2012年9月11日火曜日

灯油タンクの移動

 3日前の土曜日のこと。長年の懸案事項だった北東角の灯油タンクの位置を変更した。日々書くべきことが多すぎて、音楽関連以外のことは、どうしても時間差が生じてしまう。
 ついでにタンクの中も洗浄してもらい、割れていた灯油ゲージをそっくり交換し、傷んでいた灯油ホースも全交換した。タンク底の水抜きは毎年自分でやっていたが、完全ではない。ストレーナに汚れが目立っているのは分かっていたので、13年目の大清掃である。


 工事はさすがに自分では無理なので、ネットで見つけた灯油業者に全面的に依頼。事前に現地調査にきてくれ、見積りも一式17,000円と格安だった。
 朝一番に小型のトラックでやってきて、作業員はわずか2人。荷台に積んだ専用の機械でタンク内の灯油を吸い込みながら清掃。いったん空にしてからタンク脚のボルトを外し、束基礎を掘り起こして90度東側に移動する、という段取りだった。
 午前中いっぱいかかるかと思いきや、わずか1時間半で作業終了。洗浄の終わった灯油はそっくり元に戻してくれた。
 落雪屋根の直下から東の妻側に移動したので、氷塊やツララ、そして雨の落下からは逃れられる。写真のように奥にある電力計器の検針も自宅内通路を通ってやれ、給油も自宅敷地内で完結する。北側隣地にいつ家が建っても心配なくなった。


 要するに当初の位置が設計ミスだったわけだが、最初からこの位置にしなかったわけは、車の予備駐車としての空地を確保しておきたかったからだ。
 しかしこの13年で、この場所に車を停めたことは一度もなく、全て玄関前か南側空地、そして自宅前道路で済んでいた。完全なる見込み違いである。万一車を停める場合でも、軽自動車なら現状でも問題ない。

 氷塊や雨を防ぐ上部ガードが必要なくなったので、思っていたよりも圧迫感はない。補修用に外壁と同色のペンキを春に買ったばかりなので、折をみてタンク全体を壁と同色に塗ってしまおうと思う。
 タンクの洗浄は6~7年おきにはやったほうがいいようだ。雨ざらしの場合、全交換のメドは20年が目安とか。あと7年、何とか寿命を延ばしたい。

2012年9月10日月曜日

掛け持ちライブ

 しばらく沙汰のなかった地元の社福協代表の方から突然電話があり、週末の敬老ライブのラストに出演していただけないかという。先日もふれたばかりだが、この種の依頼は最低でも1ヶ月前にはあるもので、重要度が増すほど依頼は早くなる傾向にある。
 その敬老ライブには過去2年、ラストのシングアウト音頭取りという重要な役割で出演していたが、今年は連絡がないので、別のライブ予定を入れていた。

 ところが、何ということか、頼むのを忘れていたのだという。最終会議の段階で「菊地さんへの依頼は済んでますよね?」と確認され、頼んでなかったことに気づいたという。
 同じ日の同じ時間帯には、チカチカパフォーマンスの年に一度の更新審査があり、こちらは数カ月前から予定が決まっていて、絶対に外せない。「どうにかなりませんか?」と泣きつかれ、結論は夕方までに欲しいと、さらなる無理難題を押し付けられ、いったん電話を切った。
 すぐにチカチカパフォーマンスの事務局責任者に連絡。事情を話し、社福協敬老ライブと時間が重ならないように、審査時間を調整してもらうことになる。この1年で17回のパフォーマンスをし、責任者とも懇意。ある程度の要望は受け入れてくれる。
 それにしても、人間は飽きる動物であると同時に、忘れる動物でもあったのだと再確認させられた。


 そんなわけで、週末には日に2本のライブを掛け持ちすることになってしまった。還暦シンガーであるので、本当は2日連続のライブでもきつい。しかし、義理のある方に泣きつかれると弱い。
 幸いに、チカチカパフォーマンスの審査は20分5曲程度、社福協敬老ライブは15分4曲程度の持ち時間なので、何とかやれると思う。無理をせず、どちらも手慣れた実績ある曲でまとめることにする。
 昨日のライブで活躍した電子譜面を収めた中華Padの譜面台用受け枠の傷みが激しく、イラストボードの角があちこち剥がれてしまった。今後も電子譜面は使い続ける予定なので、受け枠を根本的に作り直すことにした。

