、まあ妥当なところか。


 短かいサイズでも間に合ったが、実家で使ったJIS規格外品だと6尺物でほぼ同じ値段。他の窓にも使う可能性があるので、こちらを調達。切断には曲線用の金切鋸を使用する。
 大工だった父から貰ったもので、よく切れる。ある種の形見のようなもの。この他にもモンキスパナやパイプレンチも貰った。大事に使っている。

 金切鋸での切断はかなり難度が高い。マジックできちんと墨出しし、手を痛めないように軍手を必ずはめる。窓の内側寸法は厳密なので少し長めに切り、最後に微調整するのがコツ。
 もう終わったと思っていた冬への備え、細かい作業はまだまだありそうだ。
 チカチカパフォーマンスでオリジナルCDが売れるメドが思いがけずついたので、オリジナルCDの在庫を多めにキープしようと思う。
 歌詞カードも含めて完全手作りなので、ブランクCD、CDケース、両面印刷用紙、プリンタインク、ビニールケースなどの素材が必要。海の物とも山の物ともつかない話だったので、最初の20枚分くらいしか素材の準備がない。
 現状でCDの在庫はゼロで、サンプルすらない。まずは50セットを作りたいが、足りない素材を順次注文しなくてはならない。

 併行し、昨日のライブで評価の高かった「抱きしめて」の曲もCDに入れようと考え、今日の練習で録音した。歌詞の一部を追加した「夕凪ワルツ」も同時に再録音。
「夕凪ワルツ」は音源を差し替えれば済むが、「抱きしめて」は他の曲と差し替えてしまうか否か、かなり悩んだ。10曲は厳密に選んで並べているので、下手に差し替えると全体のバランスを崩しかねない。結局「ボーナストラック」として最後に付け足す案を選択した。録音時間には充分な余裕がある。

 次回のチカチカパフォーマンスは11月まで予定がなく、しばらくは手仕事に専念したい。こうして途中で自由に曲を追加したりできるのは、手作業でコツコツ進めている大きな利点であろう。

2012年10月13日土曜日

CD全部売れた!

 第3期としては最初のチカチカパフォーマンスを実施。今回はいつもの手慣れたパターンをあえて外し、過去一度もやったことがない土曜日を選択した。しかも2枠を連続でエントリー。
 平日は1枠3時間、週末や祝日は1枠3.5時間が割当てられ、通常は前後半続けて2枠が実施されるが、これまで2枠を連続でやったことは一度もない。こんな冒険を試みたのは、この日初めてオリジナルCDをチカホのストリートで売ってみることにしたから。時間は長めにし、人のなるべく多そうな時間帯にターゲットを絞ってみようと考えた。

 前日までに各枠とも制限いっぱいの3組がエントリー。12時に会場の北4条広場に入ると、展示系パフォーマーの似顔絵ますみさんだけが準備中で、他に姿はない。拍子抜けした気分で、ひとまず真ん中のスペースにステージを設営した。
 いざ歌おうとしたら、フリーバスケ&フットボールのEZO STREETさん3人組が現れる。準備の関係で、すでにスタンバイの終えた私がトップで歌うことに。


 この日の第1~2ステージは9月末のHANA CAFEでやった構成でやろうと思った。屋外と地下とでは違った反応があるかもしれず、それを確かめたかった。
 12時25分から第1ステージ開始。30分弱で以下の10曲を歌った。

「東京ドドンパ娘」「星影の小径」「月がとっても青いから」「君恋し(初披露)」「黄昏のビギン」「ここに幸あり」「ブンガワン・ソロ」「星の流れに」「東京ラプソディ」「りんごの木の下で」
 土曜日とはいえ、昼休みまっただ中の時間帯である。人通りは少なく、反応も弱い。屋外でやったHANA CAFEとあまり変わらぬ手応えのなさである。1960年以前の懐メロに絞った選曲だが、地上でも地下でもこのジャンルに限定してストリートで歌うのは難しいと実感。

