2014年12月13日土曜日

涙と拍手のデイサービス

 車で10分ほどの距離にあるデイサービスへ歌いに行った。依頼はかなり前にあったが、実は6日前に歌ったデイサービスから系列施設へと移動した職員さんによる紹介である。
 HPやSNS等のネット経由という最新の依頼ルートも近年は多いが、「紹介」というアナログ的ルートもまだまだ健在。人と人のつながりは実にさまざまだ。

 担当のKさんとは1ヶ月ほど前に新施設で面会し、会場の下調査も済ませてあった。当日は私の伴奏で「あの素晴しい愛をもう一度」を一緒に歌うという趣向も決まっていたが、開始10分前に施設を訪れると、当のKさんがインフルエンザで欠勤しているという。
 当初30名前後と聞いていた利用者も、半分の15名ほど。しかし、ライブは予定通りやって欲しいとのことで、ステージ位置を当初の打合せから、椅子を移動せずに済む位置に変更した。


 Kさんと一緒に歌う計画はなくなったが、ラストに全員で歌う「ソーラン節」は予定通り。要はシングアウトというヤツだ。歌詞が複数あるので、どの歌詞をどの順で歌うか簡単に打合せる。
 やや遅れて14時2分くらいからライブ開始。およそ50分で15曲を歌った。(※はリクエスト)

「高校三年生」「おかあさん(森昌子)」「お富さん」「月の砂漠」「幸せなら手をたたこう」「リンゴの唄」「バラが咲いた」「さざんかの宿」「北の旅人(南こうせつ)※」「ここに幸あり」「丘を越えて」「愛燦々※」「夜霧よ今夜も有難う※」「月がとっても青いから」「ソーラン節」
 この日は最高気温がマイナス3度という、まさに氷漬けの一日。その日の体調や天候によって参加を決めるデイサービスでは、利用者が半減するのも仕方のない気象条件だった。
 初めての施設なので、進行は手探り。6日前の系列デイサービスのセットをベースにしたが、たとえ同じ系列でも、場所が変われば嗜好がガラリ変わることもよくある。決めつけは禁物だ。

 予想もしてなかったが、2曲目の「おかあさん」で、目頭を押さえる方が続出した。特に「泣かせること」を狙って歌っているわけではもちろんないし、そもそも狙えるようなものではない。しかし、それが起こった。
 しばしそうしたシーンからは遠ざかっていたので、正直戸惑った。譜面に目を落としつつも、いやでもテッシュで顔をぬぐうシーンが目に入る。努めて平静を装って進めたが、その後の「お富さん」や「月の砂漠」までそのイメージを引きずってしまい、あやうく崩れそうになった。


 その後明るめの曲が続いてようやく立て直したが、7曲目の「バラが咲いた」で再び場が静まり返り、涙をぬぐう人が続出。歌い終えるとと職員さんの一人が感極まって、「寒い冬の日に、あたり一面がバラの花に包まれるような感動的な歌唱でした」と声をかけてくれる。

 この歌は時に涙を誘うので、ある程度事前の心構えはあって、崩れることなく冷静に歌えた。
 ハードな条件のライブが続き、喉にダメージを最も受けやすい時期ともあって、この日の調子はあまりよくなかった。特に高音部の伸びが悪く、だましだまし歌っている状態だったが、最近は悪いときでも悪いなりに歌う術を心得たように思える。
「南こうせつを歌ってください」と、先の職員さんから請われ、8曲目から演歌を続ける予定を急きょ変更し、9曲目からは場の嗜好に合わせ、叙情性の強い曲中心に切り換えた。
 これまでは事前に自分の決めたセット構成にこだわってきたが、地区センターでの全曲リクエストライブをこなして以来、そんなこだわりは捨てて、臨機応変に場の流れに合わせるつもりでいる。

 リクエストの「夜霧よ今夜も有難う」でも涙を見た。これまた泣くような曲ではない。しかし先日の地区センターライブでも、見届けた友人から「あの曲はすごくよかった」とのメールが届いていた。自分ではよく分からないが、聴き手を打つ何かがあるのかもしれない。
「丘を越えて」では、席を立って踊りだす男性が現れた。職員さんびっくりのハプニングだが、こちらは過去に数回経験がある。
 ラスト2曲は全員の手拍子が飛び出し、涙を吹き飛ばす楽しい締めくくりとなった。

 終了後、全員で記念写真を撮りましょうと、誰からともなく声があがる。めったにあることではなく、過去に記憶があるのは一度だけ。この日のライブが刺激的だったという証しであろう。
 ライブはまるで川の流れのようで、何が当たって何が外れるのか、やってみるまで分からず、つかみどころがないもの。その筋書きのなさが大きな魅力。生モノとしてのライブにこだわる理由がそこにある。