2012年3月21日水曜日

天中殺は続く

 平日だが、午前10時から近くの福祉会館で地域の中高年を対象としたコンサートがある。夏は草刈りや農作業のボランティア、冬は茶話会を中心とした交流を続けている地元住民の組織から出演依頼があったのは昨年末のこと。責任者のOさんとは昨夏の東日本大震災支援コンサートに出演した際、「今度はぜひ私たちの集まりで歌ってください」と声をかけられた。

 基本的に午前中のライブは声が出にくいのでお受けしない方針だが、集まりは午前中実施が原則で、お昼を全員で食べて解散、というのが恒例だという。たってのご要望なので、お受けした。
 前日は普通に2時近くまで起きていたが、当日は普段より3時間以上も早い午前7時に起床。以前にプロ歌手の高橋真樹さんが「起床後4時間は経たないとまともな声は出ない」と言っていたのを参考にしたが、結果としてもう1時間早く起きるべきだったかもしれない。
 出かける直前に簡単にリハを実施。不安のあるキーの高い曲を中心に練習したが、この時点でまずまず声は出た。眠くて頭がボーとしていたが、9時半には先方に着き、初めての場なので充分にマイクテストも実施し、万事ぬかりないはずだった。


 来賓挨拶などあって、10時15分からコンサート開始。聴き手はおよそ60名で、顔見知りも多数いる。40分で以下の12曲を歌った。

「サン・トワ・マミー」「オー・ソレ・ミオ」「宗谷岬」「浜辺の歌」「季節の中で」「時代」「聖母たちのララバイ」「瀬戸の花嫁」「野ばら」「月の沙漠」「神田川(リクエスト)」「高校三年生(リクエスト)」
 この日は現時点でチカチカパフォーマンスで使っている4種類のパターン、つまりは「シャンソン&クラシック系」「唱歌系」「フォーク系」「昭和歌謡系」のうち、まず各パターンから2曲ずつ歌い、一巡後に再度1曲ずつ順に歌うという趣向である。

 出だしはまずまず順調だった。つまずいたのは2曲目の「オー・ソレ・ミオ」だ。この日最も高いキーの曲で、開始直前に喉に少しひっかかりを感じていたが、自宅リハではいちおう歌えていた。そこでラストの聴かせどころをいつも通り最高音で歌ったが、声が途中でプツプツ途切れてしまった。
 あきらかに喉の不調からくるトラブルで、以前にも雪解けの時期に同じことが一度あり、気まずい思いをした経験がある。よりによってそれが請われて歌った場で起きてしまうとは…。


 やってしまったことは仕方がないので、歌い終えた直後に素直にわびた。「実は午前中のライブはほとんど経験ありません」と言い訳がましく添えた。
 活動開始時の7年前に午前中のライブを依頼されたことが数回あるが、あまりに声が出ないので以来ずっとお断りしてきた経緯がある。受けてしまったとはいえ、やはり無理であったかと後悔した。
 以後、その心理的ダメージを引きずったまま歌い続けたが、用心して危ない曲はキーをひとつ下げて歌った。「宗谷岬」「季節の中で」「高校三年生」がそれで、全体的に守りのライブに結果としてなってしまったのは、やむを得なかった。

 その後は大きなミスもなく、最後まで無難に歌い終える。終了後にOさんを始めとする事務局の方々から「素晴らしかったです」と労われ、場の反応も決して悪いものではなかったが、自分としての満足度は低く、悔いの残るライブとなった。
 ともかくも終わって駐車場から車をバックで出そうとしたとき、左後方からくる車に気を取られ、右側にある電柱に対する注意が一瞬遅れた。車が切れたので一気に出ようとしたとき、車体右側から異音。サイドミラーと電柱が接触し、ミラーが無残に壊れてぶらさがっている。たぶん10年ぶりくらいの事故である。
 幸いに人身事故ではなく、車も普通に運転できた。すぐに戻って保険会社や修理会社に手配。免責分5万円の出費は痛いが、大事にならずによかったじゃないのと、妻からは慰められた。

 ライブでの失敗が事故の遠因になっていた可能性は否定できない。日曜日のボイラ故障、その前日の電気カミソリの破損、そしてこの日のトラブルと災難続きである。気をつけてはいたが、ホロスコープ占いがずばり的中してしまった。
 帰宅後に機材を整理していたら、8年使ったマイクスタンドのネジ部分がボロボロに緩んでいて、もはや組立て不能。こちらも寿命のようで、トドメを刺された思いである。ライブ中に分解せずによかったと考えるべきか。

 嵐のような天中殺は続くが、こんな時期は問題を粛々と処理し、災いが過ぎ去るのを身を潜めてひたすら待つしかないことを経験的に学んでいる。嵐はいつか去る。