 マイクスタンドには「10曲入オリジナルCD頒布中~500円」の看板を掲げ、別のスタンドにはサンプルも展示した。しかし、誰一人関心を示さない。淡々と歌い継いだが、中盤過ぎから少しずつ立ち止まる人が増え、「東京ラプソディ」でようやく10人を超える。地上でもそうだったが、この曲だけは例外なく受けそうだ。
 これに勇気を得て、「聞き足りない方はオリジナルCDでぜひどうぞ」と、すかさず案内するが、興味を示す人はなかった。


 オリジナルCDに対する反応はある程度予想していたので、こんなものかとただちに撤収。その後、EZO STREETさんとジャグリングのはなえださんのパフォーマンスを昼食のオニギリをかじりつつ、床に座って見届ける。
 そうこうするうち、再び私の出番。14時くらいから第2ステージを始め、およそ20分強で7曲を歌った。曲数を急きょ減らしたのは、前半枠しか予約していないEZO STREETさんへの配慮で、互いの時間を少し減らし、もう1ステージやってもらおうと相談した。
 結果として後半枠の開始を少し遅らせてしまったが、そこは後半トップのLOVERSSOULさんに事情を説明して了解をいただいた。同じパフォーマー同士、譲り合い精神は大切だろう。
「草原の輝き」「ブルーライト・ヨコハマ」「バス・ストップ」「ジョニィへの伝言」「時の過ぎゆくままに」「愛人(初披露)」「どうにもとまらない」

 第2ステージ以降は他のパフォーマーの準備や撤収に干渉しないよう、誰も選択しない一番隅の消火栓横のスペースに陣取った。通りに対してやや斜に構える位置で、これまで一度もこの位置では歌っていない。しかし、広場と通りの両方が均等に見渡せ、場所としては決して悪くない。時間も制限ぎりぎりまで使える利点がある。
 歌い始めたとたん、若い女性2人が目の前に立ち、熱心に聴いてくれる。曲紹介にも反応がよく、思わず話しかけながら進めていたら、一人が突然「ずっとあなたのHPやブログを読んでいました」と、思いがけないことを言う。単なる偶然だが、10数年前の家作り日誌から知っていると言うので、間違いなかった。

 この女性2人組が呼び水のようになり、聴き手がじわじわ増え始めた。途中、一人の中年女性が「CD売ってください」と曲間に言う。これまた信じ難い言葉だったが、この機を逃してはならぬと弾いていたギターをいったん床に置き、壁際のカバンにCDとお釣りの500円を取りに戻った。
(販売用CDと釣り銭は足元に並べておくべき)
 以降、「最後まで聴きたいけど、用事があるから」という方など、バタバタとCDが売れ始める。あっという間に4枚が売れた。最後まで残っていた女性2人組も買ってくださった。
「若い方なのに、すみませんね」と声をかけたら、若くないです、こっちは娘です、と言われた。若い友人同士と思っていたが母娘とのことで、とんだ勘違いである。しかし、ともかくも売れた。バンザイだ。


 やがて14時半が過ぎ、後半枠の時間帯となる。EZO STREETさんが帰り、ギター弾き語りのLOVERSSOULさんが現れる。
 この時点ですでに2ステージをこなしたが、この日は長丁場に備え、自宅でのリハを控えめにした。昼食やバナナ、水も充分に用意した。3人交代なので休養も充分、喉にはまだ余裕があった。
 15時50分から第3ステージ開始。30分弱で10曲を歌った。

「恋心」「Let it be(org訳詞)」「バラが咲いた」「庭の千草」「風来坊」「夢一夜」「ウナセラディ東京」「時の流れに身をまかせ」「抱きしめて(オリジナル)」「熱き心に」

