2010年8月31日火曜日

初めて買った本格PA

 連日の猛暑ネタだが、今日も午前中から気温がぐんぐん上がり、あっさり30度を突破した。昨日よりはやや低いが、32〜33度あたりにはなった模様。もはや札幌も亜熱帯地域に変貌である。
 暑すぎて家庭菜園のトマトの出来はいまいちだが、枝豆はよく実が入っていて、連日おしいく食べている。「4%濃度の塩水でゆでる」という情報をネットで得てから、ほぼプロなみ、いやいや、冷凍物以上の美味しい枝豆にありつける。
(枝豆の4%ではなく、ゆでる水の4%の塩を入れる、ということ)


 昨日から弾き語りに使うPAに関し、いろいろ試行錯誤しているが、最近妻が買ったCDコンポは、使い方次第でかなりいい音を出すことが分かった。問題は本体とスピーカー2個がバラバラであることで、これを外に持ち出して機能的に使うには、何らかの補助架台を作って、マイクスタンドで使えるように加工しなくてはならない。
 これとは別に、普通の交流電源を使った大出力のPAを新規調達し、問題を一挙解決する手段もあった。

 迷ったすえに、長崎在住の音楽仲間、いちろうさんに相談メールを送ったら、心づもりしていた機種を使った経験が偶然あり、利点欠点をアドバイスしてくれた。これでようやくフンギリがつき、生涯初めてといっていい本格PA(私にとって)を買うことに決めた。
ローランドの多目的モニターアンプ CM-30がそれで、ネット検索で最安値だったサウンドハウスに注文済み。送料込みで19,000円で、これまでずっと中古のギターアンプやCDコンポの転用で間に合わせてきたが、弾き語り活動足掛け7年目にして、ついにまともなPAを買った。
 小型にしては出力が30Wもあり、現状の5倍。それでいて重さは5.6Kgしかなく、サイズもコンパクト。マイクスタンドに直接取付可能な3/8インチネジも底についている。つまり、面倒なDIY加工が無用ということだ。
 パワーは実戦で何度か試したいちろうさんのお墨付きで、おそらく最近歌う機会の多い地域センターでも、50名以下の集客なら問題なく使える感じ。

 欠点はリバーブが内蔵されていないことだが、実は私が普段使っているヤマハの簡易PAにもリバーブはついてなく、外付けのエフェクターは持っているが、使うのは自宅ライブのみで、その設定値もごく小さい。
 最近は場の室内形状が造り出すナチュラルリバーブに依存することが大半で、音響機器によるリバーブは、あってもなくてもいい状態だ。
 といいつつ、実際に新しいPAを使い始めると、不都合が出てくるかもしれない。手持ちのエフェクターで弱いリバーブをかけることになるかもしれない。来月は3〜4本のライブ予定が控えているので、さっそく試してみたい。ちょっと楽しみ。

2010年8月30日月曜日

悔いなき人生

 朝からうだるような暑さで、午後には34度まで上昇。この時期に、この夏の最高気温だそうな。湿度も高く、風はあるが砂漠のような熱風。ここはホントに北海道か?
 2階仕事部屋は今年初めて31度まで室温が上がった。(1階は2度低い29度)ツタに覆われた自慢の「アイビーハウス」も、さすがにこの暑さには叶わないようでアル。
 しかし、それでも外気温より3-5度も低いのだから、よしとしようか。

 小さい頃から脇腹にあったホクロが数ヶ月前から肥大し始め、1センチ近い大きさになった。盛り上がってカサブタ状になって皮がむける、を数回繰り返している。痛みはないが、気味が悪いのでネットで情報収集してみると、「悪性の場合もあるので、必ず総合病院にかかること」とあった。
 近隣の総合病院は月水金曜が診察日なので、いい機会だと、暑さのなか出かけた。


 暑いのでさぞや空いているだろうと思ったら、普段と変わらぬ混雑ぶり。病院はエアコンが効いて涼しいので、逆に涼みに来ているのか?
 かなり待たされて診察してもらうと、見た目では良性に思えるが、ちょっとアヤシイので、念のため切除手術し、検体を病理検査することになった。手術日は明後日、検査には1週間かかり、万一悪性の場合はその後の方策を検討する、ということで診察は終了。
 土曜のライブに応援にきてくれた同年代のチロリンさんも先日勤務中に倒れ、心臓に問題があるとかで、近々簡単な手術をするらしい。60歳は心と身体の変わり目で、男の最後の厄年のひとつ。「還暦で子供に還っておめでたい」なんてのはママゴト遊びのようなもので、現実にはウツ病で自殺したり、成人病の刃に倒れたりの厳しい節目に遭遇するのだ。
 この高いハードルを無事に乗り越えたものだけが「平均寿命」という数字にたどり着けるということ。乗り越える自信のある人は日々気楽に過ごせばよいが、自信のない方は、60歳までを悔いなく過ごすべき。間違っても(仕事と子育てが終わったその時にこそ、あれもやってこれもやって…)などと人生を先送りなさるな。

 ということで病院の帰り道、「悔いなく」なじみのカフェにより、マスターとあれこれ世間話にふけりつつ、極上のグァテマラストレートを美味しくいただきましたとさ。

2010年8月28日土曜日

地区センター演芸会

 先月歌ったばかりの近隣の百合が原地区センターで、「ミニミニ演芸会」なるイベントに参加した。場所は広い体育室。4組のパフォーマーが出演するので、前回とはかなり趣きが異なる。
 開始は午後1時からだが、早めの12時半には家を出て、到着後すぐに舞台横で機材のセットをやった。

 キャパは150席と聞いていたが、実際に並べられた椅子を数えると112席。しかし、周囲には充分な余裕があり、椅子さえあれば軽く200席は確保できそうだった。


 この日の出演者と時間は以下の通り。時間ロスがないよう、セッティングや機材には充分気を配った。

・和太鼓 13:00-13:30
・私の弾き語り 13:30-14:00
・腹話術 14:00-14:30
・民 謡 14:30-15:00

 開始直前になっても席は閑散としていて、数えてみると20名ほどしかいない。この日は真夏のような暑さで、集客に影響したかもしれない。責任者のMさんが近寄って来て、「いつもは満席に近いのですが、少なくてスミマセン」などと恐縮している。
 しかし、路上ライブでは誰一人いない場で、延々歌うことも常。聴き手の多い少ないは、実はほとんど気にしないタチである。
 予定より数分遅れて始まったが、最初の和太鼓は13時25分に終わった。すぐに舞台横に行き、準備してあった機材をステージ上に運んでスタンバイOK。ちょっとだけマイクテストをし、予定より早い13時28分から演奏を始めた。


 この日歌ったの曲は以下の9曲で、前回よりも年齢層を高めに設定した。会場を見渡すと年齢層は介護施設に近く、正解だった。
 メリハリを考慮し、最初と中盤、そしてラストにストローク系の曲を配置したが、全体としては内外の叙情曲、という切り口でまとめた。前回との重複曲はない。

