平日だが、うまい具合に仕事も一段落し、取引先の多くが休みである水曜日。正月気分も抜け、街は平穏に戻っている。週末のスケジュールは勤めの合間にパフォーマンスをやり繰りしている他のパフォーマーに譲り、時間の融通が効く自由業の私は、こんなすき間の日にこそ歌うべきではないかと考えた。
外は今年一番の寒気が襲い、強い地吹雪が吹き荒れている。瞬間的に前の車が見えなくなるほどの激しい嵐で、慎重に車を走らせた。
夜の苦手な妻は、今日は家でお留守番。さすがに車の流れは悪く、16時40分に家を出て、都心のいつもの駐車場に着いたのが、17時30分だった。
機材一式を背負い、凍結した道をトボトボ歩く。あとで知ったが、都心のこの時間に今年最低の-10.8度を記録したという。まさに凍りつくような寒さで、通りには人影もまばら。とても歌いに行くような天候ではない。
17時50分に事務局に到着。本来は17時開始だが、事務局には少し遅れて始めますと事前連絡してあった。手続きを済ませ、すぐに地下街へと潜る。
この日の会場は3つあるうちで、一度も歌ったことがない北大通西広場だった。地下鉄大通駅出口近くで、ややざわついた雰囲気があるのは、前回歌った北4条広場に似ている。
チカチカパフォーマンスも契約期間が残り少なくなり、今後のためにも普段とは異なる時間帯、異なる場所を知っておくべきと考えた。
この日のもうひとつの新しい試みは、歌をすべてフォーク系の曲でそろえてみることだった。先月末の及川恒平さんのXmasフォークコンサートで、熱気あふれる会場の気分を肌身で感じ、これまで地下歩行空間では手応えが弱く、ずっと封印してたフォークをもう一度試してみる気になった。
事務局から北大通西広場へはかなり遠く、持参の簡易三脚で写真を撮ったりして準備にも手間取り、開始は18個10分から。この日は冬の歌を中心に、以下の14曲を休憩なしで一気に歌った。
「冬のロボット」「時代」「北の旅人」「Come to my bedside」「さりげない夜」「独り(オリジナル)」「空に星があるように」「めまい」「サボテンの花」「通りゃんせ」「河のほとりに」「突然さよなら」「あてもないけど」「別れのうた」
通行人は多かったが、外が吹雪いていてちょうど帰宅時間。歌に関心を示す人は稀で、足早に通り過ぎるばかり。開始の3曲をそばで聴いてくれた若い女性が拍手と共に去ったあとは、ほとんど立ち止まる人のいないなか、孤独なストリートライブが延々と続いた。
フォーク系とはいえ、選曲はかなりマニアックである。やはりフォークはこの空間では無理なのかと思いつつも、喉の調子はよく、自分の歌声が通りに響き、そして風のように流れてゆく感覚は得難いものだった。
他の広場に比べて壁から通りまでの距離が近く、音の返りが非常によい。後部奥にあるマルチビジョンの案内音声は中央の北3条広場に比べてごく小さく、歌っていると全く気にならない。ライブの場としては恵まれていた。
このまま風になりきって最後まで歌いきろうと覚悟を決めたとき、一人の中年男性が立ち止まって柱に寄り添い、ずっと聴いてくれている。それがきっかけとなり、一人また一人と立ち止まってくれる人が増え始めた。
ラストの曲はそんな人たちに感謝の言葉を初めてMCとして入れた。終了は19時ちょうど。聴き手は最大6人で、洋楽や唱歌に比べると少なめだったが、尻上がりに聴き手が増えてきたのが救い。自分のなかでの満足度は高かった。
終了後、一番長く聴いてくれた男性が近寄ってきた。歩いていて「河のほとりに」の歌声がすっと心の中に入ってきた。懐かしい曲が聴けてとてもよかったとねぎらってくれ、缶ビールを差し入れしてくれた。ありがたい。
漠然とした感触だが、18時半を過ぎた頃からようやく通りをゆく人の足がゆっくりし始めた気がする。帰宅を急ぐ人の足を止めるほどの魅力は、我が歌にはないということなのだろう。夜のストリートライブは時間帯をよく考えるべきらしい。
とはいえ、「初めて妻の引率なし」「初めて歌う広場」「初めての夜時間」「初めてのフォーク系リスト」「初めての悪天候」という初めてづくしのなかでは、まずまずの結果だったと自己評価したい。
これまで見えなかったものをいくつかつかむこともできた。貴重な機会だった。