2010年10月13日水曜日

カレンダー・ガール

 昨日に引き続き、新しい洋楽を仕込む。つい先日、妻が「カレンダーガール〜♪」と鼻歌を歌っているのを小耳に挟んだ。妻の鼻歌は新しく曲を仕込む際、おおいに参考にしている。すっかり忘れていたが、なかなかノリのいい曲である。
「それ、いただき!」と、さっそく歌詞やコードを調べた。

 いわゆるオールディズと呼ばれるジャンルで、タイトルはずばり「カレンダー・ガール」。1959年にニール・セダカが歌って大ヒットした。私が10歳の頃で、日本でも坂本九とパラダイスキング(パラキン)が歌っている。
 日本語歌詞は簡単に見つかったが、どうもピンとこない。全体的にやぼったく、致命的なのは「イカす」(魅力的)という、いまでは死語と化した言葉が含まれていること。
「イカす」は当時やたら流行った言葉だが、いまでは使う人はもとより、意味を理解できる人も少ないのではないか。


 既存の日本語歌詞はあきらめ、またまた独自の訳詞に挑戦した。ただ、イントロとサビの部分はカッチリ決まっていて、下手に訳すと曲本来の持つ魅力を損なう。そこでこの部分はそのまま英語で歌うことにした。
 訳したのは季節毎に変わる行事や行動のリフレイン部。原曲では1月から12月まで続いているが、これまたそのまま日本語歌詞をあてはめると、まるでやぼったく、使えそうにない。
 日本語歌詞ではこの部分を、「春の日、夏の日…」と、うまく四季に置き換えている。3回繰り返すとちょうど12回分になるので、このアイデアだけ借用し、行事や行動はオリジナルで作り直した。

 大枠はほぼ完成したが、「C#dim」という、いままで一度も弾いたことのない難解なギターコードが1カ所あり、手持ちのコードブックにも存在せず、ネットでようやく探し当てた。
「C7」でもやれそうだが、何とか原曲通り弾いてみる。

2010年10月11日月曜日

神仙沼紅葉狩

 妻がこの日休暇なので、かねてからの予定通り、ニセコにある神仙沼湿原に紅葉狩と洒落こんだ。毎年この時期にはどこかしらに紅葉狩(平たくいえば、紅葉見物)に出かけるのが恒例である。
 ニセコ周辺は紅葉の名所だが、札幌から片道100キロは優にあるので、これまでなかなか行く踏ん切りがつかなかった。しかし、今年8月の摩周湖旧婚ドライブで片道500キロ弱の単独運転を2日続けて乗り切ったのに自信をつけ、少し行動範囲を広げてみる気になった。

 かなり前からネットで周辺情報を収集していたが、ニセコにいくつかある湿原のうち、評判のいい神仙沼湿原をメインターゲットにし、近隣のカフェや日帰り温泉をいくつかピックアップして備える。


 天気予報通り、前日までの雨はピタリ止んだ。陽射しが差してきたのを機に、早めの8時40分に家を出る。5時間ほどしか寝てないが、8月の長距離ドライブもこんなものだった。眠気覚ましの珈琲アメなどしゃぶって凌ぐ。

 今回は高速を一切使わず、地道に一般道を走る。石狩から小樽へと順調に走って、10時過ぎには早くも余市に到着。その後岩内経由でニセコに入る。予定よりもかなり早く、11時過ぎには神仙沼に着いた。
 ところが、湿原入口の駐車場には長蛇の列。考えることはみな同じのようだ。最後尾は軽く1キロ近くあり、駐車はあきらめて路肩に車を停め、湿原入口まで山道を15分ほど歩いた。
 街の紅葉はまだまだだが、湿原はかなりの高地にあり、まさに見頃。しかし、異常気象のせいかいつもより赤の色が薄く、全体に黄色が強い印象だった。
 入口からさらに湿原までの道を歩く。木道が整備されているが、かなりの人であふれていて歩きにくい。海からの霧が厚く流れてきたり、時折青空ものぞいたりと、気ままな空模様である。


