2008年9月30日火曜日

小さく生きる

 アメリカで株が歴史的な大暴落をし、そのアオリを喰らって日本でも暴落した。世界大恐慌の兆しありとやらで、原油価格も暴落。ついに1バーレル100ドルを割った。まだまだ下がる。
 これらの阿鼻叫喚の元凶は、実は「アメリカ版バブル」ともいえる作られた住宅景気にあった。充分な支払い能力のない低所得者層に、「みなさん、大丈夫です。安心してどんどん消費してください」とアホな政府(ブッシュ)が煽り、それを本気にして能力をはるかに超えた住宅を買ったアホな庶民が、あっという間にローンを焦げ付かせ、残ったのは破綻と売れない不動産、つまりは不良債権というわけだった。

 これがつい数年前の話である。


 消費を煽った背景は、景気の原動力である住宅産業の勢いを落としたくなかった政治、ひいてはその票のバックボーンとなる経済界にある。
 議席を失いたくない→大企業よりの政策→失政による経済破綻、という分かりやすい構図で、どこかの国と非常によく似た図式である。

 これらをひっくるめて「サブプライムローン問題」となるのだが、間抜けな政治家の煽動にもし庶民が安易に乗らず、粛々と自分たちのペースを守り、身の丈に合った生活をしていれば、おそらくこれほどの問題にはならなかった。
 果てしない欲望の追求のすえ、たどり着いた実りなき荒地に、貧乏人もカネモチも大慌てなのが現状だ。
 はてさて、一時期ハマった株取引もとうの昔に止めてしまい、不景気の影響を受けにくい方向に自浄転換した我が事業体系。夫婦二人の生活もつましく、ごく少ない収入で暮らしてゆける質素で身軽な暮しとなれば、世間の騒ぎもまるで遠いオトギの国の出来事のように聞こえる。
 我が身に一番影響のあった原油高も、前述のように当面は下がるばかり。日本では一番の関心事らしい総選挙も、実は我が暮らしにはたいして影響がなく、今回ももしかすると棄権となるかもしれぬ。
(仮に棄権した場合でも、政治に不満は並べません)

 タイトルは忘れたが、加川良というフォーク歌手が、「小さくなって、女々しく暮らそう…」といった主旨の歌を40年近く前に確か歌っていて、結構好きだったが、いまになってその意味が痛いほどよく分かる。
 秋の夜が静かにふけてゆきます。

2008年9月29日月曜日

新旧交代

 月末の月曜ということで、請求書作成作業に追われた。ほとんどの取引先は月末締めで、45~50日後に支払われる。これまたほとんどの取引先は現金払い。ある限度を超えると手形になる場合があるが、仕事量の減った昨今では、超える心配はあまりしなくてよい。
 現金にせよ手形にせよ、自分の口座に入金される前に取引先が倒産したりすると大半は泣き寝入りで、そこが自由業の辛さ。

 危ない相手とは最初から取引しなければよいのだが、長い付き合いのある取引先からの紹介仕事だったりすると、事はそう簡単には運ばない。最初の面談で、(この相手はクセモノだな…)と直感が閃くことも多いが、「金に目がくらんで」つい引き受けてしまうこともあったりする。自由業の悲しい性である。


 元請けとして、建築主から直接設計を受注している場合、こんな心配とは無用かと思いきや、実はそうでもないらしい。信頼関係を前提に設計監理契約や工事契約を結び、発注主が一個人であったとしても、時に支払いのトラブルはあると聞く。

 一方で、「宮仕えは辛い」といいつつ、会社がツブれるまでは給与の支払いはひとまず保証される。どちらがいいのか、よく考えようネ。
 夕方、久々に妻の髪をカットしていたら、かなり前に注文していたデジカメのSDHCカードが届いた。容量が4GBもあり、Class6なので640ピクセルの高画質動画が中断なく、軽く1時間以上は撮れる。
 アマゾンのネット通販で買ったが、価格が1,481円というビミョーな数字。実はアマゾンの通販では、商品の合計価格が1,500円を超えると、送料が無料なのである。
 ネットオークションの場合、メール便などの安い手段で送ってくれることもあるが、内容保証の関わる大手通販の場合は無理。小さな商品でも、何百円もの送料がかかるのが普通だ。特に北海道は送料が高い。

 そこである筋からの情報で、価格が1,500円にわずかに届かない場合の裏技として、「あっても困らず、しかも単価が100円以下」という品をひとつだけ追加し、1,500円をわずかに超えるように細工をした。
 写真に写っている「ガード封筒」がそれで、厚いボール紙でできた補強封筒である。本やCDなどを入れて送るためのもので、サイズも多種あるが、今回は74円のA5サイズ対応品を1枚だけ買った。これで合計1,555円。やった。

2008年9月23日火曜日

生活の垢

 最短だと来月初めには車が入れ換えとなるので、午後から車の中を掃除。20年も乗ったボロ車でも、走行距離はまだ8万5千キロで、車検は5月末に終わったばかり。廃車処分費用をとられるかと思いきや、意外なことに下取り価格が1万円だそうである。積み込んだままの雑用品は、早めに整理する必要があった。

 長い年月で、ゴミに近い品もかなりあり、処分と掃除にかなりの時間を費やした。引渡しまでの走行に必要な物はまだ降ろしてないが、およそ以下の品々が累々と積み重なっていた。

