長男夫婦に誘われて、実に25年ぶりにキャンプに行くことになった。どちらも職場がシフト制の長男夫婦は、平日でも休暇をとることが可能。仕事が開店休業状態で、事情は似ている私たちだったが、当初はいまひとつ気乗りがしなかった。
私は10代から長く自転車でのキャンプ旅行を続けてきたし、妻も結婚後に北海道に引っ越してきてから、年に3回ペースで共に家族キャンプを楽しんできた。
その後子育ても終わって、「毎日がキャンプ」のような住環境に住み始めて16年、いまさらこの年で面倒なキャンプでもないだろう、といった心境である。
しかし、(いつかまたキャンプを再開するかも…)という漠然とした予感もあって、少しずつ揃えたキャンプ用具は、いまでも大切に押入れの奥や床下収納で眠っていた。
北海道で新しい暮らしを始めたお嫁さんが加われば、北の大地でのキャンプもまた新鮮に映るかもしれない…。そう考え直して、さっそく道具の点検整備を始めた。
幸いに、長年使い込んだキャンプ用具は保存状態がよく、ほぼ無傷で使えることが分かった。キャンプ場はなるべく近くて、設営の負担が少ないバンガローがついている施設を条件に絞り込む。
長男夫婦の休暇予定日だった8/11に奇跡的に空きがあった施設が札幌近郊の月形町に見つかり、さっそく予約を入れた。
期日が迫ってきて用具の準備は万全だったが、肝心の天気予報が悪い。キャンプ予定日の8/11〜12は札幌の雨の特異日で、札幌から北に50km弱のキャンプ場の天気も似たようなもの。直前になっても予報は変わらず、両日とも雨である。
一時は中止の話もでたが、休暇の変更は出来ないので、強行することになる。テントを持参して屋外に備付けのテーブルと椅子をすっぽり覆ってしまい、BBQはその中でやる覚悟を決める。
もし外での食事が不可能なら、焼いた食材をバンガロー内に運び込み、屋内にあるテーブルで食事をする手はずだった。(バンガロー内では火気厳禁)
当日の10時ころになって、予報通りに雨がポツポツ落ちてきた。次第に雨脚が早くなり、あっという間に土砂降りに。そのうち稲妻の光と共に、激しい雷鳴が伴う。いわゆる「バケツをひっくり返したような雨」になってしまった。
昼近くに雨がやむ。ネットの詳細レーダー情報で調べると、キャンプ予定地の予報も雨だが、16時から数時間は晴れることになっていた。予報を信じて、少し遅めに出かけることにする。
14時ちょうどに出発。用具をうまくやりくりし、私の軽自動車に用具一式を詰め込んで行くことになった。
雨は上がっているが、まだ時折雷鳴がする。黒い雨雲を追いかけるように走り、14時55分に現地到着。あちこちに水たまりはあるが、幸いに雨は降っていない。すばやく手続きを済ませ、手分けして用具をバンガロー前に運び込んだ。ただちにテントを組み立てる。
無事に組み終えて、用具一式をバンガローとテント内に運び込んだ直後、激しい雨が降り始める。時計は15時半過ぎ。ギリギリで間に合った。テントの中で休憩しつつ、雨がやむのをしばし待つ。
雨は次第に弱まり、20分ほどで青空が広がり始める。時計は15時55分あたり。レーダースポット予報通りだった。
全部で16棟あるバンガローは全て予約が入っていて、すでに焼き肉を始めているところも多い。少し早いが、また雨が降り出さないとも限らないので、予定より早く食べ始めることにする。
バンガロー使用料は長男夫婦が払い、用具一式と食材は私たちが準備したので、用具の管理担当は私。手早く炭を起こし、16時15分から早くも食材を焼き始めた。
激しい雨のせいで蚊の姿はなかったが、大型のアブが何匹もテント内に飛んできた。屋内にあったホウキではたき落としつつ、ひたすら食べる。出がけに近所の農協で買ってきた採れたてのトウモロコシが抜群の味。他の厳選した食材も外れがなく、美味しく平らげた。
この日のためにアルコールを減らして備えたので、息子と2人で缶ビールを8本も空ける。最近の私としては、珍しく飲んだ。
このところ仕事が多忙で疲れているという息子は早々とダウンし、19時にバンガローに入って寝てしまう。(その後朝まで起きてこなかった)
残った3人は準備してきた薪をBBQコンロに投入し、21時くらいまで延々話す。(直火での焚き火は禁止)子供たちが小さかった頃もそうだったが、夕食後に焚き火を囲みながら家族の今後のあり方などを語り合うのは、キャンプの大きな醍醐味のひとつなのである。
今回利用したバンガローには、全て玄関ドアの上にスポット灯がついていて、屋外のテーブルを照らす仕組みになっている。
テント内には灯油ランプとLEDライトを上から吊るした。これに焚き火の光も加わる。光量は多くないが、明るさとしては充分だ。
バンガロー内は畳換算で11畳ほど。壁はログ構造で、小屋組が在来工法。床はフローリング敷きで、床組の工法は不明。
基礎高が80センチほどあって、室内は適度に乾いている。窓は1階南北と小屋部分の東西にそれぞれ2箇所で、1階部分には網戸とカーテン、そして照明も点く。
室内は傾斜天井の吹き抜けで、壁際にログ構造の2段ベッドが2つ設置されている。ベッド内にはスノコと畳が敷いてあり、広さは充分。私たちは持参した敷パッドを四つ折りにして敷いたが、マット無しでも眠れないことはないだろう。
