2015年3月9日月曜日

ビタミンB不足

 先月上旬から体調が思わしくなく、「左目結膜下出血」「額左側の吹き出物」「不整脈」「左肋間痛」「左背筋痛」と、症状はもっぱら左側に集中していた。
原因は1月までの厳冬による連日の除雪作業と、12〜1月に集中したライブとが重なった疲労の蓄積にあると思われ、日々養生に努めた結果、症状は徐々に改善されていった。

 しかし、月が変わっても背筋痛と肋間痛、それに伴う倦怠感はとれず、(もしやガンの転移では?)と不安にも苛まれたが、ネットでいろいろ調べてみると、どうやら過労に伴うビタミンB不足でも同様の症状が現れることを知った。
 そこで久々にビタミン剤を試してみる気になったが、瓶入りの製品はかなり高価で、果たしてそれだけの効果があるのかどうかも疑わしい。まずは近所のツルハで瓶入りの製品を1本だけ買ってみることにした。

入れ物はついてないので、手頃な空容器を使用

「アリナミンゼロ7」という手頃なドリンクを149円で購入。ビタミン剤として長い歴史があり、「肉体疲労時の栄養補給、滋養強壮に効果あり」と効能書きにもある。あまり期待してなかったが、これが効いた。
 正体不明の筋肉痛は和らぎ、倦怠感もとれた。たかがサプリメントと思っていたが、まさに劇的な回復である。薬は無闇に飲まない主義だったが考えを改め、アマゾンで「ビタミンBミックス」という錠剤を送料込み332円という格安で買った。

 120錠入りで1日2錠飲めばよく、つまりは60日分。1日わずか5円強である。飲み始めてまだ2日だが、気のせいか身体は回復傾向をキープ。その後の調べで、ビタミンBは私の持病である不整脈を軽減させる効果もあるという。もしかして私に慢性的に不足しているのは、ビタミンBなのではあるまいか?
 亡き父は長きにわたってアリナミンの錠剤を飲み続けていた。肝臓が弱かったからで、確かにビタミンBには肝機能を改善させる効果もあるようだ。

 必要な栄養は日々の食事でまかなうのが本来の考えに違いないが、加齢や体質的な問題で、食事だけでは足りないこともあるのかもしれない。まずは不整脈の予防薬と思って、しばらく飲んでみる。

2015年3月8日日曜日

聴き手の強い後押し

 車で20分ほどの隣区にあるデイサービスから、およそ8年ぶりに招かれた。前任者はとうに交代していて、担当者は過去の記録からではなく、たまたまネットで私を見つけて声をかけてくれた。長く活動を続けていると、こんなこともある。
 さらなる偶然は、この施設の系列で最近しばしば歌っていること。先月下旬にも近くの施設で歌い、来月中旬にも別施設で歌う予定がある。いずれもこのところ急増しているデイサービスからの依頼である。
 まるで初夏のような陽気で、気温はぐんぐん上がって今年最高の7度を突破。歌の構成は予め春モードで準備していたが、服装も急きょ薄手の春モードに変えた。

 開始20分前に着いて、その日の利用者から出たリクエストを事前に打合せる。
「浜千鳥」「東京ナイトクラブ」「さくらさくら」「ワインレッドの心」「ルビーの指環」「青い山脈」「憧れのハワイ航路」「誰か故郷を想わざる」の8曲が提示されたが、「東京ナイトクラブ」「ワインレッドの心」「誰か故郷を想わざる」以外の5曲は歌える。
 全体のバランスや時間などを総合的に考慮し、「浜千鳥」を中ほどで、「青い山脈」「憧れのハワイ航路」をラストで歌うことになった。


 15時2分くらいから開始。簡単なオヤツが出ていたので、まず2曲歌って短い休憩を入れ、その後本格的に歌い進めることになった。およそ1時間で18曲を歌う。
(◎はリクエスト)

「北国の春」「おかあさん」「お富さん」「みかんの花咲く丘」「幸せなら手をたたこう」「リンゴの唄」「宗谷岬」「お座敷小唄」「浜千鳥◎」
「釜山港へ帰れ」「仰げば尊し」「月がとっても青いから」「いい日旅立ち」「浪花節だよ人生は」「花笠音頭(初披露)」「憧れのハワイ航路◎」「青い山脈◎」「高校三年生(アンコール)」
 構成はこのところ介護施設系で使っている春メニューがベース。聴き手は30名ほどで、8年前と同様に開始早々から非常に場の反応がよく、ライブはスムーズに進んだ。
 手拍子やかけ声など、何も声をかけなくても自然に飛び出す。「幸せなら手をたたこう」は過去に例がないほどの盛り上がりだった。「リンゴの唄」「浜千鳥」「いい日旅立ち」では涙も飛び出す。「宗谷岬」「釜山港へ帰れ」にも強い手応えを感じた。

