依頼されたいきさつが非常に特殊で、7月末に参加した被災地支援ライブ「ALIVEミュージックフェスティバル」を客席で見ていた方が、たまたまグループホームの責任者。私が介護施設訪問ライブをやっていることをMCで知り、ネットで連絡先を調べたすえ、「ぜひとも私の施設に」と突然のメールをいただいたことが発端である。
これほど遠く離れた場所を訪問したことはかってなかったが、私を強く買ってくれたことは間違いなく、歌い手冥利につきる話だった。その時点で空いていたのが、たまたま9月19日の敬老の日。なんとも不思議な縁ではないか。
さすがに疲れが溜まっていて目覚めが悪く、練習での声の張りもいまひとつ。休暇で家にいた妻に、「起き抜けだからよ。着く頃にはいつもの声に戻ってるわ」と励まされ、機材一式を積んで家を出た。
札幌から上砂川へは普通は国道12号か高速を使う。しかし、高速無料化もなくなり、どうしたものかと地図を広げてみたら、以前に何度か通った国道275号を思い出した。いわゆる裏道で狭いが、空いている。ここを通って向かった。
予想通り、道はガラガラ。信号もほとんどなく、75Kmの道のりを1時間40分で先方に着いた。あまりに早すぎて、途中のコンビニでゆっくり昼食をとる余裕。
予定では13時開始だったが、早めにセットが終わって12時55分から開始。「元気のよい歌を好みます」との事前情報を得ていたため、3日前のグループホームでのセットを参考にし、以下の13曲をまず歌った。
「高原列車は行く」「北国の春」「夕焼け小焼け」「紅葉」「赤とんぼ」「炭坑節」「きよしのズンドコ節」「あなたにメロディ(オリジナル)」「男はつらいよ」「瀬戸の花嫁」「お富さん」「二人は若い」「上を向いて歩こう」
「北国の春」を歌い終えると、ヘルパーさんの一人が千昌夫の物真似で舞台袖から登場し、場を沸かせる。以降、随所でこの突発的なアドリブ歌謡寸劇が飛び出し、ヤンヤの喝采を浴びた。
場が否応なしに盛り上がるので、歌い手としては大変やりやすい。昨日のライブとは正反対の雰囲気だったが、場によってはこのようなライブがあってもよいと思った。
「男はつらいよ」は初披露だが、実は昨日一日しか練習していない。一昨日の地域センター敬老会で、三味線でこれを演じた方がいた。その際、会場から自然に歌声が上がった。(これはもしかして受けるかも…)と閃き、急きょ覚えた次第。
直感は当たり、ヘルパーさんが鞄と帽子の小道具を持ち出し、「お兄ちゃん、また行ってしまうの?」「おう桜、あばよ、達者でな」などと、寅次郎と桜役をセリフ付で完璧に演じてくれた。
セリフの長い部分は私がギター伴奏で適当に引っ張る。いわば即興の歌謡寸劇といった感じで、こんなことが打合せなしに一発でやれるのだからすごい。自宅ライブで時折「歌謡劇」と称して似たようなことを試みるが、まさか介護施設でそれができるとは。
大笑いの連続ばかりでなく、「瀬戸の花嫁」では静かに聴いていた入居者の一人が、歌詞の途中で感極まっている。ヘルパーさんが歌に合わせて肩を叩くと、こらえきれずに泣き出してしまった。ヘルパーさんがハグでそれをなだめている。
それを見ていた別の方にも涙が伝染してしまい、そちらにもヘルパーさんがハグに走る。一方では花嫁と弟役のアドリブ寸劇も進行していて、笑いと涙が同居する実に不思議な光景だった。
普段より少し長い35分で終了としたが、熱くなった場が簡単に収まらない。ホーム長さんの要望で、アンコールとして「高校三年生」をフルコーラス歌う。ちょっと懐かしめの旋律で、思惑ではこれで熱が冷め、場はお開きとなるはずだった。
ところが寸劇担当の元気のいいヘルパーさんが、もうひと芝居(?)したいような口ぶりである。え~、まだですかぁ?と、一瞬たじろいだが、それではとっておきの曲、「ソーラン節」を歌いましょうかとすぐに準備。このあたりは臨機応変だ。
予期せぬダブルアンコールで、45分15曲という私にとっては長くて濃いライブとなったが、施設の方々には大変喜んでいただけた。長く記憶に残りそうな会心のライブである。