2016年7月2日土曜日

カンフル曲

 長く路上ライブを続けていると、特に集客面でいろいろな状況に遭遇する。歌い進むうちにジワジワと人が増え、30分ほどで10名を突破。1時間ほど歌って終わるころには、50名前後に達する、といった順調なシーンも稀にあるが、「歌えど歌えど人は立ち止まってくれず」といった苦しい場面も少なくない。
 同じ場所で同じ時間帯に歌っていると、同じ聴き手に繰り返し出会うことも多く、傾向としてはライブを重ねるごとに苦戦するシーンが増えるように思える。

 現時点でレパートリーは850曲ほどあるが、1回の路上ライブで歌う曲は、がんばってもせいぜい25曲。リクエストがない限り、同じ日に同じ曲は2度歌わないよう心がけていて、自分がしっくりくる曲が相対的に多くなり、苦手な曲は求められない限り、まず歌わない。
 立ち止まる人が全くいない「寒い場面」が数曲続いても、めげずに通りの風となって粛々と歌い続けるしぶとさは身に着けているが、やはり聴いてくれる人が一人でもいると、張り合いが違う


 理由は定かではないが、一発で多くの人をつかまえる曲、いわば膠着する路上シーンを劇的に打開する曲が確かにある。歌い出すと聴き手ゼロの状態から、一気に20人近くまで達することもある。仮に「カンフル曲」とでも名づけよう。
 あくまで私の場合だが、最近あった例で思いつくままに挙げてみる。

「大空と大地の中で」「糸」「池上線」「古城」「ビリーヴ」「恋の町札幌」「夜霧よ今夜も有難う」「熱き心に」「つぐない」「時の流れに身をまかせ」「傘がない」「いちご白書をもう一度」「どうにもとまらない」

 メジャーな曲であること以外に、これといった共通点はなさそうに思える。100万枚売れた曲でも、全く人が立ち止まらないことは少なくない。単に「売れたこと」だけが条件ではなさそうだ。
 強いて言うなら、洋楽が1曲もないこと。そしておおむね得意な曲であることが共通するだろうか。

 推測だが、私の声質や歌唱法と相性のよい曲があり、それがたまたまそこにいた聴き手の琴線とリンクしたときに限って、この不思議なカンフル現象が起きるのではないか。
 とはいえ、上記の曲をいつどこで歌っても人が集まってくるとは限らないのが路上ライブの不可思議さ。「あるシーン限定」でもいいから、歌い手としては局面を一発で打開可能な曲を、いろいろ試してストックしておくことだろう。
 ツボミまで育っていたが、強風で折れて落下してしまったクレマチスの花。あまりに残念だったので無駄と知りつつ、浅い容器に水を入れ、切れた茎を下にして浸しておいた。
 数日後、それが水面で見事に開花し、濃い紫色の花を咲かせた。信じ難いことだったが、(実はこんなふうに咲くつもりでした…)と、クレマチスが訴えているように思えた。

 感激した妻は、容器ごと自分の母親の遺影の前に飾った。(妻は無宗教なので、仏壇の類いはない)花は未だに枯れずに咲いている。