2010年9月8日水曜日

かぐやな仮装

 44年前の高校2年の夏、文化祭のクラス対抗仮装大会で「かぐや姫」をやった。古文の授業で「竹取物語」を習っていて、テーマを決めるクラス討議の際、誰かが「かぐや姫をやろう!普通じゃ面白くないので、男女の役割を完全に入換える、という趣向はどうだ?」と提案すると、クラス中が一気に乗った。
 この種のノリが非常にいいクラスだったが、仮にマトモな手段でやった場合、かぐや姫の役で、けっこうモメたかもしれない。女子同士の心理的トラブルを避け、審査員へのアピール面でも、なかなかよいアイデアだったといまになって思う。

「キャストはすべて実行委で決めるので、当たった者は一切文句を言わず、それに従うこと」そんなことも大きな反対もなく、あっさりと決まった。
 さて、問題は主役であるかぐや姫を誰がやるかである。男女の役割を入換えるのだから、かぐや姫は当然ながら男がやらねばならない。私はクラスでは外れ者であったので、もちろん実行委のメンバーには入っていない。しかし、心中では、(かぐや姫をやれるのは、オレかSしかいない…)と密かに思った。
 顔がゴツくなく、ヒゲは薄く、身体も小さめ。眼は一重まぶたの平安ウリザネ顔。そんな条件にハマる男子高校生など、そうはいるものではないが、当時の私は身長163センチでやせ形、少年の面影が強く残っていて、女形にはうってつけの風貌だった。


 翌日、各自の役割分担が発表された。予想通り、かぐや姫役は私が指名された。舞台裏でどんなやり取りがあったのかは不明である。しかし、この時点で私は役に徹する覚悟を決めていた。

 その日からすぐにカツラ作りを始めた。まず自分の頭の型をボール紙で慎重にとり、ヘルメット状の型を作った。荷造り用の麻縄と墨汁の大瓶を買ってきて麻縄をほぐし、墨汁に漬して充分乾かし、ボンドで頭の型に少しずつ止めてゆく。
 中心の分け目の処理が非常に難しかったが、この頃からすでに手先は器用で、しかも凝り性。数日間かけて、ほぼ満足できるものに仕上がった。
(余談だが、このカツラは仮装終了後、演劇部からの強い要望で寄付した)

 衣装の十二単は女子が新聞紙の再利用で作ってくれていたので、あとはメイクである。すぐ上の姉から化粧道具一式を借り、化粧方法も詳しく教わる。偶然だが、自宅に赤い扇があり、本番ではこれを使うことにした。
 いよいよ当日、うまい具合にカラリと晴れた。雨なら代替日なしの中止と決まっていたので、苦労が報われたことになる。カツラや化粧のことはクラスの誰にも秘密で、当日楽屋裏でひとり密かにメイクし、持参したカツラをかぶって衣装を着て、いきなり全員の前に躍り出た。
「お~!」というドヨメキが確か上がったと思う。自分でも会心の仮装で、話をせずに黙ってうつむいている限り、どこから見ても女である。
 他のクラスの連中が、「男のかぐや姫なんで、ウソだろ。どうみても女じゃないか」と言い張るので、「なんだよ」と短く応ずると、「なるほど、確かに男だ」と、ようやく納得するほど。(さすがに声変わりはしていた)

 今年の仮装大会の入賞は難しいのではないか、というあきらめの声がクラスでは上がっていたらしい。男女役を交代するというコンセプトが、いざやってみると難しい。特にかぐや姫はオトコでは無理だろう…、そんな声である。
 しかし、私の姿を見たとたん、そんな下馬評は一変した。「勝てる!」そんな強気の声がクラス中を席巻した。

 グランドから近隣の商店街を一周し、戻ってくるといよいよ順位の発表である。思惑通り、見事学年優勝をさらった。全校でも「優秀賞」という特別賞をもらい、かぐや姫の重責を見事果たしたのだった。
 終了後、一人の女子が近づいてきて、「これでメイク落としてネ」と、専用のクリームを手渡された。「菊地クンのかぐや姫がなかったら、優勝は無理だったと思う」とも言ってくれ、ちょっとうれしかった。
 クラスの女子とは口をきいたことがない卑屈な性格だったが、この日だけは束の間のヒーロー、いやヒロインだった。
 卒業時にクラスで文集が作られたが、「この人に一言」の中に、「ずっと気になる人だったけど、あの『かぐや姫』のイメージが引っ掛かって、最後まで踏み込めなかった」との匿名記事を発見。書いたのは明らかに女子で、軽いショックを覚えた。

 卒業後のクラス会には何度か案内が届いたが、一度も行かずじまい。かぐや姫は月の世界に行ったきり、戻ってはこないのだ。
(写真は当時のもの)