 終わり近くに歌った「花笠音頭」は、実は8年前に歌った際にもらったリクエストだった。過去のライブ記録を読み返して気づいたが、当初は先月下旬の系列別施設で出たリクエストを練習していたもの。そんないきさつならば、ここで初披露すべきである。
 8年も前のことであり、リクエストを出した方は見当たらなかったが、予想外に受けた。聴き手が「合いの手」で参加できるのが魅力。この曲は今後大事な場面で使えそうだ。


 利用者にマラカスを主としたパーカッションを得意とする方がいらして、曲に合わせてリズムをとってくれて、これまた場を乗せるには格好の条件。笑いあり涙ありのままトントンと進み、あっという間にラストへとなだれこむ。
「青い山脈」を歌い終えて挨拶を済ませても場の熱は収まらず、自然発生的な「アンコール!」。時間は終了予定の16時に迫っていたが、求めに応じて「高校三年生」を歌った。

 この日の喉の調子は決して万全ではなかったが、場の後押しで無難に乗りきれた。歌い手と聴き手とが一体となったとき、ライブは頂点に駆け上がる。そんなことを改めて感じた。

2015年3月7日土曜日

Office代替ソフトを模索

 OS10.6からの脱却を図るべく、最も大きな障害となっているPowerPC総合ソフトAppleWorksのファイルを順に別のIntelソフトへと移行させているが、ワープロ系ファイルの大半は「iText」で用が足りた。

 ドロー系(図形)ファイルとデータベース系ファイルの移行にもメドがつきつつあるが、ワープロ系とドロー系が混在したファイルだけは、iTextでは変換不可能。文章の途中に図形を挿入することは可能だが、いわゆる「文章の回り込み」ができないのだ。図形をテキストから切り離して自由に動かすことも不可能。
 OfficeのWordではAppleWorks同様に文章と分離させて図形を扱うことが可能だが、手持ちのWordは14年前の古いタイプ。ほとんど使う機会がなく、そもそもIntel対応ではないので役に立たない。


 マック用Officeの最新版を買うつもりはなく、考えられるのは、無料のOffice代替ソフトを使うこと。当然ながらIntel対応である。かねてからチェックはしてあり、まずは「LibreOffice」をダウンロードしてみた。
 機能としてはOfficeと大差ない。Officeのファイルは普通に読み込めて、書き出しもOK。しかし、英語版なので分かりにくい。日本語版パッチをダウンロードしようとしたら、なぜか「不法リンクの恐れあり!」の警告が出てしまい、断念。

 そもそもLibreOfficeは起動時間が極端に長く、私の環境で38秒もかかる。アプリ容量も640Mほどあって、AppleWorksの73Mと比べると大きすぎる。使う気が失せた。
 そこで次なる候補、「OpenOffice」最新版をダウンロード。ただちに起動させたら、「このPCでは使えません」とのメッセージ。サイトには詳しく書いてないが、調査の結果OS10.6の場合はバージョン3以下であることが条件らしい。やはりOS10.6は消え行く定めだ。
 幸いに古いバージョンも随時ダウンロード可能。対応が親切だ。

 こちらはアプリ容量394Mと小さめ。起動時間も5秒と軽快。(同じテキストファイルで比較)機能的にはOffice、LibreOfficeと大差なく、多数の官公庁での採用実績がある。
 さっそく手持ちのワープロ&ドロー混在ファイルの変換にとりかかる。単純に画像を文章途中に挿入し、テキストを回りこみさせる作業は簡単に終えたが、税務署や建築確認申請用の枠付書類の作成に手間取った。
 しばし格闘のすえ、ワープロソフトから直接画像を作るのではなく、別の同梱図形アプリで作った画像をコピペすればいいことにようやく気づく。やり方は分かったので、あとは手を動かせば自然に終わる。また一歩前進した。