・大型シート3枚(車内汚れ止めと休憩用)
・ミニ毛布1枚(用途不明。保温用だったっけ?)
・大型ビニール袋2枚(通りがかりの急な採集品保存用)
・工具類(非常時のブースターケーブルや針金など)
・軍手1、タオル2(車の必需品)
・ゴムひも4本(自転車チューブを改造。ルーフキャリア用)
・テニスボール1個(子供が小さかった頃の遊び道具)
・墓参セット1式(最近積んだ。ローソクや線香、湯のみ等)
・雨傘とカッパ各1(不意の雨のために)
・非常停止用の三角表示板(高速道路用だったですか?)
・予備運転メガネとサングラス
・あめ玉とガム(眠気ざまし)
・各種カード類(ガソリンや酒店など、車関連)
・音楽カセットテープ4本(CDが聞けない車です)
・ティッシュペーパー
・ボールペン1本
・単4乾電池4個(デジカメ等の電池切れ非常用)
・お助けの数珠(自転車日本一周で拾った安全お守り)
・その他、ジャッキや車検証等の書類

 これらを「下取りの際に引き継ぐ物」「今後二度と使わない物」「今後も引続き新車で使う物」の3つに分類した。多くはゴミ芥のたぐいで、よくぞまあこんなに積んでいたものだ。
 生きているということは、生活の垢を自然に溜め込む行為そのものなのかと、我が事なのに、ただあきれた。
 屋根につけてあるルーフキャリアはそのままでよいか、相談しなくてはならない。新車にルーフキャリアをこれまでのように装着するかどうかは、目下思案中。
 スキーもキャンプもすっかり縁遠くなり、ルーフキャリアを使う機会もめっきり減った。1820を超える長いDIY材を積むだけなら、ホームセンターの小型トラックを無料で借りれば済む。購入時のオプションからは、ひとまず外した。暮らしに応じて、住まいも車も変わってゆく。


 以前に吉成洋子さんを始めとする「四人展」を見にいった際、会場の「カフェ・アンジュ」で買った不思議な一輪挿しの写真を、ようやく載せる。ご覧のように、一輪挿しというより、「瀬戸物でできた額縁」と言い換えたほうがいいかもしれない。玄関ドアを開けた正面の靴棚の上に飾ってある。
 長方形の板の中心背中部分に円筒形の別の容器がついていて、そこに水が入る構造。穴は表と裏の両方に開いていて、両側からそれぞれ花などを差し込める仕組みだ。もちろん手製である。

 現在は両方ともツタの葉を差してあるが、裏側にはもう少し背の高い花などを差すと、全体のバランスがよりよいかもしれない。

2008年9月22日月曜日

近未来寿司店

 帰省中の息子が昼食をオゴってくれるというので、何年ぶりかで回転寿司を喰いにいった。場所は妻の友人が「あそこは美味しい」と絶賛したという、いつも行くホームセンター近くの某所。

 寿司は近所のスーパーで充分、という方針をずっと貫いてきたが、高い割にまずく、車で出かけると酒が飲めないというのが、その大きな理由。家でどっしりと構え、発泡酒を飲みつつ、買ってきたつまむ寿司の味は格別だ。
 しかし、妻はスーパーよりもたまには外食がいいらしい。その「たまに」が今日だった。
 あまり乗り気ではなかったが、だまされた気分でついて行ったら、これが案外いける。ネタはほどほどだが、シャリが抜群にうまい。シャリに限ってはこの店の勝ち。
 あれやこれやと20皿ほどを3人で喰う。2日続けて昼間から酒を飲む気にもなれず、ひたすらお茶を飲む。そもそも今日は連休の谷間の「平日」で、仕事はなくとも、いちおう営業日ではないか。酒などもってのほかだ。
 清算前、「2,500~3,000円ってとこだろか?」と話していたら、2,900円ほどだった。味の割には安い。「たまに」だったら悪くないかも。

 この店の清算が、まるで空想映画のような最新方式で、テレビリモコンに似たセンサーを、空になった皿にかざすだけ。すると勝手にセンサーがチッチッと光り、食べた皿の数とその値段(ネタ毎に微妙に違う)が自動計算され、清算レシートとなって出てくるのだ。
「あれはいったい、どんな仕組みですかい?」と息子と話したが、おそらくは皿にICチップが埋め込まれているのではないだろうか。記憶だけでササッと正確に清算する老舗の本格寿司屋さんは知っていたが、別の意味で驚かされた。
 戻ると留守電が盛んに点滅している。着信記録にもかなりの数があり、すべて車業者からだった。さっそく連絡して夕方に来ていただいたが、どうやら希望する車種と色の車が、たった1台だけ北海道に奇跡的に在庫しているらしい。
 もし仮予約などが入ってなければ、1週間ほどで納車可能とか。なんだか急に気ぜわしくなってきたが、機はすでに熟しているので、早いなら早いで構わない。
 偶然だが、寿司屋の帰り道に、全く同じ車種で同じ色の車に遭遇した。シンプルで飽きのこないデザインと色で、またまた長く乗りそうな予感。

2008年9月20日土曜日

手製デジカメケース

 新しく買ったデジカメのケースを作った。一番最初に買ったデジカメにはケースがついていたが、2台目からはついてこなくなった。
 買うと結構高く、今回のPENTAX製のは安い物でも2,000円近くする。2台目に買ったデジカメのケースは、使っていないマイクのソフトケースを自分で作り直し、いまでも使っている。
 今回はこれまでの中で最も薄くて小さいが、ケースなしで持ち歩くのは不安がある。せっかく本体を安く買ったのだから、2台目同様、ケースも自分で作ることにした。

 引き出しの中をひっくり返し、ケースに転用出来そうなものを探す。マイクケースはもうひとつ残っているが、同じケースでは芸がなく、そもそも見分けがつかない。
 キルティング製の大型ペンケースを見つけたが、布なのでいかにも安っぽく、色もイマイチ。古いカメラやストロボのケースを漁るが、適当なものが見当たらない。そうするうち、ずっと使ってない細いペンケースを見つけた。