 実はラストステージはかねてから構想にあった「多ジャンル混在型」の構成で臨んだ。第3期チカチカ・オーデションでミニ版を試したが、本格的なものはこれが初。
 最初の2曲までは順調で、聴き手はすぐに10人を越えた。特に「Let it be」は強かった。ビートルズの名曲は、もはやクラシック的位置づけと評価してよいのではないか。
 ところが続く唱歌系2曲で人が引き始め、「庭の千草」ではわずか一人になってしまった。続くフォーク系と昭和歌謡系では盛り返して20人を突破したので、唱歌系の弱さが際立っている。ストリートでの唱歌系は考え直すべき時期かもしれない。
 1週間前に完成したばかりの平成歌謡風オリジナル「抱きしめて」はこの日が初披露。「もしもテレサが生きていたなら、きっとこんな曲を歌っていたでしょう」と前置きし、テレサの歌の直後に歌ったが、反応は非常によく、人が増えることはあっても減ることはなかった。
 CDは5枚しかなかったので、この時点で残りはサンプル1枚のみ。途中MCでの案内は一切しなかったが、「抱きしめて」を歌った直後、「このCDは売り物ですか?」と尋ねる男性が現れ、とうとうサンプルまで売れてしまった。まさかの完売である。

 終了後も「私もCDが欲しかった。次はいつやりますか?」と尋ねる女性がいたので、多めに持参してマメに告知をしていれば、もっと売れたことは間違いない。
「初めての土曜」「初めての2枠連続3ステージ」「初めてのCD頒布」「初の多ジャンル混在型」など初めてづくしだったが、予想を超える成果をあげることができた。
 これまで「オリジナルはストリートではご法度」などと勝手に自分で決めつけていたが、楽曲次第では充分に勝負でき、しかもCDまで買ってくれることが分かった。この実績をふまえ、今後の活動の方向性を決めたい。

2012年10月11日木曜日

エレアコ電池の消耗度

 電子譜面台のホルダーをちょっとだけ改良。マイクスタンド用と自立式譜面台用の2ヶ所に空いている穴に端部から切り込みを入れ、蝶ネジを外さずとも素早く着脱可能なようにした。
 先週末のカフェコンサートの折、初めて実戦で試した自立式譜面台は問題なく機能したのだが、移動時に分解して運んだ電子譜面ホルダーを組み立てる際、予想通りワッシャーと蝶ナットを床に落としてしまった。
 幸い、転がるパーツを足の裏で押え、紛失は免れたが、やはり着脱法はシンプルな方が望ましいことを思い知った次第。

 溝がややずれてしまったが、ひとまずはうまくいった。以前に比べ、着脱は抜群にスムーズ。心配していた締結力の劣化は現時点ではない。あとは実戦で効果を確認するのみである。


 夕方の定例練習で、エレアコにシールドケーブルをつないだら、内蔵ピックアップの赤ランプがいつまでたっても消えない。つまりは、「電池残量少なし」の警告信号である。
 調べてみたら、前回交換したのが今年6月。その前が今年1月で、間隔がだんだん狭くなっている。
 最近は平均して毎日40~60分は練習していて、その時間は日毎に長くなる傾向にある。試算すると、およそ100時間で交換時期はやってくるらしい。

 ちょっと手に入りにくい9V電池だが、いつもダイソーのアルカリ電池を157円で調達している。おそらくはこれが最安値。ライブ用品の中でも典型的な消耗品なので、年3回合計500円近い出費もやむなしか。

2012年10月10日水曜日

3年越しの感想

 3年間、ずっと読み続けている著名なイラストレーターの方のブログがある。写真は原則1日1枚で、サイズもごく小さい。しかし、文章とのバランスがよく、センスに溢れている。
 ほぼ毎日更新されるが、読み手の立場を考えてシンプルに作られているのがよく分かる。写真はあればいいというものでもなく、数と容量の絞り込みが大切だと私は思う。


 今日、いかにもコメントを入れたくなるような内容が記されていた。老眼が進んで、創作作業に支障が出始めた、というもの。ふと見るとコメント欄が開いている。以前はなかったはずだが、いつの間に…?
 思わず書き込んだら、たちまち返信のコメントがついた。その間、たぶん1時間ほどか。私同様、自宅で仕事をしている方なので、たまたま反応が早かったのかもしれない。しかし、早い返信には誠実な人となりを感じる。
 うれしくなって、また書いてしまった。ただ読むだけで、ずっと感想を送れずにいたが、これで長年の気が晴れた。
 そのRさん、海の漂流物を中心としたゴミ、不用品を使った創作を得手としている。カエルが好きで、チェロが得意。自分の作品を展示したギャラリーで、ときどきライブを開いたりしている。生き方に多くの共通点を感じる。読んでいるだけで感性がシゲキされるような不思議なブログだ。

