2011年11月30日水曜日

単なる道楽の意義

 明け方はややプラスだったが、日中の最高気温がマイナスという、「ほぼ真冬日」の札幌。あれこれ用事が溜まっていたので、雪がちらつくなか出かける。
 いつもとは逆に、近いほうの用事から済ませていった。まずは近隣のスーパーで乙類100%の純粋焼酎を調達。いろいろ調べたが、1.8L 995円が最安値だった。これで軽く2ヶ月はもつ。

 続いて安値のガソリンスタンドへ。しかし、なぜか指定のカードがいつもの場所に見当たらない。事務所に寄って事情を話したら、前回入れた系列の別スタンドに忘れ物として預かっているという。今日まで1ヶ月も気づかなかったが、よくぞ保管してくれていた。ルートが違うので、帰りに寄ることにする。


 そのまま都心に入り、まずはパソコン中古ショップで持参した中古メモリの査定をしてもらう。夏に入れ替えたMac-miniの1Gメモリだが、なんということか査定額ゼロ。1Gといえば少し前なら充分な容量だったが、時代の歩みは予想を越えている。仕方ないですな。

 気を取りなおし、町内会の街灯電気代補助申請の窓口に行く。街灯部長として毎年の恒例行事だが、駐車場に車を止めて事務局に向かううち、雪が次第に激しくなってきた。
 そのせいか、受付は空いていて、手続きはスムーズに終了。ひょとしてホワイトイルミネーションが見られるかも?と大通り公園をのぞいてみたが、あたりが薄暗いにも関わらず、まだ点灯していなかった。残念。
 車を西へ進めて別の駐車場に入れ、カエル狂のためのカフェ、カエルヤに行く。雪のせいか、客は誰もいなかった。店主のU子さんといつものようにカエル談義に花が咲く。
 かねてから準備中の店内展示用のカエルオブジェについてあれこれ打ち合わせる。デモ用に昨夜仕上げた7体のウッディガエルと、今日仕上げた4体のサイバーガエルを持参していったが、基本的にはこの路線でOKとの了解をいただく。

 大きな木箱にレイアウトすることは当初から決まっていたが、単にカエルを箱に置くだけでなく、より立体的に見せるよう、スタンドをつけたり、木の枝を立ててそこに吊るしたりと、雑談の中でいろいろな意見が飛び出した。
 展示に使う木箱やその他の材料を帰りに預かってきたので、明日以降、具体的な作業にとりかかる。何の報酬も得られず、さりとてボランティアともいえず、要は単なる道楽の類いだが、だからこそ意義があるのだ。分かるかな?ケロケロ。

2011年11月29日火曜日

トトロがかぶった

 木の枝をベースにしたカエルオブジェの推敲に終日励んだ。カフェの展示用に始めたが、閃きを形にし、材料を集め、加工して試行錯誤するうち、作業そのものが面白くなってきた。
 顔となる枝は太いものだけでなく、いろいろな太さで変化をつけようかと思う。目玉の部分も顔同様に細めの枝を輪切りにして使うつもりでいたが、一部に木製の丸い玉を載せてみたら、なかなか可愛い。中心に穴があり、これが目玉に見える。このままだと目が飛び出し過ぎるので、ノコで半割にして使うことにした。

 大きいカエルの目玉はツタの実を使い、口はすべて細い木の枝。基本材料はすべて自宅周辺で調達したものである。深夜までに7種類のウッディガエルを配置し終えたので、明日以降は空き瓶の蓋とボタンを使ったサイバーガエルの作業にとりかかる。


 地区センターでのX'masライブは集客もある程度やる必要があるとのことで、近隣の介護施設やら友人に案内状を配り始めた。
 今回の案内状デザインは地区センター側で、大きさがB5。数もあまりない。やむなくスキャナでパソコンに取り込んでハガキ大に加工した。小さめだが、大量印刷が可能。配るだけならこれで支障ない。
 その地区センターの担当者から連絡があり、先日届けた曲リストのうち、「となりのトトロ」を「マルマル・モリモリ」に変更して欲しいという。他のバンドのエントリー曲と重なったそうで、5組も出演するイベントとなると、こうしたことは起こりがち。ソロとバンドの違いがあるとはいえ、同じ曲はできれば避けたい。
 X'masソングはあえて避けたので重複はないが、まさかの宮崎アニメでかぶった。ある程度予期していたので、実は提出する際に「万一トトロがかぶったら、マルモリでもOKです」と伝えてはあった。

  バンドと違って、ソロの私は楽曲にいくらでもつぶしが効くのが強味。もしマルモリもかぶったら、アンパンマンかポニョでいきますかと、同時に伝えてある。これだけ備えておけば、まず大丈夫なはずだが。

2011年11月26日土曜日

ゆる~いライブ

 近所のライブ酒場での弾き語りイベント「おんはつ」に参加。今春から始まって都合4度目だが、前回は超多忙の9月に実施されたため、スケジュールが合わずに不参加だった。
 今回はマスターから直接参加の打診メールがあったが、うまい具合に実施日がぽっかり予定の空いた11月末。しばしご無沙汰していることもあり、忘れられないうちにと参加を決めた。

 ライブの予定はなかったが、同じ日の夜に町内の役員会がある。要職ではないが、街灯担当部長を仰せつかっており、この日は町内街灯のLED化という、重要な案件があった。
 しばし迷ったが、事情を話して15分早く実施される町内役員会にまず参加。LED街灯の議案は優先して取り扱っていただき、ライブにはこれまた事情を話して遅れて参加することにした。


 この夜はアルコールは断念し、なるべく早く着くようにと車で出かけた。ところが40分遅れでお店に着いてみると、なぜかライブはまだ始まっていない。偶然だが事情で遅れる人が相次いで、やむなく開始を遅らせるという。
 拍子抜けしつつ集合を待ち、1時間遅れの20時からようやく開始。この夜は全体的に集まりが悪く、参加は4組だけだった。