 どこかのバーゲンで100円くらいで買ったはずだが、やはりパソコンの普及で、このところの出番はほとんどない。合成皮革だが、裏にフェルトの裏打ちがあり、カメラケースには向いている。色や質感もなかなか具合がよろしい。
 そのままだととてもカメラは入らないが、全体をバラし、縦に二つ折りにして作り直せば、ぴったり収まりそうな感じがした。
 さっそく行動開始。本体とファスナーを分解し、カメラ本体をあてがいながら適当に裁断。得意のミシンを使って、1時間ほどで完成した。
 写真の上が途中まで分解した元のペンケースで、下が出来上がったデジカメケース。サイズもぴったりで、ほぼイメージ通りだ。

 ファスナーの握り部分に手ごろな鎖でストラップを連結してある。ケースから出して撮影中もそのままケースがぶらさがり、失くしたり、しまう場所に困ったりしない。
 いまどきのデジカメは本当に軽いので、今後は手持ちの長いストラップも併用し、首から提げて使うこともあるかもしれない。ともかく、今回も買わずに済んでよかった。

2008年9月19日金曜日

BSアンテナを交換

 午前中、カミナリで映らなくなっているBS放送アンテナの点検に、ようやく知り合いの電気屋さんが来てくれた。住宅配線工事を主としている方なので、何かと忙しいらしい。あまり無理はいえない。
 いろいろ調べてくれて、やはり当初の見込み通り、変換器がやられているという結論。本体を丸ごと交換という手はずになった。

 我が家のアンテナは三角屋根の頂点に取り付けられていて、地上8メートルという高さにある。周囲のどの家よりも高く、しかも隣地はすべて空地。上空からの格好のターゲットとなった大きな理由がこれだろう。
 アンテナ本体は近くのホームセンターで調達してもらったが、工事時間はちょうど1時間で済んだ。火災保険の申請には写真が必要とのことで、下の写真をプリントして添付する予定。
 落雷が9/3だったから、16日ぶりにBSが開通した。長かったが、トラブルの謎が解け、ようやく問題が解決した。


 BS放送が映らない2週間余、私自身はそれほどのストレスを感じなかった。主として映画やサッカーを見るためにBS契約をしているが、実はどうしても見たい番組などない。私にとってBS放送は、いわゆる「あってもなくてもいい物」なのだ。

「これを機会に、契約解除しますかね?」と妻に水をむけたら、「イヤよ」と即答が返ってきた。
 保険適用ということでもあり、(雷被害が火災保険の適用になることを初めて知ったが)妻の強い希望もあるしで、ひとまず契約継続となった。
 午後、妻の友人のSさんが車で家に来てくれた。用事があったのは妻でなく私のほうで、Sさんが乗っている軽自動車で、ぜひとも確かめたいことがあったからだ。

 20年乗った愛車もあちこち錆びて穴だらけで、もはや限界。減価償却はとうに済んでいるし、燃費も落ちてきて、修理費用もかさむ。今後の収入や余命なども考慮し、あらゆる面で経済的な軽自動車に買い替えるべく、ここ数年節約と資金備蓄に励んできた。
 いくつか候補を絞り込み、知り合いの保険屋さんに車業者を紹介してもらった。その最終候補に残ったある車種に、Sさんが乗っているのだ。

 軽自動車であること以外に、私の求めた条件は以下の通り。

・長さ1820のDIY材料が、室内にすんなり積めること。
・後部座席を畳むなどし、ギターケースが2台積めること。
・マニュアル車であること。

 これらの条件は、以下の項目と相互リンクしている。

・DIYのために頻繁に材料を買う。
・ギター弾き語りライブ活動を妻と二人でやる。
・燃費を最大にし、加速能力を最大限に引き出す。
 これ以外に、価格が100万前後の新車という、最も重要な条件がさらにある。これらの難しい条件を完全に満たす軽自動車は、実はほとんどない。まず「マニュアル車」という条件で、大半の車種が脱落する。
 長い物を積めるか否かも、カタログや営業マンの話だけでは情報収集が不可能で、さすがのネット情報でも無理。実際に確かめるしかなかった。

 Sさんの了解のもと、材料やギターケースの現物を持ってきて、直接積んでみたら、すべてOK。ギターケースは後部座席を畳まずとも、そのままで積めた。ずっと悩んでいた謎が、こちらも見事に解決した。
 車業者からの見積りはすでにFAXで入っていて、冬タイヤやアルミホイル、最低限のオプションや登録諸費用等一切を含めて、ほぼ予算内に収まることが分かっている。ニーズのほとんどない車種なので、納期はかなり長そうだが、雪が降る前には新しい車に乗れそうだ。

2008年9月18日木曜日

ピンチがピンチ!

 風の強い日だったが、休暇だった妻は朝早くから洗濯をし、外に干して出かけた。午前中は宅配便や電話の応対に追われ、午後は自動車セールスの応対に忙殺された。洗濯物に気を配る余裕はなく、放ったらかしだったが、夕方戻ってきた妻がウッドテラスに出るなり、何か叫んでいる。
「洗濯ハンガーが大変、ピンチよ!」

 何事かと思ったら、洗濯ハンガーが風にあおられ、ポールにかけるJ型のフックが、根元から真っ二つに折れてしまっている。ピンチなのはピンチではなく、フックのほうだった。
 以前にも書いたが、我が家は1年を通して湿度が40~50%前後と安定している。洗濯物をわざわざ外に干さずとも、室内ポールにかけておけば、1日もたたないうちに、たちまち乾いてしまうのだ。珍しく妻が外に干したわけは、「たまには日光にあてて、消毒でも…」と考えたらしい。