「高原列車は行く」「浜千鳥」「瀬戸の花嫁」「おおブレネリ」「バラが咲いた」「思い出のグリーングラス」「さくら貝の歌」「時計台の鐘」「花」

 いざ歌い始めると、久しぶりに上がった。理由ははっきりしないが、ステージ高さが1メートル近くあり、しかも立って歌ったので、聴き手がすっかり見渡せたせいかもしれない。
 アルペジオ系の曲でやや指の動きが悪く感じたが、大事には至らず、3曲目を歌った頃にようやく落ち着いてきた。

 時間の経過と共に聴き手はじわじわと増えてきて、ステージ上からざっと目で数えてみると、およそ50名ほど。これでも席数の半分以下だが、熱心に聴いてくださる方ばかりなので、感謝すべきだろう。
 前回同様、場はおとなしいが、手応えは非常にいい。曲の終わったあとの拍手が熱くて長いのはこの場の大きな特徴で、歌い手冥利につきる。
 予定より3分早く、13時57分に終わった。持ち時間をいっぱいに使ったが、オーバーしなかったので、よしとしたい。
 前回の宿題だった「MCをゆっくり話す」は、今回はうまくいった。30分で9曲なので無駄なMCは一切なく、時には曲紹介だけで進めたが、要所では短いエピソードを入れた。

 ボーカルのモニターを心配していたが、ステージ上でもまずまず確認できた。あとで妻に確かめたら、何ら問題なく聴けたそうで、及第点だろう。この日は音楽仲間のチロリンさんも応援に来てくれたが、「ボーカルはばっちりだが、ギターの音がやや貧弱だった」との辛い評価。チロリンさんは元プロなので、音作りに関しては厳しい。
 ボーカルはメインPAを使って高い位置の大型スピーカーから、ギターは歌い手横の簡易PAで、という変則スタイルがアンバランスだったろうか。しかし、最も大切なボーカルは良かったというので、こちらもよしとすべきだろう。
 終了後、機材をまとめて出口にさしかかると、見知らぬ女性が泣き顔で近寄ってくる。横には妻がいて、いっしょに泣いている。8年前に辞めた職場の同僚Mさんとかで、何も知らずにたまたま聴きに来て、私の歌で感激して泣いたという。
 妻の横には友人のNAOさんとSちゃんもいて、職場の帰りに立ち寄り、3曲目から聴いていたそうだ。なぜかNAOさんも目を赤くしていた。

 後から聞くと、Mさんはご主人を今年なくしたばかりで、その切ない心境が私の歌の何かとシンクロしたらしい。「今日の歌にはタマシイが入っていた。ラストの『花』では自然に涙が流れた」と、妻も同じようなことを言っていた。
「花」は別の介護施設でも多数の方に泣かれたことがある。今回が2度目。どうやらこちらも私の「決め歌」に育ったらしい。

2010年8月27日金曜日

CDコンポ復活

 先日の一泊長距離ドライブには20数枚の各種音楽CDを持参し、運転中はずっと何らかのCDを流していた。かなりの累積聴取時間だったが、これで眠っていた妻のCD嗜好が突然復活したらしい。
 以前は1階に置いてあったCDコンポは、いまや2階スタジオの常設PAとして使われていて、もはや1階に戻る予定はない。CDを聴く場合、妻が所有する携帯mp3プレーヤーに変換転送するか、DVDプレーヤーとテレビを同時起動させ、テレビ経由で聴くしかない。
 どちらも一長一短で、音の良さと簡便さに限ると、やはりCDコンポである。

 昨日、CDを抱えて2階に昇ってきた妻が一通り聴いたあと、突然「1階にもCDコンポが欲しい!」と宣言?した。


 お金は自分で出すというので、さっそくネットで情報収集。ねらいは単純で、面倒な機能は必要なく、CDが聴けてある程度音がよく、安いこと。しかし、この単純な条件に適合する製品はほとんどなく、日本製に限定すると、サンヨーのDC-DA84に絞り込まれた。
 価格を調べて見ると、いつも買うアマゾンでは9,000円弱。妻の腹づもりは1万円以下なので条件内だが、しつこく調べるうち、ヨドバシカメラのネットショップでは8,860円で、10%のポイント還元つき。実質8,000円である。
 都心の別の用事もいくつかあったので、珍しく直接買いに行くことにした。
 たまたま妻は休暇。誘ったら喜んでついてきたので、昼過ぎをねらって出発。途中、移転してから2年近く行ってなかった手打ちうどん専門店、「寺屋」に行く。
 以前は自宅の近くにあり、しばしば通ったものだが、かなり遠い場所に移転してしまった。しかし、生粋の讃岐っ子である大将(店主)がタマシイをこめて打つウドンは絶品。新婚時代に仕事で8ヶ月高松市で過ごしたが、本場の讃岐ウドンに比べても遜色がない。まさにホンモノの味だ。

 13時過ぎにも関わらず、店内は途切れなく客がやってくる。30席近い店内は常時満席に近い状態で、壁際の空席待ちの予備椅子まで埋まるほどだった。
 2年ぶりでも、味は少しも変わらない。大将とちょっと目が合い、会釈だけしたが、忙しそうなので言葉はかけなかった。最初は夫婦二人だけで切り盛りしていたが、いまや3人も人を使っている繁盛ぶり。店の内装にも手抜きがなく、味が良くて接客も嫌味がない。飲食業が発展する条件をすべて備えている。


 お腹を満たしたあと、ヨドバシカメラでCDコンポを調達。ついでに近くにある中古パソコンショップに出向き、先日廃棄したパソコンから抜き取ったメモリを売った。10年近く前の中古品だが、希少価値があって潜在ニーズがあるとかで、600円で引き取ってくれた。かなり得をした気分。

 家に戻ってさっそくCDコンポを組立てる。写真のように非常にコンパクトだが、出力は8Wあって、重低音もよく響く。MDはついてないがテープが使えるので、録音もいちおう可能。
 ステレオAUX端子もついているので、ミキサー経由でギターとマイクをつなぎ、どんな音がするか試してみると、なかなかいい音を出す。何より、ボリュームを最大に上げても全く音割れしないのがいい。

2010年8月26日木曜日

車の塗装補修

 珍しく朝から晴れていて、雨は降りそうにないので、車の塗装補修をすることに決めた。先日の長距離ドライブ後、車の洗浄をした際に見つけた微細なキズの処理で、大事に至らぬうちに手を打っておく。
 補修用のコンパウンドと専用クロス、タッチアップペンはすでにホームセンターで買ってあった。コンパウンドと専用クロスがセットで498円、タッチアップペンが548円で、いずれもSOHT99製。まずは必要経費か。