 本体が紙では度重なる出し入れに堪えられないことが分かったので、以前に使っていたカッティングボードの固いプラスチック板をベースにしようと思った。
 紙よりはやや重いが、厚さが2ミリあって強度は抜群。表側は深いキズがついて使えないが、こちらに薄い布を全面に貼り、中華Padのあたりを和らげる工夫をした。木材の受け枠はそのまま使い、プラスチック板にドリルで穴を開けて、裏側から細いビスで固定。
 布の色を木材に近い茶色にしたので、すっかり馴染んで目立たないが、バッチリ使える。これで当分は大丈夫だろう。

2012年9月9日日曜日

経験値で乗り切る

 近隣のグループホーム祭りに参加。毎年地域住民を招いて屋外で開催されるオープン形式の定例イベントである。あいにく前夜未明から降りだした強い雨が上がらず、念のため屋外用の機材も準備して出たが、やはりステージは屋内の食堂に変更されていた。
 長い付き合いのある施設なので、多くの方が顔見知り。今夏の地域センター夏まつりステージにも多数応援に来ていただいた。
 少し遅れて13時15分から私のライブ開始。当初の話では30分の持ち時間のはずが、進行のAさんが冒頭の挨拶で、「それでは13時35分まで菊地さんの歌をお楽しみください」などと言っている。
 聞き違いかと思わず確かめたが、正味20分でお願いします、とのこと。2日前に屋外ステージの場所に関し、マイクスタンド持参で現地調査にうかがい、Aさんとも会っているのだが、どこかで行き違いがあったらしい。
(私のあとにもう1組が歌うことになったことを、後に知る)
 よくあることなので、30分を20分に縮める手段に関し、素早く頭の中で考えをめぐらせる。結果として、20分強で以下の9曲を歌った。

「草原の輝き」「月がとっても青いから」「赤とんぼ」「さんぽ」「丘を越えて」「アロハ・オエ」「高校三年生」「青い山脈」「まつり(北島三郎)」


 30分のつもりで11曲用意していたが、「森へ行きましょう」「我は海の子」の2曲をまず外した。そのほか、リフレインをやめたり、歌詞を省略したり、MCを飛ばしたりの工夫をこらし、短時間で9曲という離れ業をこなした。
 バッテリの修理が終わり、初めて実戦復帰した電子譜面の素早い切り換えも、効果的に働いた。

 自宅でのリハの段階で、休暇で家にいた妻から「今日は調子が悪い」との鋭い指摘を受けていた。あきらかに昨夜のライブと宴会のダメージを引きずっている。それに伴う睡眠不足もあった。
 不調は自覚していたので、特に高音部の厳しい「月がとっても青いから」「まつり」のキーをひとつ下げることを即断。これで問題はないはずが、いざPAをセットしてみると、今度は音が全くでない。最近調子の悪いミキサーのトラブルらしかった。
 いつものようにスイッチの入り切りをやっても復帰しないので、諦めてミキサーを介さずにPAに直結することをこれまた即断。聴き手は50名に迫る盛況だったが、どうにか無事にライブは進んだ。
「月がとっても青いから」を歌い終えると、感激した新顔の入居者の方が、立ち上がって握手を求めにやってきた。こういう方が現れるとライブは乗る。この日は1曲目から終始手拍子が絶えず、叙情歌の「赤とんぼ」にまで手拍子が飛び出した。
 準備していたアニメソングの「さんぽ」は、会場に全く子供の姿がないので飛ばして歌っていたら、途中からどやどやと子供連れの若いお母さんが数組現れる。そこで急きょ歌ったが、不思議なことに高齢者にも受けた。
 どうやらこの歌のリズムパターンは「お座敷小唄」によく似ていて、手拍子のしやすい曲のようだ。

 残り5分になって進行のAさんに確認すると、あと2曲歌って欲しいという。ラストに決めていた「まつり」を賑やかに歌っていたら、途中でピックが割れた。まだ残っている部分にうまく持ち替えて歌い続けた。たぶん誰にも気付かれなかったはずだ。
 ラストの歌詞は「これが日本のまつりだよ~♪」だが、ここを施設の名前に置き換えて歌うと、思惑通りに拍手喝采。先日の総合介護施設でも受けたが、お祭り系の場では非常に強い歌である。
 予期せぬトラブルが続発したが、終わり良ければすべてよし。過去の経験値をフルに活かして、うまく乗り切れた一日であった。

