合格した当初の集客や売上げは望むべくもなく、その背景にはマンネリからくる聴き手の飽きがあるように思われた。
2年前に棚ボタ的に得た「特別枠活動者」の恩恵がこの3月でなくなり、今後活動を継続するには、他のパフォーマー同様にオーデションを受け直す必要があった。
最近は若手ジャグラーによる精力的な活動が広場を席巻していて、ベテランのパフォーマーでも多くが不合格となっている。次はいよいよ自分が落ちる番か、もはや老兵は去るべきなのか…、と一時は弱気な気分にも陥った。
充分に考えたが、パフォーマーとして適か不適かは自分が決めることではなく、あくまで事務局が判断することだった。冬場の路上系の場として地下通りの存在はやはり捨てがたく、現状の自分が果たしてどこまで通用するのか、最後は挑戦的な気持ちが勝った。
今回から書類審査が新たに加わって、「公共空間でのパフォーマンスについて、あなたが考えることを述べてください」など、難しい記載事項もある。
書類審査を通過したパフォーマーは21組。うちパフォーマンス部門は17組で、過去3番目の多さである。(過去最大出場数は、1期と2期の18組)
更新パフォーマーは5組で、再チャレンジが2組、新人が10組という内訳で、私の出場順は4番。午前11:45開始という、苦手な早い時間帯が当たった。
前回、息子とのユニットで受けて落ちているので、今回はゲンを担いで妻の同行は頼まず、事前告知も全くせずに、ひっそり一人で密かに受けることにする。
地下鉄を一切使わず、都心から少し離れた量販店駐車場に車を停め、そこから2キロ弱の道のりをテクテク歩いて会場へと向かった。
昨年12月の「チカ☆パ・コンペ」の際にも同じ手段を使ったが、3時間以内なら駐車料が無料で、ガソリン代だけで済む。地下鉄利用よりも経費が500円近くも浮く計算で、これは大きい。
会場に入ったのは11時5分。トップのパフォーマーが始まったばかりで、受付を済ませて楽屋に荷物を置いたあと、トイレで額にバンダナを巻く。これまたゲンを担いで、合格した初回のオーデションスタイルをなぞった。
その後司会や音響のスタッフと打合せ。今回もマイクスタンドは電子譜面付きのものを持参した。実際には使わないが、リクエスト用紙スタンドも譜面台利用のものを組み立てる。
あっという間に出番がやってくる。久しぶりのオーデションということもあり、昨夜は緊張で眠りが浅かったが、直前の練習で声はよく出た。
持ち時間は転換や審査員質疑を含めて15分。ラインケーブルの接続やボリューム調整などもあるので、計11分くらいで収めるべく、1週間前からMCを含めた練習を入念に重ねた。前日には本番と同じ開始時間で演るという念の入れよう。
慣れた場なのでいざ歌い始めると、すっと腹が座った。音楽系のパフォーマーの多くは2曲しか歌わないが、「幅広いジャンル」が自分の持ち味である。タイプの異なる以下の3曲を準備した。
「大空と大地の中で」:フォーク
「エーデルワイス」:叙情系洋楽
「ブルーライトヨコハマ」「時の流れに身をまかせ」「また逢う日まで」:昭和歌謡
「リクエストを積極的に受ける」が最近の演奏スタイルで、今回もリクエスト用紙を用意したが、オーデションという短い時間ですんなりリクエストが出るとは思えなかった。そこで昨年12月の「チカ☆パ・コンペ」で試し、いい手応えだった「昭和歌謡・三択リクエスト」をラストにもってきた。
前回は圧倒的に「また逢う日まで」が支持され、今回もそうなるだろうと決め込んでいたが、いざ蓋を開けると、「時の流れに身をまかせ」と「また逢う日まで」が拮抗。しかし、「時の流れに身をまかせ」を強く支持する中年女性が数人いらして、それに押されるように想定外の「時の流れに身をまかせ」を歌うことに。
他の2曲の場合は事前に手拍子を会場に促すつもりでいたが、この曲は手拍子が合いにくい曲。しかしテレサ・テンには自信があるので、叙情性に重きをおいて歌いあげた。
すると、間奏で会場から予期せぬ拍手と歓声が湧く。思わず「ありがとうございます」と曲間で頭を下げた。いわゆる「サクラ」は一切会場内にいないので、これぞ真の声援である。全く何が幸いするか分からない。
終了後、顔見知りの審査委員長から、質問のような要望のような不思議な話が出る。
「会場の方々と一緒に歌うスタイルを、今後取り入れてはいかがでしょう?」と。
「今後」と言われたから合格が決まった、と考えてはいけない。そう甘くはない。浮かれずに「デイサービスでは、すでに一部その手法で演っています」と応ずる。
実はラストを歌う前に「歌詞をご存じの方は、どうぞご一緒に歌ってください」と告げてあった。どうやら歌の途中で、「歌いたいけど、歌詞が…」という声が審査席後方であったらしい。
リクエストを取り入れるのはよい進め方だが、歌詞カードなしの「曲間の口頭歌詞指導」という手法で、さらなる聴き手の参加を促しては?という提言である。30分の中でラスト1〜2曲なら、それもありだろう。やってみる価値はある。
いったん家に戻って遅い昼食を食べ、合格発表に備えて夕方に再度会場へと向かう。不合格も覚悟していたが、結果は合格だった。パフォーマンス部門の合格者は8組で、合格率は47%と相変わらずの狭き門。長く演ってきた方もまた一人落ちた。
音楽系は弾き語り系が5組受けたが、合格は私を含めて2組のみ。もう1組が4年前に知り合った20歳の女性ユニットで、久々に若い音楽系パフォーマーの誕生となった。うち一人は実力派だが、数年前にソロで受けて落ちている。「良かったね」と声をかけたら、うれしそうに微笑んでいた。
ただ上手いだけでは合格できないのが、このオーデションの難しさ。公的空間を使って演る以上、求められるのは周囲との爽やかなコミュニケーション能力のようだ。
講評で審査委員長から名指しで声をかけられた。「菊地さんには歌を通じて《チカホ歌声サロン》のような場を作り上げて欲しい。ジャグリング系パフォーマーには演れない世界です」と再びの要望。難しい宿題だが、今度は合格発表後のハナシなので、本気で考えなくては。
まだ構想段階だが、30分を3つに分け、前半を人集め目的でMCなしの自由なスタイルで歌い、中盤で声かけリクエスト、終盤を歌詞指導つきの歌声サロンふうに締める、という構成を考えている。
思いがけず新しいことにチャレンジできそうだが、まずは無事にオーデションをくぐり抜けたことを喜びたい。