「同類のような方ですね!」とコメントにあり、仲間に入れてもらったようで、またまたうれしくなった。首都圏在住で、デザイナーとしては雲の上のような方だが、いつか個展&ライブを見に行きたいと本気で考えている。

2012年10月9日火曜日

食べたり歌ったり

 夕方に某出版社の方が来訪し、ちょっとした打合せと反省会を開く。原稿の素材に使った麦芽水飴(デンプン飴)の現物を囲み、割り箸で巻いてそのまま食べたり、いろいろなクッキーや煎餅に載せて食べてみたりした。

 麦芽水飴は昭和30年代の北海道農村部でよく食べられたお菓子だが、いまでもわずかに作っている会社があり、取材のためにわざわざネット通販で取り寄せたもの。
 いろいろ食べてみたなかでは、新潟産の薄味煎餅との取り合わせが最も良かった。次点は南部煎餅あたりか。いずれにしても風味漂う懐かしい味であることに変わりはない。


 終了後、特製の納豆チヂミやら茶碗蒸しを囲みつつ、今後の連載や特集に関していろいろ情報交換。出版関係の方は話題が豊富で好奇心も旺盛。話がつきない。
 納豆チヂミは私が、茶碗蒸しは妻が作ったが、今回はなかなか美味しく仕上がった。
 求められるまま、ギター弾き語りで数曲を披露。アンプもマイクも一切使わず、譜面も見ない本来のアコースティック&アンプラグドなスタイルで「浜辺の歌」「知床旅情」を歌う。ここまでは良かったが、「もう1曲『虹と雪のバラード』をお願いします」と請われ、窮した。
 7年前に札幌時計台ホールを基点にした記念イベントで数回歌ってはいるが、以来とんとご無沙汰。もちろん暗譜もしてなく、譜面がないと、とても歌えない。
 ぜひにとのことで、あわてて中華Padを持ちだして電子譜面を準備。検索機能で探したら、すぐに見つかった。恐る恐る歌ってみたが、何とか覚えていた。転調してリフレインするラストをちょっと忘れていたが、すぐに思い出す。思いのほか、出来はよかったかもしれない。

 これまで積極的にリクエストを受けたことはなかったが、実際にやってみると案外いける気がしてきた。食べたり飲んだり歌ったり、良き一夜であった。

2012年10月8日月曜日

実家の外壁補修

 晴れたら実家の外壁補修作業に行こう、と前夜から決めていた。私にしては早めに起きると、予報通りほぼ快晴。気温もぐんぐん上がり、絶好のDIY日和である。
 事前に買っておいた6枚のポリカ波板、強浸透性シーラー、20M分の電源コード、脚立、ビス、各種工具などを慎重に吟味し、車に積み込む。車だと40分弱だが、着いてから忘れ物に気づいても自宅と違って取りには戻れず、作業に支障をきたす。

 今日の作業は傷んでいる窯業系サイディングに強浸透性シーラーを塗り、さらには1階下屋と2階壁が接する部分に透明のポリカ波板を張ることだ。


 13時45分くらいから作業開始。シーラー塗装は初めてやるが、予想外に水っぽくて戸惑った。壁に滴り落ちる分はそのまま放ってしまったが、乾いてから見ると少し色が変わっている。ていねいに仕上げるには、ウェスで拭き取るべきだったか。
 傷んだ箇所が多く、塗り終えるのに都合1時間を費やす。その後、ポリカ波板を順に張ってゆく。冬に1階屋根に積もる雪が壁に悪さをする。あくまで対症療法だが、その雪から壁を守ろうというのだ。

