今回の施設で歌うのは実に今年4度目。一昨年夏にネット経由で初めて依頼されてから、通算でも8度目となり、熱い信頼関係が続いている。
曜日ごとに利用者は異なるが、私が歌うと知って曜日のシフトを飛び越えて聴きにくる方もいて、例によって問題になるのは、歌い過ぎによって飽きられること。そんな状況を察してか、担当のTさんは依頼にあたって「今回は聴き手の事情や嗜好を気にせず、菊地さんの好きな曲を好きなように歌ってください」という、信じ難いような配慮をいただいた。
とはいえ、場はあくまでデイサービスである。リスクを避けてごく普通に介護施設系冬メニューで無難に乗り切ろうかとも一時は思った。しかし、ある意味ではいろいろ試せるチャンスである。ここは守りに入らず、攻めてみるべきだ。
Tさんの言葉に甘える形で、これまで介護施設ではほとんど歌ったことがない曲を中心に14曲をセレクト。予備としてさらに3曲を準備した。
前日にTさんから確認の電話があり、「酒と泪と男と女」のリクエストが利用者から出たこと、オリジナルを1曲入れて欲しいことの要望がある。偶然だが、「酒と…」はすでにセットリストに入れてあった。
凍てつく真冬日が延々続き、道路の渋滞が予想されたのでかなり早めに家を出たが、予想外に流れはスムーズ。開始30分も前に先方に着いてしまった。
予定ちょうどの15時から開始。求められるままにアンコールを重ねつつ、結果として1時間10分で19曲を歌う。(※はリクエスト)
「大空と大地の中で」「北の旅人(南こうせつ)」「小樽のひとよ」「二輪草」「時代」「酒と泪と男と女※」「つぐない」「津軽海峡・冬景色」「あなたにメロディ(オリジナル)」「サン・トワ・マミー」「函館の女」「冬のリヴィエラ」「愛燦々」
〜アンコールステージ
「糸※」「時の流れに身をまかせ※」「矢切の渡し」「舟唄」「天使のウィンク」「また逢う日まで」
フォーク系と昭和歌謡系を2曲ずつセットにし、交互に歌う。中ほどでアクセントとしてオリジナルとシャンソンをはさむ苦心の構成だ。
曲の選択基準には迷ったが、結果として最近チカチカパフォーマンスで採用してる「本日のお勧め」から多くを選んだ。基本的にはこれが「いま自分が歌いたい曲」であり、特定の歌手の曲でも、一番好きな歌を選んで歌った。
歌い始めるまでは、かなりの不安があった。「好きなように」などといっても、場からの支持がない場合、果たしてそのまま歌い続けられるものなのか…?
しかし、歌い進むうちに、そんな不安は吹き飛んだ。手拍子の出る曲は5曲目の「二輪草」くらいだったが、他は手拍子や一緒に歌う人はなくとも、聴き手の集中する「気」が肌身で感じられ、熱心に聴いてくれているのが歌っていて分かった。「2曲ずつのセット」という進め方も効果的だったように思える。
ラストは年末に相応しく「また逢う日まで」で終わろうと決めていたので、事前にその旨を職員さんに告げ、40分くらいでラストひとつ前の「愛燦々」を歌い終える。特に要望がなければラストに進むつもりでいたら、何と複数の若い職員さんから、「糸」が聴きたい!との強い要望。
前半で歌った「時代」に続く中島みゆきの世界だが、前日のデイサービスでも中島みゆきのリクエストが出たばかり。北海道では場を選ばず、松山千春に続き中島みゆきもこれまた強いと悟った。
その後、熱くなった場はなかなか収まらない。聴き手の体調が心配で、1曲ごとに確認しつつ進めるような状況だったが、「ずっと聴いていたい!」という歌い手冥利につきる声援までもらい、求められるままに予備曲まで全て歌うことに。
時計は開始1時間を過ぎ、歌っている私の喉の調子は尻上がりによくなったが、最高齢92歳という聴き手にとっては、さすがに長過ぎる。18曲を歌った時点で、ようやくお開きということで話がまとまる。
ラストの「また逢う日まで」は、この日数少ない手拍子で歌える曲だった。最後は賑やかに締めたかったこともあって、ここでは事前にMCで手拍子を誘導した。
短い曲だが、これが大変な盛り上がりよう。それまで胸に溜まっていた感情が一気に吹き出したような感じで、途中で両手を頭上にかかげ、リズムに合わせて左右に大きく振る方が続出。手拍子まではよくあるが、こうした聴き手のパフォーマンスは初めての経験。まるで若者中心のライブハウスのようなノリである。
誰かが誘導したわけでなく、聴き手からの自然発生だったので、私はもちろん、立ち会った職員さんもびっくりしていた。
終わってみれば、介護施設系では初めてとなる1時間10分という休憩なしの長時間ライブを記録。延べ19曲を歌ったのも初めてのことで、何かと初めてづくしの日だった。
当初は不安もあったが、介護施設でこのような新しい構成でも十二分にやれるということが分かり、自分の新境地を拓いた思い。
終了後も場にはしばしの余韻が残り、「また逢う日まで〜♪」と楽しげに歌い続ける声が、ホール内のあちこちに響いていた。