2011年6月17日金曜日

忘れた頃に歌う

 先月の自主企画ライブから早くも1ヶ月が過ぎ去り、いただいた花束も少しずつ枯れ、最後に残ったツタも捨てようかとふと見ると、水につけてあった部分から、白い根が何本も出ている。ツタだけがいつまでも青々としていた所以は、どうやらこれだったらしい。
 ツタの苗は先日、近隣の百合が原公園温室から別の種類を買ったばかりだが、これも何かの縁と、捨てずに短く切り離し、手頃な湯のみに水を張って差した。おそらく切り離した茎からも発根するに違いない。たくましい生命力ではないか。

 ずっと使ってないはずの湯のみだったが、「これ、私のよ」と、妻からクレームがついてしまった。コップ類はいくらでもあるが、このまま水栽培を続けるか、あるいは培養土で鉢植えにするか、悩ましい選択だ。


 最近になって、「ウチの店でライブをやりませんか?」という、夢のようなありがたい言葉を相次いでかけていただいた。いずれも音響設備のない、ごくフツーのカフェ系の店である。
 先方はソロライブを望んでいる。PAは使えないか、使ってもごく小型のタイプで、小さなカフェだと必然的にそうなる。それはいいのだが、問題は先月自主企画ライブを大々的にやったばかり、というこちらの事情だ。
 以前にもふれたが、私の歌は続けざまに聴くような代物ではなく、知人に案内状を送ったとしても、受け取った側は迷惑だろう。場を変え、構成をガラリ変えたとしても、歌っている本人はそう劇的に変わるわけではない。「忘れた頃に歌う」くらいでちょうどよい。

 地区センターや介護施設のように私個人のお客様には依存せず、独自の聴き手がついているケースでも、同じ場で歌うのはせいぜい年に2度が限度。望ましいのは年に1度ペースである。
 先方には率直にその事情をお話しし、少し間を置いてからぜひお願いします、ということにしていただいた。晩秋あたりに、どちらかのお店でやらせていただくかもしれない。半年空ければ何とかなる気もする。精進を重ね、せいぜい歌の貯金に励むことにしよう。