 660×1820の波板を横に使い、下地の通気胴縁に木用ビスで止めてゆく。つなぎの部分には3センチ程度の重なりもうまくとった。ポリカ波板の扱いには手慣れているので、難しかったのは窓を回避する部分くらい。それでもそれなりに時間は食った。
 途中、トイレに行きたくなったが、あいにく実家はいま水道を止めてある。近所の姉にSOSコールを入れ、トイレを借りに行く。日が暮れる前に何とか全作業を終えた。
 思っていたよりもきれいに仕上がり、DIYにしては上出来であろう。最後に様子を見にきた姉も喜んでいた。(屋根上に落ちた壁の残骸は、姉に掃除を頼んだ)
 今回の作業で要した材料費、全部で1万円弱。シーラー塗装にしても虫歯の進行止めのようなもので、所詮は対症療法。お勧めはしないが、「とりあえず安価で傷みの進行を遅らせる」というむきには、参考になるかもしれない。

2012年10月7日日曜日

企画力

 企画力の大切さを最近つくづく思う。あらゆる事業やボランティア組織、そして単なる趣味集団に至るまで、傑出した企画力がないとやっていけない時代がやってきたように思える。
 昭和30年代からバブル景気に至るまでの高度成長期には、単に周囲の波に乗り、馬車馬のように働いていればそこそこやっていけた時代も確かにあった。しかし、いまや資本主義経済には明らかな陰りが見られ、世の価値観も日々変貌しつつある。社会の潜在ニーズを的確に見極め、そして実行に移す力量が求められているのだ。
 30年間、細々と事業を続けてきた私もその例外ではなく、臨機応変に社会の動向を見極め、素早く対応してきたつもりだ。でなければ、妻と二人の零細事業を、曲がりなりにもここまで続けてはこれなかっただろう。
 企画力とは無縁と思われた第一次産業にでさえ、変貌の影は忍び寄っている。TPPに代表される社会的要因がそれで、オカミにすがってばかりいては、あっという間に足元をすくわれてしまう。難しい時代になったものだ。

 多くを望まず、オカミ(政治)に頼らないコンパクトな生活を旨としてゆけば、あくせくせずとも、とりあえずは生きていけそうな気もする。
 その場合、企画力に腐心するのは趣味かボランティアの世界に限られ、私の場合なら次なるライブの場を探したり、新たなステージ構成を考えたりすること。金儲けとは無縁の世界なのでやっていて楽しいし、一人であれば失敗も怖くない。新しいアイデアもそれなりに湧いてくる。
 これに限らず、企画力の泉はたゆみなき好奇心と邪心なきアソビ心にあると私は思う。常に進化するキモチである。
 明け方に新しいオリジナル曲が突然舞い降りてきた。あわてて起きだし、手近な紙に歌詞とコードをメモ。
 最近、覚醒状態によく曲ができる。今回は明らかにシゲキ的な昨夜のライブの恩恵である。やはり新しいことはやってみるものだ。

 その「抱きしめて」という新曲、歌謡曲のようなラテンのような、はたまたシャンソンのようでいてフォークのような、実に不思議な味である。すでに完成して、夕方の定例練習でも歌った。
 もしテレサ・テンが生きていたら、こんな曲を歌っていたかもしれない。その意味では昭和歌謡ならぬ「平成歌謡」ということになる。

 抱きしめて いまは抱きしめて
 この身が砕けてしまうほど
 抱きしめて 強く抱きしめて
 今宵のあの月消えるまで

 近々、ストリートライブで歌うかもしれない。通りすがりの反応がちょっと怖く、そして楽しみ。

2012年10月6日土曜日

パトス・カフェコンサートvol.7

 入場無料のオープンなイベント「パトスカフェコンサート」に初めて出演した。場所は札幌市営地下鉄琴似駅地下。そこにスタジオやホールがあり、演劇や音楽を随時やっている。
 そんな話を耳にしたことはあったが、一度も行ったことはない。たまたまツイッターで出演者の募集を知り、主催がチカチカパフォーマンスを運営しているNPO法人と同じだったこともあって、メールで問い合わせたら、ぜひにとのことだった。