 過去の住宅関連の相談事でもそうだったが、特に女性には「消毒」だとか「清潔」ということにこだわる人が多い。人間、少々不潔でも、そう簡単に病気になったり、死んだりはしない。問題は家そのものの陽当たりや風通し、湿度や換気などに対し、理論に裏打ちされた気配りをすることだと私は思っているが、そうはいかないらしい。


「私の責任だから、私が新しいのを買う」と言い張る妻をなだめ、確か古い洗濯ハンガーが床下収納にしまってあったのでは?と調べてみたが、ない。
 以前のハンガーはまだ使えるので、いったんしまったのは間違いないが、あまりに古びてピンチの脱落もひどく、ついに捨ててしまったことを思い出した。

 壊れたハンガーを調べてみると、ピンチにはひとつの欠損もなく、まだまだ使える。要は何らかの方法でフックを復元してやればよいのだ。
 簡単なのは、折れたパーツをそのままビスで止めてしまうこと。あれこれ試行錯誤し、バネではさむスタイルをあきらめ、折れたパーツを二つに分解し、カーブのきつい側だけをハンガー本体に止めることにした。
 2ミリのドリルで両方を貫通する穴を開け、手ごろなビスで止める。写真はすでに復旧したあとで、右側にあるのは折れたフックの残骸。ポールにかけてみたら、フツーに使える。ただ、強風下ではちょっと無理かもしれない。
 新しいデジカメが届いた。いま使っているデジカメに大きな不満はないが、使い始めて5年にもなり、最近「フォーカスエラー」なるものが頻発するようになった。
「軽く叩いて直す」という古い手法でダマシダマシ使ってはいるが、いつ動かなくなるか、予断を許さない。
 パソコンやモデムほどではないが、デジカメはその次くらいに大事な仕事用アイテムで、予備機の準備はしておくべきだと考えた。

 いろいろ調べ、「単3電池駆動」「800万画素程度」「音声付動画がとれる」「音声の録音ができる」、これらの条件を満たし、なおかつ1万円以下という難しい条件に絞った。
 ネットオークションですべてを満たす物件に出会い、首尾よく入手。新品で本体9,700円、送料750円だった。今回の画像はこのデジカメ(PENTAX Optio E50)で撮ったもの。

 これまでのデジカメは300万画素だったが、両方を比べても、ブログ画像程度なら、そう大きな違いは出ない。仕事で使う横3000ピクセル程の現場写真なら、ある程度の差は出そうだが。

2008年9月17日水曜日

寄り添うアート

 私の生まれ故郷、幌加内町を拠点に活動を続けるステンドグラス作家、吉成洋子さんが札幌で1ヶ月にわたる共同展を開くと聞き、仕事で都心に出たついでに見てきた。
 吉成さんは去年も札幌で共同展を開いているが、見そびれていた。今回は8月に故郷に墓参りに訪れた折、半ば強引にお宅を訪問し、案内状を送っていただくようお願いしてあった。
 場所は札幌市中央区南6西18にある「カフェ・アンジュ」というギャラリーとカフェをかねた店である。緑に囲まれた住宅街の真ん中に、何気なく建っている。事前の下調べがなければ、見逃してしまうほどだ。
 普通の民家を改造し、1年前に新規開店したとか。広い敷地の内外に、所狭しとさまざまな作品が並んでいるが、一見雑然としているように見えて、実はある規律、統一感がそこにある。


 今回は「四人展」と名づけた共同展で、吉成さん以外の3人の作家は以下の通り。(敬称略)

・吉成翔子(金属工芸)→吉成さんのお嬢さん
・久守有子(モザイクアート)
・内海眞治(オブジェアート)

 4人の作品が内外の空間に柔らかく馴染んでいる。人の意志に寄り添うようなアートだ。


 吉成さんの作品は、幌加内町の大自然を色濃く映し出している印象がした。雪の妖精をイメージさせるキャラクターが、随所に登場する。

 下の作品は自宅を訪問した際に直接説明していただいたが、ガラスや色タイルのかけらを木材で作った型枠に置き、モルタルを流し込んで固めたものだという。モルタルには一部色粉を混ぜているだろうか。
 どの作品も優しく、そして染みるような鮮やかさがある。


 シゲキ的な作品群に囲まれ、同行した妻もカルチャーショックを受けたようだ。一通り作品を見たあと、珈琲を二人で飲んだ。カフェの内外は空間がゆるやかにつながっているが、室内から庭へとつながるウッドテラスに設けられた席を妻は選んだ。
 この珈琲が、これまで札幌では一度も飲んだことのない驚きの味。一口飲むなり、「これ、セシボンの珈琲よ」と妻が言う。どれどれと飲んでみると、確かに30数年前、恋人時代の妻と待ち合わせによく使った有楽町のセシボンという高級喫茶の珈琲に酷似している。当時で1杯400円もしたが、実に美味い珈琲だった。
 経営者の方に直接聞いてみたら、「シグリ」というニューギニア製の豆をベースに、数種類をブレンドしたオリジナルだとか。深いがさり気なく、そして爽やか。何杯でも飲みたくなる。
 帰宅後に調べてみたら、豆が100gで600円以上もする高級品。これで1杯450円とは信じられない。

 不思議な縁から、思わぬ場所で不思議な店に出会った。自宅からは少し遠いが、シグリの珈琲(メニューでは普通のブレンド珈琲)を飲みに行くだけでも価値のある店だ。

2008年9月15日月曜日

社会の模範

 原油価格が一気に下がり始めた。もともとが実際の需要とはかけ離れた投機マネーとやらによる高騰だから、アメリカの景気が失速し、イモズル式に欧州や日本も経済停滞、北京オリンピック特需の熱もすっかり冷め、今後どこにも原油が高止まりする理由が見当たらない。
 去年のこのブログで、「いずれ下がり始めまっせ」と予告したが、その通りになった。(2007.11.29ブログ)投機相場の逃げ足は早いぞ。