 コンパウンドの知識はほとんどなく、店頭に並んでいた「メタリック車専用」という品を買ってきたが、要するに微細な研磨剤で、細かいキズをこすって目立たなくするだけのこと。キズそのものを埋めてくれるわけではなく、根本的解決策ではない感じだ。
 といいつつも、マニュアル通りにやってみると、キズは見事に消える。線状のキズは線と平行に、点状のキズは丸く円弧を描くように磨くとよい。


 かなりの力仕事で、昨日深爪してしまった右手親指がズキズキ傷んだが、凝り性なので、始めると止まらない。ドアの下部やボンネットなど、入念に1時間近くかけて仕上げた。
 点状のキズでどうしてもとれない物もあったが、99%はコンパウンドで消える。なかなか使える。

 知らないうちに出来た直径1ミリ前後のキズ3カ所と、前述の点状のキズ1カ所は、ボディ色と同色のタッチアップペンで補修した。
 車の色はエンジンルーム内のプレートに刻印してあるので、事前に調べてメモしておくと、店頭でズバリ同じ色が入手できる。

 これまで補修はもちろん、洗車すらもほとんどせずに過ごしてきたが、もう少しマメに手入れをしてやらないと、車が長持ちしないだろう。よい教訓である。
 本日のDIY難度、5段階中最低の1。やる気さえあれば、誰でもできる。

2010年8月24日火曜日

リハーサル

 週末に迫った地域センターでのミニ演芸会に備え、リハーサルに臨んだ。先月やったアトリウムでのコンサートとは会場が変わるためで、今回はステージ付の体育室で行う。
 入ってみると、部屋の形状や内装など、アトリウムとはかなり様子が異なる。キャパが150席とのことで、面積も格段に広い。

 すぐに機材をセットし、まずは1曲歌ってみたが、音の感じもかなり違っていた。歌う位置の後ろがL字形に壁で囲まれていたアトリウムと違い、歌う位置と後ろの壁との距離が遠く、いわゆる「音の返り」がない。
 さらには、壁に大きなヒダのある厚い布製の緞帳が吊ってあり、音が吸われるような印象だ。


 まずは緞帳を全部開けてもらうと、音の響きが少しよくなった。手持ちの簡易PAではさすがに非力なので、別のマイクを簡易PAの前に置き、会場に備付けの大型PAで増幅してもらうと、さらによくなった。
 担当のSさんのほか、代表の方と副代表の方まで現れて、あれこれアイデアを出していただく。そもそもこの会場でソロの弾き語りをやること自体が初めてなので、事務局側も試行錯誤なのだ。

 いろいろ試した結果、マイクは備付けのものを会場の大型PAに直結し、ギターの音だけを持参した簡易PAにつなぐことに決定。ただ、スピーカーの位置が歌う場所のはるか後ろで、しかも軽く5メートルはある高さ。ギターの音は真横のスピーカーから出るので問題ないが、ボーカルの音は全くモニター不可能で、ほとんど勘だけで歌わざるを得ない状況だ。
 しかし、客席で実際に聴いた誰もが、「素晴らしい音だ」と絶賛。ストローク系の曲でも静かな曲でも全く問題ないというので、ここは聴き手第一とし、モニターに依存せず歌うことに決めた。
 40分近くかけてあれこれと6曲も歌い、ようやく結論が出たので急いで撤収していると、担当のSさん(50歳前後の女性)が突然、「菊地さん、当日ぜひ『宗谷岬』を歌ってください」と言う。
 今回は歌う予定がありません、と率直に応えると、前回のコンサートではあの曲が秀逸だった、聴いていて胸に迫るものがあった、と続ける。
 稚内に数年住んでいたことがあるとのことで、その郷愁もあるのだろう。しかし、実は「宗谷岬」はこれまでいろいろな方から「良かった」と言われたいわくつきの曲なのだ。おそらくは、16歳の夏に企てた5泊6日の宗谷岬単独自転車旅行にかけた熱い想いが、歌っていると聴き手に理屈抜きで伝わるのだろう。叙情性の強い曲調も私にピッタリ向いている。

 時間を多少オーバーしてもよい、とまで言われたが、当日配布のプログラムにセットリストを印刷するというので予定曲を伝えたら、この時点ですでに9曲もある。さすがに10曲は多過ぎるだろう、他の出演者とのバランスもある、ということになり、次回は必ずリストに加える、ということで落ち着いた。
「宗谷岬」に限らず、「あの曲はいいですね」と複数の方に声をかけてもらった曲は他にもいくつかあって、「カントリー・ロード」「荒城の月」「いい日旅立ち」「雨が空から降れば」「面影橋から」「赤い花白い花」等々。
 いずれも叙情系の曲だが、今後の目標として、この「複数の聴き手から評価してもらう」という決め歌をじょじょに増やすこと。ひとまずは2桁を目指したい。

2010年8月23日月曜日

片面2層DVD

 DVD媒体のバックアップをとる必要があり、焼付けソフトで作業していたら、何度やってもエラーが出て終了してしまう。オカシイと思ってよくよく調べてみたら、ソースDVDの容量が7.8Gもある。対して、書込み用のブランクDVDの容量は4.7G。これでは焼けるはずがない。
 DVDの編集はDVDレコーダーが主で、パソコンでは読み込んだことは過去に幾度もあるが、焼くのは今回が初めて。DVDそのものに、あまり知識がなかった。

 あれこれ調べてみると、どうやらDVDには「片面2層」という形式があり、通常の型番に「DL」が付加され、容量も8.5Gまで増えるのだとか。これまで使っていた4.7GのDVDは「片面1層」だったわけで、まだまだ知らないことだらけである。
 手持ちの片面2層DVDの媒体がないので、アマゾンで買うことにしたが、10枚427円というのが最安値。例によって中国製で、エラーが出ることもある、との情報もあったが、ダメモトで買った。
(ちなみに、現在アマゾンは送料無料キャンペーンを継続中で、この商品も適用された)


_今日は朝から大雨で、外仕事もできないと思っていたら、うまい具合に商品が届いたので、ずっと作業していた。
 結論として、iMac G5内蔵のDVDドライブでは、5回中4回も書込みエラーが発生し、成功した1回も書込み時間が1時間近くもかかり、これではほとんど使えない。やはり無駄金だったかと気落ちしつつも、ふと思いついて買ったばかりの中古WindowsノートPCでやってみた。

 すると、Macではエラーの出た媒体にも関わらず、30分ほどであっさり作業完了。3台あるWindowsパソコンで、DVDの読み書きができるのはノートPCだけだが、なかなか使える。
 かくして427円の投資は無駄にならずに済んだ。めでたし。

