実はこの曲にはちょっとした思い出がある。3人の子供たちがまだ小学生だったころ、「弾けますと~ん」という商品名のキーボードのおもちゃみたいな品を買った。
価格は1万円弱だった記憶があるが、このキーボード擬きには普通に音階が弾けるほか、「ROMパック」というメモリーが装着でき、メモリーモードに切り換えて内蔵された曲を指定すると、自動演奏する機能があった。
演奏は伴奏だけで、主旋律は鍵盤の上で順に赤くランプが光り、その順に従って弾くと最後に演奏技術を機械が4段階で判定してくれるという仕掛けだった。
この「採点機能」というものに、子供も大人も夢中になった。リズムと音程を完璧に弾けば100点が出るが、それは最初は不可能に近かった。しかし、練習するうち、本体に付属していた簡単な童謡などは、自然に弾けるようになり、100点も出せるようになってきた。
この「ROMパック」はさまざまな曲のセットが別売りされていたので、次々に買い足していったが、その中にビートルズがあった。
ビートルズのパックには4曲入っていて、「ミッシェル」「PSアイラブユー」「レットイットビー」そして「オブラディオブラダ」である。
このキーボード擬きに特にハマったのが当時小6だった長女で、全部で5本あったROMパックの大半の曲を正確に弾けた。中でもお気に入りは「オブラディオブラダ」で、主旋律はもちろん、本来は機械が弾くべき伴奏も左手でマスターするほどまで上達した。
(ちなみに我が家にはピアノもエレクトーンもなく、単なる自己流)
その年のクラスお楽しみ会でのこと、長女はこの「オブラディオブラダ」を一人で弾き語ると宣言し、附属していた英語の歌詞カードで、歌詞をこれまた完璧に覚えた。英語はNHKラジオで独学していたので発音は悪くなく、歌としてはそれなりに完成していた。
本番では無難にこなし、やんやの喝采を浴びたと聞く。「弾き語り」「英語」そして「独学」のキーは、すべて私の嗜好とも一致する。おそらくはDNAのなせる業だ。
その思い出の曲を、今度は私がギターで弾き語る。日本語の適当な歌詞が見当たらないので、またしても自分で訳詞を作った。
「オブラディオブラダ」はナイジェリアのヨルバ族の「人生は続く」という言葉だという説があるが、定かではない。歌自体は若い男女が巡り会って結ばれ、子供を作って家を立て、ドタバタしながらも幸せに生きて行く、といった単純な内容だ。
長女はいま首都圏の企業で視覚デザイナーとして働いているが、もしかしたら音楽の道に進んでもそれなりに食べて行けたかもしれず、事実そう強く勧めてくれる方も周囲にはいた。
「芸術」という広い枠でとらえれば、デザインと音楽とにそう大きな隔たりはないが、音楽を専門的に学ばせる余裕のなかった親としては、この曲を聴くたびにちょっとほろ苦い思いに包まれるのだ。
それでも人生は続くけど。