朝起きると風雪はさほどでもなかったが、午後から天候が急変。玄関前にはあっという間に吹き溜まりができた。前日の除雪で再び腰を傷めてしまたこともあって、除雪せずに強引に車を出したら、案の定雪にはまって動けなくなった。
スコップで車輪の周囲だけ雪をどかし、勤めから戻っていた妻に車の後押しを頼む。出た勢いでエンジンを吹かし、吹き溜まりを一気に突っ切った。その後、幹線道路を選んで進み、どうにか開始15分前に施設に滑りこむ。
初めて行く施設だったが、予定よりも聴き手が増え、会場には40人近い人があふれている。「弾き語りボランティアの方が来ます」と告知したら、しばらく来てなかった方が続々とやってきたのだという。
デイサービスでのライブは久しぶりだった。通所の施設なので、介護度の低い元気な方が多い。嗜好も多様で的を絞りにくく、かっては苦手としていたが、活動も足掛け10年目に差し掛かり、経験値も積んだ。どうにかやれるだろう。
14時ちょうどから開始。アンコールを含め、およそ40分で以下の13曲を歌った。
「北国の春」「瀬戸の花嫁」「知床旅情」「真室川音頭」「リンゴの唄」「宗谷岬」「二人は若い」「みかんの花咲く丘」「高校三年生」「月がとっても青いから」「青い山脈」(以下2曲、アンコール&リクエスト)「川の流れのように」「なごり雪」
春間近ということで、構成は3月上旬実施の介護施設系ライブに準じた。初めて歌う場なので前回の反省を踏まえ、ニギヤカ手拍子系の曲は中盤に配置。様子を探るように歌い進めたが、全体的に反応がよかったのは、大人しめの叙情的な歌だった。
一緒に歌ってくれる方も多数いて、調子よく進んだが、中程で職員さんから突然声がかかる。「すみませんが、美空ひばりの歌を何か、という声が挙がってますが、可能でしょうか?」
要するにリクエストなのだが、まだプログラムは半分ほど残っている。予定分を終了後にアンコールとして歌わせていただきます、とその場をおさめた。
美空ひばりは全く予定になかったが、電子譜面を検索すると「川の流れのように」がすぐに出てきた。しばらく歌ってなかったが、この歌はほぼモノになっている。リクエストということもあって、場の反応は非常によかった。
無事に歌い終え、ヤレヤレと撤収にかかろうとしたら、「すみませんが、もう1曲リクエストを、という声があるのですが…」と、担当のSさんがすまなそうに重ねて言う。
なんでしょうか、と問うと、実は「なごり雪」をお願いしたいそうです、とSさん。一瞬耳を疑ったが、紛れもなく利用者の方のリクエストだった。時節柄ピッタリの曲ではあるが、まさかディサービスで「なごり雪」とは…。
当惑しつつも、MCでつなぎながら譜面を検索。700曲分のストックを50音順に2つに分け、検索しやすく整理したばかりだったので、割とすんなり見つかった。何年も歌ってなかったが、もともと得意な曲なので、ノーミスで無難に乗り切る。
「菊地さん、『なごり雪』で泣いている人がいましたよ。何か胸に響くものがあったんですね」と、終了後にSさんから打ち明けられた。
この日の会場は横に広くて場全体を見回すことが難しく、歌っている当人は気づかなかったが、あの歌で高齢者の方が涙を流すとは驚きだ。そもそも介護施設でフォークのリクエストが、こうも明確に出たのは初めてのような気がする。
リクエストに即座に応えると場はいやでも盛り上がるが、それもこれも電子譜面の装備があってこそ。先を読んで投資しておいて正解だった。
「ネットで偶然見つけてお願いしましたが、予想を越える素晴らしさでした」と、今後の定期訪問を打診された。ただ、年に3~4回ともなると、飽きられてしまうのが常。そのむねを率直に説明し、なるべく間隔をあけていただくようお願いした。
施設側のニーズに合致するボランティアさんが、実はなかなかいないのです、と息子のような年のSさんは言う。そのニーズとは何か、あえて聞かなかったが、およその想像はつく。今後も精進あるのみ。