 15分くらい歩いて湿原に到着。不思議なことに着いたとたん、霧がさっと晴れ、沼の奥に一筋の陽射しが差し込んできた。この機を逃してはならじと、近くの家族連れに写真を写してもらう。
 湿原の草は大半が枯れていたが、それはそれで風情があり、妻はすっかり気に入った様子。情報では、初夏の湿原は緑にあふれているそうなので、次回はぜひともその時期に訪れたい。

 しばらくいて、来た道を再び戻る。またまた霧が深くなり、青空も消えてしまった。束の間の晴れ間であった。


 その後近くの名所、五色温泉に行くが、駐車場にはこれまた車が一杯。出かける前はここで日帰り温泉につかる予定だったが、気が進まないと妻がいうので、周囲の紅葉だけ眺め、次なる予定地の森のカフェに向かう。
 ニセコのど真ん中、深い森の中にある目当てのカフェ「Grove」はすんなり見つかったが、ここにもかなりの先客がいて、頼んだピザと珈琲が並ぶまで20分ちょっと待たされた。しかし、待ったかいあって、どちらも非常に美味しくいただいた。
 このカフェには1時間近くいて、14時半ころから帰路につく。途中、妻にとってちょっとしたゆかりの地である倶知安で紅葉に染まる羊蹄山の見事な景勝を楽しみ、余市の道の駅で土産物を買ったりして、18時ちょうどに北区の自宅に帰宅。

 この日の走行距離は265キロで、油量計でチェックしたおよそのガソリン消費量は11Lだった。実質燃費は脅威の24キロ/L。ほとんどハイブリッド車なみの数値だ。
 夏に久々に高速道路を長時間走り、エンジンの汚れが飛んだせいか、あるいは2年走って車自体がなじんできたせいか、このところ燃費がすごくいい。いまや縄文暮らしには欠かせない「孝行車」である。

2010年10月10日日曜日

LEDナツメ球の評価

「お宝の山」、100円ショップネタが続く。

 就寝時などにホンノリと点灯しておく5Wのナツメ球を、試験的に100円ショップで売っているLED電球に変えてみたことは以前に書いた。それからおよそ2ヶ月経ち、結果らしきものが出た。
 当初の予想より電気料の削減は大きく、前年同月と比較して7〜8KWほど減っている。金額にして、およそ200円。買った2個分の元はすでにとった。これがすべてLEDナツメ球によるものとは断言できないが、2ヶ月続けて同じような減少量だったから、かなり信頼できる。


 この勢いで、残る2カ所の常夜灯もLEDナツメ球に変えようと思った。単純計算で、4個だと年間3,000円前後の節約になる。
 実は先に買ったLEDナツメ球の色が真っ白で、妻からちょっとだけクレームがついた。色にこれまでの電球色のような暖かみがない、というのだ。情報を集めると、LED球は同じ消費電力でも白色が最も照度が強く、お得だという。
 最初に買った2個はコンセント兼用のセンサー付常夜灯だったので、照明カバー内部に手持ちのオレンジ色の透明シートを貼って対処したが、居間のペンダント灯はむき出しなので、それができない。
 ネットで得た情報を信じてはいたが、物は試しと、同じ100円ショップで赤色のLEDナツメ球を1個だけ買った。
 ところがいざ使ってみて驚いた。「単なる赤みがかった暖色系」くらいに考えていたその色が、正真正銘の真っ赤なのだ。まるでキャバレーかクリスマスの電飾のよう。しかも、情報通りに光が弱く、白色と比較すると半分くらいしかない。

 扱いに困り、クリスマス専用か、単なる予備にしようかと悩んだが、試しに居間にある2つの常夜灯を白と赤のツインにしてみた。すると、これがなぜかアヤシク映える。色も照度も程よく混ざっていい案配。ひとまず使ってみることにしますか。

2010年10月9日土曜日

万歩計なるもの

 先日、100円ショップを徘徊していて、万歩計を発見した。ずっと欲しいと思ってはいたが、何百円も投資する気はなく、ねらいは100円ショップ。ボタン電池のデジタル式で、1万歩どころか10万歩まで計測可能だそうで、迷わず買った。