 その時に書いた「成熟した社会システム」が本当にやってくるか否かはまだ分からないが、原油高騰の間に、粛々と生活を切り詰める自虐的快感を知った人々や、原油に依存しない生産システムの構築を模索し始めた人々は、おそらく今後もその歩みを簡単には変えないのではないか。
 もしそうだとすれば、投機マネーとやらのもたらした馬鹿げた原油高騰騒動も、決して無駄ではなかったことになる。100年経ったあとに、そんな歴史的位置づけが出来ているかもしれない。確かめられないけどね。
 これに関連するが、昨日の訪問ライブの帰り、ガソリンが残り少ないので、いつも行く安いスタンドに寄ったら、長蛇の列。一部が交差点にまで入り込んで、とても危険だった。
 手前の信号待ちで、列に加わるべきか否かと逡巡していたら、反対車線からいきなり別の車がUターンし、強引に列に割り込んできた。しかし列に入りきらず、車体が斜めになって左車線を完全に塞いでいる。たちまち周囲から抗議のクラクションが鳴り響いたが、まるで意に介さない。
 思わず運転者の顔を見たら、人生の齢を立派に重ねた風貌である。少しは社会の模範になる気はないのですかとイマイマしく思い、列に加わる気は完全に失せてしまった。

 右車線を大回りしてスタンドから離れ、また明日でも来るかと帰路についたら、そこから100メートルほどしか離れていない別のスタンドで、ガソリンが167円で売られている。こちらのスタンドはがら空きで、さあイラッシャイ状態。
 最初のスタンドは163円で確かに安いが、その差4円。最近は一度に10L強しか入れないので、トータル40円くらいの違いしかなく、ルール破りをしてまで節約するほどの金額ではない。迷わずそこで2,000円分だけ入れ、気分がスッキリした。
 訪問ライブ2日目の結果は、施設側の段取りは完璧に近かったが、昨日とほぼ同じプログラムだったにも関わらず、聴き手の反応はいまひとつだった。寝ているわけでなく、ちゃんと聴いてくれてはいるが、全体的に覇気がない印象だ。
 出演者は3組で、順番と開始時間の連絡はちゃんと事前にあった。最初が子供6人のチアリーディングで、次が私。最後がソロの尺八演奏という、うまいバランスだったが、どの出演者も場の空気をつかむのに腐心していたから、私だけの問題ではない。

 連続なので、喉の調子は昨日よりもやや落ちていたと思う。施設長さんを含め、スタッフの多くが女性であることが、もしかすると関係していたかもしれない。
 2日続けて絶好調というわけにはいかない。場が変わると、反応もコロリと変わるのはよくあること。初めての施設で歌う難しさをまた知った。

2008年9月14日日曜日

擦り寄るツタ

「敬老の日・訪問ライブ」の第1日目は、予期せぬトラブルに見舞われたが、何とか無事に終わった。
 開始時間の30分前に施設に着いたが、すでにステージは設定してあり、ピアノやら木琴、多数の譜面台と椅子がズラリ並んでいて、どうも様子がおかしい。

 応対してくれた職員に事情を聞いてみるが、話のツジツマが合わない。FAXをくれた担当者の名札を見つけ、直接確かめてみた。しばらく待たされたあと、実は出演者は2組あり、予定の2時半には20名ほどの楽器演奏グループがスタンバイしていて、私はそのあとにして欲しいと突然言われた。
 どうやら依頼の時点で何らかの行き違いがあり、各出演者に話が通ってなかったようだ。
 雰囲気を察知し、「手違いがあったのでしたら、私はまたの機会ということで、このまま帰りますが…」と率直に申し出ると、施設長からは2組出演と言われているそうで、ぜひにと言う。それではと、待たせていただくことにした。
 控室もひとつしか準備してないとのことで、私はそのままホールの隅に座り、楽器演奏を聴くことにした。


 あれこれあって、楽器演奏が終わったのが、3時15分。5分でスタンバイし、すぐに始めた。場所はメインステージ横のちょっとした空間。楽器演奏の道具が多く、片づける時間がない。まあ、場所は1坪もあればどこでも歌えるので、たいした問題ではない。
 置かれた状況を冷静に判断し、聴き手もさぞや疲れているだろうと、曲も短め、MCも短めで、トントンサクサクと歌った。

 楽器演奏では唱歌と定番演歌が中心だったので、曲の重複をまず避け、構成をかなり変えた。シットリ系の曲をあえて外し、ニギヤカ系を多めにした。非常に難しいステージだったが、うまく自分のペースに持ち込んだ。
 30分で11曲を一気に歌ったが、結構な人数が最後までつきあってくださった。終わると、かってないほどたくさんの入居者の方々が回りに集まってきて挨拶し、ねぎらってくださった。
「素晴らしい声だ」「懐かしい時代に戻れた」
 そして、「これまでのボランティアの中で、最高だった」とまで言っていただき、苦労が報われた気がした。

 ライブでのトラブルは、「ある」と考えていたほうが無難。何もなしに自分の思い通り運ぶほうが、むしろ少ないのだ。この活動も足かけ4年になり、トラブルを咄嗟の判断で無難にさばけるようになってきた。成長はまだまだ続く。

2008年9月9日火曜日

木製電話ハンガー

 買い換えた電話の親機の高さがどうにも気になる。これまでの置き場である居間ベンチの上だと、高さが床からおよそ40センチ。受話器がコードレスなら問題ないが、コードつきだと受話器をとった場合の高さが低すぎる。コードが短く、本体が浮いてしまうのだ。