 聴き手は合計11名とまずまずだったが、とにかく歌い手が不足している。通常は1組2曲10分以内という取決めだが、この夜に限っては各自が歌いだけ歌ってよいという、非常にゆる~いライブとなった。
 2組終了後の21時少し前に私の出番となったが、用意した2曲はオリジナルの「誰も知らない夜」とカバーの「帰れない二人」(井上陽水)。とにかくゆる~いライブだったので、特にあがることもなく、ほぼ自宅練習モードで歌い終える。
 スピーカーの数を最近増やしたとかで、ステージ上では抜群に音が聴きやすくなっていて、いい感じで歌えた。

 楽譜を2曲分しか用意してなかったので、さっさと撤収しようとしたら、もう少し何か歌って欲しいようなことをマスターが言う。歌うとすれば、楽譜なしで歌える曲しかない。
 暗譜している曲は数少ないが、その少ない中から咄嗟に「どうしてこんなに悲しいんだろう」(吉田拓郎)を選んで歌う。唱歌ならけっこう暗譜しているが、場の気分を考えるなら、ここはやはりフォークだろう。1年近く歌っていない曲だったが、大きなミスなく何とか歌えた。

 参加自体が綱渡りだったが、何があるか分からないのがライブというもの。不測の事態に備え、余分な楽譜くらいは持ってゆくものだと改めて学んだ。歌自体の出来はまずまずだったことが救いではあったが。

2011年11月25日金曜日

暖房ボイラの運転法

 この冬から試験的に暖房ボイラの運転方法を変えている。これまでの12年間やってきた基本的な運転法は以下の通り。

・5:00~9:30 負荷70%運転
・9:30~17:00 OFF
・17:00~23:00 負荷70%運転
・23:00~5:00 負荷20%運転

 この手法で灯油消費量は北海道平均の半分程度で済んでいるので、このままでも構わないといえば構わない。しかし、震災以降の世界観の変化で、さらなる改善の余地があるのでは?と考えなおした。
 妻の意見も聞いてみると、寝ている間は室温が下がってもいいのではないかという。一般家庭より寝る時間が遅いので、負荷70%での夜の運転時間をもう少し長くし、深夜は完全OFFにしてみようかと考えた。
 現在テスト的に進行中の運転法は以下の通り。

・6:00~9:00 負荷70%運転
・9:00~19:00 OFF
・19:00~24:00 負荷70%運転
・24:00~6:00 OFF

 大きく変えたのは深夜の運転を完全OFFにしたこと。その代りに、負荷70%運転を24時まで延長した。しかし、全体の運転時間は2時間30分減らしている。トータルでは循環ポンプの運転時間もかなり減ることになり、灯油代と電気代の両方が減る計算になる。
 妻が在宅時で外が真冬日の場合など、陽射しが全くささない場合はこれまで通り昼間も負荷50%運転にしている。これでしばらく様子をみたいが、寒さがさらに厳しくなった場合、夕方の運転開始時間は18時にすべきかもしれない。

2011年11月24日木曜日

シールドケーブル修理

 数日前からギターのシールドケーブル(ギターとアンプをつなぐケーブル)の調子が悪くなった。接続時にチリチリとノイズが入る。気にはなったが、その後は普通に音が出るので、一昨日のライブではそのまま使った。
 一日たって自宅での練習中、不意に音がでなくなった。どうやらケーブルの接触が悪いらしい。一昨日のライブでも、ギターの音が小さく感じていたが、単に背後の壁から離れすぎて立ったため、音の返りが悪かったのだろうと判断していた。
 買ってから6年以上使っているケーブルだが、以前にPAがオンの状態でいきなりジャックを引き抜かれ、ショートして接続不良を起こしたことがある。
 おそらく同じ場所がまた何らかの理由で接続不良を起こしたに違いないと、分解してみた。すると当たりである。写真のように前回修理した箇所の結線がゆるみ、ケーブルの接続は虫の息状態。これでは音が出ないはずだ。
(写真上の赤マル部分)


 ライブが目白押しなので、すぐに工具を持ちだして補修した。単にハンダを上から載せただけだが、ひとまず音は出たので、これで問題ないと思っていた。
 ところが今日になってまた音が出なくなった。再び分解すると、またハンダがはがれている。どうやらケーブルをいったん外し、根本から修理する必要があるらしい。

 コネクタ部のハンダをいったん溶かし、ケーブルを外して端部を切断して処理しなおす。中心のコードは端子の穴に貫通させ、両方の端子を再びハンダで固定する。コネクタがぐらつかないよう、テープで強固に固定した。
 いまのところ音はちゃんと出ている。心なしか、以前よりもいい音になった気がする。ケーブルは音にかなり影響するらしい。まだしばらくは使えそうだが、いずれ全交換の時期がやってきそうだ。

2011年11月23日水曜日

臨時増設PA

 昨日の地下歩行空間ライブでの休憩中に携帯をチェックしたら、着信記録が残っている。例によって仕事ではなく、近隣の地区センターからだった。ライブ終了後に連絡すると、来月実施のX'masコンサートの概要が決まったとのこと。
 帰り道に地区センターに立ち寄り、関係書類を受け取って簡単な打合せをする。今回は初の有料ライブとなるらしい。小学生以上記念品つき100円という設定だが、たとえ100円でも有料となると、普段のボランティアとは違うプレッシャーがかかるかもしれない。