 知りたかったのは、「自宅が仕事場」という特殊環境下で、いったいどれほどの歩数がカウントされるのだろうか?という点。さっそく起床時から肌身離さず装着し、調べてみた。


 その結果である。初日が約2800歩、2日目が約2600歩という数値。(3000歩くらいか?)という見込みよりやや少ないが、だいたい当たっていた。
 30代のころ、正確に計測した歩幅(外靴)はおよそ78センチだったから、1日で2キロ強しか歩いていないことになる。
 計測した日は両日ともDIYに励んでいるし、軽く20往復くらいは階段の昇り降りをしている。家事雑事もあれこれやっている。家にいる人間としては、かなり動いているほうだと思う。それでもこの程度の数値だ。

 3日目、たまたま銀行に行く用事があり、いい機会と出発時に万歩計をリセットし、歩数を調べてみた。郵便局経由だったが、往復で5000歩を軽々と突破。距離にして約4キロだ。これに家事雑事分を加算すると、およそ8000歩。「万歩計」の基準に近づく。
 実際に計って分かったことは、外出せずに家の中でいくら動き回ってみても、ちょっとした散歩には到底かなわない、という簡単な論理である。
 試みに、「1日1万歩」の意味についても調べてみたが、絶対的な根拠は存在しない。日本人の平均摂取カロリー値と、実際に消費する平均カロリー値の差、およそ300カロリー分を、歩くことによって燃焼させ、蓄積させないようにするには1日1万歩ほど、という計算になるそうな。
 つまりは、平均よりもカロリー摂取量が少ない人はそんなに歩かずともよい、という理屈になる。(カロリー摂取過多の人はその逆)私の場合、おそらく平均よりも少ないと思われるので、「家事雑事の合間に、ときどき散歩」という、いまのペースが程よい気がする。

 ただ、歩くことにはカロリー消費以外に気分転換やストレス解消、節約など、別の効用があるようだ。散歩した日はよく眠れ、不整脈も治まり、夜中のトイレにもあまり起きなくなる。やはりほどほどには歩くべし。

2010年10月8日金曜日

人生のやり残し

 下旬に実施予定の小学校同窓会の会場が変更になった、との連絡が幹事からあった。予想をはるかに超える参加者となり、当初の会場が手狭になったそうで、今度はなんと京王プラザホテルでやるという。
 女子の参加表明が多いとの事前情報を実は聞いていたが、なんで?と、その理由を追求してみると、「小学校時代に気になっていた××君が、どんなふうにカンレキを迎えたのか、この目で確かめたい」のだそうな。

 へえ〜、そんなものかと感心させられたが、そんな私も、ちょっと気になっていたT子さんには会ってみたいと気持ちが動いたのだから、似たようなものだ。
(そのT子さんは東京在住で、今回は不参加らしい)


 以前に50代女性から、「人生に何かやり残した気がする…」という、ちょっとシリアスな話を聞いたことがある。
 ごく普通に恋愛し、ごく普通に結婚し、ごく普通に子供を育て、ごく普通の晩年を迎えようとしている境遇の方である。世間一般の基準から見れば平凡だけどもシアワセに見えるその方が、いったい何を人生にやり残したのか、当の本人さえも分かっていないように思われた。
 幸福感は本人だけの感覚だから、傍目から見た第三者がとやかく言うのは意味がない。しかし、経済的充足や社会的地位がその幸福感に必ずしも結びついていないのは明らか。
 カンレキ世代の同窓会には私も含め、この「人生のやり残し」があったのかなかったのか、一気にタイムワープして確かめてみたい、という潜在願望があるのかもしれない。

2010年10月7日木曜日

縄文DIY

 天気がよいので、玄関ポーチと基礎の間にできた1センチほどの隙間を補修することにした。

 11年前の新築時、あまりの緊縮予算で玄関ポーチを作るお金がなく、ブロックやレンガ、そしてセメントをホームセンターで買い集め、自分で玄関ポーチを作った。基礎に砂利を転圧し、ブロックをベースにして一番上にはレンガを敷き詰めた本格的なもの。モルタルを練って目地も自分で処理した。