 すべてを以前に書いた「窓辺の子機」でやれば問題ないが、特に妻が電話の応対をする場合、慣れた親機でやっている。妻は「いまのままでいいわ」と言っているが、ハンガーで壁の高い位置につけ替えようかと考えた。


 ところが、専用の壁ハンガーは別売りで500円。しかも取り寄せで、壁に垂直につけることしかできない。できれば45度に傾けてつけたいところだが、そうなると自作するしかない。
 昨日からあれこれスケッチを重ねていたが、ほぼ構想が固まり、材料も手持ちの端材で足りるので、仕事の合間に一気に作った。

 写真の通りだが、45度に傾けた板の上に、電話機の裏に開いている4つの穴(本来は専用ハンガー用の穴)にピタリ合わせてビスを止め、電話機本体をそこに差し込んである。下端は木片でさらに支えているので、落下の心配はまずない。
 作業時間、およそ1時間。久しぶりのDIYだったが、やっぱり気ままな手仕事は楽しい。

2008年9月8日月曜日

整理分類のツボ

 土曜日に入った仕事に励む。このところずっと休みなしだが、例によって仕事のあるうちが華。車の買い換えも近いので、どんどん働きます。

 午前中、ある取引先から電話。
「過去1年分の○○ハウス関連の画像を、全部まとめて欲しいのだが…」
 どうやらメーカー側の要請らしい。

 かなりのお得意さんなので、調べてみたら去年1年で23棟、今年の分だけでも、すでに20棟もある。もちろん画像は先方でも保存してあるが、物件毎に他のファイルと混じっていて、パースだけを取り出すのが、かなりの手間だとか。
 私の場合、資料は取引先毎、ハウスメーカー毎に細かく分類整理してあり、整理台帳ソフトに「○○ハウス、2007」などとキーワードを入れてやると、必要な分は瞬時に取り出せる仕組みになっている。
 結局いまの仕事が一段落したあと、まとめてCDに焼いて送ることになった。

再び花を咲かせた「天空の植木鉢」

 仕事の分類は原則として1棟につき1番号を割り当て、頭2桁には西暦の年号を付加している。たとえば2008年に受けた35棟目の仕事なら、「08-035」といった具合。この方式は開業以来26年、変えていない。
 通し番号にしたのは、その時点での受注数(仕事量)が一発で分かるから。バブル景気の頃は受注数が軽く3桁を越えたが、ここ数年はそんな年は稀。しかし、何とか路頭に迷わずにやっている。

 この基本番号はデータベースで作った仕事台帳にまず割り当て、同じ番号を画像ファイル名や、提供された図面などにもすべて使っている。料金を請求する際の請求書番号も同じだ。もし画像が複数になった場合、基本番号のあとに数字を順に足してゆく。(「08-0351、08-0352」など)
 こうしておくと、のちのちの検索が非常に楽で、10年以上前にやった仕事の情報でも、簡単に探し出せる。
 同じ方式はデジタルカメラで撮った写真の分類にも使っていて、たとえば2008年9月8日に撮った5枚目の写真なら、「080908_05.jpg」といった具合に名前をつける。(年表記は西暦、月日の表示は2桁が必須)
 こうしておくとファイル名の重複はあり得ず、フォルダの中の写真が撮った順に表示されるので、やはりのちのちの検索が非常に楽。

 いずれもごく単純な数字の羅列だが、ファイル名を見るだけでおよそのことが推し量れるという利点があり、サラリーマン時代から図面の分類にずっと使っていた手法を応用した。整理分類は単純なほうが長続きする。

2008年9月7日日曜日

ホットコーナー

 カミナリで壊れた電話機を買い替えてから、ひとつだけ困ったことが起きた。コードレスの子機が1台ついているのは以前と同じだが、親機の受話器が、これまでのようなコードレスではない。
 1階にいて電話応対をする際、堀コタツに入ったまま電話をかけたり、応対しながら資料をとりに2階に上がったり、たまたま妻が受けた仕事の電話を外にいる私のところに届けたりという、よくやってきたことができないのだ。

 親機は回線の接続都合上、1階居間に置かなくてはならない。子機がもう1台あるタイプや、受話器のコードレスタイプもあるにはあったが、どれも1万円ほど高くなり、熟慮のすえにやめた。
 現状での対策として、子機の場所をこれまでのように2階仕事部屋の奥に置いたままでなく、私が起きたあとは2階の階段下にある窓台の上に移すことにした。携帯電話の置き場所は以前からここだったが、宅配便のサイン用に置いてある横のペン立の中に差しておく。
 この場所は1階~2階~玄関を結ぶラインの中間地点にあたり、どこからでも最短距離でアクセス可能。上の小窓からは来客の確認が直接可能だし、暑いときはこの窓を開けておくと、1~2階への風通しが抜群なのだ。いわば我が家の重要地点、「ホットコーナー」ということになる。


 電話機を替えてひとつ便利になったことがある。それは「番号毎の鳴り分け」という機能で、番号毎に10種類あるメロディから、好きなものを指定できる。
 まだ暫定的だが、「仕事用」「子供たちと私の親戚」「妻の友人と親戚」「FAX」「ボランティア」「知人友人etc」の6種類に音を分けた。たとえば、ファンファーレが鳴るとFAX、ユーモレスクが鳴ると妻関連といった案配で、鳴るだけで相手が絞り込めるから、対応がすごく楽。やっぱり文明の恩恵を受けている。
 昨夜は明け方3時からのサッカー最終予選中継を、妻と二人で終了まで見届けた。妻は普通に寝たが、眠らずにずっと仕事を続けていた私が、3時に起こしてあげた。
 妻に頼まれて起こしても、そのまま眠ってしまうこともあるが、昨夜は見事に起きた。初戦の難しいバーレーン戦なので、長年のサッカーファンである夫婦の応援にも力が入る。