 出演は私を含めて5組。持ち時間も決まったので、昨夜からさっそく具体的な構成を始めた。
「クリスマス気分を味わえる」「大人も子供も楽しめる」という2つのキーワードがすでに案内状に印刷されているので、それに沿った内容にしなくてはならない。
 問題は他の4組と曲がかぶってしまわないか?という懸念だ。私以外はアカペラ1組、バンド系3組だが、歌が伴うアカペラ組との競合はできれば避けたい。あれこれ悩ましいが、重なる可能性が高いクリスマスずばりの曲はあえて避けようかと思う。


 最大持ち時間は入替えを含めて30分なので、7~8曲が限度だろう。この制限のなかで、上記の条件に叶う曲を選ぶ。「冬」「星」「月」あたりをキーワードにし、順番もざっと決めて通しで歌ってみたが、まずまずいけそうな感じがする。
 もう少し煮詰めてから最終決定し、先方に曲目と曲順を連絡する必要がある。曲の調整をしたりプログラムを作ったりする関係で、自主企画ライブのように直前まで流動的、という気ままは許されない。
 ところで、今回のライブは地区センターにしては珍しく、PA一式持ち込みである。以前にちょっとふれたが、会場となる体育室に備付けのPAの調子が悪く、出演者はPA持ち込みが参加の条件である。
 聴き手が100名を越える可能性があり、いつも介護施設で使っているローランドCM-30だけではやや不安がある。そこで一計を案じ、CM-30のヘッドホン端子からケーブルを延長し、以前に使っていたヤマハVA-10のAUX端子につないでみたら、うまい具合に両方から音がでる。
 手持ちのマイクスタンドをやり繰りし、両方をスタンド上で使える工夫もした。

 昨日からマイクの左右にPAを置いて歌っているが、合計出力36Wあるので自宅だとうるさいほど。6月に同じ場所でのコンサートで、60名くらいを対象にCM-30だけで乗り切っているので、たぶんいけると思う。というより、現状ではこれ以上の投資はできないので、この体勢でやるしかない。

2011年11月22日火曜日

日本人が求める歌

 札幌駅前通地下歩行空間での3度目のチカチカパフォーマンスを無事に終えた。都心でも最高気温がわずか0.5度という、ほとんど真冬なみの寒気が街を襲っていたが、幸いに小雪がちらつく程度で風はない。
 今回も妻には休暇をとってもらった。13時ちょうどに家を出て、車を会場真上の交差点に止めて機材を降ろす。寒いので妻とは事務局の入っているビル内のロビーで待ち合わせることにする。

 いつもの駐車場に車を停め、10分後に妻と合流。事務局に寄ってパフォーマンス用の看板を受け取り、同時に日報にも記入した。


 前回と同じ14時10分から第1ステージ開始。寒い日が続き、地下通路の通行も普段よりは少ない感じがした。この日は知人が二人聴きにきてくれた。力まずに歌うよう気をつけたが、はたしてどうだったか。
 これまでと同じパターンで第1ステージでは世界の叙情歌を中心に、40分で以下の13曲を歌った。

「ろくでなし」「オー・ソレ・ミオ」「パダン・パダン」「詩人の魂」「恋人よ」「想い出のソレンツァラ」「ラ・メール」「帰れソレントへ」「さくらんぼの実る頃」「夢路より」「オールドブラックジョー」「庭の千草」「奥様お手をどうぞ」
 後半に指がつってしまった前回を反省し、前回よりも3曲減らしたが、構成はがらりと変えた。街にうっすら雪が積もったこともあり、晩秋から冬にかけての曲を集めた。
 前回との重複は「詩人の魂」「さくらんぼの実る頃」「庭の千草」の3曲のみ。「想い出のソレンツァラ」「恋人よ」「帰れソレントへ」「オールドブラックジョー」の4曲が初披露である。


 通行人が少なめだった割には、集客はまずまず。当初の予定では「シューベルトのセレナーデ」を初めて歌う予定でいたが、その場の雰囲気から難しいと咄嗟に判断し、飛ばした。
 この判断が正解だったか否かは分からない。しかし、流れる場では自分の直感に従うしかない。

 14時50分に第1ステージを終了したが、ずっと聴いてくれていた見知らぬ中年婦人が近寄ってきて声をかけてくれた。聞けば前回も通りすがりに私の歌う姿を見かけたが、急ぎの用事があって聴けなかったという。
 どこかのお店でライブはやらないのですか、もしやるならぜひ聴きにいきたいので教えて欲しいと彼女はいう。あいにくソロライブは2週間前に終えたばかりで、当分予定はないと伝えると、たいそう残念がっていた。
 前回も同じような話があり、同じように名刺を渡しておいたが、この場が一期一会で終わるべきなのか、はたまた何かしらの新しいつながりが生まれるものなのか、判断に苦しむところである。
 聴きにきてくださった知人のNさんと話が弾み、休憩がつい長くなって15時15分から第2ステージ開始。日本の叙情歌を中心に、40分で以下の14曲を歌った。

「千の風になって」「切手のないおくりもの」「てぃんさぐぬ花」「夜汽車」「砂山」「雪の降る街を」「ペチカ」「白い想い出」「冬の星座」「冬景色」「月の砂漠」「浜千鳥」「北の旅人」「銀色の道」

 後半も前回とは構成をがらり変え、冬のイメージの曲をずらり並べた。純粋な唱歌といえる「ペチカ」あたりからじわじわと人が増えてきて、「冬の星座」あたりでは20人近い人が聴いてくれた。
 前回も感じたが、とにかく唱歌は受け入れられる。老若男女を問わず人が集まってくる。いまの日本人の心が強く求めているのかもしれない。終了後に知人のNさんも指摘していたが、シャンソンやクラシックを歌う人は結構いるが、唱歌を専門に歌う人は極めて少ない、とのこと。確かにそうかもしれない。
 12月は多くの場で歌わせていただけることになっている。今回の結果を大いに参考にしたい。