2015年3月5日木曜日

冬でもアリメツ

 陽射しが暖かくなってきたとはいえ、まだまだ外は氷点下の冬だが、高気密高断熱の家はアリにとって天国の環境らしく、早くも台所にアリが侵入し始めた。
 場所はいつもと違う台所のボイラリモコンスイッチ付近。壁材の透かし目地の間から侵入してくるようだ。実は真冬の1月末にも同じ場所にアリを発見し、いつものように必殺アリメツを使って撃退したばかり。

 ブログの記録を調べても、冬にアリが侵入してきたことは過去にない。2年前に買った蟻退治薬「アリメツ」は常時台所棚に置いてあるので、腰壁上端の見切材の上に散布した。


 1月のアリはこれで撃退できたが、その後別の卵でも孵化したのかもしれない。経路は同じと思われたので、今回も同様に処置。幅の狭い場所なので付属の容器は使えず、黒いガムテープを見切材上端に貼り、その上にアリメツを数滴散布した。
 すぐに100匹を超えるアリが群がってきたが、今回は薬が消えるたびに新しい薬を再散布。合計3回にわたって繰り返した。
 一晩経つとアリは完全に消えていて、このところ毎日のように食器棚付近で散発的に見られたアリの姿は、今日は全く見かけなかった。
 2年前の5月に買ったアリメツ(55g入り)は、まだ1/3ほど残っているが、効き目に衰えはないように思える。
 取説によれば、いったん撃退したあと、7〜10日後に巣に残っていた卵が再び孵化する、とある。あまりに早すぎるアリとの闘い、勝負はまだまだこれからだ。

2015年3月3日火曜日

ベンチ兼用テーブル

 一昨日40年目の大改造を施した居間のテーブルと椅子、その後大きな問題は起きてないが、これまで床に積んでおいた当日分の新聞とチラシの置き場がなくなって、案外それが不便である。
 そこで暫定的にテレビの対面に置いたトリチェアー(3本脚のツーバィ材オリジナル椅子)下部に金属製のカゴをビスで止め、新聞置き場にしてみたら、これがなかなか具合がいい。

 カゴは昨年の母の日に娘が贈ってくれたカーネーションの花が入っていたもの。使い道がなく、捨てるのも惜しい気がしてとってあったが、思わぬところで役立った。


 妻が座っているベンチの端材を利用し、予備のベンチ&椅子を作った。2階で使っていたときは1870長あったので、1200長のベンチを切り取ると、残りは670長。一人用ベンチでは大きすぎ、二人用では小さすぎる。
 かなり迷ったすえに、取り払ったテーブルの脚を再利用し、天板サイズをそのまま活かして、450×700、高さ380のベンチ兼用テーブルに作り変えることにした。


 普段は居間の隅に置いて下には座布団4枚を入れる。2人以上の来客時にはテーブルそばに運び、椅子代りに使う。子供や身体の小さい人なら2人座れる。
 夏はウッドデッキに持ち出して、BBQ補助テーブルとしても使えそう。

 タンス前のスペースに置けば、座卓としても充分使える。いわば居間テーブルの「出張所」のような考え方で、どんな使い方をするかは、今後の暮らし方や家族のあり方次第なのだ。

2015年3月2日月曜日

レパートリー800曲超

 各種ライブで積極的にリクエストを受けるようにしてから、会得するべき曲が急増。ネット情報を駆使して歌詞やコードを集め、知らない曲はYouTubeを何度も聴いて頭に叩きこむ。そんな作業を続けるうち、レパートリーがいつの間にか800曲を突破していた。
 過去の記録を調べてみたら、700曲突破がちょうど2年前のことで、ブログでもちゃんとふれていた。このペースだと、あと4年で1000曲の大台に乗ることになる。それまでつつがなく活動を続けていけたらよいが。

 無闇に数を増やすことにさしたる意味はないが、ひとつの節目であることに間違いはなく、現状の活動スタイルを継続するなら、ある程度の曲数は必須条件となる。


 電子譜面のデータベースには大雑把なジャンル分けをしてあるが、内訳は多い順に以下の通り。

・フォーク系/256曲
・POP系/198曲
・洋楽系/102曲
・演歌系/93曲
・唱歌系/80曲
・オリジナル74曲……合計803曲

 弾き語りを始めた出発点がフォークなので、さすがにフォーク系が多い。他のジャンルの順位も妥当なところで、地区センターやチカホで人気のある昭和歌謡のリクエストが今後増えれば、いずれフォーク系を凌駕するかもしれない。
 基本的に譜面を見ないと弾けず、歌えないので、暗譜を旨としている方と比べると価値は下がる。いにしえの流しの方々は偉大である。