 私は仕事の疲れもあり、ハーフタイムで少しだけ寝た。終了間際に3点目が入り、妻は見るのをやめて寝仕度を始めたが、どうも展開が気になって、私はそのまま見続けた。
 すると、つまらない連携ミスから、パタパタと短時間で2点入れられる。

・3点目が入ったことによる気のゆるみ。
・退場で相手が10人になり、味方のバランスも崩れた。
・終了間際に、選手交代が集中し過ぎた。

 やられた要因をあげると、このようなことになろう。子供のサッカー指導をやっていた時期に、私も同様の経験があるので、何となく胸騒ぎはあった。
(子供でも全日本でも、サッカーの流れ自体に大きな違いはない)
 何とか逃げ切ったが、楽勝ムードは禁物なことを、選手も監督も思い知ったことだろう。世界はそんなに甘くはない。

2008年9月6日土曜日

カミナリの後始末

 カミナリ騒動に関わる諸問題は、70%ほどが解決。
 昨夜遅く、テラス外の電灯のスイッチを入れたが、一向に点灯しない。今日になって新しい電球に交換したら点いた。外した電球の口金が少し焼けていた。
 玄関側にも同じライトがついているが、こちらは被害なし。よく考えると、落雷を受けたらしいBSアンテナの直下にある。これもカミナリの被害ということか。

 今回の被害はまとめると、以下の通り。

・インターネットモデム(無料交換)
・BSアンテナ(火災保険の対象)
・留守番電話(自己負担)
・テラスのライト(自己負担)
_今日の午前、手配中だったヤフーの新しいモデムが到着し、ようやくネット環境が通常に戻った。

 今日の午前に納品予定だった仕事用の画像ファイルは、実は昨夜すでに送信済み。夜遅くの回線が空いている時間を見計らい、ダイヤルアップ接続で送信したら、うまくいった。
 合計2.8Mのファイルが、13分ほどで送信終了。いつも使っている8MのADSL回線だとせいぜい1分で送信できるので、10倍以上はかかったことになる。それでも、不都合なく送ることができたので、非常時の予備回線としては、充分使えることが今回分かった。

 BSアンテナは、知り合いの工務店から紹介された電気屋さんと相談中。アンテナ本体についている変換器がやられている可能性が高いとのことで、おそらくは本体丸ごと交換になるだろうとのこと。
 工事は来週水曜日以降で、しばらくはBS放送が見られない。こちらはもう少しのガマンである。

 新しい電話機は、各種設定や住所録の入力がすべて終了。氏名表示が漢字になり、非常に見やすい。これまでの電話はちょうど10年前の製品だったから、性能の進歩は著しく、しかも価格は半分以下。文明の恩恵はしっかり受けている。


 午前中、弾き語りシンガー仲間の長崎のいちろうさんから電話があった。お見舞いとカミナリに関する情報で、いちろうさん宅も以前に住んでいた家で、何度かカミナリ被害にあっているとか。
 エアコンの室外機もやられるケースが多く、冷房を使っていない時期だと、その被害を見逃してしまうことがあるらしい。

 今回、最も費用がかかりそうなBSアンテナの交換は、火災保険の対象になることが分かった。エアコン室外機ももちろん保険対象だが、被害届の手続きは一括提出が原則なので、あとで気づいた場合、泣き寝入りとなる次第。そのことを気づかっての電話だった。
 幸いに我が家にエアコンはなく、そちらの心配はなかったが、ありがたい心遣いである。
_今回、必要迫られて5年ぶりにダイヤルアップ接続の「ゆっくりネット」を体験したが、接続時間を気にしつつ、素早く必要なサイトを巡回し、メールやブログも事前にテキストエディタで文章を充分に練ってから接続し、ただちに送信、という手順をとった。
 いまとなっては時代遅れの手法だが、これはこれで無用な情報にダラダラとしばられる必要もなく、時間を有効に利用できて、決して悪くはない。

「一度進んだ文明は、二度と元に戻すことはできない」と、よく言われるが、決してそんなことはないと思う。あればあるなりに、なきゃないなりに、人間はあれこれ工夫してヤリクリするものだ。
 文明の恩恵はほどほどにしておき、余ったエネルギーと時間と金を、もっと別のことに使ってみませんかね?

2008年9月5日金曜日

カミナリ一発

 一昨日(9/3)の午後12時過ぎ、あたりが急に薄暗くなったと思ったら、ゴロゴロと雷の音。妻も私もちょうどインターネットを利用していたが、ネットやパソコンはカミナリにとても弱い。
「危ないかもな~」とつぶやいたら、妻は早々にスイッチを切り、昼食の支度をしに階下へ。直後、2階の仕事部屋の目の前で大きな光の球が炸裂し、大音響と共にすべての電源が切れた。雷による停電だ。

 なぜか雨はそれほどでもなく、しばらくたてば電気も通ずるだろうと、じっと待つことにした。しかし、午後1時を過ぎても一向に回復しない。あいにく、この日は仕事の打合せが遠方であり、午後2時半には家を出る必要があった。
 我が家はIHヒーターなので、停電だと調理ができない。非常時のために炭やマキ、キャンプ用の石油ストーブの準備はあるが、妻は前夜の残りご飯と買い置きのアブラゲの皮を使い、手早くいなり寿司を作ってくれた。
_この地区は落雷や停電が多く、過去には最大4時間という停電もあった。夜まで長引いたときに備え、床下から石油ストーブを出して手入れをする。同時に停電の回復見込みを確認するため、北電に電話したら、「現在、その地区の停電情報はありません」との回答。
 落雷の件を伝えると、もしかしたらお宅だけではないですか、ブレーカーを確かめてください、と言う。その場で確認したら、確かに漏電ブレーカーが落ちていた。元に戻すと、すぐに通電。なんだ、そうだったのか。