2010年8月22日日曜日

写真はタイムマシン

 ずっと探していた古いアルバムがやっとみつかった。押入れの一番下の段ボールの奥に眠っていて、確かに自分で片づけたはずだが、すっかり記憶が抜け落ちている。
 小学校1年からの貴重な写真を妻と二人で見直したが、一瞬にして50年の時を駆け戻った気分。アルバムには細かいメモ書きがあり、これまで確かだと思っていたことに、単純な間違いをいくつか見つけた。
 16歳の夏にやった5泊6日の単独自転車旅行の前日、ずっと反対していた父が、母に私への2,000円を託していたことや、修学旅行で見た摩周湖は、実は第1と第3両方の展望台からだったことなど、人間の記憶などあてにならない。
 反対に、ほぼ記憶通りだったこともあった。先日のブログに書いた小学校時代の同級生T子さんと合唱発表会で歌った曲には、間違いなく「おおブレネリ」が含まれていて、私の歌うすぐ横で、ピアノを弾くT子さんが確かに写っている。
 同じく電話をくれたY君とは、実は中2のときに同じクラスだったことが判明。彼とは確か大学の教養部でも同じクラスで、「ひょっとして札幌H中で同じクラスだったよね?」と言葉を交わしたことを不意に思い出した。(たぶんY君は忘れている)
 細部には小さなズレがあるが、大枠での記憶に間違いはなく、ちょっと安心した。「アルバムにメモをする」という妙な性癖が昔からあるが、時を重ねるとかなり役立つものだ。

 ついでに、妻の古いアルバムも引っ張りだし、19歳の頃に行ったという道東の旅の「証拠写真」も点検。私の知らない、若くてまるでバンビのような妻の姿がそこにある。


 昨夜、「サマータイムマシンブルース」という深夜映画をテレビで見た。よくあるタイムマシン物だが、小さい頃から大好きなジャンルなので、テレビ放映があると欠かさず見る。
 今日になって思ったが、過去の写真やビデオ、8ミリなどは、いわば現代人が入手可能なタイムマシンではないか。ただ見るだけで一瞬にして過去にワープできるし、当時の自分の感情まで連鎖的に戻ってきたりする。
 写真や映像なので単に見ることはできるが、過去そのものに存在して干渉し、現在を変えることまではできない。そこがSFのタイムマシン物とは決定的に異なる部分だ。

 しかし、過去の自分や家族の姿を見ることで、一番大切な「いま」を見直して確かめ、リスタートすることはできそうな気がする。だからたまには昔の写真や映像を家族で眺めましょう。そして「いま」の自分と家族の記録を粛々と残し、後の世に伝えましょう。

2010年8月20日金曜日

私のクラウド

 仕事の終えた深夜によくNHK教育を見るが、先日のネット関連番組で、「クラウド(クラウドコンピューティング)」という耳慣れない言葉を特集していた。ソフトやデータを個人のパソコン内ではなく、公的なサーバーなどで共有することで、共有するのは複数の人でもいいし、単なる個人でもよい。
 大きなメリットとして、私のように複数のパソコンを常時使っていたり、旅行や出張などで出先でパソコンを使う場合、その都度データやソフトを持ち歩く必要がないこと。ネット接続さえすれば、いつでもどこでも自分のソフトやデータが自在に操作できるのだ。

 面倒がなくなるし、USBメモリなどによるウィルス感染の恐怖からも解放される。自分のパソコンがウィルス感染やHDのクラッシュなどで壊滅的ダメージを喰らっても、データやソフトはサーバー上に安全に残っている。


 デメリットとしては、ハッキングによる保存先のサーバーからの情報漏れや、サーバーのダウンによる一時的なアクセス不能が生じる可能性があること。選ぶサーバーの信頼性が重要である。
 しかし、これらの危険性は、自分のパソコンが何らかの形でダメージを喰らう可能性より、かなり小さいと経験的に思う。流れは「クラウド」に向かっている。
_テレビを見ていて気づいたが、実はかなり前から「クラウド」はやっていた。ネットのプロバイダとして利用しているYahoo!のサービスを中心に、数年前からじょじょに移行中である。
 現時点で、以下のデータをサーバー上に置いて利用している。

・メール:メールソフトとデータ
・アドレスブック:メルアド、住所、電話番号など
・スケジュール帳
・ブックマーク
・メモ帳:大事な覚え書きを暗号化して保管
・仕事や趣味活動のテキストファイル:HPやブログとして保存
・弾き語り音源データ:Yahoo!とYouTubeの併用

 常用するCAD系ソフトは、現状でまだネット上で使えないので、未利用。写真データ整理はすでに使える状態にあるが、まだ利用していない。パソコン内にメールソフトを置いていた時期は、何度もクラッシュでデータを失ったが、2年前にWEBメールに完全移行してからは、その種の事故は一切なくなった。
 容量次第だが、仕事用の大事なCADデータなども、今後はすべてサーバー上に保存すべきかもしれない。世の流れは急である。ぼんやりしていると、たちまち置いていかれる。

2010年8月18日水曜日

LEDナツメ球

 FAX用紙のストックがなくなったので、最も安く買えるホームセンターに行った。ついでに近隣のスーパー内にある100円均ダイソーに寄り、たまっていた備品類をあれこれ調達。
 LEDのナツメ球を探していたら、各色そろっている。例によって中国製だが、仕様は日本製と変わらず、価格は1/3前後。明るいと評価が高い白色を、試しに2個買った。

 ナツメ球は常夜灯としてよく使われている5Wの豆電球で、口金はE12が多い。我が家では暗くなると自動点灯し、明るくなると消えるセンサー付ライトとして2カ所、1階居間電灯の常夜灯として2カ所、合計4個使っている。
 このうち、センサー付ライトは階段上下にあり、点灯時間が最も長い。一日平均10時間は点灯しているので、ほぼ1年で一般ナツメ球の平均寿命3,000時間に達してしまう。
 なにより、消費電力が5Wもあり、先日交換した60WタイプのLED球の消費電力5.6Wと大差ない。つまり、一般の照明をいくら節約しても、このナツメ球を何とかしないと意味がないということだ。


 LEDナツメ球の消費電力は、わずか0.5W。一日平均10時間点灯という条件で一般ナツメ球との電気代を比較すると、LEDナツメ球が年間で46円、一般ナツメ球が456円で、その差は410円にもなる。
 4個使っている我が家だと、1階居間の使用時間を階段の半分としても、年間の電気代の差は1,230円だ。これは大きい。

 LEDナツメ球の価格は一般ナツメ球の3倍だが、寿命は実に17倍弱。1個だけしか使っていない家庭でも、交換すれば数ヶ月で元はとれる。
 今日はひとまず階段のセンサー付ライトを交換したが、明るさは一般ナツメ球よりもやや落ちる。色合いも一般ナツメ球のほうが暖かく感じる。しかし、しょせんは常夜灯。ぼんやり点いていれば用は足りる。居間の常夜灯も、切れたらLEDナツメ球に換える予定だ。
 100円ショップでは、写真のようなコンセントキャップも買った。シリコンゴム製で、6個もある。トラッキングによるコンセント火災を予防するためのもので、以前から気になっていたが、こんなものまで100円ショップで買えるとは。
 息子や客も含めて完全禁煙、調理器は火災の危険性が低いIHヒーターという我が家では、火災の可能性があるとすれば、トラッキング現象だろう。大掃除の際はもちろん、普段もこまめにコンセントを抜いて掃除はしているが、人間だから抜け落ちもある。これくらいの価格なら、全コンセントに装備してもいい気がする。