2011年11月21日月曜日

ブログ衰退せず

「ブログの衰退」というタイトルのブログを見つけた。ツイッターやらSNSやらの隆盛で、ブログ人気に陰りが見え始めているとのことだが、そんな傾向は今年の初めころからすでにあり、ここでも再三ふれてきた。
 よく観察すると、「私はツイッター(SNS)以外やったことがない」という人は稀で、ブログやツイッター、SNSで情報発信する人はみな同じ人間である。つまり、使う媒体が移り変わっただけに過ぎない。

 ブログの大きな魅力はその文字数にあると思う。私の利用するブログの場合、最大文字数が2,000字である。もっとたくさん書けるブログもあるようだが、400字詰原稿用紙5枚というこの文字数が多すぎず少なすぎず、実に手頃。
 私が制限いっぱいに書くことは稀で、平均して1,000~1,200字程度。原稿用紙換算3枚程度で、ネットで読むには程良い長さであろう。
 ときどきのぞくブログで面白いことを書いてはいるのだが、途中で飽きる。なぜかと思って文字数を調べてみたら、なんと毎回4,000~6,000字ほどもあった。ちょっとした掌編小説の長さで、ネット上で気軽に読める長さではなく、次第に足が遠のいてしまった。


 ブログを始めてから5年が過ぎたが、個人的にはブログをエッセイのようなスタイルで書き綴っていて、そう腹を決めてから初期の試行錯誤段階をようやく脱した。
 日記的要素も強いので、日々書き綴れば自分の情報が自然にネット上にキャッシングされ、検索で容易に探し出せる。「冬タイヤに変えた時期は?」などの過去データ抽出も瞬時。私のブログにはジャンル分けが存在しないが、この検索機能をうまく使えば、不自由は感じない。
 始めて3ヶ月余のツイッターは、まだ初期の模索段階を脱していない印象だ。ブログに比べて極端に短い140字という制限は、逆にその短さを利用すべきなのかとも思う。
 ブログに比べるとキャッシング機能はないに等しく、非常に刹那的で瞬間風速に近い感じがする。これは他のSNSでもおそらく同じだろう。
「雑文書き」を自負しているので、「ネット上のエッセイ」として明確に形が残るブログには魅力を感じるが、この「完全なる消え物」に近いツイッターが、はたして今後自分にとって意味あるものとなるのか、もう少し様子を見たい。

 いずれにしても、ブログを使ってまで発信する長い言葉を持ちあわせていない人は、いずれ短文の媒体に順次消えてゆくだろう。だから「衰退」は必然である。

2011年11月20日日曜日

写真画質CD-R

 2年前に30枚まとめて買ったCD-Rの在庫がなくなった。個別のケースがない大箱入りだが、前回買ったビクター製はもはや市場に存在せず、やむなく太陽誘電製の同等品をアマゾンで調達。同じ30枚入りだが、価格が200円ほど上がっていた。

 使っているのはプリンタでダイレクト印刷が可能な品で、「写真画質対応」と呼ばれるもの。普通のCD-Rでも多くはインクジェットプリンタに対応はしているが、画質がよくない。写真画質対応品であればプリンタラベルよりはやや劣るが、まずまず満足のできるラベルが印刷できる。
 何より、ラベルなしで簡単に印刷できる手軽さがよろしい。


 ところが、この写真画質対応のCD-Rがほとんど存在しない。あっても多くはDVD-R。おそらく需要があまりないのだろう。価格も容量が7倍近くもあるDVD-Rのほうが安いくらいだ。
 CD-Rを使うのはライブ音源をオーディオCDとして記録するケースが大半。思い余ってDVD-RでCD-Rを代用できないか調べてみたが、オーディオDVDを作って普通のCDコンポで聴くことは不可能だった。

 先日のライブを案内したが、都合でこれなかった方からライブCDを欲しい、との連絡があったので、まとめて3枚を焼いた。ラベルはあってもなくてもよいものだが、やはりあるとないとでは気分が全く違う。
 さっそく届けたら、いい音だとたいそう喜ばれた。

2011年11月18日金曜日

家庭内書類の行方

 年末が迫ってきたので、不用品の整理を少しずつ始めた。手始めに書類関連。2008年に亡くなった父がお世話になっていた施設関連の書類をまとめて廃棄する。「死亡後2年間保存」と言われていて、その期日はとうに過ぎていたが、ここらが処分どきだろう。

 次にかなり前に妻を「青色事業専従者」として雇用していたときの関係書類を処分。仕事が余るほどあった時代の懐かしい書類だが、もはや事業で妻の手を借りる可能性はゼロに近く、そもそも確定申告関連書類の法的保存期間である7年は過ぎている。


 雑紙リサイクルにそのまま出すには個人情報が多すぎるが、あいにくシュレッダーなるものは持っていない。かなりの量を手作業で丹念に裁断した。
 光熱費等の日々届く書類を含め、どの家庭でも放っておくとかなりの量の書類が溜まるだろう。私の場合自宅を仕事場にしている関係で、大半は事業に関わってくる。分別してファイリングし、期限が過ぎれば定期的に処分する作業は欠かせないが、一般家庭ではこの種の書類をどういったルールで処分しているのだろう。
 昨日、大通りから町内につながる橋の上にある街路灯が切れている、との情報が入り、町内会の街灯担当部長を仰せつかっているので、管轄外の区域だったが、すぐに確認に行った。
 不思議なことに橋の上にある3基の街路灯が全部消えている。電球が切れたのではなく、電線経路の障害のような感じがした。あたりは薄暗くていかにも物騒である。街路灯の固有番号をメモし、今朝になって担当の土木センターにすぐに電話した。
 別の住民から電力会社経由で同様の知らせが入っていたが、切れた数と固有番号が分からず、調べに行こうと思っていたそうで、事情を話すと作業が短縮できて助かる、と感謝された。