 このところリクエストが急増しているのは演歌系で、デイサービスを始めとする介護施設や、チカチカパフォーマンスでのリクエストの大半を占める。演歌人気は根強い。
 弾き語り活動を本格再開した10年前にはほとんど歌えなかったが、必要に迫られて練習するうち、それなりに評価されるようになってきた。
 目下練習中の8曲はいずれも演歌系で、いろいろな場でリクエストの出たものばかり。
「リンゴ村から」「別れの一本杉」「旅姿三人男」「花笠音頭」「影を慕いて」「長崎の鐘」「二輪草」「雪椿」

「宿題」として反復練習し、次回のために備えるが、その「次回」がないこともある。別の場で自らすすんで歌う可能性も、いまのところ低い。
 しかし、どのような場であれ、「リクエストが出た」という事実は無視できず、世のニーズの一断片を切り取っていると考えたほうがいい。

 同じ経緯で会得し、その後徐々に得意曲へと変貌した「少年時代」「宗右衛門町ブルース」「池上線」「吾亦紅」という曲の例もある。求められたら毛嫌いせず、まず歌ってみることだ。

2015年3月1日日曜日

40年目の椅子生活

「居間の堀コタツを椅子に変えて欲しい」と妻が言った。結婚以来40年、これまで居間ではずっと床に座る生活だった。
 結婚時には東京でサラリーマン生活をしていたので、狭いアパート暮らしでの椅子やテーブルは邪魔になるだけ。簡単に片づけられて、寒い時期には暖もとれる電気コタツが合理的だった。

 椅子らしきものは忙しい朝食時にだけ使う小さなテーブルと椅子、そして建築士の勉強をするための折り畳み椅子だけだった。
 そんな生活は脱サラして自宅で仕事をするようになってからも延々と続く。マンションを購入して広めの家に移ったのを機に、完全な椅子生活に切り換えようとした一時期もあったが、うまくいかなかった。
 妻や子どもたちが床に座る暮らし方を望んだからで、それに合わせて自作の大型テーブルも撤去。天板だけを電気コタツ用として自力改造した。
「暮らしに合わせて家具は自分で作る」それが長年続く私の生活スタイルだ。

改造前、最後の堀コタツ

 床に座る暮らしは、自ら設計した戸建住宅に引っ越してからも踏襲されたが、40年を経てそんなスタイルに突然の終焉が訪れたのは、やはり妻の希望からだった。

 昨年の旅行で痛めた膝の回復が思わしくなく、堀コタツへの出入りが次第に苦痛になってきたという。最近はないが、私もひどいギックリ腰の時に同様の症状に襲われた。悲しいが、加齢による布団からベットへ、コタツから椅子へという流れは、もはや避けがたい定めのように思われる。
 堀コタツの上にある既存のテーブル天板(外寸970×1250)はそのまま利用し、脚だけを交換することにした。もともとが手作りなので、改造は簡単。
 一昨年やった南壁張替えの残材(ヌキ板)を利用し、37センチあった脚を67センチに延長。一般的なテーブル高さは70センチだが、くつろぎ感を得るため、やや低めにした。

 写真左側は妻の座る場所だが、ここには2階での自宅ライブ時に使っていたベンチを短く切って置いた。(450×1200、高さ400)右側の私の場所には、新婚時に買った大きめの椅子を置く。昨年9月に妻のために作った低座椅子はお役御免となり、観葉植物の台に転用した。
 手前には切ったベンチの残りで小さめの椅子を作って置く予定。暫定的に2階仕事場にある自作トリチェアーを置いた。堀コタツ部分には、これまで床下で使っていたスノコ式の板を敷き詰めて蓋をした。


 夕食前に完成し、試しに座ってみたが、いくつか問題があった。まず、テレビが見下げる形になり、少し見にくい。TV架台の手前にヌキ板を1枚敷き、画面をやや後ろに傾けたら解決した。
 テーブル真上にある2つのペンダント灯のプルスイッチが頭にぶつかって邪魔になる。ヒモを2つに折り、最下端に手頃なボタンをつけて対処した。
 さらには、床下暖房からの暖気上昇がやや弱くなった気がしたので、真ん中にあるスノコ板を外した。

 何せ結婚後40年にして初めての、いわばルビー的な生活スタイル大改変である。今後また別の問題が出てくる可能性はあるが、時に応じて変わってゆくのが住まいであり、暮らし方である。費用を極力かけずに、創意工夫と手仕事で対処していきたい。