2012年9月8日土曜日

小学校同期会余興

 夕方から小学校の同期会が区内のホテルであり、今回から幹事を担当し、余興も任されているので、早めに準備して家を出た。
 自転車に機材一式を積み、まずは最寄りのJR駅へ。その後、JRから地下鉄と乗り継いだが、乗り換えの階段や通路が予想よりもはるかに長く、30度に迫る暑さで機材一式の重さが堪えた。

 幹事集合時間の16時30分より15分早く到着。すぐに会場に入れてもらい、部屋の大きさや明るさ、ステージの位置などを確認した。
 幹事全員が集まった段階で、機材一式をセット。マイクをステージに載せて簡単なリハーサルをやることにした。重量の関係でPAは乾電池式のもの。非力だが、やむを得ない選択である。
 正面ステージに載って歌ってみるとテーブルが横に長く、歌いにくく聴きにくい印象がした。ステージが不安定で踏ん張りもきかず、この位置は諦めて、ステージ左側にある壁を背にして再度歌ってみた。
 床が同じ高さだが、歌いやすい。メインステージの進行と無関係に準備できるのも好都合で、こちらで歌うことに決める。


 10分遅れて17時40分から宴会が始まる。ギリギリになって参加者も増え、最終的な参加者は24名。乾杯、そして歓談となったが、18時から開始予定の各自近況報告が、なかなか始まらない。30分近くも遅れてくる人が数名いたためで、実際に始まったのは19時近くだった。
 私の余興は18時40分からの予定だったが、大幅に繰り下がることになる。全員の近況報告が終る頃を見計らい、機材を全てセットしてスタンバイし、終了後の19時30分頃からただちに歌い始める。
 近況報告が笑いあり涙ありでかなりの盛り上がりを見せ、開始から2時間近くが経過して、各自酔いもかなり回っている。先日の訪問ライブに似た、難しい条件のなかで余興は始まった。
 この日は「青春歌暦」と題し、小学校~中学校~高校~成人、という青春の懐かしい軌跡を歌でたどる、という趣向である。およそ20分で以下の5曲を歌った。

「カレンダー・ガール」~オールディズ(小学校時代)
「オブラディ・オブラダ」~ザ・ビートルズ(中学校時代)
「亜麻色の髪の乙女」~グループ・サウンズ(高校時代)
「風来坊」~フォーク(成人)
「また逢う日まで」~アンコール


 企画としては悪くなかったはずだが、ライブとして成り立ったのは、冷静に判断して2曲目までだったろう。同窓会的な場は初めてだったが、思っていたイメージとはかなり異なっていて、お祭り系イベントよりもさらに浮ついた印象である。最も近いイメージは、サラリーマン時代の社内旅行宴会余興だった。
 結局のところは酒宴なので、そうした気分になるのは当然といえば当然。ラストのアンコールは別の幹事からの気遣いである。
 本当は「エーデルワイス」「僕の胸でおやすみ」も用意していたが、場の状況からバラード系の曲は無理と判断し、カット。全体の時間が押していたので、これは正解だった。
 ライブはいまひとつ食い足りないものだったが、幹事不在だった組の世話役を急きょ引き受け、その最大の役割としての余興担当だったので、その一点では歌ってよかったと思う。

 会自体は大変な盛況だった。「来年から毎年やろう!」の声も飛び出したほど。参加人数が多ければよい、というものではないことを知った。歓談の中で各自が抱えている諸問題も出たりし、細く長く続く基礎は固まったように思える。
 もし余興の「次回」があるなら、「聴かせよう」という野心は一切捨てて、中高年に受けるメジャーな曲を短めにまとめる方向となろう。数十年ぶりの酒宴余興出演だったが、いい勉強をした。

2012年9月7日金曜日

住宅内に潜む危険

 2日続けてDIY作業をやったとき、不注意で頭に大きなタンコブを作ってしまった。階段下のクローゼット&物入れの床に置いてあるプラスチック製の工具箱をしゃがんで開閉する際、立ち上がった拍子に、階段手摺の下端部に頭を思い切りぶつけてしまったのだ。(写真上)

 実は今回が初めてではなく、過去にも数回ぶつけた記憶がある。単に自分の不注意で済まされる問題ではなく、どうやらこの部分が住宅内の危険ポイントらしい。台所の水切り棚と同じで、根本的に問題解決を図らねばならないようだ。