 いくらなんでもその日のうちの修理は無理だろうと思ったが、夕方になっていちおう確認に行ってみたら、3つとも点灯していた。役所の誠意ある素早い対応に感謝。やる人はどのセクションにいようとも、ちゃんとやるのである。

2011年11月17日木曜日

雪への備え

 昨夜未明から次第に雪が降り始め、朝までに一気に10センチほどまとめて降った。昨日しばっておいた剪定枝の束4つも雪に埋もれていたが、早起きして掘り起こし、収集場まで2往復して運ぶ。
 あたりの景色は秋色から雪色へと変貌している。出足は例年よりかなり遅れたが、一気に冬がやってきた。


 一夜にして雪景色となったので、玄関前に設置してあるイルミネーションのコードをセットし、テスト点灯を試みる。やはり雪にはイルミネーションが似合う。3月あたりから放置してあったが、何ら問題なく点灯した。
 ついでに電動除雪機用の延長ケーブルも玄関ドア横にセットする。冬用長靴や手袋、毛糸の帽子も引っ張り出し、雪への備えで残っているのは、車のワイパー交換くらいか。

2011年11月15日火曜日

歌声喫茶・高齢者風

 史上3番目に遅い初雪が、昨夜札幌の街に降ったらしい。昨夕にパラついたアラレは、その予兆だったのか。
 明けて今日は気温は低いが、よく晴れている。干し始めて2週間余を経過した大根が、ほぼ「くの字形」に乾燥し、絶好の漬け込み日和である。シートを居間に敷き、干した大根を取り込んでまずヒモを全部外した。

 以降の作業は手慣れた妻任せである。全部の大根を2本ずつ計量器で重さを量り、その合計値からヌカや塩の割合を決める。あとは大根を隙間なくタルに敷き詰め、混ぜたヌカと塩を間にふり、干した大根葉や柿の皮なども間に埋めて順に重ねてゆく。
 以前に大根の重さを体重計を使って一気に私が量ったことがあるが、誤差が大きくて見事に失敗した。以来口出しはしないことにしている。


 クリスマスイブ当日にライブを依頼された介護施設から、歌う曲のリストがFAXで届いた。昨年に続いて2度目の依頼だが、今回は趣向を少し変えて、全曲を入居者の方々と共に歌うスタイルではどうかと打診された。
 以前にもふれたが、同じ場所で2度目以降のライブは非常に難しいのが常である。長く続けるための一手段として、聴き手巻き込み型のライブはやってみる価値が充分にあると思い、快諾した。
 届いたリストは8曲あるが、すべてみなさんが歌えて楽しめる曲とのこと。歌集もすでに準備されており、まさに「歌声喫茶・高齢者風」である。
 大半がレパートリーにある曲だったが、「カチューシャの唄」「銀座カンカン娘」の2曲だけコード譜の準備がなく、さっそくネット経由で情報を仕入れた。あくまで懐メロなので、技術的な難しさはそうない。
 不思議なことに希望リストに「ど演歌」はひとつもなく、「月がとっても青いから」「丘を越えて」「ここに幸あり」など、懐メロでもポップ系のバタ臭い曲が大半でちょっと驚いた。同じ趣向を他の施設でやってみるとどんな曲が飛び出すのか、ちょっと興味が湧く。

2011年11月13日日曜日

2年ぶりのタロット

 実に2年ぶりにタロット占いをやった。このところ仕事が完全に膠着状態に陥っていて、その反動のように弾き語り活動が活発な日々。今日も来年2月に実施の地域中高年を対象としたライブの依頼があった。
 このまま仕事から自然に遠ざかり、趣味とボランティア活動を中心とした生活にシフトしてしまうべきなのか、いやいやまだやれるじゃないかと、新たなる事業拡大策に努めるべきなのか、珍しく葛藤する自分なのである。

 数年前のリーマン・ショックの際にも同じような心境に陥り、同じようにタロットにすがった記憶がある。迷ったときには自ら占う。ずっとそうしてきた。そこでまたタロットだ。


 2年ぶりでもやり方は忘れてなかった。いつものように22枚の大アルカナによる手法で、以下その結果である。
(占い結果は《きつねのタロット占い館》を参考)

===============================
過去の状況/The Magician:魔術師~正位置
 新しいものへの積極的な意欲や期待、優れた応用力により、状況が開けてくる。

現在の状況/The Moon:月~正位置
 見通しが立たず、安定しない状況から生まれる精神的な不安や悲観的な気持ちが強まっていく。考え方や方向性を見直すことが必要。

未来の状況/The Hanged Man:吊られた男~逆位置
 いままでの努力や苦労は無駄になり、別の道に進む。自分では何もできない状況に悲観的になる。

 いやはや、予想通りというべきか、現状そのまんまの恐るべき結果となった。少なくとも過去と現状分析はピタリ言い当てている。タロット恐るべし。問題は「未来の状況」で、タロットすらその方向性を見いだしていないように思われる。
 はっきりしているのは、しばらくは混沌とした状況が続くらしいことだけ。タロットの示す「別の道」とは仕事に関してか、あるいは趣味関連か。そしてその「別の道」に進むことの是非は?
 1ヶ月後に再度占ってみる必要があるらしい。

2011年11月10日木曜日

庭木の剪定

 天気がよく、庭の樹木もすっかり葉が落ちて見通しがよくなったので、剪定をすることにした。まずは南に位置する楓の木から始める。
 移植したときは背丈にみたなかった木も、いつの間にか枝が2階窓近くまで伸び、横は隣地を越す勢い。隣地にいつ家が建つか分からない情勢なので、余分な枝は早めに切っておく必要がある。

 脚立から直接木に移り、剪定用のノコで適当に切る。専門家ではないので、直感が頼りである。基本的には「伸ばしたくない方向」の枝をバンバン落としたが、これでよいのか?


