この施設では、以前にも喉を壊して一度お断りしたことがある。今回は親の葬儀の直後でもあるので、事情を話せばおそらくすんなりキャンセルとなったであろう。
しかし、施設は別であっても、父が長い間老人ホームのお世話になったのは紛れもない事実である。慰問で歌うこと自体が、生前歌が大好きだった父への何よりの供養になるかもしれない、と考え直した。
今日は「母の日」なので、それにちなんだ構成を依頼されていた。歌う歌も「母」か「親」にちなんだものばかり。これまた父を追悼するに相応しかった。
連日の無理がたたったのか、前日にくしゃみと鼻水が止まらなくなったが、薬を飲んでなんとか一日で持ち直す。ライブは予定をややオーバーし、45分で13曲を歌った。
幸いに喉の調子は悪くなく、無難にこなしたが、ラスト近くの「おかあさん」(森昌子)の歌途中、胸にこみあげるものがあり、崩れそうになるのを必死でこらえた。
父の死のことは、先方にいらぬ気遣いをさせぬよう、一切ふせてあった。しかし、やはり間接的な影響はあったと思う。次の「おふくろさん」(森進一)は、情に流されまいと、ほとんど目を閉じて歌い通した。
終了後、ただちに家に戻って妻と共に父が入居していた老人ホームへ挨拶をかね、私物を引き上げに行った。世話になったヘルパーさんとあれこれ話す。
「クルクルした目が、なんとも可愛らしい印象の方でしたネ」などと、私の知らなかった父の一面を教えられた。
これでまたひとつ片がついた。