 そもそもNPO法人が主催するコンサート自体が稀。スタジオ前のロビーで昨年から不定期に実施され、通算7回目。今年は3回目で、拡大版として初めて週末に持ち時間30分でやるという。
 今回の参加者は以下の通り。(敬称略)

17:30 スミレ(ピアノ弾き語り)
18:00 渡辺慎吾(ギター弾き語り)
18:30 よしだともひこ(エレキギターシンガー)
19:00 =休憩&カフェタイム=
19:15 谷口千恵(ダンス&ボーカル)
19:45 菊地友則(ギター弾き語り)
20:15 伊藤賢一(クラッシックギター独奏)


 会場までは車で30分。行ってみるとチカホのライブで昨年知り合ったTさんとばったり出会う。聞けば、長年ここでボランティアをやっているのだとか。世間は狭い。
 時間ぴったりの17時半にライブ開始。ステージはロビーに隣接するギャラリー内にあり、絵に囲まれてスポット照明も豊富。見上げると高い天井には配管やダクト類がむきだし。美と粗の入り混じった独特の雰囲気で、イメージの掻き立てられる空間だった。

 出演者の事前情報はなかったが、非常に若い。1番手の女性はなんと高校2年生である。不思議なことに全員がソロ、そして全員が本名でエントリーしていた。


 続く出演者も一様に若い。メモによれば年代は順に、16→37→20代→20代→62(*_*)→30、といったところ。ほとんど子供か孫の世代である。全体的に場が若そうな印象はあったが、想像を超えていた。
 さらには、出演者の大半がオリジナル曲で臨んでいた。4人目までの合計でカバー曲は1曲のみ。それぞれが個性に溢れ、退屈することなくプログラムは進んだ。
 ロビーには15席分のテーブルと椅子がランダムに並んでいて、数は少ないが空間が伸びやかで広い。公的施設なので完全禁煙だが、100-150円のドリンク類が飲める。(強制ではなく、持ち込みも可)
 ステージ横には出演者用の楽屋もあり、快適な環境が整っている。出演者は拡大版30分枠で1,000円、通常版20分枠で500円の参加費を支払う。(ワンドリンク付)
 モニタはないが、PAは立派で歌いやすい。グランドピアノも完備。これだけ整った条件が格安で提供されるのは、運営が営利追求目的ではないNPOだからだろう。


 休憩を挟み、19時45分から私の出番。とにかく時間は正確である。この日のセットには相当頭を悩ませた。他の出演者の動向が全くつかめず、およその検討でマニアック過ぎる曲は避け、半分程度のオリジナル傾向で臨んだ。

「雨ニモマケズ抄」(org作曲)「夕凪ワルツ」(org作詞)「傘がない」「Let it be」(org訳詞)「エーデルワイス」「ラブ・イズ・オーヴァー」「サクラ咲く」(オリジナル)


 初めての場ということもあり、出番直前にはちょっと上がった。しかし、テレビで観たオマジナイで凌ぐ。いざ始まったら肝が座り、普段のペースで演れた。

 客席は8分の入り。スタッフを含めて聴き手は20名弱か。大半が出演者とその関係者、そしてスタッフなので、ライブ中は非常に静謐。客席がかなり暗いのでステージからはほとんど見えず、集中できる条件がそろっていた。


 若手の中でつい気負いそうになる自分をぐっと抑え、淡々と歌い進んだ。出来は悪くなく、突出年長者としての気概と存在感は確かに示せたと思う。終わると数人の出演者やスタッフに囲まれ、いろいろ声をかけてもらった。
 この日が初披露の「Let it be」オリジナル訳とか、「傘がない」など、腐心した選曲も効果的に働いたらしい。「サクラ咲く」はオリジナルCDで評判の良かった曲だが、ここでもやはり受けた。

 全く未知の場で不安もあったが、若い人のエキスをたくさんもらい、いい刺激になった。もし次回があるとするなら、オリジナルの比率を80%くらいに上げよう。オリジナルの引き出しを充分に持っていないと、ちょっと辛い場である。逆にそこが大きな魅力であるかもしれない。