2009年3月27日金曜日

キャッチャー役

 首都圏で働く長男が、木曜から帰省中。上旬には娘が帰省したばかりで、不思議にこの種のことは重なるものだ。
 就職してからずっと本社勤務だったが、4月から九州某支店に転勤になるとかで、会社から休暇をもらい、故郷とのしばしのお別れにきたということらしい。

 社会人として家を出るときに、すでに「今生の別れ」の覚悟はしているつもりなので、以降、たまに子供と会うたびに、(今回が最後…)という気持ちで接している。この世は誰しもが明日をも知れぬ命といえるので、これくらいの覚悟をしておいてちょうどよい。
 息子の場合、あまりに本社勤務が長かったので、風光明媚で人情も厚い九州は、人生における絶好の気分転換になるに違いない。最初は気がすすまなかったらしい息子も、いまではすっかり腹をくくった様子。
 私もサラリーマン時代、26歳のときに本社から突然四国の現場勤務を命じられ、いろいろと戸惑った。しかし、8ヶ月後に見事やり終えて再び本社に戻ったときには、「菊地さん、一回り人間が大きくなったね」と、複数の人から言われた。人間万事塞翁が馬である。

 長男とはよく読んだ小説や観た映画の話をする。あまり帰省せず、私も妻のように旅行はしないので、そう頻繁には会えない。そこで、「この本は面白いから読め」「あの映画はいいよ」と、互いにメールで情報交換をする。3人の子供のなかで、一番この種の会話が弾む。
 昨夜は私の得意料理「納豆チヂミ」と、妻が作った「豚キャベ」(タレは私の手製)で、少しばかり飲んだ。最近読んだ「インストール」や「乳と卵」の話をしたら、息子はどちらもすでに読んでいた。さすがに「田村はまだか」は読んでなかった。
「インストール」は小説も映画もほぼ感想が一致したが、「乳と卵」の意見はまっぷたつに別れた。おそらくこれは「乳と卵」の中で繰り返し描写される女の生理の記述が、独身者には感覚的に理解しづらいせいではないか。時を経てもう一度読んでみると、また読後感は変わってくる。

 長男とはこうした創作の話を、長女とはデザインや宇宙の話を、次男とは人生の話をそれぞれよくする。三者三様、それぞれの顔で対処する。子供に対しては野球のキャッチャーのような役割をいつしか果たすようになっていて、どんな速球や変化球でも受ける用意と覚悟はある。