 このあたりの小物類は100円ショップの独壇場。さすがのネット通販も叶わない。

2010年8月17日火曜日

ささやかな非日常

 妻との旧婚旅行という、ささやかな非日常の興奮が覚めやらず、今朝も早くから目覚めてしまった。今回の旅の発案と企画は私だが、宿泊先の対応に多少の不満はあったが、他はおおむねうまく運んだ。結婚35年を経た中年夫婦にとっても、よい刺激となった。
 人生に残された時間も次第に少なくなるつつあるいま、定期的にこの種のイベントを企画し、実行しようと思う。企画は昔から好きな作業だが、弾き語りライブの企画よりも旅行の企画のほうが、妻ははるかに気持ちが動くようだ。

 旅先の留辺蘂(るべしべ)道の駅で見つけ、妻に「運転ご苦労さま」のご褒美として買ってもらった木製のカエルキーホルダーを、2階仕事部屋の鏡にクリップで止めた。「無事にカエル」「お金がカエル」などとキャッチコピーにあるが、色といい形といいちょっと珍しいカエルグッズで、木の葉を持つ手の部分が左右に動く仕掛けも洒落ている。


 実は網走の道の駅でもユニークなカエルのぬいぐるみが売られていて、こちらも妻が「買ってアゲル」と言い張ったが、慎んで気持ちだけいただいた。何となく自分で作れそうだったし、この種の楽しい思い出は、ひとつだけのほうが有難みが増すというもの。「たくさんあればいい」という訳じゃない。

 その代わりとして、サロマ湖の道の駅で、晩酌の肴になるホタテのヒモの佃煮を買ってもらった。「子持ちホタテ」といい、何かの魚の卵をホタテのヒモにまぶしてある。塩辛すぎず、なかなか美味い。こちらは消えものなので、カエルとはかぶらない。
 今回は道東にある多くの道の駅に立ち寄ったが、各地でユニークな土産販売を展開していて、見るだけでも充分に楽しめた。
 午後から突然睡魔が襲ってきて、2時間ほどコンコンと寝てしまった。やはり疲れが相当溜まっている。今日は終日のんびりしていようと決め込んでいたら、夕方になって新規のライブ依頼があり、そのあとに新規の仕事依頼もあった。
 こちらの休暇が終わったのを見計らったようだが、あわてて気持ちを入れ直し、弾き語りの練習をし、夜には仕事にも取りかかった。また新しい日常がユルユルと動き出す。

2010年8月16日月曜日

3つの奇跡

 還暦ドライブの2日目。6時半にはめざめ、温泉につかったあと、今日の行動予定を入念に調整する。今回の最大の目的は摩周湖を見ることだが、ネットで調べた天気予報だと、6時以降天候は急速に回復する、とある。
 そこで妻とも相談し、摩周湖を少し遅めの時間に訪れることにした。屈斜路湖東岸経由で摩周湖第3展望台に向かい、もし見られなかった場合は、北側から裏摩周展望台を再度目指し、途中で秘境と呼ばれる神の子池を訪れることに決めた。


 8時10分に宿を出発。早朝には曇っていた空も、予報通り次第に青空が見えてきた。8時50分に摩周湖に到着、祈る気持ちで展望台の階段を駆け上がると、見えました!前日の深い霧が嘘のように、鮮やかに晴れ上がった湖面が目の前に広がっている。
 妻にとっては3度目の正直で、年齢的にも万一今回見ることが叶わなければ、生涯見届けることはできないのでは…?とまで思い詰めていたので、本当に喜んでいた。そんな妻の願いを知っていたから、刻々と深いマシューブルーに染まってゆく湖面を見るうち、私の胸にも熱い想いがこみ上げた。
 今回初めて気づいたが、私が46年前に見た摩周湖は、大型バスが駐車可能な南側の第1展望台である。今回見た第3展望台は駐車場が狭く、普通車以外は停められず、トイレもなければ売店もない。しかし、展望は抜群にこちらがいい。
 すれ違った複数の観光客が同様のことを言っていた。この事実は観光案内でもあまりふれられていないが、理由はよく考えると分かるでしょう。


 その後、摩周湖の東側に位置する神秘の泉、神の子池に向かう。いったん北に抜け、Uターンして回り込むという遠回りの道。大きな時間ロスだが、実はここは学生時代の友人、S君に強く勧められた場所だった。
 S君は道東地区に長く住んだことがあり、地理に明るい。事前に相談したところ、「神の子池を見るべし」という、まるでホトケのお導きのような言葉。この日の朝、帰るルートを当初の阿寒湖経由から、急きょ網走オホーツク経由に変更したので、何とか行けるメドがついたのだ。
 神の子池の場所は分かりにくく、もちろん観光バスの定期ルートにも入っていない。普通車がやっとすれ違える砂利道を行くと、突然現れる。
 摩周湖とは地下水脈でつながっていて、底からこんこんと大量の水が湧き出てくる。水温は5度だそうで、あまりの冷たさで、湖面からは水蒸気がドライアイスのように白く、幻想的に立ち上っている。
 中心部はエメラルドブルーで、まさに奇跡の水にふさわしい。無理して来てよかった。貴重な情報を届けてくれたS君に感謝である。


 神の子池から道を北へ逆戻りし、そのまま網走へと向かう。網走からオホーツク海を眺めつつ西へ走り、常呂からサロマ湖へと抜け、そこから内陸に入って丸瀬布から高速道路に乗り、旭川経由で札幌に戻るという行程である。
 阿寒湖経由よりも確実に距離が長くなるが、これまであまり行ったことのない土地を通ることができるし、阿寒湖ルートで大きな難点である、占冠-夕張間の高速道路未開通部分をパスできる、という利点がある。
 網走の原生花園で車を降り、園内の散策路をあちこち探訪したが、オホーツク海岸に抜ける小さな広場で妻が立ち止まり、ここには41年前の青春の思い出がある、と出し抜けに言う。
 会社や学校という所属する自分の場がない一時期、旅で北海道を訪れた妻は、この場所でバスの時間を待ちながら、1時間以上も茫漠としたオホーツクの海を眺め続けていたという。まるで「岬めぐり」の歌の主人公のように、私はこれからどうして生きて行こうか…、と。
 その後妻は技術専門校の試験に合格して図面トレースの技を習得し、都内の会社に入社するが、その2年後に北海道からやってきた私と出会うのだ。そして夫となった私が、その思い出の地に本人を連れてくる…。
 初めて聞いた話だったが、生きていてよかった、と妻はここでもうれし涙を流していた。