枕は車の座席に敷いてきた座布団とクッションで代用。封筒型の寝袋だけは、テント内で寝るときと同じスタイルだ。
予報では19時から再び雨のはずだったが、不思議なことにその後眠りにつくまで、降り出す気配はなかった。
25年ぶりの家族キャンプ2日目、ビールを飲み過ぎたせいか前夜は2度もトイレに起きたが、寝床はテントよりもはるかに快適で、自宅に近い感覚で寝られた。
朝6時くらいから、子供のはしゃぐ声で断続的に起こされる。あとで知ったが、1階の窓が開いていて、網戸だけだったらしい。どうりで声が通るわけだ。
7時に起床。外は気持ちよく晴れていた。妻はまだベットにいたが、息子夫婦は外のテント内に座って談笑していた。小学校時代にガールスカウトでキャンプをして以来というお嫁さんは、前夜よく眠れなかったという。
バンガローとはいえ、キャンプにはある程度の慣れも必要。私や息子と比べて、キャンプの積み重ねが少ないせいだろう。
持参の灯油ストーブでお湯を沸かし、まずは珈琲を入れる。続いてコッフェルの大鍋を使ってドイツ風スープを作る。
いつしか家族キャンプの定番となった朝食メニューで、前夜のBBQで残しておいたフランクフルトに野菜(ジャガイモ、人参、キャベツ)を加え、コンソメで煮込んだもの。栄養価が高く、起き抜けの身体も温まる。
この日はレーズンパンと前夜のうちに炭の残り火で作っておいたゆで卵も加わった。家にいるよりもはるかにゴーカな朝食なのだ。
今回の施設で特筆すべきは、トイレの清潔さだ。完全水栓で、障がい者専用も完備。洋式トイレにはウォシュレットまでついていた。
ただきれいなだけでなく、無垢材とタイルを巧みに使い分けたデザインも素晴らしい。ちょっとした道の駅レベル、いやそれ以上の設備といっていい。掃除も行き届いていて、このトイレだけでも充分に満足できるキャンプ場だった。
朝食後、手分けして食器類と寝具類の片づけにとりかかる。簡単に終わって、あとはテントを畳んで撤収するだけだ。
時計は9時あたりで、帰るにはあまりに早い。バンガロー内のテーブルと椅子に各自座って、のんびりお茶など飲んで時間をつぶしていたが、トランプを持ってきたことを思い出した。
キャンプと同じで、もう何十年もやってないが、ネットがつながらない場所なので、この種のアナログ的なゲームをやるには絶好の機会だ。
以前に楽しく遊んだ記憶のある「アメリカンページワン」を始めた。私以外はルールを知らなかったが、有名な「ページワン」と「UNO」を足して2で割ったようなゲーム。これが思いのほか盛り上がって、延々1時間近くも続けてしまう。
(妻はすっかり気に入ってしまい、「お正月にもまたやろうよ」とのこと)
途中でトイレに立ったお嫁さんの「雨です!」との声を機に打ち切り、あわててテントの撤収にとりかかる。晴れているのに、大粒の雨が落ちてくる。全く不安定な空模様だ。幸いにすぐにやんで、テントの濡れはほとんどなかった。
時間もちょうどよくなり、用具一式を車に積み込んで出発することにした。管理事務所は帰路の途中にあり、サイトから1キロほど離れている。
手続きを済ませて、10時半に事務所を出る。来た道を30分ほど戻り、途中の当別町から北進して石狩方面に向かう。この日は石狩灯台周辺を散策する予定だった。
50分ほどで着いたが、現地での行動に関して「番屋の湯(温泉)に入る」「石狩灯台周辺を散策」「砂丘に立つカフェで食事」の三択で皆の意見を募ったら、「まずは食事」であっさり意見がまとまる。
茫漠とした砂浜にポツネンと立ち尽くしているカフェ「マウニの丘」に行く。初めて行く店だが、かねてから気になっていた。
長い階段を上がって、3階に相当する場所に、3方向をぐるりと広いガラス窓に囲まれたカフェがある。窓からは日本海とハマナスが咲き誇る砂丘が一望でき、眺めは抜群。店内には静かにジャズ系の曲が流れ、落ち着ける。
メニューにはスパゲティが5種類とケーキが数種類。ネット情報にあったピザや定食類は、いまはやってないそうだ。
入口でオーダーして料金を先払いし、好きな席を選ぶ変わったシステム。水と使用後の食器の片付けはセルフサービスである。
ナポリタン風スパゲティのセットを頼んだが、2種類のオリーブ漬けとトマトソースがうまくマッチしていて、非常に美味しかった。珈琲にも深みがあって、これだけでも満足できる。冬季は営業していないようだが、また来たくなる店。
昼食後、カフェのテラス側から下りて砂丘を望む。陽射しは強いが、吹きつける海風がひんやりと心地よい。
その後石狩灯台に回って、岬周辺をめぐる木道を歩く。こちらは2度目だが、相変わらず何もない獏とした眺めだ。しかし、その何もなさ加減が、石狩浜の最大の魅力であろう。
13時近くまであちこち散策し、帰路につく。長いブランクのあったキャンプだったが、結果的に天候にも恵まれた。あまり気乗りしてなかったはずの妻が、「予想外に楽しかった。また来てもいい」などと前向きな感想。
私も似た思いでいたが、面倒なはずの準備が、意外に楽しいものであることに今回気づいた。ライブの企画にも似た側面はあるが、準備〜本番〜片づけまで含めた全てが、非日常としてのイベントの醍醐味なのだろう。