 さあ、そこからが問題である。停電でリセットされた機器類の回復を試みたが、インターネットのモデムが全くつながらない。完全に雷にやられている。FAXは大丈夫だったが、留守番電話がオンオフを無限に繰り返す状態で、こちらも完全にやられている。
 留守番電話は以前から調子が悪かったので、これを機に買い替えることにした。モデムはすぐにヤフーに連絡し、代替品を送ってもらうことにする。レンタルなので交換は一切無料だが、到着は土曜の午前とのことで、3日間ネットがつながらなくなってしまう。
 そうこうするうち、出かける時間が迫ったので、あとの対策は戻ってから考えることにした。
_打合せの帰りにヤマダ電機で新しい電話機を買い、(より高機能の品が安売りで12,000円弱)すぐに接続。インタホンの接続もかねた製品なので、これまでと同じパイオニア製だ。着信関連の最低限の機能だけをオンにし、100件近い住所録の入力は、暇をみておいおいやることにする。

 夕食中にテレビを見ようとしたら、BSが入らないと妻がいう。地上波は見られるが、なぜかBSだけが全くつながらない。別のBSビデオや、新しいケーブルで試してもダメ。どうやらカミナリでBS回線のどこかがやられてしまったらしい。
 つまり、狙い打ったようなカミナリ様の一撃で、3つの電子機器が同時に壊れてしまったということ。幸い、4台あるパソコンはすべて無事。ルーターを使ったLAN配線も無事。もちろん、生きている人間サマも無事。これが何よりであったか。

 ネットはずっと不通だったが、仕事で使う外壁の画像データをどうしてもネット経由で入手する必要があり、最悪の場合は友人に頼んでダウンロードしてもらうことも考えた。
 しかし、こんなこともあろうかと、ヤフー以外にASAHIネットも予備として契約している。こちらは月額300円のダイヤルアップ接続。ブロードバンドではないので、接続速度はかなり遅いが、Mac内蔵のモデムを使っているので、電話回線さえあればカミナリの影響は受けない。ヤフーに切り替える5年前までは、ごく普通に使っていた。
 この5年の利用は皆無だが、マニュアルを頼りに、久しぶりに接続してみた。ところが、何度やってもうまくいかない。トラブルが起きるときとはこんなもので、使用条件を詳しく書いて問い合わせFAXを送った。
_落雷から2日たった今日、ASAHIネットから連絡があり、接続の電話番号が変わったとのこと。新しい番号にかけ直したら、今度はあっさりつながった。
 ブロードバンドのスピードに慣れた身には、まさに「ゆっくり、ゆっくり」だが、目的の画像も無事に入手し、たまったメールの確認、妻の急ぎのメールの送信、そしてこのブログの更新を、その「ゆっくりネット」を使ってやっている。

 画像転送は時間がかかるので、新しいモデムの届く明日以降にするつもり。住所録の再入力、BSアンテナ回線の修理手配(火災保険が適用されるらしい)、モデムの交換セット作業など、処理すべき事柄はまだまだ残っているが、仕事にも支障なく、どうにか乗り切れそう。
 しかし、よりによってカミナリの狙い打ちとはね。今年もまたまた「当たり年」ですか。

2008年9月2日火曜日

採れ過ぎた枝豆

 暑いな…と思ったら、外の温度計も室内の温度計も、ちょうど29度。どうりでね。いわゆる残暑でザンショ。
「暑さも峠を越したから、麦茶はまた来年ネ」なんて言ってたはずの妻が、いつの間にか麦茶のペットボトルを買ってきている。布団もフツーの肌布団にまた戻した。あれこれあわただしく、まだまだ油断ならぬ。

 この暑さに追い立てられるように家庭菜園のトマトや枝豆がどんどん採れていて、食べるのに追われている。トマトは朝昼晩の食卓に連日並び、どんどんさばけているが、問題は枝豆だ。
 こちらは毎日食べても食べきれず、今日はとうとう採りそびれた一株が黄色くなってしまった。仕方なく、このまま育てて来年の種用にすることが、早くも決定。


 枝豆は時期をずらして3回に分けて植えるので、いつもならヤリクリがうまくゆく。ところが今年は1回目と2回目の間が気温が低く、間隔をあけた割には、1回目の育ちがあまりよくなかったらしい。
 結果として、1回目と2回目の分が食べごろになる時期がほぼ同時。つまり、得意の「時間差攻撃」が今年に限っては、失敗したということ。今年は春先にいろいろ用事が重なり、庭の手入れは一番後回しにされた。たぶんそのツケに違いない。
 枝豆が採れ過ぎたことは過去にもあったが、対処方法としては全部ゆでてしまい、冷凍する方法がまずある。あとは前述のようにそのまま大豆にしてしまうのが無難だが、我が家では大豆は食べないし、来年の種豆としては、豆100個もあれば充分だ。
 冷凍すると味がやや落ちるので、我が家では写真のように葉や根がついたままの状態で濡れた新聞紙でくるみ、ビニール袋に入れて冷蔵庫の野菜ボックスに保存しておく。つまり、枝豆を低温で仮死状態にしてしまうのだ。

 この状態だと、ほぼ採れ立ての味が7~10日は持続する。菜園に植えた枝豆とうまくヤリクリすれば、新鮮で美味しい枝豆に、延々とありつけるというわけ。
 植える時期をずらすのが「時間差攻撃」なら、こちらは「低温だまし攻撃」ということにでもなりますか。