 その後、道に迷ったり高速道路の交通止めに遭遇したりしながら、20時半に自宅にたどり着く。見物や買物でかなり時間を食ったが、延べ12時間半、走行距離520キロの長い過酷な旅路だった。
 この2日間の合計走行距離は950キロで、よくぞ走った。いろいろな意味で夫婦の在り方を見つめ直し、明日への生きる活力を得た貴重な旅であった。

2010年8月15日日曜日

還暦ドライブ

 妻とたぶん初めての泊りがけドライブに出かけた。朝8時に家を出て、高速道路を北へと走る。試験的無料化の恩恵で、岩見沢からはタダ。前日までの激しい渋滞を恐れていたが、直近の入口から入っても、車の流れは終始スムーズだった。


 途中の砂川と比布で休憩を取りつつ、層雲峡に着いたのがほぼ予定通りの11時。妻も私も40数年ぶりの銀河の滝、流星の滝だが、水の流れは変わってなくとも、周囲の木々がうっそうと生茂り、月日の流れを感じさせた。

 その後順調に車を走らせたが、美幌峠の直前で予期せぬ霧の塊が前方から押寄せ、視界が20mくらいまでになった。頂上の大展望は全く見えず、命からがら湖畔まで降りる。事故にあわなくてよかった。


 15時半には宿泊予定の屈斜路湖畔に着いたが、あまりに早すぎてまだチェックイン前。そこでダメモトで、今回の大きな目的だった摩周湖まで足を伸ばした。
 麓の視界は良好だったが、山道を登るにつれて美幌峠同様に深い霧がたちこめる。展望台はまるで霧の海のようで、46年前に見た快晴の摩周湖が嘘のように思えた。

 41年前に来てやはり深い霧に阻まれている妻は、すっかりあきらめ顔。どうやら「霧子さん」は妻だったようで、明日の再トライにかけることにした。


 峠を一回りして降りてきたら、うまい具合に129円/LのGSがある。出掛けにゼロクリアしたメーターを見るとおよそ430キロで、昨夜は3時間ほどしか寝てないが、事故も起こさず走り抜いた。
 満タンにした量20Lから逆算すると、燃費は21.5Km/Lとなり、過去最高値を更新。半分は高速道路を走ったので、当然か。

 そこからさらに10キロほど戻って、ようやく今日の宿泊先に到着。時計は16時50分で、延べ9時間近くもの長いドライブだった。走行距離と走行時間とも、これまた過去の記録を更新。まだまだやれるもんだと自分を見直した。


 宿泊先はいわゆるユースホステルだが、写真のように中央に15mを超える吹抜けがある豪快なログハウス風の造り。ウッディな内装も私の好みだ。
 ユースホステルといってもいまはごく普通のホテルと大差なく、普通のツインの部屋に、普通の設備がある。夜のミーティングもない。食事も普通の懐石料理で、充分過ぎるほどの量をおいしく食べた。
 アルコールもOKで、ビール、ワイン、日本酒など、なんでも飲める。いつもの晩酌の量を飲んだが、さすがに疲れているせいか、かなり酔った。

 このホステルには無線LANが設置されていて、宿泊者はパスワードを教えてもらって、自由に部屋でインターネットができる。このブログも持参した無線LAN内蔵のノートパソコンで書いている。
 明日は全く別のルートを通って帰る予定だが、またまた400キロを越えるドライブになる。よく寝ておこう。

2010年8月14日土曜日

T子さんのこと

 先日小学校の同窓会の件で電話をくれたY君とは、何やかにやと30分近くも話してしまったが、「誰それはいま何やっている?」という話になると、故郷や小学校、そして中学校や大学まで同じという関係なので、もはや止まらない。
 必然的に女生徒の話になったが、「C美は覚えてる?」と真っ先にY君が尋ねる。記憶をたどっても全く覚えがなく、知らない、と応えると、あのナンバーワン美人のC美を覚えとらんとは悲しいね、などと責める。
 オイラがはっきり覚えているのは、T子さんだ。いまどうしているか知ってる?と問うと、知ってるも何も、彼女は結婚して東京に住んでいて、東京勤務だった時期は年に一度は同窓会で会っていたという。
 T子さんとは小学校6年、中学校1年と、2年続けて同じクラスだった。父親が地元の国立大教授で、日本建築界の重鎮だったらしい。大学の官舎に住んでいたが、当時はまだ珍しかったピアノが自宅にあり、彼女はかなりの腕前だった。

 官舎は近隣の森の中にあり、友人も多く住んでいたのでよく遊びにいったが、ときどき練習するピアノの音が窓から聞こえてきたりし、じっと耳を澄ませたもの。北野たけし監督の自伝によく似たシーンが登場するが、上品で頭が良く、まさに「深窓の令嬢」という印象の人だった。


 小学校の文化祭があり、6年は選抜チームで合唱をやるという。各クラス男女2名ずつで、5クラスあったから、合計で20名だ。田舎の学校から転校して間もない私だったが、いきなりクラスの代表として指名された。
 その際、伴奏のピアノも先生でなく生徒が弾くことになり、学年から3名が選抜された。その中にT子さんがいた。
 3曲歌ったが、確か「おおブレネリ」が含まれていたと思う。当時の写真があるが、私のすぐ横でピアノを弾くT子さんの姿がある。ちょっと晴れがましいシーンである。

 実はT子さんとの思い出はこれだけではない。そもそもT子さんの名前は、私の長姉と漢字まで全く同じで、転校して最初の父母懇談会に出た母が、「横に座ったT子さんのお母さんから話しかけられた。私の娘と同じ名前で、大学教授一家なんだって」と、エラく興奮していたのをはっきり思い出す。
 クラスの中で言葉を交わしたことは一度もなかったが、その年に彼女から年賀状が届いた。6年生にしては達筆で、母は自分のことのように大喜びしていた。

 中学に入ってからも彼女からは年賀状が届いたと思う。いまほどオープンな時代ではなかったから、年賀状のやり取りは、ある種の心の交流である。
 中学校では彼女に関わる別の懐かしい思い出が2つある。しかし、長くなるのでここには書かない。いずれ時期がくれば書くかもしれないが。
 Y君からの電話後、気になってネットでT子さんのお父さんの名前を検索してみた。すると、Wikipediaにちゃんと載っていて、昨年亡くなっていた。驚くべきことにT子さんのルーツが、秀吉による文禄の役(1592年)の折、朝鮮半島から強制連行されてきた学者だったことを知る。T子さんの姓は極めて珍しく、その事実を裏付けている。
 いわゆる歴史上の人物で、数々の逸話が残されているが、書を得意としていたそうだから、達筆で才知に富んでいた彼女のDNAは、おそらく祖先から受け継がれたものだ。

 Y君との電話のやりとりで、「気になるなら、連絡しようか?メルアド知ってるよ」と言われたが、気持ちに臆するところがあり、ひとまずお断りした。オレのHPに同窓会の写真がある。最近のT子さんも写ってるよ、というので、今日になって教えられたキーワードで検索してみた。
 すると、ありました。間違いなく60歳なんだけど、小学校の雰囲気とあまり変わっていない。いや、むしろカドがとれて柔らかい印象に変わった。いい年のとりかたをしている。ふむふむ、なるほど、そうですか…。

