あわび料理が食べられる旅館として2003年に紹介された新聞記事を大切に保存し、じっと行く機会をうかがっていた。
母の三回忌を終え、実家の売却など、母の死に付随する諸々の手続きもすべて終えた。かって暮らした高松や、20歳のときに自転車で旅した西日本へ妻とドライブ旅行する計画を練っていたが、コロナ禍がなかなか改善せず、県境をまたがない道内旅行へと方針を変えた。
新型コロナ新規感染者数が都市圏では上昇カーブに入りつつあり、減少傾向にある北海道でも、いずれ増加し始めるのは目に見えている。動くならコロナが落ち着いているいまだった。
せたな町は有名観光地から微妙に外れていて、これまで一度も行ったことのないエアポケットのような場所。時期は大型連休と夏休みの谷間となる6月下旬と決め、1ヶ月前からコースと休憩場所を入念に調査し、分単位でタイムスケジュールを組んだ。
あいにく梅雨前線が北に押し上げられ、悪天候が回復するめどがたたない。あわび料理が主目的の旅と腹をくくり、日程を29〜30日に決めて予約を入れた。
小雨がパラつく中、9時20分に家を出る。雨が降ったりやんだりで視界が悪く、小樽から赤井川村に抜ける難所「毛無峠」を慎重に運転したせいで、予定より10分遅れて11時10分に最初の休憩地「道の駅あかいがわ」に着く。
3年前の函館家族旅行のときにも寄った場所で、違っているのは雨模様の夫婦旅行であること。そして運転者は長男ではなく、私だった。
魔法瓶に持参の珈琲を飲み、エゾカンゾウの花が咲き乱れる花壇で写真を撮って10分後には出発した。
前回旅行で食べたピザが美味しく、今回も注文。コロナ禍のせいで、席は窓際カウンターに限定されていた。
何を食べるか妻と意見があわず、最終的にトマト中心のマルゲリータとジャガイモ&ベーコンのザクセンのMサイズを注文する。Sサイズは注文不可で、2人で食べるには多すぎるが、妻の希望に合わせた。
飲物は頼まずに持参の珈琲を飲む。計16ピースのうち、結局食べたのは9ピースで、残りは持ち帰ることに。
雨の平日のせいか客が少なく、ピザが早く焼き上がったこともあって、45分後の13時30分には出発した。
断続的に雨が降り続くなか、5号線を南に下って、やがて太平洋岸の長万部町に出る。
予報では16時を過ぎると大雨になるはずで、少しでも早く着こうと休憩なしで突っ走り、八雲町から西に折れて再び日本海岸をめざした。 ここから1時間ほどで宿に着くはずが、わずか5分ほどで前方に「通行止め」の赤い看板が。横に係員が立っていて、先にいた1台の車を強制Uターンさせている。出かける直前に道内の通行止めはないことを確かめてあったが、急な状況の変化があったらしい。
車を降りて確認すると、予想通りこの先の雲石峠が大雨で落石の危険があり、全面通行止となったという。
早期解除の見込みはなく、行き先を告げると、少し戻って十字路を北に行けば、迂回して南側から目的地に着けると教えられた。
他に選択肢はなく、言われた通りに細い道を走る。雨は次第に激しくなり、行き交う車は数えるほど。八雲町から西の道は過去に一度も走ったことがなく、途中でカーナビもなぜか作動しなくなり、不安を抱えつつ標識だけを頼りに進む。
雨はますます激しくなるが、30分ほどでカーナビが作動し始め、やがて日本海が見えてきた。
想定外の通行止めで20kmほどの遠回りを強いられたが、予定より30分も早く15時半に目的地に到着した。受付で「よくぞご無事で」と声をかけられる。
その時点で雨は数ミリ程度だったが、17時からの1時間では26ミリという強い雨を記録。休みなく走って正解だった。朝9時にも17ミリの激しい雨だったそうで、まさに雨の間隙を縫う際どい走りだった。
玄関でまず消毒と体温自動測定があり、案内された部屋は2階階段そばの8畳間。雨で外出はできないが、温泉や無料Wi-Fi、テレビなどでまったりと過ごす。
平日と大雨警報が重なり、32部屋ある宿に客はわずか4組。温泉も閑散としている。
宿は40年以上の歴史がある国民宿舎。部屋にトイレや洗面所はなく、建物は古いが、整理整頓&清掃が行き届いていて、居心地はよい。
温泉は源泉かけ流しで24時間入浴可能。熱いのでよく温まり、雨で冷えた身体には快適。先に入った妻は、のぼせ気味の様子だった。
コロナ禍のせいか夕食は大食堂ではなく、別部屋に準備してくれた。他に客はなく、17時50分くらいから食べ始める。
アワビの刺身を始め、天ぷら、鶏とキノコの鍋、茶碗蒸し、イカの塩辛、コールドビーフ、山菜のナムルなど、バラエティに富んだメニュー。どれも上品な味つけで、生ビールと共に美味しく食べた。
実は妻はアワビがちょっと苦手。一切れだけ食べて残りは私にくれた。半分を生で食べ、半分を鍋の汁に浸してしゃぶしゃぶ風にした。逆に塩辛は妻が好物で私が苦手。うまくできている。
1時間くらいで食べ終わり、部屋に戻る。布団は自分たちで敷く仕組み。妻はテレビ、私はインターネットで過ごし、早めの10時くらいに床についたが、廊下や隣室の話し声が耳につき、雨中の運転で疲れているはずが、なかなか寝つけない。
11時くらいにようやく静かになって眠りに落ちた。雨はまだ断続的に降っている気配。(後編に続く)
《1日目の走行データ》
・走行距離:274.3km ・平均燃費:29.8km/L