 庭木の剪定や車庫の雪落としなど、万が一落下したときに命に関わる作業をする場合、必ず妻がいる時間にやるようにしている。事前に声をかけることも忘れない。何もないにこしたことはないが、何があるか分からないのがこの世の定めである。
 簡単に終わるつもりが、予想外に手間取って数時間を要した。終わった頃にはあたりは薄暗くなっていた。北西側にあるナラの木も剪定しなくてはならないが、こちらは後日に持ち越しである。
_ツイッターを始めて3ヶ月近くが過ぎたが、いちおう続いている。Facebookやmixiのような「いいね!」ボタンの反応もなく、コメント欄やトラックバックを封印している私のブログスタイルにかなり近いが、ブログでは確認可能な訪問カウントの類いも一切ない。
 日々のツイートに対し、「返信」「リツイート」といった反応システムがあるにはあるが、有名人でもない限り反応確率は極めて低く、大半のユーザーのツイートは闇に向かって投げる石のような一方通行である。

 この限りなくストイックなシステムに耐え切れない人は、確かな反応が素早く表れるFacebookやmixiに走る。走ったきり、ブログやツイッターから消えてしまった人も多くいる。
 私も含めて、根本的に人は他から構って欲しい存在であり、そして構ってもらうことで、かろうじて自己を支えているものなのだな、としみじみ思う。

2011年11月9日水曜日

次なるライブへのバネ

 先日のカフェライブの折に聴き手はもとより、受付やら写真撮影、機材運びなどでお世話になった妻の友人2人を招き、ちょっとした慰安会を開いた。実は5月のソロライブの折にも同様にお世話になっているが、お互いのスケジュールが合わず、何もせずに今日に至っている。
 飲物食べ物を持ち寄った昼食会のようなものだが、費用が安上がりで時間を気にせず話せるので、皆がゆっくりできる。まさに「お疲れさん会」である。

 平日の昼間だが、例によって仕事は開店休業状態。一番お世話になったのは結局私なので自ら台所に立ち、納豆チヂミを作ってふるまった。
 アルコールは慎み、0.00%ノンアルビールをもっぱら飲んだが、なぜか酔った気分になれるから不思議だ。話だけでも人は充分に酔える。


 お開きになったあと、夕方からライブ音源の整理をする。1曲だけはすでにYouTubeにアップ済みだが、全部で19曲あるので、パソコンに取り込んで音響ソフトで編集するだけでも大変な作業である。
 しかし、今年はとにかく暇。作業中に携帯が鳴ったので、久しぶりの仕事かと思いきや、昨年末に歌わせていただいた介護施設からの再依頼。よくあるクリスマスライブだが、先方の希望日が奇跡的に空いていた。
「いろいろな方にお願いしてきましたが、もう一度菊地さんの歌を聴きたい、という声が多くありまして…」との嬉しい言葉があった。以前にふれたが、いわゆる「2度目の依頼」である。ここから先の依頼には高い壁がそびえるのだが、いまはそれを言うまい。

 まだ確定していないが、今年の事業収入は過去29年のうち最低で、ライブ数は過去7年のうち最高という奇妙な年になりそうな感じだ。両者に関連性があるのかないのかは不明。しかし、そういう年回りではあるらしい。
 もしかするとオノレの今後の生き方を示唆する分岐点の年なのかもしれない。
_ところで今回のライブ音源は非常によく録れていた。PAとして使ったローランドCM-30のヘッドホン端子からケーブルでICレコーダーにつなぎ、直録りしたものだが、いつもSDカードに記録していて失敗していたので、今回は内蔵メモリーを使ってみた。どうやらそれが正解だったらしい。
 ICレコーダーからパソコンへの取り込みがwindows限定となるので手順がちょっと面倒なのが欠点だが、とにかく音は安定している。
 この種のPAではヘッドホン端子にケーブルを差し込むと普通音は消えるが、CM-30に限ってはそれがない。しかも音量調節が可能なので、非常に便利である。

 毎度のことだが、ライブは「準備」「本番」そしてこの種の「後作業」という3つの楽しみがある。音源をチェックするうち思わぬ発見をすることも多く、次なるライブへのバネになっている気がする。
 何やかや言いつつもやっぱりライブは面白く、簡単にはやめられない。

2011年11月7日月曜日

エキセントリックライブ

 昨夜、都心のカフエで実施のライブ「星の還る場所~いつか慈みの雨が」は、いろいろな意味でエキセントリック、つまりはちょっと毛色の変わった内容だった。
 お店の内装が自然素材系で統一されていて、梁材がむき出しの傾斜天井が非常に高く、我が家に似たコンセプトで造られている。市内のあちこちのカフェを散策するうちにたどり着いた店だが、どことなく居心地がよく、だいたい月に一度は顔を出す。

 客が少ないときは店主の女性と趣味や生き方などのヨタ話にふけり、混んでいるときは店主が毎週手書きで発行しているカフェ新聞をひと月分まとめて読んで時間を過ごす。


 通い始めて3年目になるが、雑談の中で「一度ウチの店で歌いませんか?」といった話になった。このあたりの会話の流れは実に自然で、長い月日の積み重ねに裏打ちされた信頼関係に基づくものだろう。
 過去にはいきなり訪れて「こちらの店でライブをやらせてください」といった無理難題を突きつけて当惑された苦い経験もあるが、何も下心がないほど、不思議にこうしたありがたい話が飛び込むもの。人と人とのつながりとはそういうものではないか。