 50年近く前に関わりのあった、ちょっと気になる同級生の姿を確かめられて、何となく穏やかな気分。人はおそらく生きてきたように老いてゆく。

2010年8月13日金曜日

篠路風味新顔

 昨年実家の庭で草刈をしていた際、自生しているミントを発見した。1株だけ持ち帰り、自宅南側の軒下に移植しておいたら、今年の春にかなりの数の芽を出した。ミントの種類は不明だが、その葉の形状や香りから、レッキとしたハーブであることは間違いない。
 いずれミントティーにでも…、と思いつつ、忙しさに追われて時が過ぎ去った。放ったらかしにされたミントは、虫たちの格好の餌食となったが、それにもめげず、次々と新しい芽を出し続ける。


 そのけなげとも思える姿に打たれたわけでもないが、陽射しの強い今日、虫の害の少ない葉を10枚ほど選んで摘み取り、初めてハーブティーとして入れてみた。
 ミントティーは、採りたてでも乾燥させたあとでも、どちらでも構わない。今回は500ccの熱湯でおよそ5分ほど蒸した。

 一口飲んでみると、独特の香りと爽快感が口の中に広がる。今日は午後の珈琲は飲まなかったが、充分に珈琲の代用となる味だ。余った分は空き瓶に移し、今度は冷やして飲んでみることにした。


 調べてみると、ミントティーには消化促進、安眠などの効用があるらしい。常飲しているカモミールの効用とほぼ同じだが、今年はカモミールが全くの不作なので、秋以降に備え、虫に食われる前に採取してドライミントとして蓄えたい。

「フキノトウ味噌」「フキの佃煮」「ヨモギパンケーキ」「ラズベリー酒」「カモミールティー」「シソジュース」「ニワトコシロップ」に続く「篠路風味」の新顔が、またひとつ登場した。

2010年8月11日水曜日

LED電球テスト購入

 何かと話題のLED電球を試験的に1個だけ買ってみた。仕事部屋に4カ所ある照明の3個は電球型蛍光灯で、1個だけが旧式の白熱灯だった。そこでまだ使える白熱灯をLED電球に交換し、他の電球型蛍光灯と比較してみようと考えた。

 買ったのはELFAという中国製のもの。E26口金、60W相当の品をホームセンターで1,740円で入手。国内メーカー製なら2,500円前後はするが、過去の電球型蛍光灯での実績から、国内品との差はあまりないと踏んだ。
 スイッチを入れるとすぐに明るくなり、オンオフを繰り返しても寿命には影響しない。これが電球型蛍光灯との大きな違いだ。実際に試してみると、かなり気持ちよく使える。問題の明るさは、電球型蛍光灯よりもやや白い感じはするが、大差ない。
 重量が153gあり、電球型蛍光灯より重いが、実用面での問題はいまのところない。


 電球型蛍光灯とのコスト比較は、以下の通り。

電球型蛍光灯(60W相当)
・消費電力:13W/寿命:8000h(メーカー推奨値)
・本体価格:490円(量販店実勢価格)
・電気代:8000×13W÷1000×25円(円/KW)=2,600円
・合計コスト:490+2,600=3,090円/8000h

LED電球(60W相当)
・消費電力:5.6W/寿命:40000h(メーカー推奨値)
・本体価格:1,740円(量販店実勢価格)

 比較のため、8000hあたりのコストで試算。
・本体価格:1,740円×8000h/40000h=348円
・電気代:8000×5.6W÷1000×25円(円/KW)=1,120円
・合計コスト:348+1,120=1,468円/8000h

 これにより、現状では電球型蛍光灯の半分弱のコストとなる。相対的にCO2排出量も少ないことになる。本体価格が高いので、40000hの寿命まで使う可能性が低い場合、コスト面の有利さは縮まる。
 現状価格の場合、その採算分岐点は9400h以上の使用時間となる。(日平均7h使用で、4年弱)使用頻度の少ない場所なら、古い白熱灯でも充分のはずだが…。
 お盆前納品の図面が予定より一日早く届き、しかも2棟に増えた。すぐに作業を始めたとたん、見知らぬ番号で見知らぬ声の電話が鳴る。何と、48年前に卒業した小学校の同窓生からで、同窓会を近々やりたいので、名簿を作っているのだという。
 田舎から越してきて、わずか半年しか在籍していないが、卒業したことは間違いない。5クラス合計240名分のリストを作っているとかで、卒業アルバムを元に、電話帳でシラミつぶしに当たっているそう。
(なぜいま同窓会?)と単純に思ったが、まあ、それは問うまい。

 電話のY君は隣のクラスだった方で、いろいろ話すうち、故郷が同じ幌加内町の良く知っている地区、大学も同じで、かっては東京に住んでいたことなど、奇妙なほど共通点が多いことが分かった。
 以前にも確か書いたが、私も妻も同窓会には参加したことがなく、そもそも案内がきたのが今回が初めて。わざわざ連絡をいただいたので、時間の都合がつけば、生涯初めての同窓会に参加してもよいかな…、という気分に少しなっている。
 年をとったのですかね。

2010年8月10日火曜日

オトナの遊び心

 珍しくカラリと晴れた。予報だと明日からまた雨なので、午前中から草刈を敢行。草刈は北側隣地を残すだけだったが、この場所の雑草が延び放題で、付属のプラスチック製回転刃では力不足でうまく刈れない。やむなく、専用の金属回転刃を追加注文したが、それが昨日届いた。
 モーターのパワーは充分あるので、金属刃だと面白いように刈れる。およそ20坪分を、30分で軽々と刈り終えた。

 電動草刈機による作業が今日で一通り終わったが、予想以上によく刈れ、しかも疲れない。鎌よりもはるかに短く刈れるので、以前に比べて土地が広く見える。この爽快感、しばしヤミツキになりそうだ。


 気温は30度近く、相変わらず暑い。汗で濡れたTシャツを取り替えたあと、車で都心のカエルヤ珈琲店に向かう。先日のライブでオーナーにお会いした際、「カエル自慢コンテストの結果を発表してますので、ぜひご来店を」と言われていたが、つい延び延びになっていた。
 まずは昼食代わりのホットドッグと珈琲を注文し、あれこれとカエル談義。新企画「カエル自慢〜ワークショップ編」の話題になったが、もしかするとこちらも実現するか?
 第2回カエル自慢コンテストの結果は、写真の通り。今回も51蛙がエントリーし、色や形、用途など、実にバラエティーに富んだ構成である。優勝は2匹セットの「ボクシングカエル」。なかなか愛らしく、優勝に相応しい姿だった。
 我が「パラボラケロすけ」は今回もあえなく選外だが、100人の来店者による自由投票で、多くが若い女性。しかも、L判の写真による判定なので、「巨大さ」「手作りの面白さ」が、なかなか伝わらなかったようだ。


