2008年5月15日木曜日

待っていたのか

 父の葬儀とその後始末が一段落した今日の午前、ずっと暇だったはずの仕事が突然4件もバタバタとまとめて入った。まるで用事が片づくのを待っていたかのよう。
 これと似た話を以前に学生時代の友人の奥さんから聞いた。肉親は死してもなお、愛する者をどこかで守ってくれているのだろうか。不思議な運命の糸を感ずる。
 最後まで残っていた父の年金の変更手続きに、ようやくメドがついた。「事前に電話を」と言われていたが、毎日かけ続けても一向につながらない。年金への風当たりが強い時期だから、ある程度はやむを得ない。
 ふと思いついて夕方4時半過ぎにかけてみたら、ようやくつながった。問い合わせの電話対応に追われているらしく、係員は盛んに恐縮していた。

 親切に対応してくれて、変更書類一式を郵送してくれるそう。管轄の社会保険事務所は遠方なので、助かる。世間が騒ぎ立てるほど、悪い印象ではない。


 今日はこのほか、ミニコミ誌への原稿執筆依頼の来客と、お墓の社団法人の来客もあり、終日対応に追われた。

 原稿執筆はホームページで見た方からの打診で、月一回のコラムを書かせていただくことが、ほぼ決定。生活者の視点から見た雑感を、原稿用紙数枚に記す。このブログの延長のようなもので、気負いなく書けそうだ。
 詳細は媒体が実際に印刷されてからここに書きます。
 お墓の話は、ネットからカタログの郵送依頼をしたら、2日後の今朝電話があり、直接持ってきてくださった。スピードある対応に、誠意を感じる。
 いろいろ教えてもらったなかで、耳寄りな情報がひとつあった。お墓に関しては、たとえ肉親であってもさまざまな考えがあって妥協点を見つけるのが難しいが、すべての条件をクリアするかもしれない話である。
 こちらもかなり先の見通しが明るくなった。涙も汗も、決して無駄にはならない。