 こうした経緯でライブをさせていただくことになったが、あいにく今年は5月に自主企画のソロライブをやったばかり。続けざまに実施するには集客面で不安があった。
 そこで半年の間をあけ、構成も春とはガラリ変えてしばらく遠ざかっているフォーク系オリジナルを中心にやることにした。
 歌の準備は着々整ったが、集客面では予期せぬ事態が続けざまに起こり、かなりの苦労を強いられた。一介のアマチュアが年に2度もソロライブを仕掛けること事態に無理があったということだ。
 とはいいつつ、当日になると長年の友人の好意にも助けられ、有料入場11名、さらにはお店のオーナー夫妻もライブ中は客席に座っていただき、こじんまりとした暖かい雰囲気の中でライブをやることができた。


 カフェの片側全面が吹抜け天井の上まで届く豪快なガラス張りで、そこから星のきらめきや街灯の光、車のヘッドライト等が室内にゆらゆら差し込むという、独特の雰囲気である。その空気感だけで明らかに歌が変わる。
 PAは持参したが、自らもオリジナルをギターで弾き語るというマスターに客席で事前チェックしてもらった結果、普段の50%ほどのボリュームが最適、との結論。ナチュラルリバーブがかかるので、PAなしの生音でも充分歌える環境だった。

 予定よりかなり早くお客様が全員集まってしまい、時間までを本番とは別な歌であれこれつなぐ。こんなに余裕のあるライブも珍しい。
 19時30分ぴったりに開始。35分で8曲を歌い、5分休んで20時10分から35分で8曲を歌う。事前に配ったプログラムにも記したが、ここから「EXTRA(おまけ)」と称し、さらに3曲を歌う。つまりは自主的アンコールのことで、聴き手に無用な気遣いをさせぬよう、考えぬいた構成である。
 終了は予定ぴったりの21時ちょうど。後半に喉が一部かすれ、ギターのタッチミスも少しあったが、妻のトータル評価は悪くなかった。何より、機会を作ってくださった店主の女性に喜んでいただけたのが幸い。最も不安だった集客面でも最低限のノルマは果たせた。
 一日経って音源をざっとチェックしてみると、思っていたよりも音はまとも。ボリュームを絞ったせいで歌っている間は自分の声があまり聞こえず、不安を抱えながらの進行だったが、出来としてはそう悪くない。
 とはいえ、年に2度の自主企画ライブ、しかもそれがソロとなると、集客面や気力体力面で相当きついことは確かである。当分は身の程をわきまえ、介護施設や地区センター、そして通りすがりを中心とした活動に専念したいと思う。

 活動を細く長く続けるには、何ごとも程々が肝心である。

2011年11月5日土曜日

携帯番号メール

「携帯番号メール(ショートメッセージ・SMS)」という代物が存在するのをご存知だろうか?携帯電話の同じ機種同士でやり取り可能な、電話番号あての短いメールのことだが、これが今年7月から会社の垣根が取っ払われ、異なる会社の携帯でも自由に使えるようになった。

 文字制限が70文字以内という制限はあるが、私のように携帯の一般メール契約をしていなくとも自由にメールが送信可能で、非常に重宝している。
 送信料はイーモバイルが1通2.1円で、他は1通3.15円。気にするほどの費用ではなく、使い始めて3ヶ月が経ったが、わずかでも有料のせいか、いまのところ迷惑メールの類いは皆無。
 慣れないうちは70文字以内で用件を伝えるのが難しく、悪戦苦闘して結局2通に分けたりしていたが、最近ではすっかり慣れた。ツイッターの140文字制限と同じで、要は慣れである。

「わざわざ電話するほどでもないが、FAXは面倒。相手に負担にならない範囲で、簡単な連絡を」というシーンは日常生活で意外に多い。PCでのメールでは無視されてしまう我が子への連絡も、この携帯電話番号メールだとなぜか返信率100%。なかなか使える。
 携帯のメール機能だけのためにオプション費用を払うか否かずっと迷っていたが、当面はこれでやれそう。

2011年11月4日金曜日

テレビの生き残る道

 若者や高齢者を中心にテレビ離れが進んでいるとニュースで知らせていたが、すでに家を出た我が家の3人の子のうち、テレビを持っているのは幼き頃よりテレビっ子だった長男のみで、他の2人は持っていない。
(ちなみに、新聞は3人ともとっていない)
「ニュースはネットで見る。テレビや新聞の必要性を感じない」と言う。唯一テレビを所有している長男も、パソコンにテレビチューナーをつけ、見たい番組は外付けHDに録画しておいてあとから見る、という変則的な視聴。

 この話を聞いてから、新しいテレビはHD内蔵機能つきにしようと心に決め、地デジ化を機に実行した。その後内蔵HDは故障してしまったが、いまは500Gの外付けHDを安価で購入して使っている。


 視聴方法は長男とだいたい同じで、妻も私も見たい番組を番組表やキーワード登録などで事前にリストアップしておき、「毎週視聴予約」などの機能も併用して、録画して見るのが基本的な視聴スタイルである。
 見終わった番組は予約した者がその場で消す取り決め。どんどん消さないとすぐにHDが溢れるし、そもそも永久保存する番組などない。
 生で見るのはスポーツ番組かニュース、あるいはよほど暇なときくらい。生のほうがHDの起動が不要でわずかに電気代が安くなるが、録画して見るとCMを飛ばせるし、早送りで見れば2/3の時間で済む。電気代に限れば差引ゼロだ。
 最大の利点は自分の好きな時間に好きなスタイルで見られるということ。テレビがネットにどんどん追い抜かれているのは、番組自体のツマらなさもあるが、ネットのように自分で好きなようにコントロールできず、放送時間に縛られることも大きな要因のはず。
 ネットのように番組を半年間分くらいストックしておき、視聴者がいつでも好きな時間に視聴できるシステムにし、CMもネットを真似て画面片隅にさり気なく表示させる。それくらいの大きな改革をいますぐにでもしなければ、テレビが茶の間から消え去るのは時間の問題ではないか。