 写真を見ると分かるように、手摺の端部が微妙に壁から飛び出ている。完成時には気づかなかったが、大工さんの採寸ミスかもしれない。建てて13年も経ってしまったが、気づいて思い立ったときがやるべきときだ。
 電動ノコを取り出し、まず手摺と直角に5センチを切断。さらに壁と垂直に角の部分も切り落とす。普通のツーバィ材を転用しているので、加工は簡単である。紙ヤスリをかけ、自然系塗料をすり込んで完成。(写真下が修正後)

 これで問題解決かどうかは微妙。あと3センチくらいは短くできそうだが、これでしばらく様子をみたい。(その後頭をぶつけることはなくなった)

2012年9月5日水曜日

雑事翻弄

 延べ6時間近くを費やした昨日のDIY疲れが残っているのか、昼まで死んだように眠っていた。
 起きると、暑さはこれまでよりいくぶん和らいでいる。片づけるべき雑用はまだ山のように残っているので、簡単に終わりそうで急を要する灯油タンクの木製ガード外しをひとまずやることにした。

 さあやるぞと道具の準備をしていたら、こんな時に限って妻が髪を切ってくれという。たいして伸びてはいない感じだったが、来週東京にフェルメールを観に行くので、いまのうちに少し切って欲しいという。
 泣く子と女房には勝てぬので、手早く道具をセット。どうということもないテレビを見ていた妻を急かし、15分ほどで片づけた。これで文句はあるまい。


 今週末に業者が灯油タンクの洗浄と傷んだ部品交換、そして移動工事に来てくれるので、その下準備として氷塊よけのガードを予め外しておく必要がある。
 外すだけなので簡単に終るはずだったが、予想外に強固に取り付けてあり、(やったのは自分だが)かなり手間取った。ついでに全部品を分解し、捨てるものはこの際捨ててしまうことにする。
 その後、タンク周りの雑草を電動草刈機で始末する。今年3度目の草刈り作業だが、前回残してあった西側の雑草もついでに全部刈ってしまった。
 記録的な残暑と雨のせいで、以前に買った表側の草もまた伸び始めている。興に乗ってこちらも刈ってしまう。ふと気づくと、時計は18時を回ってあたりは薄暗くなり始めていた。

 2日続きのDIY作業でかなり疲れたが、おかげで溜まっていた雑事が一気に片づいた。よく考えると、人生の大半は雑事に翻弄されているのかもしれぬ。

2012年9月4日火曜日

メッシュの水切り棚

 今日も30度を早々と突破。暑くて何もヤル気がしないが、昨日材料を調達してきた台所の水切り棚のことが気になる。暑い日にDIYはご法度だが、そう大きな作業ではないので、午後からやることにした。
 しかし、やはり暑い。短パンにTシャツというDIYらしくない軽装で始めたが、現状の台所用具をいったん片づけ、古いパネル材のビスを緩めただけで汗が噴き出る。当初は室内でするつもりでいた新しいパネル材の加工は、外デッキでやることにした。

 陽射しはそれほどでもなく、風があるので、少なくとも室内よりははるかに涼しい。まずは新しいパネル材を壁の寸法に合わせ、細かく切断。仮止めして自然系塗料を塗ったところで2時間が経過し、ここで珈琲ブレイクとなった。


 今回の作業は18ミリ厚の横張りパネルを、9ミリ厚の縦張りに全面変更すること。さらには、コップが落下しやすい不安定な構造の水切り棚をフラットなメッシュ製に作り替えることだ。
 13年ぶりの修復作業だが、パネルを外してみると壁表面は乾いていて、カビひとつない。

 水切り棚の構造をどうするかちょっと迷って、ここで手間取った。コの字形に木枠を作り、これまで使っていたステンパイプを支持用として前後に2本だけ固定。これまではパイプを5本並べていたが、間隔が広くて水平もやや狂っており、コップ落下の原因となっていた。
 あとはメッシュを切断加工して上に載せれば終わりだが、やがて18時が迫る。弾き語りの練習タイムである。
 メッシュの加工は夕食後にサッカーを観ながらやった。5メッシュ(1インチに5個のグリッド、つまり約5ミリ正方)の亜鉛メッキ金網を使ったが、ぴったりの幅の品がなく、切断端部の折り曲げ処理にかなりの時間を費やした。

 22時過ぎにようやく完成。さっそく夕食の食器を洗って載せてみたが、今度は安定している。パネル材は台所右の腰壁に貼った材料に合わせたので、デザイン的な統一感もとれ、なかなか美しい仕上がりである。
 シンク左側に45センチほど残っているハードボード壁にも、いずれ同じパネル材を貼ってしまおうと思う。