 しかし、この種のコンペで大事なのは勝ち負けではなく、オトナの遊び心なのである。大真面目でエントリーし、あれこれ論ずることそのものに意義がある。そこを忘れてはイカン。
 毎年一回の定例行事にすることを決めたそうなので、心は早くも来年。「可愛い系」でいくか、「オドロ系」でいくか、あくまで手作りにこだわるか…、悩ましいのだ。

 帰り際、オーナーから開店7周年記念のカエルのイラスト入タオルを手渡される。貴重な特注品だ。さほどの常連でもないのに、わざわざとっておいてくれた気持ちがありがたく、慎んでいただく。このタオル、もったいなくて使えないかもしれない。ケロケロ。

2010年8月8日日曜日

シンプル計画進行中

 午後から母の暮らす施設で夏祭りがあるので、昨日同様、早めに起きて準備。ついでに父の墓参り、そして古いパソコンの処分も一気に済ませる予定だ。

 これまた昨日同様、蒸し暑いが小雨のパラつくはっきりしない天気。雨ならばロビーで何かやるだろうと車を走らせたが、途中で本降りになった。これはいよいよ無理だろうと思ったが、不思議なことに施設に着くとピタリと雨がやむ。
 母は一人食堂で所在なげだったが、今日は夏祭りだよ、ロビーで生バンドの音楽が聴けるよと誘うと、遠いだろうとか、お金がかかるとか、まだご飯も食べてないなどと理由を並べ、動こうとしない。
 お金はかからないよ、場所は知っているから一緒に行こうと手を引き、エレベーターに乗った。

 コンサートはちょうど始まったところで、母といつも一緒のMさんはすでに最前列に座っている。後で聞くと、どうやら母を誘ったが拒まれたらしい。入居者が多く、人手が足りないので、私が来なければおそらく母はずっと食堂にいたに違いない。やはり来てよかった。


 バンドはギター系7人、ボーカル2人の9人編成。この種のバンドでは非常に珍しい「ベサメムーチョ」「マラゲーニャ」などのラテン系ミュージックをレパートリーに加えていた。母が若い頃から大好きなジャンルで、そもそも生のバンドを聴くのが初めての母は、終始上機嫌だった。
 途中メンバー紹介があったが、リーダーは何と82歳。しかし、リードギターを巧みにこなし、老いを全く感じさせない。前日も病院でライブがあったとか。休憩時と終了後に少しお話ししたが、その気になれば80歳を過ぎても活動は出来るというお手本のような方で、よい励みになった。

 休憩時に自分の活動のことも話すと、飛入りで何か歌いませんか、ギターは貸しますよと強く誘われたが、今日は母の引率に徹する気でいたので、固辞。
_進行の段取りが狂ったのか、予定を30分も過ぎて終了。昼食をとってなかったので、途中のスーパーでオニギリを買い、霊園に直行。16時半に着いたが、お盆近くというのに管理人が一人いるだけで、墓参する人影はない。おかげでゆったりとお参りができた。
 依頼してあったロウソク立てと家紋の修理はきれいに終わっていて、墓の前でオニギリを食べつつ近況報告をしたあと、事務所で修理代を支払う。ずっと気にかかっていたことがようやく終わった。

 帰路、廃棄パソコンのリサイクル店に寄る。霊園から15分ほどで、いつも通っている道路沿いだった。持参したパソコンを検証してもらったが、やはりモニタの焼け付きが一部にあり、無料では引き取れないとの判断。電話で問い合わせた通り、1,500円を支払う。これでも調べたなかでは最安値だった。
 ともかくも所有するパソコンはこれで6台に減った。本当はもう少し減らしたい。「身辺のモノを徐々に減らし、身軽に暮らす」という主旨のシンプル計画は、まだまだ続く。

2010年8月7日土曜日

祭りと雨

 近隣のグループホームでの夏祭りライブが終了。天気予報では午後から雨で、蒸し暑く、空はいまにも雨が降り出しそうな曇天。午前中からすでに雨がパラついていた。
 雨天時は屋内でやると決まっていたので、早めの1時前に先方に着いたが、不思議なことにライブの始まる1時半ころになると空は晴れ、薄日までさしてきた。出かける直前にアメダスで調べて見ると、会場となる北区だけがすっぽりと雨雲が抜けている。まるで奇跡だ。

 これまで何度も屋外のライブを経験しているが、なぜか一度も雨に降られたことがない。当日が雨だったことは何度かあるが、今日のように私の出番のときだけカラリと晴れてしまうという経験が、今日を含めて3度もあった。
 若い頃は完全なる「雨男」だったが、最近はすっかり「晴れ男」に変貌。年を重ねて、欲がすっかり抜け落ちたせいか。


 予定より少し早めにマイクテストをかね、1曲歌う。実は当初の予想より近隣町内会からの参加が少なく、聴き手の多くはいつもと変わらない職員や入居者、そしてその家族という構成だった。
 このホームでの夏祭り自体が2年ぶり。私自身も夏祭りでのステージが2年ぶりだった。まずは歌ってみて聴き手の反応をうかがう。場が読めないときのいつもの手段である。
 いつも書いているが、お祭り系の場は苦手である。基本的に聴き手の気持ちは食べ物や飲物、他のイベント等に向かっていて、音楽は場をもり立てる脇役でしかない。
 本来ならMCなどをうまく使って、その聴き手のウキウキ気分に自分の歌も乗せてゆくのがよいのだろう。しかし、最近の私の歌は「叙情系」を旨としているし、元来の口下手が災いし、MCはまるでヘタクソである。

 しかし、いまさら背伸びもできず、いつものようにMCは曲紹介程度にとどめ、淡々と予定曲を歌った。今日のセットリストは以下の通り。

「崖の上のポニョ」(マイクテスト)「カントリー・ロード」「憧れのハワイ航路」「赤い花白い花」「上を向いて歩こう」「二人は若い」「フニクリフニクラ」「瀬戸の花嫁」「宗谷岬」「のどか小唄(オリジナル)」
 予定ぴったり2時に終わらせたが、自己採点すれば40点くらい。つまり、完全な落第点である。これといったミスはなく、それなりに手拍子もいただいたが、研ぎすまされたような聴き手の反応を得ることは最後までできず、生煮えの印象。この種のお祭り系ライブで60点以上をクリアするのは、私に取って至難の業だ。

 DIYで改良したミニアンプスタンドを初めて立って使ったが、高さを口あたりに合わせたので、自分の声とギターが聞き取りやすかった。座っても立っても充分使えることが判明。今日の唯一の収穫かもしれない。
 家に着いたとたん、雨がパラつきだし、夕方にはどしゃ降りになった。今日は月遅れの七夕で、町内子供会の屋外行事が予定されていたが、屋内に変更になったらしい。祭りも雨には勝てない。