2011年11月3日木曜日

大根干しの手間暇

 漬物用の大根はいったん干したら、雨でも雪でも夜でもずっとそのまま放ったらかしだと思い込んでいた。しかし、妻は雨の日にはカバーをかけるべきでは?と心配している。
 数年前、干した直後にひどい寒波に襲われ、まだ充分に残っていた水分が凍結し、その年のタクアンの味に影響した記憶がある。昨年は雨にあたって、一部黒カビが発生したと妻は主張する。(私は記憶にない)

 ちょっと不安になってネットで調べてみた。すると、ある有名なタクアン漬の会社のサイトで、「干したあとの大根に雨や寒さは厳禁。当社ではこまめにカバーをかけ、品質確保に努めています」とある。つまり、妻の主張が正しかったわけ。


 というわけで、今年は素直に自分の非を認め、日が暮れると天候や気温に関わらず、厚いシートを二重にかぶせている。シート端部はゴムでしばって角材を通し、風でおあられないように工夫した。
 翌朝、雨でなければ妻がそのカバーを外して出勤する取り決め。写真は日中の様子だが、シートは角材を重しにして床に置いてある。今年は天候に恵まれ、カバー着脱の効果もあってか、順調に乾燥が進んでいる。

 手前の常設BBQコンロ上に干してあるのは、ヌカと大根の隙間を埋めるための大根葉。さらに手前には、味をよくするための柿の皮も干してある。美味いタクアン漬にありつくには、手間暇をかけることが肝心のようで。

2011年11月2日水曜日

名づけバトル

 ひょっとしたら休み明けに仕事が入るかもしれないので、午後から母の暮らす都心の施設に行く。お土産にはいつも好物の菓子などを持参するが、今日は前日に準備しておいた熊本ミカンを持っていった。
 特段いつもと変わらない昔話をひとしきりしてきたが、子供の名前の話でけっこう盛り上がった。

 私の名前は万葉歌人か平家の落ち武者のような堅苦しい名だが、これは亡き父が姓名判断により、独断でつけたもの。母は当初、当時ノーベル賞を受賞した湯川秀樹博士にちなんで、「秀人(ひでと)」と名づけたかったらしい。しかし父は「そんな学者みたいな名前なんか」と、まるで相手にしない。
 そこで母は代案として、父の名を一字使った「治樹(はるき)」ではどうかと再提案したという。しかし、こちらもなぜか却下。(よく考えると、この名にも湯川博士の名前が半分使われていた)
 この時点で母は名づけバトルから降り、最終的には父の独断でいまの名が役場に届けられたという。


 こうした経緯は物心ついた時期からさんざ聞かされていたが、当事者である母は、すでにすっかり忘れていた。まあ、そんなものだろう。

 この話を大きくなってから聞かされた私。「秀人」か「治樹」のほうがずっと良かったと、正直に応じたのだった。どう考えても今の名よりオシャレな感じがするし、そもそも発音がしやすいではないか。
(今の名は発音しにくいのが致命的欠点であると思っている)
 とはいえ、後戻りできないのが命名。流行のトンデモネームをつけている昨今の親たちも、いずれ成長した子に恨まれる日がやってくるかもしれない。子の名は頭を冷やしてよくよく考えることだ。
 帰り道、カエル狂のためのカフェ、カエルヤに寄る。店内では私もエントリーした「カエル自慢コンテスト」をやっていたが、相変わらず強者ガエルが60匹も並んでいて圧倒された。この分では今回もどうやら「参加すること」に意義あるイベントになりそう。

 店主のU子さんに投票を勧められたが、自分のエントリー蛙に投票するにもフェアではない気がし、かといって他のカエルに投票するのも何かシャクである。
 結局投票はせず、店主様のロンドン旅行土産である甘いケーキをいただいただけで帰ってきたのだった。ケロケロ。

2011年11月1日火曜日

共生するツタ

 自宅南壁の全面を覆うツタが、ほぼ色づいた。背景が「抜けるような青空」とはいえないが、ひとまず記録にとどめよう。

 このツタには繁茂してから数年経って、急に小さな実がなり始めた。実がなるということは、初夏に花が咲くということ。以前に確かブログでもふれたが、その花の蜜を求めて、膨大な数のミツバチが集まってくる。
 最盛期には家の中にいて集団の羽音が聞き取れるほど。


 そして葉が赤く色づくこの時期には、青かった実が次第に熟して黒くなり、小鳥たちにとっては「食べ頃」になるらしい。
 これまた近年のことだが、餌の不足する冬には、この実を求めてかなりの数の鳥が集まってくる。早朝から壁をつつく音で目覚めるほどだが、なぜか今年はすでにこの時期からたくさんの鳥たちが集まってきて、忙しく実をついばんでいる。
 近隣にあるナナカマドの実には見向きもしないので、鳥にとってはよほど美味しいと見える。

 夏には強い日射や風雨から家を守り、「第2の外壁」のような役割を果たしてくれる。ミツバチに花のミツを、小鳥たちには熟した実をふんだんに提供する。ツタを見ているだけで、自然との共生を間近に感じる。


 眼の手術をして視力が回復した妻のメガネが合わなくなったので、新しいメガネを買いに行った。春に私がパソコン専用のメガネを安く買った店だが、通常のセット料金だと7,500円のところ、薄型レンズやら歪みの少ないレンズ、はては傷がつきにくいレンズだとかのオプションを追加した結果、合計27,500円にもなってしまった。

 以前から妻はメガネには糸目をつけないタチで、いま使っているメガネも確か3万円近くもした。見てくれはどうでもいいという私とは、考えが全く違う。まあ、めったに買うものでなし、お金は自分のサイフから支払っているので、とやかくは言えない。
 ちなみに、今回のメガネは相変わらずシンプルなデザインなれど、ロゼワイン系の明るめの色。かなりイメージが変わってます。