 できあがってみると、仕上がりは粗いが、家本体とのデザインバランスも程よく、それなりに見られる。「素人とは思えない」などと、工務店の担当者にもおだてられ、まんざらでもなかった。
 月日が流れ、この玄関ポーチの沈下がじょじょに進んだ。家本体は支持地盤まで深く打ち込まれた24本の杭で支えられているが、玄関ポーチは単に砂利を転圧しただけなので、経年によってどうしてもズレが生じる。
 小さなクラックはその都度モルタルでふさいできたが、いよいよ本格的な補修が必要になった。


 まず、写真上のような状態だったポーチ端部の目地モルタルを、タガネで叩いて完全に砕く。1センチ以上の隙間が全体にできるので、その隙間を完全に埋める必要があった。
 手っ取り早いのはここでモルタルを大量に練り、まんべんなく流してしまうことだ。しかし、アンバランスな沈下は今後も続くはずで、基礎壁とポーチとを必要以上に強固に固めても、あまり意味がない。

 そこでこの隙間を小さな砂利と砂でまず埋めることにした。いわゆる「骨材」というものだが、ホームセンターで買うとバケツ1杯単位で、それなりの値段である。いまどき、砂も石もタダで手に入るわけでなく、すべてお金である。
 しかし、最近になってこの「骨材」をタダ同然で入手する方法を見つけた。写真中がそれで、不要になったコンクリートブロックのかけらを、漬け物石の上で丹念に砕くのだ。下にシートを敷けば、細かい砂も同時に手に入る。
 こうして得た骨材をシート毎運び、隙間に流し込んでゆく。ブロック半分ほどで隙間は埋まったので、水を流して固く締め、最後にセメントを1センチくらい充填し、霧吹きで水を軽くかけてから目地コテで押さえて作業終了。
 上端だけをモルタル状にしたのは、砂が風で飛ぶのを防ぐためと、見栄えの2点から。完全なモルタルを目地に埋めるのは相当のキャリアが必要だが、素人レベルで無難なのはこの方式。縦積みの目地には使えないが、横積みならOK。通路のレンガにも同じ手法を使った。

 せっかくのDIYも、湯水のように金をかけてはツマらない。普通はゴミとして捨てる物をうまく活用し、節約と資源保護の両方を目指すのが「縄文DIY」の極意である。

2010年10月6日水曜日

何もしない時間

 屋根の頂点まで達したツタの剪定のため、新たな投資をせずに長いハシゴを調達する方法を考えていた。
 手持ちのアルミ脚立の両側に木製アタッチメントを装着する方法は、持ち上げる際にハシゴがあまりに重すぎて扱いが困難と知った。だが数日経って、(木製アタッチメントを両側でなく、片側だけに2個装着しては?)と、突然思い当たった。

 問題が行き詰まったとき、有効なのはずっと解決法を考え続けるのではなく、ある一定の「何もしない時間」を置くことだ。デザインでも文章でも同じで、この「何もしない時間」が不思議なことに新しいアイデアを生んだり、これまでの問題点を暴き出したりする。


 その特製ハシゴ、さっそく修正作業をやってみた。足りない材料は昨日買ってあり、今回は既存のアタッチメントの下部内側に、新たに木製の「脚」を木用ビスで固定する方式である。
 ハシゴの幅はこれまでよりさらに広がるが、支えの横棒も追加してあるので、強度的には問題ない。
 だいたいイメージ通りに出来上がり、試しに南側壁に立ち上げてみる。「下は重いが上は軽い」というバランスは、予想通り格段に扱いやすい。一人で問題なく立てかけられた。
 上端は2階窓まで達しているので、伸びすぎたツタの剪定も楽々。長いので昇る際に少し揺れるが、体重50キロ代前半の身軽な身であるので、大きな問題はない。
 総費用はおよそ600円で済んだ。(1820のタル木3本)やっぱり手作りです。

 終了後は追加した「脚」だけを二つに分解し、物置に収納。既存の木製アタッチメントはこれまで通りウッドデッキ外に架け、アルミ脚立は屋内に収納する。木製アタッチメントの塗装作業がまだ残っているが、冬が来るまでにゆっくりやる。