2018年8月9日木曜日

真のメッセージ

 ネット経由で依頼された遠方の認知症カフェで歌った。ウィキペディアによると「認知症カフェ」はオランダで始まった運動で、認知症の本人や気になる人、家族や地域住民、医療やケアの専門職が集まって交流を楽しむ場所、とある。

 場所は町内会館などの公的施設のほか、一般介護施設やカフェなども対象。開催は月1〜2回程度で、内容は飲食のほか、介護ガイダンスやコンサートなど多岐にわたる。公的な補助金などもあって、最近はライブ依頼が増えつつある。
 今回はカフェの別称でもある「オレンジカフェ」としての依頼で、46回目という長い歴史を持つ。会場は一般のグループホームだった。


 大半が午前中開催という特質があり、今回もその例外ではなかった。開始が10時30分ということで、9時20分に家を出た。気温が20度くらいと肌寒く、直前に衣装を長袖シャツとベストへ変更する。
 約50分で先方に到着。機材のセットはすぐに終わったが、聴き手の集まりに時間がかかり、控室でかなり待った。

 10時40分に呼ばれてステージ前に立つ。進行の方の紹介のあと、10時43分からライブ開始。アンコールなどあって、約35分で12曲を歌った。
「憧れのハワイ航路」「二輪草」「瀬戸の花嫁」「知床旅情」「幸せなら手をたたこう」「高校三年生」「牧場の朝」「夜霧よ今夜も有難う」「喜びも悲しみも幾歳月」「恋のバカンス」「東京ラプソディ」「月がとっても青いから(アンコール)」


 やや狭い会場は40名近い人であふれ、立錐の余地もない。事前にマイクテストをし、ボリュームは普段よりやや絞って正解だった。週初めから風邪の症状があったが、懸命の対策でどうにか撃退。苦手な午前中ライブの割に、声はよく出た。
 みなさん熱心に聴いてくださるが、曲間の手拍子や歓声などは皆無。「元気の出る曲を」との要望があり、おおむねそれに沿った構成にしたが、いまひとつ手応えに欠けた。しかし、1曲ごとの拍手は熱い。

 5曲目に歌った参加型の「幸せなら手をたたこう」で場内がかなり湧いたが、盛り上がりは限定的。しかし、客席から届く手応えは決して悪くないという不思議な進行が続いた。
 他方面から人が集まる関係で、聴き手相互のつながりがやや薄いという認知症カフェの特質がある。利用者だけで統一された一般介護施設とは異なり、全体が静ひつでも個のレベルでは確かに届いているのだ。


 時間通りに歌い終えたが、終了後の拍手がそのまま一気に手拍子になって止まらないという、これまた不思議な現象が起きた。
 ライブハウスなどではよくある、お決まりの「お約束アンコール」に似ているが、責任者や進行の方は全く先導していない。つまり、介護施設系では稀な「真のアンコール」なのだった。

 実は責任者の方からは事前に「もしかしたらアンコールがあるかもしれませんが、分かりません。準備だけはお願いします」と言われていた。アンコールは常に数曲を準備しているが、その「あるかも…」が起きた。
 終了後、あちこちのテーブルから「いい歌だった」とささやきあう声が耳に届いた。機材を撤収して退去する際に、責任者の方から「あまりに素晴らしいので、本当に驚きました」と労われる。
 手拍子、かけ声、歓声ばかりが聴き手の反応ではない。ステージに届く聴き手からの無言の気配こそが、真のメッセージという場合もある。