2010年6月7日月曜日

消えた供え菓子

 今日はいわゆる「仕事の明け」で、実質的な休息日。ずっと気になっていた墓参りをし、施設にいる母の様子も見に行く計画だった。ついでに都心にあるカエルヤ珈琲店に行き、カエルオブジェのエントリーも一気に済ませたい。
 丸一日がつぶれるスケジュールなので、私にしては早めに起き、あれこれ準備。まずは昨日塗装を済ませてあったカエルオブジェの組立てと微調整をやる。

 目玉と口をセットしてみると、だいたいイメージ通り。本体鉄板を貫通したビスの先端が危険なので、黒い電気コードを切り、中の電線を抜いてカバー代わりにはめたら、ぴったり収まった。ビスの頭にも黒いペンキを塗って目立たなくする。
 次に梱包である。このまま持ち込んでもよいのだが、近隣の駐車場からは結構歩く。何らかの袋が必要だったが、オブジェがあまりに大きすぎ、適当な袋がない。やむなく、妻が結婚時に持参した大判の風呂敷でくるむ。


 墓参りに必要な品を準備しつつ、近隣のAUショップに電話。妻の使うプリペイド式携帯の使用期限がもうすぐ切れるので、また1年分を1万円で更新しなくてはならないが、その確認である。ついでに自分の携帯も料金体系を変更することにした。

 ちょうど昼にさしかかったので、墓参に行く途中ちょっと寄り道して、なじみのウドン屋に寄ってみることにした。以前は近くにあったのだが、かなり遠方に移転してしまった。香川県生まれの店主が打つウドンが絶妙なのだが、移転の案内ハガキをもらってから、一度も訪れていない。
 店は思っていたよりも近く、自宅から30分足らずで着く。しかし運悪く、定休日。手帳のメモで確認しても間違いない。とんだ無駄足だった。
 昼食をどうすべきか迷ったが、父の墓の前でコンビニのオニギリでも食べようかと考え直す。その方が父も喜ぶというものだ。


 14時頃に霊園に着き、手早く墓参りを済ませる。その後、墓前の芝に座ってあれこれ心で語りかけながら、途中で買ったオニギリをほおばり、父に供えたものと同じお茶を飲む。

 去年の3月に長男と共に雪を掘り返して墓参りした際、誤って壊して自分で修理した花立てとロウソク立てのうち、右のロウソク立てが完全に壊れていて、部品そのものが存在しない。自己流修理の限界である。
 持参した風防つきロウソク立てで代用したが、壊れたままの墓はよろしくない。早急に修理の手配をしなくてはいけない。
 事務所に依頼にいこうと、中央にある墓の案内図で区画番号を確認し、墓の清掃に使った水桶を返して墓に戻ると、不思議なことが起きた。確かに3つ供えたはずの菓子が、どこを探しても2つしか見当たらない。
 数百にも及ぶ広大な墓地区画に、他に墓参者の姿はなく、私ただ一人。近くでカッコウの鳴く声は聞こえたが、供え物をねらう常習犯のカラスやトビの姿は見えない。その間、わずか2〜3分。供え菓子はいったいどこに消えた?カッコウの仕業か、はたまた…。

 あとで調べてみると、カッコウの主食は果実や昆虫類だという。包装紙にくるまれたチョコパイをカッコウが持ってゆくのか否か、真実はわからない。記憶違いかと、家に戻って写真で確かめると、確かに3つの菓子が写っている。
 妻に話すと、「じいちゃんが喜んで、鳥に成り代わって持っていったのよ」と言う。実は私もずっと同じことを考えていた。
 世の中には、理屈では説明できないことが確かに存在する。だからこそ、先祖供養をおろそかにはできぬ。